2021年6月23日水曜日

20210623 朝日新聞出版刊 松本仁一著「カラシニコフⅡ」pp.170-172より抜粋

朝日新聞出版刊 松本仁一著「カラシニコフⅡ」

pp.170-172より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4022615753

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4022615756

 旧ソ連は1974年、口径5.4ミリのカラシニコフ「AK74」を開発した。NATO(北大西洋条約機構)が口径を小さくしたのにあわせた動きだ。銃の基本構造はまったく変わらない。しかし弾丸が軽くなり、兵士一人がより多くの弾丸を携行できるようになった。日本の自衛隊の銃も、「豊和64式」は7.6ミリ口径で「89式」は5.6ミリだ。

 AK47とAK74の違いは口径の大きさなのである。AK74の弾丸は一個3.4グラムと、AK47の半分以下だ。これまで200発しか携行できなかったとすれば、倍の400発持てるようになるのである。「自動小銃のスプレー的使用」の時代に適応した改良だった。

 口径が小さくなった分、敵に与える打撃が落ちたという意見がある。心臓や頭部に当たらないかぎり、相手は死なないからだ。

 しかし茨城県にある自衛隊武器学校で、幹部の一人は、今の戦争では小口径の方が効果的なのだといった。

 「口径の大きい弾丸は力が強く、即死の率が高い。逆に腹部などに当たると貫通してしまって大きな損害にはならない。小さい弾丸は力が弱いため即死率は低い。軽いため腹部などに入っても貫通せず、体内で回転して周囲の臓器をずたずたに破壊する。当然、痛みはひどい」

 撃たれた味方兵士が死んでしまった場合、部隊は戦闘行動を続けることができる。遺体はあとで収容すればいい。しかし重傷を負ったら後送しなければならない。一人を後送するのに、かついだり抱えたりで三人ほどの同僚の手がかかる。一個分隊を約十人として、一人が負傷したら、本人をづくめて四人が戦線から離脱することになる。戦闘能力は半分近くに落ちてしまう。

 痛みで泣き叫ぶので、周りの兵士は気になって放っておくことができない。かならず後送することになる。「弾丸が小さいというのは、本当は残酷なことなのです。」とその自衛隊幹部はいった。

2021年6月22日火曜日

20210622 丸6年間のブログ記事作成を通じて「記事作成を継続する理由」から・・

本日、2021年6月22日にて当ブログを開始してから丁度丸6年となります。これは日数にしますと2190日程度となり、それに対し、これまでの総投稿記事数は凡そ1550ですので、これを均しますと、この6年間、10日のうち7日は、新たな記事投稿を行ってきたことになります。

とはいえ、そこからの自覚や感慨といったものはほぼ皆無であり「とりあえず本日は6年間の達成記念日であることから、記事作成を行わなければ・・」といったスタンスにて、先ほどから記事作成を開始した次第です。

さきに述べたように、これまで凡そ1550記事投稿してきましたので、次なる当面の目標は1600記事と定めていますが、これまでの記事投稿頻度から考えますと、約2カ月程度で到達出来る目途が立つと云えます。

即ち、来る8月の後半・末頃には1600記事に到達することが見込まれることになりますが、未だに「達成出来る」といった自信はなく「まあ、またしばらくは書き続けよう・・」といった昂揚感とはほど遠い感慨がわずかに湧いてくるのみと云えます・・(苦笑)。

しかしながら、また他方で「これまでどうにか続けることが出来ているのだから、記事作成を継続する理由がなくならない限りは、どうにか1600記事までは到達出来るのではないか・・」と思っている自分もいます・・。

さて、ここで出ました「記事作成を継続する理由」ですが、これは当ブログにて度々書きましたが、ここ最近においては「記事作成の中で感じる、何やら不思議とも云える偶然や同時代性をもう少し明らかにしてみたい。」といった欲求が比較的強いと云えますが、さらに、その根源にある理由については、さらに以前の鹿児島在住時(2009~2013)の経験・記憶が強くあるように思われます・・。

人は異郷に住むと、それだけで心身に相当のストレスが負荷されると聞きますが、おそらく、あの在住期間が、そうしたストレスと対峙し、それを自分のエネルギーに変換することが出来た最後の時期であったように思われるのです。

いや、あるいは鹿児島の場合、年齢・性別などにあまり関係なく、訪れ住んだ人間の「生」の燃焼度を必然的に高めてしまう「何か」があるのかもしれませんが・・。

また、師匠も同様の御意見を述べられていた記憶があります。ともあれ、在住期間にそうした体験を経ますと、その後、その地域を(少なくとも)バカする、変に見下げることはなくなり、あるいは(その地域を)全く知らなかった頃の無関心に近い意味での平常心とは異なる次元での平常心にて、その地域のことを眺め、考えることが出来るようになると思われるのです・・。

そして、この視座から、現在の我が国にて見られるさまざまな意見のやり取り、議論などを見聞きしますと、さきに述べた「全く知らなかった頃の無関心と近似するような平常心」が「良いもの」とされているのではないかといった感じを受けることが度々あります。

そしてまた、ここにおいても、一昨日投稿の引用記事にあった「すべての社会改革のためには「予め知ってかからねばならぬ歴史が多く、それが今日はまだ荒野のままに置かれている」のだから、その「歴史の知られざる巻々」を明らめることにより、国民の「予言力」を培養することに集中されていた。」へと結節するものがあるように思われるのです・・。

おそらく、アニメ・マンガ的なものを基盤とした二次創作・シミュラークルとは、比較的容易に多数創作することが出来るのだと思われますが、しかし、そこで創造された一連の「系」は、ゲーテが述べた戯曲と小説の違いにおける戯曲のように、速やかに終局に向っていく性質があり、またそれは、国民の「予言力」に寄与することも乏しいように思われ、さらに、そうした事態を我々国民も深層では望んでいるようにも思われますが、さて、如何でしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 



一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~

ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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2021年6月20日日曜日

20210620 株式会社岩波書店刊 中島岳志[編]「橋川文三セレクション」pp.379-381より抜粋

株式会社岩波書店刊 中島岳志[編]「橋川文三セレクション」pp.379-381より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4006002572
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4006002572

柳田の学問が日本の歴史的科学の中で示した比類のない長所にもかかわらず、それは究極のところ「国民共同の疑問」の提起と組織化とにおいて、やはり大きな弱点をあらわさねばならなかった。その反省は、何よりも敗戦に際して彼の記した幾つかの文章の中に明らかに示されている。

「始めて私が東北大学の講義に、民俗学の現代性ということを唱導したときには、時代は我々の生活上の疑問を抑え付け、極度にその提出を妨碍している際であった。大きな幾つかの国の問題には、予め堂々たる答えが準備せられ、人がどういうわけで是非とも殺し合わねばならぬか、何故に父母妻子を家に残して、死にに行かねばならぬかというような、人生の最も重大な実際問題までが、もう判りきっていることになっていた。

第一に自分はそうは考えられぬのだがということが言えない。誰もがそうだから是には背こうとする者が無い。寧ろ心の底から其気になってしまって、涙もこぼさずいさぎよく出て行く者が多かった。こう各自の自由な疑問を封じてしまわれてはかなわぬと、思うような事ばかりあの頃は周囲に多かった。

そういうまん中に於いて、なお民俗学は現代の科学でなければならぬ。実際生活から出発して、必ず其答えを求めるのが窮極の目的だと、憚らず説いたのは勇敢だったとも言われようが、白状するならば私はやや遠まわしに、寧ろ現世とは縁の薄い方面から、問いはいつかは答えになるものだという実例を引いていた。

従って又気楽な学問もあるものだというような印象ばかり与えて、国の政治上の是ぞという効果は挙げ得なかった。なんぼ年寄りでも、是は確かに臆病な態度であったが、しかし実際又あの頃は今とちがって、ただ片よった解決ばかり有って、国民共同の大きな疑いというものは、まだ一向に生まれてもいなかったのである。」

このとき柳田は73歳の老齢であった。この言葉の表面には、敗戦にともなう痛切な自己批判の調子といったものはみられない。むしろ戦中の己の姿勢を苦笑まじりに弁明しているという軽い調子さえ感じられる。人に己れの態度の弁明を迫られているものというより、その権威を追及されることのない長老的傍観者の自戒にすぎないようにも感じられる。しかし、それは表面だけの印象にほかならないのではないか。

 「日本人の予言力は既に試験せられ、全部が落第ということにもう決定したのである。是からは蝸牛の這うほどの速力を以て、まずその予言力を育てて行かねばならぬのだが、私などはただ学問より以外には、人を賢くする途は無いと思っている。即ち到底急場の間には合わないのである。」

「ところが私は年をとり、力やや衰え、志は有っても事業がそれに追付かず、おまけにこの時代の急転に面して、用意のまだ甚だ不足だったという弱点を暴露した。」

これはまず傷心の言葉として受取られる。これらの言葉の背景には、日本近代のほとんど半世紀に即して、その期間の根本的課題を自ら選びとることによって、前人未到の学問を築き上げたものの労苦と抱負とが横たわっている。しかもそのすべてが、敗戦による大転形期において、他の多くの学問とさして変わりばえのない無力さを暴露しなければならなかった。というよりも、柳田の努力のすべては、他の多くの文化諸科学が国民生活の実情に冷淡であり、しきりに演繹的な空中楼閣の建造のみに専心しているのにあきたらず、すべての社会改革のためには「予め知ってかからねばならぬ歴史が多く、それが今日はまだ荒野のままに置かれている」のだから、その「歴史の知られざる巻々」を明らめることにより、国民の「予言力」を培養することに集中されていた。

したがって、いまその予言力の喪失が嘆かれていることは、何よりもまず己れの民俗学についてでなかればならなかった。これはほとんど悲劇といってよいであろう。柳田は戦争中、ある青年の出征に際し、日章旗に「未来を愛すべきこと」と書いて与えている(昭和19年10月5日の記)。柳田が固陋な現状維持者でないことは幾度も述べたとおりだが、しかも彼は、その愛すべき未来に関して、その青年に、必ずしも明確な見通しを与えることはできなかった。その格率の実践的解決は、いわば青年たちの模索に委ねられざるをえなかったのである。

2021年6月18日金曜日

20210618 株式会社 光人社刊 光人社NF文庫 比留間弘著「地獄の戦場泣きむし士官物語」 pp.299-300より抜粋

株式会社 光人社刊 光人社NF文庫
比留間弘著「地獄の戦場泣きむし士官物語」
pp.299-300より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4769820631
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4769820635

 (復員)船にのって、はじめて味噌汁を配給された。内地の味であった。

野戦では塩汁がつづいた。そのときは、となりで醤油汁を飲んでいるのを、匂いだけをかいでうらやましくて仕方がなかった。病院では、醤油汁であった。現地人のつくった味噌は、似て非なるもので、ショーガを漬けて食うぐらいにしか使えなかった。

 味噌汁の身は、乾燥野菜ではあったが、なんともいえない美味であった。だから、元気なヤツは、もっともっと食いたかったであろう。

 それに金鵄(タバコの名、むかしのバット)をもらった。これが現地タバコに比較すると、とんでもなくニコチンが強く、一本吸っただけで、目がくらくらし、気持がわるくなった。

 便所は、舷の外に張り出してあり、その作り方も仮設であるので、なんともあぶなっかしい。連続した便所の床には、大きな樋のようなものが通っており、一方から海水がポンプでジャージャー流れていた。常続水洗便所である。

 嵐になって、大きく舟がゆれ、雨風がひどく、舷側にぶつかる波しぶきが、たたきつけるように上がるときには、便所ごと海に流されそうで、とてもこれに乗って用をたす気にはならなかった。

 台湾沖を通過するとき、その嵐にあった。さすがに、このときばかりは、蚊帳をかついで船倉に逃げこんだ。舟は大きくゆれて、大部分の者は船酔いになり、それでなくても衰弱した病院船の乗客には、相当こたえたと思う。航海は約十日であった。

 入港地は、神奈川県の久里浜であった。港について、一晩、碇泊した。検疫のためであったと思う。

 その夜、殺人事件が持ち上がった。人の話を聞いてみると、殺されたのは軍医で、殺したのは、鍼医であった。なんでも、その鍼医は下士官で、その軍医の下ではたらいてきたが、軍医からつねづね、鍼などで病気は治らない。鍼医は医者ではない、とばかにされたり、いじめられたのを恨み、寝ているところを、頸動脈を刃物で切って殺したのだそうだ。

 寝首をかかれるとは、まさにこのことで、内地の山を見ながら死んだ軍医も気の毒なはなしだが、それまでの階級をかさにきて、部下をいじめたのがタネだったのは、これも運命か、自業自得の結果だったが、船に警察官が上がってきて、犯人をつれていった光景を思い出す。

2021年6月17日木曜日

20210617 1555記事への到達 555回目の投稿記事を見て気が付いたこと

昨日のブロガーでの閲覧者数が、ここ1年で最高の1000人近く(969)となっていました。他方、連携しているツイッターにおいては、普段よりも少し少ない程度の閲覧者数でしたので、これは少し不思議なことであるように思われました。

さて、本日は先日の投稿記事に書いた半額以下で購入したダナー社のマウンテンライトを履いて外に出ました。帰宅後にスマホの万歩計を確認しますと7㎞弱の歩行距離であり、休日の散歩としては、そこまで長いものではなかったと云えます。

また、足の疲れの方も、これまで履き慣れた同社のライト(ダナー・ライト)とは若干異なり、現時点ではライトの方が身体に合っているといった感覚があります。とはいえ、前々回、前回の散歩と比較しますと、その履き心地は格段に良くなり、おそらく、次回の散歩では10㎞程度は歩くことが出来るのではないかと思われます。

さて、一昨日投稿の記事にて書きましたが、今回の記事投稿により、総投稿記事数が1555に到達します。これはあまりキリの良い数値とは云えませんが、他方、投稿記事数にて5が三つ並ぶという事態は、4年前(2017年)の3月1日以来の二度であり、珍しいと云えば珍しくもあり、あるいは、そこから1000記事追加したことにも、いくらかの感慨を覚えると云えます。

ともあれ、そうした経緯にて2017年3月1日に投稿した555回目の投稿記事を見たところ、そこに橋川文三の著作からの引用がありました。そこで大変面白かったのは、本日、この経緯を知る前に、調べもののため、かなり久しぶりに橋川文三の他の著作を書棚から引張り出し、しばらくこれを読んでいたことです・・。

おそらく、これは偶然であり、さらにまた「しょうもないこと」であるのかもしれませんが、同時にそれはブログの継続により発見できたことであり、また、さきに述べた調べものの内容とも関連があると思われることから、これはまた後日の記事題材として取っておきたいと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年6月15日火曜日

20210615 記事作成の中で徐々に明瞭になってくる流れについて

 何度か寝落ちしそうになりながら作成した昨日分の投稿記事ではありましたが、これまでに思いのほか多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。また、本日につきましては、さすがに休んでおこうと考えていましたが、当記事の投稿により総投稿記事が1554となり、さらに1記事の追加により1555と、少し珍しいゾロ目の投稿記事数に至るため、本日も記事作成を行い、出来るだけ早めに到達出来るようにしておこうと思い立ち、先ほどから記事作成を始めた次第です。

とはいえ、上記のような行為態度は、機会主義的であると見られますが、他方において、こうして新たな記事作成を行うための公開する理由付けを行わないと、記事作成を割合容易に断念しようとする自分もいるため、あくまでも自分内部での話ではあるのですが、こうして機会主義的に苦肉の策を弄しているのです・・(苦笑)。

また、そうしたことをも文章化することにより、文字数も稼げ、さらに、その文中に意図せぬものであっても、何かしらの含意が見つかれば、それはそれで意味はあるのではないかと思われるのです。

そういえば、この「含意」ですが、これは私にとっては面白いものであり、こうした散文的なブログの場合は特に、文章作成の当初から、その主題・題材が明確に決まっていることは少なく、記事作成が進むに随い、その流れが明確になってくることが多いと云えます。そしてまた、ある程度、記事作成を行ってきますと、自分にありがちな文章の流れというものも認識出来るようになってきます。

また同時に、記事作成を重ねることにより、さきの「ありがちな文章の流れ」に変化が生じてくることもあります。おそらくそれは、文章として書くことにより、明瞭に認識された自身の観念に対し、変更を加える必要性を感じ、それを行うために、源泉とも云える当初の文章の流れに変更を加えているのだと思われますが、面白いことにこちらも、あまり意識して行っているわけではないのです・・。

その意味においても昨日の投稿記事にて述べました「文章作成時の意識の相」とは、我がことでありながらも、同時に普遍的な部分もあるのではないかと思われ、興味深いものと云えます・・。

ともあれ、そうして文章として表出された自分なりの主題・題材と、同時期に世の中にて生じている出来事との間に相関性のようなものを何かの拍子に見出したりしますと、以前、当ブログにて書いた「時代精神」や「集合的無意識」といったものに思いが至るわけですが、これはインターネットの普及によって著しく感知し易くなったとは思われますが、それ以前から、そうした相関性を感知する感覚はあり、古代における骨や亀甲を用いる占いなども、そうした感覚が背景観念にあったのではないかと思われます。

そして、私にとってのブログ記事作成の一つの大きな楽しみとは、今現在では、あまり明確には認識出来ないものの、自身の作成した記事と、客観的に認識出来る同時期のさまざまな出来事との間に、何らかの関連や相関性を見つけようとすることにあると云えますが、これは今しばらく更に継続してみますと次の展開のようなものがあるのでしょうか。そしてまた、それももう一つの楽しみであると云えます。

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2021年6月14日月曜日

20210614 文章作成時の意識の相の継続によって生じる感覚・・人文社会科学分野の重要性

 以前にも書きましたが、ここ最近はスランプ気味であり、そのためもあり、書籍からの引用部を多く記事として投稿してきましたが、それでも、この状況は、あまり変わることはありません。

くわえて、つい先日、1550記事に到達したことから「しばらく記事作成を休止しても良いのでは・・」とも思いましたが、現在の私の場合、ここで記事作成を休みますと、再開が面倒になり、そのままブログから離れていく可能性もないとは云えず、また、スランプからの速やかな脱出とは、そうした状態において、なおも記事作成を続けることにより、達せられるとも思われたため、本日もまた、こうして作成しています・・(苦笑)。

しかし、面白いことであるのか、作成開始後しばらく経ちますと、多少はその作業に集中するようになり、この集中に至るまでの割合短い時間にて、私の精神に生じている変化とは、未だ意識・言語化することは出来ませんが、同時にそれは、これまで6年近くの記事作成の継続により、あらわれるようになったものとも云え、あるいは私にとっては貴重なものと云えるのかもしれません・・。

この「文章作成時の意識の相」のようなものは、おそらく誰であれ、ある程度の期間の鍛錬によって、強化され、それが機に応じて発揮・顕現されるようになるとは思われるのですが、この「ある程度の期間の鍛錬」こそが、思いのほかに面倒であり、基本的にその行為が「好き」であるか「興味がある」でないと、継続することが困難であるように思われます。

もちろん、そこには所謂「文才」もあるとは思われますが、しかし、期間当初の頃における「文才」などは、多分に「行為を継続する面倒臭さ」をいくらか緩和させる程度のものであり、そしてまた、そこまで稀有なものではないように思われます。

それよりも、その行為を継続することにより、少しずつではあれ、自分なりに、作成する文章が研ぎ澄まされてく中で、言葉と、その意味が持つ、深さ、そして面白さのようなものが、これも自分なりに、感じ取ることが出来るようになっていくのではないかと思われるのです。

また、これは文章を扱う研究分野全般においても共通して云えることであるとも思われます。さらにまた、こうしたことは「記述された歴史の流れ全般」においても、少なからず関連するものがあり、それ故に、何と云いますか「歴史」というものには「この時代に、こうした出来事があった」の集積、および、それらの関連性だけでは済まされない「何か」があるのではないかと思われるのです。そしてまた、その感覚は、視覚によるものとは異なり、ある種、文字の修練を要する、まさに人間独自の感覚であり、また同時に、その民族、集団が辿ってきた「歴史」を精確に反映するものであるようにも思われるのです。

それ故、何度も繰り返し述べるようではありますが、人文社会科学分野を、実地に役立たないものとして軽んずることは控えた方が良いと思われるのです。おそらく、現在の我が国の苦境全般とは、太平洋戦争後の民主主義治下において根付いてきた、文脈を意識しない、いわば近視眼的な合理主義の結果であるとも思われますので、そこには何かしらの関連性があるように思われるのですが、さて如何でしょうか。

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