2016年10月8日土曜日

20161007 岩波文庫刊 野上彌生子著「迷路」上巻pp.199ー201より抜粋引用

『維新の風雲に乗じて功を成した薩摩派の顕官を父とする後嗣の宮内官は、生みの母の前身を軽蔑して、息子らしい情愛はみじんも示さなかった。

丹羽家においては、麻の葉模様がタブウであった。
着物でも、器具でも、手拭のようなものに至るまで、麻の葉模様をつけたものは厳禁された。
正夫人に直らないまでの母が、薄紫の麻の葉絞りの半襟を好んでかけていたのが、当主の宮内官に屈辱的な思いでをとめているためである。

祖母自らの極端なお上品ぶりも、似たような細心な警戒から来ていた。そうして美しさと悧巧さで、まことに名門の出にひけを取らぬ自然な品格を拵えあげたとともに、五つで母を失った時からその手に引きとった孫娘をも、自分の教育法で訓練した。

その意味から三保子には祖母が母親であり、艶麗さもそっくり受けついだ。彼女は祖母と別邸に住まった。

吉良は勉強を見に来てくれた、同じさつまっぽうながら、祖父が十年戦争に西郷方について以来の不運が祟っている、遠縁の貧しい大学生であった。

祖母が彼に優しかったのは、本邸の冷淡にそれとも凛々しく頼もしげな青年が自分でも気に入っていたのか、両方であったに違ない。

どちらから引いたとも、引かれたともわからず。相寄る若いこころに水を注そうとしなかったのみか、夏休には、箱根の別邸に吉良を内緒で呼んでくれたりもした。

祖母の好意のみが恋人たちには頼みの綱であった。父や継母の反対はわかりきっていたが、祖母だけはきっと二人の味方になってくれるであろう。

しかし阿藤家との縁談に際して、もっとも無慈悲に振舞ったのは祖母であった。

色恋はべつとして、結婚となれば目標を変えなければならいのを、誰よりも厳しく判断したのである。

それは自分が根引きされた時からの信条であり、今日までの生涯で実証されたことであり、すべての女が、愛する男とのみ眠るものではないのを知っているからであり、それ故にこそ死にたがって泣く孫娘に対して、幼い彼女が、なにかお腹にわるい食べものでの欲しがってむずかるのを、宥めすかす調子であの説得をしたのである。

決して染めないで、毎朝、卵の白味で輝くばかりに洗い手入れされた切り下げの白髪で、かえって清麗に匂やかな祖母の顔が、その瞬間、なにか悪鬼じみた気味わるさで打ち守られた。

しかし三保子の怖ろしいのは、祖母の囁いたものが毒草のこぼれ種子のように、また刺青のように心とからだの二つながらに浸みつき、根をおろしたのに気がついたことであった、その罪の深さ、汚らしさが、はじめは彼女を身震いさせた。
どうかしてその呪文から逃げだそうとすればするほど、執拗に枕につけた耳もとに甦り、阿片患者めいた幻想に誘いこまれた。

卒業するとセレベスのゴム会社に行ったとかの噂もたしかでない吉良が、夜とともに戻って来た。

暗さはその呼吸と、体臭と、重さを感じさせ、四肢に触れさせ、愛撫を愉しませた。
三保子は彼に甘えた通りに甘えた。
愛しあったものの結婚は遂げられ、二年目には忠文が生まれた。彼が誰の子供であるかは、普通の母親がもつ特権とはまた別な秘密で彼女のみが知っていた。

同時に昼の夫なる眉目秀麗で、愚かで、金持で、それでいて絶えず小遣いの金額で会計主任と喧嘩する、ゴルフと、麻雀と、食べることのほかには考えない男に対しては、ますます従順な、優しい申分のない妻になって行った。」

「迷路」上巻

ISBN-10: 4003104927
ISBN-13: 978-4003104927



野上彌生子

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの速やかな復旧、そしてその後の復興、またそれに加え、昨晩に鹿児島県奄美地方において発生した地震による被害が出来るだけ軽微であることを祈念します。





2016年10月6日木曜日

20161006 日常用いている靴について・・

A「これまでに投稿したブログ記事もこれで440を越え、とりあえず目標とする450記事まであともう一息といったところです・・。

本日も特に投稿記事の主題を定めずに記しはじめた次第ですが、本日は思いのほか長距離を移動したと思われます・・。

ほぼ電車を乗り継いでの移動ではありましたが、途中地下鉄の駅二駅分程度は徒歩にて移動したのではないかと思われます・・。

しかし、この程度の徒歩での移動とは特に珍しいことではありません。

とはいえ、それと関連して思うことは靴の重要性です。

私はこれまでに部活動にはじまり、基本的に足を用いる移動を多く行ってきたといえます。

その際、疲労の軽減などにおいて極めて重要であるが靴の選択であるといえます。

これは自身の体験に基づくものであるので、おそらく間違いないと考えます。

この靴とは、それがどんなに高価であっても、それ以前に自身の足との相性といったものがあると思います。

そうした要素を加味して靴を選択することは、簡単なようでありながら、なかなか難しく、これまで靴の選択において何度も失敗してきました・・(苦笑)。

そして、現在において用いている靴とは、一応、そうした失敗の上に立つものであるので、いくつか種類がありますが、どれも私にとっては相対的に疲労を軽減させ、歩き易いものであるといえます。

また、見栄えに関しても個人的な意見ではありますが、特に問題はない程度であると思います・・。

そして、先日不図気付いたのですが、現在私が用いている靴の一つと兄弟の用いているものが期せずして同じであったことは、なかなか面白く思われました。

この靴に関しては兄弟の方が多少、年季が入っているようですが、あるいは以前に私が無意識でそれを見て、おぼえていたのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、私がその靴を靴店で購入したいきさつ(こうしたことは具体的に文章にて表現することが実に困難です・・(笑)。)から、おそらくさきに記したような無意識での記憶とは関係ないと思われますので、やはり面白いことであると思います・・。

さて、またもう一つのタイプとは、かれこれ10年程度使用しており、これまでに幾度かソールを交換しております。

このようにしてソールを交換した靴は、当たり前であるのかもしれませんが交換前後では、その履き心地が大分異なり、交換直後のそれは、どちらかというと違和感として感じるほどです。

とはいえ、以前からの使用により足が慣れているためか、あるいは徐徐にソールがアッパーの形状に順うためか、そうした靴はしばらく(一週間程度であろうか)履いているうちに、ソールを交換したことを忘れてしまうほどに早急に日常化していきます。

そして、そうした感覚を持ちうる靴が、靴本来の機能として良いものではなかろうかと思います。

しかし、そこまで記していて不図思うことは、おそらく、こうした観点において、性差による見解の相違といったものが顕著に表れるのではないだろうか・・?ということですが、これを読まれた皆様はどのようにお考えになるでしょうか・・?

そういえば、ハナシは変わりますが先日久しぶりに洋書(小説)を購入しました。
これは頁数少なくなく多少不安ではありますが、少しずつ読んでいこうと思います・・。

ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域の諸インフラの出来るだけ早急な復旧および、その後の復興を祈念しております。」





20161005 事物全般に対する評価 ナルシシズム

A「本日投稿するブログ記事により投稿記事数が440に到達します。

そして、このままのペースにてブログ記事を投稿し続けますと450記事まではどうにか到達することも出来るのではないかと思われます。

また、昨日投稿した記事内の書籍からの抜粋引用部分とは、なかなか面白いことが書いてあったのではないでしょうか・・(笑)?

・・個人的な感想を押し付けるようであり、多少恐縮ではありますが・・(苦笑)。

しかしながら、これまで作成、投稿したすべてのブログ記事も見方によれば(いや、よらなくとも)多分に「個人的な考え、感想の押し付け」といった要素が強いと思われます・・(苦笑)。

そうしますと、ブログに限らず大方の世に出回っている文章、出版物等とは、おそらく同程度にそうした要素(個人的な考え、感想の押し付け)を有しているものと思われます・・。

そして、それを記した人間がそれらの文章を(ある程度の時間が経過の後)焼き捨てたり、削除しないでおくことには、何と言いますか一種のナルシシズム、自己愛による作用が(少なからず)あるのではないかと思われます・・。

つまり、自身としてはあまり「良い出来」と思われる文章でなくとも、読んで頂いたどなたかが、それにより、何かを気付いたり、発見する可能性があるのではないかという、いわば他力本願の「甘え」のような要素が(少なからず)あるのではないかと思われます・・(苦笑)。

そして私の場合は多分にあると断言できます・・(苦笑)。

とはいえ一方において自他何れであれ、作成された文章をも含む事物全般に対する評価とは、必ずしも精確(こうした場合、何をもって精確とするのか・・?)であるとはいえません・・。

また、世間にて良い評価を受けたものがすべて良いとも一概にはいえないようですし・・。

しかし一方に、そうした評価を絶対的に決める権威を有した組織、機関などがもしも存在しましたら、それはそれでかなりギスギスした居心地の悪い社会にはなりそうです・・(苦笑)。

そしてハナシを戻しますと、様々な事物に対する評価とは、その評価する人数が多くなるほど、多くの場合、相対的あるいは「蓼食う虫も好き好き」といったものになると思われます・・。

そして、こうしたことを記していると不思議に気分が落ち着いてくる自分がおります・・(苦笑)。

また、このようなことを記したついでに記しますと、数カ月前にはじめて、ここ最近は更新(とはいってもここでのブログのコピペですが)を行っていなかった「はてなブログ」を再開してみようと思います。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
そして、さる四月に熊本を中心に襲った大地震により被災された地域における出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」


2016年10月3日月曜日

20161003 最近感じたことから思ったこと・・フィクションでも可

A「以前からたびたび感じていたことであり、また、そのことをブログ記事として記すのは様々な意味で「如何なものか?」と考えておりましたが、今回、その感じたことを記してみようと思います・・。

さて、以前投稿したブログ記事にて、面白いと思われた著作を挙げ、その内容を今後抜粋引用したいと述べたことが幾度かありました・・。

そして、先日、そのうちの一冊の内容を抜粋引用しようと考え、もう一度、その時に何かしらの意味でタイムリーで面白いと思われる記述部分を見つけようと、目を通していた丁度その時、当該著作を面白く、抜粋引用したいと記したブログ記事に対する閲覧者数が、これといった原因が見受けられないにもかかわらず有意(計算はしておりませんが、してみても(何れのP値であれ)おそらくそうであると思われます。)に増加しました・・。

そして、このようないわば、私の考えを先取り、読まれていると感じたことは、当ブログ記事冒頭にて述べました通り、たびたび生じていることであり、これまでは「単なる偶然であろう。」と考えておりましたが、先日受けた感じにより「とりあえず、このことをブログ記事として記しておこう・・」と思い立ち、現在、それを文章として著している次第です・・(笑)。

このようなことを記しますと「果たしてこの人は大丈夫であろうか?」と考える方々も(少なからず)いらっしゃるのではないかと思われますが、その場合は、どうぞこれを一つのフィクションであると考えて頂きたく思います・・(笑)。

また、今現在の私としても半ば「いわば、これは偶然(あるいは自意識過剰(笑))から生じたフィクションではなかろうか・・?」とも考えておりますので・・(苦笑)。 

しかしながら、このような実際に自身が感じたことに対する懐疑的な観察、考察をしておりますと、今度は何だか、自身がこれまでにある程度の自明性、実在性をもって感じていた(と信じる)様々なことに対してもまた同様に、その自明性、実在性に対する疑問が生じてきます・・(笑)。

そして、そのような疑問から様々な哲学観念などが生じてくるのではないかと思われます・・。

とはいえ、今現在の私の場合、こうした根源的なところから物事を考える、問いを発するには、年齢的に多少無理があるのではないかと思われます・・(苦笑)。

「年を取ると頭が固くなる」とは、要するに、上記のようなことを指すのではないかと思われます・・(苦笑)。

しかし、さきほど記したような「先取り、読まれている」と感じたことが、実際に誰か(複数かもしれない・この点も不明)の意図により為されていたのであれば、その誰かとは、私からしますと「天才」ではないだろうか?と正直に思います・・(笑)。

それは「そこまで深く一連の記事を読んで頂きどうもありがとうございます。」といった感謝の念よりも、むしろ驚嘆(文字通りの意味で)の念を惹起させるような類です・・。

そして、そこから「では私とは、これまでに実際そうした(天才的)人物に出会ったことがあるのか?」と自問してみますと「おそらく何人か出会ったことはあるとは思われるが、その特定は困難であろう・・」といったあまり面白くない答えとなるのではないかと思われます・・(笑)。

しかし、もしかすると、こうした才能も世の中に様々ある才能の一つであり、いわば「試験などのヤマ当て」と似てないこともないのかもしれない・・とも考えさせられます・・(笑)。

いずれにせよ、私を含め我々とは一般的に、未知の分野での才能を垣間見せられるとかなり驚くものですから・・(笑)。

そして、ここまで記して本日のブログ記事といたします。

明日は当記事冒頭部にて述べた書籍からの抜粋引用を行う予定です。

本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本を襲った大地震によって被災された地域の諸インフラの出来る限り早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。

また、同時に新たに沖縄、九州地方に近づきつつある台風による被害もまた出来るだけ軽微であることを祈念します。」

20161002 市ヶ谷~岩本町周辺地域にて思ったこと

A「おかげさまで昨日(20161001)のブログ閲覧者数も1000人に到達しました。

読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

また、読んで頂いた反応を見ますと、それもまた大変興味深いものがあり、同時にその反応の秀逸さ、鋭さに慄然とさせられることも度々あります・・(苦笑)。

一体どのような方(方々)が、こうした反応をなされているのか未だ分かりませんが、いずれにしましても、こうした反応により、その都度何と言いますか身が引締まる思いがし、同時に次のブログもまた、その影響の下に記すことが出来ているといって良いと思われます・・。

さて、本日は半分仕事で都心部に出向きました。

気温はそこまで高くならず、そこそこ快適であったと思われます。
とはいえ、日曜日ですと都内の繁華街はやはり大変な混雑であり、首都圏に戻り一年以上経ちますが、やはり時折困惑することがあります・・(苦笑)。

また、私がかつて在住した都市には、それぞれ何といいますかアジ、風情のようなものがありましたが、東京においては、そうした都市に相当する規模を持つ繁華街がいくつも衛星都市的に存在するため、どうも未だにそれら各々のアジ、風情といったものがよく分かっておりません・・(苦笑)。

しかし、繁華街ではありませんが、靖国通り沿いの市ヶ谷~岩本町周辺に関しては、あまり大きく変わらず、現在においても、以前と同様、すぐに慣れることが出来たと思われます・・。

これはやはりかつてと同様、古本屋街が存在することが大きいのではないかと思われます・・(笑)。

また、それに加え、この地域(市ヶ谷~岩本町)とは、日本の近代歯科医学揺籃、発展の地であるといっても良いと思われます。

それは、現在においてもなお、この地域に特に集中し歯科大学、歯学部が存在することから理解できるのではないかと思われます・・(4校が現在なお、この地域内に存在しています)。

もっとも、こうした事情とは何も歯科医学の教育機関においてのみいえることではなく、同様に、数多くの老舗私立大学、医科大学の発祥の地がこの周辺であることから、かねてよりこの地域とは、教育機関が集中するような「何か」があったのではないかと思われます・・。

そして、その「何か」とは、かつてこの地域に存在した江戸幕府の学問所であったり、剣術の道場といったものではないかと思われます・・。

こうした土地に付随する文化、傾向とは、時代の覇権政権が変化しても大きく変化せず、そのまま引き継がれることが多いのではないかと思われます・・。

そして、そうした視点にて様々な遺跡およびその出土物などの意味合いについて考えてみますと、それはそれでなかなか面白い発見もまた、あるのではないでしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本を中心に発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。

加えて、現在接近中の台風による九州、奄美、沖縄での被害が出来るだけ軽微であることを同様に祈念します。」







2016年10月2日日曜日

20161001 様々なお話しを伺って思ったこと・・【生きた歴史意識とは・・?】

おかげさまで9月の閲覧者数も20000人に到達しました。
これは7・8月そして今月と継続して3カ月の20000人到達となりますので、このことから一連のブログ記事を閲覧してくださっている方々が徐々にではありますが増加していることが示唆されるのではないかと思われます・・。

しかし、今後1月(ひとつき)に30000人に到達するまでが、なかなか困難な道のりではないかと思われます。

1月に30000人ということは、平均して1日に大体1000人以上の方々が閲覧しているということになりますので、これは現状(1日におおよそ400~700人、多い日で1000人以上)から考えてみますと、多少難しいのではないかと思われます・・(苦笑)。

とはいえ、とりあえず記事を記し続けることにより、閲覧してくださる方々が増加すると一般的にいわれており、また、このことは私の実体験とも合致しておりますので、まあ、そうしたことはあまり考えず記事を作成し続けようと思います。

また一方で、こうした経験則・法則らしきものとは、その有効範囲があると云えますので、こうしたこともまた頭の片隅に留めておきます・・(笑)。

そして、これまで閲覧してくださっている皆様、今後ともどうぞよろしくお願いします。

さて、以前もブログ記事に記しましたが、ここ最近仕事にて主に都内・首都圏の歯科医院に行くことが多いです。

そこで院長である歯科医師の先生からお話しを伺うと不思議なことに、その内容に関して共通していると思われることが多いのです・・。

こうしたことは一体何故生じるのか、その理由とはわかりません。あるいは私が先生方にそうした共通性を引出す何かしらの因子を持っているのであろうか・・?とも考えてみましたが、おそらくそれは自意識過剰であると思われます・・(苦笑)。

また、それと同時にこうした共通性を認識しますと、私はどうも北杜夫著の長編小説「楡家のひとびと」あるいはその構想のもととなったトーマス・マン著の同じく長編小説「ブッテンブローグ家の人々」といった著作を連想します・・。(後者は未だ読んでいないが・・)。

おそらく、こうしたお話しを首都圏のみならず、各地方の歯科医院にて数十件程度伺い、その記録を採り、それらを適宜合成、調整し物語と為すことにより、日本の(近代)歯科医療の歴史といったものを集約・抽象化した物語を作ることが出来るのではないかと思われました・・(こうした手法とは、あとになり考えてみますと、我が国に古くからあるのではないかと思われました。(例:ヤマトタケル))。

無論、現在の私にはその任が重すぎるとは思いますが・・・(苦笑)。

とはいえ、そうした考えが不図頭をよぎる程に、これらの伺ったお話しは含蓄および自然な歴史感覚に富むものであると私は考えます・・。

しかしながら、考えてみますと、おそらく、こうしたことは何もさきに挙げた歯科医療職種に限定されるものでもなく、たとえば、村上兵衛著の「桜と剣」あるいは比留間弘著の一連の著作などからは、近代日本陸軍(帝国陸軍)に対する現在の一般的な認識とはまた異なった認識、評価が得られるのではないかとも思われます・・。

また一方において、丸山眞男、会田雄次、山本七平、大西巨人、大岡昇平、司馬遼太郎等の近代日本陸軍(帝国陸軍)に対する視点も極めて重要であるとは思いますが・・。

そして、現代の我が国において歴史認識、歴史感覚(あるいは単に偏狭な国粋主義かもしれない)を高揚させることを意図したとも見ることができる様々な著作、映画、ドラマにおいて決定的に欠けているのは、高揚(あるいは煽情的)とは縁がない・目的としない、その時代、その職業における「日常性を活写した要素」「生きた歴史認識、感覚」といったものではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の今後出来るだけ早期の復旧と、その後の復興を祈念しております。」

2016年10月1日土曜日

20160930 親戚の師匠のことについて・・

本日は仕事にて近く(信濃町~千駄ヶ谷)を通ったことから、昨年初夏に亡くなった親戚(叔父)の位牌にあいさつをしてきました。

昨年夏前に帰郷し、当時、病床にあった叔父と様々な話をさせて頂いた記憶は多分、忘れないでしょう。

思い返してみますと、私の文系学問に対する興味のごく初期での動機付け、知的好奇心駆動の原動力は、主に、この叔父による影響・感化であったのではないかと思われます・・。

他の兄弟もまた、古今東西の歴史・文化に対する興味は少なからず持っていましたが、私のようにはなりませんでした・・(そちらの方が良かったのかもしれませんが(苦笑))。

かえって私も後に兄弟達が進んだ医療系の学問分野(基礎)での研究活動を行うことになりましたが、その分野に入ることはありません(できません?)でした・・。

この時のことは現在考えてみても、思うところがありますが、とりあえず学位取得にまでは至ることができました・・。この時お世話になった皆様、どうもありがとうございます。

そして、学位記を当時まだ元気であった叔父のもとに持参すると、修士号取得時よりも、かなり喜んでおられました。その後、さらに学位記を持参し祖父母・兄の墓、千葉県市原市にある、かつて(明治~大正期)小学校の校長、そしてそれ以前は沼津、菊間藩士であった御先祖の石碑まで報告に行きました・・。

こうした行動から、おそらく、その当時もD2病のままであったのと思われます・・(苦笑)。

またそれに加え、生前の叔父の多くのハナシあるいはその眼差しから、どうも、こうした考えを惹起させる「何か」(酔わすもの・・?)があったのではないかと思われます・・。

そしてそれが、ある種の文系学問のエッセンス(先に投稿したブログ記事における歴史感覚)のようなものであったのかもしれません・・。

さて、さきにも書きました石碑ですが、以前在住していた鹿児島市内においても、こうした地元出身の歴史的偉人の顕彰碑、石碑などが多く見受けられました(特に市内加治屋町)。

それらの顕彰碑、石碑などの配置から、明治10年(1877)の西南戦争において、西郷軍側として戦い亡くなった方々と、敵対する官軍側として戦い、その後、政府中枢の顕職に就いた方々の多くがごくごく近くに生まれ育ってきたことが理解できます・・。

このような地域とは我が国においては少ないのではないでしょうか・・?

そして、牽強付会であるかもしれませんが、そうした背景を持つ地域に住んでいたことから、帰郷後の私はそのような行動をとったのではないかと思われます・・(笑)。

以上のことから、私の背景には、歯科医療系の要素がいくらか存在するのであろうとは思いますが、同時に、それ以上に文系学問の要素が存在するのではないかと思います・・。

それ故、手前味噌ながら考えてみますと、私とは、どちらの分野(歯科、文系)においても中途半端であると評されるかもしれませんが、一方、これは丁度良い適度の発露の配分(歯科・文系)を持っているとも考えることが出来るのではないでしょうか・・(笑)?

そして願わくは、今後あともう一つぐらいの学問分野において、そうした発露が出来る程度にがんばってみたいと考えておりますが、さて、どうなるでしょうか・・(笑)?

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ速やかな復旧そしてその後の復興を祈念しております。