ともあれ、今回は上述のような独白形式にて記事作成を進めてきましたが、こうして作成する文章には、ある種の相・層のようなものにあるようで、たとえば、昨今であれば、日中の移動中にて考えていたことは、そのまま文章化して、当ブログの記事となることはありません。以前であれば、ブログのネタ帳のようなものを持ち歩いており、何か(自分なりに)面白いことが思い浮かぶと、それを書き付けて、それを後に見直してから、夜半に、当ブログの記事作成を行ってきましたが、それは当初から約2年間ほど続いて、そこから後は基本的にネタ帳などを見ないで記事作成を行うようになりましたが、あるいは、さきに述べた文章の相・層に速やかに至るためには、このネタ帳のようなものは有益であったのではないかと、考えることが度々あり、これは、今後のさらなる効率的な記事作成のためにも、あらためて検討してみようと思います。
といった様子で、当ブログのことを考えている相・層もあり、それを意識化しますと、上記のような文章になりますが、それと同時に、他の相・層にあると云える、さきに挙げた、現在読み進めている我が国の古代史に関しての著作は、その題名から、当初、主に古墳時代を扱った書籍であると思われたのですが、実際読み進めてみますと、その前段階と云える主に弥生時代に列島内に広がった水稲耕作社会についての記述部分が思いのほかに長く、120頁を過ぎた今なお、その部分を読み進めています・・。しかし、面白いもので、こうした記述を読んでいますと、また徐々に、以前に知っていた、その分野での知識が、記憶のなかで生気を持ち始め、そして、読み進めている文章の記述と、思い出された当該分野での知見による、すり合わせ、検証のようなことが為され、加上され、新たに編集された知見となったり、あるいは初めて読む知見であることから、とりあえず保留して、憶えておくようにしますが、しかし、こちらの記述を読んでいて面白いと思ったことは、ある遺跡名などが出てきますと、それが以前に読んだ著作に記されていて既知である場合は、自然、その遺跡の概要、特徴が思い出されるのですが、その想起された概要や特徴は、概ね合致しているか、あるいは間違っていないのです・・。
しかし、そうした遺跡に関しての情報は、常時意識にあるわけではありません。しかし同時にそれ等情報は、私の記憶の中にあったと云えるのです・・。
そして、そうした書籍を読み進めて出て来たコトバから、それに対応する以前に知った情報を記憶の中から検索して意識上にあげるという行為を継続して行きますと、その行為を通じた中で、ある種のパターン認識のようなものがあるのではないかとも思われてくるのですが、こうしたことに関しては、何かしら手技を伴う実験とも似た要素があるのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか?
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
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