2024年5月10日金曜日

20240509 実感される内面の変化への欲求から:ブログ記事作成と動画視聴と読書

おかげさまで、直近投稿の訪問記からのスピン・アウト記事も投稿後3日としては、比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。

こちらの記事で述べた「環境の変化による内面の変化」は、以前より興味を持っていたことであり、当ブログ初期の2015~17年の頃にも、何度か記事題材としていたことが思い出されました。

そして、こうして書いていますと、これまた以前に当ブログにて述べたことではあるのですが、複数ある私の興味の対象の循環のようなものが感じられるのです。これは季節によるものであるのか分かりませんが、どうにか9年近くブログ記事の作成を継続していますと、そのようなこと(自らの興味の循環)が時折、感じられるようになるようです。

くわえて、去る2022年2月に勃発した第二次宇露戦争から、情勢の推移を知るため、いくつかの海外報道機関による動画を視聴する習慣が身に着きましたが、これは、以前のホテル勤務時代での外国人宿泊客への接客応対から、文系大学院修士課程での英語科目の講義や留学生の方々とのやりとり、そして歯系博士課程院生での論文読解や作成、海外学会での口頭発表や質疑応答といった経験により「基礎」のようなものがあったためか、しばらく継続していますと、また徐々に、いくらかは聞き取れるようになってきたように感じられます。

そして、去る2023年3月にドイツ・ケルンにて開催の国際デンタル・ショー(IDS2023)への特派員としての参加の際にも、これらの経験はいくらかは役立ったと云えます。

さて、上記のように、ブログ記事の作成と、海外報道機関による動画視聴の継続を並べてみましたが、前者と同様、後者の動画視聴においても、興味の循環はあるとは思われるのですが、他方で、2022年2月以降からは特に、新たなものとして、海外報道機関の動画を視聴することは多くなりました。

しかし、実際のところ、こうした動画を視聴しなくとも日常生活には大きな支障はないと思われますが、これを継続していますと、地上波であれ、動画サイトであれ、国内の報道番組を視聴すること自体が有意に少なくなりました。

そうしますと、それに伴って自らの興味もまた変化するようであり、そこから「日常生活には大きな影響はない」とさきに述べましたが、それは、ある程度の期間、継続することにより、徐々に内面での有意な変化が生じ、そこから、さらに大きな変化へと進展するのではないかとも思われるのです。

そして、そのように考えてみますと、前述のブログ記事作成の継続もまた、同様の経緯を辿ってもおかしくなく、9年近く継続しているのであれば、実感出来るような変化が多少はあっても良いのではないかとも思われるのですが、これまでに何度か述べましたが、そうした変化の実感といったものは皆無なのです・・。それでも「どうにか」ではあれ、継続していることは事実ですので、あるいは、遠からぬうちに、そのように実感されるような変化が生じるのかもしれません・・。

そういえば、トクヴィル著の「旧体制と大革命」は、その後も読み進めており、6割方は読みましたが、そこにはやはり、以前にも述べた「トクヴィル節」のようなものがあり、また、記載の考えや見解は現代においても適用可能なものも少なからずあるように思われます。

そこから、トクヴィルについて思い返してみますと、興味を持ったきっかけは、さきに述べた後者の動画視聴にありました。そうしますと、動画の視聴は、2022年2月の露軍の侵攻以降、たしかに海外報道機関による動画を有意に多く視聴するようになりましたが、それに加えて、我が国テレビ局による報道動画ではなく、大学研究室や企業等にて、ある程度専門的と云える動画の作成を行っているものがあるのですが、そのうちの一つが興味深く、視聴していたところ、そのなかで、その動画サイト運営者が書籍を刊行されたことを知り、こちらも興味深く思い、書籍を購入して読み進めていたところ、その中にトクヴィルについて記されており、そこから、さらに興味を持ち、トクヴィルの著作を購入したのが昨年の秋頃でした。

そして、それから解説本や著作を数冊読み、昨年暮れからは、以前より面識のある研究者の方の著作内で参考文献として挙げられていたオーランド―・ファイジズ著「クリミア戦争」上下巻を購入して読み進めたことから、トクヴィルから少し離れましたが「クリミア戦争」を読了後から、またトクヴィルに戻り、前出の「旧体制と大革命」を読み進めており、その後は、さらにトクヴィルの積読状態にある著作を読み進めようと考えていましたが、ここ最近興味深い著作を見つけてしまいました・・。それは、井上文則著「天を相手にする:評伝 宮崎市定」であり、おそらく、こちらも精読にて通読しますと、それなりに大変であると思われますが、先日、立ち読みしたところ、大丈夫であろうと思われたことから、「旧体制と大革命」読了出来ましたら、次にこちらの著作を入手して読んでみたいと考えています。

しかし、宮崎市定を私はどこで知ったのでしょうか・・。修士論文の参考文献には、その著書はなかったことから、それ以降であり、おそらくは鹿児島在住の期間であったように思われます。こちらについても、いずれ書いてみたいです。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。










2024年5月7日火曜日

20240506 「令和・歯科医院訪問記⑤番外編」からのスピン・オフ:「環境の変化による内面の変化」について

おかげさまで直近、5月4日投稿分の「令和・歯科医院訪問記⑤番外編」も、投稿後2日目としては比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆さまどうもありがとうございます。

しかしながら「歯科医院訪問記」と銘打ち、これまで5記事作成してきたものの、未だ医院内にすら入らず、かなり悠長に書き進めています・・(苦笑)。とはいえ、当訪問記は冗長や脱線などは是としており、また、これら「訪問記」は、私の作成した記事としては比較的多くの方々に読んで頂いておりましたので、いわば、少し気を良くして、当記事の作成にあたっているのだとも云えます・・。

それでも、さすがに医院内に入り、一般的な医院説明のように、写真などを示しつつ、説明文章を書き進めるのが良いとも思われます・・。

他方、直近投稿の「⑤番外編」にて「精神の状態」と「地域・場所」との関係について少し触れましたが、これついては、院長先生に質問させて頂いておらず、後日、質問をして、また、それに基づいて、新たな訪問記事を作成したいと考えております。

ともあれ「⑤番外編」のスピン・オフである今回記事では、院長先生から離れて、抽象的ではありますが、もう少し、この「精神の状態」と「地域・場所」との関係について述べてみようと思います。

さて、「精神の状態」と「地域・場所」との関係について考えてみますと、すぐに想起されるのはポーランド出自の英国作家ジョゼフ・コンラッドによる「闇の奥」(「Heart of Darkness」)あるいは、それを原作としたフランシス・フォード・コッポラ監督による著名な映画作品「地獄の黙示録」(「Apocalypse Now」)です。

また、それに加え、史実とされることとして、当ブログにて何度か取りあげたこともある、5世紀後半の朝鮮半島での新羅と百済との戦にて、ヤマト朝廷は、友好関係にある百済の支援のために半島に派兵しましたが、その派遣軍司令官の一人であった紀大磐(紀生磐とも)が、戦地にて精神の状態が変化したのか、自らを神聖と称して三韓の王になろうとしたという話が「日本書紀」(顕宗天皇の御代)にあります。

そして、これら(「闇の奥」・「地獄の黙示録」そして「日本書紀」)に共通する興味として、以下に示す「闇の奥」からの記述が適当であると考えます。

『奥地に行ってその場で一人ひとりの心理的変化のさまを観察すると、科学的には面白いでしょうがね。』

これは、端的に「環境の変化によって、人の心や精神にどのような変化が生じるのか」を述べたものであり、そしてまた同時に、「令和・歯科医院訪問記⑤番外編」の最後にて述べたこと(「それにより、当院長の沖縄在住期間に何らかの変化があったのだとすれば、それはそれで興味深いものがあるようにも思われます。」)にもつながると考えます。

また、このことは20代から、いくつかの地域に移り住んできた私も、いまだ法則性などは見出すことは出来ていませんが、しかし同時に、そうした「環境の変化」が人の内面に少なからず影響を与えるということは実感してきましたし、また、そうした実感と、そこで得た実感を原動力(興味)とする読書との反応により、何と云いますか、徐々に認識が深化されて、当ブログでの関連する記事や、当記事のようなことを自らによる文章や、関連のある出来事や記述などを引用しつつ述べることが出来るようになったのではないかとも思われるのです・・。

そして、この認識の原点となった経験が、これまでに当ブログにて何度か述べた南紀での在住であると考えますが、これにつきましては、また後日、あらためて述べてみたいです。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。










2024年5月5日日曜日

20240504 令和・歯科医院訪問記⑤番外編:「少しおかしいながらも活気あふれる様子」について

おかげさまで、直近投稿の「令和・歯科医院訪問記④山梨について」はその後、投稿後3日の記事としては、比較的多くの方々に読んで頂けました。読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。そしてまた、出来ましたら、今後もこうした取り組みを行いたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

さて、過日投稿の記事末尾近くで、北杜夫著「どくとるマンボウ医局記」を挙げましたが、その後、当著作を探したところ見つからずに、先日、人に渡していたことが思い出されました。当著作は、鹿児島在住時にはじめて読み、その後、何度か当著作を購入しては、興味を持たれそうな先生方にお渡ししてきたことから、私としては、かなりお気に入りの一冊であると云えます。そして、当著作内の山梨についての記述が、先日の投稿記事とも関係がありつつ奮っており、大変面白いと思われたのです・・。

あらためて北杜夫による「どくとるマンボウ医局記」に注意を向けてみますと、当著作は時代背景が昭和30年代であり、現在とは時代も異なり、そのために、おかしく感じられるところもありはするのですが、それでもなお、研究などをする環境に多く通底する、あるいは異言しますと、福沢諭吉による「福翁自伝」にある大阪適塾についての記述とも相通じるような「少しおかしいながらも活気あふれる様子」が描かれていると思われるのです・・。

そしてまた、この「少しおかしいながらも活気あふれる様子」は「創造性」とも親和性があり、そして、それ故に「学問の自由」に大きな意味や価値があるのだと思われます。しかしながら、近年の特に人文社会科学系では、「学問の自由」のもとに「少しおかしいながらも活気あふれる様子」の排除を試みているようにも思われます。そこから、たしかに社会全般の創造性の向上に寄与することのない(ある意味自己完結的な)学問分野は必要であるのかと考えてみますと、その返答は難しいと思われます。

ともあれ、創造性の強化や励起のためには「少しおかしいながらも活気あふれる様子」が適していると思われますが、これを具体的な個人に落とし込んでみますと、それは「躁」や「軽躁」の状態に近いように思われます。とはいえ、この「躁」は、ある種「症状」でもあることから忌諱されがちですが「軽躁」程度ですと、いつもよりも活発になり、多くのことが出来るため、継続可能であれば良いのではないかと思われます。

そして、こうした「躁」や「鬱」といった精神状態は、その人の挙措動作や態度といった表層にもあらわれ、特に「躁」などの、いわば活性化して多動になっている時には、さらに分かり易いと云えます・・。

そして、その視座から、あらためて訪問先医院の院長について考えてみますと、以前に述べたように、山梨、東京そして沖縄を中心として、よく移動をされており、そしてまた勤務されている都内の比較的大規模な歯科医院においても、ご自身で診療をしつつ、院内にいる臨床研修医や若手GPの先生方の指導もされています。では、こうした活発と評して良い歯科医師の日常における態度には何かしら「躁的」なものがあるのかと、検討してみますと、上手く表現することは未だ出来ませんが、ただ、これまでにお目に掛かった「軽躁」的と評し得る方々と共通する、何と云いますか、ある種の「波長」があるようには思われます。

「波長」といいますと、また抽象的な表現ですが、しかし、感覚としては、おそらくご理解頂けるのではないかとも思われます。

そしてまた、こうした「躁」や「鬱」そして「波長」などを、「表層にも表れる精神の状態」と考えてみますと、谷川健一などが述べていた琉球を含む南西諸島や鹿児島などの文化で、人に付着する外来魂である「セヂ」というものがありますが、あるいは、「躁」や「鬱」なども、この「セヂ」の付着に類するものと考えてみても、理解、解釈することが出来るのではないかとも思われるのです・・。

それにより、当院長の沖縄在住期間に何らかの変化があったのだとすれば、それはそれで興味深いものがあるようにも思われます。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。





2024年5月1日水曜日

202405012185記事到達:令和・歯科医院訪問記④山梨について 

本日の記事投稿により、総投稿記事が2185に到達して、さらに15記事の新規投稿により、当面の目標としている2200記事に到達することが出来ます。また、先月末頃の鹿児島訪問以降、彼の地で受けた刺戟から、また、出来るだけ自らの地の文章によるブログ記事作成を心掛けるようになりましたが、そうした変化を自然に引き起こしてくれることもまた、日常とは異なる場所に出向く、一つの大きな意味合いであると考えます。

ともあれ、そうした経緯にて、今現在も出来るだけ地の文章での記事作成を試みている次第ですが、そこで不図思い起こされたのが、去る1月末に訪問して、これまでに3記事作成した「令和・歯科医院訪問記」です。これらの記事については、今後さらに2記事は作成する用意がありますが、ここ最近は続編作成への踏ん切りがつかずに、また先方の先生も「大丈夫ですよ。気にしないでください。」といった様子であることから「まあ、急ぐこともないか・・。」と考えていましたが、さきに述べた「自らの地に近い文章」、異言しますと「あまり推敲を重ねずに、思い付いたまま近く作成した文章」で、比較的楽しみつつ作成出来記事が、さきの「訪問記」であったことから、この、いわば「勢い」を利用して、続きを作成してみようと思い立ち、ここまで書き進めている次第と云えます。

さて、これまでに作成した「令和・歯科医院訪問記」では、丁度、山梨市駅から徒歩で医院入口に着いたところで終わりましたので、その続きは、院内各種設備の説明からはじまり、実施している特徴的な治療法や用いる器具などについての解説を行い、その医院の紹介を試みるのが妥当なところであると考えます。また、たしかに、そうした情報は歯科医院の特徴を見出すのに大変有効であると考えますが当「令和・歯科医院訪問記」では、以前にも述べたように、脱線や遠回りを是として、さらにくわえて、地に近い文章での作成をもまた是としたことから、当訪問記が思い起こされて能動的に続編の作成を試みています。

さて、ここで話は飛びますが、大分以前、伯父が存命の頃、ご自宅や管理をされていた伊東市の祖父母の家、そして飲み屋さんなどで、お酒を飲みながら、この伯父の話を聞くことが度々ありました。伯父は仕事柄、話は慣れており、また、それだけに上手く、そしてまた、(あまり月並みではないためか)印象に残る意見や見解を述べることも少なからずありました。さらに、そうしたことが今なお、日常生活の中でハッと思い起こされることもあるのですが、それが、この「訪問記」の続きに繋がるのです・・。

以前、おそらくこれは伊東市の祖父母の家での会話であったと思いますが、富士山の話から静岡県と山梨県の話題になり、その中で伯父は山梨県について「私が卒業した学校の創設者は山梨県出身の財界人としてよく知られているけれど、その起こした事業でよく知られているが東武鉄道でね。それと並んで有名なのが阪急電鉄の創業者である小林一三で、こちらも山梨県の出身だね。さらに遡ると、明治初期から国内各地で鉄道の敷設や殖産事業を手掛けてきた雨宮敬次郎も山梨県出身でね、だから、確かなことは云えないけれど、あの海がなくて山々に囲まれた環境のなかにいると、そのうちのいくらかの人々は、そこから強く出たいと考えるようになって、そして、それを具現化する手段が、折しもの文明開化によって齎された鉄道であったのだと思うよ。」とのことであり、そしてまた「鉄道」を「高速な移動手段」として捉え直してみますと、かつての甲斐源氏武田氏が誇った甲州騎馬軍団もまた、同じ系譜を遡上したところにあるのではないかとも思われました。

そして、さらに重ねて「高速な移動手段」に拘ってみますと、我が国で唯一、航空分野を専門とする中学・高等学校および専修学校を運営している私立の学校法人の起源が、戦前期の、この山梨県であったことも何やら関連があるように思われましたが、これは訪問先医院にてご応対頂いた大先生から伺った話がソースです。その後、ネット検索や資料をあたっていますと、興味深いことに、たしかに昭和初期(7年)に当地山梨の在郷軍人会が航空研究会を発足したことが学校法人の起源となっており、こうした、いわば、ある程度広い世界を知る地元の方々による能動的な活動が、その地域を特徴付ける要素をより明瞭なものとして固定化して、さらにそれが紆余曲折を経ながら後世にまで積層されるといったことは、おそらく我が国の何処でも同様であると考えます。

ともあれ、そうした視座から山梨県の県民性の一つとしては「絶対矛盾の自己同一」のように「愛郷心」と「脱出・遠くへ行きたい願望」が相矛盾しながらも併存するといった個性があるものと考えます。

その意味で、訪問先医院の院長について、以前に述べましたように、御実家の山梨から東京の歯科大学へ出て、そこからさらに沖縄の大学病院近くに転居をされ、さらに、現在においても所用のため、比較的頻繁に沖縄へ訪問されていることは、これまで述べてきた視座から考えてみますと、山梨県人を特徴付ける性質が、比較的強く看取出来るのではないかと思われます。さらに、ここまで書き進めていて、関連するものとして不図、想起されたのが、以前にも何度か引用記事を作成した北杜夫による「どくとるマンボウ医局記」内の記述です。北杜夫は慶應義塾大学病院医局員時代に山梨県の病院(現在の山梨県立北病院)に勤務していた時期があり、当著作に、おそらく、その当時に考えたと思しき記述が散見されるのですが、そうした記述と関連させつつ、また後日、院長先生をはじめ歯科医院のことを、こうした地に近い書きぶりにて、さらに書き進めたいと考えています。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。




2024年4月29日月曜日

20240429 昨日の続き、ある程度大きな規模の歴史を扱う著作から

おかげさまで昨日の投稿記事は、投稿翌日としては比較的閲覧者数が伸びました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。

さて、昨日の投稿記事でアレクシ・ド・トクヴィルとユヴァル・ノア・ハラリとの著述の仕方に類似するとして宮崎市定を挙げましたが、その後、それ以外に「銃・病原菌・鉄」上下巻の著者であるジャレド・ダイアモンドの文章とも通じるものがあることが思い出されました・・。

「銃・病原菌・鉄」上下巻が我が国で刊行されたのは20年以上前であり、私は和歌山市在住期間に読んだ記憶があります。そして、その後、2016年、世界規模でのベストセラーとしてハラリによる「サピエンス全史」上下巻が広く書店に並ぶようになりましたが、いくつかの書店での陳列で、「サピエンス全史」の隣やごく近くに「銃・病原菌・鉄」が関連著作のように並んでいるのを見たことを記憶しています。

あるいは、そのような配置を採る書店は現在もあると思われます。そして、その理由を考えてみますと、両著共に「ある程度大きな視座から眺めた、さまざまな歴史の推移を述べて、それらから考えられる知見や見解などを述べる」といったところにあると云えます。

私見としては、そうした著述・書きぶりにて歴史を扱った著作は、興味深いものであり、さらにまた、そうした書きぶりでの歴史の著作は、比較的読み易いものになると思われます。また、そうした著作の代表的なものとしてフレイザーによる「金枝篇」が挙げられると考えます。

こちらの著作は、記載内容の真偽などをあまり考慮せずに読み進めますと、大変に興味深いものであり、これまで知ることがなかった、かつての人類のさまざまな様相が浮かんでくるのですが、こうした、いわば帰納法的な記述(具体例の羅列)の著作(特に大著)とは、比較的容易に我々をこれまで知らなかった世界に誘うことが出来るようで、あるいは先述の「銃・病原菌・鉄」や「サピエンス全史」が世界規模でのベストセラーになった理由は、このようなところにもあるのではないかと思われるのです。

ともあれ、そうしますと、昨日の投稿記事で述べた宮崎市定の諸著作もまた、ハラリによる「サピエンス全史」が発売する際に関連著作として近隣に配置することも適切であったと思われるのですが、そうした書籍の配置を採る書店は2016年当時なかったと思われます。

そしてまた、その後もハラリによる新著が定期的に刊行されましたが、それぞれの発売の際においても、宮崎市定の著作が関連著作といった扱いで、近隣に置かれていたことはなかったと思われますので、今後の世界情勢を検討するためにも「ある程度大きな歴史の動き」を扱った著作が読まれる世界的気運・傾向があるなか、我が国では、宮崎市定などの研究者がもう少し取りあげられ、そして、より多くの興味を持つ方々に読まれたら良いと思われました。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。




2024年4月28日日曜日

20240428 トクヴィル、ハラリそして宮崎市定から

ここ数日間は、久しぶりに自らの文章によるブログ記事を作成しましたが、数日続けますと、また自らの文章を作成する感覚が作動するのか、このように、あまり躊躇なく文章を作成することが出来、また同時に、そのさきに続く文章の主題についても、同様にあまり躊躇なく選択して、書き進めることが出来るようになるのだと思われます。

そういえば、ここ最近はアレクシ・ド・トクヴィルによる「旧体制と大革命」を読んでおり、それと並行して文庫版のユヴァル・ノア・ハラリによる文庫版の「21lessons 21世紀の人類のための21の思考」も読み進めてきたのですが、少し辛く感じられてきたため、ここ数日は片方を読むのを止めています。とはいえ、それにより、ここ2日間、自らによる文章のブログ記事作成が出来ていたのであれば、それはそれで問題はないと考えます。

そうした事情で「旧体制と大革命」は現在も読み進めており、またトクヴィルによる著作は、当著作を含め、これまで邦訳版しか読んだことはありませんが、おそらくは、そこからも知覚出来る、物事の変遷の推移などを説明する際などによくあらわれる、ある種の「トクヴィル節」のようなものがあり、これがまた、先述の「21lessons 21世紀の人類のための21の思考」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリの文体とも何やら近しいようと感じられるのです。これは先日、ハラリの著作を読み進めることを止めたことによる、何らかの効果によって、そのように感じられるのか分かりませんが、他方で、双方著者ともに、それぞれの記述で事物の歴史的な変遷の推移を述べることが多く、そしてこれが、双方を近しいと考える主因であると考えます。

さて、ではほかに、こうした歴史的推移の説明が文中に多くあると思われる著者をと、考えてみますと、宮崎市定がそれに近いのではないかと思われました。また、そこから宮崎市定のような歴史家が戦前から戦後期も通じて活躍することが出来た社会とは、そこまで悪くなかったのではないかと考え、その背景を知るために「宮崎市定」とネット検索をしたところ、その経歴に「(旧制)大学を卒業後、1年志願兵として入営、そして除隊後の1932(昭和7)年、(旧制)高等学校教授職にある時に第一次上海事変の際に召集を受けて出征し…」と書かれていました。そこから、戦地の補給所所長などを務める応召の予備役下級士官の本職が高等教育機関の教授職であるという社会に、ある種、西欧社会に近しいものが感じられましたが、あるいはまた、こうした設定は、小説や映画やマンガの設定としても大変面白く、話の展開としては、学生時代に予備役士官の訓練課程を経て、その後、東洋史を専門とする研究者となり、(旧制)高等学校で教鞭を執っている主人公が、中国大陸での戦線の拡大により召集を受け、やがて戦火は概ね収まり、最前線からは少し離れた補給所の所長に落ち着いた頃から、度々、派遣軍総司令部などの上級司令部の幕僚達が補給所まで訪れるようになり、そこで、東洋史からの観点による中国諸組織との外交交渉の進め方や、その他文化全般についての助言などを求められるようになり、やがて今度は、逆に補給所所長の方が上級司令部にまで出向いて、幕僚を相手に講義形式で情報提供などを行い、はたまた変装をして敵地奥にまで潜入して、敵軍の規模、装備状況などの偵察といった特殊任務をもするようになり・・・といったシリーズものの背景としては、面白いのではないかと思われます・・。

と、このようなことを書いていますと、不図、実はこうしたことが思いついたのは、先日読了したトルストイの「セワ゛ストーポリ」からの影響であることに気が付かされました。この「セワ゛ストーポリ」の和訳文は、以前にも述べましたが、おそらく、視覚に重点を置いたものであり、あるいは現在であるからこそ、HBOなどの海外の優れた映画・ドキュメンタリー作成会社が当作品の再現を試みると意義深いのではないかと考えます。

ともあれトクヴィル、ハラリ、宮崎市定そしてトルストイと色々と話は飛びましたが、このようにあまり締りはないものであれ、文章を著していくうちにまた、新たな文章作成の感覚を見出していくのではないかと思われます。そのため、今しばらくは地の文章で書いてみます。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。





2024年4月27日土曜日

20240426 鹿児島訪問による記憶の励起と、それに対応する言語との関係について

昨日は、直近の鹿児島訪問による在住期間の記憶の励起そして想起について述べました。また、これら想起された記憶は、これまで(どうにか)9年近く当ブログを継続してきた私の基層にあるものであり、また同時に、以前にも当ブログで述べたことではありますが、これまでのいくつかの異郷在住経験の中でも特に印象深いと云えます。

もちろん、それ以前の和歌山もまた、和歌山市と南紀白浜とで、それぞれ記憶がありますが、それらは総じて鹿児島のほど強烈なものではありません。とはいえ、おそらく、記憶とは、強烈であればあるほど良いというわけでもなく、また私の場合、和歌山、南紀白浜での在住経験や記憶があったため、さらに西南方面の鹿児島での新たな生活も、そこまで大きな心身への負担を伴わずに、どうにか馴染むことができたのではないかとも思われます。

また、昨日の投稿のブログで「鹿児島での記憶は人に関するものが多い」と述べましたが、これはについては、鹿児島市の中心市街地・繁華街である天文館を歩いていますと、何故か、当時の記憶が思い起こされることが多く、また、それは必ずしも自分が歩いている天文館にまつわるものだけではなく「・・ああ、そういえば、そうだったなあ・・。」といった、いわば、隠れて見えなくなっていた在住当時の記憶が、突如現れるといったことが多いです。

さらに、対話から「ああ、そういえば、あの時はそうだったなあ・・」といった具合に想起されることもあり、また、その記憶をその場で話して当時の様子がさらに鮮明に思い出されることもありますが、割合としては、さきに述べた、市街を歩いている時などが多いと云えます。

先日の鹿児島訪問でも、そのようにして、記憶が度々想起され、そうした記憶をもとに、本日ではありませんが、いずれ、当ブログ記事で述べたいと考えていますが、しかし、ここまで書いていて、不思議あるいは面白いと思われたことは、想起された記憶の内容が、いずれも実際に自らの経験であることを疑わないことです。

つまり、それらの記憶はいまだ反省や考察を経ておらず、いわば即自的な記憶と云え、また他方で、それが、自らの、具体像を持つ記憶の素材になるということです。そして、この想起されたての記憶とは、その後に為されるさまざまな検討、考察において極めて重要なものとなり、そこから、この段階における、ある種の「愚直さ」ともとられかねないほどの「率直さ」すなわち、過去の現実での事物と、それに対応する言語の精確さのみに注意を集中した態度が重要になるのではないかと思われます。

そしてまた、こうした「率直さ」とは、おそらく、社会において、さまざまな文化現象が洗練、発展すると、それに伴い、社会におけるスノッブ的な傾向が強化され、徐々にさきの「率直さ」のような態度が無粋であり、ダサく、カッコ悪いものと見なされる傾向があると思われます。

とはいえ、そのようにして、現実の事物と、それに対応する言語の関係が、あまり考慮されなくなりますと、やがて、誰もが自信をもって自らの言葉で言語表現をすることが困難になっていくのではないかと思われます。

そして、このこと、つまり事物と言語の対応関係については、鹿児島を主とする九州での在住期間で悩んでいた記憶がありますので、私にとって九州、鹿児島への訪問は、さきの対応関係における率直さをあらためて考えさせる契機となる一面があるとも言えます。

現象と言語の対応関係の精確さについて、私はそこまで意識しているわけではありませんが、しかし、それがあるからこそ、事物と言語との調和(レジストレーション)が可能になり、そしてまた、そこから、歴史や、その蓄積から析出される思想などへと至るのではないかと考えます。

その意味において、今世紀に入ってから昨今に至るまでの我が国の各種文化は、さきの「事物と言語の対応関係の精確さ」の衰亡を望んでいるようにも見え、また、それは思いのほかに成功しており、それ故に、現今の我が国社会全般では「Y本のお笑い」などでよく聞かれる語彙や言い回しが盛んに流通しているのではないかと察せられます・・。

ともあれ、私の場合、鹿児島を訪れますと、自らの言語の用法や、その言語の現象への対応関係などについて考えさせられますが、その意味で、あるいは九州全般の言霊・気風の方が、日本語本来の性質(Genius)を現在までより精確に伝えているのではないかと考えさせられ、また、そこから谷川健一が述べていた、琉球や鹿児島の島嶼部などの謡が、我が国の詩や文学などの起源となったという説もまた、そこまで荒唐無稽なものではないと私は考えるのです。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。