2018年2月14日水曜日

20180214 思想がどのようにして行動に表れ、それが他者に認識されるか・・

A「ここ最近もブログは書き続けているのですか?」

B「ええ、おかげさまであと2・3記事の投稿で900記事に到達する予定です。まだもう少し先のハナシですが、それでも、ここまででも結構かかりました・・(笑)。」

A「・・はあ、900記事近くも書いたのですか・・しかし、それだけよく書き続けることが出来ましたね?それで、その内容はどういったことを書いてきたのですか?」


B「はい、それは書籍の抜粋であったり、こうした対話を文章化したものであったりしますが、やはり一番多いものは、独白形式のものですね・・・
ブログ開始当初はかなり抑鬱気味であったのか、こうした文章を全く書くことが出来なかったのです・・。それでもさらに以前には、現在ほどではないにしても普通に文章を書くことが出来ていましたので、本当にあの時期は辛かったです・・(苦笑)。
そして、まあ、その時に苦肉の策として考えたのが、書籍からの抜粋引用であったり対話形式であったのですが、現在になり考えてみますと、案外それは悪くない選択であったと思います。」


A「ふーん、そんなことがあったのですか・・それで、その独白形式の記事は一体どういったことを題材にして書いているのですか?」

B「ええ、日常にて思ったことですとか、書籍についてですとか、あとは歴史、歯科材料関連についても時折は書いています。」

A「はあ、それで、その書いた記事に対しての何かしらの反応みたいなものはありますか・・?」

B「いえ、それがどうしたわけか、明らかにそれと分かる反応といったものは特にないのです・・。ただ、時折知人と話していますと、以前私がブログ記事の題材としたことと同じ話題が出るといったことが時折、いやしばしばありますので、まあ、そのうちの三分の二程は自意識過剰であると思いますが、残りは何かしらの関連があるのではないかとも思っています・・(笑)。」

A「はあ、なるほど、そのようなものなのですか・・。それでもBさんのことですから、何かしら思想絡みと取れるようなことも知らずに書いていることもあると思うのですが、そういったところでも何かしらの反応はありませんか?」

B「・・ええ、特にそれらしきことはありませんが・・いや、それよりも、かなり以前より、
どうしたわけか私は『右翼』と云われることが少なからずあったのですが、現在となっては世間一般の方が私などよりも余程『右翼』ではないかと思われるのです・・(笑)。まあ、それは置いておいて、ただ、そうした状況においてもまた思想的なマイノリティーを非難・差別するのはどうも違うのではないかと思うのですが・・それでも思想全般いや我々人間には、そのような拭い難い性質があるのかもしれませんね・・(苦笑)。」

A「・・いや、だから、そういうところがマズいのではないかな・・先程『知らずに書いている』と云ったのですが、これは結構微妙な感覚であり、我々の社会では一般的に悪いとされることを裏で行っていて、それが概ね露見した場合においても、その相手に対し殊更に悪い印象を与えるような表現を付与することをあまりしないのです・・。まあ、それは法治国家のあるべき姿なのでしょうが、しかし我が国の場合、多分にそれは『法治国家であるから』とはどうも本質的に異なった何かによるのではないかと思われるのです・・。そして、おそらくある程度日本人との交流経験のある外国人とは、そうしたことをぼんやりとではあれ察知しているのではないかと思うのです・・。また、それだからこそ、史実はどうであれ日中・太平洋戦争中における侵略行為などが何度も取り上げられるといったことになるのではないかとも思われるのですが・・。」


B「・・ああ、なるほど、それについては納得できますし、また、そうした言語に対する微妙なバランス感覚らしきものが多分、最近の我々の社会では特におかしくなっているののかもしれませんね・・。」


A「まあ、本来そうしたものは時代と共に変化していくものなのだろうけれども、それでも、この言語のバランス感覚についての変化はPCやスマホのコミュニケーション・アプリの影響によるものではないかと思いますね。また、その一方で、そうしたものに慣れると、どういった経緯か分かりませんが、テレビ番組全般をつまらなく感じるようになってしまうのかもしれません・・。」

B「・・はあ、それはまあ一種の『知の悲劇』といったところでしょうか・・。」

A「ええ、何かしら我々の脳もしくは精神、感性といったものが機器に対応して少しずつ変化していっているのではないかと私は考えています。」

とはいえ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


近年、日本列島各地において発生した地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模な自然災害により被害を被った諸地域の復興を祈念しています。

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2018年2月13日火曜日

20180213 継続的に読まれている記事について 其の2 個人主義と集団主義:欧米と日本?【教養は強要出来ない・・】

 昨日と同様、継続的に読んで頂いている記事に関してですが、ほかのそうした記事として、以前よりたびたび抜粋引用したトーマス・マン著『魔の山』内の記述、およびそれを題材として作成した記事が挙げられます。

それらがどのようにして読まれているかは分かりませんが、何れにせよ継続的に読んで頂けているという事実は大変に興味深く、そして読み手の方々がそこから何かしら得るものがあれば、記事として作成・投稿した自身としては、まさに僥倖と云えます・・。

そして、そこから多少調子に乗って言葉を継がせて頂きますと『どうです、最近の小説も面白いかもしれませんが、こうした近現代西欧文化を濃縮したようなコッテリとした小説もまた、なかなか面白いのではないでしょうか?』といった感じにもなります(笑)【また、こうした著作を和訳して読んで楽しむことが出来る我が国の文字文化とは、やはり捨てたモノではないと思われます。つまりは扱う側の問題ということでしょうか・・(苦笑)】。

また、さらにそこから思う、いや願うことは、こうしたことがわずかではあれ一つの契機となり、それぞれの内発的、能動的な興味を持ち得る分野の大学院(修士・博士問わず)への進学を希望される方々が増えることです・・。

くわえて、それはこれまでのような純粋培養・単線的な経路によるものばかりでなく、学部・学科横断的ないわば学際的な知見を備えた方々が今後一層増えていき、そしてそれぞれのフィールドで活躍されることにより、世の中とは賑やかになり面白くなっていくのではないかと思われるのです・・(笑)。

つまり、本質的に学問や研究に関しては、もちろん苦しいことも多々あるでしょうが、あくまでも『興味本位』もしくは『嬉戯』といったスタンスを保持し続けることが重要であるように思われるのです・・。

そして、そこから敷衍して考えますと、さきのトーマス・マンも然りですが、総じて教養と称されるものが持つ価値を理解することが出来るのではないかと思われます・・。

その意味において、現在の我が国における『何でもマンガにすれば良いといった風潮』は、やはりどこかオカシイのではないかと思われるのです・・(マンガそのものを批判しているのではありませんが・・)。

しかし、こうした意見とは、これまでに当ブログにて述べてきた『人文社会科学系分野の人員(学生数)を削減してでも医療・介護系職種の養成機関を四年制大学化して拡充すべき』といった意見と矛盾するのではないかと考えられる方々もおられるかもしれませんが、ここで極めて重要であると思われることは、冗談ではありませんが『教養とは強要出来るものではない』ということです・・。

おそらく19世紀後半には西欧的な近代化、そしてその後の20世紀半ばには米国的な社会への復興を目指した我が国には、この感覚はそれぞれの導入・実施の段階においては、ある程度所与のものであったのでしょうが、所与であったが故にその後、この部分からどうも大きな誤差が生じるのではないかと思われるのです・・。

それは西欧文化そしてそこから派生した米国文化が共に個人主義を基調としたものであり、対して我が国においては個人主義といったものが広汎に社会において確立した時代とは、現在も含めてないことが、何かしら有意な影響を与えているのではないかと思われます。

つまり、我が国においては、とりあえず集団主義的な社会に適応出来るような実用的な学問体系を身に着けた後、さらに興味があれば、そうした教養的なものを深めれば良いのではないかということであり、そして、そうした方々が社会にて増えることにより社会が一層面白くなるのではないかということであり、特に矛盾らしきものはないと考えますが、さて如何でしょうか?

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年、列島各地にて発生した地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模な自然災害によって被害を被った諸地域の復興を祈念しています。

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20180212 メタ認知の仕組み・構造が変わる時には・・

以前より感じていたことではありますが、これまでに投稿した記事の中で、現在に至るまで継続的に読まれている記事がいくつかあります。

それらを読んで頂いている方々が、どのように読んで頂いているかは分かりませんが、これからも引き続き、長く読んで頂けるような記事を出来るだけ多く作成することが出来ればと考えています・・。

さて、そうした記事の一つが先月1月16日投稿分の『最近よく聞いたコトバから思ったこと:『メタ認知』から』であり、これは比較的細々とではありますが、現在に至るまで継続的に読んで頂いている記事と云えます。

そして、その中で述べられている『世界規模において近現代とは、機械・技術の進化発展により、我々をさまざまな身体を酷使する労働から解放するのと同時に、さきに述べた『メタ認知』の糧となる物理的な経験の機会が減少していったとも云い得ます。』は概ねその通りであると考えます。

また、それにくわえ、近年しばしば聞くことがある『インターネットの進化発展により文系学問はその存在価値を大きく減じた。』という意見を重ねてみますと、あくまでも自身の見解ではありませんが、たしかにそういった意見が出て来てもおかしくはなく、ある意味それは自然な流れでもあり、そして、そうした方々が増えることにより、既存の学問分野に包摂されない、また新たな学問分野が生じてくるの可能性もあり、あるいは、その他の流れとしては、四年制大学と専門学校双方の養成課程が併存している医療・介護系資格養成機関の四年制大学化の強化といった流れが生じる可能性もあるのではなかかということです。

そして、ここからは個人的な見解になりますが、現在、その活躍の場が増えつつある歯科衛生士に関しては、各都道府県に歯科大学・歯学部、看護学科・学部もしくは社会福祉介護系学科・学部との併設の学科、学部にて定員30~50名ほどで新設しても特に悪い影響は生じないのではないかと思われます【設立母体はそれぞれ地域の事情を考慮し国立・公立・私立・官設民営・半官半民とさまざまであって良いと思います】。

また、もう一つの歯科系職種である歯科技工士に関しては、まさに現在、進化発展を遂げているコンピューターと関連付けられたさまざまな切削加工技術により、その職務内容が大幅に変容しつつある時期と云えます。

そのため、その養成機関(概ね縮小気味)においてもさまざまな模索が為されているのでしょうが、いずれにしても、この職種が現在のままで継続していくことは一面においては我がことながらかなり少ないと思われます・・。

そして、この昨今の歯科技工士を取り巻く状況は顕著な具体例であると云えますが、こうした周辺技術の進化発展あるいは技術革新などにより、既存のメタ認知の仕組み・構造が大きく変化する、せざるを得ないことがあります。こうしたことが生じる他の要因とは、たとえば異なった文明との接触であるとか戦争の敗北などがそうであると云えます。

こうした時期とは、おそらくオセロにて盤上の色が大きく変わっていくように、さまざまな価値観・常識がたて続けに変化していくのではないかと思われます・・。

その意味で、我が国の太平洋戦争敗戦直後の時期とは、おそらくこのメタ認知の仕組み・構造が急激に変化した、せざるを得なかった時期であり、そして現在もまた、今世紀以降あたりからのコンピューター技術の進化発展により、敗戦直後に比べれば漸進的ではあれ、そうしたメタ認知の仕組み・構造の変化が世界規模にて進行している時期であると云えます。
【おそらく明治近代化もそうであったと思われる。】

そして、この現今進行しつつあるメタ認知の仕組み・構造の変化とは、おそらく、あまり我が国を利することはないと思われるのですが、それをどうにか良い方向へ舵を切るための一つの方策が、さきに述べた各都道府県での四年制歯科衛生学科の新設であり、あるいは医療・介護系の各コ・メディカル職種養成機関の統一的な四年制大学化(それらは当初、学士編入をある程度大々的に行った方が良いと思われる。)であると考えるのですが、さて如何でしょうか?
【総合的な意味で医療・介護立国を目指す。】

そして、やはりそのためには、社会全般に、ある程度人文社会科学系の学問が根付いている方が望ましいのかもしれないが・・しかし、そのように考えてみると、それは前世紀後半の我が国高度経済成長期における工業も同様であったのかもしれない・・。

ともあれ、今回もまたここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨今、
列島各地において生じた地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模な自然災害により被害を被った諸
地域の復興を祈念しています。



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2018年2月11日日曜日

20180211 過去に対する抽象化と未来に対する抽象化

以前も述べたことであるが、歴史について興味を持つものであれば、対象となる歴史の中に『法則らしきものがあるのではないか?』と考えることがあるのではないだろうか?

おそらくそれは、さまざまな視野・規模において存在するのではないかと思われる。それは世界史的な規模から個々人の人生に至るまで多様であると思われる。

そのことをもう少し考えてみると、世界史であれ、個人の人生であれ、それらは何れも不可視なものではあるが、同時にそこから共通して何かしらの『動き』あるいは『流れ』のようなものが感覚的に認識されるのではないだろうか?

それ故、それらが本来抽象的・不可視であるにも関わらず『動き』あるいは『流れ』といった動態として認識されることにより、我々ははじめてそれらの中に『法則らしきものがあるのではないか?』といった疑問を抱き得るのではないだろうか?

そうした我々の持つ一種の感覚的とも云える能力の根源にあるものとは、ある文字列を読み、認識することにより、その文字列が示す実在の対象が想起されることと、近似したものであるように思われる。

端的にこれらは、我々が知覚・認識した対象を脳内にて変換する能力であり、あるいはさきの世界史であれ、個人の人生においても同様に『抽象化』と表現することも出来るのではないかと考える。

そしておそらく、この脳内での変換『抽象化』が高度に為されるのは人類のみであり、また我々はその能力の発達によりこれまでのような進化発展を成し遂げることが出来たと云える。

その意味において現今進行中のインターネットを媒介とする現実に存在する、さまざまな事物の抽象化(IOT化)とは、さきに述べた我々人類の進化発展の方向に沿う必然的な『流れ』であるのかもしれない。

しかしながら、同時に、それは前世紀のモノクロ喜劇映画によって風刺された現代の機械による大量生産の結果生じた社会から、その先にある、さらに未知なる社会へと我々を導くのであろうが、その社会が現在よりも『良い』社会であるのかどうかとは未だ疑問であると云える・・。

あるいは、これの良し悪しを判断するのもまた、さきに述べた我々の『抽象化』の能力によってであるとも云える。

それ故、我々は、この抽象化の能力を既存の現実を後付けするカタチにて行う受容的とも云える抽象化(過去に対する抽象化)と同時に、先にある現実としての未来を認識しようと欲する能動的な抽象化(未来に対する抽象化)双方の能力を洗練、励起させておく必要があるのではないかと考える。

おそらく、この二つの抽象化とは同じ抽象化ではあるものの、その基本的な性質が、もしくはその洗練、励起の方法が異なるように思われる・・。

そして断言は出来ないが、少なくとも現在の我が国の場合、どのような経緯によるものか、後者の『未来を認識しようと欲する能動的な抽象化』の能力を過度に評価・重視するような性質があるように思われるのだが、さて如何でしょうか?

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

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2018年2月10日土曜日

20180210 対話形式『良い時期』について・・

A「先日久しぶりに君のブログを見たけれども、相変わらず続けているみたいだね。」

B「ええ、おかげさまでどうにか二年半以上続けることが出来ています。しかし、ここ最近は季節のためか、あまり活性が上がらず記事作成に対して以前ほどの勢いが湧かないように思うのです・・(苦笑)。」

A「・・ふーん、まあ、そういったスランプみたいな時期は何をやっていてもあるけれども、大抵のそうした停滞状態みたいなものは、何かしらもがき続けていると、いつのまにか感じなくなっていることが多いのではないかと思うよ・・。」

B「・・そうですね、以前、このブログ記事を作成している時期でも、そういったことがありましたが、たしかにその時も、何かしら書き続けることにより脱していたように記憶していますね・・。そのように考えてみますと、ああしたスランプのようなものの正体とは一体何なのでしょうかね・・?」

A「いやあ、それは私も分からないよ・・(苦笑)。それでも、そうしたことは大抵の人生と同じで良い時期もあれば、悪い時期もあるといったことの類縁関係にあるようなものではないだろうかね?」

B「なるほど、禍福は糾える縄の如しといったところですか・・。しかし、そのように考えてみますと、私の人生で良い時期とは一体何時であったのでしょうかね・・(苦笑)。こうしてあらためて考えてみますと、こうしたことは、私の場合、なかなかすぐには思い浮かべることが出来ませんね・・(笑)。」

A「うーん、それは悲観的であるのか分かりませんが、それでもよくよく思い出して考えてみますと、誰にでもそれぞれのそういった時期があるのではないかと思いますよ・・。」

B「ううむ・・そうでしょうかね・・どうも私には何と云いますか、その『良い時期』と判断されるものが明確には分からないのです・・。あるいは、私の場合、そうした時期とは、これまでに経験されておらず、今後にあるのではないかと最近思うことがあるのですが・・(笑)。」

A「いやあ、それはどうでしょうかね・・。逆になかなかこれまでに『良い時期』がなかった人はいないと思いますけれどもね・・(苦笑)。」

B「まあ、それでも私の場合、これまでにそうした時期がかなり短かったのではないかと思われるのですが、そして、そのために未ださまざまなことに好奇心を持っていられるのかもしれませんね・・(笑)。」

A「はあ、今のは少し含みを持たせた発言なのですか(笑)? それでも、たしかに我々男性の心理?精神にはそんなところがあるかもしれないですね・・。」

B「ええ、いわれてみますと、たしかにそうですね。そういえば、現在読んでいる書籍の中にも、それに関連するのかもしれませんが民族・文化毎による性質・行動の違いといったことが、流動的ともいえる世界情勢の要因であると述べていましたが、まあ、それと似たようなものかもしれませんね・・。」

A「・・はあ、また何か新しいのを読んでいるのですか?それで、今度は世界情勢ものですか?』

B「ええ、まあそんな感じです、しかしまだあまり読み進んではないのですが、久しぶりにこうした書籍を読んでみますと、なかなか読み応えがありますね・・(笑)。」

A「そうですか・・それと先日見た君のブログに求人情報らしきものが載っていたけれど、あれはどうしたのですか?」

B「ああ、それらは主に以前勤務していた時に伺った歯科を主とする医療関連の求人情報でして、その際はお役に立てたところもあるのですが、お役に立てなかったところも少なからずありましたので、今回、自身のブログを用いて、またお手伝い出来ないかな?と考えていたところへ丁度、求人の御相談を受けましたので、このたびのこの試みを行ってみた次第です・・。まだまだ効果のほどは見えませんが、今後、新たなことも画策しておりますので、そのうちに何らかの効果が生じるのではないかとも考えているのですが・・(笑)。」

A「・・また、よく分からないコトもやっているのですね、しかしBさんのように以前アカデミアに居たヒトがそうした活動をするのは、もしかすると悪くないのかもしれませんね・・。」

B「・・しかし、こうした活動をしていても取得した学位などは本当に何の役にも立ちませんが、まあ、一方で、こうした活動とは以前に行っていたフィールド・ワークにも相通じる何かがあるようにも思われるのです・・(笑)。」

A「うん、まあ、それは心掛け次第ってところじゃないかな(笑)?そう考えると、さきほどの言動とは違って、案外現在を楽しんでいるではないかな・・(笑)?」

B「うーん、それはどうでしょうかね・・しかし、たしかに今のAさんの考え方もまた一理あるようにも思われますね・・。」

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

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20180209 25時を過ぎて記事作成を行っている時に思ったコト・・

本日は帰宅が遅くなったことから記事作成を断念しようと考えていましたが、日中に比較的多くの方々に読んで頂いていたことから、シャワーを浴び、気を取り直し、新たに記事作成をはじめた次第です・・(苦笑)。

さて、おかげさまで一昨日投稿分の記事はその後も引き続き読んで頂き、これまでに200人近くの方々に読んで頂けました・・。

時折、こうした多くの方々に読んで頂ける記事が作成されることがあるのですが、残念ながら今現在に至るまでその要因とは分かりません・・(苦笑)。

くわえて、単なる自意識過剰であるのかもしれませんが、時折、人と会話をしていますと『自身のブログを読んで頂いているのではないか?』と感じさせられることがありますが、こうした時の多くは、どうしたわけか、その場にて聞いてみることが出来ません・・(苦笑)。

あるいはある程度文章といったものを書き続けていますと、その真否を問わずとも何やらそうした感覚が自然に生じてくるのかもしれません・・(こうした感覚には何かしらの名称はあるのであろうか?)。

また、未だ明確には分かりませんが、あるいは、こうした感覚を得る、自身のものとするために書き続けるのではないかとも最近は時々思うことがあります・・(こうした感覚は分かってもらえないだろうか・・?)。

ともあれ、今後900そしてその後の1000記事程度まで書いてみますと、何かしらの有意な発見らしきものが自身内部に見出されるのでしょうか・・(これはやってみないと分かりませんので、とりあえずキリの良いところまでは続けようと思うのです・・。)。

また、それと同時に感じることですが、これまで2年8ヶ月程度ブログ記事の作成・投稿を継続してきましたが、それにより自身の外見に含まれることには何かしらの有益な変化(カッコよくなる、オーラが出るなど)といったものは皆無であり、むしろ逆に目が乾燥気味になる、肩が凝る、気を付けないと猫背気味になる、そして毛髪が抜けるといった明らかにマイナスと云える変化の方が多いように思われるのです・・(苦笑)(少なくとも自身に関しては・・)。

そして、本日に関しても既に25時(午前1時)を過ぎているにも関わらず、こうした文章を作成していることは、少なくともあまり健康的とは云えません・・(苦笑)。

出来ることであれば、今から1時間後には就寝したいところではあるのですが、コトはそこまで上手く運ぶか分かりません・・(苦笑)。

さらにくわえて、そこまでして本日投稿分の記事を作成することに意味・意義といったものはあるのかどうかも分かりません・・(苦笑)。

しかし、それでもこうして記事を作成するところに、信じるに足る、いやより精確には賭けるに足る何かがあるのではないかと何処かで考えてしまっているように思われるのです・・(苦笑)。

そしてまた、それは少なくとも何も書かないで休んでしまうよりかは多少は良いのではないかと思われるのですが、さて、それは本当でしょうか(笑)?

ともあれ、今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨今
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2018年2月8日木曜日

20180208 昨日投稿分記事の続き、教養系学問を学ぶ意味・前提?

昨日投稿分の記事はおかげさまで投稿翌日にして150人以上の方々に読んで頂きました。
読んで頂いたみなさま、どうもありがとうございます。

こうしたことは、あまり議論されることはありませんが、思いのほか重要であると考えます。一方で、これまでに何回な述べたことではありますが、高等教育において教養に資するような学問も重要であると個人的には考えるのですが、同時に、その前提には『社会において文化の同一性、継続性が保持されていること』であると考えます。

そのように考えてみますと、それは現代の覇者と云える欧米社会においては、教養に分類されるような文化、文明全般について深い知見を得ることにより、現代に為されている最先端の文系・理系学問に関連付けることも比較的容易に為されるのかもしれません。

しかしながら、我が国を含む非欧米諸国においては、事情が異なり、実生活においては欧米由来の事物・諸制度の中で囲まれて生活していると云えます。そうしますと、実生活に関連する事物・諸制度への関心を深めるほどに、それは自らとは異なった起源・由来を持つ欧米社会の何かに対する興味・関心へと集約されていくことが多いと云えます。そして、そこでの深い知見を得るに至っても、それは自己の奥深くにある何かと共鳴する要素は欧米オリジンの同様の興味・関心を持つ方々と比較すると、少なくとも同様とは云えないことから、そこには何らかの断層・溝らしきものがあるのではないかと思われるのです。

しかし、であるからといって、我が国にて、そうした教養を積む、持つことは全くの無意味であると主張したいのではなく、そうした教養を比較的広汎な方々が高等教育にて学ぶ必要性を所与とする状態をもう少し考え直しても良いのではないかということです・・。

また、医学・工学をはじめとする理系学問全般とは再現可能性・普遍性が、その根幹にあり、人類全般において共有し得ることが前提とされているのですが、さきに述べた教養とは、そうした性質を根幹とするものではないと云えます。

あるいは、高等教育課程において学ぶ順番を再現可能性・普遍性を持つ実学的とも云える学問を先に学んだ後、教養系の学問を学ぶ方が、我が国においては有効であるようにも思われます。

おそらく、こうした教育カリキュラムの多くもまた、おそらく欧米由来であると思われるのですが、他方、我々の文化とは、初期(おそらく16世紀)の西欧文化からの観察者によりますと『さまざまなことが(自らの文化と比べ)さかさまになっている』と書かれていたことから、こうした視点にて自らの文化の性質を再考してみても良いのではないかと思われますが、あるいは、それもまた一種の『教養』であるのかもしれませんが・・。

とはいえ、さきに述べた実学、教養系学問の学ぶ順番とは、その必要性と併せて、もう少し考えてみますと、現在と比べて少しは良い社会の近未来予想図を描くことが出来るのではないかとも思われますが、さて、如何でしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
近年
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