2021年1月13日水曜日

20210113【架空の話】・其の63

 口腔保健工学科への編入後は、これまで全く接することのなかった科目群の学習をすることになったわけだが、これはたしかに大変であり、また、以前と比べ、明らかに体に無理がきかなくなっていることが分かり、そこから、自然と毎日少しづつ勉強をする癖がつき始めたとも云える。

また入学直後に申請した奨学金は、どうにか一種にて採用されたが、それだけでは生活はままならず、こちらでも週に2日ほど夜勤の警備員のアルバイトに就いた。これは、市内の個人経営の病院であり、急患などの突発的な出来事がなければ、そこまで体力を消耗するものではなく、仮眠をとったり、机に向かって勉強をする時間もあった。

そこまで多く顔を合わせ、長く話す機会はなかったが、当直勤務のドクターや看護師さんの中には、私が机に向かい教科書、ノートを開いて勉強しているのを見て、それが解剖学といった彼等がかつて勉強した科目である場合は「分からないことはないかい?」と訊ねてきてくださったり、あるいは飲物やパンを差し入れしてくださる方もいた。

はじめのうちは、よく分からなかったが、少し経ってから、大分前の幼い頃に児童館か床屋で読んだ記憶がある松本零士による「男おいどん」というマンガをそこから何故だか思い出させた・・。

この夜警のアルバイトは医専大の卒業後もしばらく続け、その後進んだK大学大学院医歯学総合研究科にてTAやRA、そして母校での非常勤講師のアルバイトにも就き、また、実験のため深夜に研究室に行く必要性も生じてきたことから、辞めることにした。

そういえば、入学当初の頃は、人間には歯が何本あるかも知らず、また、それぞれの歯に固有の名称があることも知らなかったが、それを学ぶにつれて、それが概ねどの人種でも同様であり、また、その形態や機能などについても同様であることには何故だか興奮し、これまでの人文社会科学系にて学んできた内容とは、どうも異なる次元にあるものを学んでいるといった実感を持つに至った。

それは端的には、物理的な意味での普遍性であり、また、そうした性質(普遍性)があることにより、異なる言語で書かれた論文などの文献も、そこまで労せずに理解することが出来るのだと悟った。

つまり、医療分野の学問がすぐれているという根源には、人体という実質を伴う普遍的なものを対象としていることがあり、そこでの新たな知見は、たとえ全人類ではないにしても、より多くの人々に対して有効であると云えるのである。

その点、殆どの人文社会科学分野の学問は、こうは行かないと云える・・。しかしながら、それだからこそ、人文社会科学の学問には価値があるとも云えるのだが、その価値とは、さきの医療分野における普遍性から生じる価値とは異なるものであるのだ・・。

そしてまた、貨幣経済の基礎を成す価値の基準と相対的に見て、より親和性があると云えるのが「人体」という普遍性が基層にある医療分野のそれであり、多くの人々はそちらの方をより重要視することであろう・・。

くわえてそれは、概ね16世紀以降に西欧諸国が世界の覇権を握るに至るまでの歴史的背景にある主要な思想とも云えるのかもしれない・・。

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2021年1月11日月曜日

20210111【架空の話】・其の62

あとは教授とE先生を交えた雑談のようになり、とりあえず今回の研究室訪問の目的は達せられた。

この雑談はその後約1時間ほど続き、主に教授がご自身のことについて語ってくださった。どうやら元来話好きの性分であるらしく、さまざまな方面にハナシが飛んだが、さすがに長年、学生相手の講義をされてきたためか、そのハナシには惹き付ける何かがあるように感じられた。

ハナシによると、このS教授は、歯学部の教授でありながら歯科医師ではなく、背景となる学問分野は工学であり、専攻は窯業つまりセラミックスとのことであった。また、これはあとになって知ったことだが、この歯科理工学研究室とは、全ての歯科大学・歯学部にある、まさに歯科医学分野の研究室でありながら、その教員は歯科医師でないことが多く、ここ最近では多少事情が変わってきているとも聞くが、当時は半数程度がS教授のような工学分野出身者や、さきにご挨拶した先生のように歯科技工士を背景とする方もいた。

教授は、もともと関西圏にあるH県の都市Kのご出身であるが、高校卒業後は大学進学のため東海地方のA県の都市Nに行き、そこで大学院修士課程まで修了され、その後、著名な歯科医療総合メーカーであるG社に入社され東京配属となった。当時は景気も良く、各歯科大学・歯学部共に割合多く備品を購入されていたようで、電気炉や鋳造機など納入機器の操作説明担当者として、しばらく滞在した都心部にある某老舗歯科大学で、当時、歯科理工学教室主任教授であったK先生に気に入られ、G社から引き抜かれて、助手として勤務することになったとのことであった。

その後、歯科大学でも熱心に研究を続け、歯学博士の学位を取得され、さらに続けてNにある母校の大学にて工学の論文博士の学位も取得されたとのことであった。

こうした博士号を二つ取得されている方を世間ではダブル・ドクターと云うようであるが、私にとっては、このS教授が、初めて見るそうした方であり、あるいは、さきに感じた精悍さも、そこに由来しているのかもしれない・・。

そういえば、面談の終盤、不図、S教授が私に「君は、今の医専大を出て歯科技工士になれたら、次はどうするつもりなのかね?」と訊ねてきた。私は突然のことで「・・ええと、普通に就職活動をして条件の良い技工所か何処かに勤めたいと考えています・・。」と少々慌て気味にて返事をすると「・・・そうか、実はうちの教室の先生方もここ3・4年で続けて定年退職されて、そうしたら今、医専大にいるウチの教室OBの連中をこっちに教員として呼び戻したいと考えておるのだが、そうすると今度は医専大の方のポストが空いてしまうからのお・・。」と云われた。それを聞いて「ひょっとしたら医専大のポストに入れるかもしれない!」と少しだけ目が見開いたが、あまり気にしないような調子で「・・そうしますと、またS先生の教室OBにて医専大のポストを充当することになるのでしょうか?」と訊ねてみると、教授は少し黙ってから「・・うむ、しかし、このEが2年前に修了してから、ウチの研究室には正規の院生はおらんのだ・・。」と、E先生の方を少し見て云った。それを聞いた私もまた少し間をおいて「あの・・もし来年度、私が無事に医専大を卒業して歯科技工士になれましたら、そちらの研究室に院生として入ることは可能でしょうか?」と、おそるおそる訊ねてみると、教授は「うむ、まあ、それは無事に受ければ可能かもしれないな・・。しかし、それでウチに来てくれるのであれば、歯科理工学の学生実習なども上手く回せるようになるかもしれんぞ・・。」と少し回りくどいような返答をされた。

ともあれ、この最後の方のやりとりは、当時の私にとって、サッと未来に光明が見えた瞬間であったことから、強く印象に残っている。おそらく、あの時もまた、一つの人生の分岐点であったのだと思われる・・。

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2021年1月9日土曜日

20210109【架空の話】・其の61 【其の59の続き】

ドアを開けた先は、日本の城門構造でよくある桝形様にパーテーションが置かれ、そこには学会発表に用いたと思しき英文ポスターが貼られ、その奥の様子までは窺うことは出来ない構造になっていた。

入室されたE先生と教授との会話は、こちらまで少し聞こえたものの、その内容までは分からなかったが、一分も経たないうちにE先生がドアを開き、室内から「では、教授から許可が出たので、入室してください。」と云われ、また室内に戻られた。

私は、開いたままになっていたドアの前に立ち、さきほどのE先生のような声で「K医療専門職大学口腔保健工学科3年の**と申します。入ってよろしいでしょうか!?」と述べると、E先生の声で「入室してください。」と少し形式ばったような声色の返事が来て、この時不図、二年前の編入試験の光景が思い出された。

入室してすぐのパーテーションによる桝形から出ると、壁一面の詰まった本棚と、その他の壁に貼られた英文の学会ポスターから、いかにも研究室といった印象を受けたが、それはかつてはよく訪れた人文社会科学分野の指導教員の研究室とは若干趣が異なり、分野外と判断されるようなモノはあまり置いていないように見受けられた。

また、部屋の奥にはPCが据えられた執務机があり、手前側には応接用を兼ねたと思しき大きなテーブルが置かれ、その上には学会誌やホチキス留めされた論文と思しき資料、歯科の専門雑誌などが無造作に置かれ、そのテーブル周りに置かれた椅子には教授とE先生が座り、そしてもう一つ空の椅子があった。

私は自然とその椅子の横に立ち、ほぼ正面に座っている教授に「はじめまして、K医療専門職大学口腔保健工学科3年の**と申します。」と、先ほどと同じセリフを述べてから丁寧にお辞儀をした。すると教授は私に「おお、E先生から聞いとると思うが、私が歯科理工学教室のSです。どうぞそちらにお掛けなさい。」と着席を促された。それに対し「では失礼します。」と、はす向かいに座っているE先生に対しても目礼をしてから椅子に腰掛け、持参のリュックを脇に置いた。

教授は父や遠い親戚の院長よりいくらか年配のように見受けられたが、肌艶は大変よくて精悍な感じであり、もう少し髪の毛が多くあれば40代半ばでも通じるような一種不思議な容貌であった。

するとE先生が「教授、こちらが先日お話しした当学科3年の**君でして、彼は医専大入学以前に文系の大学院修士課程を修了しておりまして、なかなか変わっているのです。」と会話の口火を切ると、教授が「ほお、そうですか・・それで、どこの大学で何を専攻したのですか?」と訊ねてきたことから「はい、A大学でヨーロッパ文化専攻を卒業し、同大学の大学院修士課程でジョゼフ・コンラッドという作家の作品についての研究で学位を取得させて頂きました。」と返事をすると「ほお、旧制私立の高等学校の流れを汲むとこやな・・そうか・・それで、そのコンラッドという作家の作品は原書で読んだんやな。」と、さらに訊ねて来られた。私は「ええ、一応あまり長くない作品については原書にて通読しましたが、原書では読んでいない作品も少なからずあります・・。」と、少し恐縮気味に返事をすると「ああ、そこはあまり気にせんでええから・・。」と云って、ホチキス留めしてある英論文と思しきものをこちらに手渡し「そこに書かれている実験の概要は分かりますか?」と、重ねて訊ねてきた。手渡された論文のタイトルを見てみると、大体は理解出来たことから「はい・・ええと、これはさまざまな条件下での歯科用合金と陶器との接着について実験を行ったものであると思います・・。」と返事をすると、教授はE先生の方をわずかに頷きながら一瞥し、すぐに私に向かい直して「そうです。この陶器というのは歯科用陶材のことであり、これと歯科用合金との接着強さについて研究したものなんだが、これらの接着を作製時の操作として必要なのは、どんな補綴物かもちろん分かりますね?」とまた訊ねて来た。私は「ええ、まだ実習で作製したことはりませんが、陶材焼付鋳造冠であると思います。」と答えると教授は「まさしくその通りです。しかし、おそらく既に知っていると思いますが、近年の貴金属価格の上昇によって、たとえ保険診療外であっても、この鋳造冠を作製すること自体が困難になってきているのです。そこで、この価格が高騰している合金に代わる比較的安価な材料として、セラミックスであるジルコニアが良いのではないかと最近考えられているのだが、それを用いての実験をはじめる前に、先ず自前で既存の歯科用合金を用いて、さきの論文に書かれているような実験のデータを出し、それらを検証をしてみたいと考えているのです・・。そこで、手近な研究室関係者に訊ねてみたところ、皆それぞれ実験テーマの方向が違ったり、忙しかったりで、なかなか見つからなかったのですが、つい先日、そこのE先生が君のことを話して、それで今日に至ったわけです。」とその背景までを話してくださった。

私はそれを聞きつつ心中にて「しかし、まだ私は歯科用陶材を用いた実習を受けていないが大丈夫なのだろうか・・?」と疑問に思ったが、E先生はこうした事情を御存知であることからか、すぐに後を継いで「口腔保健工学科では陶材焼付鋳造冠の作製実習は未だ行っていませんが、先代のK教授門下OBで、K市にて開業されているO先生が、ご自身で補綴物をよく作製され、陶材焼付鋳造冠も作製されるとお聞きしていますので、週末の一日、私がアルバイトに行く車に**君を乗せ、O先生の診療所でおろして、一日かけて作製法をO先生から教えて頂き、夕刻頃、アルバイトを終えた私が再びO先生のもとに**君を拾いに行くというのが良いのではないかと考えています。」と、既に教授には話していたのか、教授に向かっての口調であったが、私の方を向いて提案して来られた。

それについては、私はどうしようもなく、肯定するのであれば、その流れ全てに乗ることが賢明と考え「はい、分かりました。また日程等につきましては、後日調整して頂ければと思います。」と返事をして、あとは教授とE先生を交えた雑談のようになり、とりあえず今回の研究室訪問の目的は達せられた。

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2021年1月7日木曜日

20210107 【架空の話】作成の基となる記憶について思ったこと・・

 おかげさまで一連の【架空の話】にて60記事作成することが出来ました。これまで読んでくださった皆様、そして、作中人物のモデルとさせて頂いた皆様、どうもありがとうございます。

この【架空の話】は、自身作成のブログ記事の中では、比較的多くの方々に読んで頂いており、今後もまた継続的に更新していきたいと考えております。他方で、この【架空の話】は、主たる内容が自身の記憶に基づくものであることから、その記憶が活性化されている時の方が書き進めやすいとは云えるのですが、同時に面白いことに、当時の記憶を共有されている方々と実際にお目に掛かり、話す機会などを持ちますと、記憶が励起され過ぎるためか【架空の話】作成の方は、何故だか進まなくなる傾向があります。

これは未だ自身の中で確立した見解には至っておりませんが、たとえ主に記憶に基づいたものであっても【架空の話】作成においては「記憶そのもの」あるいは「記憶を共有する方々」から少しだけ距離を置いた方が、文章の作成はし易くなるのではないかと思われるのです。

そして、そうした考えが出て来た背景には「記憶そのものではあまりにも生々しく記憶に基づいた表出全般では、記憶に対する何らかの変換のようなものが必要ではないか」といった小林秀雄がどこかで述べていた意見があり、あるいはこのような変換作用があるからこそ、オリジナル(記憶)に基づいた二次創作そして創造行為が可能になり、そして、それが更なる二次創作そして創造行為を生み、それらが洗練され蓄積していくに随い、何と云うか時代精神・集合的無意識に変容が生じ、そして、次なる異なった時代が喚起されていくのではないかとも思われるのです。

また、このことは、以前当ブログにて抜粋引用したゲーテによる小説と戯曲との相違にも何らかの関連性があるのではないかとも思われるのです。ともあれ、ハナシを卑近な【架空の話】作成に戻しますと、そのスムーズ且つ出来るだけ長期の作成のためには、あまり肩に力を入れず、そして記憶が励起され過ぎる経験を避けることになりますが、しかしまた、他方で、励起され過ぎないと忘れて行くといった困った側面もあるように思われ、その兼合いがなかなか難しいところではないかと現時点では考えております。

とはいえ、この鹿児島在住時代の記憶を【架空の話】として表出するまで7年間掛かっていますが、これは記憶の熟成期間として必要なものであったのか未だ分かりません。しかしながら、在住全期間の出来事を文章として起し・ノンフィクションとして作成することは、おそらく現時点でも、やはり、あまりにも生々し過ぎて困難であろうと思われますので、こうした方法(【架空の話】にする)に拠る、ある種の昇華は、少なくとも自身にとっては、何らかの意味があるのではないかとも考えています。

そして、そのように考えてみますと記憶の変換作用の媒体・手段となる様々な表出手法(文章・動画・マンガなど)に思いが至るのですが、ここにも、さきに述べたような生々しさを敢えて避けることにより、次なる創造行為への可能性が拓かれるのではないかと思われるのですが、この点については「SDGs」の重要性が受容されつつある感のある我が国ですが、あまり考慮していないように見受けられます。

そのため、私はマンガやアニメといった視覚に対し強烈とも云える媒体に、各種物語を託そうとする傾向そしてそれを受容しようとする傾向に対しては、あまり肯定的になれません。

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2021年1月5日火曜日

20210105【架空の話】・其の60 【其の55の続き】

こうして出会う自然に身に着いた職業的とも云える几帳面さもまた、当時の私にとっては、さきの「とり天」と同様、新鮮なものに感じられた。

さて、こうして思いがけず院長と昼食をご一緒させて頂くことになったが、その献立は思いのほかに質素であり、メインのとり天、そして、ごま塩がかかり、梅干しがのった雑穀入りのご飯と、切り干し大根の煮物、そして削り節が添えられた輪切りのオクラ、それにインスタントのわかめの味噌汁と、温かいお茶といったものであった。

それでも院長は実に美味しそうに弁当を食べつつ、鹿児島はオクラの名産地であることや、とり天につけるポン酢がこだわりの一品であり、学会の支部会にて訪問した博多にある水炊き専門店の特製であることや、もう一つの調味料であるゆず胡椒は、大分県の名産であり、その製造元は作家の野上弥生子の実家であることなどを話してくれた。

このポン酢は私もご相伴にあずかったが、たしかにスーパーに置いてある一般的な市販のポン酢とは、明らかに味の奥行きや、鼻に抜ける柑橘と醤油の合さった食欲を増進するあの独特の薫りなどが異なり、これであれば、淡泊な味わいの「ささみ」のとり天も、美味しく食べられること請け合いであろうと思われた。

とり天は本来「ささみ」だけでなく「もも」や「むね」を用いるのであるが、院長は健康のためとのことで「ささみ」のみで注文しているとのことであった。

とはいえ、それはまだどうにか若者に属する私にとっても十分に味わい深いものであり、あるいは、用いる鶏肉自体の質が異なるのではないかとすら思われた。ちなみにさきのポン酢については、後年、私も博多訪問の折、中洲川端まで出向き、準備中であったお店を訪ね、頼み込んで購入させて頂いたといった後日談がある・・。

近年では多少事情も異なったと云えるかもしれないが、概して関東に比べ西日本の方がポン酢を用いる食文化は発展しているように思われる。また、基本が塩味といえる醤油に果物(柑橘)由来の酸味をかけ合わせて新たな味を創造(止揚)しようとする傾向は、何となく東アジア南方にその起源があるのではないかとも思われた。

まあ、もともと柑橘は、あまり寒いところでは実らないといった植生的な事情もあるのだが・・。

ともあれ、このため、さきに述べた献立からは少し想像できないほどの口福を頂き、食後のお茶を飲んでいると院長が「ときに君は、さきほど話した五代前の我々の共通のご先祖のお墓が「南洲墓地」にあるのを知っているかね?」と訊ねてきた。

私が父から聞いたのは、五代前のご先祖だけがねむる墓でなく、いわば一族の墓であり、その墓については、これまで聞いたことがなかったことから「いいえ、それは知りませんでした・・。それが「南洲墓地」・・というところにあるのですか?」と訊ね返すと「ああ、そうだったのか・・。うん、まあ、それもそうかもしれないな・・。と云って、傍らにあったメモパッドを開いて、思い付いたように、コートハンガーに掛けてある白衣の胸ポケットから、ペリカンの万年筆を取って来て、それを用いて何やら書き始めた。手元を見ていると、どうやら墓域を示したものであるらしく、墓地入口と南洲墓が書かれ、そして、そこを基点として墓のある位置を示したものであると思われた。

書き終わると「これで墓のある大体の場所は分かると思うから、あとは地域の勉強だと思ってご自分で探してみなさい。そして花でも手向けてあげると、泉下のご先祖「***さあ」も喜んでくれるかもしれない。」と云って、年の割には人懐っこく、そしてイタズラっぽい笑顔で、そのメモ紙を私に手渡した。

さて、この経験および、その後の経験も踏まえて思うことは、Kの男性、いや女性も実はそうであるのかもしれないが、こうした見様によれば重いようなことを、敢えて笑顔で冗談のようにして云う傾向があることで、あるいはこれは、本当に辛い歴史を持ち、そして、その記憶を持ち続けようとする人たちの、涙で記憶を曇らせないための或る種の知恵であるのかもしれない・・。

とはいえ、そのようなことを彼等・彼女等に云ってみたところで、これまた冗談にされることは請け合いであるとから、それは、これまで口にしたことはない・・(笑)。

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2021年1月3日日曜日

20210103【架空の話】・其の59

やがて背後から「おお、***君、もう来ていたのか!良かった、良かった!」と聞き慣れた声で云われたので振り返ると、そこにはこちらに向かって歩きながら白衣を着つつあるE先生がいた。

私はE先生に挨拶して、持参のリュックから大学指定の淡青の白衣(作業衣)を取り出し、E先生に倣ってそれを着た。これでようやく、それらしく見えるようになったと思われたが、如何せん初めての場所であることから、その時の私はオドオドしていたに違いない・・・

やがて、E先生が「じゃあ、もうすぐ時間だからとりあえず中に入ろうか。」と云い、ガラス造りのドアを開け、入って行った。この建物は斜面上になった土地の上に建てられたらしく我々が入った出入り口は2階であり、また、そこは、さきの歯科診療棟の2階と繋がっていた。そして研究棟の2階には学部事務室や技工室があり、他には普段はあまり使われないという学部長室などもあり、これはE先生が案内しつつ教えてくださった。

また、技工室への挨拶の際には、仕事が一段落したと思しき技工士さん達に紹介してくださった。「ああ、ハナシはE先生から聞いているよ。何か必要な材料があったら遠慮なく云ってね。」と明るく仰って頂き少し安心したが、その技工室はまさに「現場」といった緊張感があり、作成途中の補綴装置や石膏模型が整然とではあれ、至る所に置かれており、大学での実習室とは大分違った趣がそこにはあったと云える。

技工士さん達は総勢三人とのことであったが、そのうちの一人は、義歯のレーズ研磨のため同階にある研磨室に行っているとのことであり不在であった。そのため挨拶は後日ということになり、学部事務室向いにある階段にて歯科理工学教室のある五階まで行くことにした。

ちなみにE先生は、階段を一段飛ばしで上がっていくという特徴というか癖があるのだが、それはここでも同様であった。

五階に着くと、そのまま、すぐ目の前にある教室に入った。そこには教室の教員と思しき方がPCに向かい仕事をされているようであったが、我々が入ってくるのを認めると「はい、どなたですか?」に続いて「ああ、E君かね・・。今日は実験に来る日だったかな?」と訊ねてきたため「いえ、今日は例の実験を手伝ってくれる医専大の学生さんを挨拶のために連れて来ました。」と返事をすると「・・ああ、こないだの朝のミーティングで出たハナシだね。ふーん。」と淡青の白衣(作業衣)を着た、緊張気味の私に視線を向けた。私は「どうも***と申します。この度はお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。」とぎこちない感じで挨拶をすると「うん、こちらこそどうぞよろしく。何か分からないことがあれば聞いてくださいね。私は##と云います。」と返事が来た。この方は教室の助教の先生とのことであったが、年齢は60に届いている様子であり、その容貌には、何となく川端康成を思わせるものがあった。

続いて、その隣りのパーテーションで区切られた部屋に連れられて行くと、そこにも何やらPCで作業を行っている先生と思しき方がいて、E先生が声を掛けると「おおE君か!ハナシは聞いているよ。例の医専大の学生さんを連れてきたのかね。よろしく!私も歯科技工士なんだよ。」とのことであり、この先生にも挨拶をすると「うん、何か困ったことが云ってきなさい。しかし、E君が勤め先の学生をここに連れて来るなんてE君も出世したものだな・・ええ(笑)。」と悪意のない感じで冗談をE先生に云うと「いえ、あの実験は歯科技工士の手が必要とのことでして、それで、この**君に白羽の矢を立てたわけでして・・。」と、E先生は少し緊張しつつのおどけ気味で返した。どうやら、この先生とE先生は、さきの##先生よりもくだけた中であることがここで推察された。さて、この%%先生もまた、年齢は60過ぎであるように見受けられたが、同時に筋骨隆々としたスポーツマンタイプでもあり、この時もTシャツ姿であった。また、後で聞いたところによるとテニス部の顧問を務められているとのことであり、時々は学生さんに交ざりプレーをするとのことであった。

また、教室には教授以外にもう一人教員がおられるが、その日は既に退勤しているとのことであった。そこで廊下に出て、本日のメインとも云える教授に挨拶すべく、さらに奥にある個室の教授室の前に立つと、先を行くE先生が振り返って「じゃあ、初めに私が教授室に入って、案内して良いか訊ねて、それで教授からオッケーが出たら名前を云って入室してください。」と言い残してから、前を向き直し、少しだけ開いている教授室のドアをノックして「先生、Eです。入ってよろしいでしょうか!?」と、先ほどとは異なる大きな声で訊ねると、すぐに「おお、入れえ!」と、これまた大きな声で返事が来た。E先生はこちらをチラッと見てから、ドアを開け教授室に入って行った。ドアを開けた先は、日本の城門構造でよくある桝形のようにパーテーションが置かれ、そこには学会発表に用いたと思しき英文ポスターが貼られており、その奥の様子までは伺うことは出来なかった。

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2021年1月2日土曜日

20210101【架空の話】・其の58 【1450記事】

また、教授に挨拶をするとのことで当大学指定の作業着である薄いブルーの白衣(日本語が少しおかしいですが・・)を持参し、K大学学内にて着用することになった。(ちなみに、E先生より、この予定の伝達を聞いた時、何故だかシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」冒頭部が思い出された。)

訪問日当日は、大学での課業を終え帰宅し、比較的キレイな作業着(白衣)を持参して、家から出てすぐの坂をのぼりK大学に向かった。坂をのぼりきらないうちから、前方に病院施設と思しき建物が目に入ってきて、なおものぼり続けると、建物に「K大学病院」と表示されているのが目に入ってきた。

私の在籍する口腔保健工学科は3年生の後期に入ってからも実習や見学にてK大学に訪問することはなく、うろ覚えの年度予定表によると、4年生に上がってから、ようやくそうした行事があるとのことであった。それに対して口腔保健学科は3年生後期、つまり丁度この時期には病院実習が始まっていた。またそれは他の医学系学科全般においても概ね同様であった。そこから、以前にも述べた通り、口腔保健工学科つまり歯科技工士の養成においては、実際の臨床現場にて患者さんに相対するよりも、ラボなど作業現場の方が重視されるという現実を垣間見ることが出来るようにも思われた・・。

とはいえ、それは特に改善を要するべきところではなく、また、歯科医療分野においては、その性質上、そうしたいわば「縁の下の何とやら」が必要であるのだと思われる。

さて、坂をのぼりきり、右斜め前に大学病院の全容が目に入ってくると、敷地内の更に先にある歯学部棟を目指し歩き続けた。10月の夕刻近くとはいえ、南国とも云えるkでは、しばらく歩くと汗ばんできて、また、丁度私の歩いている道側に当地域ではポピュラーなスーパーマーケットが目に入ってきたことから、そこで何か飲物を購入しようと入ってみると、そこには、おそらくはK大学の学生さんと思しき方々が割合多くいて、店内はにぎやかであった。

私はペットボトルのお茶を購入し、さらにグーグルマップの示す歯学部棟の方に行くため、横断歩道を渡り薄茶色の建物に近づくと、そこには歯科診療棟と表示されており、そのさらに奥には歯学部棟と思しき建物が続いていた。

私はこの奥に見える歯学部棟に行こうと、左手に見える駐車場沿いに構内を進むと、その先には4面のテニスコートがあり、そこでは学生さん達が、元気な声を出し部活動に励んでいた。やがて右手にも駐車場が見えてきて、そしてグラウンドと歯学部棟の出入り口と思われる場所も目に入ってきた。

それら建物全容は、私の在籍する専門職大学と比べ、建造された年代は大分前であるが、それでも遥かに立派であり、まさに「昔ながらの大学」といった感じを受けた。そういえば、かれこれ私は既に1年以上、専門職大学に在籍しているが、そこでの実習や課業が思いのほかに多忙であることからか、以前の文系での大学生活を徐々に忘れてきているような印象があり、それは偶に連絡がある延岡にいるBや、指導教員の存在によってもあまり活性化されるといったことはないように思われた・・。

さて、歯学部棟に着いてみると、時刻は待ち合わせ時刻の約10分前の17:20頃であり、一人で先に棟内に入るのも気がひけることから、出入り口付近でペットボトルのお茶を飲みつつ、待つことにした。とはいえ、出入りする白衣姿の教職員と思しき方々からの少し怪訝そうな視線には少し恐縮し、敢えて視線をあらぬ方に置こうとつとめた・・。

やがて背後から「おお、***君、来ていたのか!良かった、良かった!」と聞き慣れた声で云われたので振り返ると、そこにはこちらに向かって歩きながら白衣を着つつあるE先生がいた。

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~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
tsurukiclinic2001@gmail.com
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鶴木クリニック医科・歯科
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