2020年6月12日金曜日

20200612【架空の話】・其の27

【架空の話】
運転をしながら兄は「次の目的地はね、本州最南端のK本の少し手前にある、S町というところで、ここからはまた1時間くらいはかかると思うから、近くのコンビニで何か買って行こうか。」と云った。

S浜を過ぎ、更に南下すると、いよいよ人家や店は疎らになり、また他方で、未だ冬であるにも関わらず、道路沿いの緑は多く、濃くなり、さらに首都圏では見ることのない、南方的な植物も目に入るようになってきた。

続けて
、兄は運転しながら、地域のことを話してくれたが、それによると、S浜から少し南にT田川という川があり、その下流域が本州での銅鐸出土地の南限であり、また、おそらく、そこで出土した銅鐸の一つが現在、大英帝国博物館に収蔵・展示されている銅鐸と同一であろうとのことであった。明治当初、国の制度があまり整備されていなかった頃は、古くからの文化財が海外に流出していったと聞いているが、これもその一例であろう。とのことであった。

また、兄によると、ここ(T田川下流域)での出土銅鐸は、さきの道成寺でのハナシに出た、境内出土銅鐸と類似した後期大型の近畿式銅鐸であるとのことであったが、そうすると、おそらく、弥生時代当時(多分1・2世紀頃)においても、さきほどのH川流域とT田川流域には、共通した祭祀を行う文化が地域・地域に根付いていたと考えられるが、それが、具体的にどのようなものであったのかは、今となっては分かる術もないのだろうか・・?

あるいは、この2000年近くの時間を貫く「何か」(事であれ物であれ)をある程度明瞭に見出すことが出来れば、それを基軸として、遠い過去の祭祀の様子もどうにか想像出来るようになるのかもしれない・・。

などと、おそらくはごく短い時間であろうが、ボンヤリと考えていて、不図、周囲に意識を向けると、さらに車から見える景色は単純化しており、左に1月らしからぬ横溢とした自然と疎らに建つ家々、そして右側には、白波の立つ海といった様相を示していた。また、興味深かったのは、このあたりの地名全般が、首都圏の感覚では面白いものが多かったということである。おそらく、それら地名も大昔には、何らかの通じる意味を持っていたのだろうが、時代の経過に伴い、音だけが残り、その意味の方はボヤけてしまったのだろう・・。しかし、これも、おそらく研究によって、ある程度の意味は明らかになるのではなかろうかと思われた。他方、そのようなことを、自分の得た経験から考えることが出来ているのも、この地域にそうしたものが、自然なカタチで残っているからであるとも云えるのである・・。

それはそれで貴重なことであり、たとえば、これが都心部であれば、当面での有用性が認められない多くは、古墳であれ神社であれ、再開発と称して潰してしまうか、ビルに収納してしまい、有名無実化してしまうのだろう・・。そして、その結果、自分の生の体験から歴史を考える(想像する)ことが出来なくなり、結果、興味を消失するか、減衰させてしまうのだろう・・。また、そうした土壌で教えられる学校科目の歴史に、どの程度の価値を見出すのかも、むべなるかなであろう・・。おそらく、物事は一見しただけでは分からないが、こうして違う場所から眺めてみると、それらの繋がりの仕組みのようなものが見えてくるか、その意味合いについての仮説を立てやすくなるのではないだろうか・・。

さて、車の方は道路左側のコンビニエンスストアの駐車場に入った。兄は後部座席に置いたリュックから財布を取り出し、また私の方も同様にして車外に出た。道路の右側は防砂林と云うのであろうか、おそらくは松科の樹木が植えられ、その先には砂浜そして海が広がっていた。

我々は少し遅くなった昼食をコンビニエンスストアで手早く済ませ、飲みかけのペットボトルを持ち、車に乗り込み、再度出発した。時刻は12:40頃であり。また兄曰く「もうあと少しで着くから。」とのことであったが、肝心の具体的な目的地については、何も情報がなかったが、まあ隠しておいた方が面白いというのであれば、それはそれで、私としても、乗っかった方が面白いというものである・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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ISBN978-4-263-46420-5

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2020年6月11日木曜日

20200610【架空の話】・其の26

【架空の話】
高速道路は、少し先の温泉で名高いS浜で終わり、我々は9:30頃に終点に着いた。このあたりは昨日の県北部W市街と比べても、さらに大気に自然の薫りが濃厚であり、久しぶりに深呼吸をしてみたくなった。兄の方はこの先の予定を見越し「じゃあ、このあたりで一休みしようか。」と、さらに車を走らせS浜の市街地(温泉街)に入った。


S浜温泉街は閑散としており、いくつもある旅館・ホテルなどの宿泊施設周辺は、どこも人の気配に乏しかった。兄は温泉街メイン通りのどん突きにある観光ホテルの駐車場に車を停め、私と連れ立って入っていった。すると入って早々、フロントの若い男性が「あ、**さん、どうも今日はどうしたんですか?」と訊ねてきた。兄は「ええ、実家から弟が来ましたので、このS浜の温泉を知ってもらおうと連れて来た次第です。それで、こちらは日帰り入浴もやっているとお聞きしていましたので、お願いしたいのですが、たしか一人1000円でしたよね・・。」と聞いてみると、フロントの男性は少し周囲を見てから「分かりました。上司に聞いてきますので、ちょっと待ってもらえますか?」と丁重な様子でその場を離れ、フロント奥にある事務所に入っていった。1分も経たずに男性は戻ってきて「今、支配人に聞いてみたところ、1時間後の11:00になれば浴場に清掃が入り使えなくなってしまうから、お金は頂かなくて良い代わりに1時間程の入浴時間でよろしいですか?」とのことであった。兄は「そうですか・・じゃあ、1時間は入浴出来るのですね・・なんだか逆に申し訳ないです・・。あと支配人によろしくお伝えください。」と兄は男性に頭を下げてから、少し後ろに控えていた私を指し招き、二人してホテル館内に入って行った。この頃丁度、宿泊客のチェックアウトが重なる時刻であったが、フロントスタッフがこちらにも即座に対応出来る程に館内は閑散としており、宿泊客らしき人はあまり目にすることはなく、逆に制服を着たホテルスタッフとは、よくすれ違った。ホテルは玄関を入るとすぐ右手にフロントがあり、玄関正面の先には比較的ゆったりとしたラウンジがあり、その手前で左右二手に通路が分かれ、左手側には地元の産品などお土産を扱う売店。他方の右手に行くと、客室に通じるエレベーター、そして大浴場があった。大浴場に近づくにつれて、磯の薫りが入り混じったような、この地の温泉特有の薫りが強くなり、いわば地域の体臭とも云い得るものを感じ、いよいよ異郷の温泉地に来た感を強くした。

脱衣場に入ってみると我々の他に誰もいなく、また、あまり多くの人が使用した痕跡もなかった。あるいは、この時季のS浜の温泉宿は、大体このような状況であるのかもしれない・・。

ともあれ、久しぶりに兄と大浴場に入ってみると、風呂というよりも、アミューズメント・プールに来たような感じになり、めいめいで好みの種類の風呂に浸かりに行った。この露天風呂からの景色はなかなかのものであり、S浜の代名詞とも云われるS良浜、そして右手の海の方にはE月島を一望することが出来た。このような光景を風呂から見たことはなかったため「これはすごい景色だね!」と云うと「うん、この景色は日中も良いけれども、夜もまたなかなか良いんだよ。去年の会社の忘年会は、このホテルを使わせてもらってね、料理がとても美味しくて、それと、この大浴場の露天風呂がとても良かったんだ・・。まあ、それで今日来てみようと思ったんだよ。」と返事が来た。料理に関しては、ホテルフロントから進んで右に曲がる際、かすかに魚を焼く臭いと、白檀ベースの高級なお香が混ざったような、何というか、高級和食旅館のような匂いがしたことが思い出された。


そこで「へえ、ここの料理はやっぱり和食なの?」と聞くと「うん、ここは地の魚を積極的に使っていてね、冬場はクエという魚の鍋を提供しているけれど、これは本当に美味しかったよ・・。」とのことであった。その後、露天風呂から上がり、それぞれ室内浴場の打たせ湯やミストサウナを楽しんだ後、大浴場から出た。時刻は既に10:50を回り、清掃が始まるまで余すところ10分程度であった。


脱衣所で服を着て自前で用意していたタオルを肩にかけつつ館内を歩いていると、入浴による効果であるのか、またしても、昨日夕食後のフワフワするような感じがしたので兄の方を見ると、私と同様タオルを肩にかけ、館内通路壁に設えた地元陶芸家のミニ作品展の陳列作品を順番に眺めていた。そして「ふうむ、これはなかなかスゴイ・・。」などと独り言を云っていたが、私の知る兄は、こうしたことに疎い人間であったはずであるのだが、こちら住んでから、こうしたことも分かるようになったのか・・と、疑念と感心が混ざったような感情が湧いてきた。そこで「え、そこに置いてある陶器は全部同じ人が作ったものなの?」と聞いてみると「うん、地元のWでは結構有名な陶芸家の先生でね、この先生は昔からK州藩で伝えられていた陶器の作成法を復活させて、それと同時に技術の勉強のためもあって、色々なタイプの陶器も作るんだよ・・。で、これは三島手の茶碗だし、その隣のこれは備前焼、いや、色からすると伊賀あるいは信楽かな・・。それでもって、あっちにあるのは、典型的な京都のぼってりとした黒の楽焼だから、こういうのも見ているとなかなか面白いよ。」といった返事が返ってきた。こうした様子を見ていると、私もヨーロッパ文化で学位を取得出来たが、こうした国内の文化を深めてみるのも面白そうだな・・。と、見事に兄の情念引力のフックに引っ掛った次第である・・。

そして、11:10頃フロント前に戻ってくると、さきほど兄に声をかけたフロントスタッフが再度こちらにやって来て「本日は折角の日帰り入浴ですが、なんだか急かしているようで申し訳ないです。」と兄に云って、こちらもチラリと見た。兄は「いえ、入浴させて頂けただけでも大変ありがたいです。この後は少しS良浜を案内してから、また出発したいと思います。」と返事をした。すると「かしこまりました。ではまた新年会や他の宴会などのご相談がありましたら、是非ご連絡ください。」と元気な声で云われ、兄は頭を下げて「ええ、その際はまた、どうぞよろしくお願いします。」と笑顔で答え、さらに「すみませんが、そこのラウンジで少し休憩しても良いですか?」と聞いたところ「ああ、いいですよ。しかし、申し訳ないですがラウンジのスタッフは現在、休憩に入って居ませんので、ご注文をお聞きすることは出来ませんが・・。」とのことであった。そこで我々はラウンジの椅子に座り、しばし休むことにした・・。

その後、11:40頃まで、ラウンジで休息し、ホテルを後にしてS良浜に出た。行ってみると、本当に文字通りの「S浜」であり、砂浜が白かった。また、遥か沖合には航行している大型船が見え、ここでも少し、現実とは異なるような感覚を味わい、名残惜しさはあるものの、S良浜を後にして駐車場の車に戻り、再度出発した。運転をしつつ兄は「つぎの目的地はね、本州最南端のK本の少し手前にある、S町というところで、ここからはまた、1時間以上は掛かると思うから、近くのコンビニで何か買って行こうか。」と云った。

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2020年6月10日水曜日

20200609 【架空の話】を25話まで作成してみて・・(少し疲れました。)

おかげさまで昨日投稿の【架空の話】・其の25にて、一連の【架空の話】が25記事となりました。これを始めた当初は「果たしてどこまで続けることが出来るか・・」といった感じでしたが、現在に至っては「今しばらく続けることが出来るのでは・・。」と考えています。つまり、自身としては、この【架空の話】25回の投稿は、初めての経験でありながらも、ある程度続けることが出来たことから生じる、一種の達成感のようなものがあるのです。

その一方で、暑くなりつつある季節柄もあってか、一連の記事作成によって、いくらか体力も消耗したようであり、ここ最近は疲れ気味であると云えます。そこでまた、ブログ記事の作成を気に病まないで良い期間を自身に設けたい思い、それは当ブログ開始から丸5年となる来る6月22日以降しばらくの期間にしたいと思っています。5年間、5日のうち3日以上、記事作成を継続したのであれば、しばらくの間、1~2週間程度は、休息を取っても良いのではないかと思うのですが、如何でしょうか。

また、ここ最近いくつか、一連の当ブログに掲載させて頂いている「勉強会のご案内」について、お問合せを頂きましたので、こちらにつきましても、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。また、この「勉強会」につきましては、さまざまな様式、分野にて、ある程度の幅を持って対応可能ですので、お気軽にお問合せ頂ければと思います。


問合せ先:tsurukiclinic2001@gmail.com

くわえて、これに関連して私見を述べさせて頂きますと、是非、昨今の世相・ご時世であるからこそ、医療系の大学・医療法人等にて、人文社会科学系の中でも特に国際関係論・近現代史の領域での特別講義、勉強会を開催して頂ければと思います。と云いますのは、人体に関してのさまざまなメカニズムや機序を学ぶのと類似したスタンスで近現代史の流れなどを学ぶことにより、その先、一生覚えているであろう人体に関するメカニズム・機序とシンクロし、生きたものとして心に留まり、そして、それを核として新たな考えが出てくることもあるのではないかと思われるからです。

約言しますと、異分野の方々との上下関係を(必要以上に)介さない率直な対話の中にこそ、何と言いますか、新たな「何か」の種があるように思われるのですが、これについては、我が国の場合、そうした発展様式は稀であり、どうしたわけか自閉化し、さらにガラパゴス・島宇宙化していき、そこから夜郎自大的傾向が生じていくといった特徴があるように思われるのですが、そのブレーキ・抑止材となるような要素が人文社会科学系の歴史全般とりわけ近現代史に強くあるのではないかと考えるのですが、さて、如何でしょうか?


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2020年6月9日火曜日

20200608【架空の話】・其の25

【架空の話】
夜のW市街は首都圏に比べると、街の灯りがまばらであり、寂しい感じもしたが、同時に、冬の夜の澄んだ空気は、周辺の自然環境に由る濃厚とも云える薫りが強く感じられ、何やらフワフワとした心地良い感じがしたが、あるいはそれは、なれずしによる酔いと、地域の自然の薫りが強い大気による相乗効果が私に及ぼした影響であるようにも思われた・・。

その後、22:00少し前には家に着き、兄と私は交互に風呂に入り、歯磨きなどを済ませてからリビングルームでしばし駄弁っていたが、日が変わる頃には、いよいよ眠くなり、どちらともなく「じゃあ、明日も早いから寝ようか・・。」といった感じになった。最後に兄は「じゃあ、明日は県の南の方に行ってみようと思うから、よろしく。」といって自室に入った。私は布団を用意してくれた部屋に入り、明日の準備をして床に就いた。時季のため、はじめ布団が少し冷たく感じられたが、しばらくすると、体温で心地良い程度までに温まってきて、それに伴い眠気も全身に広がり入眠に至った。

翌朝7:00頃、目を覚ますと、兄の方も丁度、起きて来たところのようであり、寝間着のままで洗濯機を操作しているところであった。私は寒さもあるため出来るだけ手早く着替えてしまい、実家と同じシリアルを兄の分と二つ準備した。兄の方も「お、ありがと。」とそれを食べつつ、着替えなど、準備を始めた。レザージャケットは昨日と同様であったが、その下は、適度に色落ちしたダック地のブッシュパンツにオフホワイトのネル地ボタンダウンを着ており、これまた何というか探検家スタイルであった・・。ちなみに家を出る際に履く靴をそれとなく確認すると、靴紐がなく、甲の部分にモンクストラップシューズのようなストラップが付いた7インチ丈のビーンブーツであり、その恰好には適した選択であったように思われる。出発時刻は8:00を少し回った頃であった。

さて、今度は早々にW市街地を離れ、高速道路に乗り、南に向かった。周囲の風景が昨日以上に自然が濃くなっていき、はじめに渡ったA田川では、河川両岸の丘陵地一帯にみかんが栽培されているということであったが、その収穫時期は、もう大体終わっているとのことであった。また、続けて兄は「このA田というところは、知っていると思うけれど、みかんで有名で、それ以外でも面白いところなのだけれど、今日向かっているところは県の最南端の方で、まあディープ・サウスと云ってもいいかもしれないけれど、そのあたりは、また県北部とは色々と違うんだよ・。」とのことであった。ちなみに本日も先ほど、カーステレオからインディ・ジョーンズのテーマ曲が流れていたが、それ以外は邦楽のたとえば、元ちとせの「ワダツミの木」や中島美嘉の「朧月夜~祈り」といった、何と表現するのか、昔の日本を連想させるような楽曲が多かったように思われる。ともあれ、車はさらに半島を南下して、高速道路でH川を渡っている時に「そういえば、歌舞伎の「娘道成寺」や能の「道成寺」の舞台って、このあたりだって知っていた?」と兄がハナシを振ってきた。「ええと、あの女の人が蛇になって川を渡って、お寺の釣鐘に隠れていたお坊さんを焼き殺してしまうハナシでしょ。・・そのお寺がこのあたりにあるの?」と私がハナシの筋を思い出しながら問い返すと「そうそう、その道成寺っていうのは、このH川の北岸にあるお寺でね。たしか遅くとも奈良時代には創建されていた古いお寺なんだけれど、その境内の、どのあたりか分からないけれども、とにかくお寺の敷地から、弥生時代後期の1~2世紀あたりに作られたと思しき大型の近畿式銅鐸が出土しているんだ・・。それで、釣鐘にまつわるハナシで有名なお寺の境内から、同じく青銅を材料とした鐘・ベル型の古代の文化事物が出土しているって、なんだか因縁めいていて不思議だと思わない?」と、さらにハナシを大きくして問いかけて来た。とはいえ、そうしたハナシ自体は興味深く、また、ある意味、兄らしい視点であると思われた。そして「うん、それはたしかに面白いね。それで、その「道成寺」のハナシのスジの元祖もこのあたりなの?」と問い返してみると「う~ん、それもたしかに面白い視点だね・・。このハナシはたしか平安時代末期に書かれた「今昔物語集」に載っているのだけれど、それ以前については、たしかな起源と判断出来る国内文献での記載はないことから、あるいはこのあたりが発祥なのかもしれないね・・。でも一方で、今昔物語自体、インドや中国といった外国の説話を、日本のそれも含めてまとめたものだから「娘道成寺」の元ネタも、調べてみると、あるいは海外にあるかもしれないね・・。」とのことであった。

こうしたハナシはなかなか面白く、また、さきの出土した銅鐸表面に焼かれたような痕跡があったとしたら、それはそれで更に因縁めいてきて、かなり興味深いところではあると云える。さて、そうこうするうちにG市を通過し、梅で高名なM町も過ぎてT市に入った。この少し先の温泉で名高いS浜で高速道路は終わるそうで、我々は9:30頃にそこに着いた。このあたりは昨日のW市街と比べても、さらに大気に自然の薫りが濃厚であり、久しぶりに深呼吸をしてみたくなった。兄の方は先の予定を見越して「じゃあ、このあたりで一休みしようか。」と、さらに車を走らせS浜の市街地(温泉街)に入った。時刻は10:00前であった。

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2020年6月6日土曜日

20200605【架空の話】・其の24

【架空の話】
まあ、そのお店では普通の棒寿司もあるから、それと食べ比べてみたら面白いと思うよ。」とのことであった。発酵させた魚というと、私はクサヤを想像して多少尻込みしたが、とりあえず地元では問題なく食べられていて、そして兄も食べたことがあるのであれば、まあ食べられないことのないかな・・。」と思った。そして時刻は出発予定時刻の18:30まで10分程度となっていた。そこで、再び外出する準備をして18:30少し過ぎに兄の家を出た。外は既に暗くなり、また思いのほかに寒く、手袋を持ってこなかったことを少し後悔した。

兄は運転しながら、片手でカーオーディオを操作して曲を掛けた。その曲は、かねてより兄がよく聴いていた「Blues Traveler」の「Run-Around」という曲であった。しかし、私個人の感覚からすると、この曲は冬よりも晩春や初夏あたりの少し暖かくなってくる時期の方が合っているように思われた。ともあれ、兄は今度はあまり話さず、かといって不機嫌でもない様子で運転をしていた。そして再度、車が市街地に入ってきた頃にStingの「 Englishman In New York」という曲がかかった。この曲は知っていたが、同時にこの曲は、丁度この時季の状況に似つかわしいなと思っていると「もうあと5分もしないで着くよ。」と兄が云ったため外の様子を見ると、左手前方にW城が見えていたが、その横を通る前に右折し、かつては賑わっていたであろうと思しき商店街の横を通り過ぎ、さらに進んだ。すると、比較的大きな十字路に出て、そこで兄が「ほら、前の右側の方に店が見えてきたよ。」と云った。すると、道路沿いのバス停すぐ近くに、これまた味のある構えの寿司屋さんが見えた。兄は店のすぐ横にある駐車場に車を停め、早速店内に入ると、丁度他のお客さんが精算をしているところであり、兄は「どうも、二人ですけれどもカウンター席で良いですか?」とカウンター内にいる若い板前さんに聞いた。すると「ああ、どうも、カウンターでもかまへんよ。」と比較的柔和な紀州弁と思しき返事が返ってきた。そこで兄と私はカウンター席に座ると、上品な感じの少し年配の女性が寿司屋特有の大きな湯呑に注がれたお茶を持ってきてくれた。そして「どうも、今日はお二人さんですか?」と兄に訊ねてきた。それに対して「ええ、弟が来ましたので、この地の「なれずし」を食べてもらおうと思いましてね。それで、今日はまだありますか?」と問い返した。すると「ええ、丁度今時分が良い具合になりますので、今日のは美味しいと思いますよ。」とのことであった。兄は「ああ、それは良かった。じゃあ今日は、なれずしと早ずしを一本ずつと、あと、赤だしのアラ汁を二つください。アラ汁は寿司が出てからで、お願いできますか?」と手早く注文した。こうした昼もラーメン(中華そば)屋さんで見せたような兄の如才なさは、かつての学生時代では知らなかったことから、ここでもまた驚いたが、社会に出て勤めるようになると、こうした行為態度を自然と身に着けることが出来るようになるものなのだろうか?

ともあれ、兄は注文を済ますと、私に「とりあえず、なれずしと早ずし一本づつを二人で食べれば、そこそこ満足出来ると思うから、それを食べて、また何か食べたかったら、注文して。」と云い、そしてカウンター内の板前さんに「どうも、今度は私の弟を連れてきました。初めてのなれずしですので、また反応がちょっと楽しみですね。」と笑顔で話しかけた。すると「さきほど会計をしていた年配の店主と思しき板前さんが、少し困ったような笑顔で「毎度どうもありがとうございます。それで先日W大学の先生がフランスの方を連れて来ましたが、その方は「私の国のチーズにもこのようなものがあるます。」と完食しましたが、同席された別のW大の日本人の先生はどうしても食べれないようで、何だか困ってしまいましたよ・・。」とのことであった。たしかに店内の壁には、さまざまな色紙や古い新聞記事などが飾られており、どうやら、あまり目立たないものの、このお店は地元の老舗であることが見て取れた。

私は兄に続いて「そのなれずしはそんなにクセがあるのですか?」と訊ねると私の近くにいた若い方の板前さんから「まあ、こればかりは実際食べてみよらんとわからんねえ。」と笑顔で返事が返ってきたが、手元は動いていた。

さて、そうこうするうちに「なれずし」と「早ずし」双方が運ばれてきたが「なれずし」の方は噂に違わぬ独特の芳香を醸し出しており、それを精確に食欲を増進するように表現することは困難と思われるが「くさや」よりはマイルドで、臭いの強いチーズの魚バージョンとでも表現すれば良いのだろうか・・といった感じであり、兄は「ほら、これが名物の「なれずし」だよ。と云って、すしを包む葉っぱを取りながら、一片を私にすすめてきた。私は意を決して、少しだけ醤油を垂らしてその一片を口中に投ずると、決して食べられない味ではないことは瞬時に分かり、また、今までに食べたことのないその独特に味わいに、精確に言葉を当てはめることの困難さを感じた。恥ずかしながら、これは今もって適切な言語表現を付与することが困難であるが、他方で云えることは、臭いの強い発酵食品を食べることが出来る人であれば、一回は経験しておいた方が良い味ということである。

そして、その後、早ずしを食べてみると、こちらの方は現代的な味覚で大変美味しい寿司であり、ごく稀に口にする関西の鯖の棒寿司をより素朴と云うか、元のカタチに近くしたものと評することが出来るのではないかと思われた。

さらに面白かったのは、付け合わせの生姜が酢漬けの一般的な「ガリ」でなく、ナマの生姜を切ったものであったことだ。そして、私が食べている様子を見ていた兄は「ほお、食べれるのか。それは良かった。」と云いつつ、自分も両方の寿司を交互に食べつつ、運ばれてきたアラ汁を啜っていた。

私個人の感想としては、この寿司屋はもう少し知名度が上がっても良いのではと思われたが、店側の方にあまりそういった強い商売っ気がなく、美味しいなれずしを作り、それを供すること以外にあまり関心がないのかもしれない・・。そして見ようによれば、これは一種の地域の伝統芸とも云えるのではないだろうか。

ともあれ、この両方の寿司をアラ汁と共に美味しく頂き、兄を交えてお店の方々としばらく話していると、お酒を飲んでいないのにも関わらず、酔ったような感じになってきた。無論、この寿司にはアルコールは含まれず、これは初めて食べる発酵食品に対する身体の反応ではないかと思われたが、これもなかなか不思議な経験であった。

そして、21:00頃に店を後にした。帰りの車内で「どう、これもなかなか美味しかったでしょ。」と兄が訊ねてきたため、私は「うん、なれずしでちょっと酔っ払ったかもしれないけれど、両方とも美味しかったね。特に早ずしの方は、向うに帰っても注文したいくらいだよ。」と返したら、兄は「・・そうか、じゃあ電話注文で明日にでも、実家に送ってみようか。」と思い付いたように言ったため「ああ、それはいいかもしれない。早ずしだったら美味しく食べられるでしょ。」と返答した。

夜のW市街は首都圏に比べると、街の灯りが疎らであり、寂しい感じもしたが、同時に、冬の夜の澄んだ空気に周辺の自然環境から来る香りが強く感じられ、何やらフワフワとした心地良い感じがしたが、あるいはそれは、なれずしによる酔いと、地域の濃厚な自然を感じさせる大気による相乗効果が私に及ぼした影響であるようにも思われた・・。そして、車が兄の家に着いたのは22:00少し前であった。

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2020年6月4日木曜日

20200604 【(概ね)事実に基づいた話】以前の勤務でのハナシ

【(概ね)事実に基づいた話】
ここ二十数回にわたり【架空の話】を記事として作成してきましたが、先日、ある方からフェイスブックでシェアした投稿記事に「いいね!」を頂いたことから、あることを書いてみたいと思うようになりましたが、現在連続投稿している【架空の話】では、そのことを挿話とすることは困難であると思われることから、今回の投稿記事は、それを題材として以下に記事を作成します。

かつて、私は主に首都圏で訪問歯科診療を行っている比較的大きな医療法人にて勤務していた時期があった。

この職は「訪問歯科コーディネーター」というものであり、訪問歯科診療を行う医院にて、診療の手配や受付けやクレーム等の対応、会計業務、そして周知活動と云う名の営業活動を担い、ある種、マルチタスクが要求される職種であった。

私以外の同法人勤務コーディネーターの背景は多様であったが、その多くは営業畑の出身者であった。それに対し、私の営業経験と云えば、以前、観光業に就いていた五年間に、それらしきことを何度か行った程度のものであり、ほぼ皆無といって良い。

その一方で「歯科医療業界について知っている」と思われて働くことになったわけであるが、これには思いのほか苦労した。それでも、ここでの経験も決して悪いものばかりではなく、おそらく今後更に必要性・重要性を増すであろう訪問歯科診療の舞台裏を見ることが出来たことは、貴重な経験であったと云える。

とはいえども、私はマルチタスク的業務が大の苦手であり、周囲の方々には色々とご迷惑をお掛けしたと思う・・。そうして入社後数カ月経った頃、法人側もそうした事情を認識したようであり、私は同法人が新たに設立した一般社団法人の事務局に遷され、ここで医療介護職に特化した求人求職サイトの運営業務を担当することになった。

この業務は、端的に医療介護職の求人情報を入手し、それを運営する求人求職サイトにアップするというものであり、ここで私の属性とされた「歯科医療業界について知っている」が役立つだろうと判断されたわけだ。

しかし、母体の法人がさきに述べたように、訪問歯科診療の周知活動を行っているのであれば、居宅介護支援事業所や訪問看護ステーションや歯科診療部門のない病院などの求人情報入手は可能であるようにも思われるのだが、私以外、この業務を行うスタッフはおらず、一人で歯科医療機関や医療機関を回って求人情報を入手し、それをサイトにアップし続けた。これは当初、本当に苦労して胃が痛くなったりもしたが、さまざまな周囲の方々の援助・ご支援により、徐々に求人情報を集めることが出来、結果として、数百件の求人情報を集めることが出来た。

繰り返し、これには法人スタッフからの支援はほぼなかった。しかし、それでも法人スタッフを責める気は全くない。何故ならば、彼等はその業務の専属スタッフではなかったからだ。

ともあれ、さきに述べたように、ある程度の求人情報を入手出来たとなると、法人側の対応もいくらか変化し、法人内の医療スタッフ(歯科医師・歯科衛生士)向けの勉強会の管理なども担当させて頂くようになり、そこで法人内各診療所の歯科医師とも話す機会が出てきた。

その中で私によく話掛けてくださったのは、本院診療所に勤務されていた女性歯科医師であり、二人の息子さんがおられ、専業主婦であったが、息子さんの教育が一段落したため、歯科診療に復帰された方であった。

この先生は、診療と共に勉強についても熱心であり、特に訪問歯科診療の現場で重視される摂食嚥下機能のリハビリテーションに強い関心を持たれていた。そしてある時、この先生から「**さん(私のこと)、摂食嚥下の機能評価やリハビリテーションで定評のある**歯科大学の**教授の研究室に友人の歯科医師数人と見学に行きたいのだけれどセッティングは出来ますか?」と訊ねられ、私の方は全く伝手がないわけではなかったことから、とりあえず指導教員(師匠)に連絡してみると「ワシの門下だと云えば繋いでくれるハズや!」とのことであった。師匠のコトバを疑うわけではないが、おそるおそる**教授の研究室に電話をかけて事情を話してみると、本当に普通に繋いで頂き、そして見学の件もスムーズに了承して頂き、後日実現にまで至った。
(この時、もう一人の先生にもご尽力頂いた。)

そして、その後も見学された**教授の門下が運営されている先進的な取り組みを行っている歯科医院の見学などもセッティングさせて頂き、いつしかこの先生は「日本老年歯科医学会の学会で発表してみようかしら・・。」と云われるようになり、大学に勤務されている友人や、さきの**教授の研究室の先生の助け、そして私も少しだけお手伝いをして、学会発表にまで至った。

この時、先生には大変喜んでいただき、私も研究室見学の依頼から学会発表までの経緯を見ることが出来、充実感とも達成感とも云えるような感覚を覚えたが、良い出来事のあとには悪い出来事が生じてしまうものであるのか、この先生の学会発表を知った法人内の主流派歯科医師等から何かと責められるようになり、また法人理事に事実無根の告げ口などもされて勤務し辛い状況になってしまった。また、それは私についても同様であり、そうした理不尽な仕打ちに、やり場のない怒りを感じたが、それは云ってもどうにかなるものではないと思われ、また、徹底的に反論しても得るものは少ないと思われることから諦めた。

【他方、この法人での勤務時に、生まれて初めて月五十万円以上頂くことが出来たことから、それはそれで良かったと思われる部分もなくはない・・また、現在の私はそれよりもはるかに貧しいことを追記しておく。】

ともあれ、先日、その先生からフェイスブックでシェアした投稿記事に「いいね!」を頂いたことは嬉しいことであったことから、ここに記事としました。今後益々のご活躍を願っております。

*そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!






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20200603【架空の話】・其の23

【架空の話】
この古墳散策は長時間にわたり、駐車場への歩道を帰り道で歩いている時には、日は陰り薄暗く、そして肌寒くなってきていた。また、この散策で集中力と体力を消費したためか、帰路は言葉数も少なく、それは車を走らせている時も同様であった。

**千塚古墳群を後にして車を走らせていると、次第に朝に見た兄の家近くの風景となり、そして到着した。ドアを開け玄関に入ると、二人とも疲れた感じで靴を脱ぎ、兄は先ずトイレに行き、私は手と顔を洗い、うがいをしてから自分の荷物が置いてある部屋に入りタオルを取り出し、手を顔を拭った。するとトイレを出てリビングルームにいた兄が「ああ、うちのタオルも遠慮なく使ってよ。」と云ったため「うん、お風呂に入る時には使わせてもらうよ。」と返事をした。兄は軽く頷いてから「よし、またしばらく休んでから夕食を食べに行こう。」と次の行動を話題にした。私の方は、夜行バスであまり寝られずにこちらに到着してから一日中歩き回っていたことから、これからの外出は少々億劫であったが、他方で、折角兄が立てた計画にケチをつける気もなかったため「え、今度はどこに行くの?」と訊ねるに留めた。それに対して「うん、今度はWの中心市街地にある寿司屋さんに行こうと思っているんだけれど、今日はやっているかな?」とスマホを取り出し、何やら調べて「よし、やっぱり大丈夫だ!それじゃあ、今が17:30だから、18:30に出れば19:00頃には着くから、そのつもりでいてね。」とのことであった。


兄の方も手洗い、うがいを済ませ、少しスッキリとして、リビングのソファに腰を下ろした。私の方もそれを真似、リビングの他のソファに座った。帰宅直後に暖房は入れたものの、室内は未だ寒く、兄はレザージャケットを脱いでいなかった。そこで、それをハナシのネタにしようと「さっきから少し気になっていたんだけれど、兄貴が来ているレザージャケットは、見たところ軍モノっぽいけれども、微妙にカタチが違うと思うんだけれど、それはどこの何て云うカタチなの?」と訊ねてみた。

すると兄は「ああ、これは映画「インディー・ジョーンズ」で主人公が着ているレザージャケットのレプリカだよ。作りも結構しっかりしていて、なかなか良いよ。」と返事をした。たしかにそのカタチは前世期前半頃に特徴的なものであり、また、革の微妙な光沢にも味があった。私は「それじゃあ、前に持っていたA-2とかのフライトジャケットはどうしたの?」と重ねて訊ねると「ああ、前に持っていたフライトジャケットの多くは人にあげたりしたよ。最近はどうも過去の大戦での物語や背景を持つシブいフライトジャケットのレプリカよりも、自分の実人生の方をそんなシブいものにしようと思うようになってね・・。いや、こういったことは、多分**も分かると思うよ・・。」と少し照れたように言った。こうした発言はかつての兄ではしないように感じられたため、そこには何らかの原因のようなものがあったのではないかと思われたが、それについては訊ねなかった。そして「ふーん、まあたしかに何かに仮託することなく、自分自身のシブいジャケットにしていこうと思うのは何となく分かるなあ。」と返事をした。すると兄はおもむろにソファから立ち上がってキッチンに行き、グラスを二つ手に取り、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して戻ってきた。そして「もう暖房も効いてきたから、お茶でも飲もうか」とグラスにお茶を注いで、手渡してきた。私も丁度、喉が渇いてきた頃であったため、早速飲み始めた。兄は続いてテレビのコントローラーを手にしてスイッチを入れた。丁度、夕刻の報道番組が放映されていたが、そこにはあまり注視せず、そのまま音量を下げ、私に「もう18:00過ぎか、もうじき、また出発するけれども、今から行く寿司屋さんがまたスゴいんだよ。俺は関東しかも首都圏の出身だから知らなかったけれども、寿司っていうのは元々、発酵食品であり、当時としては保存食の一種だったんだよ。それで、その名残で握り寿司のシャリが酢飯なんだけれども、本当の元祖は、このシャリは本当に発酵して酸っぱくなっているご飯だったんだよ。ああ、それで、**は琵琶湖周辺で作られている「ふなずし」って知っている?あれも系統的には、これから食べに行く寿司と同じなんだけれども、Wは海が近いからね「ふな」じゃなくて「サバ」とか「サンマ」を使って、あと「ふなずし」と違うところは、発酵の際に用いるご飯も一緒に食べることだね。だからカタチとしては昆布とかで巻かれたサバの棒寿司と、ほぼ一緒なんだけれど、それが本当に発酵しているってことだね。まあ、普通の棒寿司もあるから、それと食べ比べてみたら面白いと思うよ。」とのことであった。発酵させた魚というと、私はクサヤを想像して多少尻込みしたが、とりあえず地元では問題なく食べられていて、そして兄も食べたことがあるのであれば、まあ食べられないことのないかな・・。」と思った。そして時刻は出発予定時刻の18:30まで10分程度となっていた。


*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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