2021年11月22日月曜日

20211121 今後の当ブログの方向性について・・【記事作成時の緊張感の減衰から】

今回の記事投稿により、総投稿記事数が1655に達します。そうしますと、あと45記事を新たに投稿することにより、1700記事へ到達しますが、これは年内では難しく、おそらく早くとも、来年の1月中になるものと思われます。

ともあれ、この程度までどうにか続けてみますと、1700記事への到達もまた、多少、現実味を帯びてきますが、それと同時に、これまでに蓄積した疲れからくるものであるのか、ある種の「ダルさ」のようなものも少なからず感じられてきます・・。

もとより、これらは私の感覚に基づくものではあるのですが、この「ダルさ」は、当ブログ開始当初には感じられなかったものであり、また、同様に1000記事への到達以前にもなかったと思われることから、やはり、この「ダルさ」は、当ブログが、ある程度の期間継続したことによって生じ、感じられるようになったものであるように思われます。

しかしまた、以前のことを思い出してみますと、当ブログ開始から1~2年程度の頃は、自分なりに生活の中で、効率的に記事作成が出来るようにと努力もしていました。つまり、記事作成が可能になる時間配分を、ほぼ毎日考えていたということになります。

たとえば、遅く帰宅した日は、早めに床に就いて、そして深夜、もしくは早朝に起床し、記事作成に取り組んだりしていましたが、こうした自己に対する配慮の努力は、どうしたわけか、現在ではあまり為されず、ただ「出来るだけブログ記事の作成をしよう・・」といった、まあ漠然としたものになったと云えます。

つまり、以前にあったブログ記事作成に対する「緊張感」のようなものは、皆無とは云えないものの、かなり少なくなったと云えますが、それはおそらく、当初、目標としていた1000記事、そして次の1500記事へと、どうにか到達し、また、以前ほどの記事作成への配慮をしなくとも、どうにか記事作成が出来るようになったという実感を得たことから、「緊張感」が緩み、そのようになったと云えるのでしょうが、あるいは、こうした状態は、たとえ現在でなくとも、いずれ引き締め直す必要があるのかもしれません・・。しかし、以前より投稿ペースは下がっているものの、それでも記事作成自体は(どうにか)継続していることから、現時点では特に考慮する必要はないように思われます。

また、つい先日読了した「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は、おそらく、専門家向けの著作ではないと思われますが、そうした中では、ここ最近、私が読んだ書籍の中では出色の出来であるように思われます。そこからまた、当著作からの抜粋引用のブログ記事も作成したいと考えていますが、あるいは、現在のブログ記事作成への緊張が緩んでいる状態においては、こうした書籍からの引用記事を量産するのも悪くないと思われるところです。そして、これについては、かなり以前から検討しているものの、未だ継続的な実行にうつせず、行うのであれば、1700記事に到達することが出来た後に、たとえば、引用記事5:自作記事1程度の割合にて、実験的意味合いも兼ね、とりあえず数カ月程度続けてみるというのは、悪くない試みであるように思われます・・。

そして、ここでの最後に、書籍からの引用を充てようと思います・・。


「私は未来の自分の運命を考えることはやめよう。
あてのない問いをくりかえすことはやめよう。
結果を考えることはやめよう。
すべての今の刹那をみたしめよ。
今日を今日として迎え送り、明日のための今日とすることを断念せよ。
もちろん将来をめざして積み重ねてゆく現在ではあるけれども、その積みあげてゆくこと自体をもって結果としよう。
これまで私は社会からはとおく、いわゆる先物を買ったり便乗したりしたことはなかったが、これからも、あらゆる意味で先物を買うことはしまい。未来の自分の効果のために設計したり賭けたりすることはしまい。
「どうせ自分に何ができよう」「これこれのすることの意義が分かったらする。それまではやる気がしない」-こうした、私のこれまでの抜きがたかった性癖、それが私に行動を阻止し意力を麻痺させていたものを、できるだけ棄てるようにしよう。
このために私は過去に蒔いたものがすくなかったから、いまわが生の途のなかばに収穫するものとてもすくないが、すくないからとてとりいれずにおくことをやめよう。」

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


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2021年11月18日木曜日

20211117 ある文章や文体から感知される「陽なるもの」について・・

先日来からの「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は順調に読み進めば、おそらく、明日・明後日には読了に至るものと思われます。当著作には、より多くの方々にご理解頂けるであろう、普遍的とも思われる見解が少なからずあると思われますので、ご興味を持たれた方々、是非、書店にて手に取り頁を開いてみて頂ければと思います。私もまた、そのようにして当著作を知りました。くわえて、以前に読んだ同著者による「プラハの墓地」もまた、同様の出会いであったことが丁度、これを書いていて思い出されました。


もう少し詳説しますと「プラハの墓地」を見つけたのは、徳島のそごうデパート内の紀伊国屋書店であり、当時「何か面白い小説はないだろうか・・」と書店内にて文庫やハードカバーの小説が並んだ書棚を徘徊していましたが、そうした中で、何故かウンベルト・エーコの著作が並んでいるところに目が行き「ああ、大分前に読んだ「薔薇の名前」以外でウンベルト・エーコによる物語、小説は読んだことがないな・・」と思い、代わる代わる、その著作を手に取って立読みをしてみますと、この「プラハの墓地」がとても興味深く感じられて、これを購入した次第です。

また、当著作(「プラハの墓地」)を読み進めていた時も、そのことを題材としてブログ記事を作成していましたが、そこから、私個人の見解としては、どうもウンベルト・エーコの文章・文体には、読み手に対して文章作成を促す「何か」があるように思われるのです・・。

その「何か」とは、上手く言語化することに困難を覚えますが、それでも言語化してみますと、和訳文ではあっても、その文章・文体には、単に感情の表出、あるいは抒情的とは云えない、厖大な知識・見識に裏付けされた、背景文脈への深い理解があり、そして、それに基づいた作中の会話などは、たとえ文章であっても、読んでいて臨場感のようなものがあり、それは、ある種の「陽なるもの」であると云えます。

そして、それは「薔薇の名前」「プラハの墓地」においても同様であり、こうした書きぶり、つまり、著者自身が直接知っている時代とは遠く離れた時代の様子を、その当時の人々の会話といった倍率が高いと云える情景での「陽なる」書きぶりに何か強い説得力があるように思われるのです・・。

あるいは、それは端的に「時代考証」とも云えるのかもしれませんが、映画などの映像作品と異なり、文章における「時代考証」とは、特にそれが作中での会話などになりますと、たとえ、架空のものであっても、かなり難しいのではないかと思われるのです・・。

そして、それは時代を遡り、残存する資料が少なくなってきますと、さらに拍車が掛かると思われます。たとえば、平家物語をベースとした木下順二による戯曲に「子午線の祀り」という作品がありますが、こちらは作中がほぼ会話にて構成されており、そこでの日本語は現代の我々が読んでも理解出来るものであると同時に、源平時代当時の言い回しやコトバ使いなどについて考慮されており、また、そうしたことを含めて優れた興味深い作品であると思われるのですが、その他に、たとえば小説家ですと司馬遼太郎による短編にて「八咫烏」という題名のものがあり、これは神武東征の頃を時代背景としていますが、ここでも比較的多く作中に会話がありましたが、何故であるか、主人公の八咫烏が「ええですとも」と、よく云っていたことが思い出され、そこから「神武東征のあたり、つまり3世紀頃の日本では、そうしたコトバを使っていたのだろうか?」と疑問を持ったまま読了していたことが思い出されました・・。

ともあれ、そうしたこともあり、我が国では臨場感のある古代や中世を時代背景とした小説作品が少ないのではないかとも思われますが、また他方で、同じく司馬遼太郎による奈良時代末、平安時代初期(8~9世紀)の人物である弘法大師こと空海を描いた「空海の風景」は、大変面白く読んだ記憶がありますが、当著作での書きぶりは、概ね、主人公である空海になりきってハナシを進めるというよりも、著者が解説しつつ話を進めて行くといったスタンスであると云え、またそれは「空海の風景」という作品の題名にもあらわれているのかもしれません。

しかし、それはさておいて、さきに述べたウンベルト・エーコの著作にて、作中時代の人物になりきって話を進める、その文章・文体から感じられる「陽なるもの」とは、著者の作中背景時代に対する理解から生じているのではないかと思われ、また、そのように考えてみますと、それは、これまた過日の投稿記事にて挙げたロバート・グレーヴスによる「この私クラウディウス」が想起されます。

この作品もまた(読んだのは)和訳文ではあるのですが、全体を通じて、主人公になりきりハナシを進めるスタンスであり、また、その背景時代への深い理解がある文章・文体から、私は「陽なるもの」を感じさせられます。また、おそらく、それは当作品を初めて読んだ20年ほど前にも感じていたことであると思われるのですが、当時は、そうしたことをわざわざ文章化しようとは考えていなかったようですが、現在、こうして、偶然を起点としてブログ記事を作成してみますと、この「陽なるもの」は、なかなか重要であるように思われてきましたが、さて如何でしょうか・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2021年11月17日水曜日

20211116 主題・テーマの払底や、文体の陳腐さを感じることなくブログを継続するためには・・

ある程度の期間、ブログ記事の作成を続けていますと、自分の文体の構築(最近、文体とは獲得すよりも、構築するものであると思うようになりました。)と同様に、記事の主題・テーマもまた大事であると思うようになりました。また、過去の投稿記事を読んでみますと、それは同一人物によるものであることから、やはり、当然と云えば当然ではあるのですが、類似した主題・テーマの記事が少なからず見出されます。

そこから、重複・近似している記事の主題・テーマが、かねてより私が興味を抱いている領域であることが理解されますが、またそれは、継続的な読書を通じて、新たな情報を入手し、さらに、新たな考えに接することにより、それ以降のブログ記事作成にも、何やら生きてくるのではないかと思われます。

とはいえ、このことは、昨日投稿の「「負の自覚」から生じる葛藤と、ブログの継続について」にて述べた「作成したブログ記事から抽出された感覚や考えを言語化することによって、より、それらの文章を作成した私自身にとって、分かり易いものになり、そしてまた、そうした記事は、相対的に多くの方々に読んで頂いていると思われるのです・・。」を抽象的に言い換えたものとも云えますが、ともあれ、ここで大事であると思われることは「読書を通じて、新たな情報や考えに接すること」であるように思われます。

つまり、たとえ、内奥に深遠な思想や該博な知識があろうとも、それらを何らかの関連に沿わせ、組合せ、文章として表現し、そして、少なくとも、それを意味が通じる文章として理解してくださる方々がいないと、その記事から生じるものは乏しくなってしまい、ひいては記事作成の継続を困難にしてしまうこともあると思われます。

こうした事情から、継続的に新たな情報や考えに接し、(自分なりに)吸収することが重要になってくると思われるのです。つまり、他者の作成した文章を、理解を伴いつつ読み進めることにより、文脈を理解しつつ文章を読む訓練が為され、そして、脳の、そうしたことを司る部位が活性化されるのではないかと思われるのですが、この活性化される部位とは、おそらく、読解力と同時に文章作成についても少なからず関与しているのではないかと思われるのです。

そこから、統計をとったわけではありませんが、ある程度の期間ブログが続いている方々は、概ね、何らかのカタチで、継続的に文章を読んでいるのではないかと思われるのです。

そうでなければ、おそらく、文章の文体などよりも先に、その主題・テーマの方が払底してしまうのではないかと思われます。

他方、日常生活での具体的な出来事などを記したブログの場合は、その必要はないのかもしれませんが、そうした場合、今度は、文体などのいわば「言い回し」の方で次第に陳腐さを感じるようになり、そして、記事作成も困難になってくるのではないかとも思われるのです・・。

つまり、文章の読解と作成を司る脳の部位を継続的、日常的に働かせ、活性化しようと試みている方が、こうしたブログの継続には好都合であると思われるのですが、こうした継続的な読書、そして、多くの場合、明確には意識していないのでしょうが、その読書に基づき自らも文章を作成している方が、さきの主題・テーマの払底や、文体の陳腐さなどもあまり感じることなく、自然なカタチにて継続することが出来るのではないかと思われます。

そして、ここで重要であると思われることは、これら行為の基礎にある能動性であると思われるのですが、これにつきましては、また別の機会に記事作成をしたいと思います。

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2021年11月16日火曜日

20211115 「負の自覚」から生じる葛藤と、ブログの継続について

先日「負の自覚」を主題として記事を作成しましたが、私は、この「負の自覚」とは馴染みであると云え、また、以前の投稿記事にて述べましたが、この「負の自覚」から生じる「葛藤」こそが、当ブログがこれまで(どうにか)継続出来ている要因であるとも云えます。

しかしながら、この「葛藤」は、精神衛生上良いものではなく、私としても、この「葛藤」をどうにか解消し、そして、自然なカタチにてブログ記事の作成を止めた方が良いのではないかと思うことが度々あります・・。

もちろん、どの程度の期間継続していようと、あくまでも、当ブログは私の能動的活動の発露であり、止めるのであれ、続けるのであれ、何れにしても、私にかかっていると云えるのですが、しかし、他面からこうした様相を眺めますと、ある程度の期間、ブログ記事作成を継続していますと、その過程において、これまでにはなかった感覚や考えなどが思いつくことが、これまた度々あるりますが、これら自分にとっての新たな感覚や考えとは、さきに述べた通り、決して精神衛生上良いとは云えない「負の自覚」としての葛藤がありつつもなお、私としては大変面白く、興味深いものであることから、たとえ(はぼ慢性的とも云える)スランプ気味の期間が続きつつも、どうにか当ブログを続けることが出来ているのだとも云えるのです・・。

そしてまた、この時折思い付く、新たな感覚や考えは、それまでに自分が(多くは)無意識のうちに得た感覚に、何らかの外からの刺激を契機として、粗いとはいえ言語化されたものであり、それをもとに、また新たにブログ記事を作成し、そして後日、さらに、その作成したブログ記事から抽出された感覚や考えを言語化することによって、より、それらの文章を作成した私自身にとって、分かり易いものになり、そしてまた、そうした記事は、相対的に多くの方々に読んで頂いていると思われるのです・・。

つまり、類似した趣旨のブログ記事であっても、こうした過程を経て作成された文章は、我がことで恐縮ではありますが、やはり、それなりに洗練されてくると云え、また、それにより、おそらく、読んで頂いている方々にとっても分かり易いものとなり、そして、これまた、それなりに多くの方々に読んで頂けるようになるのではないかと思われるのです・・。

これは、これまでにいくつか投稿した「 既投稿記事をいくつかまとめたもの」により、ボンヤリとではありますが、認識出来るようになったことであり、また、さらにそうした過程を経ることによって、何と云いますか、より大きな、普遍的とも云える新たな感覚や考えに達することが出来るのではないかとも思われるのですが、これは、未だ感覚としては認識出来ていませんが、これもまた徐々に分かってくるのではないかと思われるのです・・。

そして、ここで冒頭に戻りますと「負の自覚」から生じる「葛藤」によってブログ記事作成をある程度の期間継続し、その過程で自分なりの何らかの楽しみ方を見つけますと、葛藤がありつつも記事作成を継続することに慣れてくると思われるのですが、さらに、その先にあるフェーズが未だよく分からず、現時点においては足踏みしているような感覚をおぼえるのです・・。

ともあれ、こうした(プラトーとも云える)期間も大事であるようにも思われますので、適度に、あるいは多すぎると思えるほどに休みを入れつつ、この期間もどうにか当ブログを続けていきたいと思うところです。

しかし、このあたりで1年間ほど記事作成を休止して、ブログのことを一度キレイに忘れた方が良いのかもしれません・・。

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2021年11月13日土曜日

20211112 先日のツイッターでの反応を見て思ったこと

ここ数日間は記事作成を休みましたがインプットの方の読書は進み、かねてより読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は残り50頁ほどとなり、おそらく来週中には読了に至るものと思われます・・。

また、去る11月6日に、ツイッターにて「かつて、そういうこと(専門職大学の新設)を企図されていた若手の先生方から聞いた耳学問でしたが、やはり、時勢を鑑みるに現実的であるのかもしれません・・ 学科は管理栄養・言語聴覚・口腔衛生・歯科技工にて、ダブルライセンス取得も(6年制にて)可能なカリキュラムにて・・」とツイートをしましたが、こちらについては「いいね」を頂くことはありませんでしたが閲覧数の方は比較的伸びました。おそらく興味を持って頂いた方々が多かったのだと思われます。また、そこから「若手で(専門職)大学の新設など可能なのだろうか?」と思いつつツイートをご覧になった方々も少なからずいらっしゃったのではないかと思われます・・。

私もこれを聞いた当初は「何だか雲を掴むようなハナシだなあ・・」と思いましたが、他方で、医療専門職の養成を目的とした専門学校は少なからずあります。そして、それらの中で全般的に苦境にあると云えるのが、歯科技工士の養成を行う専門学校であり、私の知る限りでも、既に複数校が募集停止、閉校となっています。

その背景にあるのは、昨今のCAD/CAM加工技術の進化発展により、これまでの技工作業を経ずに、以前と同様の歯科補綴装置を容易に作成することが可能となったことから、これまでの歯科技工に関する技術体系全体が大きく変化せざるを得なくなり、さらに、そうした変化のただ中にあって、歯科技工業界は、労働と、その全体的な経済(給与)条件のキビしさで知られていることから、その「なり手」が継続的に減少し、そして、さきに述べた「複数専門学校の募集停止、閉校」といった事態に至っていると云えます・・。

しかしながら、如上のような状態であっても、歯科医療に付随する歯科技工自体はなくならないことから、さきのツイートで述べたように、若手の先生方が協力し、閉校予定の歯科技工専門学校を買い取り、これからの歯科技工において一般化するであろう諸技術への対応を可能にする講義・実習をしようと考えるのは、そこまで大きなことではなく、また、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

そしてまた、近年、専門職大学という新たな種類、枠組みの高等教育機関が設置されることを知りますと「自らが関与する専門学校を専門職大学に改組出来るのであれば試みよう。」と考えることもまた、特に不思議はなく、そしてまた、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

こうした背景がありますと、おそらく、さきに述べました「若手による専門職大学の設置」も、現実的にありうる一つの流れであると、ご理解頂けるのではないかと思われます。

また、専門学校であれ専門職大学であれ、医療系などによくある国家資格の取得を目的とする、いわば「養成機関」とは、資格の職といった実社会との密接なつながりがあることから、その資格職での知識・技能を担保するために教育カリキュラム、養成課程はカッチリと組み立てられています。

そこから、既存養成機関の運営に携わり、そして新規諸技術に対応できるような教育カリキュラムを模索検討し、順次そちらに切り替えていくことは、少なくとも、今後の歯科技工士養成において必要となる過程であることから、速やかに、そうしたモデルとなる医療介護系の資格取得を目指した養成機関(専門職大学)を(取り急ぎ)設置するのが良いと思われます・・。

ともあれ、こうした経緯を知って思うことは、医療分野の先生方の多くは、医療を通じ実社会と密接に関与しており、そこから医療の受益者そして、その未来の様相を考えると「自らで大学を設置した方が良いのでは?」と考えることも、そこまで突拍子もないなことではなく、さらに、たしかに彼等には、そうした行動力や活性のようなものがあると思われます。

もちろん、そこには経済事情といったものも少なからずあるのでしょうが、そうであっても、こうした発想力や行動力は、自分にはないものと云えますので、今後の展開は楽しみであり、是非、いくつかは成就して頂きたいと願うばかりです。

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2021年11月9日火曜日

20211108 「負の自覚」を持つ意味と変化について・・

ここ最近は投稿記事数のことを考えずにブログ記事の作成を行ってきましたが、つい先ほど、投稿記事数を確認したところ当作成記事の投稿により、それが1650に到達することに気が付きました。これは、あと50記事の投稿により、当面の目標としている1700記事に到達することを意味し、また、ほぼ毎日記事投稿を続けますと、年内のうちに1700記事到達への到達の目途も立つとも云えますが、しかし、それは現在の私にとっては多少難しいように思われ、現実的であると思われるのは、来年1月前半での到達と云えます。

さて、一昨日投稿の記事も、投稿後二日としては比較的多くの方々に読んで頂きましたが、これまでに述べた私の南紀、和歌山での経験の大本には、当初、首都圏から出たくないにもかかわらず赴任することになった北海道札幌から2年後、今度も首都圏に戻りたかったにもかかわらず、南紀白浜への転勤となった(なってしまった)という背景、経緯があります。

現在であれば、それはそれで「悪くはなかったのでは・・」と思われるのですが、当時の私としては、特にはじめの頃はなかなか辛く感じられ、日々、望郷の念を募らせていました。また他方で、以前の投稿記事にて述べたように、これまでに経験したことのない、当地の特徴的な何とも温暖な自然風土から、その歴史や文化などに関心を持つことにより、さきの「募る望郷の念」から徐々に解放され、そして、より「そこでの生活を楽しもう」と、それまでのことを肯定的に捉えるようになっていったのだと云えます・・。

もとより、こうした内面での変化の様相は、自分がその真っ只中にいる時では、あまり判然としないのでしょうが、しかし、それは当時の「願望に基づく計画」からは明らかに反するものであり、あるいは若い頃こそが、こうした、望まない居住地の移動などの経験をしても、あまりひずみを残さず、将来の自分に資するよう、柔軟に対応することが出来るのではないかとも思われるのです・・。

そして、まさしく、この過程にこそ、つまり、自分の生き方が当初の願望、計画に沿わないと思われる期間が続いていても、その周囲には、現実の世界があり、その中にある「何か」に興味を持つことにより、それを基点として、自分自身を変えていくことが可能となり、また、そうした変化の過程を通じて、その人なりに賢くなっていくのではないかと思われますが、ここでとても大事であると思われることは「当初の願望、計画に沿っていない」という、何と云いますか「負の自覚」であるように思われます。

こちらにつきましては、また後日、あらためて記事を作成したいと思います・・。

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2021年11月7日日曜日

20211106 頂いたご連絡から、紀州 和歌山の食文化について・・

おかげさまで、一昨日の投稿記事も、比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆さまどうもありがとうございます。しかし他方で、こちらの閲覧者数は、それ以前に投稿した数記事と比べますと、投稿後2日目としては、わずかに少なくもありました。これは、一昨日の投稿記事では、自分の実体験のようなものはあまり書かずに、全体を通じて多少観念的であったからではないかとも思われましたが、また同時に、当記事にて述べていたことと類似することを以前投稿した記事にて述べ、また、そこでは比較的多くの方々に閲覧して頂いていたことから、あるいはツイッターとの連動以前と以後では、当ブログを見てくださっている方々が変わったのではないかとも思われました。

以前にも述べたことがありましたが、当ブログはツイッターとの連携により、閲覧してくださっている方々が具体的存在として分かるようになり、あるいは何かしらの反応を頂くことも度々あり、こうしたことは、作成記事に対しての反応が薄いなかで6年以上ブログを続けてきた私にとっては、驚くべきことであり、また、そうしたことから生じるプレッシャーによりスランプとなり、そこから多少、記事作成が困難になっていた時期があり、そしてまた現在も、多少は自分のペースを取り戻しつつあるように感じられますが、とはいえども、そうした「見られること」によって生じるプレッシャーをおぼえつつ毎回の記事作成を行っていると云えます・・。

さて、そうしたなか、つい先日、人文系の師匠よりご連絡を頂きました。こちらは在和歌山時代の師匠であり、修了の後も色々とお世話になっておりますが、とりわけ、これまでの当ブログ全体の文脈から考えてみますと、紀州 和歌山の食文化に関しては、おそらく、こちらの師匠に並ぶ方はあまりいらっしゃらないのではないかと思われます。また、そのような方であるからこそ、大学にて教鞭を執られていたのだとも云えますが、そこからも分かるように、私が当ブログにて述べた紀州 和歌山の食文化に関しての記事の元ネタの多くは、こちらの師匠からご教示を受けたものであり、それらに自分なりの解釈、見解等を加えたものが一連の当ブログにて述べていることであると云えます。

とはいえ、私の紀州 和歌山の食文化に対しての興味の淵源とは何であったのかと、もう少し検討してみますと、それはかつて、南紀白浜にて勤務していた業種がホテルであり、食べ物に関係していたことであると思われました。

勤務していたホテルは、おそらく現在もそうであると思われますが、その料理にて少し名前が知られており、私もまた、何度か、その料理を食べる機会がありましたが、たしかに、とても美味しかったと云えます。

そして、こうした経験からさらに遡り、個人の記憶ではないところをあたりますと、あまり周知されていないことであるかもしれませんが、紀州 和歌山は、和食に欠かせない醤油や鰹節の発祥地とされており、さらに、これまた、日常的な和食に欠かせない食品の一つと云える梅干しの生産量もダントツの一位であることから、さらに別の視座からは、紀州 熊野本宮大社の主祭神とされる家都御子神または家都美御子神(けつみ(み)このかみ)は実は出雲系の神である素戔嗚尊であり、また、この神は、木の国だけに樹木の神であると同時に穀物の神でもあり、そこから食の神とされていたことなどから、紀州 和歌山と我が国の古くからの食文化との繋がりを見出すことが出来るのではないかと思われますが、しかし、こうしたことを書いていて、そして、さきの師匠を思い出しますと、多少書き進める勢いが落ちてくることに気が付くのです・・。

とはいえ、それは特に恥ずべきことではなく、また、こうしたブログなどを通じて紀州 和歌山の食文化に興味を持って頂ける方々が少しでも増えましたら、それはそれで私としては僥倖であり、また師匠にとりましても、そこまで悪いことではないようにも思われます。

また、この紀州 和歌山の文化や歴史については、今後も機会を見つけて記事を作成していきたいと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
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