2017年3月21日火曜日

20170321 570記事到達 ブログ記事の継続的な作成の効果とは・・

一昨日の記事投稿により総投稿記事数が570に到達しました。これにより目標とする600記事まで残り30記事となりました。

また、現在のペースにて記事作成を継続することにより、おそらく来月中には600記事まで到達することが出来る可能性がある程度示唆されました。

とはいえ600記事とは、相対的に見てどの程度のものであるのか分からず、また特に分かろうとも思いませんが、到達の場合、とりあえず『やったぞ!』といった程度の感慨は生じるのではないかと思います・・(笑)。

そして、その後、当ブログ記事を継続するか否かに関しては、これまた何も考えておりません・・(笑)。

また、これを継続する場合、次の目標は700記事ということになりますが、その場合も自身が『やる気』さえ持てば、どうにか達成可能ではないかと、以前ほど背伸びをせずに割合気楽に考えられるようにはなりましたが、一方『果たしてブログ形式にて書き続けるのが良いのか?』とも考えるようになりました・・。

しかし、その場合『では他の如何なる形式に依って書き続けるのか?』と考えてみますと、あまり良い案も浮かばないことから『まあ、良い案が浮かぶまで、少しブログ記事およびこうした文章の作成を休んでみるのも悪くない・・』とも考える次第です・・(笑)。

しかし
、こうしたことが慢心につながることも往々にしてあると考えますので、とりあえずは目先の目標である600記事到達を目指すことに専念することにします・・(笑)。

そういえば、ここ数日の間に久しぶりに文系、理系双方のお師匠との何らかのカタチでの接触の機会がありました。

こうしたことは、大変珍しく、また、今月頭に参加した文系院時代の勉強会も加味して考慮してみますと、それらは自身が企図したものではないため、何だか面白い偶然が重なっているようにも思われた次第です・・(笑)。

そして、以前こうしたことを強く感じた時期を想起してみますと、それは2012年春~冬にかけてであったように思われます。

また、その時期とは、かねてより当ブログ記事にて書いている通り『D2病』の最も勢いのある時期であったのではないかと考えます・・(苦笑)。

当時の自身とは『多分にその勢いに任せていた』と思われ、その反動が翌年晩春頃に生じた危機の直接的な原因となったのではないかと思われるのです・・(苦笑)。

それ以後もまた、さまざまな失敗を続け、また同時にこうした危機も経験はしてきましたが、果たして自身はそこから多少は学んでいるのでしょうか・・(苦笑)?

しかし同時に、思うことは、これまでのそうした時期においてはブログ記事をも含め公表を前提とする文章を継続的に作成していなかったことです・・。

これは自身としては大きな違いであり、また、これ(継続的な文章の作成)が無ければ、自身はその自意識に押し潰されていたのではないかと思われるのです・・。

そして、自身のそれとは案外大したものではないのかもしれませんが、何れにせよ、こうしたものは実際に味わってみないと分からないのではないかと思われます・・(書いても決して伝わるものではない・・)。

あるいは、それ(自意識に押し潰される)を味わうことが無いように常時他者を貶め続ける行為とは、短期的に見れば大変効果的であるのかもしれませんが、そうした行為を続けることが出来なくなるほど気力・体力の衰えが訪れた場合(早晩そうした時期は訪れる)の反動とは、かなり大きなものではないかと思われます・・。

また、さまざまな現世的な処世訓あるいは宗教などもまた、そうしたある程度人類に普遍的に生じている現象を見抜いて、その善処、良い解決のため考えだされたのではないかと思われることがあります・・。

ともかくも、ハナシを戻し、そうした意味からも文章作成を勧めてくださった方々は感謝に値するものと考えております・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。


おけげさまで570記事に到達することが出来ました。

昨年(2016年)に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した地震により被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。














2017年3月20日月曜日

20170319 サムライについて『ところ変われば・・』

日本の男性に対する美称として『サムライ』というコトバが国際的にも認知されているようです。

もっとも、このコトバは戦前の特に太平洋戦争期の旧帝国陸海軍士官に対しても用いられていたとが、いくつかの書籍からうかがうことが出来ます・・。

時代によっても『サムライ』の示す意味とは微妙に異なっているのかもしれません。

とはいえ、国内に限定して考えてみますと語義的に『サムライ』とは、主に江戸時代の武士階級を示すものでありながら、国内地域によっても、これまた示す意味が微妙に異なっているのではないかと思われるのです・・。

これは自身が幾つかの地域に在住した実感に基づくものであり、特に学術的な見地によるものではありませんが、自身はそのように考えます。

中でも大阪南部、和歌山といった地域に関しては、江戸期、幕藩体制以前においては、複数の地侍(国人)集団(党)が協同合議して統治を行っていた傾向が見受けられ、その中には律令制以前より土着していた国造家といった豪族が含まれていることもあります。

また、そうした地域における統治の構造・形態の淵源を考えてみますと弥生・古墳時代までに遡ることが出来るのかもしれません・・。

そして同時に、こうした構造は、古代大和朝廷の基盤となった勢力の統治構造を考える際において示唆する要素が少なからずあるのではないかとも考えられます。

さて、ハナシを戻し、さらにこうしたことを考えてみますと、古くから在来の統治構造が保持されてきた地域に、新たな幕藩体制による統治組織(藩)が封じられた場合、当然、在来の統治構造と新たな統治組織の間で緊張関係が生じることが多いと云えます。

そこでの地域統治が上手く行かないことから改易、取り潰しになった藩も複数存在します。

それに関連して司馬遼太郎著『功名が辻』、『竜馬がゆく』などの小説にも書かれていますが、土佐藩の場合、新たな幕藩体制下の統治者として山内家と共に入国した家臣団が上士、それに対し在来であり滅ぼされた長曾我部家の遺臣団が概ね郷士という扱いになったハナシは割合有名です。

もっとも、こうした経緯も全て平和裏に行われたものではなく、相当の流血があっのだという・・。

それ故、幕末期に土佐藩の郷士(幕藩体制以前の長宗我部家の家臣)から多くの勤王(倒幕)の志士が現れたことは、ある意味歴史の必然であるとも云えます。

他方、紀州徳川家の場合、重臣の中にも在地特有の苗字が複数見受けられること、地侍(国人)集団(党)の軸となった古来から続く寺社が幕藩体制下においても尊崇を受けていたことから、新規、在来間の統治組織のすり合わせ、癒合は割合上手くいったのではないかと思われます。

その点において薩摩、大隅(鹿児島)は珍しく、鎌倉期にこの地に守護職として補任された島津氏が鎌倉期、南北朝、足利期、織豊期そして江戸期を通じ、一貫して、この地域を統治してきました。

無論、その間には幾度もの他国との抗争、国内での内乱があったが、それでもなお、この薩摩、大隅における島津氏の統治は崩されませんでした。

おそらく徳川幕藩体制としては、それまでの経緯からも、こうした統治の類例は認めたくなかったのではないかと思われるが、この僻遠の地(関東、東海から見て)に派兵し、無理にでも支配下に置き、そして改易とした場合に生じる危険性の方が大きかったのではないかと思われます。

ともあれ、それ故、薩摩・大隅(鹿児島)には、良い悪いは抜きとして古来からのさまざまな文化と共に『サムライ』と称するものも原初に近いカタチにて存続してきたのではないかと思われます。

そして、この原初からの『サムライ』が保持された薩摩、大隅(鹿児島)の勢力が、幕末期における時代変革の主要な推進力の一つとなり、同時に、それにより誕生した明治政府に対する最大の叛乱を起こした地域勢力でもあったことは、この『地域』(鹿児島)そして『サムライ』というものを考える上で何かしら示唆するものがあるのではないでしょうか?

また、以上のことから、あまり『サムライ』というコトバを安易に氾濫させること、それに加え、来たる2018年の大河ドラマの題材を西郷南洲翁(隆盛)とすることには、どうも漠然とした危惧をおぼえてしまうのですが、如何でしょうか・・?

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年、熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念します。




2017年3月19日日曜日

20170318 書店にて思ったこと(装置と芸術の違い・・?)

A「気がついてみましたら、投稿記事数も570に近づいておりました・・。

この調子にて記事作成を行っていきますと、来月中には以前に書いた目標通り600記事に到達することが出来るのではないかと思われます・・。

とはいえ、これは未だ先のハナシですので、この先もただ、出来るだけ毎日何かしら書いていこうと思います・・。

そういえば、本日久しぶりにある程度の時間を書店にて過ごしました。

大型の書店に行きますと、いつものことですが、知らないこと、読んでいない書籍、知らない分野の多さに愕然とします・・(苦笑)。

さて、本日赴いた某書店内に掲示されていたポスターから再認識したことであり、また同時に自身は視聴していませんので、そのストーリーは分かりませんが、今年の大河ドラマは織豊・江戸初期の井伊家が題材となっているようです。

そして、そこから以前に投稿した昨年の大河ドラマ『真田丸』を扱ったブログ記事内において、偶然にも、わずかながら井伊家のこと(井伊の赤備え)を書いていたことを思い出しました・・(笑)。

また、それに加えて、これまでに投稿したブログ記事にて数度取り上げている野上彌生子著『迷路』に明治以降、華族となった井伊家当主兄弟をモデルとした人物が重要な役柄で登場することも思い出されました。

この登場人物については、加藤周一著『日本文学史序説』下巻においても解説されており、その部分はブログ記事として抜粋引用を行った記憶があります・・。

考えようによれば、これらもなかなか面白い偶然であるのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、ここまで書いていて不図思ったことは、この野上彌生子著『迷路』を大河ドラマに限らず映像化してみるというのは、なかなか面白く、且つ、これまで為されていない試みではないかと思いますが、如何でしょうか・・?

また、以前には山本薩夫監督『戦争と人間』という、部分的には多少史実と異なるものの重厚な長編映画がありましたので、同じ戦後期、現代とはいえ、数十年程度の単位にて文化水準といったものは大きく変化する性質のものであるとも考えられます・・。

その意味で、おそらく自身を含め現在の我々とは、小説も映画もドラマも『手軽に感激することを目的とした装置』のように認識しているのではないかと思われます・・。

一面においてそうした認識は間違っていないとは考えますが、しかし、本来それらが、芸術である所以とは『そこから有無を云わせない何かを提示され、考えさせられること』ではないかと考えます。

異言すると、そうした芸術作品とは、感激は残さずとも、不可解ではあれ『何かしら強い印象』を心に残すものであると思われます。

そして現在、そうした意味での重厚な作品とは、かつてに比べ少なくなっているのではないでしょうか?

そして、たしかにそうした作品がかつてに比べ少なくなっているのであれば、その大きな理由とは、小説、映画、ドラマといった、モノガタリを人に提示する様式全てが『マンガ』を基準とすることが最も効果的な集客、販売につながると考えられるようになったからではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
(何でも分かり易ければ良いというものでもないらしいです・・。)

そしてそこから『(経済的な意味での)有用性の限界』および『文化水準とは何であろうか?』と考えさせられます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した大地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」














2017年3月18日土曜日

20170317 言語による現象の精確な描写から普遍的認識へ・・☆☆☆

ここ数日間の首都圏は日中と日が暮れてからの温度差が大きいように感じます。

また、季節が春へと移行するこの時季とは、そのようなものであるのかもしれません・・。

さて、昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの閲覧者を得ることが出来ましたが、現在この(昨日投稿)記事を読み返してみますと、恥ずかしく思うところもあります・・(苦笑)。

そして、そこから『このようなことを書いて果たして意味があるのだろうか・・?』と考えてしまうのですが、そうしますと、一連の作成記事の大半(あるいは全て)の意味を疑問視せねばならなくなりますので、出来るだけ、そうした『思い』に(継続的に)捉われず、書き続けることが重要ではないかと考えます。

そして、多くのこうした散文的なものとは、書き続けることにより、何か新しい着想に至ることが多いのではないでしょうか?

また、こうした文章に対する姿勢とは、感覚的ではありますが理系、文系学問間において相違があるのではないかと思われます。

当たり前のハナシではありますが理系学問とは、その内容の普遍性、再現可能性がその根幹に存在します。【存在しなければなりません。】

そのことから、その内容とは、誰が、何回行った場合においても、同様の傾向、結果を得られる性質のものでなければなりません。

そして、上記の前提思想に基づき作成される文章とは、文章そのものが重要であるのではなく、そこに書かれている方法、結果、考察が『現実に生じた現象を精確に描写していること』が重要であるといえます。

また、それを異言すると、その文章を読んだ他者一般が、そこで得られた認識に従い、同様の方法を用い、同様の結果が得られ、書かれた考察が妥当なものであるという認識に至ることが重要であるともいえます。

つまり、この場合、文章を構成する個々言語の『役割および目的』とは、実際に存在する『何か』の様相【その大きさ、様子はどうであれ】に対しての『普遍的認識に至るため精確に描写すること』であるといえます。

また、こうした言語の使用法とは、おそらく言語本来の原初的な用途でもあり、極めて重要であるといえます。

さらにまた、一般的に、ある学問分野において、一定の知識を有していることが理解され得るのは、その学問分野における専門的な言語群を用いた発言、文章等により(分野における)普遍的認識を得ることが出来ることから為されることが多いのではないでしょうか?

そしてそれは、さらにある程度複雑な文脈を有する使用法により一層精確に理解され得るのではないかと思われます・・。

このことは特に理系学問分野において、その傾向が著しく、その点、文系学問分野においては、一つの言語に対する認識において、その主体、学派等の持つ思想的背景により意味合いが微妙に異なることが多く、さらに、それら言語を含んだ、ある程度複雑な文脈の使用により、一層その主体、学派の持つ思想的背景は明瞭化されるのですが、同時にそれは、理系的な意味での普遍的認識とは幾分異なるのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、であるからといって、どちらが良い、悪い、上、下というのではなく、ただ当記事冒頭にて述べたように絶えず双方が接触、交流し続ける経験を通じ、何か新しい着想、創造に至ることが肝要なのではないでしょうか・・?【果たしてこれは普遍的認識であるのでしょうか(笑)?】

また、今回の記事とは、そうしたことを題材として一つの着想が得ることが出来たものと思われます(笑)。

そして今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部そして福島周辺において生じた地震によって被害を受けられた地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」








2017年3月16日木曜日

20170316 先日の勉強会後の会話にて想起された2年前6月のこと・・

A「2015年6月、さまざまな事情から帰郷することに決め、大阪から自動車にて出立の晩、兵庫県東部在住の知人と会うことになり、大阪北部の某所にて待ち合わせ、食事を摂り、時刻も遅くなったことから自動車にて御自宅まで送ったことを先日参加した勉強会後の会話にて思い出しました。

また、出立の日は生憎の大雨であり、途中道路が混雑し、待ち合わせの時間に遅れてしまい申し訳なかったのですが、車中での会話が大変面白く、途中給油しなければならないことを忘れ、ガス欠で危うく立往生するところでした・・(苦笑)。

そして、この車中の会話にて『ブログを書き続けると良いのでは・・』という意見を頂き、またそれから数日後の入院していた叔父を見舞った際『何か書き続けなさい・・』と云われたため『そこには何かあるのかもしれない・・』と考え、現在までどうにかブログ記事の作成を継続してきました。

そして、その後のことを考えますと、たしかに、このブログ記事作成を行っていなければ、何か更に自身としては恐ろしいことになっていたのではないかと思われるのです・・。

こうしたことは科学的根拠を示すことが困難であることから、その見解の正しさとは分からず仕舞ではありますが、それでも自身の感覚としては『間違いない』と云い得ます・・。

また、それに類似する経験とは、多くの方々が経験されているのではないでしょうか?

そして上記のことを思い出す契機となった勉強会後の会話にて、
『なぜ、あの時、わたしにブログを書くことを勧められたのですか?』とその知人に尋ねてみたところ
『いや、当時の**さんは5月に***の喫茶店で話した時と同様、何か吐き出せずに溜め込んでいる感じがしまして、ああいった状態が続いてしまうと、とんでもないことになると思ったからです・・。』
とのことでした。

自身としては、そのような知恵、知見がなかったことを痛感した次第ですが、ともかく我々とは、こうした会話を通じて、さまざまな『人間に関する知恵』といったものを学んでいくことが多いのではないでしょうか・・?

また、ここから少しハナシは飛躍しますが、このようなところにも文系学問の重要性、存在意義があるのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?

しかし一方、私見としては、その知人の示した見識とは、理系学問での実験を伴う研究における『現象を捉える視点』とも共通する何かがあるのではないかとも思われるのです・・。

そして、そこからさらに抽象を試みますと寺田寅彦が述べた
『物理学を理解するにはギリシャ神話を理解しなければならない』そして河合隼雄が述べた
『心理学にて用いる概念とはギリシャ神話をモデルとしたものが多い』といったコトバが想起されるのですが、さて、こうした想起の背景には『共通する概念の存在』が、ある程度は認められるのでしょうか・・(笑)?

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」












2017年3月15日水曜日

20170315 600記事に到達した後について考えたこと・

A「本日の首都圏での気温は、日中においてもあまり上がらず、また時折小雨、霙?も混じり大変寒く感じました。

これも三寒四温の一過程であるとは思いますが、そうは思っても、やはり寒い日は今一つ活性が上がりません・・(苦笑)。

本日に関しても、こうした状況のため、ブログ記事作成を断念しようと考えましたが、直近の投稿記事に関連すると思われる既投稿記事の大変興味深い指摘が見受けられたため、記事作成へ方向転換し、現在このように書いている次第です・・(苦笑)。

ともあれ、記事を書いている自身よりも(少なくとも場合によっては)記事を深く読んで頂けていることは、やはり嬉しいことではありますが・・(笑)。

しかし一方、昨日投稿の記事および指摘された既投稿記事を読んだ後考えたことは、とりあえず600記事までは継続的に記事を作成するものの、その後は現在のようなブログというカタチを採らず、何かしら書いていく方が良いのかもしれないということです。

このことは今後さらに考え、その答えを見出していこうと思いますが、ブログというカタチを採ることを疑問に思った要因とは、このような弱小ブログではあるものの、その直接、間接から生じる影響を多少真剣に考えてみますと『それは必ずしも良いものとは云えない・・』と考えたことに因ります。

しかし、こうした考え、および、そこに至る視点とは、畢竟、自意識過剰の所産であり、実のところ、そこまで考える必要性がないことであるのかもしれません・・(苦笑)。

一方、これまで記事を作成し、こうしたカタチでの『自身のブログに対する考え』の分水嶺らしきものを感じたことはありませんでしたので、そこには何かしら意味があるとも考えられます・・。

何れにせよ、今後600記事に到達するまでは記事作成を継続するつもりですので、このことはしばらく棚上げ、保留することにしますが・・(笑)。

ともあれ、さきに書いた通り、自身のブログより生じる影響がごくわずかであることはさて置いても、我々の互いに対する『気くばり』あるいは異言すると『相互監視』により生じる皮相、表層的な真似の応酬とは、自身も全く身に覚えがないわけではありませんが、もう少しその『意味』『深層』といったものを意識し考えた上で為される方が良いのではないかと思うことがしばしばあります・・。

また、そうしたことは国内に限らず、昨今のインターネットによるさまざまな情報の共有化を通じ、世界的に知れ渡っているということ、それに加え『我々が近隣の幾つかの国々の特性を批判めいて指摘する際、実はそうした特性の多くが実は我々においても強く認められるのではないか?』と考えてみることは、まんざら無益ではないものと考えますが如何でしょうか?

そして上記のことは、さきの600記事への到達後、ブログ記事作成の継続について考え『それは必ずしも良いものとは云えない・・』へと至った経緯と、その規模は大きく異なるもののモデルとしては類似しているとも云えます・・。

そして『出来る限り正直』に文章を書くということは、時として、こうした考えに至るということでもあり、それは必ずしも良い、健康的、精神衛生上良いものではなく、むしろ出来る限り避けた方が良いのではないかと思われます・・。

それ故、そうした状態に『自らの意志にて』(ここが大事です)どっぷり浸漬する時期とは、たとえそれが『三十路過ぎのいい大人』であったとしても、その精神が一時的にでも荒廃し、疾患気味に陥ることが少なからずあるのではないでしょうか・・?

また、こうしたことは実際に経験してみるのが最も確実な理解への方法であるのではないかと思われます。
そして、それはそれで各自にとって大変意義深いものになると確信します・・(笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


2017年3月14日火曜日

20170314 再び時間をかけて読んでみたい著作などについて・・

A「今回の記事投稿により総投稿記事数が565となります。
そして600記事まで残り35記事ということになり、この調子にて記事作成を継続すれば来月中に目標とする600記事に到達することが出来るのではないかと思います・・。

しかし600記事に到達した場合『その次はどうしようか・・?』といった先のビジョンは、これまでと同様、特に考えておりません・・(苦笑)。

また、その一方で先日の勉強会への参加から強く思ったことは『何か硬質な書籍』を通読、精読してみたいといったことであり、具体的にはバートランド・ラッセル著『西洋哲学史』全三冊に再チャレンジしてみたいと思います・・。

この著作は修士課程院生時代に知り、院修了に至る時点においても読んでいたのですが、結局読了には至ることが出来ませんでした・・。

とはいえ、この著作とは当時の感覚にて大変面白く、また、そのいささか断定的ともいえる高い見地からの論述には魅了され『このラッセルという人は天才であろう・・』と思い、また現在においても『少なくとも、こうした才能を持った人物は稀であろう・・』といった認識は保持しております・・。

今後、再度この書籍を手にして読んだ場合、一体どのような感慨が湧き、そして読了にまで至ることが出来るのでしょうか・・?

また、自身の感覚として、この著作に類似するものは加藤周一著『日本文学史序説』全二巻であり、これは幾度か集中して読む期間がありましたが、読了に至ったのは2013年冬であり、その後も折を見て読んでおりますが、それは当ブログ記事の特に初期の記事にて、そこからの抜粋引用が多いことからも理解されるのではないでしょうか・・?

この著作もまた、今後随時、再読、更なる精読を試み、また、この著作に関しては、特に英訳本での読了に至りたいといった願望もあります・・。

さらに、硬質な書籍として、小説ではありますが大西巨人著『神聖喜劇』全五巻が挙げられます。

この著作は文系の師匠に勧められたものでしたが、読了後、師匠にそのことを話しますと『君はあれを全部読んだのかね?』と多少驚かれた記憶があります・・(笑)。

この著作はその文体により、大変魅力的ではあるのですが、同時に読み進める速度が遅くなってしまい、読了に至るまで、半年程度の月日を費やしたことが思い起こされます・・。

(ちなみに、もし、この著作が英訳にて刊行されたら、それはそれで問題であるかもしれません・・。)

そして、私見として、この著作から内容的に類似したものを感じさせるのは作家ではありませんが南方熊楠、金関丈夫です・・。

ともあれ、現代の我々日本人の中で、これら方々の著作と比肩する程度の内容の緻密さ、独創性、博識さを示す文章を書くことが出来る人は果たして存在するのでしょうか・・?

しかし一方、かつては時代もまた現代に比べ、多少はのんびりしていてさまざまな著述には良かったのかもしれませんが・・。

また、そこから人間の創造的行為という点に関して考えてみますと、それは多少の負荷があるものの、全体的にはゆったり、のんびりしていた環境の方が長期的視野に立つ良い仕事が出来ることが多いのかもしれません・・。

そして、その意味から『近代以降、東京出身の長編を書ける作家が少ない』という意見の確からしさが再考され得るのかもしれません・・。

さらに、そのように考えてみますと、現在、自身が継続しているブログ記事の作成に対しては果たしてどのような分析が為されるのでしょうか・・(笑)。

また今後、記事を書く環境が変化した場合、書かれるものにどのような変化が生じるのでしょうか?

ともあれ、ただ自身が願うことは、ブログあるいは文章を書く時間を出来るだけ減じることなく、長い著作を精読さらにそれに付随する調べものが出来る環境を手に入れることでしょうか・・(苦笑)。

もちろん、困難であることは承知しておりますが・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


昨年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」