2020年12月28日月曜日

20201228【架空の話】・其の57

その後の「飲み方」は特に荒れることもなく盛り上がり、私も以前と比べ、少しは周囲の方々と打ち解けたような感じを受けたが、それはまた、次の月曜日になってみないと分からないといったところであろう・・。

やがて翌週になり、再び普通の大学生活がはじまったが、それらの課業にて専門基礎科目と分類されるものがあり、おそらくそれらは、歯科医療分野に直接は関与しない、医療系科目全般を指すものと思われるが、元来、人文社会科学分野あがりの私としては、そうした科目の講義は、はじめて聞く知見が多く、概ね興味を持って聞くことが出来たのではないかと思う。また、それら科目の講義を行うのは、当大学にも近いK大学医学部あるいは歯学部の若手教員か、研究畑に進もうとする同大学の院生達であった。

概して彼等は、そこまで教え方が上手いというわけではなかったが、他方で何と云うか、若く勢いのある研究者の熱気のようなものがあり、それらがあまり慣れていない講義への未熟さを補って(多少)余りがある、といった感じを受けた。また、これは以前の大学院修士課程での指導教員についても同様のことが云えるのではないかと思われる。

さて、私が在籍する口腔保健工学科にて養成する歯科技工士とは、国家資格による医療専門職ではあるものの、実際に患者さんを相手にすることは他の医療専門職と比べると少ないといえ、さらに歯科技工所などでの勤務となると、自分の作製した補綴装置を使用する患者さんに相対することはかなり稀であるとのことであった。

その点、もう一つの歯科医療分野である口腔保健学科にて養成する歯科衛生士は、歯科臨床の大きな担い手であり、いわば医療分野における看護師の役割を果たしていると云える。それだけに学科の学生数も多く、一学年で40名と、口腔保健工学科の二倍以上であった。とはいえ、それもまた看護学科に比べると半分以下であり、こちらは一学年で定員100名となっていた。

こうした学科構成からも、お分かり頂けると思われるが、口腔保健工学科は当大学で最も小規模な学科であり、その存在感もまた、あまり大きなものとは云えなかった。また、当学科の専任教員は概ね、さきのK大学の歯学部からの出向組であり、私が入学前に夜のT文館で遭遇したE先生もその類型であったと云える。

そういえば、このE先生は、元々、K市のご出身であるものの、東京の中心部にある大学に進み、そこを卒業され、1年の臨床研修期間の後、帰郷し、そしてK大学大学院に進まれたとのことであった。そのため、私としては東京の話題で盛り上がることで出来る数少ない方であり、また、E先生の方も教員ではあるものの、比較的年齢も近く、さらには私が学科で少し浮いている存在であることも知ってか知らずか、よく気さくに話しかけてきてくださった。

このE先生は私の入学と入れ違いにて大学院を修了されていることは以前にも述べたが、その後も継続的にK大学歯学部の歯科理工学教室には出入りしており、私が3年生に上がり、半年ほど経った頃、おもむろに「ウチの学科長とK大の歯科理工学教室の先生方には許可は貰っているのだけれども、今度、実験で試料を作りたいのだけれど***君、手伝ってくれるか?もし、大丈夫だったら火曜と木曜日の夜にK大の実験室と技工室で作ることになるけれども・・いや、バイト代は出ないけれども、夕食くらいはご馳走するよ・・。それと学会に入ってくれればペーパーに名前を載せてもらうよ。」とのことであった。一応、私も分野違いではあれ、そうした世界を経験していたことから「これは面白いかもしれない・・。」とすぐに思い、その申し出を受けさせて頂くことにした。ともあれ、そうなると一度、K大の歯科理工学研究室へ挨拶に行く必要があることから、E先生が日程調整をして頂き、10月初旬某日の金曜夕方に訪問することになった。また、教授に挨拶をするとのことで、大学指定の作業着である薄いブルーの白衣(日本語が少しおかしいですが・・)を持参しK大学の学内で着用することになった。(ちなみに、E先生より、この予定の伝達を聞いた時、何故だかシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」冒頭部が思い出された。)

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



ISBN978-4-263-46420-5

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2020年12月26日土曜日

20201226 社会思想社刊 森浩一企画・編集 田中幸人著「日本の遺跡発掘物語7 古墳時代Ⅲ(西日本)pp.256-238より抜粋

 社会思想社刊 森浩一企画・編集 田中幸人著「日本の遺跡発掘物語7 古墳時代Ⅲ(西日本)pp.256-238より抜粋

ISBN-10 : 4390602470
ISBN-13 : 978-4390602471

竹原古墳は、北部九州の福岡県鞍手郡若宮町の諏訪神社の境内にある。この古墳には九州の装飾古墳の中で特異なことが二つある。その一つは、それら九州の装飾古墳群の中で位置的に北限にあるということである。近年、さらに北の宗像古墳群の中から桜京古墳(同県玄海町)がみつかったため、最北端ではなくなったが、桜京古墳が貧弱な同心円しか描かれていないのにくらべ、装飾の進展性や規模からいって、竹原は、王塚古墳とならび北部九州の代表的な装飾古墳であることは誰も異論がないであろう。

 その二は、古墳の図柄が特異なことである。九州の装飾古墳の装飾文様は、北上するに従って幾何学文様から具象的図柄へと変化していくのが特徴である。南部の熊本県・緑川・白川・菊池川水系の古墳群が、同心円、三角文あるいは直弧文を主体とする幾何学文中心であるのにくらべ、北上するに従って、馬、鳥、船、波など具象的図柄が加わっていく。筑後川水系になると珍敷塚(福岡県吉井町)や鳥船塚(同)、五郎山古墳(筑紫野町)のように図柄は互いに組合され被葬者を黄泉国へといざなう世界観のようなものを現す物語的要素を帯び始める。そして、王塚や綾塚(京都郡)に至っていっそう複雑化し、そしてこの竹原へくると完全な具象絵画が完成するのである。もっとも、その展開は、畿内の高松塚古墳(奈良県高市郡明日香村)が発見されるまでの流れではあるが、九州独自の装飾古墳文化の中では、この竹原古墳は具象的図柄の極点ということができる。

さて、竹原古墳は、この古墳を特徴づける図柄の意味と、奇妙な因縁のもとで発掘された。昭和31年のことである。

 古墳のある諏訪神社は、毎年春になると村相撲が開かれる。この年、春祭りの土俵を補修しようと氏子たちが境内の南側の崖に鍬を入れようとしたところ、羨道入口付近の天井石にぶつかたのが発見の事始めだった。それまで諏訪神社が前方後円墳(前方の部分はほとんど短く円墳に近い変形)の上にあるとは村人はもちろん氏子たちの誰も気づいていたものはなかった。古墳に関する伝説も所伝も伝っていなかったのである。

開けてみっくり。そこには異様な”怪獣”が見事な筆致で三つも描かれていたからである。発掘がスタートした時、地元郷土史家の清賀義人(故人)をはじめ地元の福丸高校、中学の先生や生徒の手で遺物集収などが行われた。しかし調査するにつれ、それまでの日本の古墳発掘史上例のない壁画が出るに及んで、町教育委員会は県に連絡、あわてて森貞次郎氏(九州産業大学)が派遣され緊急調査が行われたのだった。


2020年12月25日金曜日

20201225 岩波書店刊 金関丈夫著「発掘から推理する」pp131-134より抜粋

 岩波書店刊 金関丈夫著「発掘から推理する」pp131-134より抜粋

ISBN-10 : 4006031300
ISBN-13 : 978-4006031305

竹原古墳奥壁の壁画の主題について語る前に、いま一ついっておかねばならぬ重要なことがある。九州地方の、多くのいわゆる装飾古墳の壁画を見ると、竹原古墳以外のものは、その手法においては、もし信仰的な象徴性というものを考えなければ、例外なく、きわめて自由な、児童画に類するものであって、その手法の伝統を語るものは、縦にも横にも、何もない。いずれも絵画以前のものであり、芸術的価値を云々するべきものではない。全体としての画面構成に考慮を払われたあとはなく、描かれた個々の物象がそれぞれ自由に場所を占めている。表されているものは、全体としての一つの情景ではなく、単独の観念のよせ集めである。そこにはひまをかけた鄭重さが、幼稚さをカバーしているところはあっても、手練からくる奔放さというものはない。

 これに対して、竹原古墳の壁画(図版参照)は、まずその全体の絵画的なまとまり、壁画に対する絵の占める面と、その位置のつり合いが、毫も間然するところがない。これだけを見てもこの画の作者の練達さがはっきりわかる。

両側に大きく描かれた一対の翳(さしば)が、全体を強く引き締めて、中に一つの絵画的空間をはさむ。さしばの大きさは装飾的な拡大ともみられるが、下方の立波と共に近景の位置を占め、動物、人物などが、やや遠景的に取り扱われているーとも見える、ということから、このさしばの大きさの不調和があまり苦にならない。中央の空間の下半は、描かれた個々の像の位置が、相互間の調和をとり、実に的確に、ぴったりと嵌め込まれている。これに対して上方の獣形象は、右方にかたよっているが、その空間的波調によって、かえって全体の平板に陥ることが救われている。ひとり絵画とはいわず、一般芸術を通じて、この種の波調は不可欠な要素である。それと同時に、怪獣の姿体の躍動が、これで一層強められる。跳り上がった前肢をおろす次の動きが、それをおろす空間を前にのこしておくことで、実に活き活きと感取される。心憎い手際といわねばならない。

全体として、筆法は雄勁で、ためらうことなく、大胆に落筆している。作者は多年の経験のある玄人の画工であり、その習熟した筆を走らせて、一つの情景を描き表したのである。個々の象徴を語る個々の像が、一画面に寄せ集められた絵ではない。ここでは、それぞれの像の間に緻密な関連があり、一つの全体を構成している。信仰的統一でななくて、絵画的統一がある。

手法は、洗練、精緻というものでは決してない。むしろ粗野である。表現の力はしかし、かえってこの粗野さによって強められている。その効果は実に見事なものである。作者の素性はおそらく職人的画工であったであろうが、それならば、芸術家の素質と手腕を具えた工人であったと認めなければならない。一つの芸術作品としてこの壁画は非常にすぐれた作品である。この壁画の芸術的な価値について、これまでに最も強い感激を表白されたのは、海老原喜之助画伯であるが、考古学者の側からは、そうした評価はまだ聞けない。

2020年12月24日木曜日

20201224 新思索社刊 ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著 由良君美・富山太佳夫訳 「影の獄にて」pp.19-23より抜粋

 新思索社刊 ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著 由良君美・富山太佳夫訳 「影の獄にて」pp.19-23より抜粋

ISBN-10 : 4783511934

ISBN-13 : 978-4783511939

むろん、ハラも拷問に加わることがあったが、それは彼の同国人の一団や群れの行うことにはすべて従うという、ほとんど神秘的な、深い必然の感覚が、否応なしに彼を、目の前の出来事と一体のものにさせるときにかぎられていた。まるで彼らは、個人のことは、何一つ経験することができない人間のようだった。まるで、ある人間の考えや行いが、たちまちにして他人に伝染し、黒死病や黄死病のように、残虐行為という悲運の疫病が、あっという間に彼等個人の抵抗心を抹殺してしまうかのようだった。

つまるところ、ハラは、彼等のなかでも最も日本人だったのだ。だから彼は拷問に加わらざるを得なかったが、しかし、彼は一度たりとも拷問の音頭をとったことはなかった。ハラという男は、長時間延々と人を拷問にかけるより、ひと思いに殺すことを好む人間だということが、ロレンスには何となくわかっていた。こういうことをすっかり念頭にしながら、彼はハラをもっと仔細にながめてみた。すると彼の目が常になく輝いており、頬も紅潮しているのに気づいた。

「奴さん飲んできたな」と彼は思った。というのは、ハラの頬には、隠そうにも色にでた赤らみがあった。飲むと日本人はすぐ赤くなる。「これで彼の目の輝きのことも説明がつく。これは用心したほうがいいぞ。」

しかし、頬の赤らみにかんしては彼の考えは正しかったが、目の輝きのほうにかんしては、違っていたことがわかった。というのは、突然、ハラがこう言ったからなのだ。出かかった笑いが押し殺されていたためであろう。唇をちょっとひきつらせて、「ろーれんすさん、ふぁーぜる・くりーすます。知っとるかな?」(さん)づけをして言われようとは予期していなかった。それだけに、ロレンスはほとんど全身の力が抜けてしまいそうになり、ハラの言ったふしぎな(ふぁーぜる・くりーすます)という言葉のことが本気に考えてみることができなかった。とうとうハラの短気な眉に、あまり返事がおそいための、無理解の雲がかかるのを彼はみた。この雲は、たいてい、激怒の前触れになる、そのとき、やっと彼には納得がいったのだ。「知ってますとも、ハラさん」と彼はゆっくり答えた。

「ファーザー・クリスマス(サンタクロースのこと)ですね、知ってますよ。」

「エヘーヘッ!」とハラは、かなり満足げに、歯の間からきしるような叫び声をあげた。一瞬、彼のながい唇の間で、金縁の歯がキラリと輝いた。それから椅子にふんぞり返ると、彼はこう申し渡すのだった。

「今夜、わたし、ふぁーぜる・くりーすます!」三・四回、ハラはこの驚くべき言葉を述べたのである。しかも大声で笑いながらなのだ。

ほんとうは何のかことかわからないままに、ロレンスも声を合わせた。あまりにも長い間、営倉でたった一人ぼっちで、死刑を宣告されたまま横たわっていたために、いつも夜の今頃になれば、恒例の拷問の時間だと思うのが精一杯で、ほかにはほとんど何も考えなかった。今日は何月何日かという観念をなくしてしまっていた。実際きょうがクリスマスだったとは、考えていなかったことだった。

おのれの言葉と、それを聞いた、ロレンスのあからさまな当惑の表情とですっかり悦に入ってしまったハラは、特権を一方的に楽しめるこの一瞬を、できればもっと引き延ばしたかったところだろう。あいにく、ちょうどそのとき、ひとりの衛兵が戸口に現れ、背の高い髯面のイギリス人を部屋の中に連行してきた。そのイギリス人は、英国空軍航空隊長の色あせた制服を着ていた。とっさに、ハラは笑いをぴたりと止め、戸口に立ったヒックス=エリスのひょろ長い姿に目を走らせるその表情には、ほとんど憎悪に似た、よそよそしさが宿った。このロレンスの話を聞いていると、わたしには、そのときのハラの姿が、ありありと目に見えるような気がした。

この空軍将校が入ってきた刹那、急に固くなったハラの姿がまのあたりに見えるように思ったのだ。われわれ捕虜のなかでも、ハラは、この背の高い呂律のまわらぬヒックス=エリスを、いちばん、にくんでいるように思えたものだ。「この空軍大佐はな」とハラはいかにも軽蔑しきったように、大佐に向かって手を振りながら、日本語でロレンスに言った。「この収容所の所長だ。さ、おまえはこの男と一緒にもう大部屋に帰ってよろしい。」わが耳を疑う思いで、ロレンスは一瞬ためらった。ロレンスの顔にわれ知らず浮かんだ信じかねるような表情を見て、自分のふるまいの寛大さを確認したのか、ハラはふんぞりかえると、ことさらに笑うのだった。ハラが大笑いしているのをもう一度たしかめてから、はじめて冗談ではなかったことがわかったロレンスは、歩いて大佐のところへ行った。一言もかわさずに二人がいっしょに扉のところまで行ったとき、突然、ハラは恐ろしく鋭い、観兵式の号令のような声で呼んだ。

「ろーれんす!」

絶望に目をつむる思いで、ロレンスはふりむいた。こうくるだろうと予期していてもよかった筈だ。拷問をうけるはずのことが、こんなにいきなり釈放されるなんて、あまり話がうますぎて、ほんとうにできない気が、どこかしていたからなのだ。これもまた、あるいは拷問の一部なのかもしれない。秘密警察の心理学者かなにかが、単純なハラに入れ知恵して、やらせたことかもしれない。しかし、ふりむいてハラの顔を見たとき、彼はホッと安堵の胸をなでおろした。ハラはあいかわらず、いつくしみぶかげに、ニコニコ顔をしたままだったから。謎のようなその顔の、短気そうなひねった唇と金縁をはめた黄色い歯とのあいだに、不可解なよじれたような微笑を浮かべたままだった。ロレンスの視線をとらえると、ハラは、ものすごく力んで、鋭くつんざくような声で呼びかけた。「ろーれんす、めりい・くりーすますぅ!」

(めりい・くりーすます)と(ふぁーぜる・くりーすます)という二つの言葉。これがロレンスにとって、ハラが口にするのを聞いたただ二つの英語だった。たぶんこれ以外には知らなかったのだろう。この言葉を言おうとして、ハラの顔面は、もう一度、ピンクの度を増した。それから、猫のように喉の奥をゴロゴロ鳴らし、司令官の椅子の上で、くつろいだ態度に返った。



20201223 10000時間の法則と文体獲得に至るまでについて思ったこと・・

 これまでどうにか1400記事以上作成してきたから、こうした文章を作成するのが楽になってくるというわけでもなく、自身の記憶と感覚に基づきますと、それは波があると云えます。

また、継続して作成している記事の様式があれば、それに則り、そこまで労せずに記事作成が出来るとは云えますが、そこでもまた別種の波のようなものがあるように思われます。

これまでの【架空の話】は、概ね自身の記憶に基づいて作成していますが、その作成に際しても「そういえばこんなことがあった・・。」といった記憶が、書いているうちに沸々と湧いてくる時と、そうでない時があり、後者である場合は、何故だかとても眠たくなってきます。そうした時は、まさに寝落ちしそうになりながら作成しています。対して前者である場合は、調子が良いと、本当にスルッと1時間も経たずに、ある程度キリが良く、そしてまた適当な文量になっています。

しかしながら、こうした日は決して多くはなく、大半は後者に近いのが現状と云えます。こうした違いが何により生じているのかを明らかにすれば、もう少し効率的な記事の作成に繋がるように思われますが、しかし、それを明らかにする前に次の記事作成を行っていると云えることから、未だにそれは改善されていません・・(苦笑)。

おそらくそれは、今後首尾よく1500記事に到達して1カ月程、新規の記事作成を休止している時に何か良いアイデアが浮かんでくるのではないかと捕らぬ狸のなんとやらを行っています・・(苦笑)。

また、昨今よく聞くハナシで10000時間の法則というものがあるとのことで、何かの技芸の上達のためには、それを10000時間継続する必要があるとのことです。その伝で考えてみますと、1記事の作成に2時間を要する場合、5000記事の投稿が必要であり、3時間であれば3333記事程となります。

そうしますと、所用作成時間が2・3時間の何れの場合であれ、未だ現在半分にも至っていないこととなり、途方に暮れてしまいます・・(苦笑)。しかし他方で、もしも、当ブログ記事作成を始める以前の、さまざまな文章作成に費やした時間をも加算することが妥当であるのならば、感覚的にではありますが「半分以上までには至っているのではないか?」とも思われてきます・・。

とはいえ、そうしたものは、何かの拍子にパッと気付くものであるのか、あるいは加齢の様に、気が付かないうちに、徐々に進行していくものか分かりませんが、そうしたことが起きるのをボンヤリと期待し、気に留めつつ、その都度の記事作成を続けるのが、最も堅い進め方ではあるように思われます・・。

そして、もしもそのようになったら、一体自身の文体はどのようなものになるのでしょうか・・?あるいは「何でも文章で表現できる!」といった自信にでもなるのでしょうか?そして、さらに、それは何に生かすことが出来るのだろうか?

馬鹿らしいかもしれませんが、そうした期待のようなものは思いのほかに大事ではないかと考えますが、さて、如何でしょうか?

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!






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2020年12月21日月曜日

20201221【架空の話】・其の56

こうして、その様子を傍から眺めてみると、彼等彼女等はいかにも若く、どうも高校生の様にも見えるのであった。

一般的に大学2年生は十九歳もしくは二十歳(はたち)であることから、参加メンバーには未成年も少なからずいたと云えるのだが、そのあたりは、最近はシッカリとしているらしく二十歳になっている者のみ、お酒を注文することを許されていた。とはいえ実際に「飲み方」が始まると多少ルーズになってしまうらしく、会の終わり頃になると、どうしたわけか二十歳に達していないと思しき学生達も、顔を赤くして上機嫌な様子になっていた(出来上がっていた。)。

こうした本来であれば禁じられた飲酒をしてしまうのは、概ね男子学生であり、女子学生の方は、少なくともこうした場所では、飲酒を伴わないような陽気さで盛り上がっていたように見受けられた。

私の在籍する口腔保健工学科は、一学年で私を入れて十八名であり、そのうち半分が女子学生であった。また、私以外の男子学生は現役か一浪であり、つまり、その中では私が突出した年長者であった。

とはいうものの、私には頼るべきツテなどなかったことから、以前にも述べたように学科内では何となく浮いてしまい、また、それを改善すべく私の方も「友達作り」を積極的に行わなかったためか、ここでは、最後まで友達らしい友達は出来ずに終わった。

飲み屋さんに入り、出席を確認し、飲み物を注文してしばらくすると、つきだしと、はじめの飲み物が運ばれて来た。それらが皆に行きわたると、さきほど私への対応を行ってくださった女子学生が立ち上がり「皆さん、小テストやレポートや実習などでお疲れとは思いますが、今日は今年度から新たに口腔保健工学科に編入された***さんにもご参加をしてもらい、全員参加にて、このような会を開くことが出来ました。今後も皆で力を合わせて頑張り、講義や実習をパスして行きましょう。」といった主旨の挨拶をされて乾杯となった。

会が始まると、しばらくは平和な感じでの飲食となったが、やがて、同期の男子学生の中でも割とヤンチャな感じの三人組がこちらに来て、私に話し掛け、ビールを注ぎ合ったりした。そこまでは何事もなく、まあ穏やかなやりとりであったが、どうしたわけか話題が私の服装のことになり、三人組のうちの一人が少し酔っている様子にて「***さんは、たしか東京から来たんだよね。・・入学した頃から見ていると、着ている服装の好みが結構俺と被っているから、前から話してみたかったんだ・。それで、そこに置いてある帽子なんてなかなか良いよね・・。ちょっと被らせてよ。」といった感じで訊ねてきたため、傍らのブーニーハットを渡すと、それを受け取り被って、他の二人に「これ、どう?」と云った感じに視線で訊ねていた。すると他の一人が突如、その帽子を頭から奪い取り、自分で被ってみて、そしてすぐに、それを座っている床に叩き付けた。その突然の動作に私は驚いたが、しかし同時に、彼らからは特に底意のある悪気のようなものは感じられなかった。もし、そうしたものがあったのだとすれば、それは自らのものとは異なる文化に接した時の本能的な警戒感や違和感のようなものであったように思われる。

それでも、この動作には周囲の注意を引いたようであり、その場が少しの間固まっていた(苦笑)。

しかし、それも酔った上での行動と認識されたようであり、また徐々に「飲み方」の空気は、和やかなものに戻って行った。またその後、Kでの在住期間に、何度かこれに類するような出来事に遭遇したが、それは決して悪い意味でなく、当地域での感情発露の仕方の一つなのであろうと思われた。

その後の「飲み方」は特に荒れることもなく盛り上がり、私も以前と比べて少しは周囲の方々と打ち解けたような感じを受けたが、それはまた翌週の月曜日になってみないと分からないところであろう・・。

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20201220 年内作成記事目標の更新から思ったこと

 おかげさまで、前回の記事投稿により総投稿記事数が1440に到達しました。また、以前に、年内での目標記事投稿数を1440と述べましたが、その目標には到達し、次はその目標を1445に更新しようと思います。

年内残り10日あまりにて5記事を追加投稿することは、そこまで困難とは感じられず、また、これまで書き続けている【架空の話】の続きも作成したいと考えています。

この【架空の話】ですが、直近投稿の「其の55」は、投稿後4日にしては、思いのほか多くの方々に読んで頂きました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

他方で、専門職大学の編入試験からKでのアパート探しまでを概ね時系列的に書いた、其の1~其の52から少し時間が進み、GW後、学科にて開催の「飲み方」について書いた「其の53」も、さきと同様、自身の作成記事としては多くの方々に読んで頂いていたことから、次回投稿の【架空の話】は、この「飲み方」(「其の53」)の先を書いてみようと考えています。

しかし同時に、いずれであれ、これらを更に今後、書き進めていくためには、実際に現地を訪れ自身の記憶を励起させるか、あるいは取材的に現地での見聞を更新する必要があるのではないかと思われましたが、現今状況下では、それは叶いませんので、今しばらくは現在の環境下にて書き続けてみようと思います・・。

また、その際に多少役立つと思われたものは、自身の歯科技工学校時代のノートであり、これは先日、本箱の中から探し出しました。

当時、2007年頃の私は、文系院の修士を修了した直後のためか、変に理屈っぽくなっており、一方で、自らの手があまり器用に動かないことに、苛立ちのようなものを覚え、焦燥感のようなものを抱いていました。しかし、そうであっても初めて見聞する歯科医療分野の知識は大変新鮮であり、特に歯科材料学(歯科理工学)は、それまで文系院にて取組んだ、主に紀南地域の地域性検討のための一要素として定めた弥生時代の青銅製祭器「銅鐸」の作成手法が、原理的には、歯科医療分野での合金製歯冠修復物(メタルクラウン)と同じであったことから興味を持ち、自分なりに色々と取組んだ結果、その分野での大学院に歯科技工士として進むことになりました・・。

現在では、こうした歯科技工士の方々がいらっしゃることは知っていますが、当時(2009年)はかなり珍しかったのではないかと思われます・・。あるいは巨視的に見ると、これは一つの社会実験であったのかもしれませんが、その意味においては、私は「失敗した試作機」と云えなくもないです・・(苦笑)。

しかし他方で、そうした背景を持つ人間(そこでは私が歯科技工士であるということは背景の一要素となる。)が、これまたヘンテコにもブログ記事の作成をどうにか5年以上続け、そしてまた、書籍からの抜粋記事が少なからずあるものの、どうにか1400記事程度まで作成出来ていることは、直接的な社会有用性にはあまり寄与していないのかもしれませんが、それでも、何らかの新たな可能性を社会に示唆しているのではないかと、自惚れではありましょうが提示し、主張してみたくもなるのです・・(笑)。

ともあれ、年内に1445記事まで到達出来ればと思います。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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