2020年12月18日金曜日

20201218 本日の神保町での出来事から思ったこと(1440記事の到達)

去る20201022投稿記事にて、入った古書店で声をかけられ、新型コロナウィルス感染症のため中止となった「神田古本まつり」のパンフレットを頂いたことを書きました。そして本日、それと関連があるとも思われる出来事があったため、以下にそのことを書きます。

本日は、番町在の、かねてよりお世話になっている先生のもとにお歳暮をお届けした後、年賀状印刷の依頼をしようと、夕刻頃、4年前と3年前にお願いしたことがある神保町界隈にある印刷屋さんを訪ねました。

店舗内に入り「すみません、以前にも年賀状印刷をお願いしたことがあるのですが・・」と言い切らないうちに「はい、鶴木さんでしょ。」と、受付けをされている、少しご年配の快活な感じの女性に云われました。

それを聞いて「ええ!覚えていたのですか?」と訊ねてみますと「ええ、注文された原版は残っていないかもしれませんが・・。」と少し恐縮されたような感じになりましたが、私が驚いたのは、3・4年前に注文した客のことを覚えておられたことです・・。

ちなみに、この印刷屋さん(1937年創業)は、そこまで暇なお店ではないようであり、私が店内にいた数分の間だけでも、他に二人ほど、入れ替わりで注文していた年賀状や印刷物を引き取りに来られていました(神保町界隈は印刷屋さんが多い。)。

くわえて同界隈の薬局でも類似した出来事があり、試供品の栄養ドリンク(おそらく数百円相当)も頂きました・・(これは地味に嬉しかったです。)。

私は幼稚園児の頃から神保町界隈は出入りしており、それなりに長い(30年以上)とは云えますが、しかし、ここに来て、そうした出来事が続くことは、面白くはあるのですが、同時にまた少し不思議な感じも受けます・・。

また、そのように考えてみますと、私が幼い頃から読書を好んでいたのは、そうした環境(幼い頃から神保町界隈に出入りしていた)にも因るのかもしれません。

他方で、それら読む書籍の主題となることが多いと云える、主に西日本の史跡(古墳など)などに関しては、それらを身体感覚に基づき感じ、楽しむことが、以前と比べ困難になってきたように思われるのです。自身としては、この感覚を再び強めて行きたいと願っております。そして、その具体的方法については、もう少し検討していきたいと思います。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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2020年12月17日木曜日

20201216【架空の話】・其の55

「まあ、しかし、君のお父さんとは法事でこれまでに何度か会って、あと若い頃は会社の出張の時に会ったこともあるけれど、君はその息子さんかあ・・。」と両手を組んで感慨深げにこちらを眺めた。

私もまたもう少し意識して院長を見ると、たしかにその顔貌の特徴には、父や父方の親戚筋とも共通する要素があり、不図「パラレルワールドに父親がいたらこんな感じかもしれない・・」といった思いが脳裏をかすめた。

続けて院長は「うん、君のお父さんと私がほぼ同世代だから、君からすると5代前、そして私の4代前、つまり高祖父が同一人物ということになるね。丁度、この高祖父と、その下の曾祖父の世代に明治10年の西南戦争が起きてね・・。そして、まあ、高祖父と何人かのその息子達はその時に亡くなってしまたのだが・・。この高祖父「***さあ」は、戦争当時、既に高齢であったのだけれども、若い頃からボッケモンで通っていたこともあり、西郷軍の小荷駄方として従軍してね、最期は西郷軍本隊を無事に鹿児島に帰すために、殿(しんがり)の一人として人吉という場所での防戦の末、五月の末頃に戦死したと聞いているよ・・。」と、あまり感傷を交えない淡々とした調子にて語ったが、それを聞いた私は、自身の5代前にあたる人物が、我が国近代最大の内戦にて、いわば反乱軍の兵士として戦死していたことは、これまでに聞いたことがなく、さらに、自身内部のこれまで知らなかった「何か」に触れたような感じを強く受けた・・。

ともあれ、そうした共通のご先祖のハナシを聞いているとドアをノックしてトレーに載った弁当とお茶が二組運ばれてきた。運んで来たスタッフに院長は「やあ、どうもありがとう。」と云うと「ええ、ポン酢とゆず胡椒も一緒に持ってきましたから、温かいうちに。」と返事をして「では。」と明るい声で引き下がって行った。

トレーを見ると、たしかに、よくある弁当のパッケージとは別に、小瓶に入ったポン酢らしきものと、緑色のペースト状のものが入った同程度の大きさの瓶が置かれていた。それを眺めていることに院長は気が付いたのか「ああ、丁度昼時だから今日は一緒に弁当でも食べよう。ところで君は「とり天」は知っているかね?」と、これまた鷹揚に訊ねてきた。「とり天」は現在の私にとってはかなり馴染み深い惣菜であり、それは唐揚げに勝るとも云えるのだが、当時は予想される語義通り「鶏の天ぷら」であるとは察せられるものの、しかし果たしてそれがどのような味であるかについては見当が付かなかった。

院長は白衣を脱ぎ、それを執務机横にある木製の古めかしいコートハンガーに掛け、ワイシャツのカフスボタンを外し腕まくりをして、部屋の隅にある洗面台で手洗いを始めた。そして、その途中で手招きをして、私にもそのようにすることを促した。こうして出会う自然な職業的とも云える几帳面さもまた、当時の私にとっては、さきの「とり天」同様、新鮮なものに感じられた。

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2020年12月15日火曜日

20201214【架空の話】・其の54

 Kに住むようになり早や一週間近くが過ぎた。入学式まではあと数日あり、また東京から送った引越荷物も無事に届き、それらの開封・整理を行い、どうにか生活出来る状態にはなった。この時季のKは既にして暖かく、日中、家電などの配置のための力仕事を行っていると、思いのほかに汗をかいてしまうほどであった。

部屋の片付けを行い、一人暮らしで初めての自炊を行ったが、その献立は納豆ご飯に豚汁といった至極質素なものであったが自身の作としては悪くなく、その献立の残りは翌日に持ち越されたが特にイヤだと思うこともなかった。

また、Kに発つ直前に父から教えてもらった遠い親戚を挨拶のため訪問しようと、その住所をグーグルマップにて調べると、現在地から徒歩や市電やバスを乗り継いで1時間ほどかかるとのことであった。

書かれた住所は診療所のようであり、そこに冠された苗字は私のそれと同じであった。市電とバスを乗り継いでK市内の郊外と云えそうな場所、地域の小中学校の近くに診療所はあり、個人事業としては決して小さくはなく、またそのすぐ近くには診療所が併設したと思しきデイケア施設や訪問看護ステーションがあった。

どうやら、この診療所は当地域では古い存在であるようで、デイケアからは元気そうな声が聞こえてきた。私は決して新しいとは云えない造作の診療所に入ると、受付窓口にいる女性に「すみません***と申しますが、***(同じ苗字)先生はいらっしゃいますでしょうか?と、父から預かった名刺を差し出して訊ねると、その女性は名刺を両手で受取り、しばらく怪訝そうな顔をした後「ああ、院長先生ですね。ちょっと待ってください。」と云って、さらに後ろにある事務方の机の間を通り、その途中で何か会話をしていたが、やがて事務室のドアから出て、私のいる待合ロビーまで来て、そのまま診療所玄関の右手にある階段で二階に通された。二階に上がると、消毒臭というのだろうか、いかにも病院らしい匂いがしてきて、さらに廊下には白衣を着た医療職と思しき方々が歩いていたが、私は古風にも「院長室」と書かれた部屋に通され、そこで待つようにと慇懃な調子で云われた。

この「院長室」はまさに前世代、いや、より精確には昭和後期の「院長室」といった趣が濃厚で、あるいは、ひと昔前のドラマに登場する医学部教授室といった感じであった。とはいえ、室内に置かれている調度品や絵画がそれなりに格式があり、品良く思われたため、時代遅れで悪趣味といった感じは受けなかった。

やがて、さきとは別のスタッフの方がお茶を運んで来てくれて「院長先生はもうじき診察が終わって来ますので、もうしばらくお待ちください。」と云って去って行った。

さらにしばらく待っていると、やがてあまり身長が高くなく、どちらかといえばズングリした体型に白衣を着た、初老少し前、私の父とほぼ同年輩の精悍な感じの男性が入ってきた。この男性を見て直観的に思い出したのは、父と少し似たところがある沼津在住の親戚であり、肌の色合が何となく似ているように思われた。頭髪は額から後退気味であるものの整えられ、オシャレ感の乏しい銀縁の眼鏡をかけ、そして白衣の下には白のワイシャツを着て、ダークブラウンのニットタイを締めていた。おそらく毎日そのような感じであるのだろう。

院長はさきほど私が受付女性に渡した父の名刺を見て「ああ***さんの息子さんか。こっちの市民病院近くの新設の専門職大学に入るんだって・・。学部、いや学科はどこかね?」と訊ねてきた。

その感じは一種、鷹揚な快活さがあり、この後の経験で知ったことだが、開業医にはこうしたタイプは割合多いように思われる。

私はソファから立ち上がり、院長と相対していたが、この質問を聞くと「・・はい、あの口腔保健工学科というところでして、歯科技工士を養成するところです。」と若干緊張気味に返事をすると、院長は手振りで、私に座るように促され、そして自分も座り、おもむろに机上の電話機を取り、おそらく内線電話であろう相手に「ああ、私だが今日はここで昼食を摂るから、お弁当を二つこっちに持って来てくれないか?」と云い、さらに「あと、私にもお茶を持って来てくれないか?うん、それで良いよ、ありがとう。」と付け加えて受話器を置いた。

そのやりとりを見つつ、ボンヤリとキャビネットの上に置かれた木製彫刻に嵌め込まれた重厚な感じの置時計を見ると、丁度正午を15分ほど過ぎていた。

昼食時に訪問した非礼を詫びようと、少し口ごもると、院長はそれを制するように「うん、あの大学は最近出来て、ようやく去年あたりから卒業生が出るようになったのかな?私もあの大学の設置には少し働いたのだがね、まあ私が知っているのは看護学科だけかな?残念だが口腔だから歯科系の先生では知っているのはいないなあ・・。まあ、しかし、君のお父さんとは法事でこれまでに何度か会って、あと若い頃は会社の出張の時に会ったこともあるけれど、君はその息子さんかあ・・。と両手を組んで感慨深げにこちらを眺めた。

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2020年12月14日月曜日

20201214【架空の話】・其の53

 入学後しばらく経ち、GWも終わり、ようやく異郷の地での新たな学生生活にも慣れてきたある日、顎顔面解剖学の講義の後、休み時間に次の教養科目講義の準備をしていると、後ろから「今週の金曜日にクラスの皆で「飲み方」をしようと思うのだけれど、参加しますか?」とクラスメートが訊ねてきた。

その後ろの少し遠巻きに、さらに何人かのクラスメートが、この様子をそ知らぬ風で窺っているようであったが、当時の私としては、そうした集まりに呼んでもらえること自体がどうにも嬉しく「ええ、金曜日は空いていますので参加できます。」とほぼ間を置かずに返事をすると「ええ、分かりました。じゃあ、詳細はまた後でお知らせしますので・・。」と云い、去って行った。

小規模な大学での二年次編入とは、さきの一年の間に既にグループや、ある程度フィックスされた学生同士の交友関係などが出来上がりつつあるところに途中から入るわけであり、くわえて私の場合、多くの同期学生とは年齢が四つほど離れ、さらに利用できるような地縁も殆どないことから、入学当初は、自身の持つK独特の苗字からか、わずかに話しかけて来られる方々もいたが、しばらく経ち、私が余所者であることが周知になると、私は学科内で少し浮いた存在となっていることに気が付いた・・(笑)。

とはいえ、元来私はあまり好んで友達を作ろうとする性分でもないことから、そのままのいわば膠着した状態にて、この時期まで来たわけである・・。

さて、その日の講義が全て終わり、学生等が三々五々帰って行くなか、さきほど訊ねてきた同期の方が「あの、さきほどの「飲み方」のハナシですが、今週金曜日にT文館の「***」というお店で18:30開始の予定です。***さんは編入された新入生ですので支払いは結構です。」と、四つ程年下と思われる同期の方に告げられて少し困ってしまった。「あの、もちろん参加したいとは思うのですが、自分の分の会費はお支払いしたいのですが、それは可能でしょうか?」と訊ねてみたところ、彼女はしばらく考えてから「・・そうですか、分かりました。それは可能ですが、通常の会費の半額の1500円ということでお願いします。」とのことであった・・。こうしたやりとりから、そこまで杓子定規で頭が硬いわけではないようであり、他方で、そうしたことを考え、差配しようとする二十歳(はたち)そこそこの女性の実行力には少し頭が下がった・・。

GW後にして梅雨前、5月下旬のKの気候は充分に暖かく、日によっては夏を思わせることもあり「飲み方」の当日は、講義後に一度帰宅し着替えてから市電でT文館に向かった。この日も良い陽気であったため、少し色落ちしたネイビーのチノ生地のショーツの上に細いブルーのストライプが入った白シアサッカー地の半袖プルオーバーボタンダウンシャツを着て、その上にベージュ色のこれまた少し色褪せたラルフ・ローレンのチノ生地のブルゾンを羽織り、靴はネイビーのサッカニーのジャズを履いて行った。また、久々に帽子を被ることにした。それはあまりつば広でない、ベージュコットンのブーニーハットであった。

集合時間少し前に「飲み方」会場の全国チェーンの飲み屋さんの前に着くと、既に半数ほど集まっていた。私は多少遠慮気味にそちらの方に行くと、先日訊ねてきた同期の方が「ああ、もう大分集まってきましたので「お店の中に入ってください。」と云ったところです。」と話しかけてきた。

たしかに皆、会場のお店の中に入って行っているところであったが、こうして、その様子を傍から眺めてみると、彼等彼女等はいかにも若く、どうも高校生の様にも見えるように思われた・・。

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2020年12月13日日曜日

20201212 【架空の話】の今後の書き進め方について

 どうしたわけか、ここ最近、当ブロガーにて作成している【架空の話】に書かれている内容に関する、具体的には自身の本当の出自であるとか、家族構成あるいは経歴などについてのご質問を頂くことが度々あります。とはいえ、それらのご質問全てが【架空の話】を読んで頂いたことによるものであるとも云えないため、もちろん、それらご質問に対しては自身に基づいて返答させて頂いています。

しかし他方で、それらのご質問のうちの幾らかは【架空の話】を読んで頂いたことによるものとも十分に考えられます。また、そうしますと、これまでに作成した【架空の話】は、ある程度、真に迫っていたとも云えるのかもしれません・・(笑)。

以前にも書きましたが、この【架空の話】では、未だkでの在住期間すら始まっておらず、またそれは、自身のKでの記憶のうちのほんのごくわずかであると云えます。そしてまた、それを時系列順に書き進めて行くことは、思いのほかに大変であるように思われるため、今後の【架空の話】の書きぶりについては、これまで通り時系列順に述べていくよりも、印象深い複数の出来事をある程度の期間を掛けて書き連ね、そして、後日、それらを時系列順に配置し直し、そして配列され全体となった文章の書きぶりについて随時調整していくのが適当であるのではないかと考えました。

これも、実際に行ってみないと、上手くそのように進むかは分かりませんが、とりあえずしばらくの間は、この手法を試みていきたいと考えています。

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2020年12月8日火曜日

20201208 年内目標の1430記事を過ぎて思ったこと

 さきほど見たところ、これまでに1434記事作成していました。また、以前、(20201108)「年内に1430記事投稿することを目標とする」と書いていましたので、それはどうにか達成されていたようです。そして今後は、その目標を1440記事に更新しようと思います。そうしますと、あと当記事を含めて6記事の投稿により達成されることになりますが、それは、これまでの投稿頻度からしますと、そこまで困難ではないように思われます。他方で、ここ最近は、また多少スランプ気味であると云え、しばらく記事作成を休もうと考えています。

そしてまた、休息後には再度書き進めていきたいと考えていますが、その背景にある「意欲」は明らかに以前、1000記事を目指して作成していた頃と比べますと減衰していると云えます・・。かつて設定した、ある程度大きな目標(1000記事)の到達後、また新たに目標を立て、そこに向けて進める際は、当初と同様の「意欲」ではなくなるようです。また同時に、おそらく今後、ある程度の時間を掛かければ、1500記事に到達することは不可能ではなく、それなりに現実味があるとは思われるのですが、しかし、これが2000記事になりますと、決してそのようにはなりません。それは現在の私にとって未だ現実味に乏しく、あるいは「そこまでは作成しないのでは?」といった思いの方が強いと云えます・・。しかしまた他方で、それは実際に今後1500記事にまで到達した際に変化する可能性も十分にあるため、あくまでもそれは現時点でのハナシにはなるのですが・・。

ともあれ、如上のようにして、これまでどうにか記事作成を継続してきましたが、未だに自分の書いた文章に自信が持てる、あるいは自身の文体を獲得したといった、ある種、充実を伴う感覚や認識を得るには至っていません。それでも、これを継続している理由は、記事作成を行っていますと時折「楽しい」と思われることがあったり、あるいはまた、面白い偶然のような出来事が生じるからであると云えますが、他方で、それらをあまり考えずに、とりあえず記事作成を行っている方が、変に注意過多にならず継続し易くなるのではないかとも思われるのです。そして、そうした言語による意識の層のようなものに慣れることが、思いのほかに重要であるように思われるのです・・。

くわえて、それと同時に、自身の知見を上回るような記述がある書籍に慣れておくことも重要であると思われます。自身に即してみますと、それは現在読み進めている宮地正人著「幕末維新変革史」であり、読んでいますと昔の日本語での記述があるかと思いきや、来航してきた外国使節からの通達文の抜粋などもあり、それらの関連性などを理解しながら読み進めていくのは、自身にとっては多少骨が折れることではありますが、それを通じ、何となく、その記述が「理解出来た」と思えるようになりますと、漠然とではありますが、これまでとは異なった歴史像のようなものが見えてくるように思われるのです・・。

おそらく、こうした経験は、どの分野であれ、ある程度共通しており、またこれこそが、そこまでお手軽ではないものの、一つの重要な何かであり、そしてまた、さきに書きました自身の文章作成に対してボディ・ブローのように徐々に効いてくるのではないかとも思われるのです・・。

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2020年12月4日金曜日

20201204【架空の話】・其の52

到着口から半ば屋外の鉄道駅までの連絡通路を歩いていると、既に陽も落ちているということもあってか、Kよりも強く寒さが身に沁みてきた。

成田空港からは特急に乗っても自宅までは約2時間はかかり家に帰着したのは21:00過ぎであった。家にはいつも通り両親がおり、それぞれの流儀でくつろいでいた。そして私の帰宅をみとめると母が「どう、いい部屋は見つかったの?」と訊ねてきた。それに対して「うんBのおかげで割と良い物件が見つかったと思うよ。」と答えると重ねて母は「それで家賃はどのくらいで、どのくらいの広さなの?」と訊ねてきた。概容をもらった資料を示して説明すると、母は「ふうん、その広さでその家賃・・地方といったって割に高いのね。」と云われた。それに対しては立地の利便性(二つの大学に近い)から反論しようと思ったが、こうしたことで口論をしても不毛であると思い、またそれなりに疲れていたことから「まあ、そんなものだよ。それでも、Bが口をきいて少し安くなったんだよ・・」と返事をして「それじゃ。」と云って部屋に戻り、旅装を解いて、その中からT文館のお茶屋さんにて購入したお茶を一つ両親に渡し、そして風呂に入るため一階に行った。

両親はなおもリビングに居たが、父の方は既に若干眠たそうであった。最近は地方支社への出張が多く疲れ気味であるのかもしれない。ともあれ、土産のお茶の来歴を母に手短に説明してから渡すと、早速「一つ飲んでみよう」となったが、父は「kのお茶は美味しいのは知っているけれども、今飲んでしまうと眠れなくなってしまいそうだから今日は止めておく。」とのことであった。それにつられてか母も「そうね、折角だから明日美味しく頂きましょう。」とのことで落ち着いた。

私からすると、緑茶よりもコーヒーの方が効果が余程強く、緑茶を一杯飲んだ程度では、あまり変わらないのではないかと思われたが、ここは両親がそういうのだから、それで良いのであろう。

そして風呂に入ってみると、やはり昨日のKのビジネスホテルで入ったそれと、肌に感じるお湯(水)が微妙に異なるように感じられた。しかし、こうしたことを有意なこととして感じ取れるようになったのは、年齢による感覚の変化によるものなのだろうかと思われた。たとえば、子供の頃であれば、そうした事を感じ取るようなセンサーはなく、他の何かを強く感じ取っていたのだと思うが、いずれにしても、それは比較に基づく相対的なものではなかったと思われる・・。

そうすると、今後、私はkに住むことにより、否応なく、いや半ば楽しみでもあるのだが、生活のなかで、そうした経験を積んでいくことになるのだろうと思った。その意味では指導教員にしろBにしろ、既にそうした経験を積んでいるわけだ・・。また、それは自分の修士課程での研究テーマであったイギリスへ帰化したポーランド人の作家ジョーゼフ・コンラッドが述べるところとも多いに関連があるように思われることから、ある意味、今回のKへの進学(編入)に伴う移住とは、自分が修士課程で研究した内容の実地応用あるいは検証であるとも云えるのかもしれない・・。

湯船に浸かりつつ、そのようなことをぼんやりとしばらく考え、やがて「さてと!」と仕切り直して風呂から上がることにした。体を拭き、髪を乾かして冬の寝間着であるスウェット上下を着てタオルを首に巻いて再び両親のいるリビング横を通ると父親が「それで、今回はKのどのあたりに行ったのか?」と少し眠たそうな声で訊いてきた。私はタオルを肩から頭に乗せて「ああ、T文館の方に行って、あとはK市の南の方に行ったよ。」と再び頭を拭きながら答えた。すると「・・そうか、じゃあ今度Kに行くまでにウチのご先祖の墓があるところを教えるか・・。それと、向うにいる遠い親戚にも、お前がそっちに行くことになったことを伝えておくか・・。」とのことであり、それだけ云うと再び続きの読書に戻った。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




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