2022年11月9日水曜日

20221108【架空の話】・其の101 【モザイクのピースとなるもの】【実習篇③】

では、スティッキー・ワックスで2枚の金属板の位置を固定しましたら、それをどこか安定した場所に置いて、次はロウ付け用埋没材の練和と型枠への填入を行います。これは、今までの基礎実習にて扱った石膏と同様の操作をしてください。こちらも箱に混水比などの記載がありますので、あとで見て参考にしてください。ええ、写メをしておくのも良いかもしれませんね。

それで、この規定の混水比で練和したロウ付け用埋没材は、泥状にて流動性がある状態のままで紙製の型枠に流し込み、そしてそこに、さきのスティッキー・ワックスにて固定した屈曲された2枚の金属板の両端を立てるのです。

やがて埋没材が硬化しますと、この試料、すなわち「埋没材に立てた2枚の金属板」の接合部、はじめにスティッキー・ワックスで固定した部位になりますが、この位置関係が精確なままで固定されているか確認するためにスティッキー・ワックスを除去して、位置関係固定の役割を硬化した埋没材に譲り、その位置関係の確認を行います。

では、とりあえず、この説明で大体の手順はお分かりになったと思いますので、金属板の位置固定が終わり、埋没材の練和の工程まで行った方は速やかにこちらのテーブルの方まで移動をお願いします。また、今回用いるこのロウ付け用埋没材ではバイブレーターを用いずに練和しても大丈夫です。しかし、それでもしっかりと手練和はしてくださいね・・。そして、その泥状のものをスパチュラにて一掬いしてガラス練板上の型枠内に振動を与えつつ流し込み、そこに、さきの位置固定をした2枚の金属板を植立させるのですが、この時は、植立場所が決まったら迷わず即座に立てることが大事です。

おお、もう埋没材の填入と植立まで行きましたか、早いですね・・。では、その出来た試料を、あちらのストーン・テーブルの上に、自分の試料であると分かる様にして置いてきてください。

その次の工程につきましては、また後程説明しますが・・あれ、こちらの班は皆さん女性ですか・・。ええと、以前にも鋳造実習などを担当しましたけれど、その時から、この班員構成でしたっけ・・。ああ、その当時から変わっていない。それでしたら私が気が付いていなかっただけですね・・。

お、また何人か金属板の固定の工程が終わったようですね。では、その固定した金属板は、何処か自分で分かる場所に置いてください。そして、次に埋没材の練和ですが、これは特に注意することは埋没材の混水比と、あとは大きな気泡をつくらないように、しっかりと手練和することです。

こちらにつきましても、作業を進めているなかで疑問などが出て来ましたら、随時尋ねて頂ければと思いますので、とりあえず、どうぞ進めてください。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年11月7日月曜日

20221106 総投稿記事1880そして【架空の話】が100話まで至り思ったこと

昨日の【架空の話】東京訪問篇⑯の投稿により、総投稿記事数が1880そして【架空の話】は第100話の投稿となりました。そして次の現実的な目標である1900記事まで20記事となりました。これは毎日1記事の投稿により、今月中での達成も可能ということになりますが、私としては、そこまで急ぐ必要はなく、来月上旬にでも達成出来ればと考えています。とはいえ、また今後、体調を崩す可能性もあることから、作成出来る時は作成しておこうとも考えています。

さきに「体調を崩す」と述べましたが、これはコロナ罹患後からの感覚ではありますが、今に至っては概ね回復していると云えるものの、完全回復にまでは至っておらず、体のダルさや頭痛は未だに残っており、以前に述べた新型コロナ罹患後の味覚と嗅覚の変調と同様に、日を追うごとに良くはなっている感はあるものの、やはり何か違う感じがあります。そのため、さきの「体調を崩す」ことも、現実にあり得ることとして、おそれているのです。

以前にも述べましたが、過日罹った新型コロナウィルス感染症の際、発症二日目ほどまでは意識朦朧とした状態でしたが、その後、回復に向かう途中にて自分の感覚や意識が変化していることに気が付き、そしてその変化した意識に基づいて、これまでになかなか続きを作成することが出来なかった【架空の話】の続きも作成することが出来、そして昨日、どうにか第100話を投稿することが出来ました。

そのように考えてみますと、後遺症の程度は分かりませんが、他方において当ブログの作成に関しては、過日罹患した新型コロナウィルス感染症は、良い効果を齎してくれたようにも思われます。そして「人生万事塞翁が馬」「七転び八起き」「転んでもただでは起きない」などと、さまざまなコトバがありますが、何れにせよ、そうした「前向きな」気持ちで今後も引き続き、当ブログを進めて行きたいと考えています。

面白いもので、新型コロナウィルス感染症に罹患する以前の当ブログは、作成者側からしますと、煮詰まっていた感が少なからずあり、新たな着想がないスランプ状態の中で、色々と手を変え品を変えて作成してきたと記憶しています。あるいは異言しますと、現在作製している、こうした調子の文章を作成することは難しかったのではないかと思われます。

そこから新型コロナウィルス感染症により、頭のネジが少し緩み、こうした文章が作成出来るようになったとも思われます・・(笑)。あるいは頭のネジとは、意識による締め付けのようなものであり、そこから適度に解放されると、文章の作成といったこともスムーズに出来るようになるのかもしれません・・。

その意味で、多少の飲酒の習慣などは良いのかもしれませんが、私の場合、飲酒の習慣がなく、過日の新型コロナウィルス感染症が、まとめて、そうした効果を私に齎したのではないかとも思われます・・。すると、あの発症日からの2日間の意識朦朧とした状態には、飲酒による酔いにも似た、何らかの効果があったのかもしれません・・。

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年11月5日土曜日

20221105【架空の話】・其の100 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑯】

こちらから会食会場となる西洋料理店は徒歩にて5分ほどとのことであったが、多少早く着いていた方が良いと思い、我々はそのまま向かった。横断報道を渡り、神楽坂を少しのぼると左側に入る小さな道があり、その先すぐにある建物の2階に、会場となる西洋料理店の名前があった。

E先生と私は「ああ、あそこだ。」と店を見つけて安心し、それからはゆっくりと歩いて店に向った。建物正面の外付けの階段をのぼり、店玄関のポーチのようなところから、店内の様子を窺ってみたものの、よくは分からず、そこでドアを開けて店内に入ってみた。するとすぐに、黒いギャルソン・エプロンを着けた店員さんが「ご予約をなされたお客様でしょうか?」と我々に尋ねてきた。そこでE先生が「はい、おそらく20時からでCHの名前で予約されているのではないかと思いますが・・。」と返答すると店員さんは「あ、はいCHさまですね。既に何名様かお越しになられています。」と店内奥にある個室のように仕切られた会場に案内された。そして「CH様、お連れの方をお二人お連れしました。」と中に向けて云うと、我々に軽く一礼して、そのまま去って行った。

個室会場には既にCH院長がいることが分かったが、入口に近づくと中の話声から、3・4人程度はいることが分かった。そして個室内に我々が入るとCH院長から「ああ、K医専大の先生方はどうぞ、こちらへ!」と案内されると、そこはCH院長の隣の座席2つであり、さきほどS教授との電話決まった用件を伝えるためにもE先生はCH先生の隣に座り、私がその隣りに座ることになった。そして私の隣には、さきほどの院内案内に同行して頂いたTO先生が席に着いていた。

我々が席について、少し落ち着いてからスマートフォンを見ると19:51と表示されており、また会食場の残りの座席の具合から、これから到着されるのは、さきの話に出た共同研究を行っている理工学部研究室の方々とKA先生であると思われた。

そして実際、その数分後にトレンチ・コートを着た若干太り気味の男性と、ジーンズに青ボタンダウンの上にオリーブ色のM-65を着た若い院生らしき人物が、さきほどの我々のように個室に通されて来た。

このトレンチ・コートを着た男性には、その挙措動作がいかにも理系の研究者といった佇まいがあり、その目元には独特の厳しさのようなものがあった。また、体型はやはり若干太り気味ながらも、力士などにしばしばあるような固太りといった感じであり、マンガでの登場人物で云うと、かわぐちかいじによる「沈黙の艦隊」に登場するアメリカ合衆国大統領ニコラス・J・ベネットであったり、あるいは歴史上の人物で云うと、東京大空襲や我が国に対する爆撃機を用いた焦土作戦を指揮した米空軍のカーチス・ルメイ将軍に似ているような感じがあった。

もう一人の人物は、さきの私の読み通り、大学院生であり、未だこういった場には慣れていないといった雰囲気であったが、しかし、実のところ、その時の私もまた、そのような感じであったのだろう・・(苦笑)。

そうして残りの参加予定者はKA先生のみとなったが、CH先生はここで「ええと、顧問は「さきに進めてくれても大丈夫」とのことでしたので、皆さん飲物を注文して、あとコースも出して頂くようにしましょう。」とのことで、飲み物のオーダーを聞いてから、それを通した。

ここでも、よくあるように一杯目は車を運転する方以外は生ビールであり、私は元来、あまり酒類全般を飲まないが、一応、こうした場では出来るだけ周囲に合わせて飲むようにしている。

E先生の方は早々に一杯目のビールを飲み干していたためジョッキを下げようと取りつつ「E先生、次は何か注文しますか?」と訊ねた。すると「ああ、ちょっと焼酎があるか聞いてみて、あれば芋焼酎をロックでください。」とのことであった。すると、このやり取りを聞いていたTO先生が「E先生、ここには熊本に多い米焼酎も鹿児島に多い芋焼酎も置いてありますが、銘柄はあまり多くはありません。」とアドバイスを頂いたが、これにより彼が北隣の熊本県の御出身であることが思い出された。

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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20221104 ブログ記事の作成を継続していて思う夢や希望について・・

本日は【架空の話】の続きを作成しようと考えていましたが、日中いくつかの出来事があったことから、それらを踏まえて独白形式で記事作成を行います。また、別件ではありますが、当ブログの総投稿記事数は1870記事を越えて、現在、年内での1900記事到達を目指して、なおも続けていますが、今後はおそらく、区切りの良い2000記事までは作成することになると思われます。

2000記事への到達とは、現在の私にとっては未だに全く現実感がありませんが、2015年6月に当ブログを開始した頃から考えますと、かなり進んだとは云えます。あの当時は7年以上当ブログが継続するとは考えていませんでした。とはいえ「100記事程度で終わるだろう」とも考えておらず、思い返してみますと、300記事ほどまでは「ともかく何か書かなくては・・」と、夢中で作成していた感があります。

やがて300記事まで到達すると「あれ、1年間は続くのでは・・?」と考えるようになり、そして400、500、600、700記事そして2年間の継続へと至りました。自らの体感としては、この2016年後半から2017年にかけてが、最もブログ記事作成に脂が乗っていた時期でもあり、また当時は、以前に幾度か当ブログにて述べたことがありますが、訪問診療に注力している某医療法人に勤務していた時期であり、平日は概ね、営業のため首都圏各地の歯科医院・医療法人を訪問していました。

この営業活動は主に歯科医院を含む医療法人・医療機関からの求人情報を得ることが目的でしたが、この活動については、どうにか成功と呼べるところまでは行ったと思われます。しかしながら、この活動も中途にて断念せざるを得なくなりました。

それは、現在となってみれば、あまり大きなことではありませんが、当時としては、自分なりに足を使って積み重ねたものが全て奪い取られるような感覚があり、それなりに落ち込んでいた記憶があります。しかし、考えてみますと、私の場合、以前から博士課程での指導教員にしろ、この営業活動にしろ、当初、そこまでは乗り気でなかったことに徐々に意識を向けて集中するようになってきますと、どうしたわけか、何らかの妨害があり、そして断念せざるを得ない状況となってしまうことが多いのです・・。

そういえば、私は何をやるにつけても、どこかしらから邪魔が入ることが多かったように記憶しています。

やがて、そうした思いを抱えて、ある程度の年齢まで行きますと、その思いは、ある種の諦念となり、そして、そこを起点として行動力や活力が急速に減衰してくるのではないかと思われるのです・・。

つまり、まさに自縄自縛により、自分のこの先の人生に対して、あまり希望や夢を見出すことが出来なくなってくるのです・・。

こうした思いは実に面倒であり、むしろ新型コロナウィルス感染症に罹患し臥せっていた時の方が、そうしたことを考えなくて済んでいた感もあります・・(苦笑)。

とはいえ、そこから回復した現在の私の人生の先に、果たして夢や希望といったものはあるのでしょうか?

・・そして、そこに至って再度、当ブログが浮上するのです。つまり、現在となっては当ブログをとりあえず進めること、そしてまた、幾つかの抱えている案件を、少しづつではあれ、良い方向に向けて進めて行くことが、私にとってのある種の卑近な夢や希望であると云えますが、しかし、これらも、ある程度まで良い段階にまで至りますと、またどこかしらから邪魔が入ってきて全て破壊されてしまうのではないかといった恐れが生じるのです・・。

その意味で、2010年に、私に対して何の断りもなしで、事後のまともな対応もなく勝手に指導教員を退職に追いやった、その「国家権力」に対しては、ある種の怒りを覚え、ここでこうして文章を書いていても頭が熱を持ち始めます・・。

あれは私が何か悪かったのだろうか?いや、そこで私の非を何かしら論い責め立てる方々は、これまでの見立て通り、我が国においては、ありがちとは云えますが事大主義の**野郎であると云えます。

また、さきの「全て破壊され・・恐れが生じる」といった思いは、ある種の「負け癖」でもあると云えますが、私の場合、もとがポンコツであることから、自分の性質に合致した仕事に就いていないと、どうやら、この「負け癖」が勝手に作動してしまうようであり、現在となっては既に遅いと思われる方々もいらっしゃるかもしれませんが、これをどうにか取り除くことが出来ればと考えています・・。

人生で失敗を何度か経験しても、七転び八起きにて新たなチャレンジで成功するといった物語は、たしかに良いと思いますが、しかし、そこに、あまり現実感を見出せなくなってくるというのは、以前にも述べた新型コロナウィルス罹患後の後遺症の一つなのでしょうか?あるいは、さきに述べた活力・行動力減衰の顕われであるのでしょうか?

しかし、それでもブログ記事の作成は継続します。たとえその行為が何に結び付くかは分からなくても・・。

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年11月3日木曜日

20221103 【架空の話】を99話まで作成してきて思ったこと

おかげさまで先日の投稿により【架空の話】が99話にまで至りました。この【架空の話】は2020年4月からの「緊急事態宣言」下から作成を開始し、その後2年以上の期間と紆余曲折を経て、どうにかここまで来ました。そして、次の1話の投稿により100話となりますが、私はこれまでに、この程度まで継続する話を作成したことがありませんでしたので、素直に「我ながら、よくここまで作成することが出来たなあ・・。」と思うのですが、他方で、その先の展開についてはあまり考えていません・・。

とはいえ、これについては以前、大雑把には考えていたことがあり、あるいは精確に述べますと、現在に至り、粗い感じにて、その考えが物語として展開しているといった感があるとは云えます。

そして具体的には、現時点で実習篇と講義篇が「其の2」まで、そして【東京訪問篇】が15まで至っていますので、これらの先をそれぞれ続けて行きたいと考えています。その点、実習篇であれば、その情景を述べていけば良いのでしょうが、他方の講義篇は、現在の次の展開をどのように続けて行けば良いのか、多少考えさせられます・・。

とはいえ、どうしたものか、直近に投稿した実習篇・講義篇「其の2」のうちで、講義篇の方が明らかに伸びていました。そのため、前述のように、その続きの展開について考えさせられるのですが、これもさきの伝で、事前にそれなりに考えて、そして作成する段になったら、そうしたことを一旦キレイに忘れて、ともかく作成してみるのが、自らの経験から良いのではないかと思われました・・。

また、この【架空の話】を作成していて時折思うことは、登場人物の名前と性格の概要と、物語の中でどのような背景を持っている設定になっているかを、もう少し明らかにして、続きの物語の展開にとり上げて行きたいと考えています。そのためには一度、登場人物の整理の回を設けても良いのではないかと思われますので、これも後日また検討してみようと思います。

あるいは当初から登場人物の名前をアルファベットにせずに、ある程度具体的な名前として設定しておけば、もう少し事態は整理し易かったのかもしれませんが、これは既に後の祭りです・・。

加えて、この【架空の話】の内容は、概ねその半分以上が私の経験に基づくものではありますが、その構成や登場人物や同じく登場する組織などは、概ね架空であり、登場人物の多くには、それぞれ複数のモデルがおり、自分なりにそれらをミックスさせているつもりではありますが、お気づきになられている方もいらっしゃるかもしれません・・。

そういえば、これまでの【架空の話】は、主人公である「私」の視点にて概ね述べられておりますが、その私をKの医専大への学士編入を紹介し、さらに、現在進行している【東京訪問篇】での実務家教員選定の下準備作業にて、適切と思しきCH先生を医専大スタッフに紹介したD先生は、あまりキャラが立ってはいないですが、重要な役であり、またこのD先生のキャラクターに私が知る、複数の歯科医師の先生方が投影されていると云えます。

このD先生の設定としては、K大学の歯学部を卒業後、都内の老舗私立歯科大学に医員として入局して、また大学院生として研究を進め、やがて助教となってから数年後に都内の「私」の家の近くにて開業されたということになっており、また現在でもK大学歯学部そして、勤務していた歯科大学の双方に未だに何らかのチャンネルを持ち、その中で、たとえばK大学時代の顔見知り経由にて、K医専大の口腔保健工学科の学士編入試験の受験希望者を探して欲しいといったような依頼も来るわけです。

そして、私がそれに「引っ掛った」カタチとなり【架空の話】は展開するのですが、同時に、ここでは、実際の私に生じた、兄の死や指導教員の退職といった出来事は省きたいと考えています。そして、出来るならば、未来がある明るい話にしたいと考えていますが、他方で、こうしたことを私なりに文章での物語形式として、どうにか作成出来ている大きな原因は、この時期が、さきに述べた出来事により、強烈に記憶に残るように仕向けられたからであるとも云えるのです・・(苦笑)。

しかしまた同時に、これら二つの出来事は、ほぼ一年の間に生じたとはいえ、誰かの画策によるものではなく、偶然であると云えますので、これは誰かを恨んでも、どうにかなるものでもありません・・。

他方で、そうした経験をして、現在もそれを引き摺ってしまっている人間が、その経験をどうにか受容して浄化するための一つの方法としては【架空の話】として物語にすることが有効であるのではないかと、ここ最近は考えています。

次回に投稿予定の【架空の話】100話目は、実習篇・講義篇・【東京訪問篇】のいずれになるか未だ決めていませんが、出来ましたら、引続きどうぞよろしくお願いいたします。

そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年11月2日水曜日

20221102【架空の話】・其の99 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑮】

そうして院内見学を一通り終えた我々は、食事会会場にて再び合流ということになり、CH院長や一緒に案内をしてくださったTO先生などに御礼を述べてから院を辞した。時刻は17:00過ぎた頃であり、会食まで時間は3時間近くあった。二人してしばらく駅に向かって歩いていると、E先生が「会食までは時間がまだあるから、会場近くの喫茶店で、メールの対応や、S教授達への報告もしようと思うけど、どうかな?」と尋ねて来られた。私としては問題はないことから、その申し出を快諾したものの、東京R科大学近隣、つまり飯田橋界隈での喫茶店事情がイマイチよく分からなかったため「先生、わかりました。しかし、あのあたりの喫茶店で、それに適したお店はありますか?」と付け加えると、E先生は「そうそう、一度学部生の頃から行ってみたくて行けていなかったお店があるんだ。」とのことであり、そのお店は駅に着いてから、しばらく店に向って歩くうちに私にも理解出来た。そのお店は、JR線にて、あの界隈を通る習慣がある方々であれば、おそらく一度は興味を持たれたことのあるお店と思われる。

そのお店は皇居(江戸城)外堀にあるイタリアンレストラン兼喫茶店であり、会食場にも近く、私も以前に興味を持ったことがある。そこで最寄り駅からJR総武線に乗り、錦糸町、秋葉原、御茶ノ水も過ぎて飯田橋に着いた。ここの駅舎は割合長く工事を行っていたが、それもどうやら落ち着いた様子であった。ともあれ、早稲田通り側の出口から出て、神楽坂方面に少し歩いてから道を渡って喫茶店側に行った。

そこから喫茶店に入りはじめに思ったことは、外国人が多いということであった。こうした経験は私としては日常的とは云えないため、少し緊張していたが、その点、E先生の方はまったく臆する様子もなく、店内でスイーツとコーヒーの注文を済ませて、丁度空いていた二人掛けの屋外席に腰を下し、そしておもむろにPCを鞄、クッション・ケースから取り出し開いてから何やら作業を始められた。そして本日の出来事の概要をS教授をはじめK大学の歯科生体材料学研究室の先生方、そしてK医専大の先生方宛てに報告のメールを作成されたが、その主旨は「本日、D先生からのご紹介にて東京都**区にあるCH先生の医院を訪問させて頂きました、こちらは設備、スタッフ共に優れていると思われます。そして、そうした院内環境を構築されたCH院長に対し、K医専大口腔保健工学科の実務家教員への就任を打診してみたいと考えますが如何でしょうか?」といったものであった。これついては「これでどうかな?」とE先生から見せられており、私は「少し急いではいないでしょうか?」と訊ねてみたが、E先生の反応は「いや、この先生のところには、おそらく今後すぐに首都圏の医専大からも同様の問い合わせが来ると思うから、常時中央にはいない我々は、こうしたことは「たっちんこんめ」でやってしまった方が良いこともあるんだ・・。」とのことであった。

そしてまた、大学関連のメールを処理して一段落ついた時、E先生のスマートフォンに着信があった。見るとそれはS教授からであり、おそらく、さきにE先生が送ったメールを見ての反応であろうと思われた。E先生はすぐに応答してS教授と話を始めた。

我々が座っていた屋外席には、その他の席にもかなりお客さんがおられて、E先生が通話しているのも少し周囲に迷惑と思われたのか、私に「少し移動する」というゼスチャーを指でしてから席を立った。そして、この時気が付いたのは、我々のいる座席の周囲は半分程度が外国人であったことである。これは入店時にも思ったことではあるが、座席の様相もやはり、そのようになっているのかと、この時、あらためて認識を強くした。

ともあれ、そのように考えてみると、現在我々がいるこの環境とは、何だか外国のスパイ映画の一コマのようにも思えてきて、それはそれで面白く感じられた・・。いうなれば、我々は中央からは離れた地であるKから訪れた、ある分野の情報収集者であると同時に研究者でもあり、中央にて我々が仕入れた情報に基づいてKにある本部への問合せを行い、検討を促すといった役回りがあり、こうしたところも何だか秘密諜報機関めいていて、そして周囲の環境も前述のようなものであったことから、面白く感じられたのだろう・・。

やがてE先生が戻って来られると「今日の会食でCH先生に実務家教員の件は打診してみることになったよ・・。職階名や給与などの待遇面については、現在上で練っているとのことだから、まあ全学共通で進めて行こうと思っているんだろうねえ。まあ、そういうことだから、引き続きよろしくお願いします。」とのことで、またPCでの作業に戻ったが、それもすぐに終えたようであった。そこでしばらく、このお店についてや飯田橋界隈で知っていることの雑談をしていたら、時刻は会食開始時刻まで15分と近づいて来たため、食器類をセルフサービスの返却口に戻して店を後にした。

こちらから会食会場となる西洋料理店は徒歩にて5分ほどとのことであったが、多少早く着いていた方が良いと思い、我々はそのまま向かった。

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2022年11月1日火曜日

20221101 新型コロナウィリスに罹患後、回復しつつある味覚と嗅覚のなかで思ったこと【大地の薫りによる影響?】

先日かかった新型コロナウィルス感染症からどうにか回復し、また日常に戻ってはいますが、以前に述べた味覚と嗅覚の変化は徐々に戻って来ている感じがあります。具体的には、食事を摂っていると、突然その匂いが戻ってくるような感覚がこれまでに何度かありましたし、またそうしたことは、食物のみならず、地域の大気からも、何やらそうした「思い出すような感覚」をおぼえることがあります。

このことは、これまでに何度か当ブログにおいても述べてきましたが、私の場合、強くそうしたことを感じたのは2001年に北海道から南紀白浜へ転勤になった時のことでした。4月の南紀白浜は、翌月初旬には海開きを控え、もう既に陽光は眩しく温暖な陽気となっています。また、街の所々には温泉の湯気が立ち上り、そして海と空が何とも蒼いのです。

しかしながら、コトバでは上記のように表現しましたが、そうした情景には、あくまでも、大気の匂い、薫りのようなものが付随しており、それが我々の精神に対して何らかの作用を及ぼすのではないかと思われるのです・・。

そして、そうした精神への作用が、若いうちであれば、我々の価値観の変化に及ぶことも度々あるのではないかとも思われます。

私は首都圏にて育ちましたが、その後、さきに述べたように北海道、南紀白浜そして和歌山市、市川市、鹿児島市と住んできましたが、やはり西日本いや西南日本はじめての経験が和歌山、南紀白浜であったことは、大変大きかったように思われます。彼の地の四季を通じて変化する大気の薫りやら、目に触れる南方的な植生の樹々植物は、河東碧梧桐ではないが、本当に「木蓮が蘇鉄の側に咲く所」であり、そうした環境の中でしばらく暮らしていますと、それまでの首都圏の文化全般が最先端で正しいと半ば無意識にて考えていたことが、本当であるのか、よくわからなくなってくるのです。

おそらく、こうした感覚はしばらく住んでいると生じてくるもの思われますが、そのままの状態でしたら、やはり落ち着かないことから、苦しいものもあるのでしょうが、とはいえ、勝手ではあれ、その地域に対して、そうした思いを抱くこと自体は特に問題ではなく、むしろ、良いことであると思われます。そして、その在住の過程で、自然に、自分なりの落ち着くための言説といったものを編んでいくのではないかと思われるのです・・。

つまり、本来、人が生まれ育った場所とは異なった地域に住み、そしてその地域からの影響を受けるということは、総じて短い期間による変化ではなく、本当に漸進的なものであり、その効果とは、数日、一週間程度滞在の観光によるものとは、本質的に異なるのではないかと思われるのですが、さて、実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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