2020年10月10日土曜日

20201010 「羊をめぐる冒険」を読んでいて思ったこと・・

 先日から読み進めています村上春樹著「羊をめぐる冒険」は上巻の110頁過ぎまで至りました。その描かれている世界観は前二作と比べ、著者に経済的余裕が出て来たのか、フランス料理や外国人夫人の経営する高級売春クラブなどが出てきて、自身としては多少読み進めるのに困難さを覚えてしまいます・・。

フランス料理店はさておき、高級売春クラブの描写は、これまで読んだ小説内になかったことから、単純に「まあ、そんな世界もあるのか・・。」といった感じに落ち着かず、何かしら、それを描く著者に対する否定したいと思う敵意のようなものが生じてきます・・(苦笑)。

しかし、それもあくまでも作中での描写であることから、ともかく読み進めていますが、その中で不図、引っ掛り、興味を惹く描写もありました。

それは登場人物の「耳専門のモデルを一つの生業としている女性」のについてであり、主人公の男性は、この「耳」を持つ女性に魅せられるのですが、そこで私が想起したのは、畑違いではありますが谷川健一著「青銅の神の足跡」という我が国古代の鋳物師集団について扱った著作です。その中に筑紫(九州)に降臨した皇祖および、初期の筑紫に縁のある頃の天皇諡号および皇族の名前に「耳」および「み」という音が入るものが多いことが記されており、また、九州南部の人々において特徴的な「大きな耳」また、同地域(大隅半島側の錦江町)にて出土した岩偶(軽石を加工して人型にした偶像)には、耳の描写が強調され、さらに、その耳たぶには穴があけられ、飾りなどを着けられるようになっていたことが記されていました。さらに、魏志倭人伝に、当時(3世紀)の倭人の文化・習俗などが儋耳朱崖(たんじしゅがい:現在の海南島)に似ていると記していますが、この「儋耳」とは、肩に届くほどの大きな耳環をさげていることから、耳を肩に担っているように見える様子(「担う」の古い表現が「儋」)に由来する地名(そういう習俗を持つ人々が住んでいる土地という意味)ですが、こうした古代の東アジア南方にあった耳にまつわる、あるいはこだわる文化が命脈を保ち、そして、この物語の描写に現れ出たのではないかと思われました。

さて、ここまで書いたことで衒学的な手法にて当該小説をやり込めようとしているのではないかと疑われるところですが、それはここに予め書いているだけに違います。むしろ、私は作中にある主人公の「耳に魅かれる」という描写について、耳については経験がありませんが、他の顔の部位については、実際にそうした経験を南九州にてしてしまったという自覚、もしくは記憶を有していることから、この部分はまさしく感覚的に共感できるものがあるのです。そしてまた、その共感に基づいて読み進めて行くと、物語の進行も何故だか自然と自身の中に入ってくるのです。その意味において、やはり村上春樹氏の小説には、どうも不思議な魅力があるようにも思われてきます・・。

あるいは、氏の小説全般、もしくは当小説に限っては、作中に描かれている、さまざまな欧米由来の文化的事物のアイコンを取り除いたその奥に、原初日本的な何らかの感性が隠されているのではないかとすら思われてきます・・。

そういえば、私の友人の一人(和歌山県のご出身)は、この作品(「羊をめぐる冒険」)が好きであると話されていましたが、その彼は何度かの和歌山県と北海道との往復的な在住期間を経て、現在、当初、決して好きではなかったという北海道に腰を据えて住んでいます・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!





ISBN978-4-263-46420-5

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