2022年3月26日土曜日

20220325【架空の話】・其の89 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑨】

14時半過ぎに院長室を後にした我々は、まず、同じフロアにある技工室に案内された。技工室は概ね20畳ほどの広さがあり、部屋中央には技工机6つが置かれ、歯科技工士スタッフが4人、それぞれの机にて何らかの技工作業を行っていた。また、空いている2つの机の一つは空いているとのことで、もう一つの方はスタッフが休日とのことであった。

また、技工室では、これまでに実物を見たことがなかった新型のPCに接続する切削加工機器や、医療機器としての認可を受けた3-Dプリンターなどが設置され、それらの用途概要についてはCH院長から説明を受け、また、詳細な説明については技工士長にして頂いた。

また、ここで驚かされたのは技工士長が比較的若い女性であったことであり、一連の説明を受けた後にE先生が、技工士長に対して、こちらの医院に勤務するまでの経緯を訊ねると
以下のような返答であった。

「はい、私はTMD大学の口腔保健工学科の学部を出て、さらにマスター(修士課程)に進み、そして歯科系企業であるY社に入社しまして、主に納入機器のメンテナンスや、技術営業などといった業務に従事していましたが、入社2年目に、納入機器のちょっとした不具合のメンテナンスのため、こちらの医院に訪れることになったのですが、その際、事前に上司の更に上司である取締役に呼ばれ「あそこの医院は、先端的な取組みも色々と試みているし、また、我が社の新規開発途中の機器についての臨床的アドバイスも色々と頂いていることから、出来れば熱心に取組んで欲しい。それと、現場で何か問題が起きたら、すぐに私の携帯電話まで連絡をください。」とのことで、そこから、会社上層部とも繋がりのある医院さまであることは分かりましたが、実際に訪問してみますと、置いてあるさまざまな設備には驚かされました。さらに口腔保健学科に在籍していた同期が歯科衛生士として、こちらで勤務していることが分かり、久しぶりに会って話しをしたところ「ここの医院では、色々と先端的な取組みが出来て、研究や学会発表などの活動に対しての理解もあり、支援もしてくれるとのことでこちらに決めた。」とのことであり、その後もメンテナンスや機器の操作説明のために、こちらを訪問させて頂いていたある時、先ほどの同期の歯科衛生士から「最近、ウチの歯科技工士さんが何人か定年退職されたのだけれども、まだ補充が見つからずに、院長は「この機会に歯科用CAD/CAMシステムやミリング・マシンを導入し、さらに、そうした一連の機器について、ある程度詳しい、若手の歯科技工士さんに来てほしい。」と云っていたから、もし、あなたが応募して採用されたら、すぐに技工士長になれるかもしれないわよ。」とのことで、それで、先のことを色々と考えまして、こちらに勤務させて頂くことにしたのですが、入職後に分かったことですが、この時、同期の歯科衛生士は、CH院長から「Y社からメンテナンスで時々こちらに来られる、あの歯科技工士さん、知り合いだったら勧誘して頂きたいのですが・・。」と頼まれていたということでした・・。」とのことで、こうしたことも、何やら「首都圏、東京ならでは」といった感じを受けたが、ともあれ、この技工士長HDさんによる機器についての説明や、そのほかのハナシはもう少し続き、時刻は15:32となっていた。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

順天堂大学保健医療学部


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ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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2022年3月25日金曜日

20220324 岩波書店刊 岩波現代文庫 ウンベルト・エーコ 著 和田忠彦 訳「永遠のファシズム」pp.10-13より抜粋

岩波書店刊 岩波現代文庫ウンベルト・エーコ 著 和田忠彦 訳「永遠のファシズム」pp.10-13より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4006003889
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4006003883

過去数世紀において、戦争の目的とはなんだったのか?戦争は敵を打ちのめすために行われてきた。それは敵の敗北から利益を引き出し、こちらのー特定の結果を得るために特定の方法で行動するというー意図を、敵の意図を実現不可能にするような方法で戦術的・戦略的に実現するために行われてきた。その目的のためには、配置可能な兵力すべてを戦場に送ることができるようにしなければならなかった。最後には、こちらと敵のあいだで戦闘が行われた。他者の中立、つまりわが方の戦争が戦争が第三者に迷惑をかけない(しかもある程度かれらが利益を得ることができる)という事実は、こちらが自由に作戦を遂行するために必要なことだった。クラウゼヴィッツの「絶対戦争」でさえ、この制約からは逃れられなかった。

 「世界戦争」という概念が生まれたのは、ようやく今世紀のことである。それはポリネシアの諸部族のような、歴史のない社会をも巻き込むような戦争を指すものだった。原子力、テレビ、航空輸送の発明によって、そして多様な形態をもつ多国籍資本主義の誕生によって、戦争の不可能性をしめす条件がいくつか証明されることになったのである。

1 核兵器は、核による抗争に勝者は存在せず、あるとすれば地球という敗者だけであると万人に納得させるものだった。しかし、まず原子力戦争がエコロジーに反するものであると気づけば、ついで、あらゆる反エコロジカルな戦争は原子爆弾によるものと同じであり、結局いまやどんな戦争も反エコロジカル以外の何ものでもないと納得がいくはずだ。原子爆弾を投下する(あるいは海を汚染する)者は、中立の人びとにだけでなく、地球全体に宣戦布告することになる。

2 戦争はもはや敵対するふたつの戦線のあいだで起こるものではない。アメリカのジャーナリストたちのバグダッドでのスキャンダルは、規模の大きさからいえば、反イラク同盟諸国に生きる何百万というイラク・シンパのイスラム人のスキャンダルに等しい。かつての戦争では、潜在する敵対勢力は拘禁(あるいは抹殺)されたし、敵地にあって敵の利を説いた同胞は、戦後、絞首刑に処せられたものだ。しかし戦争はもはや、多国籍資本主義の本質そのものによって、正面衝突にはなりえない。イラクが複数の西欧企業によって武装したことは偶然ではない。これは成熟した資本主義の論理に適ったものであり、個々の国家による統制を免れるものだった。アメリカ政府は、テレビ取材班が敵の思惑に乗せられていると判っても、相も変わらず、共産主義シンパの頭でっかちの陰謀によるものだと信じていた。対照的にテレビ取材班のほうは、「新聞だ、おやじ、あんたには止められないさ」と言いつつ、裏切り者のギャングに輪転機の音を電話ごしに聞かせるハンフリー・ボガートよろしくヒーローを気取っていた。しかし情報産業の理論において、情報は商品であり、しかも劇的であるに越したことはない。メディアは戦争に笛を吹くことを拒絶したわけではない。メディアは単に、回転軸にまえもって転写されていた音楽を演奏している自動ピアノにすぎない。こうしていまや、補給路にはどんな敵が待ち構えていても不思議ではないという、あのクラウゼヴィッツでさえ受け入れられなかったであろう事態が戦争に生じている。

3 メディアが言論を抑圧されるときでも、さまざまな新しい通信技術が阻むことができない情報の流通を可能にするーそれは独裁者にも阻止できないものだ。このために活用される最小限の技術的基礎設備は、その独裁者にしても手放せないものだからだ。こうした情報流通は、伝統的な戦争においても諜報活動が果たしてきた機能を担っている。つまり奇襲攻撃をことごとく無効にする点においてであるーおよそ敵に奇襲をかけられない戦争などありえないはずだ。およそ戦争は敵に対して知恵をはたらかせるように仕向けるものだ。しかし情報はそれ以上のはたらきをする。絶えず敵に語りかけ(あらゆる軍事政権の目的は敵側のプロパガンダを阻止することにあるのだから)、自国政府に関して個別的に市民を意気阻喪させる(一方クラウゼヴィッツは、勝利の条件は全軍人の道徳的結果であると説いた)のである。過去の戦争はすべて、市民たちが戦争を正しいと信じ、敵を倒すことを願ってやまないという原理にものづくものだった。ところがいまでは、情報は市民の信頼をゆるがすだけでなく、敵の死よりもまず自分たちの心を痛ませるものとなっているーそれはもはや遠くのぶんやりした出来事ではなく、目に見える堪えがたい出来事なのだ。

2022年3月24日木曜日

20220323 中央公論新社刊 中公クラシックス 宮崎市定著「アジア史論」pp.353-355より抜粋

中央公論新社刊 中公クラシックス 宮崎市定著「アジア史論」pp.353-355より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121600274
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121600271

世界地図は西洋人の探検の進捗にしたがって次第次第に海岸線が正確に詳細に描かれるようになるが、世界中で最も製図の遅れた部分は大洋州と、それから北海道・カラフトの一角とである。日本の領土の辺陬が世界で一番知られない所であったという事実はそもそも何を物語るであろうか。それは取りも直さず、日本が世界の端になったのである。もう一つ言いかえると、世界文化の大きな動きの中で、日本はもう一度、世界のターミナルになったのである。事実、近世の日本は、まだ十分近世化していないで、多分に中世的な性質を残しているところへ、中国の近世と西洋の近世とが折り重なって流れこんだのである。むしろ、二つの外来の近世に影響されて、日本の近世は近世たり得た、と言ってもよい。

 ところで、この近世日本のターミナル文化と比較してみたときに、どんな相違がその間に見出されるだろうか。古代日本のターミナル文化は後世に素晴らしい傑作を残している。法隆寺や新薬師寺、東大寺の建築、仏像はいうも更なり、正倉院の御物、宮中伝来の雅楽など、燦然たる大陸文化の光輝を伝えている。もっともこれを古代というのは日本の立場からで、大陸からいえばせいぜい中世文化にすぎぬが、それにもせよ、大陸では既に滅亡して跡形ないものが日本にはほとんどそのままの鮮やかさをもって伝来し、時にはそのままの生命のいぶきさえ感じ取られることは実に驚くべき事実である。

 ところが近世の日本には、その雛型となった中国の近世も、西洋の近世も、別に誇るに足る傑作を残しておらぬのである。それは単に滅び去ったためばかりではない。たとい京都に南蛮寺が残っていたとしても、それはヨーロッパの田舎町の教会堂に比べることさえできぬ代物であったであろう。これはやはり受入れ当事者の地位によることである、古代日本においては大陸文化の受容者は主権者、貴族を中心としたグループであったので、権力と財力とを背景として、大陸の上流文化を根こそぎ移し植えたのである。その上に当時の中国は貴族時代で、文化も分散的であったため、あまりに容積の大規模なものは流行らない。長安の貴族の生活も、揚州の貴族の生活も、杭州の貴族の生活も、程度において大した変りがなかった。同様に日本の貴族の生活も中国のそれとあまり大きな逕庭はなかったのである。だから仮に法隆寺をそのまま、唐の長安へ持って行っても、決して最高級ではなかったであろうが、またさして見劣りもしなかったであろうと思われる。光明皇后の使った鏡は、楊貴妃の使った鏡とほとんど同じものである。

 ところが近世日本の権力者は、外国文化を輸入するよりも、流入を阻止するに努力した。これでは傑作のできるはずがない。日本の大名たちは化物の出そうな天守閣を背景にこしらえて、その下にただ在来の建築を大きく引き伸ばしたに過ぎない邸宅に住んで満足していた。明・清の北京宮殿を真似しようともせず、ベルサイユ宮殿を模倣しようとも考えなかった。甚だドライな野人だったのである。ただ幕府や諸大名の力で建立された黄檗山万福寺が、中国の近世を移植した唯一の例とでも言えようか。但しこれも大した上等品ではない。


2022年3月22日火曜日

20220321【架空の話】・其の88 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑧】

E先生と私は席から立ってCH院長を待っていると、すぐにドアが開いて、白衣を着た人物が二人入ってきた。一人目の人物がおそらく院長であると思われるが、その身長はあまり高くはなく、おそらく170㎝ほどであり、また体格については身長に比べ肩幅が広く、頭髪は若干額が後退気味ではあったものの、白髪は少なく、おそらく年齢は40代後半であるように思われた。そして、その人物が我々に「ええと、D先生からのご紹介の先生方ですよね。」と、ハリのある元気な声で訊ねてこられた。そこでE先生は「はい、こちらがD先生からの紹介状となります。」と返答されて、背広の内ポケットから、さきに預かった名刺を取り出し、D先生が記した面を上にしてCH院長に手渡した。

それを受け取ると院長は両面をきちんと確認してから、あらためて「・・了解しました。それで、こちらがK医療専門職大学のE先生で、そして、もう一方がK大大学院の**さんですね。」と訊ねられた。E先生と私はほぼ同時にハモりつつ「はい、そうです。」と返答し、続いてE先生が「本日はご多忙のところお時間を設けて頂き、どうもありがとうございます。それで、こちらはつまらないものではありますが、先生をはじめ医院の皆さまで召し上がってください。」と云い、私はそれを察して「かるかん」が入った蒸*屋の紙袋を二つとも静かに差し出すと、E先生は阿吽の呼吸のように、二つとも受け取り、そしてCH院長に渡しつつ「こちらはK名物の「かるかん」というお菓子です。二つありますので、よろしければ皆さまで召し上がって頂ければと思います。」と述べられた。すると院長は、受け取られた二つの紙袋を、丁寧に受け取ってから、もう一人の白衣の人物に渡しつつ「おお!「かるかん」は私もよく知っていますよ。Kの美味しいお菓子と云えば、これは外せませんからね。どうもありがとう!それと、この人はKの北隣の熊本県の出身でね、と白衣の人物の肩を片手で叩いて云った。すると、この「かるかん」の袋を受け取った人物は、我々にお辞儀をしてから「私はTOと申しまして、今年から、こちらの医院にて臨床研修医として勤務しています。本日は九州の大学からお客様がお見えになるということでCH院長から呼ばれました。院長は診療や所用にて中座されることもあるかもしれませんので、その際には、どうぞ私にお問合せ頂ければと思います。」とのことであった。するとE先生は早速「ははあ、TO先生ですか、どうぞよろしくお願いします。それでTO先生は熊本のどちらの御出身ですか?」と訊ねると「はい、市内のK大学K髪キャンパスの近くになります。」との返事であった。するとE先生は「・・ああ、あのあたりですが、じゃあ都会っ子ですね。それで、何故、こちらで臨床研修医をされているのですが?」と続いて訊ねると「ええ、大学が飯田橋のN歯科大学でして、実家の熊本でも大学病院以外のすぐれた臨床研修施設があったのですが、このまま実家の方に戻って臨床研修医になってしまうのは、どうも面白くないように思いまして、また、歯科医療においても訪問診療がこれからさらに重要になってくると思い、一般の外来診療と共に訪問診療にも注力している臨床研修施設をさがしましたところ、こちらの医院のことを知り、そうした経緯があって現在、臨床研修医として勤務しております。」とのことであった。

CH先生は、そこから「ええ、当医院では、かねてより訪問歯科診療にも力を入れていまして、まあ、これは私の専門でもある歯科補綴学分野とも直接つながるところですから・・。それに当院では今年度から私の指導教員であったKA先生に顧問として勤務して頂いていますので、**歯科医学会界隈での先生方には最近、本当に少しだけ知名度が上がったようにも感じられますね・・。」とハナシを繋がれたが、こうしたある意味、一介の民間医療機関に、さまざまな方々が引き寄せられている現象の背景にあるものの方に私は興味を抱いたが、E先生の方はCH院長やTO先生に「ああ、こちらのお隣のデスクにKA先生が居られるのですね。」といった雑談をされていた。

また、その雑談からこちらの医院には、さまざなな地方出身の若手歯科医師、歯科衛生士(Cさんの様に)そして歯科技工士が勤務されているとのことであり、とりあえずは医院内全般の見学をということになり、我々は持参の荷物を置き、ノートと筆記用具とスマートフォンだけを持ち、CH先生を先頭にして14:33に院長室を後にした。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
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2022年3月20日日曜日

20220320 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳 「ホモ・デウス」上巻 pp.181-183より抜粋

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳 「ホモ・デウス」上巻 pp.181-183より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309227368
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309227368

人々が信じなくなった途端に消滅してしまいかねないのは、貨幣の価値だけではない。同じことが法律や神、さらには一帝国全体にも起りうる。それらは、今、せっせと世界の行方を決めていたかと思えば、次の瞬間にはもはや存在しなくなったりする。ゼウスとヘラはかつて地中海沿岸では絶大な力を誇っていたが、今日では何の権威も持たない。誰も両者を信じていないからだ。ソ連はかつて全人類を滅亡させられるほど強力だったが、いくつかの署名によってその存在に終止符を打たれた。1991年12月8日午後2時、ヴィスクリ近くの国有の別荘で、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの指導者がベロヴェーシ合意に署名した。その合意には、「我々、ベラルーシ共和国、ロシア連邦、ウクライナは、1922年に連邦結成条約に署名したソヴィエト社会主義共和国連邦の設立国家として、国際法の対象と地政学的現実としてのソヴィエト社会主義共和国連邦がその存在を終えることを、ここに確定する」とあった。それでお仕舞いだった。ソ連はもはや存在しなくなった。

 貨幣が共同主観的現実であることを受け容れるのは比較的易しい。たいていの人は、古代ギリシャの神々や邪悪な帝国や異国の文化の価値観が想像の中にしかないことも喜んで認める。ところが、自分たちの神や自分たちの価値観がただの虚構であることを受け容れたがらない。なぜなら、これらのものは、私たちの人生に意味を与えてくれるからだ。私たちは、自分の人生には何らかの客観的な意味があり、自分の犠牲が何か頭の中の物語以上のものにとって大切であると信じたがる。とはいえ、じつのところ、ほとんどの人の人生には、彼らが互いに語り合う物語のネットワークの中でしか意味がない。

 意味は、大勢の人が共通の物語のネットワークを織り上げたときに生み出される。教会で結婚式を挙げたり、ラマダーンに断食したり、選挙の日に投票したりといった、特定の行動は、なぜ有意義に思えるのか?それは、親もそれが有意義だと考えているし、兄弟や近所の人、近くの町の人々、さらには遠い異国の住人までそう考えているからだ。では、なぜこれらの人々はみな、それが有意義だと考えるのか?それは、彼らの友人や隣人たちも同じ見方をしているからだ。人々は絶えず互いの信念を強化しており、それが無限のループとなって果てしなく続く、互いに確認し合うごとに、意味のウェブは強固になり、他の誰もが信じていることを自分も信じる以外、ほとんど選択肢がなくなる。

 それでも、何十年、何百年もたつうちに、意味のウェブがほどけ、それに代わって新たなウェブが張られる。歴史を学ぶというのは、そうしたウェブが張られたりほどけたりする様子を眺め、ある時代の人々にとって人生で最も重要に見える事柄が、子孫にはまったく無意味になるのを理解することだ。

2022年3月18日金曜日

20220318【架空の話】・其の87 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑦】

E先生は、背筋を伸ばし、背広の襟を正してから「じゃあ、行きましょうか。たしか三階が医院オフィスでしたね・・。」と私に云いつつ、さきほどの親子連れが下りてきたェレベータ―の方へと行ってボタンを押した。私もE先生に続いて、すぐにやってきたエレベーターに乗った。エレベーター内には、おそらくは患者さん向けであろうと思われる勉強会のポスターが貼ってあり、その講師は、接触嚥下機能のリハビリテーション界隈では最近時折名前を聞き、また、補綴系専門雑誌での連載記事などによって知られるようになりつつある、いわば新進気鋭の先生であり、その所属は、さきほど、お茶の水駅に停車した電車内からE先生が示したTMD大学であったが、そのポスターにある勉強会の開催場所は地域の公民館となっていた。そこから、おそらく、地域の歯科医師会の先生方が発案、交渉して開催にまで至った案件であるように思われたが、それでも、そうした勉強会に、さきの新進気鋭の先生が(私からすれば)気軽に参加出来るような地域の環境は、やはり、Kとは若干異なるように感じられた・・。

ともあれ、エレベーターは我々が目指す医院オフィスの三階に着いて、E先生を先頭にして下りると、すぐに下足スペースとなっており、そこでスリッパに履き替えるようになっていた。また、その下足スペース以外には、オフィスなどによくある、毛足が短いタイプの暗色カーペットが敷かれていた。くわえて、エレベーターを下りてすぐ目に入る壁には当日の来客予定者が記されたボードがあり、そこにはK医療専門職大学口腔保健工学科助教 E先生、K大学大学院歯科生体材料学研究室**様と、我々の名前も書かれており、少し嬉しくなったが、E先生の方は、落ち着いた様子にて周囲を見回して、近くにいた事務スタッフと思しき方に「すいません、本日院長先生と14:00に面談のお約束を頂いておりますK医療専門職大学のEおよびK大院の**と申しますが、院長先生に来訪の旨をお伝え頂けますでしょうか?」と声を掛けたところ「あっ、承知しました・・。では、スリッパに履き替えて頂いて少々お待ちください。」との返事があり、一端すぐにオフィス・ルームへ戻り、そこから10秒もしないうちに再び出てきて「じゃあ、先生方どうぞこちらへ、現在、CH院長は診療中ですが、もうしばらくすれば空くとのことでしたので、どうぞ院長室で、お掛けになってお待ちください。」と、我々は院長室に通された。院長室とは云っても、当医院の敷地自体、そこまで広くはないことから、それはE先生がいるK医専大 口腔保健工学科の研究室と、どこか似たような感じを受けた。

その様子は、院長用ともう一つ、同じタイプの机が横二つに並んでおり、そして、その背後には本棚が三つ置かれて、それらには歯科医療分野をはじめとして、医療を主とした法律分野、そして組織運営・マネジメント分野での著作などが並べられていた。また、それら書籍の間には、認定証や記念品のようなものが、おそらくはバランスを考慮して、いくつか置かれていた。

こうした院長室の様子を眺めていたE先生は、手に提げていた鞄から、おもむろに持参してきたと思しき歯科学会誌を開き、しばらく頁を繰っていると「おお、そうか!ここの医院のことだったんだな・・。」と一人で納得された様子であったことから、その開いた頁を覗きこむと、そこには、昨日私が訪問した**歯科大学の教授であり、補綴系某歯科医学会の会長もされていたKA先生による寄稿文が載せられていたが、その名前の横に記載の所属が「**歯科大学**学講座主任教授」ではなく、単に「CH歯科医院」となっていたが、E先生は、この机の並んだ状態から、このことを類推されたのだと思われるが、そう、その片方の机の上には、学会長を務めた際の記念品や、その他国際学会などの際に受けられたと思しき賞状や飾り楯などが置かれ、その様子は、かなり凝縮した教授室といった趣と評しても良く、また、そうした、いわば学会での重鎮を迎え入れている当医院の院長が更に少し気になったものの、E先生の方は、早々に、我々にお茶を持って来てくださった、さきとは違う事務スタッフの方に「すいません、あちらに(机上や本棚の間に置かれた楯や記念品を指差し)にお名前があるKA先生ですが、こちらは**歯科大学のKA教授のことでしょうか?」と訊ねられていた。すると、スタッフはすぐに理解されたようで「はい、KA先生は今春に**歯科大学を定年退職されて、その後は当医院で週に四日間、本日は生憎お休みですが、医員兼顧問として勤務して頂いております。」との返事であった。その様子から、おそらく、この質問はこれまでに何度か受けられていたように思われるが、たしかに同業者であれば、これは少しは気になるところであるとは云えよう・・。

さて、E先生は、元来、こうした場ではあまり話さない方ではあるものの、さきのような背景事情を知り、またこれまでに見た医院内の様子を見た感じからか、私の方に向かって小さな声で「うーん何だか、ここの院長先生は面白そうな感じがしてきましたね・・。」と話されたが、その表情は全く変えずに、また視線も、全然関係のない方向を向いていた。

さきにも少し触れたがE先生は、どちらかというと直情径行で率直な方ではあるものの、こうした場面においては、このようなすっ呆けた態度も出来るのだなと少し驚いたが、E先生はそれには気付きも、構いもしない様子にて、出されていたお茶に手をのばした。そして私もそれに倣い、お茶を飲もうとすると、はじめにE先生が声を掛けたスタッフの方がこちらの方へ小走りでやってきて「今、CH院長が空きましたので、すぐ準備をして、こちらに参りますので、もう少々お待ちください。」と我々に伝えて、すぐに去って行った。

E先生は背筋を伸ばし、若干肩を張って「はい、分かりました!」と元気よく返事をして、我々はまた待つことにした。時刻は14:07であった。

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20220317 緊張を強いる状況に対しては・・

先月末、東欧にて勃発した戦争は今もなお続き、そして昨夜には、我が国の主に関東・東北地方において大規模な地震が発生し、くわえて、二年前より続いているコロナ禍の状況もあり、あるいは世界規模において、現在と云う時代に生きている人びとは、ある種の「緊張」を強いられているのではないかとも思われます。

この「緊張」とは、どうも楽天的になれる要素が見当たらず、他方でまた、改良すべき問題点などが明確に分かっていない、いわば、どうにもならない時によく生じるものと思われます。そしてまた、そうした状態において、党派的な競争心がぶつかり合うと、その社会において競争的退行が始まってしまうのではないかとも思われます。

つまり、現在、我々の周囲のいくつかの状況は、我々に緊張を強いるものではあると云えますが、その緊張によるストレスから、何らかの攻撃性を外に向け、そしてまた、そうした動きが社会全体にて広がりますと、その社会自体が、いずれ、良からぬ方向に行ってしまうのではないかと思われるのです・・。

それ故、この緊張を強いられる状況を、どのように理解、解釈すれば良いのかと考えてみますと、そこで一つ有効であると思われたことは、そうした状況の中にある、自分が何らかの興味・関心を持ち得る要素を見出し、それについて、自分なりに調べてみることにより、おそらく、さきの緊張をいくらか和らげる効果があるのではないかと思われました。

つまり、この緊張をもたらす原因に対して能動的にのぞむことが効果的であると思われるのですが、この「能動的にのぞむ」ということが、まさに人によって得手不得手があり、たとえば、運動がある程度得意であると自らで認識していなければ、それ(運動)に対して能動的にのぞむことは困難であるように、自らの状況を構成するものの検討から、それに基づいた経緯のより大きな物語の作成なども、そうしたことにある程度慣れている専門の方々に委ねる方が良いのでしょうが、しかし、そこで重要であると思われることは、そうした専門の方々の意見を、自分なりに理解、解釈することであると思われます。

それを換言しますと、専門家の見解を自らの価値基準と併せて自分のコトバで説明できることが大事であると思われるということですが、そうした自分のコトバも、まさに議論などを通じて、徐々に培っていくものだと思われますが、かねてよりのコロナ禍もあってか、そうした「場」自体もヴァーチャルなものとしようとすることは、今のところ、何か間違っているように思われるのですが、さて如何でしょうか?

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
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