2023年10月9日月曜日

20231008 株式会社講談社刊 養老孟司・茂木健一郎・東浩紀著「日本の歪み」pp.133‐136より抜粋

株式会社講談社刊 養老孟司・茂木健一郎・東浩紀著「日本の歪み」pp.133‐136より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4065314054
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4065314050

日本語は事実確認に向いていない

養老 言葉は社会を規定できるか、というのが憲法問題の根底にあるという話をしてきましたが、言葉の問題についてもう少し掘り下げて話してみたいと思います。

 昆虫の分類をやっていると、ここがどうなっているとか、いちいち言葉で書かなくてはいけません。いまだったら高精細の写真で見せればいいだろと思いますが、分類学では必ず言語化しなくてはいけない。解剖学もそうです。解剖して見ればいいじゃんかと思いますが、そうはいかない。解剖学でも分類学でも、根本的な問題はどう言語化するかです。

 なぜかといえば、ヨーロッパの学問は、物と言語の結び付きが強いからです。裁判でも欧米は証言主義で、何を言ったかが証拠になるから、弁護士は余計なことを喋るなと言う。逆に日本は心情主義で、その人がどう思っているかが重要になる。

 「事実」「言葉」「言葉を使う人」の三つがあるとしたら、日本の場合は「言葉」と「言葉を使う人」の関節が硬いけど、欧米では「事実」と「言葉」の関節が硬い。「事実」と「言葉」の関節が硬いからこそ、法律にも公文書にも意味があるわけです。でもそこがずるずるな日本では、公文書もクソもないから、そんなものはどっかいってもおかしくない。

 そういう違いは、オーストラリアにいたときに日常でしみじみ感じました。ドライで良いなと思う半面、ズレを感じつつ、それを無視して暮らすのに疲れてしまって嫌でした。俺はやっぱり日本人だなと思いました。

東 今のお話を哲学的な言葉にひきつけて言うと、言葉には「事実確認的機能」と「行為遂行的機能」があると言われます。そこで日本語では「行為遂行的機能」がとても強い、だから事実確認の言葉として使いにくい、ということだと思います。

 言葉と現実がどう結びつくかというさきほどまでの話とも関係しますが、日本語で言文一致もあまりうまくいっていません。外国の学会では講演原稿を作って読み上げることがあります。でも日本語でそれをやると「原稿を読み上げている講演」になってしまって、聞き手の理解を阻害してしまう。これは話し手の技術の問題ではなく、じつは言葉そのものの問題なんですよ。

 多くの人はあまり意識していないのですが、日本語は、書く言語と話す言語にかなり明確な違いがあります。「だ・である」「です・ます」の違いもその一例ですが、それ以上に語彙も違う。耳で聞いても理解できないけれど、読んだらわかるという言葉がたくさんある。プレゼンやスピーチが苦手な人が多いのはそれが理由だと思います。明治以降の日本語の標準化プロセスで、何か失敗したように思います。

養老 日本は昔から「読み書きそろばん」ですから。つまり、「読み書き」が日本語であって、お喋りは入っていない。ところが古代ギリシャでは、ソフィストという弁論術を教えることを仕事にしている人たちがいた。そのくらい話すことに対する考え方が違いますね。日本でそんなことをしようとしたら、「お前、落語家にでもなるのか」で終わってしまう。

東 たしかに「話す」のを職業にするというと、落語をやるくらいの受け取られ方をしますよね。いまは弁論術イコール論破みたいに受け取られてしまっていますが、本来は話す技術とは、聞く技術でもあります。だから、話す技術が教えられていない日本人は必然的に聞く技術もなくて、インタビューもすごく苦手なように思います。

 僕はゲンロン・カフェを10年以上やって、たくさんの人の話を聞いてきましたが、そこで気付いたのは、日本のアカデミシャンは聞く力が弱いということです。自分の主張ばかりする。話し相手がいつも生徒や同輩なので、自分の研究の内容を「教える」という関係性しかもったことがなく、対等な対話の訓練を受けていないように思います。このことと養老さんのお話はすごくかかわっている。

2023年10月8日日曜日

20231007 株式会社藤原書店 杉原志啓・富岡幸一郎 編集「稀代のジャーナリスト・徳富蘇峰 1863-1957」pp.206‐207より抜粋

株式会社藤原書店 杉原志啓・富岡幸一郎 編集「稀代のジャーナリスト・徳富蘇峰 1863-1957」pp.206‐207より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4894349515
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4894349513

かくて蘇峰は、こんな「禍根」をもたらした背景として、学校と学校秀才重視の教育問題も執拗に論じることになる。蘇峰によれば、明治以来の近代的教育制度が整えられてきた結果、文武両官のエリートがすべからく官僚化してしまい、これがまた、日本を惨憺たる敗北に導いたからであった。  

 たとえばかれは、その病根につき、こんなことをいっている。「予は敢えて言う。帝国大学あって、日本の腐敗せる官僚政治は出て来り。士官学校、兵学校あって、陸海軍の腐敗せる幹部は出て来った。しからばこれ等の機関なければ、日本文武の百官将士は、何れも注文どおりに行ったかといえば、それも保証の限りではない。唯だこの場合に於て、如何に帝国大学なるものが、我があらゆる文官の各方面に害を流し、士官学校・兵学校なるものが、また陸海両軍に大なる禍を胎したかという事」を指摘しておかなければならない。つまりこうした「禍」の根本には教育問題があった。より直截にいえば、ひたすらな「形式教育」にあったということである。

 では「形式教育」とは、具体的にいったい何を意味していたか。というとそれは、ある意味現代でも一日とて耳にしない日はないといってよい「点取り教育」であった。つまり、まさに官僚に適合的とされる学校秀才の問題なのである。蘇峰はいう。今やあらゆる学校は、文武いずれも「点取り教育」であって、およそ学生はただ点数さえ取ればよいと心得ている。結果ペーパーテストの成績のよい「人間学」ならぬ「要領学」をマスターした学校秀才が幅をきかせてくる。ために学問の目的は、勢い「立身出世」となり、個人功利主義となる。しかもこの目的を達成する道筋は、「定められたる型通り筋を践んで行く事である。所謂る秀才とは、その定められたる型に最もよく嵌りたる者をいう訳であり、成功者とは、その型に適まって、立身出世委をした者という事であり、かくて世の支配階級なる者は、文武何れの方面も、軽佻浮薄、無責任、無節操の徒輩」ばかりになってしまったというのである。

 むろんこうした学校秀才も平時における日常業務ならば「相当間に合わぬ事もなかった」。しかるに「一旦緩急」の非常時となるや、かれらがたちまちその本性を暴露して、ほとんどまったく役に立たなかったことは、さきの大戦の帰結が実証しているではないかと。

 蘇峰によれば、そんなわけで、こんな事例をみただけでも、わが国はとてもアメリカに伍していく「総力戦」などなしうるはずがなかったのであり、事実さきの戦争は国民からまったく遊離し去っていた。換言すれば、日米戦争は「米人が勝ったのではない。日本人が負けたのである」。

軽佻浮薄な日本人の急変ぶり

 蘇峰はまた、敗戦直後からみられた「日本人の急変」ぶりにも、火炎放射器のごとき烈しい舌鋒を浴びせている。すなわち、当初からの自由主義者や共産主義者が、このさい「時を得顔」に顎をだしてくるは当然だろう。ただ、昨日まで熱心な「米英撃滅の仲間」であり、その急先鋒であった人びとが一夜にして豹変、たちまち「米英礼賛者となり、古事記一点張の人々が、民主主義の説法者」となった者が多いことには、さすがにその「機敏快速なる豹変ぶり」に一驚せざるをえなかったという。

 蘇峰にとって「時勢の変化によって、その態度を変化する」人びとや事象は、悉くまことに浅ましき戦後日本の「醜態」にほかならなかった。蘇峰はつまり、日本人の「この軽佻浮薄なる態度を見て、憤慨するどころか、むしろ泣きたくなる」と叫び、これでは「日本人を辞職したい」気持ちになるとさえいうのである。

2023年10月6日金曜日

20231005 中央公論新社刊 三島由紀夫著「文章読本」pp.85‐88より抜粋

中央公論新社刊 三島由紀夫著「文章読本」pp.85‐88より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122024889
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122024885

私は戯曲の文章を論ずるに先だって、小説中の会話の文章と、戯曲の文章とが、いかにちがうか申し上げなければなりません。小説のなかでは会話の沢山のあるもののあります。たとえば谷崎氏の『細雪』は、アメリカで翻訳されて、会話小説(カンヴァセイション・ノヴェル)というふうに言われました。戯曲と小説との中間形態はいろいろあって、たとえばゲーテの「ファウスト」は戯曲jと言うには、あまりにも奔放な会話の羅列であり、第二部のごときは上演も不可能なものでありますし、また会話体で書かれた戯曲でないものも沢山あるので、ゴビノオ伯爵の「ルネッサンス」のごときは、その一例であり、またフランスの18世紀の小説にも会話体の小説があり、戯曲と小説との間には多くの中間形態があります。

 われわれは会話の出てこない小説はよく退屈だと申します。地の文ばかり続いていうと、いかにも固い、窮屈な感じがして、一般読者は会話を要求します。それならば会話が好きかというと、会話ばかり続いた戯曲を、一般読者はほとんど読みづらいと言って敬遠します。この矛盾はなんでありましょうか。私はあるアメリカの作家から、これに関するある評論家の言葉というものを聞いたことを覚えています。その評論家の名は忘れてしまいましたが、それは小説の会話に関するこうした説でありました。

「小説の会話というものは、大きな波が崩れるときに白いしぶきが泡立つ、そのしぶきのようなものでなければならない。地の文はつまり波であって、沖からゆるやかにうねってきて、その波が岸で崩れるときに、もうもちこたえられなくなるまで高くもち上げられ、それからさっと崩れるときのように会話が入れられるべきだ」

 私はこの比喩を大変美しい比喩だと思っています。小説の中での会話はそうあるべきであって、そういう風に挿入された会話は美しい。

 しかし小説作法は絶対的ではないので、それぞれの国の伝統があって、ドイツの小説は長々とした議論を会話に乱用する傾きがあり、また過去の物語もドイツの小説では、多く会話の物語ですまされています。これはドイツの小説に特殊な味わいを与えているものですが、ロシアの小説でもドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」のように、むずかしい神学的議論にまで及ぶ長い長い会話がつづられて、それが小説の主要なテーマを劇的に盛り上げております。事実、ドストエフスキーの小説中の会話は、会話としては特殊なものであって、それ自身が独立した劇的な効果をもっており、以前、パリで「カラマーゾフの兄弟」の中の会話の部分だけ抜萃して、一切手を加えずに上演したことがあります。これは相当な成功をみたようですが、それだけでもドストエフスキーの会話が、弁証法的構成をもち、一般の小説の会話とちがって劇的な緊張と対立の上に成り立った、奇聳な、小説におけるドラマ的効果を形造った会話であるということが言えるのであります。その意味では「カラマーゾフの兄弟」は小説的であると同時に、非常に劇的な作品であります。日本の読者には後半の法廷シーンにおける、長い裁判の弁論ごときは小説のなかでの会話的部分として、もっとも耳慣れないものでありましょう。

 日本の小説にはこのような会話の伝統はありません。多くは写実的会話で、小説の中における会話は小説の重要な筋に肉迫するような、劇的会話は避けられて、ちょうど地の文の辛さに、会話という甘味を一滴二滴落すような具合に挿入されて来ました。新聞小説の会話のごときはその代表的なものでありまして、新聞小説の読者は長い地の文や叙述の描写に耐えられないので、「あら、ほんと」とか「まあ、そんなことおっしゃっちゃいやだわ」という無意味な会話を挿入することによって、読者の日常平凡な現実的感覚を刺激しなければならないのであります。なぜならば地の文の描写は、いちおう知的な理解を経なければ、現実感覚としてせまってこないが、そこらで普段聞かれる日常会話は、小説の世界を、急に手先に引き寄せるように感じさせるからであります。ですから日本の小説に関するかぎり、会話は文学の重要な部分を受持っているとは言えません。

2023年10月3日火曜日

20231003 株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」 pp.91-94より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」
pp.91-94より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309207529
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309207520

当然ながら、没個性化した世界は、前衛主義のこの挑発に、キッチュをとおしてたちむかうことしかできない。キッチュとはすなわち、見せかけの芸術である。こうしてわたしたちは、童話的キッチュ、聖なるキッチュのほか、ファシズム期に出現した、キッチュと前衛芸術の合いの子が残された。

 キッチュは多種多様だ。キッチュを悪趣味ととらえることもできる。小人の庭飾りや、なかでオロパの聖母像に雪が降る、半円状のガラスの置物などがいい例だ。だが、グイド・ゴッツァーノの、悪趣味のいいものもまたキッチュである(「スペランツァばあさんの友達」、1911)。

オウムの剥製と、アルフィエーリとナポレオンの胸像

額縁に入った花々(悪趣味のいいもの!)

陰気な暖炉、砂糖菓子の入っていない空箱、

ガラスの覆いに守られた、大理石の果実、

ダゲレオタイプのなかの、おぼつかない夢想家、

(・・・)

ダマスク織の布を張った椅子

えんじ色(・・・)

 しかし、効果の追究としてのキッチュもある。つまり、「わたしたちがひとりの女を表現するならば、それは、わたしに一緒に寝たいと思わせるようあ女でなくてはならない」というような。キッチュの真髄は、倫理的カテゴリーと美学的カテゴリーの取り違えにあるのである。

 ヘルマン・ブロッホ(『キッチュ』1933)が言うように、キッチュは、「芸術家に「よい」仕事を課すのではなく、「美しい」仕事をするよう課す。キッチュにとっての重要なのは、美しい効果である」。

 舞台芸術では、効果は必要不可欠な構成要素、すなわち美的要素にまで格上げされる。他方で、芸術的ジャンル、ある明確なブルジョアジーのジャンルが存在する。つまりオペラのことだが、そこでは、効果がもっとも基礎的な構成要素となっている。

 だが、芸術をつくり上げる条件のひとつであるふりをして、実際には芸術レベルに到達しないものとしてのキッチュがありうる。キッチュという言葉が意味をもつとすれば、それは効果を生みだす傾向のある芸術だけを指すからではない。なぜなら多くの場合、偉大な芸術も同じ目的を志したからだ。キッチュはまた、フォルムの均衡がくずれた作品そのものを指すわけではない。それならば、その作品はただの醜い作品ということになるはずだ。ほかのコンテクストで登場したスタイルを踏襲している作品、という特徴をもっているわけでもない。それだけなら、なにも悪趣味に陥らなくともできることだ。キッチュは効果を促進するみずからの機能を正当化させるために、他人の経験という抜け殻を着て気取って歩き、それを芸術として売る作品を指すのだ。

2023年10月1日日曜日

20231001 中央公論新社刊 三島由紀夫著「文章読本」pp.17‐20より抜粋

中央公論新社刊 三島由紀夫著「文章読本」pp.17‐20より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122024889
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122024885

 しかし日本語の特質に帰ると、日本人は奇妙なことに男性的特質、論理および理知の特質をすべて外来の思想にまったのであります。平安朝時代の漢語および支那文学の教養は、武家時代になると、禅宗の影響下に、また儒教の影響下につぎつぎと新たに入ってくる外来文化の影響にすり替えられました。日本の男性的文化はほとんどすべて外から来たものであり、まだ外来文化に浴さないうちの日本の男性は、「古事記」時代のような原始的男性の素朴さを持ち、まだ感情を発見することなくひたすらに素朴な官能に生きていました。男性が感情を発見する前に、女性が感情を発見したのであります。そして男性はますます自分の感情を発見することよりも、古代の外来文化のもたらした諸概念に身を縛ることの方に、むしろ積極的な喜びを見出しました。男性はまずます頑なに感情から離反し、種々の哲学概念や宗教的概念でもって感情を殺そうと試みました。儒教の影響下にあった武士道のあの頑なさについては、皆さんはよくご存じであります。

 この影響は明治維新以後にもあいかわらず払拭されませんでした。ドイツ観念論哲学の用語が嵐のごとく日本の知識階級の用語になって流入し、あらゆる抽象概念はドイツ観念論の用語で代用されました。そうした日本には、日本独特の抽象概念というものがなかったので、平安朝の昔から男性は抽象概念を、すべて外来語によって処理してしまう習慣になっていました。そして日本語独特の抽象概念にあたるものは、いつも情緒の霧にまといつかれ、感情の湿度に浸潤されて、決して抽象概念すら自立性、独立性、明晰性を持つことはできませんでした。むしろこのような言葉の曖昧さへの性質は、男女の別なしに民衆のなかに浸透して、民衆の文学が生れる素地を作ることにはなったが、これはまたあとの問題であります。

 このように考えてくると日本の文学はというよりも、日本の根生(ねおい)の文学は、抽象概念の欠如からはじまったと言っていいのであります。そこで日本文学には抽象概念の有効な作用である構成力だとか、登場人物の精神的な形成とか、そういうものに対する配慮が長らく見失われていました。男性的な世界、つまり男性独特の理知と論理と抽象概念との精神的世界は、長らく見捨てられて来たのであります。平安朝がすぎて戦記物に時代になりますと、そこでは叙事詩的な語りものの文学、「平家物語」とか「太平記」が生れましたが、そこで描写される男性は、まったくただ行動的な戦士、人を斬ったり斬られたり、馬に乗って疾駆したり、敵陣におどり込んだり、扇の的を矢で射たりするような、ただ行動的な男性の一面が伝えられるにすぎませんでした。

 一方、平安朝の女流作家が開拓した男性描写、それはいわば女性の感情と情念から見た男性の姿であります。男性はひたすら恋愛のみに献身し、男性の関心はすべて女性を愛することに向けられました。そこでは男性すらが女性的理念に犯されて、すべて男女の情念の世界に生き、光源氏のような、絶妙な美男子ではあるが、ただ女から女へと渡って行く官能的人間を、理想的な姿として描いています。これはまた戦記物の行動的な男子と同様、男子の一面を描写するにすぎません。しかしこのほうの男性描写の伝統こそ、日本文学の最も長い最も深い伝統をなしもので、元禄時代の西鶴の「好色一代男」も「源氏物語」の影響を受けたものでありますが、これにもまた好色一辺倒に生きた男の生涯が語られて、それが武士道徳に対する民衆的理念を代表するものであったとしても、やはり男性の精神的世界は閑却され、この伝統はわれわれの意識しないところで、明治以後の近代文学にまで続いているのであります。

20230930 ブログ記事作成の当面の目標(伸びしろはあるのでしょうか・・?)

日中はまだ暑い日が続いていますが、明日から10月になり、早くも今年の残りは3カ月となります。他方、当ブログは前回の投稿により総投稿記事数が2045となりました。そして今年の残りを3カ月≒90日程度と考えますと、2日間に1記事強の投稿頻度にて今年中に2100記事に到達することが出来ます。

しかしながら、以前にも何度か述べましたように、現在は去る5・6月の2000記事到達および8年間のブログ継続後の休息期間であり、記事作成に本腰を入れる必要はないと考えています。そこで、さきに述べた2日に1記事強の投稿頻度を検討しますと、それは「ほぼ本腰を入れている状態」と云えます・・。

このように状況を考えてみますと、悩ましいものがあり『いっそ棚上げしてまおうか・・』とも思われるところですが、当ブログを今後さらに3000記事まで継続するかどうかは別として、どのような投稿頻度であれ、おそらく今後、2100記事程度までは継続すると思われますので、そこに至るまでの投稿頻度は「出来るだけ早く済ませてしまう」ために、さきの2日に1記事強の投稿頻度でも良いと思われるのです・・。

また、実際にそれを行うに際しては、これまでも度々用いているChatGPTをさらに多用してみたいとも考えています。しかし、このChatGPTを用いたブログ記事作成は、このようなオリジナルでの文章作成と比較しますと、明らかに文章作成の「楽しみ」が少なく、かえって続けることが困難になってしまうではないかとも思われましたが、しかし、こうした独白形式の文章でのブログ記事作成も当初は難しく毎回辛吟しつつ作成していましたが、そこから8年程度(どうにか)継続していますと、当初ほど辛吟することはなくなり、どうにか自分の文章を作成することが出来るようにはなりましたが、他方で自分としては、もう少しは伸びしろのようなものがあるのではないかとも考えています・・。

そして、その伸びしろを活かすためにも、たとえ当初は楽しくなくともChatGPTを用いて記事作成を行うことにより、また何か良い変化が生じるのではないかと思われますが、いずれにせよ、今年残りの当ブログの目的は、年内に総投稿記事数が2100に到達すること、またその内容はオリジナルの記事、ChatGPTを用いて作成した記事、そして書籍からの引用記事のいずれであっても良いこととします。また、年末近くになってあわてて1日に3記事投稿などということにならないように、手近な目標として10月中に総投稿記事数が2060以上になるようにまた進めていきたいと思います。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。





2023年9月28日木曜日

20230928 一連の(試作文章)そして当ブログ作成の起点にあるものについて

今回の記事投稿により、総投稿記事数が2045に到達します。去る5月の2000記事到達、そして6月には丸8年のブログ継続となり、その後はかなり長期間ブログ記事の作成は休止する予定であり、実際そのように認識はしていますが、それでも、怠け過ぎない程度に記事作成を続けておかないと、その後の再開が困難になると思われますので、このように時々は、自らの文章による新規の記事作成を行っている次第と云えます・・。

とはいえ、昨日も一応、新規での記事投稿は行っていましたので、そこから考えますと「時々ではないのでは・・?」と思われる方々もいらっしゃるのではないかと思われます。この疑問はその通りであり、以前に投稿した記事にて述べましたが、ここ最近で新規投稿した記事で題名の後に(試作文章)と記しているものは、テーマが共通する複数の既投稿記事に書かれている内容を集めて、それらをChatGPTに放り込み、そこに指示をして生成された文章に手を加えたものであり、私としては、未だにこの作成方法には違和感がありますが、それでも、どうにかそれらしい文章は出来るようですので、今しばらく用い続けますと、あるいは、もう少し面白く読むことが出来る文章を作成することが出来るようになるのではないかと思われます。

とはいえ、現時点では、こうして自らの文章にて、はじめからブログ記事を作成する方に馴染みがあり、さきのChatGPTを用いた作成方法は、その「あっけさな」あるいは、なかば単純作業のようにしてブログ記事作成が出来てしまうことに強い違和感を覚え、さらに、そこで生成された文章に加筆修正したブログ記事は、どうしても、これまでの方法で作成したブログ記事と同じものとして認識することが難しく、これはこれで一つの実験として、これらの(試作文章)の投稿ブログは、後日、少しづつ、そして継続的に加筆修正を行うことにより、認識が徐々に変わり、ChatGPTを用いる以前に作成したブログ記事と、概ね同じものとして見ることが出来るのかを検討したいと考えています。

また、これまでに何度か記事題材として、当ブログ作成の来歴について扱ったいくつかの記事についてですが、この題材は、私にとってはそれなりに重要であり、これまで私が、まがりなりにもブログを継続することが出来た背景には、和歌山や鹿児島での経験があるのですが、それだけでは、たとえ、どれほど多くの経験や知見を得たとしても、ブログ記事の作成には結びつくことはないと云えます。これを自らの行動として始めた経緯には、ある種の焦燥感があり、それが日を追う毎に大きくなり、自分なりに悩んだ挙句「書いてみます・・。」といった態で始めた当ブログですが、この「ある種の焦燥感」は思い返してみますと2013年の学位取得を起点にしているように思われます・・。

つまり、私は2013年から焦燥感を抱くようになり、これが次第に大きくなり、2015年に(ようやく)当ブログを始めたということになりますが、では、そこから8年間以上ブログ記事の作成を継続して当初の焦燥感は感じなくなったのかと自問しますと、これは明らかに感じられなくなりましたが、他方で、それまでの期間、ブログ記事作成を継続したことにより、今度はブログ記事の作成が半ば習慣化してしまい、そこから現在のように自分で設定した2000記事到達後の休止期間であっても、このようにしばしば記事作成を始めてしまうのです・・(苦笑)。

ともあれ、そのおかげもあってか、どうにか、その起源あるいは源泉にあるものにブログ記事として文章で著し、以前よりかは、どうにか「にじり寄る」ことが出来ているのではないかと思われるのです・・。しかし「にじり寄る」は良いとして、そこに至るまでに8年以上の期間を要しているということは、適当な比較対象を知らないため判断は出来ませんが、一般的によくあることなのでしょうか・・?

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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