A「本日の首都圏はこの時季にしては気温が上昇し、日中は多少過ごし易かったと思います・・。
また久しぶりに御徒町のアメ横に出向き、相変わらずの喧騒の中、探しものをしておりました。
とはいえ、最近はインターネットによる通販サイトが大変発達しておりますので、よく考えてみますと何もアメ横で商品を探し、購入する必要性はないのかもしれませんが・・。
しかし、それでも個人的にはアメ横や秋葉原の電気街そして神田神保町の古書店街などには何かしら捨て去ることの出来ない魅力があると思うのです・・。
また、私はいくつかの地域に住み、それぞれ大変良いところであると思っておりますが、この点、つまり、何かしらの分野における圧倒的な商品量を誇る古くから市場街といったものに関しては、やはり東京の方が幾分優れているのではないかと思います・・。
そして昨今、そうした古くからの即物的ともいえる市場街が仮想空間上のインターネット通販サイトの市場規模拡大により押されつつあるというのは、少し抽象化してみますと、同じく昨今、さまざまな場面において見受けられる現象と同根であると考えることも出来るのではないでしょうか?
これは、地域の商品購買力、経済規模などを別にして考えてみますと、地域間の格差を平均化するものであるとは云えます・・。
また、それがある面における進化であり、他面における退化、劣化ではあるのでしょうが、何れにせよ、そうしたものが時代精神といったものの一側面であるのではないでしょうか?
そして我々は、そうした時代精神からほぼ無意識のうちにさまざまな影響を受け、日々ものごとを考え、行動しているのですが、ここで大事であると思われることは、その時代に生じている現象、傾向に対し、抽象化を試み、その上で抽出される、ある程度簡素化された、さきの現象、傾向の『原理』(メカニズム、作用機序)に類似した『原理』が何時、何処の歴史の流れにおいて作用していたかを考えてみることです。
そうしますと、当然、対象となる歴史の流れを数多く且つ多面的に知っておいた方が、より深化させて現在対象とする現象、傾向を考え、そして洗練された結論を出すことが出来ると考えます・・。
これはつまり、考える時に『能動的に』引き出すことの出来る歴史の流れを、より多く持つということです。
そして、これがいわゆる『教養』といったものの一側面ではないでしょうか?
さて、現在、その進化発展が著しい人工知能であり、また、これには膨大な知識が内蔵されているのでしょうが、おそらく現今においては、あるコトバになっていない、流れ、動き、傾向といったものを感知、抽出し、それに対し能動的に見解を発し、さらにそれに関連させた知識(体系)を付加させ、考えを駆動させていくといった一連の活動に関しては未だ開発途上であり、さらに、そこに至るまでは今後も難しいのではないかと考えます・・。
しかし今後、もしそうなった場合『教養』とは、人工知能を指すことになるのかもしれません・・(苦笑)。
しかし、少なくとも現在においては『教養』とは、そういったものではなく、また本質的には、あくまでも人間に対して付与されるものであるとは考えるのですが如何でしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございました。
また2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震にて被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧および、その後の復興を祈念しております。」
2017年1月30日月曜日
2017年1月29日日曜日
20170128 昨日探していた書籍について・・『どくとるマンボウ医局記』など・・
A「今回の記事投稿により総投稿記事数が525となります。
これはとりあえず次の目標である600記事へ到達するまでの四分の一の行程を過ぎたことになりますが、まだまだ先は随分長いように感じられます・・(苦笑)。
とはいえ、一歩ずつ進めていく以外、方法はありませんので、今回もまた記事を書いているというのが一面における現状であるといえます・・(笑)。
さて、昨日投稿の記事冒頭での「探していた書籍」とは北杜夫著「どくとるマンボウ医局記」であり、当著作は、これまでに何度か読んでいるものの、現在読んでみてもなかなか面白い著作であると云い得ます(笑)。
現在、テレビドラマ、マンガなどで「医療もの」が流行しているようですが、それでしたら、この著作をドラマ、映画化してみるとなかなか面白いかもしれませんが、如何でしょうか(笑)?
しかし、現代のこうした大学医局、医療の現場においては、おそらく、この著作に書かれているほどの破天荒な行動、言動は出来ない、為されていないことから共感を得るに至らず、あるいは舞台を現代に移し別種の(現代に合わせた)そのような(破天荒な)ことが描かれるにしても、その場合においても、おそらく現実感がないことから同様にあまり共感を得るに至らず、あるいはそれ以前に(特に現代においては)そうしたことを映画、ドラマとして配給、放送することには、さまざまな意味での困難さが伴うのかもしれません・・(笑)。
またしかし、その意味において(こそ)、この著作を稀有、面白いものとしているのではないかと思われるのです・・。
加えて、当著作末尾に示されている著者と同医局に所属していたなだいなだによる解説では以下のように述べられています。
「医局記は北杜夫が医局員として生活していたころの回想である。それは彼が大学を卒業してから芥川賞を受賞し、エッセイ「どくとるマンボウ航海記」も馬鹿売れというほどの超ベストセラーになり、作家としての地位を固めるまでの時代に重なる。彼は彼の創りだしたユーモラスな饒舌的文体、法螺と思えば真実、真実と思えば法螺という、読む者をして牛若丸に翻弄される弁慶のような気分にさせる、いわゆるマンボウものの語り口でこの回想も書いた。だから読者が、ここに登場する人物も事件も、文体上の真実つまりは作家的に誇張されたリアリティーだと思われても不思議ではない。だが彼の三年後に同じ医局に入り、その時代を共に生きた仲間の一人として証言するが、この医局記には不思議と嘘がないのである。誇張も少ない。」
どうです、当著作を「おもしろそう・・」と興味を持たれた方々も多少はいらっしゃるのではないでしょうか(笑)。
ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。」
これはとりあえず次の目標である600記事へ到達するまでの四分の一の行程を過ぎたことになりますが、まだまだ先は随分長いように感じられます・・(苦笑)。
とはいえ、一歩ずつ進めていく以外、方法はありませんので、今回もまた記事を書いているというのが一面における現状であるといえます・・(笑)。
さて、昨日投稿の記事冒頭での「探していた書籍」とは北杜夫著「どくとるマンボウ医局記」であり、当著作は、これまでに何度か読んでいるものの、現在読んでみてもなかなか面白い著作であると云い得ます(笑)。
現在、テレビドラマ、マンガなどで「医療もの」が流行しているようですが、それでしたら、この著作をドラマ、映画化してみるとなかなか面白いかもしれませんが、如何でしょうか(笑)?
しかし、現代のこうした大学医局、医療の現場においては、おそらく、この著作に書かれているほどの破天荒な行動、言動は出来ない、為されていないことから共感を得るに至らず、あるいは舞台を現代に移し別種の(現代に合わせた)そのような(破天荒な)ことが描かれるにしても、その場合においても、おそらく現実感がないことから同様にあまり共感を得るに至らず、あるいはそれ以前に(特に現代においては)そうしたことを映画、ドラマとして配給、放送することには、さまざまな意味での困難さが伴うのかもしれません・・(笑)。
またしかし、その意味において(こそ)、この著作を稀有、面白いものとしているのではないかと思われるのです・・。
加えて、当著作末尾に示されている著者と同医局に所属していたなだいなだによる解説では以下のように述べられています。
「医局記は北杜夫が医局員として生活していたころの回想である。それは彼が大学を卒業してから芥川賞を受賞し、エッセイ「どくとるマンボウ航海記」も馬鹿売れというほどの超ベストセラーになり、作家としての地位を固めるまでの時代に重なる。彼は彼の創りだしたユーモラスな饒舌的文体、法螺と思えば真実、真実と思えば法螺という、読む者をして牛若丸に翻弄される弁慶のような気分にさせる、いわゆるマンボウものの語り口でこの回想も書いた。だから読者が、ここに登場する人物も事件も、文体上の真実つまりは作家的に誇張されたリアリティーだと思われても不思議ではない。だが彼の三年後に同じ医局に入り、その時代を共に生きた仲間の一人として証言するが、この医局記には不思議と嘘がないのである。誇張も少ない。」
どうです、当著作を「おもしろそう・・」と興味を持たれた方々も多少はいらっしゃるのではないでしょうか(笑)。
ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。」
2017年1月28日土曜日
20170127 2013年6月末の出来事を日記から思い出して・・
本日の首都圏はこの時候としては気温が上がり比較的過ごし易い一日でした。
また帰宅後、ある書籍を探していたところ本箱から2013年に書かれた日記を見つけました。
この年は私にとってあまり思い出したくない記憶があり、特に春が訪れ気温が上昇する頃は精神的に病んでおりました・・(苦笑)。
そこで市内の谷山付近にある心診療内科医院へ何度か通院し、そのためか多少は良くなりましたが、とりあえず一度実家に帰り休んでみようと思い立ち、6月の終わり頃帰郷することにしました。
帰郷当日は羽田空港から直接、兄・祖父母が眠る寺へ墓参りに行きました。
そして、この時、日記には書いておりませんでしたが墓前にて兄(の霊)に向かい何やら悩み、愚痴を言っていた記憶がありますので、その時もまたそこそこ病んでいたのでしょう・・。
また、日記によると、その日から何日間は親戚、知人のところを訪ねて廻っていたようですが、それでもどちらかというと気分は晴れることはなく、当時の日記を読む限りにおいて、愉快に何かを感じているような様子はあまり見受けられません・・。
そして帰郷より数日経ったある日、以前より手紙を書き、状況をお知らせしていた文系の師匠より『港区の某大学にて中東に関するシンポジウムが開催されるから一緒に出席しないか?』とのご連絡を受け、これに出席させて頂くことにしました・・。
文系のシンポジウムの出席は久しぶりであり、またその発表、議論される内容も大変興味深いものであったことから質疑応答の際には質問をさせて頂きました・・。
シンポジウムの後、会場であった大学近くの中華料理店にて師匠から夕食を御馳走になりましたが、この時話された内容は、それまでと特に変わることなく主に歴史、文化そしてそれらに関連させた世間話であり、具体的な慰め、激励のコトバといったものはありませんでした・・。
しかし、そのお蔭で多少元気を取り戻したように記憶しております。
さて、ここまで、その当時(2013年6月末頃)の出来事を同時期に書かれた日記をもとに思い起こし、書いてきましたが、この時期の出来事を書くのは気が進まないのか、キーボード上の両手はあまり活発には動いてくれません・・(苦笑)。
しかしながら「歴史を書くことは歴史を脱却する一つの手段である。」ともいいますので、あるいはこうした時期の出来事こそ、気は進まないにしても文章として著した方が良いのかもしれません・・。
また、そうした状況にて書かれた記事がどのように読まれるのか?そして、それが読んで頂いた方々に何かしら印象を残すのであろうか?そしてまた、印象を残すのであれば、どのような印象を残すのであろうか?といったことは大変興味深いことでありながら、おそらく判然と認識、理解されることはないものと考えます・・。
今回もここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。
昨2016年に発生した熊本、山陰東部そして福島周辺での大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
また帰宅後、ある書籍を探していたところ本箱から2013年に書かれた日記を見つけました。
この年は私にとってあまり思い出したくない記憶があり、特に春が訪れ気温が上昇する頃は精神的に病んでおりました・・(苦笑)。
そこで市内の谷山付近にある心診療内科医院へ何度か通院し、そのためか多少は良くなりましたが、とりあえず一度実家に帰り休んでみようと思い立ち、6月の終わり頃帰郷することにしました。
帰郷当日は羽田空港から直接、兄・祖父母が眠る寺へ墓参りに行きました。
そして、この時、日記には書いておりませんでしたが墓前にて兄(の霊)に向かい何やら悩み、愚痴を言っていた記憶がありますので、その時もまたそこそこ病んでいたのでしょう・・。
また、日記によると、その日から何日間は親戚、知人のところを訪ねて廻っていたようですが、それでもどちらかというと気分は晴れることはなく、当時の日記を読む限りにおいて、愉快に何かを感じているような様子はあまり見受けられません・・。
そして帰郷より数日経ったある日、以前より手紙を書き、状況をお知らせしていた文系の師匠より『港区の某大学にて中東に関するシンポジウムが開催されるから一緒に出席しないか?』とのご連絡を受け、これに出席させて頂くことにしました・・。
文系のシンポジウムの出席は久しぶりであり、またその発表、議論される内容も大変興味深いものであったことから質疑応答の際には質問をさせて頂きました・・。
シンポジウムの後、会場であった大学近くの中華料理店にて師匠から夕食を御馳走になりましたが、この時話された内容は、それまでと特に変わることなく主に歴史、文化そしてそれらに関連させた世間話であり、具体的な慰め、激励のコトバといったものはありませんでした・・。
しかし、そのお蔭で多少元気を取り戻したように記憶しております。
さて、ここまで、その当時(2013年6月末頃)の出来事を同時期に書かれた日記をもとに思い起こし、書いてきましたが、この時期の出来事を書くのは気が進まないのか、キーボード上の両手はあまり活発には動いてくれません・・(苦笑)。
しかしながら「歴史を書くことは歴史を脱却する一つの手段である。」ともいいますので、あるいはこうした時期の出来事こそ、気は進まないにしても文章として著した方が良いのかもしれません・・。
また、そうした状況にて書かれた記事がどのように読まれるのか?そして、それが読んで頂いた方々に何かしら印象を残すのであろうか?そしてまた、印象を残すのであれば、どのような印象を残すのであろうか?といったことは大変興味深いことでありながら、おそらく判然と認識、理解されることはないものと考えます・・。
今回もここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。
昨2016年に発生した熊本、山陰東部そして福島周辺での大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年1月26日木曜日
20170126 2011年春の出来事から思ったこと・・
A「先日投稿したブログ記事にて、2011年年始のことについて記しましたが、この年の春の学会は玄界灘の向こう側の国の首都にて国際会議との合同開催でした。
こうしたことは学会の開催において数年に一度行われ、また発表者は、それに合わせて各種発表資料の作成を行うことになります・・。
実験に関しては、基本的に、これまで行ってきた実験を更に進化させるカタチであり、具体的には、実験条件などを改変、追加し、これまでに得られたデータから、より対象とする現象の精確な理解をはかるものであり、特に基礎からの見直しを要するといったものではありません(時にはそういった場合もありますが・・)。
それ故、こうした場合、最も苦労することは、その発表の形式、つまり厳密には、その用いる「言語」についてであったといえます・・。
とはいえ当時2011においては、既にブログ記事に記したように去る2010年秋にインドネシアにて口頭発表、またさらに以前の2009年秋においても2011年学会と同国にある南部の都市にてポスター発表を経験しておりましたので、そこまであわてるといったことはありませんでした・・。
加えて、この2011年春の学会が開催される都市への訪問とは初めての経験であり、むしろそのことの方に高揚していた感があります・・(笑)。
また、大変面白く感じたことは、この時の航路(飛行機)とは鹿児島より直通便が出ており、その所要時間が東京へ行くよりも随分短かったことでした・・。
しかし、こうしたことは東アジアの地図を見れば、自ずと理解できることではあるのですが・・(笑)。
つまり、それを面白いと感じた理由とは、それまで自身が心のどこかで首都圏イコール日本であると認識していたことによるのではないかと思われます・・(苦笑)。
そしてまた、そのことによりあらためて、当時、自身が九州に在住していることが理解できました・・。
また、そこから航空機のない時代、つまり我々の知る歴史の殆どの期間、九州とは、現在我が国において(一般的に)語られる、認識されるような意味での『国際的』とはまた異なった次元から『国際的』であり、また現在なお、その次元からの自然発生的な結節に基づく『国際的』なるものが息づいている地域であるといえます。
また、おそらくこうしたことは、ある程度(数年以上)その地域に在住してみないと認識出来ないことであり、同時にこうしたことは本質的に言語、文章にて表現してみても実際のところ、あまり意味はないのではないかと思われるのです・・。
いや、あるいは殆どのこうした実感、体感より生まれ、感覚に基づいた思想、思考とはそうしたものであるのかもしれませんが・・(苦笑)。
それ故、現代において進化したさまざまな科学技術による学問的理解への容易さの増進とは、どうも『片手落ち』のような感じ、違和感を受けることがあるのかもしれません・・。
そして、それは何といいますか鋳造、鍛造といった原初からの金属加工技術が存在しなかった国、地域において、突如としてCAD/CAMによる金属切削加工技術が持ち込まれた際におぼえる妙な違和感に似ているのではないかと思います・・(偶然にもこれと類似したことを先日訪ねた碩学といっても良い歯科医師の方が仰っていました・・)。
とはいえ、そうしますと今度は現代においては一般的には時代遅れとされる唯物史観での発展段階説にまた妙な郷愁らしきものをおぼえてしまうのですが、何れにせよ、その歴史的な認識、位置づけにおいて『現代』とは後世、果たしてどのように認識されるのであろうか・・?
というのは、なかなか不安であると同時に面白い設問であると考えます・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
こうしたことは学会の開催において数年に一度行われ、また発表者は、それに合わせて各種発表資料の作成を行うことになります・・。
実験に関しては、基本的に、これまで行ってきた実験を更に進化させるカタチであり、具体的には、実験条件などを改変、追加し、これまでに得られたデータから、より対象とする現象の精確な理解をはかるものであり、特に基礎からの見直しを要するといったものではありません(時にはそういった場合もありますが・・)。
それ故、こうした場合、最も苦労することは、その発表の形式、つまり厳密には、その用いる「言語」についてであったといえます・・。
とはいえ当時2011においては、既にブログ記事に記したように去る2010年秋にインドネシアにて口頭発表、またさらに以前の2009年秋においても2011年学会と同国にある南部の都市にてポスター発表を経験しておりましたので、そこまであわてるといったことはありませんでした・・。
加えて、この2011年春の学会が開催される都市への訪問とは初めての経験であり、むしろそのことの方に高揚していた感があります・・(笑)。
また、大変面白く感じたことは、この時の航路(飛行機)とは鹿児島より直通便が出ており、その所要時間が東京へ行くよりも随分短かったことでした・・。
しかし、こうしたことは東アジアの地図を見れば、自ずと理解できることではあるのですが・・(笑)。
つまり、それを面白いと感じた理由とは、それまで自身が心のどこかで首都圏イコール日本であると認識していたことによるのではないかと思われます・・(苦笑)。
そしてまた、そのことによりあらためて、当時、自身が九州に在住していることが理解できました・・。
また、そこから航空機のない時代、つまり我々の知る歴史の殆どの期間、九州とは、現在我が国において(一般的に)語られる、認識されるような意味での『国際的』とはまた異なった次元から『国際的』であり、また現在なお、その次元からの自然発生的な結節に基づく『国際的』なるものが息づいている地域であるといえます。
また、おそらくこうしたことは、ある程度(数年以上)その地域に在住してみないと認識出来ないことであり、同時にこうしたことは本質的に言語、文章にて表現してみても実際のところ、あまり意味はないのではないかと思われるのです・・。
いや、あるいは殆どのこうした実感、体感より生まれ、感覚に基づいた思想、思考とはそうしたものであるのかもしれませんが・・(苦笑)。
それ故、現代において進化したさまざまな科学技術による学問的理解への容易さの増進とは、どうも『片手落ち』のような感じ、違和感を受けることがあるのかもしれません・・。
そして、それは何といいますか鋳造、鍛造といった原初からの金属加工技術が存在しなかった国、地域において、突如としてCAD/CAMによる金属切削加工技術が持ち込まれた際におぼえる妙な違和感に似ているのではないかと思います・・(偶然にもこれと類似したことを先日訪ねた碩学といっても良い歯科医師の方が仰っていました・・)。
とはいえ、そうしますと今度は現代においては一般的には時代遅れとされる唯物史観での発展段階説にまた妙な郷愁らしきものをおぼえてしまうのですが、何れにせよ、その歴史的な認識、位置づけにおいて『現代』とは後世、果たしてどのように認識されるのであろうか・・?
というのは、なかなか不安であると同時に面白い設問であると考えます・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
20170125 読書への興味・ブログ記事作成に対する興味について・・
A「本日は多少風邪気味であり、ブログ記事の作成は止めておこうと考えておりましたが、やはり何かしら書いておいた方が良いと考え、面倒とは思いつつも記事作成をはじめた次第です・・(笑)。
習慣とはなかなかおそろしいものであるとつくづく思います。
また「上記のような心情にて書き始めた記事がどのようなものになるのか?」といった疑問もなかなか面白いものであり、それは昨日投稿した記事の主題とも、ある程度関連があるのではないかとも思われます・・(笑)。
さて、現在このように記事作成を行っているわけですが、その心的状態とは、特に高揚、落胆しているわけでもなく、であるからといって、もとより記事作成に没頭しているわけでもありません・・。
本当に何かに没頭している状態とは、おそらくその状態を(客観的な感じで)記述することが難しいのではないかと思われますので、こうした文章を作成している心の状態とは、また少し特殊(現在の自身にとって多少不慣れな心のスタンス)であり、違和感があると最近時折思うのです・・。
しかし、この文章を作成している自身の心の状態を特殊と感じ、また違和感をおぼえるということは、あるいは自身の文体を得るまでに経験する一つの過程ではないかとも思われます・・。
これを別言しますと、以前であれば、こうした心的状態を取り上げ、それを上記のように文章として表現することは難しかったことから、これはこれで一つの進化(の過程)ではなかろうかとも思われるということです・・(笑)。
そしてまた、そのようなことを継続していくうちに果たして「自身の文体」といったものを得ることができるのでしょうか・・?
以前投稿した記事においても示しましたが中井久夫によると「文体を得る経験」とは比較的明瞭、判然としたものであるとのことですが、私はこれに関しては未だに実感がありませんし、また同時に今現在、自身の文体を持っているという自覚もありません・・。
しかしまた、以前に比べれば、多少それに近づいているといった実感はありますが・・。
また、その実感があるからこそ、冒頭にて述べたとおり、面倒とは思いつつも作成をはじめた記事が、この程度まで(特に痛痒を感じることなく)記すことが出来ているのではないかと思います。
また、このことに関して当初「中身が無いことを延々と文章にて記すことは無意味であり、何の益もない」と、かなり批判的に考えていたのですが、それがある程度の期間、ブログ記事作成を経ることにより大きく変化したことも事実です・・(笑)。
それ故「継続は力なり」というコトバの意味もまた、ここであらためて実感しております・・(笑)。
とはいえ、それが「今後どの程度まで継続するのか?」については、正直なところまったく考えておりません・・(苦笑)。
そして、これは自身の読書の傾向と、かなり近似しているように思われるのです・・(苦笑)。
さらにまた、この読書の傾向とは、幼年期にまで遡ることが出来、その意味において、読む書籍に関しては、年齢の経過により、いくらか成長、進化しているのかもしれませんが、その行動自体とは大きく変化(成長)していないということが出来ます・・(笑)。
そうしますと、現在ある程度継続し作成している一連のブログ記事においてもまた、そのようになる可能性があるのかもしれません、また同時に、それが「どのようにして為されるか?」とは、多少興味が湧き、おそらく根源的には、そうした興味によって、これまで一連のブログ記事作成は為されているのではないかと思います・・。
しかしまた、この種の興味とは、さきの読書に対する自身の興味?とはまた異なるものです。
そして、それら(読書、ブログ作成に対する興味)とは、おそらく同一になることはありません。
とはいえ、それら双方の興味が「どのように同一とまではいかないまでも近似していくのか?」とは、なかなか面白いと自身は考えるのです・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
また、昨年発生した熊本、山陰東部そして福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
習慣とはなかなかおそろしいものであるとつくづく思います。
また「上記のような心情にて書き始めた記事がどのようなものになるのか?」といった疑問もなかなか面白いものであり、それは昨日投稿した記事の主題とも、ある程度関連があるのではないかとも思われます・・(笑)。
さて、現在このように記事作成を行っているわけですが、その心的状態とは、特に高揚、落胆しているわけでもなく、であるからといって、もとより記事作成に没頭しているわけでもありません・・。
本当に何かに没頭している状態とは、おそらくその状態を(客観的な感じで)記述することが難しいのではないかと思われますので、こうした文章を作成している心の状態とは、また少し特殊(現在の自身にとって多少不慣れな心のスタンス)であり、違和感があると最近時折思うのです・・。
しかし、この文章を作成している自身の心の状態を特殊と感じ、また違和感をおぼえるということは、あるいは自身の文体を得るまでに経験する一つの過程ではないかとも思われます・・。
これを別言しますと、以前であれば、こうした心的状態を取り上げ、それを上記のように文章として表現することは難しかったことから、これはこれで一つの進化(の過程)ではなかろうかとも思われるということです・・(笑)。
そしてまた、そのようなことを継続していくうちに果たして「自身の文体」といったものを得ることができるのでしょうか・・?
以前投稿した記事においても示しましたが中井久夫によると「文体を得る経験」とは比較的明瞭、判然としたものであるとのことですが、私はこれに関しては未だに実感がありませんし、また同時に今現在、自身の文体を持っているという自覚もありません・・。
しかしまた、以前に比べれば、多少それに近づいているといった実感はありますが・・。
また、その実感があるからこそ、冒頭にて述べたとおり、面倒とは思いつつも作成をはじめた記事が、この程度まで(特に痛痒を感じることなく)記すことが出来ているのではないかと思います。
また、このことに関して当初「中身が無いことを延々と文章にて記すことは無意味であり、何の益もない」と、かなり批判的に考えていたのですが、それがある程度の期間、ブログ記事作成を経ることにより大きく変化したことも事実です・・(笑)。
それ故「継続は力なり」というコトバの意味もまた、ここであらためて実感しております・・(笑)。
とはいえ、それが「今後どの程度まで継続するのか?」については、正直なところまったく考えておりません・・(苦笑)。
そして、これは自身の読書の傾向と、かなり近似しているように思われるのです・・(苦笑)。
さらにまた、この読書の傾向とは、幼年期にまで遡ることが出来、その意味において、読む書籍に関しては、年齢の経過により、いくらか成長、進化しているのかもしれませんが、その行動自体とは大きく変化(成長)していないということが出来ます・・(笑)。
そうしますと、現在ある程度継続し作成している一連のブログ記事においてもまた、そのようになる可能性があるのかもしれません、また同時に、それが「どのようにして為されるか?」とは、多少興味が湧き、おそらく根源的には、そうした興味によって、これまで一連のブログ記事作成は為されているのではないかと思います・・。
しかしまた、この種の興味とは、さきの読書に対する自身の興味?とはまた異なるものです。
そして、それら(読書、ブログ作成に対する興味)とは、おそらく同一になることはありません。
とはいえ、それら双方の興味が「どのように同一とまではいかないまでも近似していくのか?」とは、なかなか面白いと自身は考えるのです・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
また、昨年発生した熊本、山陰東部そして福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年1月24日火曜日
20170124 創造のタネ、着想の訪れ ブログ記事の作成、文体、帰納法・・
A「これまでに作成したブログ記事を読んでおりますと、やはりそれらの出来(面白さ)にはブレがあり「これは現在読んでも面白い」と思うものと、そうでもないものがあります・・。
しかし、作成した記事全てを面白いと思うようであれば、それはおそらく私の方に何かしら問題があるのではないかと考えられます・・(苦笑)。
とはいえ、作成記事の面白さにブレがあると認められるのであれば、私の方に問題がないというわけでもありませんが・・(苦笑)。
それ故、毎回記事を書くにあたっては、特に神経を使っているわけではありませんが、ただ何かしらの創造のタネ、着想が訪れるのを待つということはしているのではないかと思われます・・。
たとえ半ば無意識であるにしても・・。
つまり殆ど全ての記事において、一気呵成に記事を書き上げることはなく「何かしら」を書き始めて、そこから徐徐に創造のタネ、着想の訪れとのギア(歯車)を合わせ、回転を合わせ駆動させてゆくといった感じであると思います・・。
また、一連のブログ記事において比較的多く見られる過去の出来事を思い起こし記事とする場合においても、やはり、何かしら着想、想起のタネが訪れないことには、それを文章として書くことは困難であるように思われます・・。
しかし、そうであるならば着想、想起のタネがスムーズに訪れるのあれば(自身から見て)良い記事が書けるというわけでもなく、着想、想起の訪れのスムーズさと、出来上がった記事の面白さの間には「明瞭な」関係性を認めることが難しいのが実際のところであると云えます・・(苦笑)。
とはいえ、それらの間に「全く」関係性が認められないというわけでもなく、やはり何かしらの関係性は存在するのではないかと思われます。
こうした状態とは、さまざまな実験を為すにあたり、はじめに認識される状況と似ていないこともないと思われます・・。
そしてまた一面における極言を行うと、これまでの記事作成とは、この関係性のより精確な認識のために行ってきたのではないかと云うことができます。
つまり、この関係性を精確に認識することが出来るようになれば、より自身およびその文体なるものを「客体化」して精確に理解することが出来るのではないかと思われるのです・・。
さらにまた、それを行うことにより、更なる文体の進化をはかることも出来るのではないかとも思うのです・・(笑)。
このように書いておりますと、行う内容は異なりますが、その背景となる考えの基本とは、かつて行ってきた試料作製を伴う実験のそれと、かなり近似するのではないかと思われました。
あるいは私とは、少なくともいくつかの場面、あるいは能動性を示すことが出来る(ある種の)状況においては、こうした何といいますか「帰納法的な手法」を採ることを好む性質であるのかもしれません・・(笑)。
そしてまた、こうした主題を過去のブログ記事において何度か取り上げていることも認識されましたが、果たしてそれら類似している主題の記事の間にて、何かしらの変化、進化などは認められるのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺における大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
しかし、作成した記事全てを面白いと思うようであれば、それはおそらく私の方に何かしら問題があるのではないかと考えられます・・(苦笑)。
とはいえ、作成記事の面白さにブレがあると認められるのであれば、私の方に問題がないというわけでもありませんが・・(苦笑)。
それ故、毎回記事を書くにあたっては、特に神経を使っているわけではありませんが、ただ何かしらの創造のタネ、着想が訪れるのを待つということはしているのではないかと思われます・・。
たとえ半ば無意識であるにしても・・。
つまり殆ど全ての記事において、一気呵成に記事を書き上げることはなく「何かしら」を書き始めて、そこから徐徐に創造のタネ、着想の訪れとのギア(歯車)を合わせ、回転を合わせ駆動させてゆくといった感じであると思います・・。
また、一連のブログ記事において比較的多く見られる過去の出来事を思い起こし記事とする場合においても、やはり、何かしら着想、想起のタネが訪れないことには、それを文章として書くことは困難であるように思われます・・。
しかし、そうであるならば着想、想起のタネがスムーズに訪れるのあれば(自身から見て)良い記事が書けるというわけでもなく、着想、想起の訪れのスムーズさと、出来上がった記事の面白さの間には「明瞭な」関係性を認めることが難しいのが実際のところであると云えます・・(苦笑)。
とはいえ、それらの間に「全く」関係性が認められないというわけでもなく、やはり何かしらの関係性は存在するのではないかと思われます。
こうした状態とは、さまざまな実験を為すにあたり、はじめに認識される状況と似ていないこともないと思われます・・。
そしてまた一面における極言を行うと、これまでの記事作成とは、この関係性のより精確な認識のために行ってきたのではないかと云うことができます。
つまり、この関係性を精確に認識することが出来るようになれば、より自身およびその文体なるものを「客体化」して精確に理解することが出来るのではないかと思われるのです・・。
さらにまた、それを行うことにより、更なる文体の進化をはかることも出来るのではないかとも思うのです・・(笑)。
このように書いておりますと、行う内容は異なりますが、その背景となる考えの基本とは、かつて行ってきた試料作製を伴う実験のそれと、かなり近似するのではないかと思われました。
あるいは私とは、少なくともいくつかの場面、あるいは能動性を示すことが出来る(ある種の)状況においては、こうした何といいますか「帰納法的な手法」を採ることを好む性質であるのかもしれません・・(笑)。
そしてまた、こうした主題を過去のブログ記事において何度か取り上げていることも認識されましたが、果たしてそれら類似している主題の記事の間にて、何かしらの変化、進化などは認められるのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺における大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年1月23日月曜日
20170123 土地の気候風土に対する順応について・・
A「本日の首都圏もまた大変寒く、特に風が強かったように思います・・。
しかし、わずかながら若干以前に比べ、日が長くなったのではないかとも思われます・・。
さて、昨日投稿したブログ記事は投稿当日、翌日にしては多くの閲覧者を得ることが出来ました。
そして本日記事を投稿することにより総投稿記事数が520になります・・。
これは600記事までの適当な一里塚であり、また今後も出来る限り記事を投稿し続けようと思います・・。
そういえば昨日投稿しました2011年の紫尾山の登山とは、丁度6年前の本日であったことをつい先ほど気が付きました・・(笑)。
現在も街中はある程度の距離を歩いていると思いますし、また都心部では地下鉄数駅分程度の距離を歩くことは、そこまで苦ではありません・・。
とはいえ、現在のような寒い時期とは、歩いていて身体が暖まるまでは、やはり多少面倒ではありますが・・(苦笑)。
それでも帰郷当初から考えてみますと、多少は関東地方の冬の寒さにも慣れたのではないかと思われます・・。
そして、こういった慣れとは一体どのようなメカニズムによって身体が在住地域の気候風土に順応していっているのかとは、なかなか興味深いことであるように思われるのです・・。
また同時に、一度在住した経験を持つ地域に再度ある程度の期間をおいて住むことになった場合、身体がどのような反応(順応の過程)をするのかということもまた興味深く思えます・・。
そのように書いておりますと、不図思い起こされることは2009年に鹿児島に住んだ当初、かなりの期間(数カ月)便秘に悩まされたことです・・(苦笑)。
自身の経験より考えてみますと、新しい土地に住むことになったはじめの数カ月あるいは一年程度とは、身体がその土地に慣れないことから、心身共に調子が出ない、上がらないことが少なからずあるのではないかと思います。
そして、こうしたことに関しては、経験に由来する一般的な知恵としては存在するものの、その科学、普遍的な背景とは、あまり研究、考察そして言及されていないのではないかと思われますが如何でしょうか?
また、こうしたことは学問分野としては公衆衛生学あるいは疫学などに分類されるのかもしれませんが、それと同時に、ある程度深く、その土地の民俗、風習などについて研究してみるのも、新たな視座あるいは知見を得ることが出来る(一つの効果的な)方法ではないかとも思われます・・。
また案外、かえって昔の研究者の方がそうしたことに関してはより考慮していたのではないかと書籍などを読んでいると考えさせられることがあります・・。
そして、それがある程度妥当であるならば、何故現代とは、そうしたことにあまり注視しなくなったのでしょうか?
それは国内各地域の生活環境全般が(以前に比べ)平均化されたからであるのでしょうか?
あるいはそうした研究を行う方々が土地の民俗、風習といったことを考えるための視野を得る経験が少なくなったからでしょうか?
はたまた、それは初めから単なる勘違い、杞憂であるのでしょうか・・?
さらに別の視点からは、おそらくこうした経験が、はるか昔、古代のことを考え、それに対し妥当な推論を為すために大切なことであるように思われるのです・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
しかし、わずかながら若干以前に比べ、日が長くなったのではないかとも思われます・・。
さて、昨日投稿したブログ記事は投稿当日、翌日にしては多くの閲覧者を得ることが出来ました。
そして本日記事を投稿することにより総投稿記事数が520になります・・。
これは600記事までの適当な一里塚であり、また今後も出来る限り記事を投稿し続けようと思います・・。
そういえば昨日投稿しました2011年の紫尾山の登山とは、丁度6年前の本日であったことをつい先ほど気が付きました・・(笑)。
現在も街中はある程度の距離を歩いていると思いますし、また都心部では地下鉄数駅分程度の距離を歩くことは、そこまで苦ではありません・・。
とはいえ、現在のような寒い時期とは、歩いていて身体が暖まるまでは、やはり多少面倒ではありますが・・(苦笑)。
それでも帰郷当初から考えてみますと、多少は関東地方の冬の寒さにも慣れたのではないかと思われます・・。
そして、こういった慣れとは一体どのようなメカニズムによって身体が在住地域の気候風土に順応していっているのかとは、なかなか興味深いことであるように思われるのです・・。
また同時に、一度在住した経験を持つ地域に再度ある程度の期間をおいて住むことになった場合、身体がどのような反応(順応の過程)をするのかということもまた興味深く思えます・・。
そのように書いておりますと、不図思い起こされることは2009年に鹿児島に住んだ当初、かなりの期間(数カ月)便秘に悩まされたことです・・(苦笑)。
自身の経験より考えてみますと、新しい土地に住むことになったはじめの数カ月あるいは一年程度とは、身体がその土地に慣れないことから、心身共に調子が出ない、上がらないことが少なからずあるのではないかと思います。
そして、こうしたことに関しては、経験に由来する一般的な知恵としては存在するものの、その科学、普遍的な背景とは、あまり研究、考察そして言及されていないのではないかと思われますが如何でしょうか?
また、こうしたことは学問分野としては公衆衛生学あるいは疫学などに分類されるのかもしれませんが、それと同時に、ある程度深く、その土地の民俗、風習などについて研究してみるのも、新たな視座あるいは知見を得ることが出来る(一つの効果的な)方法ではないかとも思われます・・。
また案外、かえって昔の研究者の方がそうしたことに関してはより考慮していたのではないかと書籍などを読んでいると考えさせられることがあります・・。
そして、それがある程度妥当であるならば、何故現代とは、そうしたことにあまり注視しなくなったのでしょうか?
それは国内各地域の生活環境全般が(以前に比べ)平均化されたからであるのでしょうか?
あるいはそうした研究を行う方々が土地の民俗、風習といったことを考えるための視野を得る経験が少なくなったからでしょうか?
はたまた、それは初めから単なる勘違い、杞憂であるのでしょうか・・?
さらに別の視点からは、おそらくこうした経験が、はるか昔、古代のことを考え、それに対し妥当な推論を為すために大切なことであるように思われるのです・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年発生した熊本、山陰東部、福島周辺での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
登録:
投稿 (Atom)