2019年1月7日月曜日

20190107 先日の陸奥宗光著『古今浪人の勢力』に関連した記述の抜粋引用

おかげさまで昨日投稿分の記事は、ここ最近では珍しいほど多くの方々に読んで頂けました。これを読んで頂いた皆さまどうもありがとうございます。また、その記事にて挙げた『競争的退行』というコトバは、かねてより組織内部での競争が盛んである我が国においては、国の全体的な勢力が退潮気味である現在では、より多く、一般的な現象としてさまざまな組織にて見出すことが出来るのではないかとも思われます。

また、先日抜粋引用した陸奥宗光著 中央公論社刊『蹇々録』収録 論説『古今浪人の勢力』もまた、多くの方々に読んで頂いていたことから、本日は、これに関連すると思しき記述を以下に抜粋引用してみようと思います。


『ちかごろよく取り上げられるようになりましたが、中江兆民の『三酔人経綸問答』という書物が明治二十年に出ております。そこには「洋学紳士」と「豪傑君」と「南海先生」という三人物が登場し、南海先生の家に集まって徹夜で飲みながら国家を論じます。彼等のイデオロギーはそれぞれ違い、しばしば全く正反対になります。結局大議論の末に明け方になって別れるというのが筋書きです。大ざっぱにいうと「洋学紳士」はラディカルな民主主義と、軍備全廃の絶対平和主義を代表し、「豪傑君」は洋学紳士に真向から反対して、権力政治の立場から大陸に対する軍事的進出の方向に進路を見出し、「南海先生」は二人の議論を調整しながらイギリス流の立憲政治と、穏和なナショナル・インタレストの結論に落ち着きます。結局、三人は立場を譲らぬまま別れるのですが、彼等の議論を通じて兆民は当時の日本が選択を迫られていた主要なイッシュ―の見事な鳥瞰図を描いております。が、私がこの書物をここで挙げたわけはそういう内容ではなくて、むしろこの書物の結尾にあります。「二客、竟に復た来らず。」或は云ふ、洋学紳士は去りて北米に遊び、豪傑の客は上海に遊べり、と。而して南海先生は依然として唯、酒を飲むのみ。」これが終わりであります。この結末は、恐らく兆民が意識して以上に近代日本の知識人がその後歩んだ道程を象徴しているように思うのです。つまり明治二十年頃には、まだこういうちがったイデオロギーの持主が集って徹夜で議論するような精神的空気が実際にあった。しかもこの三人の主人公はこの夜を最後として再び会うことがなかったというのです。ではこの三人の「その後」はどうなったのでしょうか。「洋学紳士」のその後のコースは一つは「末は博士か大臣か」と謡われた出世街道を歩んだ入々であり、もう一つはクリスチャンと社会主義者です。もちろん大多数は前者に属し、しかもその中には、明治初期には急進的自由主義者であった人も含まれます。さて、第二の「豪傑君」はその後、中国の上海に遊びます。洋学紳士と同じく海外に赴くわけですが、中国・東南アジア・インドなどに行くのは、洋学紳士の場合とちがって「洋行」とは通常いわれません。したがって、「豪傑君」の人生行路は当然「洋学紳士」と対蹠的であると推定できるでしょう。「上海」という豪傑君の行先は、維新後の一連の叛乱から自由民権運動の急進化の時代までひきつづいた国内の動乱状況に住みなれたために、不断の混沌(ケイオス)の渦中にしかl精神の慰めを覚えないような習性を身につけたーつまり古来の伝統的表現を用いれば「性、乱を好む」-行動的知識人がいわゆる「大陸浪人」に転身して行った過程を暗示しております。彼等は日本の国家および社会体制が急速に整備されて行く状況にうんざりし、幻滅したあげく、そのロマンティックな野望の舞台を中国大陸に求めたわけです。そこでは清朝の帝国の末期症状がまさに果て知れない混沌を惹起しておりました。この「大陸浪人」はのちのラディカルな右翼ナショナリストの原型ですが、明治時代において彼等に一律に「右翼」のレッテルをはるのは早すぎます。西欧帝国主義のアジア浸蝕にたいする彼等の悲憤の叫び、西欧の圧力にたいしてアジア諸国の連帯による抵抗を呼びかける彼らのファンファーレは、実にフランスおよびアメリカ革命の思想で武装していた自由民権運動の系譜のなかにもこだましていました。したがって、ある時期までの現実政治の配置のなかでは、「洋学紳士」と「豪傑君」とが、明治寡頭政府にたいする闘争において、お互いを意外に近い距離に見出した、ということも十分ありえたのです。そうして「洋学紳士」が制度的知識人と在野反対派に分裂してゆくのに対して、「豪傑君」→「大陸浪人」への系列も、やがて日本の挑戦および中国大陸への帝国主義的膨張とともに、一方では、政府・軍部の片腕あるいは下請けとして(密偵!)行動するグループと、他方ではアジア主義をラディカルに貫徹して異端の右翼という運命を辿る人々(たとえば大川周明・北一輝ら)との二方向に分裂しました。』

なかなか興味深い記述であると思われるのですが、さて如何でしょうか?

そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 

2019年1月3日木曜日

20190103 1160記事の到達および昨日の投稿記事に関連して

昨日の記事投稿により、総投稿記事数が1160に到達しました。これは特に区切りが良い数値ではありませんが、これにより、あと40記事の投稿にて当面の目標である1200記事に到達することが出来ますので、ともかく一つのマイル・ストーンであるとは云えます・・。

さて、1日1記事の投稿として、本日より40日後と考えてみますと、来月2月半ば頃になりますが、ある程度の余裕を見込んで2月中に1200記事に到達出来れば良いとします。ともあれ、そこまで問題なく記事作成を続けることが出来るかどうかも未だ分かりませんが、とりあえずこうして『書けるうちは書き続ける』といったスタンスを自然に保持することが重要であるものと考えます。

また、昨日の投稿記事のように時には書籍からの抜粋引用を行うことも、記事作成の刺激になり良いと考えます。また、こうした記事の投稿により、抜粋引用した著作に興味を持って頂ける方が少しでもいましたら、それはそれで意味があるように思います。

そういえば、昨日抜粋引用部を記事として投稿した中央公論社刊(中公クラシックス)陸奥宗光著『蹇々録』ですが、この著作は岩波文庫からも刊行されていますが、岩波文庫版には抜粋引用部の論説は収録されておらず、その意味で中公クラシック版の方は、多少値が張りますが、装丁の大きさも適当であり、いくらか読み易くなっているのではないかと思います。

くわえて、その表題である『古今浪人の勢力』の内容からもまた、極めて重要な時期の外務大臣を務めた、いわば政府側の要人であるにも関わらず、反政府的な政治スタンスを常態とする浪人勢力の更なる伸長、そしてその勝利をも予言し文章を結んでいるところから、この一見現存する写真からはノーブルにも見える政府要人は、維新回天期そして、その後のめまぐるしく変化する社会の中をかいくぐり生き抜いてきたことが分かるものと考えます・・。

ともあれ、ハナシは戻り、この中公クラシックスですが、先日立ち寄った書店においても少なからず置いてあり、また神田神保町の三省堂では中公クラシックスにて一つの書棚がほぼ埋まっていましたので、その全貌は分かりませんが、このシリーズからは、かなり多くの著作が刊行されていると云えます。

さて、そうした中で、先日の書店にて見つけたのは同シリーズの小泉信三著『共産主義批判の常識』という著作であり、ざっと立ち読みしてみましたが、以前読んだ講談社刊 同著者による『平生の心がけ』とも被る部分があるように思われましたが、全体的に興味深い内容であり、後日機会を見つけて読んでみようと思います。

また、ここまで書いていて不図思い出したことは、さきに述べた陸奥宗光も、そして小泉信三も出自が紀伊国、紀州藩であるということです・・。こうしたことにあまり文脈的な関連性はないのかもしれませんが、文章を作成している自身としては、なかなか面白い現象であるように思えます・・。くわえて、多少、蛇足の気味もありますが、現在の和歌山の状況をお二方が見た場合、一体どのような感想を持つのであろうかということもなかなか興味深いと云えます・・。

ちなみに幕末期、陸奥宗光はその兄貴分であった坂本竜馬および陸援隊長であった中岡慎太郎の暗殺の真犯人を、いろは丸沈没事件にて揉めた相手であり、陸奥宗光の出自でもある紀州藩の三浦休太郎等であると考え、海援隊・陸援隊士等で襲撃を実行しています。【天満屋事件】

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前から現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 




20180102 陸奥宗光著 中央公論社刊『蹇々録』収録 論説『古今浪人の勢力』より抜粋引用pp.329‐333

論説『古今浪人の勢力』より
『元亀、天正のころ、諸侯八方に割拠してその雄を争うのあまり、いわゆる譜代恩顧のみにてはその勢力の不足を感じたるにや、いやしくも一技一能ある浪人あれば互いに争うてこれを招致、網羅するの風習を生じたれば、一筋の長槍と一片の感状とを有するものあればすべて群豪、諸侯の間に歴任してその功名心を満足せしむるを得、かつ、いやしくもその志を得ざれば朝に黒田の家を去りて夕に加藤に仕え、関東に方人して思うがごとくならざれば大阪に籠城する等、その進退実に自由にして毫も拘束を受くることあらざりしがゆえに、したがってこの時代において利器を抱きてその位を得ずという一種の不平党ははなはだ稀なりしがごとし。慶長偃武ののち、徳川治世十五代の間は、世は既に太平の運に向かい、将軍も諸侯もただ自己の逸楽に耽るのほか、またいわゆる一技一能ある士を用ゆるを要せず、これに加うるに幕府、諸侯もすでに多くの常職あり常禄あるの士族を蓄養し居ることなれば、別に新たに有為の浪人者流を満足せしむるだけの余地を有せず。ここにおいてか所在文武の技能ある浪人の徒は何方にいたるもその位を得ずその志を達せず、沈鬱憤怨のあまりついに一種の不平党とならざるを得ずして、結局或は腕力をもって社会を動乱せんとし或は議論をもって政弊を痛斥し、時の政府を困却せしめたる例、はなはだ少なからず。すなわちかの天草の乱を始めとして由井、丸橋の徒、もしくは山県、藤井の輩、その他大塩平八郎の類のごとき、その志望おのおの自ら相同じからざるものあれども、いずれも有為の才を抱きてその位を得ざるよりも激してもってここに至りたるものなるはまた疑うべからざるものあるなり。

 ゆえに徳川幕府二百五十年間の政治は、大体、智勇弁力を具うる浪人の安排法を工夫せるものに過ぎずというも過言にあらざるなり。今この二百五十年の歴史を三分すれば、初めの一百年は元亀、天正の余勢に乗ずる浪人鎮圧の時代にして、次の一百年はこの浪人が文学、経書に身を託し腰を屈して威勢ある官吏に阿付しもって時勢に同化せんと試みたる時代なり。試みに御家騒動なるものを見よ、多くは志を得ずんば浪人となるべく性格ある者が腰を屈して搦手より官途に就きて生じたるものなるを見るを得べし。而して次の五十年は一旦腰を屈して時勢に同化せんとしたる浪人が、同化はとうていその功名、栄誉を遂ぐるの道にあらざるを覚り、局面を打破して時務を一変しもって風雲に乗ぜんとしたる時代ともいうべきか。而して第三期に現出したる浪人こそもっとも恐るべき腕力、議論兼帯の浪人なりしが、徳川幕府も最初の間こそその慣手段なる政権をもってこれら浪人に対してしきりに圧制、酷刑をもってその種子を絶滅せんとしたれども、のちには到底これを全滅するの至難なるを悟り、その浪人中やや馴致し易き者をば誘惑買収し、もってその不平を慰めんとしたり(壬生浪人、新撰組のごときものすなわちその一例なり)。然れどもいずれもその政策を貫く能わずして徳川政府はついに滅亡するを免れざりしなり。右の由来なれば、尊攘党の本山とし維新功臣の最第一等を占むる薩長両藩はその実、右の不平浪人に多少の糧米を与え、ときとして罪人逃遁の隠れ家を与えたる浪人尻押者たりしに過ぎざりしのみ。ゆえに徳川政府は不平浪人と戦うたるために敗れ、薩長両藩は不平浪人に味方したるために勝てりというも、またはなはだ失当の言にあらざるべし。

 もちろん皇政維新の初めにあたり、不平浪人の尻押者たる薩長両藩は無比の功臣として顕揚せられ、したがって政治上最大の権力を有するに至れるは明白の事実なり。然れども島津家も毛利家もこの際徳川氏に代わりて征夷大将軍となり、天下の大権を掌握せんというまでに野心を起こし得ざりしものは何故なるかといえば、当時内外の情勢ははなはだ不利なるものありしならんなれども、この両藩主ともに自己の実才、実力ありし尊氏、信長、秀吉、家康のごとく善悪邪正にかかわらず自己の力をもって自己の主張を実行したるにあらずして、畢竟部下もしくは他の浪人らが主張するところに付随し、ようやくその功を奏したるにほかならざれば、切にいえば天下は浪人の天下にして始めより薩長の天下たるを許さざりしによれりというべし。


 かくて尊攘党てふ(という)不平浪人者流の巨魁にして、維新以前にその一身をもって自家の主張の犠牲として非命に倒れたるものその数はなはだ多かりしといえども、維新の際なお引き続き生存したる輩もまた少なからず。すなわち薩の西郷、大久保、長の木戸、広沢という不平党の巨魁および各藩各地に散在したる同輩のごときは、いずれもいわゆる維新の隆運に乗じ、今はみな顕要の権勢を占め、ここにおいてはじめて積年の所志を達し、その劣等なる不平連もその材に従いその分に応じ相当の位置を得るに至りたれば、当時しばらくの間は浪人輩が不平を鳴らすの声も聞こえざりし。然れどもいずれの時代においても天下の不平党を絶滅する能わず。かつ人類の常情として、此に一の不平消滅するとほとんど同時に彼に一の不平を現出するものあるに加えて、薩長一列の不平党がようやく自らその志を得るに至るや、往々放恣専横のことを行い、あたかも昔日彼らが徳川幕府を攻撃したるがごとき咎責を自ら招くに至り、世間再び一種の不平党を生じたるは数の免れざるところなるべし。而してその不平党は、第一に彼らの仲間内より起こりたるこそおかしけれ。その著大なるものを挙ぐれば肥後に神風連あり、佐賀に江藤の党あり、長門に前原一誠の徒あり、最後にかつて尊王攘夷という看板を掲げたる不平党の大本尊たりし西郷隆盛は薩肥の子弟を統率して九州地方を擾乱せしことほとんど十閲月の久しきにおよびたり。而してこれらの不平党はいずれも腕力をもって政府に抗敵したれども、幸いにその時の政府は優勢の兵力をもってこれらを剿滅することを得たり。

 しかるに明治六年のころ、かの征韓論にて当時の征韓論にて当時の内閣の分裂するや、板垣らが唱起したる民選議院論は腕力以外に一種の議論を有する不平党を招集して政府に反抗せんとするに至れり。この新不平党を組織したる分子は醇駁雑多にして、その立論ははなはだ浅薄たるを免れざりしといえども、要するにその主張するところの自由民権の説によりて専制政治を改革し、もって立憲政府を設立せんと欲するにあり。その内幕よりいえば彼らは自由民権説を仮り薩長政府を顛覆せんと欲するものなることは、薩長政府の元老輩が尊王攘夷論をもって徳川政府を攻撃したるとその揆を異にせざるべし。しかるに人心は古今相同じきものにして、かつて徳川政府の虐遇を受けし薩長政府の元老は、かつて己れらが徳川政府より受けたる圧制政略を施してこれら自由民権の不平党を撲滅せんとし、種々苛察の政策を断行したるこそ不思議の極みなり。すなわち明治十年後、政府が西南叛乱鎮定の余威を仮り自由民権家を窘迫するや、当時各種の国事犯者が鉄窓の下に呻吟せし者その数はなはだ少なからざりしがごときがその一例というべし。然れどもかつて西郷輩に属せる腕力不平党を撲滅し得たる政府も、今や板垣輩に属する議論の不平党を征伐し能わざりしは時勢の力はなはだ大なるを知るべし。しかのみならず開拓使官有物払い下げの一件より、当時政府内の一骨子たる大隈をして朝を去り野に出てさらに一種の新不平党を集合せしむるに至れり。』

陸奥宗光著 中央公論社刊『蹇々録』pp.329‐333より抜粋引用
ISBN-10: 412160153X
ISBN-13: 978-4121601537



数年前から現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑どうぞよろしくお願いいたします! 


2019年1月2日水曜日

20190101 新年あけましておめでとうございます。【今年は少しインプットに重点を・・】

新年あけましておめでとうございます。さて、昨年内での当ブログ投稿記事数は305であり、大よそ10日のうち8日は記事を更新してきたことになります。昨年はそれ以前に比べ、1000記事という目標への達成があったことから比較的記事作成を休んでいた記憶がありましたが、それでもこうした記事更新頻度であったことには多少驚きました。

また、もしも今年もほぼ毎日記事の更新を行った場合、年末には1500記事程度まで到達することが出来る目算が立ちますが、さすがにそのスケジュールではキツイように思われます。今後、1200記事への到達後、当ブログを継続するとしても、年内に1400記事程度まで到達出来れば良いと思います。また、自分にとって記事作成がほぼ毎日の日課となっていることは、おそらく決して悪いことではないとは考えますが、今後はもう少しインプットの方に重点を置きつつ記事作成を続けて行きたいと考えています。そして、そうした状態にて1200記事まで到達した場合、今後更に継続するか否かに対しても自然な返答が出るのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、昨年末に、当ブログ記事が既知ではない専門の方から評価されたことは画期的なことであると云え、自身はその分野にて身を立て、食べて行こうとは思わないにしても、何かしら、こうした活動を継続する意味を多少は見出すことが出来たようにも感じられます・・。しかし、そもそも、当ブログをはじめた主な原因は周囲からの勧めと自身の内心での葛藤が合致したからであり、さらに、その主な駆動力となったものは、以前にも述べましたが2012~2013年春迄の一連の出来事であり、就中、2013年2月初旬の出来事は未だ現在どのような意味であったのか分からずにいます・・(苦笑)。

さて、さきに『インプットに重点を置きつつ』と述べましたが、このインプットに関してですが、つい先日BBCとHBOが共同制作したテレビドラマである『ROME』DVD全巻セットを中古にて購入し観ていますが、これはかなり面白いと思います。ちなみに、この全巻セットは鹿児島在住時にも普及版を購入していましたが、これは当時無聊を託つていた師匠のもとに他の書籍と共にお送りした記憶があります。後日、師匠にお目に掛かった際の会話にて、この作品内容についてのご質問がありましたので観て頂けたことが分かりました。また、この作品と共に、塩野七生著『ローマ人の物語』【特に3~5巻】あるいはトム・ホランド著『ルビコン―共和政ローマ崩壊への物語』、ロバート・グレーヴス著『この私、クラウディウス』、ウィリアム・シェイクスピア著『ユリウス・カエサル』・『アントニーとクレオパトラ』そしてユリウス・カエサル著『ガリア戦記』・『内乱記』あたりを併せて読みますと、ある程度、時代背景への理解は深まると思われます。

くわえて、このテレビドラマ『ROME』は作中にて使われている英語も比較的聞き易いことから、英語字幕として観るのもまた勉強になり良いと思いますので、興味のある方は試してみてください。

また、それとはあまり関係ありませんが、我が国の大河ドラマにて、是非、西南戦争以後のさまざまな思想を持つ若者たちの動向を中江兆民著の『三酔人経綸問答』、石光真清著・石光真人編『石光真清の手記』あたりの視点をベースとした大河ドラマとすれば、それはかなり有意義なものとなり、我が国近現代史概要の認識に寄与するのではないかと思われますが、さて如何でしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。そして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前から現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 



















2018年12月31日月曜日

20181231 年内最後の投稿、当ブログについて、および新たに購入した著作から思ったこと

ここ3日間ほど記事作成を行ってきませんでしたが、その間、年末ということもあってか、比較的多くの方々に、これまでの作成記事を読んで頂けました。去る27日の投稿記事にて年内の記事作成は打ち止めにしておこうと考えていましたが、さきに述べた事情により、あと1記事程度作成しておこうと考え直し、現在、このように記事作成を行っています。また、普段、継続的に記事作成を行っていますと実感することはありませんが、このブログ記事作成という行為は、思いのほかに体力を消耗するということが、ここ数日で分かりました・・(笑)。

くわえて、昨日、以前に投降した記事が気に入って頂けたという連絡が届きましたので、出所を調べてみますと、その分野の専門家とのことであり、いくらか恐縮してしまいました・・。ともあれ、自身が投稿した記事が評価されたことは純粋に嬉しく思うところであり、また、同時に『はて、自身の専門分野は何であったか・・?』と、いくらか考えてしまいます・・(苦笑)。これまで自身が取組んでみて、興味深く、楽しかったのは、我が国の近現代史あるいは古代史であり、そして、これらで得た知識を流用して取り組んだのが修士課程の地域学(ほぼ民俗学)でした。これはこれで比較的隙間産業的要素もあったことから、集中し、熱心に取り組むことが出来たと思われます。それ故、今後も、もし可能であるならば、この分野(民俗学・日本常民文化)にて学位を取得したいとも考えています・・。

また、ここまで書いていて思い出しましたが、以前の投稿記事にて、購入したい著作として挙げていたジャレド・ダイアモンド編著 慶應義塾大学出版会刊『歴史は実験できるのか―自然実験が解き明かす人類史』を先日購入し、読んでいますが、この著作は大変興味深く面白いです。300頁以上のボリュームではありますが1~7章にて扱われている事例は、それぞれ興味深いものであり、くわえて、各章、そこまでの長さではないことから、比較的読み易いのではないかと思われます。これと似た構成の著作として当ブログにて以前取り上げ、またベストセラーともなっている戸部良一らによる著作『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)が挙げられます。とはいえ、それぞれの扱う対象は、人類全体の歴史と、戦前の我が国の軍隊といった組織であり、規模などが異なりますが、それらの章立てを読み、その背後の全体的な文脈から見えるものは、後者『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』よりも、まだ前者の方が希望や理知的な要素があるように思われます・・。

しかし、そこで考えさせられるのは『さきの『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』がベストセラーとなるほどまで人口に膾炙されているのであれば、何故、我が国がこれまで引き摺っている組織におけるさまざまな好ましくない状況・仕組みが改善されているように見えないのか?』ということであり、あるいは、実はそこに、諸事に通じるかもしれない、我が国社会が持つ本質的な問題があるようにも思われるのですが、さて、如何でしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。そして、来年もまた、どこまで継続するか分かりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
【良い年末年始をお迎えください】
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前から現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 

2018年12月27日木曜日

20181227 自分でもよく分からない感覚、記事作成に際して

おかげさまで一昨日の投稿記事は、かなり多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。とはいえ、特に時間があるわけでもない本日に関しては、昨日と同様、記事作成を止めておこうと、つい先ほどまで考えていましたが、どうしたはずみか今現在新たな記事作成をしております・・(苦笑)。

1150記事以降、年内での新たな記事作成は特に行うことはないと考え、また、そのように記事にて述べているにも関わらず、こうして記事作成をはじめてしまう自身に対して、少なからず自己嫌悪らしきものをおぼえるのですが、それでも記事作成を行っておかないと、どうも落ち着かない自分もまたたしかにいるのです・・(苦笑)。

そして、一体何時になれば記事作成を行わないでも、落ち着くようになるのでしょうか?
この先1200記事程度まで継続すれば、自然とそのようになるのでしょうか?あるいは以前の良い区切りであった1000記事にて切り上げておくべきであったのでしょうか?

とはいえ、このブログ記事作成という、ここ数年の習慣に対しては、特に泥沼にハマっているといった感覚、あるいは後ろめたさのようなものは皆無であり、むしろ記事作成を行わなかった時の方が、いくらか後ろめたさのようなものがありますので、一層ハナシがややこしくなり、当ブログの切り上げ時を見定めることが出来ずにいるのかもしれません。

いずれにせよ1200記事に到達するまでは、あまり考えずに、書けるだけ書き、そして、そこに至った後、あらためて考えてみようと思います。

そういえば、一昨日投稿の記事にて、またもやトーマス・マンの『魔の山』にまつわる記述を提示しましたが、『魔の山』以外で近現代の社会について考える際に興味深く、参考になると思われる小説をいくつか挙げますと、欧州ですとロバート・グレーヴス著『さらば古きものよ』、ジョゼフ・コンラッド著『闇の奥』、ジョージ・オーウェル著『カタロニア讃歌』・『1984年』、カレル・チャペック著『山椒魚戦争』そして我が国ですと夏目漱石著『三四郎』、『現代日本の開化』(小説ではありませんが)、陸奥宗光著『蹇々録』(小説ではありませんが)、中江兆民著『三酔人経綸問答』(小説ではありませんが)、石光真人編『石光真清の手記』、野上弥生子著『迷路』、大岡昇平『俘虜記』、大西巨人著『神聖喜劇』、北杜夫著『楡家の人びと』、司馬遼太郎著『竜馬がゆく』・『世に棲む日日』・『十一番目の志士』・『翔ぶが如く』・『峠』・『歳月』・『殉死』・『坂の上の雲』などが浮かんできます。これらの著作の殆どは、現在手元にありませんが、それぞれ大変興味深く読んだ記憶があります。また、そうしたことを書いていますと、不図、また司馬遼太郎の作品を読んでみたくなってきましたが、以前にも当ブログにて述べたことがありますが、私の活字による歴史への興味のはじまりは、その多くを司馬遼太郎の作品に負っているといっても過言ではありません・・。現在、その著作があまり手元にないのは寂しいですが、また機会を見つけ読んでみようと思います。そして、その時、私は一体どのような感想を持つのでしょうか・・?


ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前から現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 

2018年12月26日水曜日

20181225 昨日の続き、専門職大学についておよび『魔の山』について【書籍からの抜粋引用あり】

おかげさまで、昨日投稿分の記事は比較的多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また同時に昨日一日での閲覧者数も休日ということもあってか思いのほかに伸びました。こうした状況を認識しますと、不思議なことに『やはり本日に関しても記事作成を行った方が良いのでは・・。』といった心情に傾いてくるようです・・(笑)。

さて、以前、当ブログにて数度にわたり取り上げた来年度から新設される新たなタイプの大学である『専門職大学』ですが、その後の大学設置・学校法人審議会による審査によって来年度つまり2019年4月からの設置が認可されたのは13大学3短大のうち1大学のみとなり、残りの大学・短大は申請を取り下げ、その次年度、つまり2020年4月からの設置を目指す運びになるとのことです。

ともあれ、今回の審査にて設置の認可を受けた大学はなんと、ここ四国の『高知リハビリテーション専門職大学』とのことでした。この大学が徳島と同じ四国にあることに加え、かねてより当ブログにて、その妥当性を述べてきた医療系であったことは、実際のところ自身とはあまり関係がないのかもしれませんが、率直に嬉しい感情が湧いてきます(笑)。

しかし他方、申請していた13大学3短大から、さきの審査結果により、今回の専門職大学の設置審査が厳しいものであったのか、あるいは主に学校法人側に原因があったものか分かりませんが、いずれにしましても、あらためて設置申請を提出される他の専門職大学も2020年4月での開学が認可されること、くわえて近い将来、こうした専門職大学が徳島の地に【出来れば複数】設置されることを願っています。

そういえば、先日のブログにて研究所と大学の違いをトーマス・マン著『魔の山』を挙げることによりその文脈のオチをつけようと試みましたが、それにより、この『魔の山』に興味を持たれた方々は是非この著作を読んでみてください。

また、そこで『魔の山』について書かれた他の著作の記述を想起しましたので、以下に抜粋引用します。

北杜夫著 新潮社刊『どくとるマンボウ青春記』pp.111-112
『先に「魔の山」という名を記したが、トーマス・マンのこの大長編は、下界、外界から隔絶されたスイスのダヴォスにある結核療養所が舞台である。ここにありとある人種が集まって、息の長い比較するものとてない物語は進行していく。ところで、高校の寮とは、小規模な一種の「魔の山」ともいえないであろうか。寮生はすべてきたない精神的な病菌に冒されていて、外界とへだてられたむさくるしい寮に起居しているのだ。ダヴォスの療養所においても、末期には麻痺とヒステリー状態が蔓延した。西寮の三学期の生活もそれに近かった気がする。ノートラというトランプがいやに流行した。ノートラ大王という呼称を受けている男もいた。それに単にあいつはトランプが強いというくらいの意味ではなく、ナフタのごとく不気味にも教祖じみた存在なのであった。「魔の山」においても心霊術の実験にみんなが心を奪われたりする。それに応ずるに、西寮では「コックリさん」が流行した。紙にイロハを書き、一本の箸を何人かで持って、コックリさま、コックリさま、お出でになりましたでしょうか。学期末の試験では誰と誰が落第る(ドッペる)でしょうか、お教え願います」などと真剣にやっている光景は、どうしても尋常なものとはいえなかった。』

くわえてもう一つ

佐藤秀明編 新潮社刊『三島由紀夫の言葉 人間の性』pp.100-101
『はっきりいってしまうと、学校とは、だれしも少し気のヘンになる思春期の精神病院なのです。これは実に巧みに運営されていて、入院患者(学生)たちは、決して「私は頭がヘンだ」などと気づかせない仕組みになっている。先生たちも何割か、学生時代のまま頭がヘンな人たちがそろっていて、こういう先生は学生たちとよくウマが合う。何千人という人間のいる学校のなかで、ほんの何人かの先生がこの秘密を知っていて、この秘密を決して洩らさぬように学校経営をやっていく。』
「おわりの美学」(「女性自身 昭和41〈1969〉年2月14日~8月1日)

後の方の抜粋引用は『魔の山』への直接の言及はありませんが、前の抜粋引用部と通底し、さらに、昨今ではあまり聞くことが出来ないような穿った意見ではないでしょうか(笑)?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の筆頭著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前より現在までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします!