2022年8月28日日曜日

20220828 以前の勤務先での営業活動から思ったこと

以前の投稿記事にて述べたことではありますが、かつて、私は歯科訪問診療を主に行っている比較的規模の大きい医療法人に勤務していた時期がありました。そこでの当初の職名は「歯科訪問診療コーディネーター」と云うものであり、その職務内容は、端的に歯科医師・歯科衛生士などの医療専門職が行う業務以外の全般と、当法人の歯科訪問診療を居宅介護支援事業所や地域包括支援センターなどに「ご案内」という営業活動を行うことでした。

私はこうした業務が向いておらず、しばらく経ってから、同法人の母体が新たに設立した医療介護職に特化した求人・求職サイトの運営の方へ遷されました。この仕事は私一人が担当であったことから、求人情報獲得のため、さまざまな医療・歯科医療機関を訪問して廻ることが多くありました。


また、法人内では、私の背景は歯科医療分野であると見做されていたこともあり、自然、歯科医療機関に求人情報を獲得するために訪問することが多くありました。大抵の場合は事前にメールや電話などをして訪問させて頂いていましたが、時には飛び込み営業のようなことも行っていました。ともあれ、そうした活動をしばらく継続していますと、医師と歯科医師の診療内容以外での職業人としての性質の違いのようなものを感じる機会が度々ありました。

具体的には、現代の我が国では医師が30万人ほど、そして歯科医師が10万人ほどいるのですが、そのうち開業医の割合は、医師であれば20%ほど、そして歯科医師であれば50%以上がそうであるのですが、そうしますと、開業している医院、歯科医院は、それぞれ5~6万件ということになります。つまり、全体の人数であれば、医師が歯科医師の3倍以上いるのですが、これが開業医になりますと、医師、歯科医師では、あまり大きくは変わらないほどの件数であり(5~6万)、そうしたことから、歯科医師の方が、より個人事業主あるいは中小企業経営者的な性質を強く持っていると、さきに述べた活動の中で感じました。

また、彼等、彼女等は、さきに述べたとおり、個人事業主・中小企業経営者的な性質をも有する開業歯科医師ではあるものの、同時に、医院収入にも少なからず影響を及ぼす「より良い歯科治療」を行うためには、最新の学術的な知見などにも目を向ける必要があることから、学会や勉強会への参加はもとより、時には自ら発表なども行うのです。

そのようにして彼等、彼女等は、歯科医院を運営して、そこで従事している他の歯科医師や歯科衛生士などの生活を成り立たせていると云えるのですが、そうした様相を、私は、さきに述べた経験を通じて、実感として理解することが出来たように思われます。

そして、上に述べたことを念頭に置き、後知恵にはなりますが、所謂、成功していると思しき歯科医院をいくつか眺めてみますと、そこには、ある程度まで類型化出来るいくつかの要素があるようにも思われてくるのです。ともあれ、その類型化、要素につきましては、また後日述べてみたいと思います。

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2022年8月27日土曜日

20220826 グダグダとも思われるブログ記事であっても作成した方が良い理由【蓄積・継続?】

今回の記事投稿により、総投稿記事数が1835に達します。そしてまた、あと新規にて65記事の投稿により、当面の目標としている1900記事に到達することができます。これは、どうにか年内には達成して、さらに来年の出来るだけ早い段階にて2000記事まで到達出来れば良いと考えていますが、さて、上手くそこまで運ぶことは出来るでしょうか?

以前にも述べたことではありますが、その先1900記事まで(どうにか)達することが出来るのであれば、そこから次は2000記事までは、区切りが良いため作成することになると思われます。しかし2000記事とは、現時点の私にとっては未知の領域であり、また、そこまで継続することが出来るのであれば、科学的な根拠はありませんが、おそらく、その後も、たとえ投稿頻度は多少変化したとしても、ブログ記事の作成は続けることが出来るのではないかと思われるのです・・。

そうしますと「一体何時までこのブログを継続するのか?」と、我がことながら思うに至るのですが、あるいは既に現時点においても、公の空間においては、当ブログが私を代表するものであるとも思われるのですが、そうしますと、決して多くはありませんが、当ブログのことで声を掛けて頂くことの意味も理解出来ると云えますが、たしかに、こうした発信活動を全く行わなければ、当ブログのことで声を掛けて頂く機会もなく、そしてまた、ツイッター上にて関連すると思われる記事を、何らかのカタチで提示するようなことは出来なかったと云えます。

ツイッターについては、その機能を使い始めて未だ2年半程度ではありますが、その中で私は、これまでに作成・投稿したブログ記事で、内容的に関連があると思われた興味深いツイートに、そのブログ記事を返信あるいは引用リツイートなどをしてきましたが、これについては、その反応を実際に耳にする機会はありませんでしたが、私としては、こうした(興味深い)ツイートへの返事・引用リツイートによって、多くの閲覧者を得ることが出来たことが多かったと云えます。昨今では、ツイッターでの1日のオーガニック・インプレッションは平均して2000~3000程度ですが、これが、さきに述べたツイートへの返事・引用リツイートにて「当たる・バズる」ものがありますと、ここ最近であれば、10000以上にまで達することもあり、また、こうしたことは、ブロガー上でのブログ記事作成のみで活動していた時期では皆無であったことから、ツイッターを始めて2年半が過ぎた現在であっても、そうした機会は、もちろん多くはありませんが、やはり、毎回驚かされると云えます・・。

そしてまた、まだまだ先は長いですが、とりあえず、今後もしばらくは1900記事を目標として書き進めようと考えて居ます。

ともあれ、今回の作成記事は、昨日と同様、あまり読ませる文章でもなく、また、内容的にも、ハッキリとしたものではありません。しかし、こうした記事であっても、作成をしばらく続けていきますと、どのような理由によるものか、それまで以上とも云える文章・ブログ記事を作成することが出来るのではないかと、これまでの経験は語るのですが、その具体的な顕われに関しては、私はどのような実感を得て、それを基点として、同じく、どのように理解・解釈するようになるのでしょうか?

そういえば、さきに述べたツイート内容に何らかの関連があると思われる記事の、返信あるいは引用リツイートでの提示は、現在の私ではあれば、ある程度、そうした行為の蓄積による慣れもあって、割合速やかに双方が繋がるのですが、当ブログ開始当初の頃は、これがなかなか出来なかったことが思い出されました。そして、現在、そうした関係性を見出すことが以前よりも比較的容易に出来る様になった経緯には、当ブログを閲覧してくださっている方々の存在があると、ここまで作成してきて思い出されましたが、今後もまた、そうした変化とは生じるものなのでしょうか?

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2022年8月25日木曜日

20220825 創造の経路と、それに付随する価値について・・【見解の鋳型】

これまで(どうにか)7年以上、ブログ記事の作成を継続してはきましたが、それまでの経緯で、自分の文体を獲得出来たかについては、未だに実感がありません。毎回の記事作成に際しては、やはり面倒に思われるものです・・。これが、速やかに、滑らかに作成出来るのであれば、それに越したことはないのでしょうが、しかし、これまでの自分の経験に照らしてみますと、そのようにして作成出来たと思しき記事はありません。他方で、書籍からの引用記事の場合は、予め、いくつかの興味深いと思われる記述がある著作があり、そして「本日はオリジナルの記事を作成するのは困難かな。」と感じられ、且つ「新規の投稿はしておいた方が良い」と思われる日に、そうした著作ストックの中から、その日に適していると思われる記述を検討し、そして、引用記事として作成しています。

そうした書籍からの引用記事に関しては、現時点において、その候補が100近くあると思われますので、今後、そうした引用記事を集中的に作成する期間を設けても良いのではないかとも思われます。しかし、私の場合、未だに自分の作成する文章に対する十全な自信がないことからか、たとえ断続的ではあれ、自らによる文章作成を継続しておかないと不安になってきてしまうのです。あるいは、こうした状態は強迫性障害に近いのかもしれませんが、しかし、それが除去されて、そして、めでたくブログ記事の作成を不安感ナシに止めることが自分にとって良いことであるのかと考えますと、こうした、ある種の「内面の葛藤・不調和」につき合えるだけつき合ってみることにより得られるものも、少なからずあるのではないかと思われるのです・・。

対して、当初から合理的な経路選択によって得られた、辿り着いたものとは、往々にして、さきの葛藤・不調和を経たものと比べて、自身の中での払われる価値が低くなるように思われます。しかし、そのように考えてみますと、概して創造には、そうした性質があるのかもしれません。つまり、さまざまな思考錯誤を重ねて時間をかけて作成、創造されたものと、既存要素をわずかに改変して組み合わせ、あるいは組み合わせた後で改変したものとを比較しますと、さまざまな程度の相違はあるものの、前者の方がより普遍的な意味での創造と云え、そしてまた時間的な意味での普遍性を持つ可能性が高くなるのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、こうしたことは、各人各様で価値観が異なることから、普遍的な数値データに基づく結果そして傾向などを見出すことは難しいのかもしれませんが、それでも最終的には、さきの「葛藤・不調和を経た創造の方が、より普遍的な意味での価値があるのではないか?」から更に進んだ言語にて説明可能な見解に至ることが出来るのように思われるのです。

そして、そこで重要であると思われるのが、そうした見解の鋳型ともなるような物語としての神話や小説などです。おそらく、原初期の頃から現在に至るまでの人文社会科学全般の持つ普遍的な価値もまた、そうしたところにあるのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

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20220824 岩波書店刊 岡義武著「近代日本の政治家」内「平民宰相・原敬」pp.139-141より抜粋

岩波書店刊 岡義武著「近代日本の政治家」内「平民宰相・原敬」pp.139-141より抜粋
ISBN-10 : 4003812654
ISBN-13 : 978-4003812655

原敬は安政三年(1856年)九月盛岡城外に生まれた。当時健在であった祖父の原直記政元は盛岡藩の家老加判。従って、家柄は上級武士層に属する。彼は少年時代を幕末の動乱期にすごし、戊辰戦争の起ったときには十二歳であった。この戦争において盛岡藩は東北の諸藩とともに官軍に抗したが、「朝敵」の烙印を押された上で一敗地に塗れる悲運に遭遇した。

 維新後、藩閥政治が樹立されて、薩長両藩の出身者はわが世の春を誇る時代となった。陸奥宗光(紀州出身)の言葉を借りれば、「往昔平氏の盛時、世人之を目して平氏の族に非ざる者は人間に非ずといへり。今や薩長の人に非らざれば、殆ど人間に非ざる者の如し」という世の中になった。そして、非藩閥の身に生まれた幾多有為の人材はこの藩閥政治の陰に空しく埋もれて、朽果てて行った。そして、戊辰戦争の敗北者である東北諸藩の出身者のごときは、薩長人から「白河以北一山百文」と嘲弄、侮蔑された。

 このような中で、若き原敬の前途には光明は乏しくみえた。負け嫌いで覇気に溢れ、そして、敵・味方を峻別して行動する性向の持主であった彼にとって、このみじめな境地の中で味わったさまざまの屈辱的な経験は正にその骨身に徹した。それは原は生涯到底忘れることができなかった。たとえば、彼は一山または逸山と号した。それは「白河以北」云々の句から取ったものである。もとより自嘲ではない。この二字には昂然たる反撥の気概がこめられていたのであった。また別の例を挙げよう。幾月はいつか流れて、大正三年に迎えた。当時原は第一次山本(権兵衛)内閣の内相であり、大正天皇の即位式をひかえて大礼使長官を兼ねていた。同年二月六日の日記に彼は記している。「午後大礼使の会議に出席して種々の協議をなしたるが、御即位礼に使用せらるる幡の理由書中に維新の際東征に使用せられたりとか、奥羽出征のとき総督に下附せられたる錦旗に倣へりと云ふ文字あり、一視同仁の皇恩に浴し居る今日に於て恰も外征に於けるが如き語句を使用する事は不穏当なりと認め、之を刪除せしめたり」。また、大正六年は戊辰戦争からちょうど五〇年目に当たった。当時原は政友会総裁であった。この年、旧諸藩筋ではそれぞれ慰霊の祭典が執り行われた。旧盛岡藩関係でも寄り寄りその計画があったが、費用の問題で行詰った。そのことをきいたとき、彼は率先金を寄付し、この金を基にして祭典を行うよう盛岡市当局に斡旋方を依頼した。その結果、同地の報恩寺において旧盛岡藩士戊辰殉難者五十年忌の法会が行われた。当日彼はその席に列した。そして、みずから起草した祭文を朗読した。それにいう、「同志相謀り旧南部藩士戊辰殉難者五十年祭本日を以て挙行せらる。顧みるに昔日も亦今日の如く国民誰か朝廷に弓引く者あらんや、戊辰戦役は政見の異同のみ、当時勝てば官軍負くれば賊との俗謡あり、其真相を語るものなり、今や国民聖明の沢に浴し此事天下に明かなり、諸子以て瞑すべし、余偶々郷に在り、此祭典に列するの栄を荷ふ、乃ち赤誠を披露して諸子の霊に告ぐ、大正六年九月八日 旧藩の一人 原敬」。彼はその日の日記に、この祭文を書き入れ、付記して「他には如何なる評あらんも知れざれども、余の観念を率直に告白したるなり」としている。そして、その折彼は「焚く香の烟のみだれや秋の風」の一句に深い感慨を託した。

2022年8月23日火曜日

20220822 疲れが残るなかで、愉快に読むことが出来ない書籍を読んでいて思ったこと・・【契機】

ここ数日は、どうしたものか以前からの疲れが取れずに、また、そうした事情から、ブログ記事の更新は3日間休止しています。他方で、これまでの総投稿記事数は1831となっており、出来れば、今月中に1840記事まで到達したいと考え、さきほどから記事作成を始めました。とはいえ、その主題は未だ決まっておらず、書き進めていくなかで、何らかの着想を得ることが出来ればと期待しているのが現状と云えます・・。

また、この疲れあるいはダルさのようなものは、おそらく、先日の投稿記事にて述べた、現在読み進めている、太平洋戦争を題材とした著作による影響も少なからずあるのではないかと思われます。現在読み進めているのは、捲土重来を期するマッカーサー将軍が指揮する米軍がフィリピンに上陸し、守備勢である日本軍との間に烈しい攻防戦が繰り広げられている件ですが、こちらもまた、他の南太平洋戦域での描写と同様に、いたましいものがあり、これを読んでいますと、自然と目が細くなり、そして眉間に皺が入ってきます。

つまり、愉快な気分で読み進めることがとても困難なのです。しかし、それでも我々は、この悲惨な戦争が行われた時代のことを、出来るだけ多く、深く知っていた方がよいと私は考えます。

どうしたわけか、私は幼い頃、小学校入学以前から、この時代を好んでいましたが、それは主に、当時の戦車や飛行機や軍艦といった各種兵器に付随する興味・関心であり、それら兵器が登場する戦いに興味を持っていたと云う方が、より精確であったと云えます。そしてまた、そうした興味は模型、プラモデルの作成などにも波及していくというのは、割と自然な流れであったのではないかと思われます。

戦争そのものよりも、兵器の方に興味を持っていた時期は割合と長く、おそらく、小学校高学年まではそうであったと記憶しています。そして、丁度この同じ時期に、人文系にて大学教員をしていた親しい親戚が、たしか研究資料のためとして購入したという第二次世界大戦当時の各戦域で撮影された動画を集め編集した全20巻ほどのVHSビデオシリーズを、私の一家が長期にわたって借りることになりました。そして、それらを最も視聴していたのは私でした。一連のビデオには、たしかに、さきに述べた各種兵器も多く映ってはいましたが、それと同時に、現在読み進めている著作にて描かれているような、いたましいと云える状況も少なからず映されており、これには驚き、ある種の衝撃を受けました。また、この一連のビデオを視聴したことから、もう少し異なった視座から第二次世界大戦をとらえることが出来るようになり、そこからまた、新たな分野の書籍をも自然に読むことが出来るようになったのではないかと思われます。その意味においても、各種映画や同時代を映した映像資料などはとても重要なものであると私は考えますが、しかし同時に、たとえ緩慢であれ、そこから先の内面での変化、そして、さらに先での展開といったものの方が、やはり、より重要であるように思われるのですが、さて、如何でしょうか?

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2022年8月19日金曜日

20220818 1830記事に到達して思ったこと、およびその他

昨日の投稿記事によって、総投稿記事数が1830に到達しました。そうしますと、当記事を併せて70記事の新規投稿により1900記事に到達することになりますが、現在のところ、そうした実感は皆無であり、また、昨日の投稿記事にても述べましたが、現在読み進めている数冊の太平洋戦争について扱った書籍にて描かれている戦況が敗色濃く、悲惨とも云える状況になってきますと、読んでいて何だか疲れ、いたたまれなくなる感覚があり、こうした感覚は私の場合、年々強くなっているようにも感じられます・・。

とはいえ、折角、そのうちの一つは全五巻のうち四巻目はじめ100頁ほどまで至りましたので、この先も読了を目指し、引き続き読み進めていこうと思います。そういえば、ここ最近は、さきに述べた著作のみならず、他の書籍なども購入してしまいましたが、それらについては現在、積読状態になっています・・(苦笑)。斯様に書籍が溜まっていくことは、私の経験上あまりよくないと思われることから、長丁場にはなるでしょうが、忘れないように、一つ一つ読み、自分なりに消化していきたいと考えています。

また、この溜まっている書籍の読書を当ブログにも活用し、書籍からの引用記事をさらに増やしても良いのではないかとも考えましたが、それら書籍の記述に何らかの興味深い点があれば、随時作成しますが、そうしたことは、予め強く目的意識や方向性を持って行うようになりますと、後になり(どうにか)2000記事まで達した頃に後悔するおそれもあることから、やはり、基本的は自らの作成記事を優先するスタンスを保持する方が良いのではないかと思われます。

そういえば先日、これまで10年以上穿いたエンジニアード・ガーメンツというブランドのジーンズの股の部分が、ついに破れてしまいました。またこれはリペアして穿き続けようと考えていますが、同時に新たなジーンズを購入する良い機会であると考え、アメ横に行ったところ、ブッシュパンツという型のデニム地のパンツを見つけました。これはなかなか良いと思われ、また同時に、これまでに穿く機会がなかったことから、今度はブッシュパンツにて探してみようと思います。

また、来月、所用のため関西方面に訪れる予定になりましたが、ここ最近は西日本に出向く機会がなかったことから、これは現在から既に楽しみであり、あるいはもっと西の方にも機会を見つけて訪問したいと願っています。以前の投稿記事にて述べた「今年(2022年)は、西日本にある四年制大学の口腔保健学科に訪問し、取材を行って記事を作成したいと思っている」については、今現在、それと全く同様ではないものの、他方で、それにもつながる文章の作成にて、わずかではありますが、対価を頂くことも出来ていることから、引続き、あくまでも自分なりにではありますが、良い意味での影響を及ぼすことが出来る記事、文章を作成していきたいと考えています。

あるいは、こうしたことを述べたついでに、もう少し大きな希望を述べさせて頂きますと、いずれ、出来るだけ近いうちに、西日本にある、出来れば複数のコメディカル・パラデンタル職種養成学科にて、また教養科目の講義をしてみたいと考えています。費用は、往復の交通費、宿泊費そして、いくらかの報酬を頂ければ十分ですので、そういった大学さまがありましたら、どちらの経由でも結構ですので、是非、お声掛け頂ければと思います・・。

しかし、ここで考えて頂きたいのですが、そちらの医療系大学さまの学生さんの中で、学科全体のうちのわずかな人数であっても、文学などに興味を持たれる方が出てきますと、それは後々になり、大学さまにとっても良い効果を齎すのではないかと思われるのです。未だそうしたことが重要視されるような傾向は見受けることは出来ませんが、私としては、こうした、将来就く職業に直結しているとも云える医歯薬系各学科においてこそ、精神的な意味で支柱となる、内発性を育てる(楽しみ方の)訓練も必要ではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

そのためにも、私は自分のフッキング能力をまた上げていきたいと思います・・。

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2022年8月18日木曜日

20220817 即物的な興味からはじまる変化について

先日投稿の記事にて述べたことではありますが、現在、数冊の太平洋戦争に関する書籍を併読しています。そして、それぞれ敗色が濃くなりつつある戦局の描写へと至りますと、この当時を描いたさまざまな様式の作品が大抵そうであるように、読み進めるにつれて、徐々に気分が重くなってきます。

そして、さらに読み進めることを困難にします。そうした事情から、昨日は太平洋戦争とはあまり関係がない著作を気に留めず手に取り、読んでみますと、次第に興に乗ってきて、そして「やはり、この気分の重さは書籍全般に由来するものではなく、太平洋戦争での、丁度この頃を扱った書籍が気分を重くさせるのだな・・。」と思うに至り、さらに、それを確かめるために、他分野の書籍を何冊か手に取り頁を広げてみますと、総じて、やはり何かしら興味深く感じられることがあります。そこでまた「この気分の重さは、この時代の作品限定なのだな・・」と、あらためて思うことになります。しかしながら、であるからと云って、気分を暗く、そして重くする、この時代のことを無視することは、あるいは、意識・無意識を問わず形骸化させることは、出来るだけ避けた方が良いのではないかと思われるのです・・。

その理由は、この時代、そしてその前後に、近代以降での我が国の好ましくない、さまざまな性質が凝縮されていると思われるからです。そして、それら性質を、実感をもって認識するためには、その当時の我が国の社会、そして国際社会、また、その背景となる抽象的な時代精神といったものを、書籍のみならず、他の手段などを用いて、積極的に多く触れる経験が重要であるように思われるのです。

しかし、ここまで述べて、自身の記憶を振り返ってみますと、何故か私は幼い頃より、この時代を好んでいましたが、それは「時代」と云うよりも、飛行機、戦車そして軍艦といった、当時、各国が用いていた兵器全般に興味を持っていたと表現する方が適切であったと云えます。そして、こうした実体のある兵器への興味を足掛かりとして、やがて、それらについての知見が蓄積し、抽象化されていきますと、漠然としたものではあるのでしょうが、さきの国や時代などについての見解も、多少は考えられていたように思われます。

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