2023年2月9日木曜日

20230208 株式会社岩波書店刊 カレル・チャペック著 栗栖 継訳「山椒魚戦争」 pp.265‐266より抜粋

株式会社岩波書店刊 カレル・チャペック著 栗栖 継訳「山椒魚戦争」
pp.265‐266より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003277414
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003277416

山椒魚学校が国有化されたことによって、事態は簡単になった。どの国でも、山椒魚は、その国の言葉で教育されたからである。山椒魚は外国語を、比較的熱心に学ぶのだが、彼らの言語能力には、奇妙な欠陥があった。それは一つには、発声器官の構造によるものであり、一つには、どぢらかというと、心理的な原因によるものだった。たとえば、彼らは多音節から成る長い単語を発音するのが困難で、一音節にちぢめようとし、短く、すこしばかり蛙の鳴くような声で発音した。rと発音するところをlと発音し、歯擦音の場合は、心持ち舌たらずだった。文法上必要な語尾を落としたし、「私」と「われわれ」の区別が、どうしても覚えられなかった。彼らには、ある単語が女性であるか、男性であるかは、どうでもいいことだった(交尾期をのぞいて、性的に淡白であることが、こういうところに現れているのかもしれない)。

 彼らの口にかかると、どの言語も性格が変わり、この上なく単純で基礎的な形に合理化された。彼らの新語、発音、それから文法的単純さは、港に働く下層の人間たちばかりでなく、いわゆる上流階級のあいだに浸透したが、こういう表現方法は新聞にまで現れるようになって、やがて一般化した。人間のあいだでも大幅は文法上の性が焼失し、語尾が脱落し、格変化がなくなった。教育を受けた青年たちまでrを発音せず、舌たらずの歯擦音を出すようになった。教養のある人びとでも、インデテルミニスムス(非決定論)あるいはトランスセンデントノ〔英語ではトランセンデンスで、先験的世界〕の意味を説明できるものは、ほとんどいなくなったが、それは、これらの単語が、人間たちにとっても、長すぎて発音しにくくなったからにすぎない。

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