2022年3月18日金曜日

20220318【架空の話】・其の87 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑦】

E先生は、背筋を伸ばし、背広の襟を正してから「じゃあ、行きましょうか。たしか三階が医院オフィスでしたね・・。」と私に云いつつ、さきほどの親子連れが下りてきたェレベータ―の方へと行ってボタンを押した。私もE先生に続いて、すぐにやってきたエレベーターに乗った。エレベーター内には、おそらくは患者さん向けであろうと思われる勉強会のポスターが貼ってあり、その講師は、接触嚥下機能のリハビリテーション界隈では最近時折名前を聞き、また、補綴系専門雑誌での連載記事などによって知られるようになりつつある、いわば新進気鋭の先生であり、その所属は、さきほど、お茶の水駅に停車した電車内からE先生が示したTMD大学であったが、そのポスターにある勉強会の開催場所は地域の公民館となっていた。そこから、おそらく、地域の歯科医師会の先生方が発案、交渉して開催にまで至った案件であるように思われたが、それでも、そうした勉強会に、さきの新進気鋭の先生が(私からすれば)気軽に参加出来るような地域の環境は、やはり、Kとは若干異なるように感じられた・・。

ともあれ、エレベーターは我々が目指す医院オフィスの三階に着いて、E先生を先頭にして下りると、すぐに下足スペースとなっており、そこでスリッパに履き替えるようになっていた。また、その下足スペース以外には、オフィスなどによくある、毛足が短いタイプの暗色カーペットが敷かれていた。くわえて、エレベーターを下りてすぐ目に入る壁には当日の来客予定者が記されたボードがあり、そこにはK医療専門職大学口腔保健工学科助教 E先生、K大学大学院歯科生体材料学研究室**様と、我々の名前も書かれており、少し嬉しくなったが、E先生の方は、落ち着いた様子にて周囲を見回して、近くにいた事務スタッフと思しき方に「すいません、本日院長先生と14:00に面談のお約束を頂いておりますK医療専門職大学のEおよびK大院の**と申しますが、院長先生に来訪の旨をお伝え頂けますでしょうか?」と声を掛けたところ「あっ、承知しました・・。では、スリッパに履き替えて頂いて少々お待ちください。」との返事があり、一端すぐにオフィス・ルームへ戻り、そこから10秒もしないうちに再び出てきて「じゃあ、先生方どうぞこちらへ、現在、CH院長は診療中ですが、もうしばらくすれば空くとのことでしたので、どうぞ院長室で、お掛けになってお待ちください。」と、我々は院長室に通された。院長室とは云っても、当医院の敷地自体、そこまで広くはないことから、それはE先生がいるK医専大 口腔保健工学科の研究室と、どこか似たような感じを受けた。

その様子は、院長用ともう一つ、同じタイプの机が横二つに並んでおり、そして、その背後には本棚が三つ置かれて、それらには歯科医療分野をはじめとして、医療を主とした法律分野、そして組織運営・マネジメント分野での著作などが並べられていた。また、それら書籍の間には、認定証や記念品のようなものが、おそらくはバランスを考慮して、いくつか置かれていた。

こうした院長室の様子を眺めていたE先生は、手に提げていた鞄から、おもむろに持参してきたと思しき歯科学会誌を開き、しばらく頁を繰っていると「おお、そうか!ここの医院のことだったんだな・・。」と一人で納得された様子であったことから、その開いた頁を覗きこむと、そこには、昨日私が訪問した**歯科大学の教授であり、補綴系某歯科医学会の会長もされていたKA先生による寄稿文が載せられていたが、その名前の横に記載の所属が「**歯科大学**学講座主任教授」ではなく、単に「CH歯科医院」となっていたが、E先生は、この机の並んだ状態から、このことを類推されたのだと思われるが、そう、その片方の机の上には、学会長を務めた際の記念品や、その他国際学会などの際に受けられたと思しき賞状や飾り楯などが置かれ、その様子は、かなり凝縮した教授室といった趣と評しても良く、また、そうした、いわば学会での重鎮を迎え入れている当医院の院長が更に少し気になったものの、E先生の方は、早々に、我々にお茶を持って来てくださった、さきとは違う事務スタッフの方に「すいません、あちらに(机上や本棚の間に置かれた楯や記念品を指差し)にお名前があるKA先生ですが、こちらは**歯科大学のKA教授のことでしょうか?」と訊ねられていた。すると、スタッフはすぐに理解されたようで「はい、KA先生は今春に**歯科大学を定年退職されて、その後は当医院で週に四日間、本日は生憎お休みですが、医員兼顧問として勤務して頂いております。」との返事であった。その様子から、おそらく、この質問はこれまでに何度か受けられていたように思われるが、たしかに同業者であれば、これは少しは気になるところであるとは云えよう・・。

さて、E先生は、元来、こうした場ではあまり話さない方ではあるものの、さきのような背景事情を知り、またこれまでに見た医院内の様子を見た感じからか、私の方に向かって小さな声で「うーん何だか、ここの院長先生は面白そうな感じがしてきましたね・・。」と話されたが、その表情は全く変えずに、また視線も、全然関係のない方向を向いていた。

さきにも少し触れたがE先生は、どちらかというと直情径行で率直な方ではあるものの、こうした場面においては、このようなすっ呆けた態度も出来るのだなと少し驚いたが、E先生はそれには気付きも、構いもしない様子にて、出されていたお茶に手をのばした。そして私もそれに倣い、お茶を飲もうとすると、はじめにE先生が声を掛けたスタッフの方がこちらの方へ小走りでやってきて「今、CH院長が空きましたので、すぐ準備をして、こちらに参りますので、もう少々お待ちください。」と我々に伝えて、すぐに去って行った。

E先生は背筋を伸ばし、若干肩を張って「はい、分かりました!」と元気よく返事をして、我々はまた待つことにした。時刻は14:07であった。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

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20220317 緊張を強いる状況に対しては・・

先月末、東欧にて勃発した戦争は今もなお続き、そして昨夜には、我が国の主に関東・東北地方において大規模な地震が発生し、くわえて、二年前より続いているコロナ禍の状況もあり、あるいは世界規模において、現在と云う時代に生きている人びとは、ある種の「緊張」を強いられているのではないかとも思われます。

この「緊張」とは、どうも楽天的になれる要素が見当たらず、他方でまた、改良すべき問題点などが明確に分かっていない、いわば、どうにもならない時によく生じるものと思われます。そしてまた、そうした状態において、党派的な競争心がぶつかり合うと、その社会において競争的退行が始まってしまうのではないかとも思われます。

つまり、現在、我々の周囲のいくつかの状況は、我々に緊張を強いるものではあると云えますが、その緊張によるストレスから、何らかの攻撃性を外に向け、そしてまた、そうした動きが社会全体にて広がりますと、その社会自体が、いずれ、良からぬ方向に行ってしまうのではないかと思われるのです・・。

それ故、この緊張を強いられる状況を、どのように理解、解釈すれば良いのかと考えてみますと、そこで一つ有効であると思われたことは、そうした状況の中にある、自分が何らかの興味・関心を持ち得る要素を見出し、それについて、自分なりに調べてみることにより、おそらく、さきの緊張をいくらか和らげる効果があるのではないかと思われました。

つまり、この緊張をもたらす原因に対して能動的にのぞむことが効果的であると思われるのですが、この「能動的にのぞむ」ということが、まさに人によって得手不得手があり、たとえば、運動がある程度得意であると自らで認識していなければ、それ(運動)に対して能動的にのぞむことは困難であるように、自らの状況を構成するものの検討から、それに基づいた経緯のより大きな物語の作成なども、そうしたことにある程度慣れている専門の方々に委ねる方が良いのでしょうが、しかし、そこで重要であると思われることは、そうした専門の方々の意見を、自分なりに理解、解釈することであると思われます。

それを換言しますと、専門家の見解を自らの価値基準と併せて自分のコトバで説明できることが大事であると思われるということですが、そうした自分のコトバも、まさに議論などを通じて、徐々に培っていくものだと思われますが、かねてよりのコロナ禍もあってか、そうした「場」自体もヴァーチャルなものとしようとすることは、今のところ、何か間違っているように思われるのですが、さて如何でしょうか?

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
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2022年3月16日水曜日

20220316 岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳『オーウェル評論集』pp.11-13より抜粋

岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳『オーウェル評論集』pp.11-13より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003226216
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003226216

 作家はそもそも物を書くようになる以前に、すくなくとも多少は一生ついてまわる感情的な姿勢を身につけるはずである。言うまでもなく、作家である以上は自分の気質を律して、未熟な段階や偏った気質を脱するように努力するのは当然である。しかし若いころに受けた影響から完全に脱却してしまうなら、物を書く衝動自体の命を断ってしまうことになるだろう。

 生活費を稼ぐ必要を別とすれば、物を書くにはー少なくともそれが散文の場合ー大きく分けて四つの動機があると思う。その四つには作家によって程度の差があり、一人の作家についても、時に応じてその生活環境によって比率が変わるだろうが、以下にそれを並べてみる。

一、純然たるエゴイズム。頭がいいと思われたい、有名になりたい、死後に名声をのこしたい、子供のころに自分をいじめた連中を大人になったところで見返してやりたいといった動機。こういうものが一つの動機であること、それも強い動機であることを否定して格好をつけてみたところで、それはごまかしでしかない。その点では、作家といえども科学者、芸術家、政治家、法律家、軍人、大実業家ー要するに人類の最上層にいる人間と、なんら変わるところはないのだ。人類の大部分はそう自己中心的ではない。三十をこす頃になると個人的な野心など捨ててしまいーそれどころか、そもそも個人としての意識さえ捨てたのも同然になってー他人の生活のために生きるおうになるか、骨が折れるだけの労働の中で窒息してしまうものだ。

ところが一方には、少数ながら死ぬまで自分の人生を貫徹しようという決意を抱いている、才能のある強情な人間がいるもので、作家はこの種の人間なのである。れっきとした作家はだいたいにおいて、金銭的関心ではかなわかくとも、虚栄心となるとジャーナリスト以上につよく、自己中心的だと言っていいだろう。

二、美への情熱。外的な世界のなかの美、あるいはまた言葉とその正しい排列にたいする感受性、ある音とある音がぶつかって生じる衝撃、すぐれた散文の緻密強靭な構成、あるいはすぐれた物語のもっているリズムを楽しむ心。自分が貴重で見逃せないと思う体験を他人にもつたえたくなる欲望。こういう美的な動機にきわめて乏しい作家はいくらでもいるが、半面パンフれれっとや教科書の執筆者にも、功利的な理由とはかかわりなく自分が好きでたまらない言葉とか句があるものだ。あるいは、活字の組みとか、ページの余白のあけかたなどにうるさいといったばあいもあるだろう。鉄道の時刻表ならともかく、それ以上の本には、かならずなんらかの美的関心がはらわれているものである。

三、歴史的衝動。物事をあるがままに見、真相をたしかめて、これを子孫のために記録しておきたいという欲望。

四、政治的目的ーこの「政治的」はもっとも広い意味で用いる。世界をある一定の方向に動かしたい、世の人びとが理想とする社会観を変えたいという欲望。このばあいも、なんらかの政治的偏向がんまったくない本というのはありえない。芸術は政治にかかわるべきではないという主張も、それ自体が一つの政治的な態度なのである。

こうしたさまざまな衝動がたがいに矛盾せざるをえないこと、また人により時代によって変わるのが当然であることは言うまでもあるまい。性格とは大人になるまでに身についた状態だと解するなら、わたしは、四番目の衝動よりもさいしょの三つの衝動がつよい性格の人間である。平和な時代だったなら、おそらく凝った文章を書くか、単に事実を詳しく書くだけに終わって、政治的誠実などということはほとんど意識することさえなかったかもしれない。ところがそうはいかず、否応なしに一種の時事評論家になってしまったのである。まず、はじめは五年間、自分には不向きな職についた(ビルマで、インド帝国警察に勤務)。それから貧困と挫折感を味わった。その結果、生まれつき権威にたいして持っていた憎悪の念がつよまって、労働階級の存在をはじめてほんとうに知ったのである。それにビルマ勤務のおかげで、帝国主義の本質についても多少理解できるようになっていた。だが、これだけの理解では、まだほんとうの政治的な作家になることはなかっただろう。ところが、そこへヒットラーが登場し、スペイン戦争が起るといったことがつづいたのだ。



2022年3月15日火曜日

20220315 中央公論社刊 岸田秀著 「歴史を精神分析する」pp.48-50より抜粋

中央公論社刊 岸田秀著 「歴史を精神分析する」
pp.48-50より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122048753
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122048751

いずれにせよ、明治政府は、藩という自閉的共同体を潰して日本を欧米諸国に似せた近代国家にしようとし、はじめのうちは、めざましい成功を収めた。
 しかし、一神教の伝統がないということもからんでいるであろうが、近代的統一国家はどうも日本人の肌に合わず大きな無理があるらしく、わたしが言うように、いったん潰れた自閉的共同体が歪んだ形で復活するにつれて、日本は変な方向にずれはじめるわけである。
 たとえば、日本軍は日清日露の両戦役には勝利を得たが。昭和になると、何のためかよくわからずに、ずるずると日中戦争の泥沼にはまり込み、ついには工業生産力が十倍以上のアメリカと戦争をはじめ、大惨敗を喫する。この違いは、昭和になると日本軍部が自閉的共同体になってしまったことに起因するとわたしは考えている。

日清日露両戦役時代の日本軍の上層部は、薩長出身者が主流を占めていたものの、それぞればらばらな地方の下級武士階級の出身者が多く、軍部として一つの共同体を成しておらず、生まれたばかりの新しい日本国家に忠実であることができた。

ところが、昭和になると、陸士海兵を優秀な成績で卒業したエリートが軍部官僚となり、同窓生の関係や血縁のほかに相互の頻繁な通婚もあって一つの自閉的共同体を形成した。自平定共同体となった軍部は、すでに述べたように、もはや日本国家と国民のためではなく、軍部の栄光のために(陸軍は陸軍共同体の、海軍は海軍共同体の栄光のために)戦うことになり(しかし、そこに自己欺瞞が働いて日本のために戦っているつもりである)、とんでもない戦争をついやってしまうのである。 

中国戦線から撤兵しなかったのも、国益のためではなく、いったんはじめ、多大の犠牲者を出した戦争を大戦果をあげることなく中止するのは軍の面子にかかわると思ったからであろう。

とくに日米開戦後の中国戦線においては、たとえば阿南惟幾中将が強行した第二次長沙作戦のように、国の全体的戦略としては不必要なのにもかかわらず、太平洋戦争で他の部隊が華々しい戦果をあげるのを見て、「おれのところも何か手柄を立てたい」との功名心から遂行された作戦が多い。
 この第二次長沙作戦では、日本軍は六千名の無意味な損害を出した(これは、国のための国民のためには不必要なのにもかかわらず、官僚の権限拡大のため、退職官僚の天下り先の確保のため、めったやたらといわゆる公益法人をつくり、税金を無意味に乱費する現在の省庁とまったく同じ構造である)。
 また、大東亜戦争中の日本軍部ほど兵士の損耗を気にとめず国民の生命を軽んじた軍部は他に例を見ないが、それは、自閉的共同体は共同体の外部の人たちに無関心で、兵士や国民は外部の人たちだからであった。


2022年3月14日月曜日

20220314 株式会社プレジデント社刊 ボリス・ジョンソン著 石塚雅彦・小林恭子 訳「チャーチル・ファクター」 pp.195-197より抜粋

株式会社プレジデント社刊 ボリス・ジョンソン 著 石塚雅彦・小林恭子 訳「チャーチル・ファクター」 pp.195-197より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4833421674
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4833421676

チャーチルはイギリス精神、つまりは不屈の魂そのものに生まれ変わりつつあった。あのふっくらと丸みのある頬、陽気さが漂う上向きの唇、実直そうな目を思い浮かべていただきたい。200年以上にわたり、ヨーロッパのどんな敵に対しても、荒っぽくも陽気な典型的イギリス国民として描かれるあの恰幅のいい紳士、ジョン・ブルがチャーチルに乗り移ったかのようだった。チャーチルは18世紀のナポレオン時代から出版物やプロパガンダで使われたこの典型的イギリス人像を思い起こさせる資質をふんだんに備えていた。

 ずんぐりとした体型、陽気で騒がしく、贅沢な暮らしを愛し、多くの人がうんざりするくらいの愛国心がある。しかしこの度を超えた愛国心こそ、第二次世界大戦の危機の最中において、最も必要なものだった。チャーチルのライバルとされた政治家ハリファックス、チェンバレン、外交官スタッフォード・クリップス、イーデン、アトリ―。彼らの愛国心はその域には達していなかった。

 当時、ほかのイギリスの政治指導者がトミー銃を手にし、その姿を写真に撮られていたらただではすまなかっただろう(実際に、今でも銃を手にして写真を撮られるのは政治家にとっては絶対の御法度とされている。銃に触ろうものなら広報担当者が金切声を出すだろう)。どの政治家も銃を持って様になるほどの威厳に欠けていたし、チャーチルのような個性、外見、カリスマ、切れ味を持っていなかった。

 戦時に国を主導し、深刻な不安感が広がるなかで国民を一つにまとめるには、政治家は、深く感情に訴える手法で「国民とつながる」必要がある。抗戦する理由を論理的に訴えるだけでは十分ではなかった。勇敢であれと強く勧めるだけでは不十分だった。

 国民を振り向かせ、励まし、焚き付ける必要があった。国民を笑わせ、さらに敵を笑えるようにできればなおよい。国民を動かすには、チャーチルは国民とイギリスの基本的な国民精神ともいうべきものを通じて、どこかで一体になる必要があった。

 ではイギリス人の主たる特徴とは何か。イギリス人たち自身にいわせればこういうことになろう。まずはどこかの国の人々とは違って、素晴らしいユーモアの感覚がある。シェークスピアが「オセロ」で酷い飲酒の歌をイアーゴやカッシオに歌わせてからというもの、イギリス人はオランダ人を泥酔させ、デンマーク人を酔い潰すほど酒が強いことを誇りとしてきた。イギリス人はまた、過度にやせている人には若干の不信感を持つ傾向がある(今やイギリスは世界第二の肥満体国だ)。そして一般的に、イギリス人は、自分たちの国は奇人、変人、変わり者の宝庫であると考えている。

 チャーチルの山高帽の下には、ユーモア、大酒のみ、肥満、変わり者という四つの特徴すべてが収まっていた。1940年時点でのチャーチルの役割を考えると、興味深いのは彼のこうした性格がそれだけ作為的だったのかという点だ。すべてが完全に無意識に自発的に発生したのだろうか?あるいは、チャーチルは本当に自己演出、情報操作の達人だったのだろうか?

公の場でのチャーチルの光り輝くような個性は、チャーチル本人とその関係者がつくった伝説であったという見方をする人は少なからずいる。ただひとついえるのは、チャーチルの不遜さ、時に棘のある機知といった性格はまさにジョン・ブルそのものであった。


20220313 地域を特徴付けるものの考察と日常経験としての読書の意味

これまでに作成した【架空の話】にて、苗字から、その方の出身地を類推する描写がいくつかありましたが、こうした興味自体は、以前、ホテルにてフロントとして勤務していた頃からあり、たとえば、ある地域からの団体宿泊客が来訪の際、その添乗員もしくは幹事の方から、宿泊客の名簿をお預かりすることが多く、その名簿を眺めていますと、ある同じ苗字が複数見つかることがあり、そして、そうしたことが続きますと、次第に「ああ、この地域には、この苗字が多いのか・・。」といった、ある種の抽象化を行うようになります。

一たび、そうした抽象化を覚えますと、今度は、それをホテル宿泊客以外の日常生活においても用いるようになり、あまり多くはありませんが、その方の苗字から、出身地域を見出したこともあります。さらに、これまた、いくつかの記事にて述べましたが、ある地域に在住し、しばらく経ちますと、その地域特有の顔貌の傾向の種類なども、ボンヤリとながら分かるようになり、それはまた、n数が増えることにより、そのボンヤリが、わずかに明晰化され、そして、より実感として、さきの苗字と同様「ああ、この地域には、こういった顔貌の傾向が多いのか・・。」といった感覚を得るに至りますが、それでも、こうした認識には総じて「完全」というものはなく、とにかく、具定例としてのn数を増やしていくことにより、その精度を徐々に上げて「完全」に近づけるのが最善であるように思われます。

さて、この「顔貌の地域性」ですが、それらしき感覚を覚えるようになったのは、これもまた南紀でのホテル勤務の頃であったと記憶しています。南紀白浜は、古くからの温泉地であり、また海水浴場もあることから、特に夏季での観光客が多く、また勤務ホテルに隣接する白良浜の一帯は、さらに人口密度が高く、その中を行き来しつつ、フロント業務を行っていました。また、この時季はホテルとしては書入れ時でもあり、あまり休日も取れず、たしか22日間以上の連続勤務もありました・・。とはいえ、こうしたことは、現在になって責める気は全くなく、また、当時の我が国の少なからずの企業は、実質的には、そのような感じであったのではないかと思われます・・。

そうした視点からすると、たしかに我々の社会は変化しているのだと実感しますが、ともあれ、ハナシを「顔貌の地域性」に戻しますと、その後、大学院生として今度は和歌山市内に在住、生活をしていますと、また、そうした関心が生じてきましたが、この時は「顔貌」に、その関心を集約させることはなく「他の地域を特徴付ける(説明し易い)事物を見出そう」と考え、その対象としたものが、当ブログにて何度か述べている銅鐸でした。銅鐸への関心自体は、それ以前の南紀在住時からあったものの、それはいわば漠としたものであり、地域を特徴付ける事物として認識はしていませんでした。とはいえ、後になって考えてますと、そうした方向性の志向や統合を受けていない、いわば「混沌とした知覚の状態」といったものが、さまざまな実験曲線でのプラトーのようにあるのではないかとも思われてくるのですが、ともあれ、こうして私は、日常的な経験から銅鐸を当地域を特徴付けるものと設定した次第ですが、その背景には(一応)日常的な経験として、銅鐸に関する記述のある書籍を読んでいたということがあります。そして、ここまで作成していて、日常的な経験として、あまり実生活には密着し過ぎないで、且つ、ある種の事実を記述した文章を読み続けることが、意外と重要であるように思われてきましたが、さて如何でしょうか。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2022年3月13日日曜日

20220312 地域にて特有の傾向やパターンについて・・

昨日は病み上がりの感が少しありましたが引用記事を2本、新規にて作成・投稿しました。そして、本日に関しては「記事作成をせずに何冊かの書籍を読み進めた方が・・」と考えていましたが、さきほど、当ブロガーでの閲覧者数を見たところ、かなり以前に投稿し、また、ここ最近ではツイッターでの連携投稿もしていなかった、いわば「半ば忘れていた」とも云える記事がいくつか閲覧されていたことから、本日に関しても、何かしら作成しておけば、後日、誰かに読んで頂けることもあるかもしれないと考え、気を取り直し、現在作成している次第です・・。

とはいえ、上述の「半ば忘れていた記事」が(何故か)閲覧されていることは、本日以外にも度々ありましたが、本日に関しては、その「半ば」が無い方がより適切と云える記事が読んで頂けていたことから、また少し新鮮に、こうした感覚を抱くのだと云えます。そして、そうした記事を具体的に示すことも検討しましたが、そうした記事を提示して、それが閲覧された理由などを考えることは、私としては多少面白いかもしれませんが、その過程をいくらかは興味を惹くようなカタチにて文章化が可能であるかと考えたところ、困難と思われたことから、これは実行せずに、その代替として先日ツイートした「こちらはまた手を加えて、新たな記事にしたいと」を実行しようと思います。

さて、国内であれ世界規模であっても、それまで慣れ親しんだ地域や場所から離れて他所に移り住み、そこでしばらく暮らしていますと、その地域や場所に住む人びとの顔貌や身体での特徴的な、ある種のパターン、もしくは傾向のようなものが認められるようになるのではないかと思われます。

そして、現在のように各種交通網が発達していなかった、つい200年ほど以前の社会においては、当然の如く、人びとの移動も現在と比較すると乏しく、そこから、より一層そうした地域にて特有の顔貌や身体的特徴のパターンや傾向を、強く認識することが出来たのではのではないかと思われます。

また、そのような認識の延長にあるものが、古語で大和朝廷側でない、いわば列島内東部での蛮族を示すコトバとしての毛人、蝦夷(えみし)といったものであると思われます。こうしたコトバは古語らしく直截的にその身体的特徴(毛が多い、エビのよう)を述べていると云えます。

そして、それら地域には、そうした身体的特徴が系譜のように、今なお続いているのではないかと思われますが、そこに、さきのパターンや傾向を関連付けることにより、ある方面からの、その地域の歴史の流れのようなものを認識することも可能であるように思われます。

しかしながら現代に至っては、人の往来も過去の時代と比較すると(概ね)活発であると云え、そこから、古来からの地域特有の身体的特徴なども認識し難い状況になっていると云えます。

自分の記憶から、あらためて、こうしたことを思い出そうとしますと、関西、九州、四国の何れであっても、それら地域の身体的特徴を真似することは困難であることから、地元の所作、コトバ使いなどをはじめとする、文化全般を真似ようと試みましたが、関東人によるそうした試みは、九州以外ではあまり歓迎されるものではなく、さらに、こちらもなかなか表面的な同化が出来ないことに苛立ち、次第に開き直り、そして、自前の人工的とも云える関東弁にて押し通すようになりました。

さらに、その結果として、それぞれ在住していた地域において、自分を「異邦人」であると強く認識するようになり、そして、それら在住する地域を殊更に客体化して見る姿勢が身に着いてしまったのではないかとも思われるのです・・。

しかし、このいわば自然に覚えてしまった習癖、あるいは視座のようなものは、出身地に戻ってからは、今度は、自分の出身地に対して向けられるようになっていましたが、私見としては、この経験が思いのほかに重要であったのではないかと、最近になっては思われるところです。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


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