2021年3月10日水曜日

20210310 「凪」のような状態から発して思ったこと:「靴」から始まり・・

 この先、凡そ2日に1記事の投稿ペースにて、今月中に1500記事への到達が叶いますが、今後も休みは取りつつも、出来るだけ毎日の記事投稿を目指していきたいと思います。とはいえ、本日は「凪」と云って良いのか、PCの前に座りしばらく経ってもなかなか着想・アイデアが湧いてきません。これが調子の良い日であれば、既に記事あらすじが脳裏に浮かんだ状態でPCに向かい、単にそれを文章化していくといった流れになりますが、実際のところ、そこまで調子の良い日はあまりなく、それよりも、本日のような外出らしい外出をしなかった日の記事作成は、さきに述べたように「凪」に近い日が多く、これが地味ながら記事作成に困難さを覚えるのです・・(苦笑)。

そうしたことからも、昨日、一昨日の投稿記事にて述べましたが、ボクの場合「徒歩での移動」が記事作成に少なからぬ意味を持っていると云えます。また、その意味から徒歩を支える「靴」については「服飾品の一つ」と見做されがちですが、ボクにとっては「日常で用いる道具」といった認識の方が強く、また、そうした靴を選んでいると思っています。

そういえば、靴こそは衣服以上に性別によって異なり、男性の靴は、全般的に「道具」的なものが多く、対して女性のそれは「服飾品」に近いといった傾向があるのではないかと思われます。その意味でスポーツ・シューズはユニ・セックスと云えますが、あるいは男女共に同じ型のスポーツ・シューズを履き、そしてジーンズを穿くようになりますと、社会全体のユニ・セックス化の下準備が為されるのかもしれません。その意味で、双方の近現代での発祥地と云えるのがアメリカ合衆国であることは、当然と云えば当然であるのかもしれませんが、それなりに面白いことであるようにも思われます。

また、個人的には、アメリカ合衆国に対する思い入れは、そこまで強いものはありませんが、世代的なものであるのか、こと靴や洋服に関しましては、それとは別次元にて、どうも否応なく魅かれてしまうのです・・(苦笑)。たとえば輸入洋品店に置かれている、多少値が張る革製品の匂いやボタンダウンシャツやチノクロスパンツやジーンズなどの、あの独特の匂いが、おそらくは、それらと遭遇した高校生の頃から好きなのです・・(苦笑)。

そういえば、かつて裏原宿に「プロペラ」という輸入洋品店、というよりも当時の語感でアメカジショップと云った方がスッキリとするお店がありましたが、このお店は、店の軒先にプロペラが掲げられているのが特徴であり、また、その店内が何と云いますか「海外の倉庫」といった雰囲気が強く、現在では分かりませんが、ほぼ同時代の渋谷の「バック・ドロップ」そして代官山の「ハリウッド・ランチ・マーケット」にも相通じるものがあったと記憶しています。

そして、その店内の匂いが、木材の防腐剤(クレオソート?)というのでしょうか、その匂いと、置かれている舶来の服や小物の匂いが混淆として、一種独特な匂いが充満していました。そのためプロペラで購入した商品は、しばらくの間、その匂いが取れずに、おそらくは分かる人には何処で購入したか分かっていたのだろうと思われます。

ともあれ、ボクはそうした中で、先日投稿の記事にて挙げましたダナー・ライトやラッセル・モカシンと遭遇し、双方共に高価であったため、長い間購入出来ませんでしたが、それから10年程経って、ようやく購入することが出来ました・・。

おそらく、前世紀90年代に青春を過ごされた世代の方々には、この嗜好様式をご理解頂けるのではないかと思われますが、しかしまた、現在になって思うことは、おそらく、そうしたモノに基ずく、即物的とも云える感性による価値観のみでは、何と云いますか不充分であり、そうした価値観から出発して更に構築された、他の観念的、抽象的な価値観あるいは思想を持つことにより、さまざまな事物の普遍的性質にまで達することが出来るのではないかと思われるのです・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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2021年3月9日火曜日

20210309 1490記事到達、達成感よりも欝々とした心情が勝る中で思ったこと・・

 以前の投稿記事にて「出来るだけブログ記事の文章は、形而上的である方が持続可能性がある。」といった主旨のことを述べましたが、それに対して昨日の投稿記事においては、ホテルフロント時代の経験から始まりましたが、全体としては主にモノについての意見を述べるといった感じの記事となりました。「これは矛盾ではないか?」と考えられる方々もあるいはいらっしゃるのではないかと思われます。しかしながら、多くの神経が集まる足を包むものとは、形而上的な作業を行うにさいしても大変重要な部位であり、ボクの実感からしますと、より多く歩き活動した日の方が、そうでない日と比べて、スムーズな文章作成が出来るといった傾向があるように思われます。

端的には、当ブログとは、主として散歩を含めた徒歩での移動と読書と日々の経験によって成立していると云えます。くわえて、現在もまた”緊急事態宣言下”にある首都圏ですが、昨年春のそれの時は、かつてないほどに人出が疎らであり、帰郷早々カルチャーショックを受けた記憶があります。また、そこから私も世間並に出来るだけ外出を控え、あまり靴を履かない自粛期間を過ごしましたが、同時に、その時のストレスによって悶々とした精神状態をバネとして一連の「架空の話」を書き始めたとも云えます。こちらも、今後、出来るだけ近いうちに続きを書き始めたいとは考えていますが、おそらく、それは当ブログが1500記事に到達した後になると思われます。

さて、1500記事と云えば、今回の記事投稿により総投稿記事数が1490に到達し、あと10記事の投稿にて当面の目標である1500記事に到達することが出来るわけですが、それでも、かねてよりの欝々とした精神状態は好転することなく、また、よく分からない圧のようなものは徐々に高くなり、記事作成を多少困難に感じさせるのですが、それと同時に、これまで記事作成によって得た経験や慣れから、どうにか毎回の記事作成を行っているのが現状と云えます。

おそらく、何であれ、あまり目標を意識し過ぎるのも良くないと云え、そうしたこともあり、以前の大きな到達地点であった1000記事の際は、あまり目標などと意識しないようにして、到達後もしばらくの期間は、何事もなかったかのようにして記事作成を続けた記憶があります・・。

しかし、その点において、今回の1500記事到達は多少事情が異なると云え、おそらく、その到達後は、しばらく書き続けることはせずに休息期間を設けたいと考えています。そして、その後また再度書き進めて行きたいと漠然とながら思ってはいますが、そこで果たして2000記事を目指すかどうかについては、現時点では全く考えていません・・。

また、側聞するところによりますと、ブログを3~4年継続するのは、それなりに希少であり難しく、そして1000記事以上の投稿もまた、それなりに困難であるとのことから、当ブログは、これらの見方によりますと、それなりに頑張っている方であるとも思われるのですが、おかしなもので、そうした情報を認識したこの期に及んでも、その実感は皆無に近く、むしろ欝々とした心情が相変わらず奥に控えて、ただただ記事作成を促しているように感じられるのです・・。

こうした心情の様相をあるいは「強迫観念」と称するのかもしれませんが、私にとっては、この心情がさらに活動を続け、そして次なる文体の相に至ることが出来るのではないかとも思われるのです。

そういえば、ここで突然「文体」というコトバが出ましたが、口語であれ文語であれ、その人独自の文章のリズム、癖というものは、おそらく、その当人が思う以上に強いものであり、また、そうしたものの集合体、あるいは最大公約数的なコトバ・観念が、同時代の時代精神に強く影響を及ぼしているのではないかとも思われます。

そして、この視座から、ここ最近の我々の社会を見ていて思うことは、たとえ明るくない状況にあっても、嘘でもいいから、とにかく明るい、前向きなコトバを発しようとしていることですが、それがやはり嘘(コトバとその本来示す意味が乖離する)ですと、徐々にそのコトバの本来の意味から離れていってしまい、何であっても明晰に考えられなくなってしまうのではないかと思われるのです。

その意味で、ボクが考えるに、現在の社会状況とは、後年になり歴史として記される段階になりますと「平成時代から次の令和時代においては、徐々に進行する経済力の衰退に対応するように、言語とその指し示す意味が乖離してゆき、また、文化においては活字文化が更なる衰退を辿り、それに代わってマンガ・アニメなどが主要文化と見做されるようになっていった。それはあまり文字に依拠しない、視覚・感覚的なものであると云え、この一連の時代では、PCやそれを基礎とした情報技術の進化によって、より一般的な文化は、視覚優位の状況に進んでいった。」といった感じになるように思われます・・。

*最後に、やはり靴だけは、出来るだけ、身の丈より少し上の高品質のものを履いた方が良いと思われます。

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2021年3月8日月曜日

20210308 ホテル勤務の頃を思い出して・・「靴について」

 さきほど、靴について述べた記事をツイッターにて共有しましたところ、思いのほかにインプレッションが伸びていました。これを読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。とはいえ、ここ最近は、どうしたわけか、書籍からの抜粋記事や他サイト記事のリツイートだけでなく、ボクの作成したオリジナル記事が意外な伸びを示すことも何度かありましたので、今回の靴についての記事も、おそらくは、その範疇に含まれるものであるように思われます。

靴に関して思い出すことはいくつもありますが、以前、南紀白浜でのホテル勤務の際、おそらくは当時の総支配人から、何かの機会に「靴は出来るだけ良いのを履いておいた方がいい。」といった意味のことを云われましたが、この勤務ホテルは外観は洋風であるのに対し、殆どの客室は畳敷きの和室であり、また、さまざまな用事にて客室に入る機会が多いフロントスタッフは靴紐を解かなくとも、すぐに着脱可能なローファーを履いている方々が多かったです。

当時の勤務ホテルフロントスタッフは、自分が打合せ等の対応を行った団体宿泊客の宴会場には足を運び、その宴会裏側で、配膳の様子や宴会の流れなどを見て、時には旅行会社の添乗員と後席などの交渉をしつつ、下げ膳を手伝い、あるいは調理場への連絡係にもなり、それはまさに「何でも屋」と云って良い存在でした・・。

そして、こうした活動を毎日のように続けていますと、革靴はスグにボロボロになってくるものであり、2001年4月の着任後からおそらくは半年も経たずに職場用の革靴を買うことになった記憶があります。そして、そこで、さきの総支配人のコトバを思い出したのか、職場用の革靴としては高価とも云えるリーガルの黒ローファーを、当時一般化しつつあったネットショッピングにて購入しました。

さて、このリーガルのローファーは流石に履き心地が大変快適であったことから「スゴイ!」と感じられました。そこで、さきの総支配人のコトバの意味の一片を実感を以て理解したわけですが、他方、ボクは私用の靴については、かねてより多少こだわっており、当時、若者の間で流行していたレッドウィングのブラウンのチャッカブーツをはじめとして、いくつかの靴をローテーションにて履いていました。

その後会社を辞め、大学院生として和歌山市在住の際も、それらアイテムに若干の変化はありましたが、それなりに手入れをして、履き心地の違いなどを楽しんでいました。靴の履き心地は、比較的長時間履いた後の疲労感によってはかることが出来ると思われますが、その意味で、やはりそれなりに高価が靴は、相対的に疲労感が少ない傾向があると云えます。

この認識は年齢を重ねていきますと、更に強くなるものであり、現在に至っては体質に合わない靴を履いた後の疲労感はそれなりに大変なものであると云え、その意味からも、さきにあげた総支配人の「靴は出来るだけ良いのを履いておいた方がいい。」のまた別の一片を意味を実感し得たと云えます。

そして、その後歯科技工専門学校に通うために戻った首都圏にて、さきの記事にて述べましたラッセルモカシンのチャッカブーツを購入したわけですが、この靴は全体的に柔らかな質感で大変履き心地が良く、その後、ダナー・ライトを購入するまでは「最高」と考えていました。

さて、未だこうした御経験のない皆様、時計などの装飾品に凝るのも面白いのかもしれませんが、御自身の健康にも密接な関係があると云える「靴」についてもう少し考えてみますと、まさに足元から何かが変わってくることもあるのではないかと思われますが、如何でしょうか?

とはいえ、現時点でのボクはダナー・ライトで充分であると思っているのですが、果たしてその先には何か新しい靴に関しての価値感が生じるのでしょうか?

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2021年3月7日日曜日

20210306 乗気でなく始めた記事作成でも(それなりに)重要な理由

 今回の記事投稿は、早朝に起きて書き始めることにしました。特に、これといった理由はありませんが、こうした試みにより、何らかの発見が見つかれば、それはそれで貴重であるとも思われますので。

また、ここ数日間は毎日1記事ずつ投稿してきましたが、これも徐々に慣れてきますと、また2018年半ば以前のようなペースにて投稿出来るようになるかもしれません。とはいえ、当ブログは現在、当面の目標としている1500記事まで残り20記事を切っていますので、ここでペースを上げて書き続けるというよりも、ある種ラスト・スパートのようなものと考えた方が後々気が楽であるように思われます・・(笑)。

そして、今後、順調に1500記事まで到達することが出来ましたら、その後、少なくとも1~2週間程度は記事作成を完全に止めても良いのではないかと考えていますが、これもまた先のハナシであり、実際にそうした状態に至った場合、そこで生じる感興とは、ここで述べた考えとは異なるということも充分にあり得るとも思われます。

何れにせよ「獲らぬ狸の皮算用」をするよるは、とりあえず、それを題材にしてでも、新たに1記事作成して投稿する方が、現在の私にとっては重要なことであるとは云えますが(笑)。

しかし「そのような一種打算的あるいは、いい加減とも云える心境にて作成した記事にどれだけの価値があるのか?」と問われますと、それに対しての明確な返答は困難ですが、しかしながら、どのような心境であっても、一端書き始めてみますと、また別の心境が生じ、さらにそこから、また別の心境へと変化していき、ある程度記事作成が進んだ頃に至っては、その書き始めて当初の心境そのままであるということは珍しく、これは何と云いますか、ある程度の集中や没頭を要する作業全般に当て嵌まることであるのかもしれませんが、ある種「意識の変容」が生じているのだと思われます。

そして、あまり意見として聞くことはありませんが、こうした作業に伴う意識の変容の蓄積が、その更に奥あるいは基層にある精神に対しても徐々に作用してゆき、その次の何かしらの変化・変態が生じるのだと思われるのです。(ここに普遍性があるのか分かりませんが)

異言しますと「記事作成毎に生じている意識の変容が蓄積してゆくと、次第に、その基にあるさらに大きな意識・精神に対しても何らかの変化が生じる」といったところですが、これはボクの場合、ブログ記事の継続的な作成を通じ、自分自身を用いて実験を行っているところであり、たしかに2015年あたりと比べますと、文章作成については「何となく変わったかな?」とは思いますが、それでも覚醒や強い実感のようなものは全くありません。(ここにも普遍性があるのか分かりませんが)

あるいは、この期間における自分の意識の変容を高速度カメラのようなもので可視化することが出来ましたら、それはそれで面白いのかもしれませんが、それは文章による記事という性質から、やはり文章を読むことによる認識や理解の方が、何らかの媒介的技術を用いるよりも善いのではないかと思われます・・。

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2021年3月5日金曜日

20210305 購入した新たな書籍から思ったこと

本日の首都圏は夕方から雨が降り始めましたが、それまでは比較的暖かく過ごし易い一日であったように思われます。そうした中、都心の大型書店に出向き、昨年10月から読み始めた宮地正人著「幕末維新変革史」を読了したことから「次の一冊を・・」と思い、以前から気になっていました慶應義塾大学出版会刊 福澤諭吉著 伊藤正雄訳「文明論之概略」を購入しました。

この著作は以前にも何度か異なる版で読んだことがありますが、今回購入の版は、同出版会刊行の原文版と比較しますと、原文に忠実でありながら、読み易く、さらに300頁以降からは要旨・評説、そして480頁以降は解説といった構成であり、それなりに読み応えがあると思われます。

また、当著作とは別に、ちくま文庫から刊行されている斉藤孝訳の同著現代語版がありますが、こちらも読み易かった記憶があります。ともあれ、何れの版においても、当著作は、混迷の中にあるとも云える現代の我が国社会を、ある程度根本から考えるに際し、大変参考になる一冊であると思われますので、ご興味のある方は是非、ご一読頂ければと思います。

おそらく、ある程度古い著作を読む機会が少ない方々におかれましては、当著作には、現代の視座からしますと多少吃驚するようなことも書かれているように思われますが、それはそれで良い読書経験になると思われます。

また、当著作原文に比較的近い文体を持つ著作が、これまでに当ブログにて何度がとりあげている陸奥宗光による「蹇蹇録」であると思われます。そこで、今しがた両著作を取り出し、それぞれ少し読んでみたところ「文明論之概略」の方は、概念的な記述が多いように感じられ、対して「蹇蹇録」は、全体的に刻々と進む出来事の様相を述べていくといった記述であり、読み易さの点からは「蹇蹇録」の方が少し勝っていると思われますが、もとより、これは内容の重要さを決めるものではありません。

とはいえ、双方共通して云えることは、読んでいると何故だか音読したくなるような日本語であることで、くわえて、現在猫背気味でPCに向かっている私も、それぞれ取り出し、少し読み始めますと、どうしたわけか背筋が伸びてくるのです・・(笑)。

しかし、こうして活字のフォントなどは変わったかもしれませんが、それでも100年以上前に著された著作を、現代において、そこまで労せずに読むことが出来る我が国は、その意味では、それなりに良い国であると思われます。

今後、どの程度にて読了に至るか分かりかねますが、その次には、併読といったいわば二正面作戦になっても良いのですが、書肆心水刊行 杉山茂丸による「俗戦国策」を読み進めたいと考えています。こちらの著作は立読みしていただけでも「何と!」と驚くような記述がいくつかあり、また、その文章あるいは表現には、現代の著述ではあまり見受けられないものが散見されることから大変興味深いと思われました。

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2021年3月4日木曜日

20210304 欝々とした精神状態の除去から思ったこと「荒魂」と「和魂」

 本日の日中は比較的暖かく過ごし易かったように感じられました。また以前と比べ、大分陽も長くなり、明るい時間帯が増えたようにも思われます。そしてまた、当ブログは昨日の記事投稿により総投稿記事数が1485に到達していました。あと当記事を含めて15記事の投稿により、1500記事に到達するわけですが、他方で書き手である私は依然として欝々とした日々を過ごしています。

これまでの感覚から、おそらく、そのうちの半分程度は季節性のものであり、本格的に春が到来しますと、大分楽になるとは思われるのですが、他の半分については、現在に至っては半ば慢性的なものであると云え、その淵源は10年以上前にあるようにも思われます。

しかしながら、こうした喜ばしくない自身の精神状態を齎すものがあるからこそ、現在に至るまで、どうにか5年以上にわたりブログ記事の作成を続けることが出来ているとも云えるのかもしれません・・。そしてまた逆に、これが完全に除去された場合、ボクは更にブログ記事の作成を続けようと思うのでしょうか?

そういえば、どこかで「人は心が完全に満たされていれば、進んで文章を書いて公表しようとは思わない。」といった意味のコトを聞いたことがありましたが、これはたしかに間違いではないように思われます。

そうしますと、ボクは当ブログを書き続けるためには、この半分程度の欝々とした精神状態を保持する必要があるのかもしれませんが、もしそうであるのならば、それはそれで受け入れても良いという構えはあると云えます・・。しかし、多少欲を云わせて頂きますと、それは半分程度よりもさらに少なく、むしろ、記事を書き続けるのに最少程度の欝々とした精神状態を残してくれれば、それで充分であると考えます・・(笑)。

また、多くはないですが、周囲の方々から、ボクのブログを読まれているのか分かりませんが「それだけ文章を書けること自体がスゴイな。」といった意味のコトを言われたことがありますが、それは書いているボクからしますと「何か強迫観念のようなものによって書いている」と云った方がより精確であると云えます・・。

しかし、そうしますと、ボクにこの欝々とした精神状態そして強迫観念のもとになっている記憶を齎した方々に感謝すべきといった考えも出てきますが、それは現時点では「違う」のではないかと思われるのです・・。あるいは今後書き続けて行きますと、そこに何か変化が生じて、そのように考えるようになるのかもしれませんが、それこそがまさしく「昇華」と云ったものであるようにも思われます。

また、そのように考えてみますと神道用語の「荒魂」と「和魂」というコトバが想起されてきて「荒魂」の持つ乱暴な荒々しさが、同時にさまざまな活動を為さしめ、それにより、何らかの契機にカタルシスを得られると「荒魂」は「和魂」へと変態を遂げるとされていますが、これは当ブログにて以前にとり上げた南島に見られる霊威である「セヂ」との類似性があり、この「セヂ」を用いて「荒魂」と「和魂」との関係性を考えてみますと、ある通常の魂に「セヂ」が憑くことにより「荒魂」となり、そこからさまざまな活動を行うようになり、そして「セヂ」が離れますと「和魂」になるのですが、これは同時に「ケガレ:気離れ」でもあり衰弱とも云えるのです・・。

そして、こうした図式から、我が国での社会全体の様相を考えてみますと、どうも最近は何であれ「荒魂」的とも云える、ある種、常軌を逸したような(変性意識)状態が受容され難くなってしまっているのではないかと思われます・・。そして、これは一つに「創造」活動にもまた「荒魂」的な常軌を逸した状態が必要であるという、一見迷信的とも思われる考えが排除された結果であるように思われます。そして、その要因と思われるものは、「セヂ」を持った女性が少なくなり、その代わりに、女性が男性を物理的にコントロールし易いようにした結果ではないかと思われます・・。

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2021年3月3日水曜日

20210303 「幕末維新変革史」下巻巻末での記述から思ったこと・・

先日投稿の記事にて岩波書店刊 宮地正人著「幕末維新変革史」上下巻を読了したことを書きましたが、その下巻巻末近くに、福沢諭吉と田中正造についての記述がありました。この組合せは多少意外とも思われましたが、実際のところ両人の年齢の差は6歳ほどであり、幕末期から国内外各地を移動し活躍していた福沢と比べ、田中正造は幕末期においては、主に地元での活動に従事し、また、領主である旗本との諍いなどもあったりと、この時期での活動範囲は福沢諭吉と比べると、相対的に狭かったと云えます。

その後、田中正造は一時期官吏として勤めていた時期もありましたが、やがて郷里に戻り地域選出の議員などを務め、さらには衆議院議員にも選出されています。そして、明治34年には足尾鉱毒事件についての直訴を行います。

思うに田中正造は、江戸時代の名主・庄屋によくある実直な篤農家的なメンタリティーを持ちつつも、直情径行的な性格的特徴を持つ人物であったように思われます。とはいえ、現在から、田中正造のある意味、悲劇的とも云える人生を考えてみますと、そこには、西欧的に近代化された明治日本の所謂「有司専制」そして、それに付随する「政商」といった様相や存在が否応なく見えてきます。

そして、もう一人の記述のあった福沢諭吉との関係性について考えてみますと、何かしら複雑な、一筋縄ではいかない様相が見えてくるように思われますが、福沢諭吉は、思想や文化といった文明の基盤となるものを重視するのと同時に、事物の経済的な側面そして、その基盤となる国家の強さ(盤石さ)もまた重視しました。また、それは当時流行の西欧合理主義的思考とも軌を一にすることから、福沢諭吉は門弟・教え子や読者達に対して、そうした主張をしたものと思われます。

また、ここにその播種を見たも云える民権思想派(田中正造)と国権伸張派(福沢諭吉)との分立は、昭和期に入ると、土着民権思想的なものと国権伸張論的なものが合流して行き、福沢諭吉以来の西欧由来の色彩を遺す国権伸張論は、あまり世間一般で流通しなくなったのだと思われます。

こうした事情は、これまでにも何度か触れました中江兆民による「三酔人経綸問答」に登場する南海先生・洋学紳士・東洋豪傑の三名の関係性・立ち位置とも異なり、たとえば福沢諭吉は、南海先生もしくは洋学紳士に比定することが出来ると思われますが、田中正造については、この各々三名の特徴には合致しないように思われます。

また、当著作下巻では、この六歳違いの二人(福沢諭吉・田中正造)の人生を並列的に示すことによって、明治期の時代精神の一様相を伝えたかったのではないかと思われました。

ともあれ、下巻巻末近くに書かれている、この二人の人生についての記述は、それまでの比較的淡々としているとも思われる記述から、うって変わり、その文章は生き生きとしているように感じられました。また私見としては、当著作下巻は、これら記述部分を読むだけであっても、何かしら得るものはあると思われますので、ご興味のある方は、ご一読をおススメいたします。

そして、自身のこととしては、先日ツイートしましたが、伊藤正雄氏翻訳による「現代語訳 文明論之概略」を購入して読んでみたくなりました・・。

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