2016年2月14日日曜日

20160214  昨今の社会における不祥事について

A「最近はどうも閣僚、国会議員の不祥事による辞任、かつての野球スター選手の逮捕など、どうも社会全体が慌しいですね・・。
そして、これらの事件は何故この時期に集中しているのでしょうか?」


B「・・さあ、それは何故かわかりません。
しかし、それらを扱った報道、情報番組での取り扱いを動画サイトで見ますと、出演されている方々にあまり変わった意見もなく、また、おためごかし的、あるいは「騙された!」といった発言が多く見られ、あまり良い気分はしませんでした・・。」


A「ああ、それは私も同感ですね、しかしテレビといった芸能業界とは昔からそのような不祥事がつきものですから、彼等がどんなに声高にそういった主張をしてみても、どうも観ている一般の我々からすると空々しく観えてしまうのではないでしょうかね?
それよりも私は一連の事件について見聞きしますと「魏志倭人伝」に記されている「持衰」あるいはフレーザーの「金枝篇」における「殺される王」の記述を想起してしまいますね・・(苦笑)
そしてそういった一連のマツリを催しているのがテレビなどのマスメディアなのでしょうが、現今のネット社会の進化、発展により相対的に彼等(マスメディア)は自らの影響力の衰えを感じ、それでこうした一連のマツリ、事件を催しているようにも見えるのですが。」


B「・・はあ、それはかなり穿った見方ですが、たしかに一理あるかもしれませんね。
果たして彼等は何をもってそれらの事件を大ニュース(であるかのよう)に仕立てるのでしょうか?
また、現今のテレビをはじめとするマスメディアがインターネット上の様々なコンテンツにより圧迫を受け、その反応として一連の事件が大々的に取上げられるというのは、読者、視聴者が、より強い刺激を求めているという彼等側の架空の命題に応じる姿勢によるものではないかとも考えさせられますね・・。」


A「ええ、以前の彼等以外の情報発信媒体が存在しない時代においては、彼等はまさに「向かうところ敵なし」の状態であったのでしょうが、現在は海外メディアのサイト、あるいは国内メディアとは異なるものの、たしかな情報源となり得るような存在が独自で広く情報を発信することが出来る仕組みが存在しますからね・・。
そういった意味において現在の国内メディアとはある意味ジリ貧の状態なのではないでしょうか?
加えてテレビの報道、情報番組に出演されている多くの芸能人の方々の発言を聞いていても、インターネットなどで情報を得ている我々一般の人間とあまり変わりないような感じを強く受けますので、こうしたことからも、やはり何といいますか現在のテレビ業界をはじめとするマスメディア全般とは困難な状態に置かれているのかもしれません・・。」


B「はあ、なるほど・・そして今のお話を聞いて不図思ったのですが、現在のテレビ番組に出演されている方々は、その番組が動画サイトにて保存され全世界から視聴される可能性があることから、あまり変わった意見などを云えず、ありきたりな反応しか出来なくなってしまったのかもしれませんね・・。
そうすると、たしかにテレビ番組とは動画サイトといったインターネット上のコンテンツに押されているということになりますね・・。
また、そのような状態に立たされたテレビ等のマスメディアに係る方々は、自らの立場を有利にするために一体どのようなことをするのでしょうか・・?」


A「そうですね・・視聴者があまり疑問を感じないような状態になるように仕向けるか、あるいはインターネット上の様々なコンテンツとの共存をはかるのではないでしょうか?
しかし、これらコンテンツの中には国内マスメディアでは手に負えないような国際的な組織もありますから、それはそれで大きな負の側面もまたあるのではないでしょうか?」


B「なるほど、昨今の時代的潮流である国際化の影響により、国内のマスメディアも窮地に立たされつつあるというわけですか・・。
そうしますと、こうしたことは我々からは随分縁遠いハナシであると思っていましたが、案外そうでもないようですね・・。」


A「ええ、なかなか難しい時代になりつつあるのではないかと思います・・。
そして、そこで重要になるのが、情報リテラシーではないかと思うのです。
無論こうしたことは一朝一夕に身につけることは難しいと思います。
また私も仕事柄色々と考えることはありますが、それでも「自分は情報リテラシーを持っている!」と胸を張って主張することはできません(苦笑)
ですから、やはり歴史などの人文社会科学的な教養といったものを能動的に持続して学び続けるような態度が必要になるのではないでしょうか?」


B「まあ、多少Aさんの御専門の我田引水気味の主張のようにも聞こえますが、それでも仰ることには同意できます。
しかし、現在書店などに行きますと、ハウツー本のコーナーに「教養」「歴史」と表題した書籍が並んでいる状態は「どうも違うのでは?」と思うのです。
そして現在のいわゆる勉強ブームとは、これまでと同様、一過性の「様々な意匠」に過ぎないのではないかとも思いますが・・。」


A「ええ、たしかにそうであるかもしれません・・。
しかし、こうしたことはたとえ無意味である可能性が高いからといって、やらないよりかは、やった方が良いと思いますので、それでも良いのではないかと私は思っています。
ただ、それと同時に、上からの柔らかな圧力、世間体、空気などから生じる、いわゆる「優等生病」とは、近代以降の我が国を滅ぼしてきた一つの大きな原因であるとも思いますので、何とも難しいところですね(苦笑)
その意味において140年、139年前の「神風連の乱」、「西南戦争」に立ち上がった方々とは、現在の我々に比べて、少なくとも自身の信条に対しては忠実であったのではないかと思うことがあります・・。
そして彼等が政府軍の前に敗れたということは、日本近代の精神史にとって、どのような影響があったのであろうかとは、この時期になると不図考えてしまいますね・・。」

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