2022年12月3日土曜日

20221202 株式会社講談社刊 千葉雅也著「現代思想入門」 pp.116-118より抜粋

株式会社講談社刊 千葉雅也著「現代思想入門」
pp.116-118より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4065274850
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4065274859

哲学とは長らく、世界に秩序を見出そうとすることでした。世界のなかに混乱を見つけて喜ぶような哲学は、あるとしても異端。そういう意味で、混乱つまり非理性を言祝ぐ挙措を哲学史において最初にはっきりと打ち出したのは、やはりニーチェだと思います。

「悲劇の誕生」(1872)という著作において、ニーチェは、秩序の側とその外部、つまりヤバいもの、カオス的なもののダブルバインドを提示したと言えます。古代ギリシャにおいて秩序を志向するのは「アポロン的なもの」であり、他方、混乱=ヤバいものは「ディオニソス的なもの」であるという二元論です。

 ギリシャには酒の神であるディオニソスを奉じる狂乱の祭があったのですが、それが抑圧され、もっと調和のとれたかたちに収められていった。アポロン的なものというのは形式あるいはカタであって、そのなかにヤバいエネルギーが押し込められ、カタと溢れ出そうとするエネルギーとが拮抗し合うような状態になる。そのような拮抗の状態がギリシャの「悲劇」という芸術だ、というわけです。

 こういう暴れ出そうとするエネルギーとそれを抑えつける秩序との闘いに劇的なものを見る、言い換えれば、善と悪、光と闇の対立があるところに、どちらかをとるのではなく、その拮抗状態にこそ真のドラマを見る、なんていうのは今日のコンテンツではよくあるもので、みんなそういうドラマ性を当り前だと思っていると思いますが、それをはっきり形式化したのはニーチェなんです。

 まずディオニソス的エネルギーが大事であって、しかしそれだけでは物事は成り立たず、アポロン的形式との拮抗において何かが成立する。僕のドゥルーズ論である「動きすぎてはいけない」という本のタイトルも、動くというのがエネルギーの流動性を表しているとするなら、そこにある抑制がかかることで何事か成り立つという意味で会って、そういう意味では、ニーチェ的なダブルバウンドが僕の仕事にも、あるいはドゥルーズにも継承されているということになります。

 ここで重要なのは、「秩序あるいは同一性はいらない、すべてが混乱状態になればいい」と言っているわけではないということです。しばしば現代思想はそういうアウトローを志向するもののように勘違いされることがありますが、そうではないのです。確かに混乱こそが生成の源なのですが、それと秩序=形式性とのパワーバランスこそが問題なのです。ですからここでも二項対立のどちらかをとるのではなく、つねにグレーゾーンが問題であるという脱構築的発想が働いているわけです。

ニーチェは古典文献学者として、24歳の若さでバーゼル大学教授に就くのですが、その後、「悲劇の誕生」によって学者たちの不興を買うことになります。ニーチェは、堅実な研究者として生きるのでは満足できなかった。「悲劇の誕生」は、本来なら丹念な歴史研究をすべきところ、大ざっぱな図式を打ち出し、かつギリシャ悲劇を当時ニーチェが入れあげていたワーグナーの音楽に結びつけ、ワーグナーの革新性を謳うもので、研究というより今日風に言えば「批評」的な著作でした。当時の文化状況に一石を投じたいという野心があったのです。こいつは学者の道を踏み外した、と思われたことでしょう。

 批評的な仕事が、大学=アカデミアの学者から、いわば「出すぎた」ものとして反発を受けるというのは今もあって、批評の世界すなわち論壇と大学にはときに対立が生じます。ニーチェはそういう対立を生んだ生きたパイオニアだと言えるでしょう。

2022年12月1日木曜日

20221201 株式会社ランダムハウス講談社刊 アリス・W・フラハティ著 吉田 利子訳 茂木 健一郎解説「書きたがる脳 言語と創造性の科学」 pp.110-112より抜粋

株式会社ランダムハウス講談社刊 アリス・W・フラハティ著 吉田 利子訳 茂木 健一郎解説「書きたがる脳 言語と創造性の科学」
pp.110-112より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4270001178
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4270001172

ライターズ・ブロックの表れ方も原因もいろいろだろうが、ライターズ・ブロックになった作家に共通する特徴が二つある。知的には問題がないのに書けないこと、それに書けなくて苦しんでいるということだ。この定義は単純だが、ライターズ・ブロックとは重要な点で異なるいくつかの状態をあぶりだしてくれる。

 ある意味ではライターズ・ブロックの対極にあるのがハイパーグラフィアだ。しかし驚いたことにこの二つの脳の状態はまったく正反対というわけではなく、相互補完的で、だから一人の作家がハイパーグラフィアとライターズ・ブロックのあいだを揺れ動くことが可能になる。それどころか、ハイパーグラフィアで同時にライターズ・ブロックだという場合さえある。小説の執筆を先延ばしにしているあいだに、ジョゼフ・コンラッドが友人に書いた熱っぽい手紙がその一例だ。

 ぼくは毎朝、敬虔な気持ちでデスクに向かう、八時間座り続けるー座っているだけだ。この八時間の労働時間中、三行の文章を書き、デスクを離れる前に絶望して消す。ときには、頭を壁に打ち付けたくなるのをあらん限りの力を振り絞って我慢する。口から泡を吹いて泣き喚きたいが、赤ん坊と妻を怯えさせると思うからそれもできない。こんな絶望的な危機に落ち込んだあとは、何時間もうとうとするが、そのあいだも書こうとして書けない物語が意識から離れない。そして目覚め、再び試み、へとへとになってベッドに入る。こうして何日も過ぎ、何も書けない、夜、眠る。朝、目覚めると、またも徒労の一日に耐えなければならないかと恐怖と無力感に苛まれる・・・。 

 ぼくは文体も感覚をすべて失った気がするが、それでも文体も必要性に憑かれている。書こうとして書けない物語は、ぼくが見るもの、話すこと、考えること、読もうとするすべての本の行にまとわりついている・・ぼくは自分の脳を感じる。頭にあるものははっきりと意識する。ぼくらの物語はそこに揺らめいているーかたちが定まらない。それをつかめない。確かにあるんだーいまにも破裂しそうなのに、だが水を握ろうとしても握れないように、どうにもそれがつかまらない・・・。

 決してゆっくりと書こうというつもりはない。文章は勝手な速さでやってくる。ぼくはそれを書きとめようと待ち構えている・・だが困るのは、一行を、一語を、待ち続けなければならないことがあまりにも多いんだ・・・最悪なのは、こうやってなす術もなくいるあいだもぼくの想像力がすさまじい勢いで活動し、すべてのパラグラフ、すべてのページ、すべての章がぼくの頭を通り過ぎていくってことだ。すべてがそこにあるんだよ。描写、会話、想念、すべてがあるのに。ただ信念だけが、ペンを原稿に置くために必要な唯一のものだけがない。ぼくは一日、膨大なことを考え、疲れ果て、気分が悪くなってベッドに入る。疲労困憊し、一行も書けずにだ。ぼくのこの努力ときたら、山のごとき傑作が生まれても不思議はないくらいなのに、ときどき馬鹿げたネズミがちょろちょろと現れるだけなんだ。 

 この長い文章ー原文はもっと長いーには、ライターズ・ブロックの苦しさがまざまざと表れている。だがこの饒舌ぶりはそれがハイパーグラフィアとごく近い関連があること、少なくとも作家によっては、ライターズ・ブロックが書きたいという圧倒的な欲望と同居している場合があることを示している。

 ライターズ・ブロックを、作家当人が望むより少なくしか(はるかに少なくしか)書けない状態と定義すれば、世間並みの執筆量であっても、当人は書きたいと思うほど書けないのでライターズ・ブロックだと強く感じる場合も考えられる。たとえばここに引用した痛ましい文章にもかかわらず、コンラッドは定期的に本を出版していた。彼らほど作品数が多くないわたしたちは、そんなものは真のライターズ・ブロックではないと不満に思うかもしれないが、このライターズ・ブロックの感覚は真のそれにきわめて近いのであり、この二つは一緒に考えるべきだろう。

2022年11月30日水曜日

20221129 ブログ記事作成に集中するまでの過程について・・

昨日1900記事に到達したため、本日からしばらくはブログ記事の作成を休もうと考えていましたが、この次の目標は2000記事への到達と、当ブログの今後を検討するうえでもキリが良い区切りであるという事情もあり、そして、来年の出来るだけ早い時期に2000記事に到達するためにも、年内は出来るだけ記事作成を行っておこうと思い、さきほど記事作成をはじめました。とはいえ、本日は夕刻より比較的強い雨が断続的に降り、PC前に座っていてもあまり気分が乗ってきません。他方で毎回ではありませんが、ブログ記事作成のためにPC前に座り、何かしら文章を作成していますと、徐々に乗ってくることもありますので、とりあえずはPC前に座り、何かしら文章を作成してみることが大事であると、これまでの経験は語ります・・。

しかしながら、そこに至るまでがなかなか億劫であり、PCは開いたものの動画や音楽を視聴したり、あるいは読みかけか、目に付いた書籍を開いてしまったりと、何とか退避を試みようとしてしまうことが多々あります・・(苦笑)。それでも気を取り直して当ブログを開き、そして「新しい投稿」をクリックして記事作成をはじめます。当初は、それ以前の気分を引き摺っていることが多く、スムーズに記事作成が出来ませんが、これが5分、10分と経って、なおも作成していますと、特に集中するといったわけではありませんが、キーボード上の指は割合滑らかに動くようになります。あるいはこの状態を表現するならば、文章作成の基層にある頭脳や精神と、それを文章としてPC上に具現化していく指先との連動が為されている状態といえます。この状態は、まさに文章が溢れるようにとは行きませんが、自分なりには滑らかに動いていると云え、これと類似したペースでのPCの文章入力は、たとえばメールにて、あまり迷うことなく文面を作成している時であると云えます。とはいえ、メールの文面も毎回速やかに入力出来ているわけでもなく、もちろん、当ブログでの平均的な文章作成速度と比較しますと、有意に早いとは云えますが、それでも逡巡することは度々あります。ただ、メールの場合、作成したメール文面を読む対象が決まっていることから、ほとんどの場合、作成するメール文面の主旨は予め念頭にあると云えます。しかし、ブログでの文章作成はそうではありません。当初の頃は、秘かに具体的な読み手となる対象を念頭におきつつ、ブログ記事を作成していた時期もありましたが、徐々になれてきますと、あまり、その対象を念頭に置かなくとも、何かしらの文章を作成出来るようにはなっていました。しかし、そうであっても、やはりスランプはあり、たとえ技術が向上したとしても、なくなるものではないように思われます・・。このあたりを自分の意思で制御出来れば良いと思うのですが、しかし文章作成の本職である作家の方々の記述によると、数時間どころか数日でも、全く文章を作成することが出来ないこともしばしばあるとのことで、それまでに作成してきた話の筋(小説)のさきとしての文章作成には、制約される部分がかなりあるのだと思われます。そして、こうした情報により、さらに楽観的にさきゆきを見ることが出来なくなりますが、しかし、そちらの方が案外と、こうした継続的なブログ記事の作成には良いのかもしれません・・。

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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2022年11月28日月曜日

20221128 総投稿記事1900への到達から思ったこと

おかげさまで、直近数日間投稿してきました引用記事はどれも、比較的多くの方々に読んで頂けました。これらを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。そしてまた今回の記事投稿により、総投稿記事が1900に到達します。以前立てた目標では、年内に1900記事に到達出来れば、とりあえず自分としては及第としていましたが、今回の1900記事到達により、その目標を少し変更し、年内に、多少の誤差(±5程度)は許容して、1920記事まで到達出来ればよしとします。

さらにまた、先のことを述べますと、来年の出来るだけ早いうちに、かねてより目標としている2000記事に到達出来ればとも思うに至るのですが、これに関しては未だに現実感はありません。とはいえ、2018年に1000記事に到達してから(また)右往左往を繰り返して記事作成を継続して(どうにか)1900記事に到達したことにより、さきに述べたように現実感はないものの、相対的には以前よりも2000記事への到達は現実味を帯びてきたとはいえます・・。

そして、こうした現実感、実感はないものの、自分が作成する何らかの数が増加することによって生じる変化はたしかにあるようで、これをさらに続けてみますと、また以前とは異なった現実感・実感をも得ることが出来るのではないかとも思われるのです・・。

思い返してみますと、2015年の当ブログをはじめた当初は、こうした公表を前提とする文章の作成についてはまったく知らずに、そしてまた、そのやり方、進め方を指南してくださる存在もいませんでしたので、引用記事を含めて、自分が書くことの出来る類の文章を作成してきましたが、その内容については、今現在に至るまで上達しているのであるか、未だによく分かりません・・(苦笑)。

ともあれ、そうしますと、2000記事到達への現実感もなく、さらに、これまでの文章作成に上達があったのか分からないままで、1900記事まで(どうにか)ブログ記事の作成を続けてきたことになりますが、それを可能にしたものとは、やはり読んで頂いている方々の存在であったと云えます。

さらに、ここ3年ほど(2年11カ月)は、ツイッターなどSNSとの連携をしてきたことにより、ブロガーの統計情報での閲覧者数の変化だけでなく、生の反応もあり、私としては当ブログ作成への意欲も多少は励起されたように思われます。

また、この連携をしてから時折、お目に掛かった方々から「ブログ読んでいるよ」といったことを言って頂くこともあり、思い返してみますと、これまで10人以上はいらっしゃっいました・・。そして、これまで(どうにか)継続してきたからこそ、ここ最近になり、そうした反応を頂くことも出来るようになったのではないかとも思われます・・。

そのように考えてみますと、2015年の開始当初の頃は「とりあえず何かしら文章を作成しないと・・」という強迫観念のようなものに突き動かされており、また同時に、当ブログは私にとって、そこまで重要と云えるようなものではありませんでしたが、記事数と期間が進むにつれ、私にとって当ブログは大きなもの、あるいはネット上ではあれ、自分を代表するものになっていったように思われます・・。

こうしたことは、以前では考えたことがありませんでしたので、やはり何かしらの外向きと云える活動を継続していますと、そこまで大きなものではないのかもしれませんが、内面に何らかの変化といったものが生じているのかもしれません・・。とはいえ、現在においてもやはりスランプはありますし、毎回スムーズな記事作成とはなりません・・。しかし、それでも、こうした活動を続けることによってのみ、遅々としたものであるのかもしれませんが、文章作成が出来る自分へと(どうにか)変化することが出来、そして次の何かに繋げることが出来るのではないかと思われるのです・・。そのため、また今しばらく記事作成を続けたいと思います・・。

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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20221127 中央公論新社刊 宮崎市定著「アジア史概説」 pp.414-416より抜粋

中央公論新社刊 宮崎市定著「アジア史概説」
pp.414-416より抜粋
ISBN-10 : 4122014018
ISBN-13 : 978-4122014015

古代日本はその政治的勢力が一時、朝鮮半島に進出して、半島の勢力均衡にたいしてある重量的な影響を及ぼしたことは事実である。また日本の特殊な物産、おそらく砂金などの貴金属が交易のために、大陸に向かって輸出されたであろうことも推測されるが、そのほかには、ことに文化的にはもっぱら大陸の文化を輸入するだけで、日本の文化が大陸に逆流する場合はほとんどなかったものと考えられる。もっとも平安朝時代に日本製の紙が中国貴族に喜ばれ、中国になくなった古書が宋の朝廷へ逆輸入されたなどのことがあるが、これを中国文化が日本へ流入した量とくらべれば、物の数でもなかったであろう。

 しかしこのことは、日本の文化がまったく中国の文化に隷属したことを意味するのではない。中国から流入した大陸文化は日本へ落ちつくとそのまま土着して、日本的なものに変化させられたのである。日本文化が中国へ逆流しなかったということは、文化水準において中国がはるかに高度であったとともに、日本の文化の基底が早くから中国とは異質的に発達してきたためである。中国人は朝鮮では箕子の井田の跡しか問題にせず、日本にたいしては秦の始皇帝によって派遣された徐福の墓の外には興味をもたず、ごく近世に入ってから後でも、日本における中国を追求するが、日本における日本そのものを研究する意図をもたなかったのである。

 大陸における政変、民族移動のたびごとに、多数の人民が安住の地を求めて日本へ渡来した。その中には文字を解する知識人もまって、かれらは史部として、朝廷における書記の職を世襲した。日本に輸入された漢字は、最初のうちはその音・訓ともに、本来の漢字のままに用いられたのであろうが、ただ地名・人命などの固有名詞を写すさいには、いきおい中国でもしばしば行われるように、漢字をたんなる字音として用い、いい換えれば一種の音符としてのみ使用した。また逆にあまりにしばしば繰り返して使用する文字は、漢字音のほかに、やがて日本字訓が与えられてそれが固定するようになった。ここにおいて文章をつづるのに、漢字法によらずに、日本語そのものを漢字音とをあわせ用い写すことができるようになってきた。「祝詞」「万葉集」「古事記」のような日本古文字はこのようにして出現できたのである。

 いわゆる万葉仮名は、漢字を単なる音価として用いるが、そこに一定の法則がなかったために、一音を写すに手あたりしだいに無数の漢字を選びだして用いた結果、書くにも読むにも多大の不便を伴わなければならなかった。ここにおいて、つぎの段階に入って、まず日本語の発音を整理し、これに相当する漢字を特定なものに限り、さらにこの漢字の形を省略して仮名を発明することができた。この光栄ある発明者はふつう弘法大師の業績とされるが、実際は確かなことはわからない。ただ五十音図はじつはインドの声明という発音字の影響によって日本で組織されたものであるという、もちろんこの声明も、中国を経過し仏教とともに日本に流入したものであるが、発明は中国において反切の方法を発明させたに止まり、ついに普遍的な音符の製作を見ないでおわったのに反し、日本においては東アジア諸国にさきがけて、この便利な音符文字を発明したことは、まことに誇るにたる功績といってよい。生活程度の低い日本において、教育が比較的下層階級にまで普及することができたのは、仮名の功徳による点が多いのである。日本ではその後もついに中国のような士大夫階級を発生させないですんだのは、ここにその一原因を求められるであろう。

2022年11月26日土曜日

20221126 中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」pp.249-253より抜粋

中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」
pp.249-253より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121025539
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121025531

 プックリ肥った中年男で、鼻の下にヒトラーに似たチョビひげをはやしていた。おかま帽のような帽子をかぶり、胸当てのついた作業ズボン姿で、三脚の梯子を肩にかけてあらわれた。やおら梯子を立てかけて仕事にかかる。インテリアといえば聞こえはいいが、まあ、ペンキ屋といったところか。若い助手がいて、下から刷毛を手渡したりする。

 つまり、こんな風に「カール氏」は舞台にあらわれた。1960年代初めのこと。ウィーンの小さな劇場である。「カパレット」と呼ばれる地下の芝居小屋の一つ。50人も入れば満員で、客席と同様に舞台も小さい。中央にライトが一つあるだけ。ほとんど一人芝居と言っていい。中年男のモノローグだ。若い助手に問われるままに昔ばなしをする。そんなに遠い昔ではない。1960年代からすると、つい昨日のこと。ナチスが肩をいからして闊歩していた時代、そのころ自分はどんなふうに生きていたか。

 タイトルの「カール氏」は、「カールさん」「カールおやじ」としてもいい。ごくふつうの男である。おりおりナチ時代の流行歌を口ずさむ。何がおかしいのか、クックッと含み笑いをもらしたりするが、どちらかというと腹の立つことが多かったのだろう。

「ひでぇー時代よ」

ウィーン訛りのセリフがリフレーンのようにくり返される。ときたま仕事の手を休め一時間あまりしゃべりつづけた。

 たしかにひどい時代だった。始まりは1920年代の終わりちかく、世界恐慌まっただ中、記録的なインフレがあり、ついでデフレが見舞った。街には失業者があふれていた。隣国ドイツでヒトラーの率いるナチ党が、ぐんぐん勢力を拡大していく。ウィーン市中にも鉤十字の旗がひるがえり始めた。通りでは毎日のように労働者と右翼の衝突があり、血が流れた。ついで国会議事堂放火事件、親ナチ政権の誕生。1938年、オーストリアはナチス・ドイツに併合された。一夜にして町中の国旗が鉤十字にかわった。つづいて雪崩を打つようにしてドイツ軍の侵攻が始まった。

 その間、ウィーンの一市民、カール氏はどうしていたか?彼はさまざまな人や事件を見たり聞いたりした。ナチスに抵抗した首相が殺された。犯人は警察発表とちがってナチの一党だという噂だった。ある日、突然、ユダヤ人が追い立てを食い、胸にダビデの星のマークをつけて連行されていった。オーストリア国内にも、いくつかの強制収容所がつくられたという。何百万ものユダヤ人が送りこまれて大量に殺されているーとの噂が流れた。

 いろんな噂がとびかうなかで、小市民カール氏は終始多数派の一人だった。オーストリア社会党がのびたとき、彼はいそいそと労働者のデモに加わった。ナチスが強くなると、さっそくそちらにくらがえした。通りの群集にまじり、連行されるユダヤ人を見物していた。オープンカーでヒトラーがやってきたとき、鉤十字の小旗を打ち振りながら歓呼の声を上げた。

 ヘルムート・クヴァイルディンガー(1928~86)は戦後ウィーンが生んだ天才的な俳優兼作者だった。自作自演の風刺劇を数多く発表した。そのなかでも、「カール氏」はとびきりの名作だった。舞台では何年もロングランをつづけ、レコード、つづいてCDになり、テレビで放映され、映画になった。今ではすでに20世紀の古典作品と言っていい。単なる芝居にとどまらず、「カール氏」は一つの代名詞になった。時と場に応じて時流に乗る小市民。風見鶏、日和見主義者とも言われるだろう。

 といってべつだん、特別のタイプでも主義者でもない。どの国にも、いつの時代にもワンサといる。大多数の「国民の皆さま」の一人である。インフレの気配があると、すぐさま買い占めの列にもぐりこむ。デフレの傾向が言われだすと、小金をかきあつめて闇金融に投資したりする。といってどの場合にも、利のいい買い物をしたとは聞かない。よけいな代物をつかまされたり、ペテン師まがいの金融業者にいいようにされるのがオチなのだ。

 カール氏の考えによると、世の中の何ごともコネによるのが一番の早道である。仕事をまわしてもらうにも、出世するにも、わが子をいい学校に押しこむにも、娘の結婚にもコネをきかせる。ナチ体制にかわったとき、ひそかに地区の有力者のもとへご機嫌伺いに出向いたところ、間の悪いことに反ナチを高言していた仕事仲間とバッタリ出くわしたー。

 カール氏のひとり語りには、小市民のズルさ、小心ぶり、無責任さが巧みに戯画化されていた。観客はクスクス笑いながら、いつしか顔がこわばってくる。時代を醒めた目で見ているおどけ者が、同時代の百面相をしてみせた。人は腹をかかえて笑いつつ、ふと気がつくと、それは自分の似顔絵でもあるのだった。

 ヒトラーが呼びかけたのは、つねにこの「国民の皆さま」だった。お得意の演説、ただ一つの標的を狙うように多数派小市民に向けられていた。何かあれば、みんなといっしょでいたがる「よき市民たち」である。多数派にいないと不安でならない。ほかの誰かに利をさらわれそうで落ち着かない。もしそれまで主張してきたことと行動との不一致を問われると、モゴモゴと弁解する。あるいはあれこれ言いつくろう。ときには額に青筋を立てて怒りだす。またあるいは居直る。

 だからといって悪人であるためにはなんらかの強烈な個性を必要とするが、そのたぐいは、きれいさっぱり持ち合わせていないのだ。

 風見鶏、日和見主義者、時流便乗派ー心理学者はこの種の人間心理を診断して、特定の性格に分類するだろう。社会学者なら、人間における行動の類型にてらして一つの定まった型にあてはめ、このタイプに顕著に見られる性格を論じるだろう。

 ヒトラーはウィーン、ミュンヘンの下積み時代の体験からよく知っていた。学者のあげる性格など机上の空論にすぎない。多数派は性格をもたないからこそ、どのような人間にもなれるし、いかなる信念に足をとられることもない。どのような個性的な性格にも縁がないからこそ、世の中の風向きに応じて方向をかえることができる。無個性であるからこそ、何はなくとも時流を泳いで生きのびるための生活力は、旺盛にそなえている。

2022年11月25日金曜日

20221124 コロナ後の体調変化と引用記事の作成をしばらく続けていて思ったこと

本日は帰宅が若干遅くなり、時刻も23:30をまわってはいますが、何かしら作成しておこうと思い、さきほど来より記事作成をしています。また、おかげさまで、直近4日間は書籍からの引用記事を投稿してきましたが、こちらも思いのほかに閲覧者数が伸びました。そして本日もまた引用記事を作成しようと、その候補となる書籍を数冊、PC脇に置いていますが、それらはまた後日の投稿としようと思います。

さて、先月初旬に新型コロナウィルス感染症に罹患し臥せった後から、現在に至るまで、いくつか体調に違和感を感じていますが、そのなかでも体力の低下は、荷物を持っての移動時に痛感させられます。またそれは、今なお続くコロナ禍のなかで、以前よりも外出が少なくなったことにも因るのかもしれません。ともあれ、これは加齢に伴う不可逆的な変化であるとは考えずに、今後は何かしら体力をつけて挽回する方策を検討して行っていきたいと思います。

またこれは、端的には「健康的に痩せる」ということであり、これまでも、そうした取組みは行ってきましたので、今度もまた、その時に行ったことを繰り返すことになると思われますが、まずは徐々に食事を減らして、そして出来るだけ体を動かすことを意識しようと思います。

しかし、そのように考えてみますと、たしかに、このコロナ禍となってから、外出の機会が減り、歩く距離も減り、他方で屋内にいることが多いために食事量も増大したと云えます。そして、そうした状況がしばらく継続しますと、やはり体重は自然と増加するものと云えます・・(苦笑)。

そこで不図「コロナ太り」というコトバを思い出し、これをネット検索をしますと、やはり、たくさん出てきました・・。当然と言えば当然ではありますが、私もまた時代の子であったのです。

時代の子といえば、ツイッターをはじめたこの2年は、以前にもブログ記事にて述べましたが、書籍購入のきっかけがツイッターとなることが有意に増加しました。そして現在に至っては、ダイレクトな書籍のネット広告や告示から、ツイート内で見つけた書籍名に至るまで、おそらく書籍購入のきっかけの大半はツイッター上で拾っていると云えます・・。

しかし、ここで大事であると思われることは、その書籍名を見つけるにまで至った経緯、文脈です。この経緯、文脈によって、その書籍が自分の本質的な関心に、どの程度関与しているかが分かりますので、そこまで明晰に深く考える必要はないのかもしれませんが、しかし、忘れない方が良いことであるように思われます。

そして「そのようにして購入した本であると、何が良いのか?」と考えてみますと、端的にそこまで労することなく読了に至り、そしてまた次の興味関心にも無理なく繋がるということです。その意味においては、去る4日間の書籍からの引用記事の投稿は、どのような繋がりであるかは未だ言語化出来ませんが、ともかくも自分の中で繋がっており、それ故に、これらの記事は比較的集中してスムーズに作成出来たのだと思われます。以前の記憶を振り返りますと、引用記事がしばらく続く時であっても毎回このようなわけではありません。

また、これまで(どうにか)ブログ記事を1800以上作成し、そして、それらを(自分なりの)機に応じてツイッターなどのSNS上に連携投稿をしていますと、それらの中の目ぼしい記事の概要などは記憶に残るようになります。つまり、これを端的に述べますと、ツイッターと当ブログとの連携により、より多くのブログ記事の内容が理解・記憶されるようになり、そして、それらを何と云いますか、自分なりのログとして扱うことが出来るようになったということになります。

まさにこれは「ブログ」の「ログ」であるのかもしれませんが、ともあれ今後、もう少し続けていきますと、自分に何か有意な変化でも生じるのでしょうか?ともあれ、こうした自分なりの思考のログとなるものを持つことは、あながち悪いことでもないように思われます・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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