2017年6月1日木曜日

20170601 640記事 昨日の偶然の読書から思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】

A「昨日ある書類を探していたところ、以前に購入していたラッセル著『西洋哲学史』全三巻が目につき、就寝前に第一巻を読みはじめてみたところ、どうしたものか大変面白く感じられ、そのまま10頁近く読んでいしまいました・・。

では『何故この著作を読み面白いと思ったのか?』とは、おそらくこの著作に現在自身が日常生活において接することがない考えが、流れるように、あるいは理路整然と述べられていたからではないかと考えます・・。

たしかにこうした文章を書くことが出来る人は先ず間違いなく凡人ではないと思われます・・。

また、おそらく現在の我が国において西洋哲学に対して、こうした文章を書くことが出来る研究者、著述家とは少ないのではないかと思われます・・。

とはいえ、多少これと類似する読後の感覚に持つに至る日本人研究者は、粘菌、民俗学の南方熊楠、アジア史の宮崎市定、解剖学、考古学の金関丈夫、そして近いところになりますと、数年前に亡くなられた考古学の森浩一あたりではないかと思われます・・。

もちろん、他にもそうした研究者、著述家はいるとは思いますが、あくまでも自身のこれまでの経験から述べることが出来るのは概ね以上の方々です。

また、丸山眞男、加藤周一などもその文章は大変優れたものであるとは思われるのですが、これらの方々は、それと同時に当時の政治情勢などとも、幾分浅からぬ関係があると思われるため、何と云いますか、その述べるところには、スンナリとは肯定、納得させない何かがあるのです・・。

とはいえ、それもまた特に思想などを扱う研究者においては大変重要な要素ではあるのですが・・。

そして、そのようなことを述べると『南方熊楠も少なからず当時の政治に対する言及があるのではないか?』と考える方々もいらっしゃるとは思いますが、南方熊楠の場合、自身が住み、慣れ親しんだ熊野、南紀の自然を守るための論陣であり、何と言いますか、その背景にある土俗的精神が、さきに挙げた二者とは大きく異なり、私見とはなりますが、それは西郷隆盛の土俗精神とも相通じる何かがあるのではないかと思われます・・。

そして、このように考えてみますと、近代以降の我が国とは、現在に至るまで、その意図の有無に関わらず、無意識的ではあれ、こうした地域毎の土俗精神を減衰させ、骨抜きにしてきたのではないかとも思われるのです・・。

また、こうした視点とは、実際に幾つかの地域に数年程度住むことにより、はじめていくらか実感を以って理解出来ることであり、その点において現在の自身とは、以前と比べると、多少内面が複雑になってしまったのではないかと思われるのです・・。

そして、さらには、こうした経験があることから、現在の自身とは、どうにか継続的にブログ記事の作成を行うことが出来ているのではないかとも思えるのです・・。

また、このようなことを書いていて、不図思い出したのは、冒頭に挙げた著作からの一部分であり、以下にその抜粋引用を示します。

みすず書房刊バートランド・ラッセル著 市井三郎訳 『西洋哲学史』
1古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 P.3より抜粋引用

ISBN-10: 4622019019

ISBN-13: 978-4622019015
『スパルタにおいては、個人はほとんど自由を持たなかったし、アテナイにあっては、時として迫害がありはしたが、市民はその最良の時期には、国家の制約からの異常なほどの自由を持っていた。
アリストテレスにいたるまでのギリシャ思想は、都市に対する宗教的で愛国的な献身に支配されていて、その倫理の諸大系は市民の生活に適応させられ、政治的な要素が大きかったのである。
しかしギリシャ人が最初はマケドニア人に、次いでローマ人に従属することとなった時、ギリシャ人が独立していた頃にはふさわしいものであった倫理的諸概念は、もはや通用し得ないものとなった。
このことは一方では、伝統と訣別することによる旺盛な力の欠如を産み出し、また他方では、より個人的であまり社会的ではない倫理を産み出した。
ストア学派のひとびとは、有徳な生活というものを、市民の国家に対する関係というよりは、魂の神に対する関係として考えるにいたった。このようにして彼らは、キリスト教への道を準備したのである。』

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震により被害を被った地域の出来るだけ速やかな諸インフラの復旧、さらにその後の復興を祈念しております。







2017年5月31日水曜日

20170531 文章作成を向上させるものは・・不可知な感覚?

A「昨日投稿分の記事は前二記事ほどではなかったものの、割合多くの方々に読んで頂けました。

また、これまでに気にしていなかったことですが、自身の苗字を著名な検索エンジンにて調べてみますと、ほぼ1頁目に、このブログが掲載されていることが分かりました。

とはいえ、こうしたことは普段使用しているパソコンが使用者の検索のクセなどを加味して、さきの結果になっている可能性もありますので、今後更なる検証が必要であるのかもしれませんが・・。

またそれに加え、もとより自身の苗字はあまり多く見受けられるものではないことから、その検索結果の1頁目に当ブログが掲載されているからといっても、それは特に喜ぶほどのことではないのかもしれません・・(苦笑)。

ともあれ、今後もあまりそういったことを気にせず、考えずに書き続けて行こうと思います・・(笑)。

また、そうこうするうちに、あと数記事の作成、投稿によって総投稿記事が640に到達し、とりあえずの目標である650記事も、あまり先のことではないように思えてきます・・(笑)。

そして、もしも首尾よく650記事まで到達することが出来たなら、その次は700記事目を指すことになるのでしょうか・・?

また、それに関連して時折思うことは『自身の場合、どの程度記事を作成し続ければ、あまり苦もなく1000~2000字程度の(ある程度中身がある)文章を作成することが出来るようになるのであろうか?』ということであり、これに関しては、以前よりかは、多少楽になりつつあることを感じますが、それでも決して簡単というわけでもなく、時折は半ば朦朧としながら作成しているのが現状であるといえます・・(苦笑)。

そして、それに関連して思い出したことは、以前文系の師匠と話していた際に『そうだね、調子の良い時は一晩で4000~5000字程度書けることがあるね・・。」と聞き、それに対し『どうしたらそのように文章がスラスラと書けるようになるのですか?』と尋ねたところ『・・う~ん、決してスラスラというわけではないれれども、他の似たような作業を行う職種の方から聞いたところによると、どうやら創造の神ミューズ、ムーサのようなものがいるのかもしれない・・とのことであるから、自分なりにそういったことを考えてみれば良いのではないかな・・?』とのことであり、あまり明確な回答ではありませんでしたが、こうしたことは、あくまでも個々で異なることから、各自で色々と試みるのが良いのだと思われます。

また、たしかに自身の場合においても、さきに述べた通り、以前よりかは文章が書き易くなっている感はありますので、未だコトバにならない、いわば『不可知な感覚』といっても良いものであるのかもしれませんが、それでも多少は何かを掴みつつあるのかもしれません・・(笑)。

そして、こうしたことを書いておりますと、今度は以前に読んだ森見登美彦著『恋文の技術』という書簡体の小説を思い出します・・。

この作品においても主人公がさまざまな手紙をはじめ文章の作成に呻吟する様子が描かれており、これは概ね笑いながら読んだ記憶がありますが、その主題とは、なかなか深いものであったと現在となっては思われる次第です・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」









20170530 20170527・28の続き

どうしたわけか、昨日投稿の記事もまた、投稿翌日にしては割合多くの方々に読んで頂けたようですが、それ以前に投稿した学会行きの連作記事が多くの方々に読まれていたことから本日投稿分の記事はまた、先日来の続きを書いてみようと思い立ちました・・(笑)。

ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。

案内されたホテルの部屋は、単身の宿泊客にとって聊か広すぎるものであり、またベッドもセミダブル程度のものが二つ置かれていたと記憶している。

部屋に入り荷物を自分なりに所定の場所に置き、旅装を解き、バスルームでお湯が十分出ることを確認した後、旅の垢を落とすつもりで割合長時間入浴した・・。

11月とはいえ、当地では少し以前より雨季に入っており、夜間であっても決して涼しいとは云い難く、どちらかというと蒸し暑いくらいであった。

入浴を終え、歯を磨き、空港にて購入したミネラルウォ―ターを飲みながらしばらく呆然として、少し我にかえり、テレビを点けてみたものの、あまり意味が分からないことからすぐに消し、独り予演を二回くらい行った頃に適度に眠くなり床に就いた。

この時、はじめての慣れない土地での就寝にもかかわらずスムーズに寝入ったと記憶していることから、やはりそれなりに旅の疲れがあったものと思われる・・。

翌朝、ホテルロビーの待ち合わせ場所に行ってみると装飾が施された鍵盤打楽器の演奏が行われており「なるほど、ガムランの国に来たというわけか・・。」と一人合点したものの、どうしたわけかそこで思い出されたのは、アニメ映画の「AKIRA」の冒頭シーンであった・・(苦笑)。

ともあれホテル食堂にて朝食を摂り、大学側が用意してくれたバスに乗り、学会場に向かった。

学会場は大学の大会議室のような場所であり、歴代の学長らしき方の肖像画が壁面に並んで掛けられていた。

また、階下のホールでは、いくつかのグループの学生さん等が石製の床に直接座り話し合ったり、ノートパソコンを操作していた。

おそらく気温の高いこの地では、ヒンヤリとした石製の床は心地よく、勉学も捗るのかもしれない。

しかしまた、我々がその床に靴のままにて入ってしまうことに多少の戸惑いをおぼえたことを憶えている・・。

学会初日は一般発表はあまりなく、招待講演などが多かったと記憶しているが、また我々の発表本番がその翌日であることから、この日、他の方々の発表は、あまり余裕を持って聞くことができなかったのかもしれない・・(苦笑)。

それでも、この日に先日空港にて声を掛けてこられた先生の講演が為され、自身には分からない専攻分野であったにもかかわらず、その講演内容説明の上手さに秘かに感銘を受けたことは憶えている・・。

学会初日の発表が終わり、次は宿泊ホテルにてレセプションが開催されるとのことで、来た時と同様にバスにてホテルに帰り、一通り身支度を済ませ、会場に向かった。

会場には既に開催地であるインドネシアをはじめ、インド、東南アジア、韓国、中国といった、まさしくアジア各国からの参加者が集まっており、壮観と評して良い景色であったと思う。

我々は日本からの出席者が集まっているテーブル区域の一つのテーブルに着いた。

テーブル上には招待状が置かれており、そこにはインドネシアの宮廷式料理が供され、また伝統的なが舞踊が演じられる旨が英語にて記されていた。

概ね出席者も席につき、開宴時刻になると、先方大学の男女の学生さんが、見事な英語で、招待客一つ一つのテーブルに廻り『何処から来たのか、何を楽しみにしてるのか、このレセプションを楽しんでください』といったことを述べて各々の紹介とした。

正直この時の料理のことは憶えていないが、その後で演じられた舞踊が見事であり、またその踊り手が皆、開催大学の学生さんであったことには驚かされた。

そして、この時、かつて師匠がインドネシアを招待講演にて訪れた際に見た踊りの踊り手が開催大学の学生さんであったことを驚きをもって我々に話されたことが想起された。

レセプションは夜半過ぎ(21:00頃)閉会となったが、はじめて飲んだ現地のビールに気をよくした私は、閉会後に独りでホテルから出て、近隣のコンビニ?何でも屋?のようなお店に行き、ペットボトルの飲料を数本購入し、部屋に戻り風呂に入って少し酔いを醒ましてから、昨日と同様、独り予演を何回か行った後、歯磨きをして床に就いた。

今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
























2017年5月29日月曜日

20170529 エピソード記憶と意味記憶、音声言語と文字言語などについて・・

A「直近ここ二回の投稿記事は思いのほかに多くの方々に読んで頂けました・・。

また自身としても、かつての記憶に基づいた記事を作成している方が、あまりハナシの展開などを気にせずに書くことが出来ることから、そうした記憶が何らかの契機、刺激によって励起されている状態であれば、かなり書き易いと云えます・・(笑)。

また、こうした記憶とは、先日聞いたハナシによりますとエピソード記憶というものに分類され、それは情動を伴う、かなり具体的な記憶であるとのことです・・。

それに対し、意味記憶というものもまた存在するとのことですが、これは意識して憶えた事柄、つまり学習などによって培うといった性質が強いものであるとのことです・・。

その意味において、冒頭にて述べた直近二回の投稿記事とは、たしかにエピソード記憶に基づく傾向が強いといえますが、自身の場合、おそらくそれ以前に、根本においてエピソード記憶優位といった性質を持っているのではないかと思われます・・(笑)。

そして、このことから多少敷衍して考えてみますと、少なくとも個人レベルにおいて、あるいは一般的な見地からにおいても、エピソード記憶とは、音声言語あるいは口語と親和性があり、意味記憶とは文字言語あるいは文語と親和性があるのではないかと考えられますが、如何でしょうか・・?

さらに文系学問でのさまざまな領域において、ある程度まとまった歴史(思想史、軍事史、文学史など・・)を扱う分野においては、基本的に、エピソード、意味双方の記憶(知識)を持つことが重要ではあるのですが、それをまとめ上げ、モノガタリと為す場合について考えてみますと、されはやはり音声言語、口語、エピソード記憶的な要素の方がより重要であるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?

そして、そのように考えてみますと、歴史とはいくら洗練、抽象化し、公式のような普遍性を持った図式にて展開することを説明することが可能になった場合においても、その根本、基層にあるものが、さきに述べたような情動を伴うような記憶であることから、国内地域間、国際間にて共有、認識され得る通史的なもの、モノガタリとは成立が困難ではないかと思われるのです・・。

とはいえ、そうしたこと(国内地域間、国際間における通史の編纂)を実際に試みることによって、さまざまな地域、国レベルでの歴史認識の相違といったものが明瞭化され、それによってはじめて、明瞭化された相違点を包括し説明し得る歴史像の編纂が可能になるとも思われますので、とりあえず専門家、研究者レベルにおいて、そうした試みを為すことは有意義ではないかと考えます・・。

また、そのような経緯を経て、はじめて国レベルでのエピソード記憶とも云えたものが地域、国際間にて通じる意識化された、意味記憶に転化することが出来るのではないかと思われるのです。

さらに、そうしたことから、ある意味我々とは、日常生活におけるさまざまな刺激からも半ば無意識的にではあるかもしれませんが、エピソード記憶を意味記憶に転化する作業を行っているのかもしれません・・・。

今回はとりとめのないハナシではありましたが、以降また、記憶が励起される契機を得次第、これまでの記事の続きを書いてみようと考えています・・。

『口承から、それを筆記、そして筆記されたものを更に洗練し、簡潔な文章にする作業』

また、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」









20170528 昨日、先輩との会話で思い出したこと・・【昨日の続き】

本日は久しぶりに文系院時代の先輩の先生と割合長時間にわたって話す機会を持つことができました・・。

そのため、その対話から惹起した考えを本日分の記事主題にしようと思いましたが、その一方、昨日分の投稿記事も思いのほか多くの方々に読んで頂けたことから、本日はその続きを書こうと思います。

本日の対話の記憶はまた熟成?された後に題材にします(笑)。

そこで我々は「あそこの日本人グループに飛行機は何時に飛ぶ予定か知っていますか?」と聞いてみようと内輪話をはじめた矢先、我々に話しかけてきた人がいた・・。

「もしかして君たちは***学会に参加する方々ですか?」

それはスーツ姿の若干細身の壮年男性であり、また、その口調は明瞭であり、若干高めの関西イントネーションが入ったものであった。

我々のうちの一人が、おそるおそる「はい、そうですが・・もしかして先生も***学会に参加されるのですか?」と尋ね返すと
「ええ、私も参加者です。どうやらジョグジャカルタ行きの***便は遅れているようで、さきほどまで色々と聞いて廻っていたのだけれど、君たちはこの便が何時頃飛ぶか知っていますか?」とのことであった。

それに対して「はい、実は我々も同じ***便に搭乗予定なのですが、このフライト予定時刻が知りたく、周りに聞いてみようと思っていたところなのです・・。」

「はあ、なるほど、お互いにフライト予定時刻を知りたいところなのですね・・それは困りました・・。」

そしてほんのしばらく沈黙のあと、おもむろに一人の現地人と思しき身なりのキレイな青年がこの男性に近づき、英語で何かを話しかけた。

その内容はこちらまでは明瞭に聞こえないものの、どうやら飛行機のフライト予定時刻に関することのようであった・・。

この会話が終わり、青年が手を振って別れたあと、さきほど話しかけてきた男性は我々の方に向かい「君たち安心してください、今聞いたところ、空港側からの最新の情報によると、あと1時間程で我々が乗る予定の***便はフライトするとのことです。」と云い足早にまたどこかに去って行った・・。

「あと1時間で飛ぶのか・・この情報は信頼して良さそうですね・・。」と一人が云うと別のサイエンス系に詳しい先輩が当初いぶかしげな声で「・・・あの顔、どこかで見たことがあるなあ・・。」と、しばらく考えてから、思い出したように「・・そうだ!多分今の先生は**大学の**先生だ!去年の***学会の招待講演で来ていた先生で、再生医療ではかなり有名な先生だ・・いやあ、すごい人に話しかけられたな・・。」と感激を交えて語った。

それを聞いた私はあまり事情に通じていないことから、ただ、スゴイ先生に話しかけられて、出発予定時刻まで分かったということで満足したが、後になり他の便で来られ現地にて合流した同じく事情に詳しい別の先輩院生に**先生について尋ねてみると「なに!君等空港で**先生に話しかけられたの?それはスゴイな・・!」とのことであり、やはりスゴイ先生であることが分かった次第です・・(苦笑)。

ともあれ、その後約1時間程待ったのち、飛行機は無事に離陸し、1時間程のフライトで目的地のジョグジャカルタに到着した・・。

時刻は既に夜となっていたが、空港では学会が開催される大学側から迎えの車が待機して頂いたことには感激した。

到着時刻が遅いということもあり、我々は空港から泊地であるホテルに直行したが、その途中の街並みは日本のそれとはまた違った感じで明るく賑やかであった・・。

ホテル正面入り口には検問所らしきものがあり、入場する車両を一台一台検査していた。

この光景から不図、この時持参していた小説「影の獄にて」を原案として映画化した大島渚監督「戦場のメリークリスマス」の一場面を思い出した。

ともあれ、ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。
この日はこの日で、なかなか刺激の多い一日でした・・。

*続きはまた後日書いてみようと思います・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺を襲った地震により被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」





2017年5月28日日曜日

20170527 本日、先輩との会話にて思い出したこと・・

本日は帰宅が遅くなったことから、ブログ記事作成を止めておこうと考えましたが、さきほどまで会っていた方々との会話にて過去のことが思い出されたため、それを題材として何かしら書こうと思い立った次第です。

去る2010年11月初頭、私達はインドネシアのジョグジャカルタにて開催される学会に参加するため、鹿児島を発った。

とはいえ、鹿児島からインドネシアまでの直通便はないことから、一旦関西国際空港まで行き、そこからジャカルタ行きの便に乗ることとなった。

また、関西国際空港発ジャカルタ行きの便の出発時間が割合と早かったことから、前日に大阪入りし、なんばにて一泊することになった。

鹿児島を発ち、伊丹空港まで行き、そこから陸路にてなんばまで行ったが、なんばに到着したのは、たしか夕刻前、午後3~4時くらいであったと記憶している。

そのまま、何もせずに前泊地であるなんばの宿に滞在するのも面白くないと思い、私は南海線にてかつて滞在した和歌山まで足を伸ばすことにした。

南海線の和歌山市駅に着いたのは、夕刻であった。
その駅前の街並みは季節のためか既に薄暗かったが、それでも約3年振りの和歌山市駅に私は大興奮して、そのまま駅前の大通りを直進し、和歌山城を左手に眺めつつ三年坂通りまで出て、そこで左折、直進し、岡公園のところで右手に入り刺田比古神社に参拝した。
また幸いなことに、この時刻でも社務所は開いており、参拝の後に絵馬を一つ頂いた。
この絵馬はインドネシアまで持参し、帰国後お師匠のもとに送った。

この神社が古代豪族大伴氏の氏神を祀る一つの社であると聞いていたからだ・・。

この参拝により、この度の急きょの和歌山行きの目的を果たしたような気分となり、私は軽い足取りにて、和歌山市駅までぶらくり丁を経由しつつ帰った。

時刻は既に午後7時を過ぎており、殆どの店は閉まってはいたものの、かつて時折通ったカレー屋、交差点を渡ったところすぐにある和歌山ラーメン(中華そば)の店は開いており、厨房の排気口から流れてくる匂いにより和歌山在住時の記憶が刺激された・・。

そしてまた、去る四月に勉強会で和歌山を訪れた時もまたこれと同様の経験をした・・。

和歌山市駅に到着すると、特に理由はないものの後ろ髪を引かれる思いでなんば行きの切符を購入し、帰路についた・・。

なんばの宿に着後、既に時刻も遅かったことから私は学会に同行する院の先輩方と会うことなく、そのまま部屋に戻り、風呂に入ったのち、持参した小説ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著「影の獄にて」を読みながら寝入っていた・・。

翌朝の出発時刻は早く、ホテルロビーにて先輩院生等と待ち合わせインドネシアに向けて出立した。

学会開催地周辺(ジャグジャカルタ)では以前から続いていた近隣の火山噴火(ムラピ山)によってスケジュール通りの航空機の運航が危ぶまれていたが、関西国際空港発ジャカルタ行きの便は特に支障なく出発した。

飛行時間は概ね7時間程度であったが、この間、私は持参した小説を読んだり、寝入ったりを繰り返していた・・。

そうしてジャカルタには無事に着いたものの、我々の行く先とは、そこからさらに国内便に乗る必要性があり、この国内便が、さきの火山噴火によって、かなりスケジュールが乱れていた。

仕方がないので、我々は一通り空港内を徘徊し、出発便の待合所にてしばし時間を潰すことになった。

しばらく待合所にいると、周囲にも、同じ目的を持った日本人らしきグループが散見していることに気が付いた。

そこで我々は「あそこの日本人グループに飛行機は何時に飛ぶ予定か知っていますか?」と聞いてみようと内輪話をはじめた矢先、我々に話しかけてきた人がいた・・。

*続きはまた思い出した時に書いてみようと思います・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。









2017年5月26日金曜日

20170526 新規の知見・論証の仕方などについて・・

昨日分の投稿記事も思いのほか多くの方々に読んで頂けたようです・・。

さて、あらためてこの記事を読み直してみますと、記事前半部と後半部の書籍からの抜粋引用部の間に多少論理の飛躍が認められるとも思われましたが、輿論凝集の速度と、それを構成している各個人の意見、すなわち内面における活力とは、輿論の凝集速度が外部環境(機器の整備、上からの政策など)によって、より早くなると、その構成分子である各個人の内面の活力といったものは、その『速度』によって、一見活発に動いているように見えるものの、それは単に周囲の環境に対しての反応あるいは対応しているだけであり、この判断は難しいのかもしれませんが、厳密な意味での内面活力の発露、能動性、内発性といったものに関しては、必ずしも活性化しておらず、むしろ疲弊、劣化していることの方が多いのではないかと思われます。
特にそうした状態が継続する場合においては・・。

そして、そこまで書いてみてはじめて記事前半部と記事後半部の書籍からの抜粋引用部との間に断層のない何かしらの繋がりらしきものを見出すことが出来るのではないかと思われましたが如何でしょうか・・?

また、それに関連して『これまでに作成した一連の記事において果たして新たな知見の指摘などはあったのであろうか?そしてそれは誰が判断するのであろうか?』といったことを書いたことがありましたが、おそらくその『新たな知見』というものにも幾つかの種類があり、それが比較的明瞭であるのが、おそらく理系学問分野のそれであると思われます・・。

自身は以前、そうした分野の一つにおいて、新たな知見とまでは行かなくとも、その一般化にわずかに寄与する程度のデータを示したことはあったのではないかと考えます。

とはいえ、そのデータも現在となっては既に過去のものであり、かつて私が行ってきた実験の対象であった歯科材料およびその加工機器の系自体がその後大きく進化発展を遂げたのです・・。

また、そのような進化発展が速い比較的新しい材料であったからこそ、当時、さまざまな従来の実験方法によって得た知見が新規のものとして認識されていたのではないかとも思われます・・。

そして、ここまで書き、期せずして記事冒頭部に述べたことと何やら類似するような感じを受けましたが、果たしてそれは気のせいでしょうか・・(笑)?

いや、ともかく、気のせいであろうがなかろうが、あくまでも個人的な考えではありますが、現在継続しているブログ記事の作成とは、一面において、その当時行ってきたことを自身への定着化、血肉化を試みるため、あるいは自身を燃え尽き症候群にしない(戻さない)ために行っているともいえるのです・・(苦笑)。

ここまで書きますと『その間に如何なる関連があるのか?』と思われるかもしれませんが、自身にとってはその間には多いに関連があるのです・・(笑)。

さて、ハナシを少し戻して、その他の『新たな知見』について考えてみますと、文系学問分野においては一般的に理系学問ほど、それが明瞭ではなく、文系学問においてはむしろ文章の運び、論の進め方といった『論証の仕方』に、より新たなものとしてのの価値が置かれていることが多いのではないかと思われます・・。

つまり、文系学問の場合、結果は既出の文献と同様であったとしても、その『論証の仕方』の方がより重要であると云えるのです。

無論、これは理系学問においても同様であり、その過程の厳密さが求められるのですが、しかし、理系学問においては、どちらかというと『結果における新しい要素』が我々の生活の変化に何かしら関与することが多いことから、そちらの方により重点が置かれるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」