2022年1月1日土曜日

20220101 2022の元旦を迎えて思ったこと・・

本日から2022年となりました。新年あけましておめでとうございます。
さて、今年は昨年から引続いて、コロナ禍の中での年明けとなりましたが、今年はさらに、収束に向けて世界規模にて事態が進展することを願っています。

他方、当ブログについてですが、さきほど確認したところ、昨年の元旦にて丁度、1450記事に到達していましたので、そこから1年後の本日での投稿記事数が1682となっていますので、この1年間で232記事投稿してきたことになり、これを異言しますと、この1年間は、5日のうち3日は新規にて記事投稿を続けてきたことになりますので、自身としては、まあ、許容範囲の進み具合であると云えます。

また、昨年年初の投稿記事は【架空の話】其の58であり、こちらに関しては現在、最新が「其の80」であるため、この1年間にて22記事の進展であり、これは、年末12月からの集中的な投稿がなかれば、あるいは、そのまま自然に打ち切りとなっていたように思われます・・。

それが、当ブログを読んで頂いていた方のご意見によって、またどうにか、書き継ぐことを始められたのは、私としても嬉しいところであり、現在に至っては、この続きは「其の100」までは書きたいと思っています。

しかしまた、他方で、これまでの雑記的なブログや、書籍からの抜粋も同様に続けたいと考えていますので、あるいは、より精確に云うならば、これら(雑記ブログ・書籍からの引用記事と【架空の話】)の何れかで、ブログ記事の作成を行えば良いと、比較的緩く自分に課していることから、そこまで深刻な痛痒を覚えることなく(どうにか)継続的なブログ記事の作成は為されていると云えるのかもしれません・・。

ともあれ、1000記事、1500記事をも越えた今現在、まだブログ記事の作成を止めようとしない私は、このまま1700記事そしてさらに2000記事まで続けることになるのでしょうか?
これは自分でも全く分からないところであり、とりあえず、直近の目標と云える1700記事までは続けたいと考えていますが、その後については、またしばらく休息期間を経た後、どのように考えるかによると云えます。次の1700記事に到達してからの休息は、これまでよりも少し長くしたいと考えてはいるのですが、また、さきの1600記事到達時のように、中途半端な休息期間にて復帰してまうのではないかといった自分自身に対する危惧もあります・・(苦笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


一般社団法人大学支援機構



~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。















2021年12月31日金曜日

20211231 筑摩書房刊 ちくま新書 坂井建雄著「医学全史」-西洋から東洋・日本まで

筑摩書房刊 ちくま新書 坂井建雄著「医学全史」-西洋から東洋・日本まで
pp.254-255より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4480073612
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480073617


人体が病原体の二度目の感染に対して強い抵抗力をもつこと、免疫が生じることはジェンナーの種痘や、パストゥールによるワクチンの有効性からも広く知られていた。そして病原体に対する免疫がどのような仕組みで生じるのか、注目されるようになった。

 ロシア出身のメチニコフはパリのパストゥール研究所で研究中に、免疫された動物に含まれる物質がマクロファージを活性化して病原微生物を食べるようになる食作用を発見し、「感染症の免疫」(1901年)を発表して免疫の食作用説を提唱した。ドイツのベーリングはマールブルク大学の衛生学教授を務め、血清中の抗体が毒素と特異的に結合して中和することを見出してジフテリアに対する血清療法を開発した。

 エールリヒはコッホの伝染病研究所を経てフランクフルト実験治療研究所所長になり、血清療法の研究を定量的に行った。抗体産生機構について、細胞表面の側鎖すなわち受容体があり、抗原がこれと結合することで多量の受容体が産生されて抗体になるという「側鎖説」を提唱した1908年にノーベル生理学医学賞を共同受賞した。それ以後、血清中の抗体が免疫の主役として注目されるようになった。

 さまざまな抗原に対して特異的な抗体がどのように産生されるかが、解決すべき問題として残されていた。メルボルン医学研究所のフランク・マクファーレン・バーネットはウィルス性疾患について研究を行い、1940年頃から抗体産生機構について文献的な調査と研究を行った。1949年には獲得免疫寛容を説明する理論を提唱し、これにより1960年にノーベル生理学医学賞を受賞した。

 さらに「クローン選択説」を発表し(1957年)、あらゆる抗原に対して特異的に反応する抗体を作るリンパ球が先天的に用意されていて、抗原が体内に侵入するとそのリンパ球のクローンが選択されて急激に増殖し、成熟して形質細胞となって抗体を大量を産生すると提唱した。さらに1959年には「獲得免疫のクローン選択説」を著している。彼が提唱した「クローン選択説」は現在でも基本的に正しいと認められている。

20211231 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」 pp.225-227より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」
pp.225-227より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309227880
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309227887

過去数十年間は、人間の歴史上最も平和な時代だった。暴力行為は、初期の農耕社会では人間の死因の最大15%、20世紀には5%を占めていたのに対して、今日では1パーセントにすぎない。とはいえ、2008年のグローバルな金融危機以降、国際情勢は急速に悪化しており、戦争挑発が再び流行し、軍事支出が急増している。1914年にオーストリア皇太子の暗殺がきっかけで第一次世界大戦が勃発したのとちょうど同じように、2018年にはシリア砂漠で何か事件が起こったり、朝鮮半島で誰かが無分別な行動を取ったりしてグローバルな争いが引き起こされはしないかと、素人も専門家も恐れている。

 世界の緊張の高まりと、ワシントンや平壌、その他数か所の指導者の性格を考えると、心配の種は間違いなくある。とはいえ、2018年と1914年の間には、重要な違いがいくつかある。具体的には、1914年には世界中のエリート層は戦争に大きな魅力を感じていた。なぜなら、戦争で勝利を収めれば経済が繁栄し、政治権力を伸ばせることを示す具体例に事欠かなかったからだ。それに対して2018年には、戦争による成功は絶滅危惧種のように珍しいものに見える。

 アッシリアや秦の時代から、大帝国はたいてい力ずくの征服によって築かれた。1914年にも、主要国はみな、戦争での勝利によってその地位を得ていた。たとえば大日本帝国は中国とロシアに対する勝利でアジアの大国になり、ドイツはオーストリア=ハンガリーとフランスに勝ってヨーロッパ最強国の座に就き、イギリスは各地で次々に小さな戦争を見事に勝ち抜いて世界で最も大きく裕福な国を築いた。たとえば1882年、イギリスはエジプトに侵攻し、わずか57人の兵を失っただけでテル・エル・ケビールの決戦に勝利し、エジプトを占領した。今ではイスラム教国を占領するというのは西洋人にとっては悪夢の材料だが、テル・エル・ケビールの戦いの後、イギリスはほとんど武力での抵抗に遭わず、70年以上にわたってナイル川流域とスエズ運河という要衝を支配し続けた。他のヨーロッパの大国もイギリスを手本とし、パリやローマやブリュッセルの政府がヴェトナムやリビアやコンゴへの出兵をもくろむときにはいつも、恐れていたのはよその国に出し抜かれることだけだった。

 アメリカでさえ、ビジネスだけではなく軍事行動のおかげもあって、大国としての地位を確立した。同国は1846年にメキシコを侵略し、カルフォルニア、ネヴァダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコに加えて、コロラドやカンザスとワイオミングとオクラホマの一部も占領した。その後に結んだ平和条約ですでに行っていたテキサスの併合も承認された。この戦争でアメリカ兵1万3000人が亡くなったが、国土は230平方キロメートル増えた(これは、フランス、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリアを合わせたよりも広い)2000年紀(西暦1001~2000年)でこれ以上ないほど有利な取引だった。

 したがって1914年、ワシントンやロンドンやベルリンのエリートたちは、戦争に勝利を収めるとはどういうことか、そしてそこからどれほど多くを手に入れられるかを知り尽くしていた。それに対して2018年には、世界のエリートは、これほど旨みのある戦争はもうなくなったのではないかと考えている。もっともなことだ。第三世界の独裁者や非国家主体の一部は、依然として戦争でうまく栄えているものの、主要国にはそれはもう無理のようだ。

20211230 株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」 pp.186-189より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」
pp.186-189より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309207529
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309207520

ヒトラーとアンナ・カレーニナが存在論的に異なる状態にある二つの異なる実体であることを合理的に否定できる者はいない。

一方で、歴史についての命題もまたしばしば(言表)であると認めざるを得ない。小説の登場人物についての命題と同じことだ。たとえば、現代史にかんして、学生がヒトラーはベルリンの地下壕で自殺したと書いても、それは直接の経験によって知っていることを述べているのではなく、自分たちの歴史の教科書にそう書いてあるとただ認めているだけだ。

 言い換えれば、自分の直接の経験による判断(いま雨が降っているなど)は別として、わたしのあらゆる判断はわたし自身の文化的知識を根拠になされるのであり、百科事典に記載されている情報にもとづいているのだ。

その百科事典から、わたしは地球から太陽までの距離や、ヒトラーがベルリンの地下壕で死んだという事実を学んでいる。それが真実かどうかを量るにはわたしはその場に居合わせなかったので、百科事典の情報を信頼する。太陽についての情報にしても、ヒトラーについての情報にしても、わたしがそれらを専門とする研究者に委任したからだ。

 さらには百科事典にあるあらゆる真実は、どれも再検討の可能性に開かれている。わたしたちが学術的に開かれた意識をもっているなら、新たな資料がいつか発見されることへの心構えが必要だ。新たな資料によれば、ヒトラーは地下壕で死んでおらず、アルゼンチンに逃亡し、地下壕で発見された焼死体はかれのものではなく、自殺説はプロパガンダを目的としたロシア人の創作であると、あるいはそもそも地下壕など存在していないと明らかされるかもしれない。事実、地下壕のあった場所にチャーチルが腰を下した写真があっても、その場所には疑いの余地があると主張する者もいるのだ。その一方で、アンナ・カレーニナが線路に身を投げ自殺したことに疑いの余地は絶対にない。

 架空の人物は、歴史上の人物に対してもうひとつ特権をもっている。史実としては、鉄仮面やカスパー・ハウザーの正体についてわたしたちはいまだに確信をもっていないし、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァがロシアの皇族一家もろとも殺されたのか、あるいは生き延びて魅力的な婚約者としてイングリッド・バーグマン(「追想」1956)に演じられるに至ったのかもたしかではない。それとは対照的に、アーサー・コナン・ドイルを読んでいるとき、シャーロック・ホームズがワトソンについて言及すれば、それはいつでもひとりの人物を指していると、わたしたちは確信しているし、ロンドンに同じ名前で同じ特性の人はひとりだけであることも、どの作品中でその言及されている人物があの「緋色の研究」でスタンフォードという名の人からはじめてワトスンとよばれた人物であることも確信している。ドイルの未発表作品があり、そこには、ワトスンがアフガン戦争のさなかマイワインドの戦いで負傷しただとか医学の学士号をもっていることなどと言っていたのは嘘だった、とドイルが書いている可能性だってある。しかし、たとえそうだとしても詐欺師として正体を暴かれる人物は、やはり「緋色の研究」でスタンフォードからワトスンとよばれたその人であることに変わりない。

 架空の人物の強固なアイデンティティにまつわるこうした問題は非常に重要だ。

2021年12月30日木曜日

20211229【架空の話】・其の80 【モザイクのピースとなるもの】

国による、医療介護従事者の大幅な増員政策と、ジョブ型雇用職種となり得易い、医療介護職職種の養成機関増設計画とが重なり、各地方に概ね二つの医療系専門職大学の新設を目指す方向にて動き出したが、その設置地域選定から始まり、各医療線も職大学の設置学科の調整、人員の募集などといった設置当初のさまざまな業務は、半官半民の「医療専門職大学運営機構」という組織が担当して実施した。これと類似していると思われる既存の組織は、国内各地にて看護大学を運営している日本赤十字学園であったり、あるいはこれにいくらか似ていると思われる、以前投稿のブログ記事においても少し触れた、東京医療保健大学と云える。

さて、各医療専門職大学を運営している「医療専門職大学運営機構」は、さまざまな基準に基づき、どの地域に設置するのが適切であるかの検討からはじまり、その決定後に大学が擁する学科についての検討を行い、それが決定されて公開に至って初めて、新設専門職大学の運営を希望する企業等の在地組織の募集を始めたとのことであるが、ここに至るまでの経緯は、さきの「医療専門職大学運営機構」の更なる運営元の主体といえる医療政策の研究を行っている、ある組織が実施に携わったとのことであり、その組織は、基本的に政府の職にある方はいない民間組織であり、また、その多くは、医療分野の研究者や、人文系の政治社会学、国際関係論などの研究者によって構成されており、各々の背景はさまざまなであったが、総じて、今後の更なる労働力人口の減少にくわえ、社会全体の高齢化による医療介護専門職の大幅な増員が求められることを見越して、そうした高等教育機関の設置を求めて活動を続けてきた方々であったが、この情勢が本格的に問題視されるようになってきた十年ほど前、この専門職大学の設置案が注目を集めるようになった。そして、そこから設置準備室から始まり、各地方二つの新設へと至ったが、そこでは、各地の専門職大学では運営に参画している地元企業からの意向も考慮することが求められたが、実際のところは、かなり自由であり、特に運営する地元企業・組織として、医療機関や医師会・歯科医師会が入っている場合、(これは殆どの専門職大学の運営側に入っていたが、その「程度」が大学によって異なり、それが所謂、金太郎飴的になりがちと指摘されていた各地の専門職大学にてスクール・カラーのようなものが形成されてゆく契機・端緒であったものと云える。)無頓着であるのか、殆ど大学運営に関して干渉することはなく、ただ、各種国家試験の合格率の保持、あるいはその改善については強い関心を持っているようであった。

また、設置される各学科の教員は、設置準備室による公募とスカウトの併用にて募集したが、そこには研究教育職への求職活動に苦労していた多くの若手研究者からの応募があったとのことである。

そうしたことから、これら専門職大学は、設置当初から全体的に運営側が未だ若手に属する年齢層の方々が多く、設置当初から数年経て、比較的年配であった初代学長に代わり、二人目の学長となった方は40歳代であり、また、その頃の医専大執行部の方々の多くも、それに近い年齢層の方々であった。とはいえ、執行部とは云っても、教授職の多くは、当初からの数年は、さきの初代学長のように、地元大学医学部の教授が兼任していた。また、それにより、S教授はK大学教授であると同時に、医専大口腔保健工学科の初代教授ということにもなっていた。また、そうした状況は他の学科においても概ね同様であり、設置後数年を経た頃に、徐々に教授職の代替わりが生じ、それによって40歳代を主とする若手による大学運営が本格的に始まったとのことである。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


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ISBN978-4-263-46420-5

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2021年12月29日水曜日

20211229 三交社刊 ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」pp.45-46より抜粋

三交社刊 ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」pp.19-21より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4879191620
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4879191625

この未開のままの黒人の一隊のうしろから、順化された黒人―彼らに加えられている新しい力の副産物なのだがーのひとりがライフル銃の中ほどを手に握って、だらしなく付いてきていた。ボタンの一つとれた上衣を着ていたが、白人の僕を見かけると、すばやく、銃を肩に担ぎ変えた。ちょっとした用心というわけだ。遠目には白人はみんな同じに見えて、僕がどんな男なのか、分からないからね。近づいてみて、すぐ安心すると、大きな白い歯をみせて、ずるっこくニヤリとした。そして引き連れている黒人たちの方をチラリと見た。彼は、僕を、彼の崇高な任務の相棒として見てくれたらしかった。つまるところ、この僕だって、この気高く公正な大事業の一部を担ってきたわけだからね。

『丘に上がっていくのはやめにして、僕は向きを変え、左の方に降りて行ってみた。丘の上にあがる前に、鎖につながれた罪人たちを視界の外にやりすごしてしまおうと思ったのだ。知っての通り、僕は特別心優しい男じゃない。人を殴ることも、殴られるのをかわすこともしなけりゃならなかった。はまり込んだ生活が生活だから、後のことはよく考えずに、抵抗したり攻撃したりしたこともあったさ。攻撃も抵抗の一手段だからな。暴力の鬼、貪欲の鬼、燃えたぎる情欲の鬼にもお目にかかった。―だが、誓ってもいいが、そいつらは、すべて、頑強で、強壮で、紅潮した目を持った鬼どもだった。そうした奴らが、まわりの男たち―いいかね、いっぱしの男たちをどつき回し、駆り立てていたのだ。しかし、ここは違う。丘の中腹に立って、僕はこれから先を見通した。この土地の、目も眩む烈しい太陽の下で、強欲無慈悲な愚行に耽溺する、だらしのない、しょぼくれ目の、見かけ倒しの悪魔と、僕はやがて知り合うことになるだろうということをね。そいつがいかに陰険狡猾な奴であるかを、それから数か月後、ここからさらに1000マイルも入った奥地で見出すことになったのだ。僕は、何か警告でも受けたかのように、ぞっとして、しばらく立ち尽くしていた。結局、僕はさきほど目をつけていた森の方に向って、丘を斜めによぎって降りて行った。

20211228 年末休暇期間のブログ記事作成の方向性について・・

 昨日の記事投稿により、総投稿記事数が1676に到達しました。一方、今年はあと本日(28日)を含めて4日ですので、大晦日まで毎日1記事づつ投稿することにより、どうにか年内に1680記事まで到達する目途が立ちます。さらに、そうしますと、来年1月の間(31日)に新規で20記事投稿することにより、1月中での1700記事到達への目途が立ちます。

とはいえ、そのためには、新たな記事作成が必要であることから、この年末の休暇期間は、出来るだけ多めに記事を作成、投稿しておこうと考えるにいたりました。しかし「多めの記事を・・」とコトバで述べてみても、オリジナルの記事は、現在の私にとっては、そこまで簡単に出来るものでもなく、毎日1記事程度が無理のないところであると云えます。

そこで、今後の年末休暇期間は、オリジナルの記事にくわえ、書籍からの引用による記事も作成し、合わせて、1日2記事の投稿を目指すことにします。

そうしますと、年内に1682~83記事まで達することが出来、そして、来年1月での1700記事到達も、以前と比べ、さらに現実味を帯びてくると云えます。

さて、そうした状況ではありますが、これまで昨年から断続的に作成してきました【架空の話】はおかげさまで「其の79」まで至り、次の投稿により80記事に到達します。この概ね自身の記憶に基づく物語が(どうにか)この程度まで続いていることは、実は作成者としても多少の驚きの感があり、また、そこから、この程度まで書くことが出来たのであれば、あるいは【其の100】あたりまでも続けることが出来るように思われてきます。

ともあれ、この【架空の話】は、自身の院生時代を元ネタとしたものであることから、記憶が甦れば、100記事とは云わず、さらに続けて作成することも可能であると云えますが、この「記憶が甦らす」ことが、思いのほかに厄介と云え、PC前に座っていれば都合よく記憶が甦るといったものでもなく、むしろ、それは街中を歩いている時に何かの拍子に不図想起されるといった性質があり、また、その記憶をもとに帰宅後【架空の話】を作成しようとしますと不思議なことに、その記憶がボンヤリと不鮮明になっていたりすることが多いのです・・。それ故、そのボンヤリとした記憶に文字でカタチを与えようと試みますと、実際の記憶とは多少異なる【架空の話】になるのですが、しかし、ここで大事であることは、たとえ【架空の話】の作成ではなっても、その基軸となるものは実際の記憶であることであり、これがなければ、モノガタリをモノガタリならしめている、ある種の「凝集性」がなくなってしまうのではないかと考えるのです。

しかしながら、この【架空の話】のもととなっている2009~2013の記憶は、決して快いものばかりでなく、いや、実際には辛いものの方が多かったのではないかと思われます。それは、これまでに何度か当ブログにて述べましたが、兄の死や師匠の退職といった、それまでの人生の中でも特筆すべき辛い出来事が集中して生じ、その後も、生きるために右往左往しつつ色々と活動はしながらも、それまで自分の中にあった何かが徐々に衰弱していっているような感じがあると云えます・・。

しかしまた、たとえ心が衰弱しつつあったとしても、そうしたことをブログ記事として文章化することにより、絶望を遠ざけ、未来へと希望をつないでいるとも云え、その意味において、当ブログは兄の死や師匠の退職があったことから(どうにか)続けることが出来ていると云えます・・。また反語的に、それらの出来事がなければ、わざわざブログを作成、継続することに意味など見出すことはなかったものと思われます・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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