2025年4月16日水曜日

20250416 日本人の腸内環境と健康について

腸内環境が健康や長寿に与える影響は長年にわたり研究されてきました。腸内環境は腸内細菌の種類や構成により左右され、特に食事習慣、食文化との関連が注目されています。近年の研究から、日本人の腸内環境は5つに分類(エンテロタイプ)されることが明らかとなり、これらのタイプから健康や疾患のリスクとの関連性が示唆されます。

 日本人の腸内環境には、世界的にも特徴的な点があります。それは腸内細菌に善玉菌であるビフィズス菌の割合が特に高いことです。同じ東アジア圏の中国人と比較しても、日本人の腸内環境は顕著に異なり、中国人の腸内環境はむしろ北米人に近いという結果が得られました。また、日本人の腸内細菌には、炭水化物やアミノ酸を栄養源として代謝する能力や海藻類を分解する酵素遺伝子を持つといった特徴もあります。こうした特徴は、我が国の古くからの水稲耕作文化と海産物を多く摂る食文化の伝統と関連していると考えられます。さらにまた、肥満率の低さや長寿といった健康文化とも関連があるとも考えられます。

 先述のように日本人の腸内環境は5つに分類され、それぞれの特徴は以下の通りとなっています。
タイプA:肉中心の高たんぱく・高脂肪の食事を好むタイプで肥満の原因となるルミノコッカス属が多い。
タイプB:たんぱく質、脂質、炭水化物がバランス良く摂られているタイプで、肥満を防ぐバクテロイデス属や、炎症を抑える酪酸を産生するフィーカリバクテリウム属が多い。
タイプC:炭水化物に偏った食事が多いタイプで、バクテロイデス属は多いがフィーカリバクテリウム属が少ない。
タイプD:高たんぱく・高脂肪に加え、砂糖の摂取が多いタイプで、ビフィズス菌が多いものの、タイプAに近い腸内環境を持つ。
タイプE:野菜や魚が多く、脂質が少ない健康的な食事タイプで、日本人に多いプレボテラ属が豊富に含まれる。この細菌は食物繊維の分解に関与している。

 上記の5分類は健康リスクとも関連しており、たとえばタイプE(野菜や魚が多い食事タイプ)やタイプB(バランスの取れた食事タイプ)が健康的で良いとされる一方で、タイプA(高たんぱく・高脂肪タイプ)は疾患リスクが高いことが指摘されており、タイプEの人に比べタイプAの人は心疾患のリスクが14倍、糖尿病が12.5倍、高血圧が11倍にも上ると報告されています。また、タイプCは炎症性腸疾患(IBD)そしてタイプDは肝疾患などのリスクが高いとされています。

 さて、上述のように腸内環境と健康につい書き進めていますと、ドイツの精神医学者エルンスト・クレッチマーによる著書『体格と性格』が想起されます。クレッチマーは、さきの著作において、体格と性格や気質との関連性を考察しました。それを簡潔に述べますと、たとえば、細身の体型の人は内向的で厳粛な性格が多く、肥満体型の人は外向的で快活な性格が多いといったことです。ともあれ、これに、さきに述べた日本人の腸内環境による5分類を重ねてみますと、腸内環境が体格や性格の形成に関与している可能性も想定出来ます。

 具体的には、タイプA(高たんぱく・高脂肪)のルミノコッカス属が優勢な腸内環境は、肥満体型を助長するだけでなく、性格的には快楽志向や衝動的な行動などとも関連する可能性が示唆されます。他方で、タイプEの野菜や魚を主とした食生活は、腸内環境が健康的であるだけでなく、内面での安定や持続可能な行動とも関連する可能性があります。このように、腸内環境には身体的健康だけでなく心理的傾向(性格)にも影響を及ぼす多面的な性質があると云えます。

 腸内環境を良好に保つためには、プロバイオティクス(善玉菌)の摂取やプレバイオティクス(善玉菌の増殖を促す成分)を積極的に取り入れることが推奨されます。ヨーグルトや納豆などの発酵食品を継続的に摂取し、野菜、果物、豆類、海藻類に含まれる食物繊維やオリゴ糖を食生活に取り入れることで腸内細菌叢の多様性が保持され、健康な腸内環境が維持されます。我が国の伝統的食文化は、こうした観点から見ても、理想的であり、世界規模においても心身の健康に資する優れた食文化であると考えます。

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2025年4月14日月曜日

20250414 介護・医療分野の持続可能性に向けて

 我が国における介護人材の不足は、従来からの少子高齢化の進展に伴い、避けられない課題となっています。2022年での我が国の高齢化率(全人口のうちの65歳以上の人口割合)は約30%に達しており、さらに、来る2040年には約70万人の介護人材が不足することが予測されています。

 そして、この問題に対応するため、2019年には「特定技能制度」が導入され、外国人労働者の受け入れが拡大されました。しかし、2023年での介護分野にて就労する外国人労働者の数は2万人に届かず、2024年の目標として掲げた6万人には遠く及びません。こうした背景には円安の影響による我が国の平均賃金の低下や、米国やオーストラリアと比較して経済的な魅力が乏しくなっていることが挙げられます。さらに加えて、我が国での介護分野への若年層の就職も厳しく、介護・医療分野では、求人数は増加しているものの、労働環境の厳しさや賃金の低さなどから応募者側が忌避する傾向があります。また、さきに述べた円安等の背景から、より高収入・良好な労働条件を求めて、海外移住を希望する若者の動きも顕著になってきています。そして、こうした国内の状況が継続しますと、介護・医療分野での人材確保が一層困難になると考えられます。

 そこから、この状況を改善して、介護・医療分野での持続可能性を確保するためには、多方面からのアプローチを採ることが適切であると考えます。具体的には、ロボット技術やICT(情報通信技術)などテクノロジーの活用により業務を効率化し、少ない人員でも良いサービスを提供できる体制を整備することが挙げられます。また、高齢の方々が自立できる環境を整え、介護従事者の負担をできるだけ軽減する仕組みも同様に重要と云えます。さらに、介護・医療職全般の労働環境や賃金を改善して、若年層から専門性と将来性を備えた魅力的なキャリアとして認識されることも大切であると云えます。とはいえ、こうしたテクノロジーの活用や処遇の改善だけでは、根本的な解決にはならないと考えます。根本に近い解決とは言えずとも、有意に改善すると考えられる、具体的な施策として、現行の人文社会科学系分野への進学希望者を介護・医療分野へ導くことであると考えます。例年、全大学進学者の半分以上は人文系に進みます。そして、このうちの2~3割程度が介護・医療分野への進学に興味を持ってもらうように、高校教育や進路指導などの段階で、将来のキャリア展望や社会的意義などを丁寧に説明して、魅力ある選択肢として提示できるようになることが、人材不足を解決する鍵になるのではないかと考えます。

 そして同時に、介護・医療分野での専門知識と実践能力を養う「専門職大学」の新設も効果的であると考えます。既存の大学と専門職大学との異なる大きな点は、現場での実習の割合が多く、実践能力と専門知識とを統合したカリキュラムを提供し、即戦力となり、さらに成長可能性の高い人材の育成を目的とすることです。こうした新たな高等教育機関が拡充することで、優れた介護・医療専門職を多く輩出して、懸念される当分野での人材不足を改善することができるものと考えます。

 また、介護・医療分野は、他の分野・産業とは異なり、直接的に経済的価値を生むものではありませんが、高齢化が進展する社会の生活基盤を維持する上で不可欠な分野です。そして、このことは、西欧など先進諸国においても同様の傾向があります。そこで、さきに述べた新設されるべき介護・医療系の専門職大学においては、実践的な外国語教育(話す・聞く)に大きく注力することにより、将来、我が国がこの分野において世界的な先導者となり、さらにまた、新たな普遍的な付加価値を生み出す能力を醸成することができるのではないかと考えます。

 如上のように、我が国が介護・医療人材不足を乗り越えるためには、短期的・長期的双方の計画を組み合わせることが重要であると考えます。テクノロジー等による労働環境の改善、そして処遇改善、社会的な認知向上といった包括的なアプローチを推し進める一方で、世界規模で進展していく高齢化に対応するための人材を養成する機関として介護・医療系の専門職大学を新設することが、今後、我が国が国際社会において存在感を示し、適切な対価として外貨を得ていくための起点になるのではないかと考えます。

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2025年4月7日月曜日

20250407 その都度、読める文章を読み、書ける文章を書くこと

  丁度、一週間前に和歌山から戻りましたが、その後、滞在期間およびそれ以前からの睡眠不足によるものか、文章を作成したり書籍を読む気力・意欲が湧きませんでした。おそらく、こうした散文形式のものであれば、多少強いれば作成することは出来たのかもしれませんが、しかし、そうはなりませんでした。

 一方、こうした状況は以前にも経験したことがあり、その際には、読めそうな書籍を読み進めて、徐々に調子を取り戻していたことが思い出されます。おそらく、多くの方々がそうであると思われますが、読み易い書籍とそうでない書籍があります。そして、それが何らかのきっかけにより変化することがあります。そして、その変化を「これまでの書籍(文章)を読めなくなってしまった…。」と嘆くのではなく、現時点で読める他の書籍(文章)を探す努力をした方が良いと思われ、その意味においても図書館や書店は大変有益であると考えます。

 かつて歯系院生であった頃、一日中、実験や論文の読み込みなどをして帰宅してから就寝までに、大抵の日は、何かしらの人文系の書籍は読んでいました。さらに、それが金曜日であったりすると、原付で丘を下り、オプシアミスミ内の比較的規模の大きい書店で立ち読みなどをすることも少なからずありました。つまり、丸一日、実験などの手作業をしつつ、ある分野の論文などの文章(英文含む)を読んでいても、その後に、興味がある異なる分野の書籍(文章)であれば、ある種レクリエーション感覚で読むことが出来て、そして、そうした文章もまた、ある程度硬質な学術的な著作であっても、楽しむことが出来ていたことは、現在まで(どうにか)継続出来ている当ブログにも、何らかの影響を与えているのではないかと考えます。

 つまり、当時は、いや現在もあまり大きくは変わりませんが、あまり経済的な余裕がなかったことから、書籍を読み続け、そしてその後働くようになっても、書籍を読むことが出来なくなると、息苦しさを感じていたものですが、その意味から冒頭で述べた気力・意欲の減退・枯渇とは、やはり何かしらのシグナルであり、それを受容しつつも、他方で読めるものを読もうとする努力、あるいは姿勢は保持した方が、次なる内面でのギア合わせが出来易くなるのではないかと考えます。

 そして、このギアが合っている状態で駆動することにより、良い考えや文章が生じるのではないかと思われます。そして、その視座から現在の私は、休止していると云えますが、しかし、こうした散文形式の文章であれば、これまで継続したブログ記事作成の効果から作成することが出来るようですので、引き続き、読める文章を読み、作成することが出来る文章を作成していこうと思います。そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


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2025年4月4日金曜日

20250403 御坊の用水路で群生する鯉を見て思ったこと

 『ええ、私は昨日の夕方前に関空に着き、そこから南海に乗って(和歌山)市駅まで出て、そこからYT食堂まで少し急いで行き、ほぼ営業時間ギリギリで入ることが出来ました。YTで食事を済ませた後は、ぶらくり丁方面からJR和歌山駅近くの予約していたホテルまで、これも歩いて行きました。今回は残念ながら、いつものホテルが訪問全日では予約出来ずに、仕方なく和駅近くのホテルに予約しましたが、そのチェックアウト時間が早く、本日の勉強会の開始まで多少時間があったことから、丁度、和駅も近いので朝から電車で御坊まで行きました。と云いますのも、実はここ最近紀州・和歌山の河川毎の歴史文化について扱ったブログ記事を作成しておりまして、これまでに北から紀ノ川、有田川についてのブログ記事は投稿しており、現在、日高川について扱ったブログ記事を作成しています。そして、これを作成するために資料をあたっていますと、また以前のように疑問やら仮説が湧いて来まして、それで、その実際のところを見聞しようといった目的があったのです…。かなり久しぶりに和歌山市以南まで行きましたが、御坊駅に着いた時には、ここからさらに南へ50㌔ほど行くと南紀白浜があると思って、何だか感慨深いものがありました。それでも、御坊の空気も和歌山市よりも、さらに自然の薫りが濃厚で、南紀白浜を髣髴とさせました。そういえば、御坊市を含むこのあたりは、日高地方、そして行政単位では御坊市以外のこの一帯から梅で有名なみなべ町までが日高郡に属するのですが、南紀白浜在住時の感覚では、田辺は気軽に行ける隣町であり、そしてその北隣のみなべ町もまた、そこから地続きの同じ文化圏といった感じであったのですが、実は、そのみなべ町も日高郡に含まれていたのだと、この時不図、思い出しました…。ともあれ、御坊に着いて、そこから歩いていくつかの目的地に行き、そこで過日生じた疑問や仮説と照らし合わせて帰路に着き、御坊駅まで考えつつ歩いていて、そこで不図、用水路を渡る小さな橋の上から下を見ますと、その決して広くはない用水路の流れに、大きな鯉が群生していまして、それを見て、衝撃を受けて急に現実に引き戻されたのですが、しかし、それも思い返してみますと、南紀白浜在住時に、そこに棲む生物の大きさに衝撃を受けたことが何度かあったことが想起されました。その一つは、これまでに作成したブログ記事にて扱いましたが、たしか大雨の夕方に一人で車を走らせて、富田川沿いに上富田町から中辺路方面に向かっていますと、ヘッドライトが大きなカエルを照らし出したため、ビックリして車を停め、大雨のなか外に出ますと、ヘッドライドに照らされたその大きなカエルは至って落ち着いており、その様子に何やら畏怖のようなものを感じて、お辞儀をして急いで踵を返したことがありました。こうしたことは、現在話してみますと何やら迷信的で不合理な行動と思われるかもしれませんが、しかし、あの時は何故だがそう思ったのです…。しかし、これもまた考えてみますと、何やら紀州ネタが多い「日本霊異記」(「日本国現報善悪霊異記」)に収録されている説話の様ではないですか…(笑)。あとは、これまた白浜在住時に所用で那智勝浦にあるホテル浦島まで行った時に、このホテルは駐車場から入口まで船で渡ることで有名でして、まあ実際は自動車でも入口まで行けるのですが...。ともあれ私は船に乗るために船着き場にいますと、その桟橋の足元の海中に見えた魚が何であったか忘れてしまいましたが、とにかく大きく感じて不気味に感じたこともありました…。しかしまあ、自然が豊かな南紀ですとカエルや魚だけでなく、人間もまたえらく大きくなることがあるのかもしれません…。そして、そうした一人が和歌山市内に生れ田辺に長く住んだ南方熊楠であったのだと思います。御存知であるとは思いますが、南紀白浜には南方熊楠記念館がありまして、そこには昭和天皇の御製「雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」を彫った石碑があり、生物学者でもあった昭和天皇は、30年以上前に進講をした南方熊楠をとても印象深く覚えておられたのだと思いますが、そこまで強い印象を与えるほどの博識ぶりとは、やはり、見方によれば大きく成長したものであると思いますので、それらに間に通底する何かがあるのではないかと思います。しかし同時に、この自然の豊かさが、そこに生きる生物全般を大きく生育させていたのは、その生物が土地の産物を食べていたからです。いわば、その土地に生かされていたからです。その点、近代までの遅い陸路と海運の時代までは良かったのですが、その後、鉄道や自動車そして飛行機などで物品が大量に輸送されるようになりますと、他の生物は違いますが、しかし人間は、そうした土地が生み出す生物ではなくなってしまい、大きな物流や情報の網に絡めとられて、かつてのように大きく生育出来なくなり、そして少なくとも精神の方は徐々に小さくなって行ってしまうのではないかと思うのです…。その意味で海運が物流の中心であった時代までは列島の東西を結ぶ要地に位置して、沿海部が長い紀州和歌山は、さまざまな産品が流通して、活発に独自の文化を育んでいたのですが、それが鉄道・自動車道路網が主流になりますと、徐々に血流ならぬ物流が行かなくなり、段々と廃れていってしまい、そして、その様相を、私はこの「失われた30年」で見てきたのではないかと鯉を見た用水路を後にして思い、少し悲しくなってしまいましたね…。いや、しかしこれもまた少し見方を変えてみますと、現在のように世の中が乱れてきた平安後期から末期に熊野詣が盛んになりましたように、こうした状況は紀伊・和歌山が再び陽の目を見る契機となるのではないかとも思われるのですが、しかし、実際のところはどうなるのでしょうか…。まあ、もう少し考えてみます。』

2025年3月19日水曜日

20250318 新たな記事作成での調べものをしていて思ったこと

 これまで何回かにわたり、紀伊和歌山の河川流域毎の歴史文化について述べたブログ記事を作成しており、紀ノ川、有田川については既投稿です。そして現在は、日高川流域についての記事作成のための資料をあたり、そして、断片的な文章もいくつか作成しましたが、それらをまとめて投稿に至るまでは、今しばらく時間を要します。また、直近の有田川の記事においてもそうでしたが、調べていますと、これまでの知識が更新されて大変面白いのですが、他方、キリがありません。くわえて、日高川流域には、我が国のある面の歴史や文化において重要な意味を持つと考えられる要素が思いのほかに多く、そしてまた、それらを関連付けた考えなどが思い付くこともあるため、これまでの紀ノ川、有田川での記事作成により暖機運転が為されたのか、時折、20年近く前に修士論文を作成していた時の感覚が甦ります。そして、この感覚とは、さらにそれ以前の、南紀白浜在住時の感覚が基層にあることが想起されました。このように書いていますと、当然と云えば当然であるのでしょうが、しかし、その感覚とは、身体性が伴うものであり、その大気の感じや、薫りなども不図、想起されるといったものであり、感覚としては比較的強いものであると云えます。そういえば、南紀白浜在住時は屋外での記憶が多く、当時、自転車で白浜から現在ブログ記事を作成している日高川流域の最も大きな街である御坊市まで行った時のことが、資料をあたっていて不図、想起されました。その距離は50㎞程度であり、それなりに辛かった記憶がありますが、往路にて御坊市に着くと、市街地をウロウロとしばらく自転車で徘徊して、印象的なものを見つけると、分からないなりに、しばらく見入っていましたが、そうしたものの一つが、前述の資料をあたっている時に不図、想起されたのです。そして、その背景をさらに調べていますと、これまた自分としては大変興味深い関連性を思いつきました。この関連性は、おそらく、さらに資料をあたると、既にどこかに記述があり、新奇性はないと思われるのですが、こうした、資料をあたることによる、自らの記憶の鮮明化からはじまり、新たな仮説を思いつくことは、ある程度知っていると自覚している分野・領域であれば、そこまで多く生じることはないのでしょうが、かなり久しぶりに、この思いつく感覚を覚えました。そして、このことは、おそらく現在作成しているブログ記事に組み込むと思われますが、ともあれ、以前、修士院生当時は、こうした感覚が、ごく普通にあり、またそうであったからこそ、当時、割合多くの文献資料をあたることが出来たのだと思われます。そして、こうした現象とは、周囲の他の院生においても同様であり、また、そうであったからこそ、意見交換や自主的な勉強会が楽しく、さらに自分の専攻とは異なる分野への越境も自然に出来たのではないかと思われるのです。そして、おそらく、そうしたことが出来る期間とは、そこまで長いものではなく、ある程度の年齢にまで至ると、感覚が硬化してしまい困難になってしまうのではないかと思われます。しかし、それでも身につくものは多くなくとも、分野の越境を試みること自体には、それなりの価値があるのだと思われますが、それが生業との兼ね合いにより、あまり価値を見出せなくなるのだと思われます。また、社会全体において、分野の越境に価値を見出すことが出来ない社会とは、あるいは創造的な破壊や進化もまた生じ難くなるのではないかと思われますが、さて如何でしょうか?

2025年3月13日木曜日

20250312 ブログ記事作成方法と記号接地について(最近のブログ記事作成から思ったこと)0313加筆

 ここ数回、紀伊・和歌山での河川流域の歴史文化を題材としたブログ記事を作成してきましたが、おかげさまで、これらは思いのほかに閲覧者数が伸びました。読んでいただいた皆さま、どうもありがとうございます。

 また直近では、有田川流域の歴史文化を題材とした記事を作成しましたが、こちらは、まだ書き足りないと感じる一方で、一段落ついたとも思われることから、このあたりでいったん区切りをつけ、次は日高川流域の歴史文化を主題として作成したいと考えています。とはいえ、日高川流域もまた、紀伊の他の河川と同様、興味深いトピックが多く、それらを記事に取り上げるかの取捨選択で悩んでいます…。

 かつて、修士院生時代に当地域の民俗を研究していたため、手元にはいくらかの資料がありますが、他方、現在ではネット上にも興味深い資料が少なからず存在するため、それらを参照しつつ、さらにChatGPTも援用して、また新たな記事のたたき台(下書き・試案)の作成を検討しています。この手法は近年始めたばかりであり、いまだ慣れていませんが、他方で、ようやく、この手法でも記事作成に集中できるようになってきた感覚もあります。また、そこでの集中の感覚とは、本記事のような独白形式での記事作成時の集中の感覚とは異なります。

 とはいえ、こうした感覚もまた双方の継続によって、いずれ融合し、より大きな集中の感覚へと至るのではないかと思われますが、さて、どうなるのでしょうか? また、こうした集中の感覚の相違とは、作成文章に含まれる知見の身体化の程度、あるいは記号接地の程度の違いに因るのではないかと考えます。

 つまり、自らが即座に運用可能な知見を適宜組み合わせつつ文章を作成するのが、独白形式での作成方法といえます。一方、書籍やネット上の資料を参照しつつ、あるいは短文の切り抜きを集めながら、さらにChatGPTを援用して作成する方法では、示された文章の内容と自分の持つ知見とが噛み合わないことが多々あります。そのため、あらためて自分の知見とするために、さらに別の著作や資料を読み、確認や裏取りを行うのですが、面白いことに、この過程で新たな発見を見出すことが多いため、こちらもまた、それなりに楽しい面もありますが、さきの記号接地の観点からしますと、こちらの作成方法でのほうが乏しいと云えます。しかし、継続して経験を蓄積することにより、いずれ身体化・記号接地に至るのではないかとも感覚的には思われるところです。そして、この過程が、一面において「学び」とも称し得ると考えます。

 さて、先ほどから「記号接地」という言葉をたびたび用いていますが、これは最近ようやく意味を理解して、口語でも比較的頻繁に使うようになったものです。興味深いことに、こうした言葉について、その意味を理解することにより、それまで明確に意識されず、宙ぶらりんであった問題や疑問が、オセロの勝ち筋の局面のように次々とひっくり返ることがあります。直近の例としては、この「記号接地」の概念が挙げられますが、こちらにつきましては、また後日改めて本記事に追記したいと考えています。

 センスのあるなしは別として、私は幼い頃から歴史に関する本、書籍を読み続け、現在また、それに分類される著作を読んでいます。そしてまた、先日、歴史に関しての記号接地について言及したブログ記事を投稿しました。こちらの記事で『歴史とは、新たな発見などにより解釈が変わる可変的なものであるが、他方で、フィクションのなかでの事実は基本的に変わることはない。この対比を通じて、我々の歴史理解とは、身体感覚を伴う直接経験ではなく、研究の積み重ねなどによるものであり、そこから歴史理解については「記号接地」の確実性に疑問が残ると指摘し、さらに我が国では、歴史的事実よりも、それが持つ象徴性の方が重視され、歴史を因果関係の体系ではなく、文化的な「記号」として捉える傾向があることから、象徴の記号としての歴史は、新たな学術的な発見に因らずとも再解釈され続ける。』といったことを述べましたが、そうした事情から歴史を題材としたアニメ、マンガや映画や各種演劇などは、それなりの活気を呈するのですが、しかし、それらの多くは、あくまでも歴史を象徴として扱っていることが多く、時代考証などを十分に行っていないように見受けられます。そして、歴史を題材とした諸作品の国際比較を行うことにより、それぞれの国の歴史に対する姿勢や傾向を看取することが出来るのではないかと考えます。ともあれ、その視座から、我が国は、所謂、先進諸国のなかでは特殊であると云え、端的に「若く・幼い」といった感じを受けます。そして、私見となりますが、この感覚は、さきに述べた歴史理解の記号接地とも結節するのではないかと考えるのです。つまり、歴史理解の記号接地とは、どこまで行っても不確実性を伴うものであるが故に、それをフィクション化することにより、物語として消費していると思われるのです。そして、そうしたフィクションの物語が多産されることにより、不確実性はありながらも実際には過去にあった本当の歴史もまた、そのなかに埋没してしまい、そこから、歴史理解の記号接地なども、たくさんのうちの一つとして、等閑視に近くなってしまったのではないかと思われるのです。そしてまた、おそらく、実際の歴史への記号接地などを試みない状態の方が落ち着く方々の方が、現在の我が国社会では(圧倒的)多数派であると考えます。つまり、本質的に歴史には不確実性が伴うことから、その記号接地などは放棄して、そして同時に探求をも放棄してしまい、曖昧なままの歴史を曖昧なままで娯楽の一要素、背景として歴史を楽しむのが、我が国社会にて主流を成すスタンスであると考えます。しかしながら、不確実性を伴いつつも、実際の歴史を再構築していこうとする努力のなかに、仮にタイムマシンが発明されて、実際の歴史を知ることが出来るようになった場合に生じる記号接地よりも、人間の思考、そして、その後の深化や進化においては重要な何かがあるのではないかと考えます。
 そうしたことを踏まえ、これまでに何度か当ブログにて述べたことではありますが、またあらためて自らの歴史に対する記号接地と思われる経験を以下に述べたいと思います。

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2025年3月2日日曜日

20250301 紀伊半島西部の河川流域の歴史文化についてのブログ記事を作成していて思ったこと

 先日来より、紀伊半島西部を流れる河川流域の歴史文化を主題としたブログ記事を幾つか作成しています。これは現在も進行中であり、ブログの新規投稿を行わない日も、何かしら文章を作成をしたり、調べものをしたり、あるいは既投稿記事の加筆などをしています。そして、何故、今になり修士課程での研究テーマをまた視座を変えて扱ってみるのかと思い出してみますと、それは過日投稿の『20250206 既投稿記事からの発見と、ブログ記事作成への影響について』にて、これまでの投稿記事は紀伊・和歌山を主題とした記事が多かったと述べ、また現在も、年に二回程度当地を訪問する機会があることから、継続的に当地域に関心があり、私としては比較的文章化し易いのだと思われます。くわえて、冒頭で述べた地域の歴史文化を主題とするブログ記事を作成したり、あるいは作成のための調べものをしていますと、突如として当時の記憶が想起されることが度々ありました。そして、それらの想起された記憶は、作成中の文章や、調べものをしている書籍の記述と関連があるものが多いのですが、それらの想起された記憶と作成する文章とを、さらに混淆させて加筆をしたり、あるいはまた、新たに作成することにより、読み易い、読み難いは関係ないものの、文章に個性あるいはオリジナリティ(独自性)が付与されるのではないかと考えます。また、こうした試みは、以前より試みているChatGPTを用いた文章の作成と組み合わせることにより、以前と異なる方法で、自らの文章を作成することが出来るようになりますので、現在進行中の冒頭テーマでのブログ記事作成は、ここ最近では珍しく、続きを作成するのが少し楽しみです。以前に用いた、さまざまな資料を振り返ることで、以前は見落としていた事柄に気が付いたり、あるいは異なる解釈が生まれることは文章作成の醍醐味と云えます。そして、こうした作業を通じて、単に自らの内面の動きを説明するだけに留まらず、それらを多少は深化させて、さらに、それらを発信できることは、これまで継続してきたことではありますが、やはり、それなりに楽しいものであると云えます…。

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