2021年11月17日水曜日

20211116 主題・テーマの払底や、文体の陳腐さを感じることなくブログを継続するためには・・

ある程度の期間、ブログ記事の作成を続けていますと、自分の文体の構築(最近、文体とは獲得すよりも、構築するものであると思うようになりました。)と同様に、記事の主題・テーマもまた大事であると思うようになりました。また、過去の投稿記事を読んでみますと、それは同一人物によるものであることから、やはり、当然と云えば当然ではあるのですが、類似した主題・テーマの記事が少なからず見出されます。

そこから、重複・近似している記事の主題・テーマが、かねてより私が興味を抱いている領域であることが理解されますが、またそれは、継続的な読書を通じて、新たな情報を入手し、さらに、新たな考えに接することにより、それ以降のブログ記事作成にも、何やら生きてくるのではないかと思われます。

とはいえ、このことは、昨日投稿の「「負の自覚」から生じる葛藤と、ブログの継続について」にて述べた「作成したブログ記事から抽出された感覚や考えを言語化することによって、より、それらの文章を作成した私自身にとって、分かり易いものになり、そしてまた、そうした記事は、相対的に多くの方々に読んで頂いていると思われるのです・・。」を抽象的に言い換えたものとも云えますが、ともあれ、ここで大事であると思われることは「読書を通じて、新たな情報や考えに接すること」であるように思われます。

つまり、たとえ、内奥に深遠な思想や該博な知識があろうとも、それらを何らかの関連に沿わせ、組合せ、文章として表現し、そして、少なくとも、それを意味が通じる文章として理解してくださる方々がいないと、その記事から生じるものは乏しくなってしまい、ひいては記事作成の継続を困難にしてしまうこともあると思われます。

こうした事情から、継続的に新たな情報や考えに接し、(自分なりに)吸収することが重要になってくると思われるのです。つまり、他者の作成した文章を、理解を伴いつつ読み進めることにより、文脈を理解しつつ文章を読む訓練が為され、そして、脳の、そうしたことを司る部位が活性化されるのではないかと思われるのですが、この活性化される部位とは、おそらく、読解力と同時に文章作成についても少なからず関与しているのではないかと思われるのです。

そこから、統計をとったわけではありませんが、ある程度の期間ブログが続いている方々は、概ね、何らかのカタチで、継続的に文章を読んでいるのではないかと思われるのです。

そうでなければ、おそらく、文章の文体などよりも先に、その主題・テーマの方が払底してしまうのではないかと思われます。

他方、日常生活での具体的な出来事などを記したブログの場合は、その必要はないのかもしれませんが、そうした場合、今度は、文体などのいわば「言い回し」の方で次第に陳腐さを感じるようになり、そして、記事作成も困難になってくるのではないかとも思われるのです・・。

つまり、文章の読解と作成を司る脳の部位を継続的、日常的に働かせ、活性化しようと試みている方が、こうしたブログの継続には好都合であると思われるのですが、こうした継続的な読書、そして、多くの場合、明確には意識していないのでしょうが、その読書に基づき自らも文章を作成している方が、さきの主題・テーマの払底や、文体の陳腐さなどもあまり感じることなく、自然なカタチにて継続することが出来るのではないかと思われます。

そして、ここで重要であると思われることは、これら行為の基礎にある能動性であると思われるのですが、これにつきましては、また別の機会に記事作成をしたいと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。














2021年11月16日火曜日

20211115 「負の自覚」から生じる葛藤と、ブログの継続について

先日「負の自覚」を主題として記事を作成しましたが、私は、この「負の自覚」とは馴染みであると云え、また、以前の投稿記事にて述べましたが、この「負の自覚」から生じる「葛藤」こそが、当ブログがこれまで(どうにか)継続出来ている要因であるとも云えます。

しかしながら、この「葛藤」は、精神衛生上良いものではなく、私としても、この「葛藤」をどうにか解消し、そして、自然なカタチにてブログ記事の作成を止めた方が良いのではないかと思うことが度々あります・・。

もちろん、どの程度の期間継続していようと、あくまでも、当ブログは私の能動的活動の発露であり、止めるのであれ、続けるのであれ、何れにしても、私にかかっていると云えるのですが、しかし、他面からこうした様相を眺めますと、ある程度の期間、ブログ記事作成を継続していますと、その過程において、これまでにはなかった感覚や考えなどが思いつくことが、これまた度々あるりますが、これら自分にとっての新たな感覚や考えとは、さきに述べた通り、決して精神衛生上良いとは云えない「負の自覚」としての葛藤がありつつもなお、私としては大変面白く、興味深いものであることから、たとえ(はぼ慢性的とも云える)スランプ気味の期間が続きつつも、どうにか当ブログを続けることが出来ているのだとも云えるのです・・。

そしてまた、この時折思い付く、新たな感覚や考えは、それまでに自分が(多くは)無意識のうちに得た感覚に、何らかの外からの刺激を契機として、粗いとはいえ言語化されたものであり、それをもとに、また新たにブログ記事を作成し、そして後日、さらに、その作成したブログ記事から抽出された感覚や考えを言語化することによって、より、それらの文章を作成した私自身にとって、分かり易いものになり、そしてまた、そうした記事は、相対的に多くの方々に読んで頂いていると思われるのです・・。

つまり、類似した趣旨のブログ記事であっても、こうした過程を経て作成された文章は、我がことで恐縮ではありますが、やはり、それなりに洗練されてくると云え、また、それにより、おそらく、読んで頂いている方々にとっても分かり易いものとなり、そして、これまた、それなりに多くの方々に読んで頂けるようになるのではないかと思われるのです・・。

これは、これまでにいくつか投稿した「 既投稿記事をいくつかまとめたもの」により、ボンヤリとではありますが、認識出来るようになったことであり、また、さらにそうした過程を経ることによって、何と云いますか、より大きな、普遍的とも云える新たな感覚や考えに達することが出来るのではないかとも思われるのですが、これは、未だ感覚としては認識出来ていませんが、これもまた徐々に分かってくるのではないかと思われるのです・・。

そして、ここで冒頭に戻りますと「負の自覚」から生じる「葛藤」によってブログ記事作成をある程度の期間継続し、その過程で自分なりの何らかの楽しみ方を見つけますと、葛藤がありつつも記事作成を継続することに慣れてくると思われるのですが、さらに、その先にあるフェーズが未だよく分からず、現時点においては足踏みしているような感覚をおぼえるのです・・。

ともあれ、こうした(プラトーとも云える)期間も大事であるようにも思われますので、適度に、あるいは多すぎると思えるほどに休みを入れつつ、この期間もどうにか当ブログを続けていきたいと思うところです。

しかし、このあたりで1年間ほど記事作成を休止して、ブログのことを一度キレイに忘れた方が良いのかもしれません・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。


















2021年11月13日土曜日

20211112 先日のツイッターでの反応を見て思ったこと

ここ数日間は記事作成を休みましたがインプットの方の読書は進み、かねてより読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は残り50頁ほどとなり、おそらく来週中には読了に至るものと思われます・・。

また、去る11月6日に、ツイッターにて「かつて、そういうこと(専門職大学の新設)を企図されていた若手の先生方から聞いた耳学問でしたが、やはり、時勢を鑑みるに現実的であるのかもしれません・・ 学科は管理栄養・言語聴覚・口腔衛生・歯科技工にて、ダブルライセンス取得も(6年制にて)可能なカリキュラムにて・・」とツイートをしましたが、こちらについては「いいね」を頂くことはありませんでしたが閲覧数の方は比較的伸びました。おそらく興味を持って頂いた方々が多かったのだと思われます。また、そこから「若手で(専門職)大学の新設など可能なのだろうか?」と思いつつツイートをご覧になった方々も少なからずいらっしゃったのではないかと思われます・・。

私もこれを聞いた当初は「何だか雲を掴むようなハナシだなあ・・」と思いましたが、他方で、医療専門職の養成を目的とした専門学校は少なからずあります。そして、それらの中で全般的に苦境にあると云えるのが、歯科技工士の養成を行う専門学校であり、私の知る限りでも、既に複数校が募集停止、閉校となっています。

その背景にあるのは、昨今のCAD/CAM加工技術の進化発展により、これまでの技工作業を経ずに、以前と同様の歯科補綴装置を容易に作成することが可能となったことから、これまでの歯科技工に関する技術体系全体が大きく変化せざるを得なくなり、さらに、そうした変化のただ中にあって、歯科技工業界は、労働と、その全体的な経済(給与)条件のキビしさで知られていることから、その「なり手」が継続的に減少し、そして、さきに述べた「複数専門学校の募集停止、閉校」といった事態に至っていると云えます・・。

しかしながら、如上のような状態であっても、歯科医療に付随する歯科技工自体はなくならないことから、さきのツイートで述べたように、若手の先生方が協力し、閉校予定の歯科技工専門学校を買い取り、これからの歯科技工において一般化するであろう諸技術への対応を可能にする講義・実習をしようと考えるのは、そこまで大きなことではなく、また、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

そしてまた、近年、専門職大学という新たな種類、枠組みの高等教育機関が設置されることを知りますと「自らが関与する専門学校を専門職大学に改組出来るのであれば試みよう。」と考えることもまた、特に不思議はなく、そしてまた、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

こうした背景がありますと、おそらく、さきに述べました「若手による専門職大学の設置」も、現実的にありうる一つの流れであると、ご理解頂けるのではないかと思われます。

また、専門学校であれ専門職大学であれ、医療系などによくある国家資格の取得を目的とする、いわば「養成機関」とは、資格の職といった実社会との密接なつながりがあることから、その資格職での知識・技能を担保するために教育カリキュラム、養成課程はカッチリと組み立てられています。

そこから、既存養成機関の運営に携わり、そして新規諸技術に対応できるような教育カリキュラムを模索検討し、順次そちらに切り替えていくことは、少なくとも、今後の歯科技工士養成において必要となる過程であることから、速やかに、そうしたモデルとなる医療介護系の資格取得を目指した養成機関(専門職大学)を(取り急ぎ)設置するのが良いと思われます・・。

ともあれ、こうした経緯を知って思うことは、医療分野の先生方の多くは、医療を通じ実社会と密接に関与しており、そこから医療の受益者そして、その未来の様相を考えると「自らで大学を設置した方が良いのでは?」と考えることも、そこまで突拍子もないなことではなく、さらに、たしかに彼等には、そうした行動力や活性のようなものがあると思われます。

もちろん、そこには経済事情といったものも少なからずあるのでしょうが、そうであっても、こうした発想力や行動力は、自分にはないものと云えますので、今後の展開は楽しみであり、是非、いくつかは成就して頂きたいと願うばかりです。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。









2021年11月9日火曜日

20211108 「負の自覚」を持つ意味と変化について・・

ここ最近は投稿記事数のことを考えずにブログ記事の作成を行ってきましたが、つい先ほど、投稿記事数を確認したところ当作成記事の投稿により、それが1650に到達することに気が付きました。これは、あと50記事の投稿により、当面の目標としている1700記事に到達することを意味し、また、ほぼ毎日記事投稿を続けますと、年内のうちに1700記事到達への到達の目途も立つとも云えますが、しかし、それは現在の私にとっては多少難しいように思われ、現実的であると思われるのは、来年1月前半での到達と云えます。

さて、一昨日投稿の記事も、投稿後二日としては比較的多くの方々に読んで頂きましたが、これまでに述べた私の南紀、和歌山での経験の大本には、当初、首都圏から出たくないにもかかわらず赴任することになった北海道札幌から2年後、今度も首都圏に戻りたかったにもかかわらず、南紀白浜への転勤となった(なってしまった)という背景、経緯があります。

現在であれば、それはそれで「悪くはなかったのでは・・」と思われるのですが、当時の私としては、特にはじめの頃はなかなか辛く感じられ、日々、望郷の念を募らせていました。また他方で、以前の投稿記事にて述べたように、これまでに経験したことのない、当地の特徴的な何とも温暖な自然風土から、その歴史や文化などに関心を持つことにより、さきの「募る望郷の念」から徐々に解放され、そして、より「そこでの生活を楽しもう」と、それまでのことを肯定的に捉えるようになっていったのだと云えます・・。

もとより、こうした内面での変化の様相は、自分がその真っ只中にいる時では、あまり判然としないのでしょうが、しかし、それは当時の「願望に基づく計画」からは明らかに反するものであり、あるいは若い頃こそが、こうした、望まない居住地の移動などの経験をしても、あまりひずみを残さず、将来の自分に資するよう、柔軟に対応することが出来るのではないかとも思われるのです・・。

そして、まさしく、この過程にこそ、つまり、自分の生き方が当初の願望、計画に沿わないと思われる期間が続いていても、その周囲には、現実の世界があり、その中にある「何か」に興味を持つことにより、それを基点として、自分自身を変えていくことが可能となり、また、そうした変化の過程を通じて、その人なりに賢くなっていくのではないかと思われますが、ここでとても大事であると思われることは「当初の願望、計画に沿っていない」という、何と云いますか「負の自覚」であるように思われます。

こちらにつきましては、また後日、あらためて記事を作成したいと思います・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。









2021年11月7日日曜日

20211106 頂いたご連絡から、紀州 和歌山の食文化について・・

おかげさまで、一昨日の投稿記事も、比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆さまどうもありがとうございます。しかし他方で、こちらの閲覧者数は、それ以前に投稿した数記事と比べますと、投稿後2日目としては、わずかに少なくもありました。これは、一昨日の投稿記事では、自分の実体験のようなものはあまり書かずに、全体を通じて多少観念的であったからではないかとも思われましたが、また同時に、当記事にて述べていたことと類似することを以前投稿した記事にて述べ、また、そこでは比較的多くの方々に閲覧して頂いていたことから、あるいはツイッターとの連動以前と以後では、当ブログを見てくださっている方々が変わったのではないかとも思われました。

以前にも述べたことがありましたが、当ブログはツイッターとの連携により、閲覧してくださっている方々が具体的存在として分かるようになり、あるいは何かしらの反応を頂くことも度々あり、こうしたことは、作成記事に対しての反応が薄いなかで6年以上ブログを続けてきた私にとっては、驚くべきことであり、また、そうしたことから生じるプレッシャーによりスランプとなり、そこから多少、記事作成が困難になっていた時期があり、そしてまた現在も、多少は自分のペースを取り戻しつつあるように感じられますが、とはいえども、そうした「見られること」によって生じるプレッシャーをおぼえつつ毎回の記事作成を行っていると云えます・・。

さて、そうしたなか、つい先日、人文系の師匠よりご連絡を頂きました。こちらは在和歌山時代の師匠であり、修了の後も色々とお世話になっておりますが、とりわけ、これまでの当ブログ全体の文脈から考えてみますと、紀州 和歌山の食文化に関しては、おそらく、こちらの師匠に並ぶ方はあまりいらっしゃらないのではないかと思われます。また、そのような方であるからこそ、大学にて教鞭を執られていたのだとも云えますが、そこからも分かるように、私が当ブログにて述べた紀州 和歌山の食文化に関しての記事の元ネタの多くは、こちらの師匠からご教示を受けたものであり、それらに自分なりの解釈、見解等を加えたものが一連の当ブログにて述べていることであると云えます。

とはいえ、私の紀州 和歌山の食文化に対しての興味の淵源とは何であったのかと、もう少し検討してみますと、それはかつて、南紀白浜にて勤務していた業種がホテルであり、食べ物に関係していたことであると思われました。

勤務していたホテルは、おそらく現在もそうであると思われますが、その料理にて少し名前が知られており、私もまた、何度か、その料理を食べる機会がありましたが、たしかに、とても美味しかったと云えます。

そして、こうした経験からさらに遡り、個人の記憶ではないところをあたりますと、あまり周知されていないことであるかもしれませんが、紀州 和歌山は、和食に欠かせない醤油や鰹節の発祥地とされており、さらに、これまた、日常的な和食に欠かせない食品の一つと云える梅干しの生産量もダントツの一位であることから、さらに別の視座からは、紀州 熊野本宮大社の主祭神とされる家都御子神または家都美御子神(けつみ(み)このかみ)は実は出雲系の神である素戔嗚尊であり、また、この神は、木の国だけに樹木の神であると同時に穀物の神でもあり、そこから食の神とされていたことなどから、紀州 和歌山と我が国の古くからの食文化との繋がりを見出すことが出来るのではないかと思われますが、しかし、こうしたことを書いていて、そして、さきの師匠を思い出しますと、多少書き進める勢いが落ちてくることに気が付くのです・・。

とはいえ、それは特に恥ずべきことではなく、また、こうしたブログなどを通じて紀州 和歌山の食文化に興味を持って頂ける方々が少しでも増えましたら、それはそれで私としては僥倖であり、また師匠にとりましても、そこまで悪いことではないようにも思われます。

また、この紀州 和歌山の文化や歴史については、今後も機会を見つけて記事を作成していきたいと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。












2021年11月5日金曜日

20211104 書籍を読み進める中で思ったこと「傾向や特徴」

おかげさまで、去る11月1日の投稿記事もまた、投稿後3、4日としては多くの方々に読んで頂きました。そして、ここ数日は新規の記事作成は行いませんでしたが、読書の方は順調に進み、先日来より読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は300頁近くにまで至りました。こちらは、ここ最近で読んだ著作の中では、かなり興味深く、また印象的であると云えます。

ここまで読み進み、今更ながらの感はありますが、当著作は、これまでに読んだユヴァル・ノア・ハラリによる「サピエンス全史」や、ジャレド・ダイアモンドによる「銃・病原菌・鉄」などのテーマとも、相通じるものがあるように思われました。

それは、人類の歴史全体の中から抽出された、何かしらの傾向や特徴などを、具体体を示しつつ、比較などをしながら論じていくといった「スタイル」のことであり、私見になりますが、こうした「スタイル」による著作は、著者独自の「特徴」のようなものが如実に顕われることから、類似する要素もまた、それぞれ著者で互いにありつつも、他方で、それらの特徴が強く出ており、著作全体としては、あまり類似性は感じられないのかもしれません・・。くわえて、それらは、日本語にしますと「史観」と称するには、それぞれ具体例が多く示されており、全体としての抽象度は浅いように思われるのですが、しかし、この段階こそが歴史を学ぶ上で最も重要なところであるように思われます。

つまり、それは実験で云うところの、標準偏差を下げるために、分析試料のNを増やすことであり、あるいはまた、帰納法による推論の精度を上げるために、新たな事実を記録として積み重ねることであると云えます・・。

そして、この「積み重ね」の段階を経る、継続することにより、以前、当ブログにて扱った柳田國男の云う「国民の予言力の培養」もまた為されていくのではないかとも思われるのです・・。

さらに、それは歴史の進展において、少なからず意味を持つものであると思われるにも関わらず、これまで、こうした視座から歴史の重要性があまり説かれてこなかったこと、あるいは説かれたとしても、そうしたことが速やかに形式化、形骸化してしまうことは、やはり我が国全体としての何かしらの特徴を示すものであるように思われるのです・・。

そして、そうした特徴が何に由来しているのか、また、何時の時代に始まったのかなどと考えてみますと、どうしたものか、今度は加藤周一による「日本文学史序説」という以前に読んだ著作が思い起こされるわけですが、当著作は博士課程の修了後にはじめて読んだ、ある程度文量がある人文系著作であり、また、一連の当ブログにも複数の引用記事があることから、2013年後半あたりから2016年にかけて継続的に機を見て読み続けていたようです。

その意味で、さきの「ウンベルト・エーコの世界文明講義」もまた、未だ読み進めている途中ではありますが、後日、そうした著作になるものと思われます・・。

そして後日、こうした人類史から抽出された傾向や特徴などについて扱った著作を集中的に再読してみますと、また何か面白い発見があるようにも思われるところです・・。

最後に、つい先日「ウンベルト・エーコの世界文明講義」を読んでいて驚いたことは、著者のウンベルト・エーコは、谷崎潤一郎による「鍵」を読んでいたことです・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。



順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。










2021年11月2日火曜日

20211101 南紀での興味関心の変化の経緯について・・

おかげさまで、一昨日投稿の記事もまた、比較的多くの方々に読んで頂けました。当記事にて述べたことは、記憶に残っていることであり、現在においても、その記憶を思い返してみますと、当時、五感にて感じていた感覚もまた思い出され、特に「大気のかおり」のようなものはそれぞれ地域によって異なるため、まさしく特徴的であると云えます・・。

そして、その中でも特に強く印象に残っているのは南紀白浜の「それ」であり、その勤務地は白良浜のすぐ近くであり、また、住んでいたアパートは自転車を5分も走らせずに、海の近くに辿り着けるような場所に立地し、住んでいると次第に分からなくなっていくのでしょうが、そこでは、始終、大気に少し潮のかおりが混ざっていたのではないかと思われます。そして、これに当地で幾つか湧き出ている温泉のかおりが加わって、この土地の大気の特徴的な部分の多くは形成されているものと思われます。

また、それは同じ温泉地であり、それまでにいくらか馴染みがあった静岡県伊東市の城ヶ崎海岸あたりの大気にも近いものもありましたが、やはり異なり、何といいますか、南紀白浜の方がより南方的であり、あるいは当初、そこでの雨の降り方には、それまで経験のない、何やら異国的な感じを受けたことが思い出されます。

しかしまた、この地域は、大都市圏からははなれているにも関わらず、かなり昔から人が住んでおり、仕事のためもあり、近隣の名所旧跡などを休日を利用して訪れていましたが、それを通じて南方熊楠が名前だけ知っている偉人ではなくなり、また、勤務地からすぐの神社の境内には、古墳時代後期を特徴付ける横穴式石室の構造を持ち、玄門が開口して、内部石室には、板石による組み合わせ式石棺が置かれている火雨塚古墳があり、これを初めて見た時は何やら衝撃的でした。つまり、それまで首都圏、札幌といった都市部に住んでおり、そのなかでは、日常生活の中で、いわゆる「大昔のお墓」といったものが身近に存在しなかったからであると思われますが、ともあれ、そうした具体的な存在を通じて何かしらの感覚をおぼえ、そして、そこを基点として徐々に深まって行ったのであると思われますが、その際にまた、他の「大昔」の要素、ここ南紀では弥生時代の青銅製祭器である銅鐸などにも関心を持つようになり、そして、そこからさらに、古墳時代の説話も収録され、また紀伊国を舞台とした説話が多く収録された「日本霊異記」などにも関心を持つようになるわけですが、このような進展の具合は、文章にしてみますと、この通りではあるのですが、しかし、それはかなり遅いものであり、また、その意味においては、南紀在住時にアマゾンにて書籍を購入することが出来るような環境が成立していたことはありがたいことであったと云えます。もちろん、白浜町のすぐ隣にある田辺市は、古くから栄え、そこには立派な書店がいくつかありましたが、そうであっても、アマゾンのすごいところは、自宅を出ずに不図思い立った時に書籍を購入出来るようになったことであり、これは他のネットショッピングサイトにおいても同様であるかもしれませんが、やはり、たしかにスゴイことであり、また、地方都市の商店街などの多くは、こうしたネットショッピングサイトと郊外型の大型ショッピングモールの出現により、それまで保持していたシェアが大きく減ったものと思われます・・。

ともあれ、こうした環境のなかで漸進的にではあれ、何やら感覚が変わって行った私に、さきの投稿記事にて述べた時折届く師匠からのいわば「都会の文物」は、良い刺激あるいは何かしらのフックになっていたのだと云えます。つまり、そこから「今、ここからは出ることが出来ないが、この現在住んでいる場所のことを、これまでにまで読んで来た書籍での視座を用いて眺めてみると何だかオリジナリティーがあって面白いのかもしれない・・。」と、ハッキリ思ったのか分かりませんが、結局、そのような流れとなりました・・。

つまり、それまでに愛好していた(つもりの)ヨーロッパ的な文化全般から日本土着のものに興味関心の対象が変化していったということです・・。また、過日の投稿記事にて述べましたが、私は南紀白浜在住以前には、考古学や我が国の古代史等に興味関心を持ったことはなく、まさに空白の分野でしたが、これが面白くなってきますと、さらにエスカレートして、書籍によって記載があったりなかったりする古墳を、あまり整備などされていない野山にて足で見つけた時などは、あのハリウッド名作映画の遺跡発見シーンでのBGMが脳内を流れ、また、それなりに充実感も得られましたが、しかし、考えてみますと、ここ最近は我が国の古代史関連、就中古墳に関しての書籍を進んで読んだという記憶がなく、以前と比べますと、明らかに興味が減退していると云えます・・。

これについては、実は以前から少し気にしていたことでもあり、近いうちにまた、その興味を甦らすためにも、実地に訪問する必要があるのではないかと思われるところです。

そういえば、先日、渋谷の東急ハンズを訪れた際、たしか1階に古墳をキャラクターとした商品を特集したコーナーがありましたが、私の場合、あのキーホール様(前方後円)の墳形などにはあまり興味はなく、むしろ、その玄室の構造あるいはその壁面の装飾などの方に興味があり、そちらの方が人の手の痕跡、すなわち「精神の顕われ」をより高倍率にて観察することが出来るように思われるのです・・。

どこか、近くに古墳がたくさんある西日本の大学さまにて、月に何度か訪問して、その大学さまの特徴的な取組みを取材して記事を作成するようなパートの職があれば良いと思うのですが、そうしたことにつきましては、また後日、検討してみたいと考えています・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。