2020年5月18日月曜日

20200517【架空の話】・其の15

【架空の話】
「先日受けた説明によると13:00からHPにて掲示とのことであり、時刻を過ぎ、更進ボタンを押してみると、学科毎の合格者の受験番号が掲示されており、口腔保健工学科の欄を見てみると、果たして、そこには一つだけ番号が掲示されており、それは私の受験番号であった・・。

とはいうものの、いざ合格してみると、その実感らしきものはなく「そうすると、生まれて初めての引越しを経験することになるが、どうしたものか・・。」といったことの方が気がかりになり、そこで、すぐさまBにメールを送り、合格したことを伝えた。すると「良かったな。今後忙しくなると思うけれど、Kでの家探しでは協力できるかもしれない。」といった返事が来て、くわえて「最終面接まで行った。こちらは結果が出るまでもう少し時間がかかりそうだ。」とも記されていた。

次いでD先生の医院に電話を掛けると、ごく短時間ではあるるが、電話口に出てきてくれて「ああ、それは良かった。また今度夕食にでも行って、そこで話そう。」とのことであった。しかし、丁度あの時、歯が痛くなり、D先生の医院に行かなければ、このような事態には至らなかったと思われることから「偶然とはスゴイものである。」と同時に「あるいは、これは必然であるのかもしれない。」とも思い、そこから、偶然と必然の違いというものが、イマイチよく分からなくなった・・。

また、自宅に電話をかけて編入試験合格を伝えると、電話口に出た母親は「そお、受かったの・・それじゃあ、まあ頑張りなさい。」と、あまり気のない返事であった。おそらく、母親としては、二つ年上の兄も就職で既に家を出て、そのうえ私も遠いk県まで行くというのは、少なくとも手放しで歓迎出来る事態ではなかったのかもしれない・・。

そういえば、ここで兄がハナシに出てきたが、私には兄がいる。父親と同様、理工学部に進み、その分野での通例通り修士課程を修了し、某家電メーカーに就職し、現在は、近畿地方W県の事業所にて勤務している。仕事が忙しいのか、ここ最近は、あまり連絡がないが、以前に愚痴っていたのは「理系出身だから研究所に配属されると思っていたら、どうしたわけか、営業部署の配属になって大変だ。」といったことであった。しかし一方、W県での生活は、それなりに楽しんでいるらしく、向こうでバス釣りをはじめたことや、中古の自動車を購入したことを幾分誇らしげに伝えてきたこともあった。

また、私もそうした兄の様子を見て「何処か他の場所に行くのも悪くないのでは・・。」と思うようになっていたのかもしれない・・。

くわえて、兄からの他の影響と思われることは、古着も含めて洋服好きであるということである。傾向として兄は、所謂アメカジが好きであり、とりわけ第二次世界大戦頃の米陸軍航空隊のフライトジャケットを好み、各メーカーが製造しているレプリカのフライトジャケットは、片手では数えきれない程持っていた。おそらく、アルバイトで得た収入の多くを、そちらの方に費やしていたのではないかと思われる・・。

さらに、この趣味に拍車が掛かり、レプリカのあまり高価ではない布製フライトジャケット(たしかB‐10という型であった。)を購入し、サンドペーパーや洗濯機などを用いて布地にアタリや退色感が出るように加工し、背中に何やら絵を描いたりし、さらにジッパーを部品取りするために比較的安価な、状態の良くない1940年代のジャケットを購入し、ジッパーを外して加工したフライトジャケットの方に取り付け、いかにも本物のヴィンテージらしく見えるような加工をしていた。兄から聞いたハナシによると、このジャケットを都内のヴィンテージ古着を多く扱っていることで有名な店に、買取希望として持込み、店員によるチェックで本物のヴィンテージであると認められ、かなり高額での買取を申し出て来たという・・。

しかし、ここまでやると多少やり過ぎの感もあると云えるが、単純に兄は、自分の加工したジャケットをプロに評価してもらいたかったのだと思う。その証左として、兄はそのジャケットを店に売却せず、そのまま大学での作業着として愛用していた。

ほかにも、これに類したハナシはいくつもあるが、現在の兄は、洋服よりもバス釣りや自動車の方に興味が向いているようであり、私がK県に行く前に一度、訪問してみようと思った。この訪問については、また別の機会に書きたいと思う。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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2020年5月16日土曜日

20200515【架空の話】・其の14

【架空の話】
「その日帰宅したのは24:00少し前であり、かなり久しぶりの飛行機による移動、そして何より、生まれてはじめての編入試験で疲れたのか、この日もストンと寝付くことが出来た。翌日は2限目からの講義であり、少し休めると思ったが、修士(博士前期課程)2年目になると、履修科目の状態は、このような感じになるのではないだろうか・・。

翌日2限目の講義に出席し、その後、あまり人に会わないように一人、学食テラス席にて岩波文庫版の カレル・チャペック著「山椒魚戦争」での山椒魚と人間の戦争が始まるくだり(英仏海峡事件のあたり)を読んでいると、横から聴き慣れた声で「やあ**君、今日は何を読んでいるのですか?」と訊ねてきた。声の主は指導教員であり、この先生の声は、若干オクターブが高く、言葉が明瞭に聞き取れるのは良いが、反面、あまり感情に訴える要素は少なく、どちらかというと、理性に訴えるような響きが強いと云える。こうした声の持ち主は、その後も何名か出会ったが、総じて、軽躁の気があったのではないかと思われる。そして、出来ることなら、自分もこうした声になり、さらに軽躁気味にもなりたいと願うようになったが、今のところ、そうした変化は全く見られない。

私は指導教員に「ああ、先生ですか。今日は「山椒魚戦争」を読んでいます。この作品は1920~30年代の世界情勢や時代精神を知るうえで、とても参考になりますね。」と著作を示しながら答えた。すると指導教員は「ははあ、その作品はたしかに面白くて、フィクションなのに芸が細かく、現実っぽく仕上げているところがとても秀逸ですね。あと、当時の世界情勢、時代精神についての君の指摘も間違っていないと思いますね。ええと、その著作はたしか1930年代半ば頃に刊行されたと思いますが、そこを基点として大体10年前に刊行のトーマス・マンの「魔の山」そして、大体10年後に刊行のジョージ・オーウェルの「1984年」の3作品をそれぞれ読んでみますと、何と云いますか20世紀前半の時代精神の推移といったものが見えてくるのではないかと思いますね。・・あ!これは学部ゼミの講義で使えるかもしれない・・。いや、いや、まあ、それは置いておいて、たしか先日、編入試験を受けてきましたよね?」と少しだけ真顔になって訊ねてきた。本日の指導教員は、先日より明るいブルーのブロード地ボタンダウンをこれまた腕まくりして着て、片手にコーヒー用の蓋付き紙コップを持ち、もう片方の手は濃いベージュの古風なパイプドステムのチノパンのポケットに入れていた。

こうしたことを訊ねてくるのも指導教員の務めの一つであるのか、あるいは単純な好奇心からであるのか不明であるが、この先生の場合、様子を見ていると、どうも後者の方が強いのではないかと思われる・・。ともあれ私は「ええ、昨日、編入試験を受けて深夜にこちらに戻ってきました。試験の出来はボチボチでしたね・・。英論文の翻訳は、院の講義で使う向こうの経済誌の翻訳などに比べれば、素直な文章で比較的訳しやすいと思いました。しかし、その意味はイマイチ分かりませんでしたが・・。あと、小論文と実技試験は、まあ、自分なりに頑張りましたので、あれで落ちていれば、まあ、仕方ないとあきらめます・・(笑)。」と少し先回り気味で返事をした。

すると、指導教員は「ふーん、そうですか・・。まあ「人事を尽くして天命を待つ」といったところでしょうかね・・。上手いこと行っているといいですが・・。あと、それはそうと、来年度からは私のところにも一人、新しい院生が来るかもしれません。まあ、君の今後の身の振り方が決まりましたら、また一緒に夕飯にでも行きましょう・・。」とのことであった。A大学は比較的小規模な大学ではあるものの、戦前の私立旧制高等学校の流れを汲んでおり、ところどころには、未だこうした教員と学生のあまり壁のない交流の文化が残存していたのかもしれない・・。

ともあれ、そのような会話ののち、私は図書館で少し調べものをしてから帰宅し、夕刻頃、D先生の医院に電話をかけた。「あ、先生どうも、昨日試験を受けて戻ってきました。そこで本日少しそちらにお邪魔したいのですが、よろしいですか?」と訪ねると「ああ、今日はあまり患者さんが多くないから、そうだな19:00頃に来てもらえればCさん共々相手出来るよ。」とのことであった。そこで指定の時刻に医院に着き、ノックをして待合室から診療室に入ると、先生はカルテに何か記入をしており、Cさんは治療に使用した器具の後片付けをしていた。両名とも私の姿を認めると、それぞれの作業を止め、D先生が「・・おお、よく来たね。それで昨日、試験の後、前に話した口腔保健工学科で教員をしている同期の友人から電話があってね。まあ、ハナシを聞かされたよ。いや、今回の口腔保健工学科の編入試験を受けたのはどうやら君一人だったようだね・・。これでもし、君が合格していれば、私は彼等から少しは感謝されてもいいのかもしれないね・・。まあ、先のハナシはまだ分からないけれども・・。」と云った。Cさんは「どのくらい志願者がいましたか?」聞いてきたため、私は「ええ、全体で20~30名ほどであったと思います。そのうち7~8割方は女性でしたが、歯科衛生士学科(口腔保健学科)の編入希望者は何人かいたのではないかと思います。」と当てずっぽうな返事をした。また、続けて「結果は1週間に郵送で知らせ、あと大学HPにも掲示されるとのことです。」と言い添えた。ともあれ、以上の報告を今回お世話になった二人にしてから、しばらく雑談をした後、医院を辞して帰路についた。そして、帰り道の途中でCさんのKでの出身地を聞くことを忘れていたことを思い出し、少し後悔した・・。Bに対しては、メールにて編入試験を無事終えたことを伝えていたが、夜になって「それはご苦労さん。こちらも2日後に二次面接だ。」と短いメールが届き、それに対し「頑張れ。来年二人してK行きになったら面白いな。」と返信した。

それから1週間はバイトや論文の調べもので費やされ、HPでの合格者掲示の日は、1時間ほど前から院生研究室にてHPを開いて待っていた・・。こういう時はやはり落ち着かないものであり、院生研究室から出たり入ったりを繰り返し、また、HPの更新ボタンを何度も押していた・・。先日受けた説明によると13:00から掲示とのことであり、時刻を過ぎて、更新ボタンを押してみると、学科毎の合格者の受験番号が掲示されており、口腔保健工学科の欄を見てみると、果たして、そこには一つだけ番号が掲示されており、それは私の受験番号であった・・。

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2020年5月14日木曜日

20200514 1300記事の到達 嗅いで視る動く車の三つの外・・

おかげさまで、昨日の記事投稿により総投稿記事数が1300に到達しました。かねてより、今月内での1300記事への到達を目指していましたが、これは思いのほかに早く達成できました。次は来月、6月22日まで、ある程度のペースを保持して記事作成を継続したいと考えています。これにより当ブログの継続期間が丁度、丸5年になります。

聞いたハナシによりますと、ブログは5年間続けると大爆発が生じるとのことですが、当ブログにそのようなことは生じるのでしょうか?ともあれ、何れにせよ、今しばらく、具体的には1500記事あたりまでは、記事作成を継続したいと考えています。しかし、これは、おそらく年内での到達は困難であると考え、来年、当ブログの継続期間が6年を迎えるまでに、どうにか達成出来ればと考えています。【丸6年で1500記事の到達】

また、昨日まで書き続けていました【架空の話】ですが、おかげさまで、思いのほか多くの方々に読んで頂き、くわえて、登場人物のモデルとさせて頂いた複数の方々から、この期間内にコンタクトがありました。これは偶然としては出来過ぎであるように思われ、そこには当ブログの【架空の話】と何らかの関連性があったのではないかと思われます。ともあれ、今後も、さらに書き進めて行きたいと考えています。今後ともどうぞよろしくお願いします。

しかし、正直なところ、ここに来て自分が【架空の話】を作成するとは、少し以前までは全く考えていませんでしたので、これは明確に、転居と、現在なおも続く新型コロナウィルス感染症による外出自粛が、自身に及ぼした影響であると云えます。また、これは、進化とは云わないまでも、何かしらの変化とは云えると考えます。【こうした変化は思いもかけぬことを契機として生じることが多い。】

そのように考えてみますと、現今の外出自粛も、悪い事ばかりでなく、捉えようであるのかもしれませんが、しかしながら、やはり、こうした半ば強いられたとも云える外出の規制はストレスが溜まるものであり、早くに自粛期間が終わり、さまざまなところに出かけたいと考えています。そして、その時に、これまでに作成した【架空の話】の続きが、どのような影響を受けるのかは、自身としては興味深い実験であると云えます。具体的には、外出の刺激よって、さまざまな着想が湧き、これまで以上に充実した書きぶりの続編となるのか、あるいは、これまでの溜めたストレスを作成のエネルギーとしていた分、続編を作成すること自体が困難になってしまうのか、ということですが、自身としては前者であることを願う次第です。

ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。



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20200513【架空の話】・其の13

【架空の話】 「案の定、この講義室は、さきほどのK101号室の半分程度の広さであり、普段使用している机・椅子は端に片付けられていたが、そのうち3つの机と椅子が私の前に並び、それぞれに面接者が座り、こちらを見ていた。ともあれ、そこで面白いと思ったことは、彼等全員が白衣を着ていることであり、私はこれまで、こうした面接の場に立ったことがなかったため、そうした光景が著しく新鮮であったのだと思う・・。

さて、こうして3対1の面接が始まったわけであるが、先ず私が受験番号と氏名を名乗り、先方からの許可を得て、着席した。すると、私から見て左側に座っている細身で背の高い教員(H先生)が「**さんですね。試験の出来はどうでしたか?」と割に気軽な感じで訊ねてきたため「はい、あまり自信はありませんが、出来る限りは頑張りました。」と当り障りのない返事をした。

すると同じ方が「ええと、君の履歴書を見てみると、現在、A大学大学院のヨーロッパ文化専攻の修士課程に在籍しているとのことですね・・。それで、そこの院は無事修了できそうなのですか?」とさらに訊ねてきたことから「ええ、この分野は自分の好きな分野であるため、研究自体は面倒なところもありますが、全体的には楽しいと云えますので、特に問題なく修士論文は通ると思います。また、他の履修科目については、すでに所定の単位数は満たしていますので、おそらく大丈夫であると思います。」といった事実を述べた。

すると、真中に座った恰幅が良くて、目の大きな教員(M先生)が「・・しかしねえ、それであれば、そのままの専攻分野の博士課程にでも進めば良いのに何故、わざわざ、この大学の編入試験を受けようと思ったのですか?」と本質的とも云える質問をしてきた。

そこで「はい、たしかに博士課程に進むのも良いと考えていましたが、同時に、かねてより何か手に職を着けたいとも考えていました。そうした時に偶然、D先生の診療を受けまして、こちらの大学のことを紹介して頂き、興味を持ち、今回の学士編入試験を受験させて頂いている次第です。」と、これまでの経緯を述べた。すると、右側に座っているこの中で一番若手に見え、おそらく、私とあまり年齢が変わらないであろう立派な頤をした教員(E先生)がしばし履歴書を注視してから「ああ、君はK出身者ではなくて、首都圏の出身ですか?」と何やら気が付いたように訊ねてきた。すると、さきほどの目の大きな教員が、この若手教員に向かい、持参資料の一部分を示した。すると、この若手教員は、自分の資料を見てから二、三回小さく頷き真中の教員の方を見た。そして、さらに「うん、君の**という姓は、こちらの特徴的な姓なので、元々はこちらの出身で、大学だけ首都圏の方に行った人だと思いました。・・それでもお父さんか御祖父さんはやはりこちらのご出身なのですか?」と、なおも訊ねてきた。

そこで「はい、私の高祖父がこのK出身でして、それ以降は代々、首都圏の方に住んでいます。こちらにも遠い親戚がいるとは聞いていますが、随分と遠い親戚であり、実際にお目に掛かったことはありませんが・・。」と返事をした。すると3名とも、少し顔を見合わせて、左側にいる長身の教員が「ふうん、まあ事情は分かりましたが、もしも、この編入試験に合格出来たら、本当に入学しますか?」と、これまたフランクな調子で訊ねてきたため「ええ、おそらく学費などの費用については大丈夫だと思いますが、生活費に関しては、おそらくアルバイトをすることになると思います・・。それと出来れば、無利子の奨学金を頂ければとも思っています。」と正直に答えた。すると「そうですか。分かりました。では、逆に君の方から、こちらに何か聞いておきたいことはありますか。」と訊ねてきたため、少し考えてから「すみません。私は根っからの文系人間であると思っているのですが、このような私でも歯科技工士にはなることが出来るのでしょうか?」と、これまで一番不安に思っていたことを訊ねてみた。

すると真中の目の大きな教員が「・・うーん、たしかに一般的に歯科技工士は、理系的な職種だと思われているかれども、正直なところあまり関係ないと思うね・・。もちろん、今後は更に色々な機会や材料が進化して、それに対応するために多くの知識が必要になってくるとは思うけれども、本質的な部分は大きく変わりはしないと思うよ。」とのことであった。また、右の若手教員からは「うん、そういったこともあって、この後には実技試験があるのだが、これは、そこまで器用でなくとも多分、大丈夫だよ。」と卑近且つ現実的な返事が来た。

左側の教員からは「まあ、学士編入だから全学科で見ると色々な人が受験しに来てはいるけれど、君みたいな文系の院生が受けに来ているケースはこれまででも多分初めてかもしれないな・・。でも口腔保健工学科の講義や実習も、これまでの勉強や研究と同じように取組めば大丈夫だと思うよ。それとD先生には是非よろしく伝えてください。それでは面接はこれで終了です。次は実技試験で消しゴムをナイフでカービングしてもらうのだけれど、指を切らないように気を付けて、頑張ってください。」と云って他の教員と顔を見合わせ、二人が無言の同意をするのを見てから私は「今回はどうもありがとうございました。」と最後に言ってお辞儀をして席を立った。

そして廊下に置いてある荷物を持って、次の実技試験会場まで再度、大学スタッフに案内してもらった。今度の会場は実習に用いる講義室であり、部屋の壁に設置された収納棚には、歯科技工に用いると思しき器具、実習時の見本となる、さまざまな模型が置かれていた。私の方は、そういった器具や模型の方に対して興味を持ったが、気を取り直して、机上に作業マットが敷かれた指定の席に座り、次の指示を待った。とはいえ、そこで不図、気が付いたことは、現段階で、口腔保健工学科の私以外の受験者が見当たらないということである・・。そして「もしかすると、今回の当学科の学士編入志願者は私一人かもしれない・・。」と、この時思った。

さて、実技試験であるが、これはさきほどの説明にもあったように技工用ナイフを用いて消しゴムをカービングしてオベリスクの先端部を作るようなものであり、どちらかと云えば器用な私は、特に問題ないものを作成することが出来たのではないかと思われる。ともあれ、この実技試験も終えて大学を後にしたのは14:30過ぎであり、試験結果は一週間以内に郵送されるとのことであった。とはいえ、このようにして、思ったよりも少し早く試験は終わったのだが、帰りの飛行機が20:00少し前発であることから、再度、昨日見て回ったK中央駅とTの街並みを見ておこうと思い。市電に乗りK中央駅まで出て、そこからは昨日同様、徒歩にてTまで行った。この時はあまり街の人出は多くなく、近在の旧藩主を祀った神社の参道沿いにある全国展開のコーヒー店に16:30頃入り、その二階席でコーヒーを飲みつつしばらく休んだ。編入試験も無事に終えたことから多少安心したようで、少し眠くなってきたが、18:00にはそこを出て、バスに乗り空港に向かった。空港の待ち時間では家に連絡し、試験は無事に終え、本日の帰宅は遅くなることを伝えた。そして、その日帰宅したのは24:00少し前であり、飛行機やバスや市電での移動やはじめての編入試験で疲れたのか、この日もストンと寝付くことが出来た。」

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2020年5月12日火曜日

20200512【架空の話】・其の12

【架空の話】
「翌朝は昨晩目覚ましをセットした時刻に起床し、身支度を整えて、朝8:00にはホテルをチェック・アウトした。このまま現地に向かえば、おそらく8:30頃には到着するが、現地での集合時刻は9:30であることから、かなり時間が余ることが予想された。そこで昨日見つけた大学近くのファーストフード店で少し待てば良いと考え、そのまま大学に向かった。案の定、現地には8:20過ぎには到着し、大学の様子を覗うと、編入試験の案内看板は掲げられていたものの、それらしき人の気配は見受けられなかった。

 そこで試験会場入りは今少し早いと判断し、さきのファーストフード店に入った。店内は混雑とまでは云わないが、大学生と思しき若い客が大半であり、活気があった。また、元来私はファーストフードであるならば、立ち食い蕎麦を好むものの、この時は何故だか、こちらの方が都合が良いと思った。そこで、ホットコーヒーが含まれる定番朝食プレートを注文し、出来るだけ大学が見える側の席に座った。時刻は8:30少し前であった。

 周りの客は、やはり地元の大学生らしく見え、何か計算式が書かれたノートと書籍とを見比べながら、さらにノートへ書き記しているような方もいれば、元気な声で周囲と会話している方もいた。おそらく、彼等は皆、近くのK大学の学生さんであったと思われる。

 私の方も、そうした若者らしい活気に期せずして遭遇し、それに反応するような形で、昨日の英論文を取り出し、読み始めてみたものの、内心が緊張しているのか、その内容は殆ど頭に入ってこなかった・・。とはいえ、時間は割に早く過ぎてすぐに9:10頃になっていた。また、大学の方で人の動きがチラホラと見えるようになってきたことから「これならもう大丈夫だろう。」手と顔を洗い準備を整え、店を出た。

 大学正門前に着くと、腕章を着けた大学スタッフが案内係として立っており、私の様子を認めると「本日の編入試験の方ですか?」と尋ねてきたため「はい、そうです。本日9:30に集合との通知を受けていました。」と返答し、受験票など関係書類一式が入ったクリアファイルをスタッフに示した。すると、それを見て「ああ、**さんですね。受験生の皆さんは一先ず、K101講義室で受験番号が書かれた席で待機して頂き、そこで筆記試験を受けて、午後は面接試験をそれぞれの学科毎に行いますので、またK101号室の自分の席で待機していてください。」といった指示を受けた。

 K101号講義室は割合広く、おそらく、最も人数が多い看護学科の一学年全体が入ることを想定した造りであったと思われる。私が入った時、講義室で既に待機していた方々は20名程いて、概ね私同様スーツを着用していたが、中には私服の方も2~3名程いたと記憶している。編入試験は9:30から様々な事前説明を受け、その後、10:00から筆記試験(英語・小論文)が行われ、昼に休憩を少し挟んで面接そして、口腔保健工学科については実技試験があり、待ち時間なども含めると、大体15:00頃には終わるとのことであった。

 筆記試験については、あらためて思い出してみると、英語に関しては、全体的にはイマイチよくわからない内容であったものの、出題部位については、そこまで大きな間違いはなく、それなりに訳すことが出来たように記憶している。少なくとも、使い慣れた重い辞書をわざわざ持参してきた甲斐はあったように思われた。小論文は、こうした大学らしい出題であり、その題名は「今後の医療と介護のあるべき姿について論じよ。」であったが、これは先生からの耳学問が役に立ち、まあ、専門違いの人文社会科学系の院生が書いたものとすれば、マシな出来であったのではないかと思われる・・。

 ともあれ、正午に筆記試験を終え、緊張のため昼食を食べずK101号室の自分の受験番号が貼られた席に座っていると、そこでようやく周囲の様子が掴めてきた。この講義室にいる方々は全学科の編入試験受験者であり、また、その大半は看護学科の志願者であるように思われ、受験者の7~8割は女性であった。

 私が受験する口腔保健工学科はどうであろうと、周囲を少し見まわして考えてみたものの、それらしき人を見つけることは出来なかった・・。また、午後は13:00過ぎに面接が始まるとのことであり、私はおそらく14:00くらいからだろうと予想していたが、それぞれの学科毎に面接が始まる13:00過ぎ、一番初めに「口腔保健工学科、受験番号**の方、面接会場に案内します。荷物を持ってこちらに来てください。」との呼び出しを受け、私は少し緊張しつつ、荷物を持ち講義室を出て、大学スタッフの後をついて行った。

 案内された講義室は、外から見たところ、さきほどのK101号室の半分程度の広さであり、そこから、この教室は口腔系学科の共通教室であろうと思われたが、すぐにスタッフの方から講義室前廊下に置いてある椅子に座るよう促され、そこでしばし待った。面接を行う講義室の中から何人かの声が聞こえてきたが、その話している内容までは理解することが出来なかった。やがて、講義室の方から「では、**番の方お入りください。」との声がはっきり聞こえたため、私はに荷物を椅子の横に置いて立ち上がり「はい、失礼します。」と緊張しつつも出来るだけ元気な声を出して講義室のスライドドアに手を掛け、入室した。

 案の定、この講義室は、さきほどのK101号室の半分程度の広さであり、普段使っている机・椅子は端に片付けられていたが、そのうち3つが私の前に並び、それぞれに面接者が座り、こちらを見ていた。さて、そこで面白いと思ったことは、彼等全員が白衣を着ていることであり、私はこれまで、こうした面接の場に立ったことがなかったため、そうした光景が著しく新鮮であったのだと思う・・。

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2020年5月11日月曜日

20200510 架空の話・其の11

【架空の話】
「ともあれ、私は川沿いに建つ銅像に近づき、その説明文を読んでみた。説明文は左側に日本語、中央に日本語で書かれた年譜、そして右側は英語にて記されていたが、この左右の説明文章を比べながら読んでいると、さきほどまで英論文を読んでいた影響からか、何やらブツブツと口に出していることに気が付き、我に返った。しかし、そこで興味深いと感じたことは、説明文の最後に、この方の死を当時、ロンドン・タイムスが報じていたことを記している点である。

それから銅像を離れ、川を渡り、なおも先に進むと、さきほどの観覧車と、それを載せた建物が近くなってきた。信号を幾つか渡り、いよいよ建物に近づくと、これはJR線のK中央駅(かつての西駅)の駅ビルであることが分かった。こうしたビルと観覧車の組み合わせは、これまで、あまり見たことがなかったことから、これにも少し驚かされた。また、この駅ビルには、全国的展開の衣料量販店が多数入っており、それらのディスプレイから地域の特徴などを考えることは、古着屋でアルバイトをしている自分にとってはそれなりに面白いものであった。
ビルの上階に行ってみると、さきほどの観覧車の乗り口が設けられていたが、そこには若いカップルが何組か並んでいたため「ああ、この観覧車はそういう方向けなのだ。」と一人合点し、その場を離れた。ちなみに後日、私がこのKに在住してから「あの観覧車に乗るカップルは別れるってジンクスがあるんだ。」と、若干ワイルドな感じの地元御出身の方(E先生)から教えられたが、その時に不図、こうしたものは「I公園のボートにカップルで乗ると別れる。」というジンクスの当地版なのだと悟った。おそらく、こうしたジンクス(都市伝説とも云う)は国内どの地域に行っても類似したものがあるのではないかと思われる。
このようにK中央駅駅ビル内を徘徊していると、夕刻過ぎとなり、あたりも薄暗くなってきたため、夕食を摂ろうと、さきほどBに教えてもらった店に向かった。駅ビルを出てから中央郵便局前の道をしばらく歩き、交差点を左手に曲がるとJR線の踏切の近くにその店はあった。時刻も丁度、夕食時であり店内は比較的賑やかであった。客層は、背広を着た方々や予備校生と思しき若者が客の大半を占めていた。おそらく、かつてBもこうした予備校生の一人であったのだろうと不図思ったが、早々にカウンター席に着きメニューを開き、あまり考えることなく「とりあえず餃子を・・。」と思ったが、ここでまた不図我に返り「いや、明日は編入試験だぞ・・そこでは面接もあることだから餃子は避けておいた方が無難だろう・・。」と考え直し、結局、注文したのは麻婆丼と野菜炒めであった・・。これらの味の方は、この店の共通する特徴で「少なくともハズレではない・・。」といったものあったが、麻婆丼を食べている時に先生とCさんのことが頭をよぎり、そして「そういえば、CさんもK出身だと聞いていたが、市内なのだろうか・・。帰ったら聞いてみよう。」と、あまり意識せずに思い至った・・。ともあれ、この店の料理は、量は充分過ぎるほどであり、食べ終えた時には少し苦しいくらいに満腹といった状態であり、店を出る際に「もう少し散歩をしてからホテルに帰ろう・・。」と思った。
とはいうものの、店を出て、どの方面に散歩しようかと思案していると「明日の試験場を見ておいた良いのではないか。」と、これまた不図閃き、スマホを取り出して大学の場所をグーグルマップにて検索すると、どうやら歩いて行けない距離でもないことが分かり、とりあえずを食後の散歩も兼ね、大学まで歩いていくことにした。そして、再度、K中央駅前を通り、市電沿いに歩いた。横に市電が走っていたことから「帰りはこれに乗って近くの停留所(電停)で降りればいいか・・。」などと、歩きつつ少し汗ばんできた頃に思ったが、そこからは意外なほど早くに大学に着いた。その立地は、研修の利便性も兼ねてか、市立病院の向かいにあり、また、地元K大学のキャンパスもほど近く、どうやらこの辺りは、昔からの文教地区であることが見て取れた。
また、この大学は大学と云っても、私のイメージする大学とは若干異なり、どちらかと云うと、都会にあるサテライトキャンパスや都市部の専門学校をイメージさせた。後でわかったことだが、この大学には占有するグラウンドはなく、部活動などは、近くにあるK大学のそれを間借りをして行っていた。
それでも、建物自体は新しく、また軽薄な感じもなく、茶色を基調とした全体的に重厚なものであったと云える。また、大学の正門近くの看板に、大学名と学科名が各々記されていたが、そこから、私が編入試験を受ける口腔保健工学科と、Cさんが卒業した口腔保健学科、そして看護学科、作業療法学科、理学療法学科、管理栄養学科の6学科さらに大学院修士課程が設置されていることが分かった。こうしたことは事前に送付された大学資料やネットのHPを見れば分かることではあるのだが、実際に大学まで来て確認してみることにより、明晰に記憶されるものなのだと云えよう。
そして、大学の周囲をグルリと回り、すぐ近くにある停車場(電停)で市電に乗り、K中央駅で乗り換え、Tの外れにあるホテルに戻った。ホテルに着いた時刻は21:00少し前であり、自分としては適度な運動をした感もあり、また、満腹気味であったお腹も丁度良い感じにこなれていた。部屋に戻ると、早速風呂に入って汗を流してから、報道番組を見つつ明日に備えて持参の英論文を読んでいたが23:00を過ぎた頃には徐々に眠たくなってきていることに気が付き、スマホと部屋の電話双方で起床時刻をセットし、歯みがきをしつつ、なおも漫然とテレビ番組を眺めていたが、時刻が深夜0:00になる頃には、大分眠たくなり、口を濯いでから予め用意していた湯冷ましを数口飲んでから床に就いた。この一日は初めての経験が多くあり、多少芯が疲れていたのか、ストンと寝入ることが出来たようだ。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


日本福祉大学
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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2020年5月10日日曜日

20200509 架空の話・其の10

【架空の話】
「時刻は13:00を少し回った頃であり、さきほど空港では、体調不良のためコーヒーを少しだけ飲み、昼食を食べていなかったことが、ここに来て思い起こされた。

そこで、食事を摂る場所を探すべく、Tのアーケード街を歩いていると、早速、いくつかの全国チェーンの飲食店が目に入ってきたが「初めての土地で、どこでも食べられるものを食べても・・」と「明日編入試験なのだから、ここは大人しく食べ慣れたものを・・」という二つ考えの葛藤が生じ、とりあえず、このまま、何かに出くわすまで歩いてみようと、そのまま歩き続けていると、Yという百貨店の近くでTというラーメン屋さんを見つけた。

その店の佇まいは、首都圏ではなかなかお目に掛かることの出来ない、まさに「昔ながらの」といったものであり「こうした店は味も確かに違いない」と決めこみ、早速、そのお店に入った。店内に掲示されているメニューを見ると「ラーメン」と「特大ラーメン」と「めし」のみであり、そこからも店主の一徹なこだわりが見て取れ、好感を持てた。
時刻は既に昼過ぎ時であり、店内は混雑はしていなかったものの、他のお客さんは疎らにいて、一人客の私はカウンター席に案内され、すぐに「ラーメン一つください。」と注文した。すると、すぐに熱いお茶と大根の浅漬けが運ばれてきたが、ラーメンと漬物を一緒に食べる文化は、これまで知らなかったことから「これはどうするのだろう?」と周りの様子を見ると、お茶を飲みながら食べているのが多かったことから、おそらく、これは先付けや突き出しのようなものなのだろうと思い、私も昔ながらの湯呑に注がれたお茶を飲みつつ、この漬物を一切れ食べてみたところ、味が薄いと感じられた。そこで卓上に置かれた醤油を少し垂らして「これで味が整った」と思ったわけだが、ここでまた、それ以上に驚いたのは、その垂らした醤油についてである。それは私が知る醤油とは見た目はあまり変わらないものの、味が滅法甘いのである。「これは本当に醤油だろうか?」と、容器を手に取り確認してみたが、やはり醤油であった。このことは、私がKに降り立ってから初めて体験した大きなカルチャーショックであったと云える。ともあれ、この甘い醤油には、その後もお世話になったのであるが、他方で、最後の最後まで「私の知る醤油とは異なるものだ。」という認識を完全には拭い去ることは出来なかった。それ故、味覚というものは、なかなか根が深いものであると云える。とはいえ、であるからといって、決してこの醤油が不味いという意味ではなく、後に食べた当地域の郷土料理と云える鶏肉の刺身などは、この甘い醤油でないと、どうも、その本来の美味しさは分からないと思う。
おそらく、こうした絶妙の組み合わせといったものは、こうした味覚のみならず、他の文化事物においても同様であると思うのだが、如何であろうか?

さて、漬物と醤油のハナシはこのくらいにして、次に、運ばれてきたラーメンについて述べる。その見た目は、これまた昔ながらのラーメンといった趣であり、上の具材は、チャーシューとネギともやしのみであり、そのスープは澄んでいた。また、味の方も、見た目から想像される通りあっさりしていたが、同時にその中に味わいがあり、これは必ずしも若い人受けを狙ったものではなく、老若男女の広い層に食べてもらうことを前提にしているのではないかと思われた。

ラーメンを食べ終え店を出て、宿泊先のホテルにチェックインをしようと、再びTのアーケード街を歩いていると、所々、道の端々などに火山灰らしきものが堆積していることが見て取れた。そこから「ああ、ここでは本当に火山灰が降るのだなあ。」と実感した。予約したホテルも同じT地域内にあったが、さきのラーメン屋さんからは少し離れ、更に南西気味に行ったところの、いわばT地域の端に位置していた。また、面白いと感じたのは、歩いていると、横の道路に自動車と路面電車の両方が走っている風景であり、それまで、日常生活において、こうした風景を目にすることがなかったため、先刻K空港に降り立った際に感じた「何だか懐かしい」という感覚とも相俟り、不思議なエキゾチック(異国情緒)ともノスタルジック(懐旧的な)とも云えるような感覚が湧いてきた。この時の経験が根本にあるのか、私は現在もなお、路面電車の走る街並みが好きである。いや、よく考えてみると、これには別の理由もあると云えるのだが、それについては、また別の機会に述べたいと思う・・。

そうこうして、予約したホテルに着いてみると、丁度、清掃等の準備を終え、部屋に入ることが出来る時刻になっていた。そして、案内された部屋に入ったところ、思いのほかにベッドも部屋も広く、明るく、安心してくつろぐことが出来そうであると感じたものの、今回、Kに来た目的は、あくまでも編入試験であることを思い出し、うがいをして手と顔を洗い、持参した英論文と辞書を取り出して机に向かった。しかしながら、どうも意識が散漫として集中は出来ずに、結局のところ17:00前には、テレビを点けながら、何やら勉強らしきことをやっているという状態になっていた・・。

17:00頃とはいえ、この時季のK市街地は充分に明るく、また同時に、夕食を食べに出る時刻には少し早かったため、スマホでBに「こちらで安く夕食を摂れる良い店はないか?」とメールを送ったところ、しばらく経ってから「その周辺であればK中央駅近くに全国チェーンの中華料理店のK県版のお店があり、そこは安くて味は悪くないと思う。」との返事であり、最後に「ナマ物は食べない方が良い。試験頑張れ。」とのことであった。そこで、あらためてスマホで調べてみると、たしかにそのお店はあり、また値段もそこまで高くないことから、そのお店に行くことにした。また、夕食に適当な時刻までは時間があることから、もう少し街を歩いてみようと、再度、顔と手を洗ってから出かけた。

宿泊ホテルから、さらに南西方向に歩いて行くと、さきほどまでのTの繁華街的な賑やかさは薄まり、徐々にオフィス街らしく大人しい街並みになってきたが、その歩く道の先にはビルの上に設置されたと思しき観覧車が見えることから、そこにも何かしら繁華街があるのではないかと思い、そこを目指して歩き続けた。すると、道路と川が交差する川沿いに建つ、維新回天期、そして明治新国家建設に活躍した、K出身者の洋装の銅像が目に入ってきた。もう一人の、K出身者で維新回天期に活躍し、そして後の西南戦争で斃れた方の銅像は、東京の上野に建っているが、これは和装で犬を連れている姿であることから「この対称性(洋装・和装)には何かしら意味があるのかもしれない。」と考えてみたものの、此処Kには、西南戦争で斃れた方の洋装での銅像が別に建っていることを後になって知った。

ともあれ、私は川沿いに建つ銅像に近づき、その説明文を読んでみた。説明文は左側に日本語、中央に日本語で書かれた年譜、そして右側は英語にて記されていたが、この左右の説明文章を比べながら読んでいると、さきほどまで英論文を読んでいた影響からか、何やらブツブツと口に出していることに気が付いて、我に返った。しかし、そこで興味深いと感じたことは、説明文の最後に、この方の死を当時、ロンドンタイムスが報じていたことを記している点である。」
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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