2016年2月12日金曜日

20160212 作成したブログについて

A「最近はまた自作の対話形式の記事が続いていますが、Bさんはブログ記事のネタに行き詰るようなことはありますか?」

B「・・ええ、行き詰まり感は始終感じながら記事を書いております・・(苦笑)。
ただ、そういった時は、その時の心情を書いておりますと、徐々に行き詰まり感が解消されてゆき、まあ何とかネタらしきものが見えてくる、浮き上がってくるといった感じが多いようです・・。
とはいえ、そのようにして生み出された記事が閲覧者数を集めやすいか、そうでないかとは、また別問題のようです・・(苦笑)。」

A「・・はあ、そうすると、苦労して書いたにも係らず、多くの閲覧者を得られないこと、あるいはその逆もあるということですか?」

B「ええ、大体そのようなところです。
ですから、ブログの記事を含め、文章とは、絵画や釣りと同様、とりあえず始めてみないとわからないものではないかと思います。
とはいえ、苦労の多寡に係らず、投稿した記事が多くの閲覧者数を得ることはなかなかうれしいものです。
そして、そのことにより私はこれまで継続して記事を作成することができたと思っています・・。
そうしますと、創造の際において必要な能動性とは、あくまでも第一義的に重要ではありますが、同時に創造されたものを発信した後の反応、リアクションによっても、その後の能動性とは、ある程度変化するものではないかと思うようになりました・・。
こうしたことはリゴリスティックに考えれば堕落であるのかもしれませんが、実際問題、こうしたこと(発信の反応による自身の鼓舞)がなければ、これまでの記事作成を継続することができませんでした。
その意味において私は弱い人間であることを認めます。
また、一方において、生前はあまり評価されず、死後に大きく評価されるようになった創造者の方々も大勢おりますので、そうした方々の周囲の反応などは意に介さない創造に対する意欲、熱意とは、その源泉が如何なるものであったとしても、偉大なものであったと思います・・。
その点、私などの場合、ブログ開設当初は閲覧者数が伸び悩む時期があり、記事の作成を疎ましく思うことが多くありましたが「ここでブログの更新を止めたら後で後悔し、また私にブログの作成を勧めてくれた方々に対しても悪い。」と思い、断続的であったかもしれませんが、どうにか続けることができた次第です・・。」

A「・・はあ、なるほど、そんなことがあったのですか。
ブログなどの場合、閲覧者数が伸び悩むと、やはり能動性、記事を書く気が削がれるものなのですか?」

B「ええ、正直そうですね。
閲覧者がいないで投稿するということは、何といいますか、壁に話しかけているような、何ともいえないやるせない気分になるものです・・(苦笑)。
また、それに加えて、ブログによる発信とは、論文や学会誌などと異なり、誰かしら類似の研究をしている方々に読んでいただけるというわけではありませんので、何といいますか、より根源的な自身の価値を判断されてしまうのではないかというおそれもあるのではないでしょうか?
そして、そうしたおそれが実際にあったことから、周囲の方々から勧められるまで、はじめようとしなかったのではないかと思います・・(苦笑)。」

A「そうしますとBさんはブログ作成をすすめてくださった方々に感謝しなければなりませんね(笑)。」

B「まあ、たしかにそうですが、それでも今後私のブログがどうなるかわかりませんので、とりあえずは感謝の念を抱きつつ、何かしら書き続けることが今の段階においては重要なのではないかと思います・・。
ですから、とりあえず当面は自身の作成記事数を100にすることを目標にします。
そのあとは全体の記事数に対する自身の作成した記事の割合を半分(50%)にすることでしょうか・・。」

A「まあ、自身の作成する記事にこだわるのもいいですが、一方において書籍の抜粋記事もなかなか面白いのがありますよ・・。
ああいったものを読んでも、その抜粋者の書籍、文章に対するセンス、感性らしきものは伝わってくるとも思いますので、それはそれで続けてみてはどうですか?」

B「ええ、残念ながら多くの閲覧者数を得るのは書籍からの抜粋が多いので、それはおっしゃるとおりであると思います・・(苦笑)。
しかし、これは私の実体験から得た教訓なのですが、書籍の抜粋を続けていると自身の文章が書けなくなるのです・・。
あるいはまた、大御所、ビッグ・ネームの著作抜粋とは、いかにも権威主義的であり、また抜粋の後、自身の記事を作成する時に否応無く比較してしまい、その出来の浅薄さにどうもいたたまれなくなるのです・・(苦笑)。
まあ、こうした理由により出来るだけ自身の作成記事を投稿しようと考えているわけですが、それでも書籍からの抜粋は今後も併行して続けるつもりです・・。
これは閲覧者の増加を望む心情からというよりも「こんな面白いことが書いてある書籍があるのだ!」ということを示したいがためと、お考えいただけたらありがたいです(笑)。」

A「・・なるほど、それはわかりました。
それはそうと、最近のBさんの作成した記事で多くの閲覧者数を得ているのはどれですか?」

B「ううむ・・それは20160207の「真田丸」を題材にした記事でしょうか・・?
あの記事は既に閲覧者数が100以上となりました。
この閲覧者数は周辺日時に投稿した他の記事に比べ、数倍の数です。
そして、自分なりにその理由を考えてみますと、歴史的な小ネタが多く、且つ何といいますか、話のオチがそこそこ整っているからではないかと思います。」

A「ああ、たしかにBさんの作成する記事には歴史などの小ネタをはさんだものが多いですね・・それでああいった記事が受けるのですか?」

B「さあ、それはよくわかりませんし、ああいった歴史などの小ネタを入れて実際に広く対話できたのは、それこそ文系院時代の議論だけであり、それ以外の場所では衒学的だとか、堅苦しいとか、文系は理屈っぽい・・などといった反応がほとんどでした・・(苦笑)。
とはいえ、そうした用語を用いた会話を文章にすると受けるというのはなかなか面白い現象であるかもしれません・・。
加えて、文系院での議論とは、そういった小ネタの使い方で、相手の思考、こころざしの方の志向、知識レベルなどが明らかになるといった傾向がありますので、当初の議論においては、用いている用語、専門用語の意味などを突っ込まれることが多くありました。
そして口惜しい思いをして後で図書館、書店などで色々と調べたりしたものです・・(苦笑)。
しかし、ああいった切磋琢磨のようなものがなければ、現在書いているようなブログの記事は書けていないと思います・・。
そして、そうした状況を対話形式の文章にするといった行為には、もしかしたら少なからず負の側面もあるのかもしれません・・。
まあ、単なる自意識過剰であるとは思いますが・・(笑)。」

A「うん、帰納論的な発想をすることが多い文系学問分野においては、特にそうした個々の用語の意味の認識は大事であり、加えて「神は細部に宿る」などともいいますから、たしかにその意味はよくわかります・・。
そして、そのように考えますと、現在の何というか言語ばかりが躍っている、この状況とは、昭和初期の日本浪漫派が流行していた頃を彷彿とさせますね・・。
また、これからの社会では英語が大事であるというのはわかりますが、それも何だか現在のところ空回りしているような感があります。
こういったものは今後どうなってゆくのでしょうかね?」

B「・・さあ、どうなるのでしょうか・・?
しかし日本社会においては定期的にそうしたブームが起きているのではないでしょうか?
そして、その先にあたるのが現在の社会ですので、それを漸進的な進化の結果であると見るのか、あるいは双方共に同じ軌道を描いている一つのパターンと見るかで変わってくると思います。
願わくは前者であることを望みますが、残念ながら現在の私では、これらの現象が、その何れであるかは判然としません・・。」

A「ええ、言語が躍るのであれば、それに対応する意味もまた同時に躍ってくれないと、それは一過性の空虚な言葉遊びに終ってしまうのではないかと思います・・。」

B「ええ、それは今後の私の作成するブログ記事に対する戒めとさせていただきます・・(笑)。」

2016年2月11日木曜日

20160211 三寒四温、転居について

A「最近風の冷たさも随分和らいでいるように感じますが、それでもやはり夜間は冷えますね。」


B「ええ、冬の寒さの底はどうにか過ぎたのではないかと思います。
丁度今頃か、もう少し後の時期が「三寒四温」といわれる春への過渡期ですから・・。
とはいえ、二月の半ば過ぎでも雪が降った記録もあります。
たとえば80年前の1936年(昭和11年)の2月26日は都心で大雪でしたし、また139年前の1877年(明治10年)の2月15日は鹿児島市で雪が降っていたと記録されていますから・・。」


A「ああ、はじめの1936年は2・26事件の日ですね、あとの方は西南戦争ですか?」


B「ええ、1877年の2月15日とは西郷隆盛の軍勢が鹿児島を出立した日です。
鹿児島といえば一般的に温暖な気候風土のイメージがありますが、それでも冬は普通に寒かったです。
しかし一方、不思議なのは鹿児島では丁度この先の春の時期に花粉症が発症しないことでした・・。
そのことから「花粉症は大気の状態によるものなのだ。」と痛感しました。」


A「ああ、そういえば寒さが過ぎると今度は花粉症に悩ませられるのでした・・。
それでBさんは鹿児島在住以前は花粉症持ちだったのですか?」


B「ええ、それはなかなかひどいものでした・・。
当時はいつも鼻をかんでいたために鼻の頭が赤くなっていました(苦笑)。
また、同じ原因で時折耳の調子もおかしくなっていたくらいです・・。
そしてこれは不思議なことに空気がキレイな和歌山、南紀においても同様でした。
ですから、一概に空気がキレイであるからといって、花粉症を発症しないというわけでもなさそうです。
あるいは他の個人的な要因が作用していたのかもしれませんが・・。」


A「はあ、なるほどそれはBさん御自身を実験材料にして得た感想ですので、そこには何かしらの原因はあると思います。
私の場合は何かの用事で一時的に首都圏の外に出る程度ですから、残念ながらあまりそういった感想はありませんね・・。
また、その他にそうした面白い話などはありますか?」


B「・・そうですね、そういえば鹿児島在住時は運動不足を補うために毎週末に5キロ以上10キロ未満程度歩いていました。
これは季節を問わず続けていたのですが、やはり鹿児島の真夏の日差しは強烈でして10分も歩かないうちに汗が吹き出てくるような感じでした・・。
こうした感覚は未だ上手く言葉にできないのですが、とにかく夏の暑さの次元、日差しの強さが少なくとも関東とは違うと思います・・。
私はそうした気候風土の中に身を置いた後、いきなり関東に転居することになったため、その後、少し心身に変調をきたしたのではないかと思います。
こうしたことはあまり我が国の社会において重要視されませんが、実は案外重要なことなのではないでしょうか?
また、それで思い出すことは最近時折耳にする腸内細菌の重要性ですが、私が鹿児島に転居してしばらくの間、便秘に苦しみましたが、これもそうした変調の一つなのではないかと思います。
しかし、しばらく我慢して地域特有の「何か」?を得ると、そのあとは徐々に楽になってゆくのではないでしょうか・・。
そして、年齢を重ねるごとにこの「何か」を得るために消費する体力が大きくなり、場合によっては転居が寿命を左右するということにもなりかねないのではないでしょうか?」


A「はあ、それは何だかBさんお気に入りのコンラッドの「闇の奥」に対する科学的な考察とも聞こえますが、たしかにそういった要素は少なからずあるかもしれませんね・・。
ともあれ、転居に伴う環境の変化により生ずる心身の変調とは、我が国ではあまり聞きませんが、今後重要視される可能性もあるかもしれませね・・。」


B「ええ、しかし、そうするとこれを腸内細菌といった細菌学、分子生物学などだけで判断することも出来ないと思います。しかしその一方、心療内科などでも判断することは難しいと思います。
それ故、こうしたことは包括的に見て考察、判断されるべきものであると思いますが、そうすると一歩間違えると疑似科学的なものと見做されてしまう可能性もあるのです・・。」

A「ううむ・・たしかにそうですね・・。
しかし、そうした観察、考察を続けて何かしらの普遍性を示すデータが継続的に出て来ることによって、また文系の社会学、あるいは医系の公衆衛生学などと関連性をもった新しい学問分野が出て来る可能性もありますね・・。」


B「ええ、そして、そうしたことの歴史的な裏付けとなるものが民俗学、地域学などではないかと思います。
しかし、難しいのは民俗学、地域学とは、あくまでも表層的な知識、あるいは地域における統計学的な傾向を得ることが目的ではないと私は考えています・・。
それは、その地域に暮らし、日常的な生活文化を知り、そこにとけ込むことにより、はじめてその真髄に近づくことができるのではないでしょうか・・?
そして、ここが難しいのですが、それが理系と文系の間にある学問に対する姿勢、スタンスの本質的な違いではないかと思います。」


A「・・なるほど、それは徹底的な合理化による生活の利便性の向上をよしとする理系学問分野と、判然とし得ない形而上的な事象の本質的理解といった観念性、あるいは理想を追求する傾向がある文系学問分野との間にある溝といったところでしょうか?」


B「実際的な生活に資するという意味においては、圧倒的に理系学問分野の方が重要視されるのですが、それがどういった目的、理想に立っているかを様々な歴史、文化的な文脈、系譜に基づき考察するのが文系学問分野ですので、やはり左右の両輪のように安定した社会の進化のためには双方重要ではないかと思いますが、こういったところでもまた、国民性などがあらわれるのかもしれません・・。」


A「まあ、左右でなくとも、前後両輪でも良いと思いますが、たしかにそのたとえは悪くないですね・・。
そしてそれが本質をとらえていると思いたいところですが、その実態とは実際のところどうなのでしょうかね?」

一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。



2016年2月10日水曜日

20160210 自身のブログ文章について

A「これまでいくらかブログ記事を作成してきましたが、それらの中でもやはり閲覧者数が多いものと、そうでないものがあります。

こうしたことは、既に認識してきたことではありましたが、その原因については特に考えたことはありませんでした。

しかし先日、ブログの記事投稿が200を越え、また閲覧者数が若干増加しつつある現状を考えますと、多少はそういった要素について思いを巡らせても良いのではないかと考えるようになりました。

そのような経緯により、閲覧者数の多寡の原因を私なりに考えてみたところ、先ず書籍の抜粋においては、軍事関連などの硬質な書籍においては閲覧者数が伸びにくい傾向を示すことがわかりました。

その一方において近現代史、あるいは同時代の思想、また考古学、古代史などを扱った書籍からの抜粋に関しては比較的多くの閲覧者を得やすい傾向があることがわかりました。

そして自身の作成した対話形式のブログの場合、色々と対話内容が飛んではいるものの、何かしらまとめとしてのオチがあるものが比較的多くの閲覧者を得ている傾向があることがわかりました。

私がこれまでの一連のブログ作成において考えたことの一つを挙げますと
「現在の私は短編から長編まで物語、小説などを書く能力はなく、そうした現状において、手持ちの知識を含めた能力を用いて書くことのできるものは一体何であろうか?・・それは、これまで学んできた具体的な内容を日常的にどのような形で使用して会話をしているかを示すことではないだろうか・・。」
ということであり、その結果、多少の試行錯誤を経て現在の対話形式の文章となりました。

一連の対話形式の文章作成においては、当初自身の記憶をどのようにして蘇らし、文章化するかに重点を置いてきましたが、ある程度の期間が経つと、文章作成に際し用いる実際の記憶が減り、それと共に自身による創作的な部分が多く湧出してくるようになりました。

しかし同時に、これには波があり、比較的最近に書いたものの中においても、その多くが実際の記憶に多く基づいて作成されたものもあります。

ただ、全体的な傾向としては、作成記事が多くなるにつれ、つまり最近作成のブログになるにつれて、自身による創作的な部分が多い記事が多くなっているといえます。

また、一つの記事の作成に費やす時間ですが、これは大体1時間程度ですが、それ以前に様々なところで思いついたことをブログのネタとしてノートに記していますので、その時間を含めますと、もう少し長くなるのではないかと思います。
とはいえ、実際こうした自分なりの記事作成の方法が確立する以前は、もっと時間をかけて且つ、多少無理しても様々な要素を詰め込もうとしていた感があります。

これは初期に作成したブログ記事において、その傾向が強いのではないかと思います。

そして同時に、さきに述べました初期に書かれたブログ記事の方がより実際の対話での記憶に基づいている傾向があることを加味しますと、たしかにかつて私共が行っていた対話あるいは議論とは、ある程度内容の濃いものであったと思います。

そうしたものを活き活きと文章によって蘇らせることが出来たならば、それは一つの記録として、現在の私にとって満足できる成果であると考えております。

しかし、私が過去の有益であると思われる記憶を文章化により、鮮明に蘇らせたという自己満足的な感覚を得たとしても、それを良いものであると判断するのは、残念ながら私自身ではありません。
それを判断するのは読んでくださっている方々です。

ですから、どのような文章であれ、文章とは本質的に意味が不明瞭な美辞麗句で飾り立てず、言語とそれが示す対象が精確に対応しており、それを基礎として思考、対話が成立し、積み上げられてゆき、それが読み手に的確に伝達され、さらにその内容が何かしらの感銘、感動あるいは知的好奇心なりを惹起させるものが良いものとして認識に価する文章ではないかと思います。

この点において論文、散文、詩文などであっても全て同様であると考えます。

その中において、現在私は散文に近い対話形式の文章を選択し、これまでの記事に用いていております。

それらがどのように読まれ、またどの程度影響力を持っているのかとは、さきに述べた通り、残念ながら私にはわかりません。

そうした状況において、どのような記事が多く読まれているかを知るということは、閲覧者数を増やすという実際的な目的であると共に、どのような文章が良い文章であるのかを知るための方策でもあります。

ブログ作成当初においてあまり多くの閲覧者数を期待しておりませんでした。

それは現在においても概ね同様ですが、同時に、最近、自身が上記の意味で良い文章を作成するための実際的な指針がここにあるのではないかと思うに至りました。

それを言い換えると、私が閲覧者の多寡という評価を信頼するに至ったということです。

今後はそれを参考としつつ、これまで同様の対話形式を用いて引き続きブログ記事を作成してゆきたいと考えておりますが、それが成功、功を奏するかどうかは不明です。

ただ、そのようにして作成された記事が、より多くの閲覧者に対して、何かしらの良い効果を促すものであれば、記事を書いた私にとっては僥倖であり、また実際に私と対話した方々にとっても同様であると考え、継続してみます。
 
 
しかし、それは一体どのようにしてわかるのでしょうか?」
 
 
「つい先日(2/9)全期間のページ・ビュー(PV)が30000を越えました。一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。」


2016年2月9日火曜日

20160209 ブログ閲覧者数の増加について

A「昨日のブログの閲覧者数が、これまでの中で最高となりました・・。
200記事を越えると閲覧者数が増えると、どこかで見たことがありましたが、もしかしたらこれは本当なのかもしれませんね・・。
とはいえ、少しビックリしました。」

B「昨日は日曜日で休日ということもあり偶然増えたのではないですか?
私からいわせるとAさんのブログは多くの人に受けるとは思えませんがね・・。
とはいえ、昨日の閲覧者数は具体的にはどの程度になったのですか?」

A「ええ500以上1000未満でした・・この数字は当初「本当かな?」などと思ったのですが、どうやら本当のようでした。
また、閲覧地域はアメリカ、日本が多く、次いで西欧、東欧諸国からの閲覧もいくらかありました。
また、記事の種類に関しては、書籍抜粋記事の閲覧が多く、あとは比較的新しい自身の作成記事もそれなりにの閲覧者数を集めていました・・。
そして、それに関連するかわかりませんが、先日より私の携帯電話に数件、間違い電話がありました・・。
はじめは求職活動での応募先からの連絡かとも思いましたが、声色などから察するに「違う」と思いました。」

B「・・はあ、そんなこともあったのですか、まあ閲覧地域に関しては想定内であるにしても、間違い電話が掛かってくるのは面白いですね・・(笑)。
そしてAさんはそれらの間に関連があると思っているのですか?」

A「いえ、それがどうもよくわからないのです・・(苦笑)。
とはいえ、現在応募中の求人が数件ありますが、それらからの御連絡とは、大抵平日にくるものですから、これは求職活動とは関係がなく、且つネット社会、つまりブログでの私の動向を知っている方ではないかと思った次第です・・。」

B「なるほど、それで間違い電話の相手はどんな方であるか想像はつきますか?」

A「いえ、それは見当もつきません。
しかし、それらは全て女性であり、私の携帯電話の番号を知っている女性はかなり少ないことから(笑)全て声で見当がつきますので、何故私の番号を知っているのか少し不思議に思いました。
ことによると、これまでの求職活動のどこかで漏れたのではないかと思いましたが、それはおそらくないと思います・・。
あるいは本当に単なる偶然、間違い電話であったのかもしれません。
しかし、そうであっても、こうしたことが複数重なると不思議であり、また、これまでにも何度かそうした不思議な経験がありましたので、私はそれら過去の経験との関連をも含め、昨日のブログでの閲覧者数急増と複数の間違い電話との間の関連を否定することはできません。
また、たとえ結果的に関連がなくとも、少なくとも、それはブログのネタにはなりますので・・(笑)。」

B「・・うーん、それは単なる偶然、間違い電話ではないかと思います。
しかし一方、以前Aさんのブログに「高次元な状況の操作の才能とは女性に多く見られる。」といった意味のことが書かれていましたが、たしかにそことは、何かしら繋がるものがあるのかもしれません・・。
しかし、そうではあっても、やはり私は単なる偶然であると思いますがね(笑)。」

B「ええ、そうした状況の操作とは、女性に多く見られると思います。
また、それを男性側からの視点に変えてみますと一種の予知能力のようなものとして見受けられるのではないかと思います・・。
そして、それは特に西日本地域において古代より脈々と続いている精神的な意味での地域文化の古層にあたるものではないかとも考えています(笑)。
そして、ここまで言いますと「それはカルト的な偏見だ!」というようなつっこみを受けそうですが、それでも邪馬台国のあったとされる九州、近畿の何れであっても「特別に神秘的な能力を備えた女王を擁立して国が安定する。」というような部分は現在においても少なからずあるのではないかと思います・・。
これは資料、書籍に基づく知識というよりも、かつて私がそれらの地域で暮らした生活実感に基づく意見ではありますが・・・。
しかしまた、こうした実感に基づいた意見とは、あらゆる物事を考える上での基礎、土台となるのではないかとも思います・・。
それ故、私は九州、近畿の何れであれ、邪馬台国が西日本地域に存在したことは、現代におけるそれら地域での生活を通じ、ある程度実感を持って理解することができているのではないかと考えております(笑)。」

A「うーん、私は残念ながら西日本地域にある程度の期間在住した経験がありませんので、今のBさんの御意見は実感を持って同意することはできませんが、それでも実感に基づく考えが、物事を考える上での基礎となるということは実感を持って同意することが出来ますね・・(笑)。
しかし、それでも九州、近畿では、まだあまりにも漠然としていますね・・
Bさんは邪馬台国がどこにあったと考えているのですか?」

A「・・いえ、それは正直なところ自身の意見として断言出来るところまで至っておりません・・。
あるいはまた邪馬台国が神武東征のように九州から近畿に移動したという東遷説もまた、あり得るのではないかと考えています・・。」

B「はあ、うまくやり過ごした感じもしますが、まあ今後、そうした未だ闇に埋もれている日本の古代史も徐々に解明されてゆくのでしょうね。
私が若い頃など出雲とは、記紀ではよく取上げられ重要な地域とされているが、実際はそうでもなかったというような意見も多かったですからね・・。
それから後に大規模な遺跡、膨大な遺物の発掘によって、にわかに見方が変った感もありますので、邪馬台国についても今後そのようになるのではないかと思いますが、それが何時になるのかはわかりませんが(笑)。」

A「ええ日本の考古学、古代史には、それまでの通説を覆すような大発見が時折ありますからね。
ですから今現在の自身の浅薄な知識を以って断言することは出来かねるのです・・(笑)。」

B「・・なるほど、まあ、そういわれてみるとたしかにそうですね(笑)。」


「一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。
また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。」

2016年2月8日月曜日

20160208 如月、湯治について

A「最近は若干陽が長くなってきたように感じますが、それでもやはりまだまだ寒いですね・・。」

B「ええ、暦ではもう立春ですが、二月の古名は如月(きさらぎ)であり、これは着更着つまり、寒いために着ている上に更に着るという意味の語源もありますので、まあ、もうしばらくの辛抱ではないでしょうか・・。」

A「いや、まったく早いところ暖かくなって欲しいところですね・・。
さて、それはそうとBさんは今年の冬は湯治、温泉などには行きましたか?」

B「ええ、今年に入って早々に二日ぐらいですが伊豆の方に行って何度か温泉にも入りました。
やはりあちらは首都圏に比べ気候が温暖であり、幾分過ごし易いように感じました。
また、自然も空気も良かったので気分転換ができたと思います。」

A「そうですか・・私は年末に大分県の別府温泉に行ってきましたが、やはり九州はこちらに比べると暖かく、また幾つもの泉質の温泉があり、色々と楽しむことができました。
しかし、向こうに着いた当日に温泉に入ると、何だかグッタリとしてしまいまして「湯疲れ、湯あたりかな?」などと思っているうちに寝入ってしまいました・・それでも翌日は調子も戻り、また温泉を楽しむことが出来ましたが・・。」

B「別府温泉は私も以前行ったことがありますが、あそこはたしかにいくつも温泉がありましたね。
また、私もAさんが仰った「湯疲れ、湯あたり」のような経験があります。
これは普段シャワーだけでお風呂に入らない人が突然長時間湯舟に入ると変に疲れるということを聞いたことがありますので、もしかしたら、それと何かしら関係があるのかもしれません・・。」

A「・・ああ、たしかに私は普段あまり湯舟に入らずにシャワーだけで済ませていることが多いですね。
そうすると、それが先程のような「湯疲れ、湯あたり」のような原因であったのかもしれないですね・・。
しかし、本当の湯あたりなどは時には命にも係るということですので、それとはまた別モノであるような気がします。」

B「ええ、ですから人によって温泉の泉質が合わないということも聞きますが、これを今のAさんのお話に加味して考えてみますと、ある程度継続して入浴してみないと、実際の泉質と体質の相性とは分からないのかもしれません。
また、普段入浴する習慣がない方が突然温泉に入っても、いきなり良い効果を得ることは難しいのかもしれません。
むしろ、突然の入浴により体内に蓄積された様々なひずみのようなものが取れてゆく過程とは、さきほどのような「湯疲れ、湯あたり」のような感じを受けるのではないかとも思います。
そして、その後も入浴し続けることにより、徐々に体内のひずみが除去されて、まあリセットされたような状態になるのではないでしょうか?
また、それ故、昔のいわゆる湯治とは、一般的に現在のそれに比べ、かなり長期間にわたるものであったのではないでしょうか?
そしてそういった風習とは、昔の日本人が自身等の経験、体験に基づく実際的な知恵によりそのようになっていたのではないかと思います。
そうしますと、私の先程いいました湯治などは、本当の意味での湯治ではなく、単なる気休め程度のものであったのかもしれません・・(苦笑)。
ともあれ、こうした湯治という言葉と、それに本質的に符合しない内実をもって同じ言葉、名称などを付与することは、この他でも案外多く見られることなのではないでしょうか・・(苦笑)。」

A「・・ええ、たしかに昔の湯治は現在に比べ、かなり長期間でしたね・・。
そうすると、本来の意味での湯治の効果を感じるためには、ある程度、継続して入浴し続けないといけないのかもしれませんね・・(苦笑)。
しかし、そういったことは現在の我々から見れば甚だ羨ましいかぎりですが、それでもかつての湯治とは、特に富裕な方々あるいは特権階級だけのものではなかったようですので、経済が低迷し、それに対応してヒステリー的に何やらコトバばかりが空回りして躍っている現在の我が国であるからこそ、それこそ即物的にこういった古来からの健康を回復、維持するための習慣の本質を見直してみるのも良いのかもしれません。」

B「・・湯治とそれに対応する内容に関してもそうですが、やはり言語とそれが示す事物の対応、そして、それらを基礎として形成される様々な会話、思考とは、我々の文化において最も根源的な部分ではないかと思います。
つまり、ある同一言語に対して対話者双方の解釈、認識が異なっていると、外見上、対話は為されているように見えますが、その内実に関しては、意味を為さない空疎なものとなってしまうのではないかと思います。
また、こうした彼我の意味解釈におけるギャップに関しては、以前私のブログにおいて述べましたが、国内外の様々な位相において見られるのではないかとも思います。
そして、こうしたギャップとは、これまでのインターネットをはじめとする情報技術の進化発展によりいくらか改善されるのではないかと思われましたが、どうもそうではなく、さきほどAさんが仰ったようにコトバだけが躍り、変に空回りしているような感があります・・。
この感想が単なる杞憂、間違いであれば良いのですが・・。」

A「最近書店に行って特集されている書籍の帯に書かれている宣伝文などを見てみると、どうもゲンナリするようなものがありますね・・。
何といいますか「短文で簡潔に」といったことを狙っているのでしょうが、それがどうもサギまがいの文句にしか見えないことが多々ありますね(苦笑)。
とはいえ、こうした指摘とはBさんのブログにおいても時折見られますが、それによって何かイヤガラセらしきことを受けることなどはありますか?」

B「いえ、特にそういったことはないと思います・・。
それに私のブログはそこに至るまで大きな影響力はないと思いますし・・(苦笑)。
ともあれ、毎日100~200人くらいの読者の方々がいらっしゃいますので、まあこの先どこまで影響力を持つかわかりませんが、これまでブログ作成を続けることができたのではないかと思います・・。」

A「うーん、そう考えますと、閲覧者数が増えるのも良し悪しですね(苦笑)。
ともあれBさんの求職活動が今後首尾良く落ち着くといいですね(笑)。」

B「ええ、私もそのように願っています(笑)。
また、つい先日何故だかわかりませんが一日の閲覧者数がケタまでは増えませんが、かなり伸びました・・。」

「一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。
また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。」