つい先日に総投稿記事数が550に到達することができましたので、本日も含め以降数日間、記事作成を休もうと思いましたが、以前に作成した記事を眺めておりますと、どうしたわけかまた何か書かなくては・・と思うに至り、現在このように記事作成を行っている次第です・・(苦笑)。
とはいえ、本日もまた特に記事の題材は決まっているわけではなく、漫然と『何か』が頭に思い浮かぶまで、その都度脳裏に浮かんだことを記していこうと思います・・(笑)。
「果たしてこのような感じで良いのであろうか? 文章を書くのであれば、もう少し構想を練って、ある程度のハナシの構成が出来上がってから書くべきではないか・・?」
とも思うところではありますが、しかし実際の多くの文章とは、そのような計画的なものではなく、いや、少なくとも、散文などの場合は『書いてみないと分からない・・』といった感じではないかと思われるのです・・。
そして、こうした態度を『計画性がない』として非難する傾向のある社会とは、おそらく少なからず『創造性』を犠牲にしているのではないかと思います。
一方『計画性』がないこともまた、それは問題であり、それにより社会全体が危ない方向に行ってしまうことも、さきと同程度にあるのではないかとも思われます・・。
しかし、こうしたブログなどにおいては、計画性云々よりも、とりあえず現段階においては、わずかでも創造的行為(書くこと)を継続することが重視されるべきであると考えますので、本日のような適当な着想が得られない場合であれば、このような文体で書くこともまた、それなりに有意義であるものと考えます・・(笑)。
そして、実際にそのように書くことにより、さきの『創造性と計画性』についての着想を得ることができました。
さらにここまで書いており、不図思ったことは、本日ある偶然により大変久しぶりに印象材、硬石膏の練和およびそれを採得された印象に注ぐといった作業を行うことになりました・・。
久しぶりであったわりには、特に問題なく一連の作業を行うことが出来たことは、自身としても安心するところであり、また同時にこれまでにそれなりの数を行ってきた作業、手技とは、そうすぐには身体が忘れるものではないことを実感しました・・。
加えて、それを行った場所が技工室等でなく、一般のご家庭の流し付近であったにも関わらず、その作業を滞りなくできたことに対し、わずかながら満足した次第です・・(笑)。
そして、ここまで書いて、さらに思い出されたことは、つい先日頂いた師匠(歯科理工学)からのお手紙の中に『やはり手を用いて作業をしていることは楽しい』と綴られていたことです。
そこから、今後しばらくしたら、再度そうした公募職種への応募を再度開始した方が良いのではないか?と思うところですが、さて、そうした職種とは上手いこと見つかるものでしょうか・・(笑)?
ともあれ、自身の希望する職種内容を考えてみますと、それは学部、学科は問いませんが、『季節毎』に
1):さまざまな試料作製・分析といった研究支援
2):導入部・教養課程での実習指導
3):求職活動の支援
などを担当する職種であればベストですが、これはいささか欲張りすぎであるかもしれません・・(笑)。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年2月26日日曜日
2017年2月23日木曜日
20170223 550記事到達に際し思ったこと、思い出したこと・・
A「本日の首都圏は日中気温も上昇し大変過ごし易かったです。
おそらく本日に関しては日中、暖房も必要ではなかったのではないでしょうか・・?
さて、今回の記事投稿によって総投稿記事数が550に至ります。
これにより600記事到達まで残り50記事ということになり、同時に500記事から600記事への丁度半分の地点に至ったことにもなります・・。
そして、この調子にて記事作成を継続してゆけば、おそらく4月中に600記事に到達することが出来るのではないかとも思えます。
今後も適宜休みを入れつつ、あまり無理をしないで、とりあえずの目標である600記事までの到達を目指そうと考えております。
そして、そこから先については、今現在考える必要はないと考えます・・(笑)。
それよりも残り50記事の題材とは、どうにかなるのでしょうか・・?
とはいえ、これまでも主題の重複はありながらも、ここまで継続して記事作成が出来ておりますので、残り50記事もどうにか作成することが出来るものと勝手に考えることにします・・(笑)。
また、記事題材に困った場合、書籍からの抜粋引用に加え、これまでによく読まれたブログ記事の紹介およびその解説などを行うことにより新たな記事作成が出来るかもしれません(苦笑)。
また、これに関してはこれまでに行ったことがありませんでしたので面白いかもしれません・・。
そして、ここまで書いていて不図思い出したことは、鹿児島在住時代の2011年、何故か分かりませんが、突然文系学問の書籍が読めなくなり、また同時に文系学問の当然知っているはずのことまで頭に浮かばず、それを上手く発することが出来ない状態になったことです・・。
しかし、その他に身体に悪いところがありませんでした。未だにその原因は不明です。
ともあれ、この時はさすがに焦燥に駆られ、色々と試した結果、どうにかその窮地?から脱することが出来たように思います・・。
あるいは、このことは現在継続しているブログを始めた理由とも多少類似、関連した何かがあるのかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、ハナシを戻し、さきほどの2011年の際は、その年の暮れ、あるいは翌2012年初頭より徐徐に回復し、元気になっていきました。
ここに如何なる要因が関与しているのかは未だ分かりません。
ただ、ここで思うことは『どのような状況、状態であれブログ記事作成のようなものであっても、何かしら創造的な行為を意識して継続することにより、時折到来するそうした精神の危機といったものを回避あるいはそこからの被害を最小限に抑えることが出来るのではないか?』ということです。
これはこれまでブログ記事をある程度継続し作成した中で思ったことですが、さて如何お考えでしょうか・・?
ともあれ、おかげさまで550記事まで到達することができました。
ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
おそらく本日に関しては日中、暖房も必要ではなかったのではないでしょうか・・?
さて、今回の記事投稿によって総投稿記事数が550に至ります。
これにより600記事到達まで残り50記事ということになり、同時に500記事から600記事への丁度半分の地点に至ったことにもなります・・。
そして、この調子にて記事作成を継続してゆけば、おそらく4月中に600記事に到達することが出来るのではないかとも思えます。
今後も適宜休みを入れつつ、あまり無理をしないで、とりあえずの目標である600記事までの到達を目指そうと考えております。
そして、そこから先については、今現在考える必要はないと考えます・・(笑)。
それよりも残り50記事の題材とは、どうにかなるのでしょうか・・?
とはいえ、これまでも主題の重複はありながらも、ここまで継続して記事作成が出来ておりますので、残り50記事もどうにか作成することが出来るものと勝手に考えることにします・・(笑)。
また、記事題材に困った場合、書籍からの抜粋引用に加え、これまでによく読まれたブログ記事の紹介およびその解説などを行うことにより新たな記事作成が出来るかもしれません(苦笑)。
また、これに関してはこれまでに行ったことがありませんでしたので面白いかもしれません・・。
そして、ここまで書いていて不図思い出したことは、鹿児島在住時代の2011年、何故か分かりませんが、突然文系学問の書籍が読めなくなり、また同時に文系学問の当然知っているはずのことまで頭に浮かばず、それを上手く発することが出来ない状態になったことです・・。
しかし、その他に身体に悪いところがありませんでした。未だにその原因は不明です。
ともあれ、この時はさすがに焦燥に駆られ、色々と試した結果、どうにかその窮地?から脱することが出来たように思います・・。
あるいは、このことは現在継続しているブログを始めた理由とも多少類似、関連した何かがあるのかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、ハナシを戻し、さきほどの2011年の際は、その年の暮れ、あるいは翌2012年初頭より徐徐に回復し、元気になっていきました。
ここに如何なる要因が関与しているのかは未だ分かりません。
ただ、ここで思うことは『どのような状況、状態であれブログ記事作成のようなものであっても、何かしら創造的な行為を意識して継続することにより、時折到来するそうした精神の危機といったものを回避あるいはそこからの被害を最小限に抑えることが出来るのではないか?』ということです。
これはこれまでブログ記事をある程度継続し作成した中で思ったことですが、さて如何お考えでしょうか・・?
ともあれ、おかげさまで550記事まで到達することができました。
ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年2月22日水曜日
20170222 自然の雰囲気と地域性
A「本日の首都圏は昨日同様あまり気温が上がりませんでしたが、風は昨日ほど強くなかったため、いくぶんかは過ごし易かったのではないかと思われます・・。
もうまもなく春の足音が聞こえてくるのではないでしょうか・・?
そういえば、これまで在住した地域とは、それぞれ春の訪れと共に大気全体が当地の自然の香りを帯び、一種何ともいえない雰囲気となっていたことが思い出されます。
とりわけ南紀の田辺、みなべあたりの国道42号線から少しだけ内陸に入った山あいの地域では、今頃が丁度梅の開花であり、その香りが満ちているのではないかと思います・・。
そして、そうした雰囲気の中を自動車などで通る時は自然、陶然とした気分になるものです・・。
私は南紀に在住する以前には、こうした『自然の雰囲気に酔う』といったことはありませんでしたので、その感覚、体験とは大変鮮烈であり、未だ現在、身体レベルにてそれを記憶していると思います・・。
そして、おそらく前述の如く季節・地域毎の自然より招来される大気、雰囲気とは、そこに住む人々の持つ性質、すなわち『地域性』に少なからぬ影響をもたらしているのではないかと考えるのです・・。
そして、さらにハナシを進めれば、古今の間に、その地域の自然(住人をも含む)に大きな変動、断層等が認められない場合においては、極端に云えば、その地域から出土する、伝承される古来よりの事物等と、現代のその地域における事物等に共通、あるいはそれらを『貫く何か』があるのではないかと思われるのです・・。
また、民俗学とは極言するならば、こうした地域、国において『貫く何か』を解明する学問であり、そしてその目的とは、柳田國男曰く『予言力の涵養』ではないでしょうか?
しかしながら、この『予言力の涵養』とは、おそらく実利、実用的な目的による視座からは得ることが難しいのではないかと思われます・・。
しかしまたその一方、『予言力の涵養』とは過去・現在・未来に通じる『運命の把握』とも概念的に極めて近似すると考えられることから、それを恐れるといった場合も少なからずあるのかもしれません・・。
そして、そのように考えてみると三島由紀夫が民俗学を次第に薄気味悪く思うに至った原因とは、あるいは、こういったところにあるとも考えられます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、また、その後の復興を祈念しております。」
もうまもなく春の足音が聞こえてくるのではないでしょうか・・?
そういえば、これまで在住した地域とは、それぞれ春の訪れと共に大気全体が当地の自然の香りを帯び、一種何ともいえない雰囲気となっていたことが思い出されます。
とりわけ南紀の田辺、みなべあたりの国道42号線から少しだけ内陸に入った山あいの地域では、今頃が丁度梅の開花であり、その香りが満ちているのではないかと思います・・。
そして、そうした雰囲気の中を自動車などで通る時は自然、陶然とした気分になるものです・・。
私は南紀に在住する以前には、こうした『自然の雰囲気に酔う』といったことはありませんでしたので、その感覚、体験とは大変鮮烈であり、未だ現在、身体レベルにてそれを記憶していると思います・・。
そして、おそらく前述の如く季節・地域毎の自然より招来される大気、雰囲気とは、そこに住む人々の持つ性質、すなわち『地域性』に少なからぬ影響をもたらしているのではないかと考えるのです・・。
そして、さらにハナシを進めれば、古今の間に、その地域の自然(住人をも含む)に大きな変動、断層等が認められない場合においては、極端に云えば、その地域から出土する、伝承される古来よりの事物等と、現代のその地域における事物等に共通、あるいはそれらを『貫く何か』があるのではないかと思われるのです・・。
また、民俗学とは極言するならば、こうした地域、国において『貫く何か』を解明する学問であり、そしてその目的とは、柳田國男曰く『予言力の涵養』ではないでしょうか?
しかしながら、この『予言力の涵養』とは、おそらく実利、実用的な目的による視座からは得ることが難しいのではないかと思われます・・。
しかしまたその一方、『予言力の涵養』とは過去・現在・未来に通じる『運命の把握』とも概念的に極めて近似すると考えられることから、それを恐れるといった場合も少なからずあるのかもしれません・・。
そして、そのように考えてみると三島由紀夫が民俗学を次第に薄気味悪く思うに至った原因とは、あるいは、こういったところにあるとも考えられます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、また、その後の復興を祈念しております。」
2017年2月21日火曜日
20170221 ブログ記事における新知見およびその指摘・・誰が判断するのか?
A「本日の首都圏は大変風が強く、そのためか体感気温もまた寒く感じられました・・。
さて、昨日投稿の記事に対してもまた、投稿直後に面白い反応が認められましたので、早速これを取り入れさせて頂きました・・(笑)。
ともあれ、大分前といっても良い時期に投稿した記事の内容を憶えていて、それを以て最前の投稿記事に対し即座に反応出来るという能力、才能とは、自身もここ最近は心掛けてはいることですが、なかなか難しいものです(苦笑)。
しかしまた、繰り返し昨日投稿の記事に関してですが、これは主に書籍からの抜粋引用でしたが、その割には、投稿翌日にしてはそこそこ多くの閲覧者数を得ることが出来ました・・。
どうです、この記事に述べられている指摘とは、多少は面白いものではなかったでしょうか・・(笑)。
そして、この記事に述べられている指摘の内容とは、これまでに紙面・文面にて読んだ記憶がありませんので、あるいは『初めて』であるのかもしれません・・(笑)。
如何なるものであれ、自身が関与した、こうした新知見(である可能性があるもの)とは、それなりに精神を高ぶらせる性質を持っているようであり、またそれが、偶然によって発見されるというところが大変面白いのです・・(笑)。
とはいえ、その偶然に至るためには地道に何かを継続していなければならないようです・・(苦笑)。
こうしたことを『人事を尽くして天命を待つ』というのでしょうか・・(笑)。
また、そのように考えてみますと、それはさまざまな実験などにおいても同様のことが云えるのではないかとも思われますが、さて如何でしょうか?
そしてさらに、ここまで書いており『自身が継続しているこのブログに対する寓言、アレゴリーでもあるのではないか?』と不図思い付いた次第であるのですが、もしそうであるとすればこのさき一体どのような天命が待っているというのでしょうか・・(笑)?
とはいえ、そういったことを考えはじめますと、肝心なブログ記事作成の着想が湧かなくなる傾向があると考えますので、今後気温も徐徐に上がり、ブログ記事の着想もまた、それに付随し多少は精度が上がり、面白くなることを信じ、まあ書き続けるより仕方がないのではと思います・・(笑)。
また、ここまで書いてきて再びハナシを戻して考えてみることは
『これまでに作成したブログ記事全ての中に、文章化された新しい指摘・知見【学術的にも】といったものは実際にあるのだろうか?』ということです・・。
もし、それら記事の中にそうした知見が一つでも認められる、あるいはそのタネとなりそうな指摘が一つでもあれば、ここまで継続してきた甲斐があるというものですが、しかし一体誰がそれを判断するのでしょうか・・(笑)。
ゲーテ曰く『博学はまだ判断ではない。』とは、あるいはそうした意味であるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
さて、昨日投稿の記事に対してもまた、投稿直後に面白い反応が認められましたので、早速これを取り入れさせて頂きました・・(笑)。
ともあれ、大分前といっても良い時期に投稿した記事の内容を憶えていて、それを以て最前の投稿記事に対し即座に反応出来るという能力、才能とは、自身もここ最近は心掛けてはいることですが、なかなか難しいものです(苦笑)。
しかしまた、繰り返し昨日投稿の記事に関してですが、これは主に書籍からの抜粋引用でしたが、その割には、投稿翌日にしてはそこそこ多くの閲覧者数を得ることが出来ました・・。
どうです、この記事に述べられている指摘とは、多少は面白いものではなかったでしょうか・・(笑)。
そして、この記事に述べられている指摘の内容とは、これまでに紙面・文面にて読んだ記憶がありませんので、あるいは『初めて』であるのかもしれません・・(笑)。
如何なるものであれ、自身が関与した、こうした新知見(である可能性があるもの)とは、それなりに精神を高ぶらせる性質を持っているようであり、またそれが、偶然によって発見されるというところが大変面白いのです・・(笑)。
とはいえ、その偶然に至るためには地道に何かを継続していなければならないようです・・(苦笑)。
こうしたことを『人事を尽くして天命を待つ』というのでしょうか・・(笑)。
また、そのように考えてみますと、それはさまざまな実験などにおいても同様のことが云えるのではないかとも思われますが、さて如何でしょうか?
そしてさらに、ここまで書いており『自身が継続しているこのブログに対する寓言、アレゴリーでもあるのではないか?』と不図思い付いた次第であるのですが、もしそうであるとすればこのさき一体どのような天命が待っているというのでしょうか・・(笑)?
とはいえ、そういったことを考えはじめますと、肝心なブログ記事作成の着想が湧かなくなる傾向があると考えますので、今後気温も徐徐に上がり、ブログ記事の着想もまた、それに付随し多少は精度が上がり、面白くなることを信じ、まあ書き続けるより仕方がないのではと思います・・(笑)。
また、ここまで書いてきて再びハナシを戻して考えてみることは
『これまでに作成したブログ記事全ての中に、文章化された新しい指摘・知見【学術的にも】といったものは実際にあるのだろうか?』ということです・・。
もし、それら記事の中にそうした知見が一つでも認められる、あるいはそのタネとなりそうな指摘が一つでもあれば、ここまで継続してきた甲斐があるというものですが、しかし一体誰がそれを判断するのでしょうか・・(笑)。
ゲーテ曰く『博学はまだ判断ではない。』とは、あるいはそうした意味であるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年2月20日月曜日
20170220 主に二著作からの抜粋引用「海底二万里」および「発掘から推理する」
本日の首都圏は特に風が強く、町中にて設置してある看板が風により転倒している光景が数例見受けられました・・。
とはいえ、こうした風の強い日が少し続き、そして徐徐に春めいてくるのではないかとも思われますので、寒い時期ももうしばらくで過ぎて行くのではないでしょうか・・?
さて、当ブログについてですが、昨日投稿記事も本日の日中も含め、思いのほか読んで頂いており、作成者としてはとても嬉しく思うところです・・(笑)。
興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
それら記事の中でわずかでも共感出来たり、考えさせられる要素が認められるのでしたら、こちらも作成した甲斐があるというものです・・(笑)。
とはいえ、本日作成のブログ記事に関しては、主に書籍(二点)からの抜粋になることを予めお伝えします。
まず、唐突ではありますが、古事記の日向を舞台とするハナシにおいて登場する豊玉毘売とは、大きなワニの化身であったと描かれております。
また、同様に、出雲神話での大国主の関連するハナシに因幡の白兎がありますが、ここにもワニが登場します。
しかしながら、いかにハナシの舞台が古代であり棲んでいる生物も現代と若干異なるとはいえ、我が国に在来生物としてワニが棲んでいたということは眉唾ものです・・。
それ故、これらの神話に登場するワニとは実はサメ、ウミヘビなどを含めた『海神を象徴するもの』というのが、どうやらそれら神話の解釈における通説のようです・・。
また、これらの神話と類似するハナシとは中国南部、東南アジアに分布しているため、おそらく何れかの経路により、それらハナシのスジが古代の我が国にもたらされたものと考えられております・・。
とはいえ、こうした風の強い日が少し続き、そして徐徐に春めいてくるのではないかとも思われますので、寒い時期ももうしばらくで過ぎて行くのではないでしょうか・・?
さて、当ブログについてですが、昨日投稿記事も本日の日中も含め、思いのほか読んで頂いており、作成者としてはとても嬉しく思うところです・・(笑)。
興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
それら記事の中でわずかでも共感出来たり、考えさせられる要素が認められるのでしたら、こちらも作成した甲斐があるというものです・・(笑)。
とはいえ、本日作成のブログ記事に関しては、主に書籍(二点)からの抜粋になることを予めお伝えします。
まず、唐突ではありますが、古事記の日向を舞台とするハナシにおいて登場する豊玉毘売とは、大きなワニの化身であったと描かれております。
また、同様に、出雲神話での大国主の関連するハナシに因幡の白兎がありますが、ここにもワニが登場します。
しかしながら、いかにハナシの舞台が古代であり棲んでいる生物も現代と若干異なるとはいえ、我が国に在来生物としてワニが棲んでいたということは眉唾ものです・・。
それ故、これらの神話に登場するワニとは実はサメ、ウミヘビなどを含めた『海神を象徴するもの』というのが、どうやらそれら神話の解釈における通説のようです・・。
また、これらの神話と類似するハナシとは中国南部、東南アジアに分布しているため、おそらく何れかの経路により、それらハナシのスジが古代の我が国にもたらされたものと考えられております・・。
そして、これらのことを前提として、以下に二編の書籍からの抜粋引用を試みます。
「一月一三日、ネモ船長はチモール海に到着し、東経一二二度に位置する同名の島を確認していた。
この島は表面積が一六二五平方里、ラジャ(インドの王、王族)に支配されていた。
それらの王族は、みずからがワニの子孫、つまり人間の起源としてもっとも気高い先祖から生まれ出たものどと自称している。
それゆえ、この島の河にはこれら鱗の生えた先祖たちが多数あり、特別な崇拝の的となっている。ワニは保護され、甘やかされ、褒めそやされ、養われている。若い娘が餌として与えられることもあるし、よそ者がこの神聖なるトカゲに手をかけようものなら、たいへんな目にあう。」
岩波書店刊 金関丈夫著 「発掘から推理する」pp.65ー66より抜粋引用
「日本でシッポのあった部族は、豊後の緒方一族が、「平家物語」以来有名になっている。
緒方は尾形で、この一族の人びとには、からだに蛇の尾の形や、鱗の形があったという。
鱗形のほうは、自族が海神すなわち竜(蛇)神の子孫だ、という伝承が強くのこっている。
緒方は大神氏の一支だが、この氏族や、伊予の河野や越智一族の家紋は鱗形だ。
鱗を家紋とするものは、平氏の一族にもあり、伊豆、相模の北条にもある。
平氏の厳島、北条の江ノ島は、九州の宗像の女神のわかれで、江ノ島の弁財天が竜女であったことは、「太平記」の時政榎島参籠のくだりで有名だ。
シッポは消失しても、宗像神をまつる部族は、家紋に蛇の鱗をのこすものが多い。
宗像は古くは胸形で、胸形とは胸に鱗形のあったことだ、と私はみている。
三角形、つまり鱗形のいれずみだったと思う。」
各々著された年代は大きく異なる(前1870・後1975)ものの、それらを統合する風習、観念が何かしら存在するのではないかと考えられるのですが、さて、如何でしょうか・・?
また、世界各地の民俗風習記録の集大成とも云える「金枝篇」は「海底二万里」刊行から20年後の1890年に刊行されました。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年、熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
岩波書店刊 金関丈夫著 「発掘から推理する」pp.65ー66より抜粋引用
「日本でシッポのあった部族は、豊後の緒方一族が、「平家物語」以来有名になっている。
緒方は尾形で、この一族の人びとには、からだに蛇の尾の形や、鱗の形があったという。
鱗形のほうは、自族が海神すなわち竜(蛇)神の子孫だ、という伝承が強くのこっている。
緒方は大神氏の一支だが、この氏族や、伊予の河野や越智一族の家紋は鱗形だ。
鱗を家紋とするものは、平氏の一族にもあり、伊豆、相模の北条にもある。
平氏の厳島、北条の江ノ島は、九州の宗像の女神のわかれで、江ノ島の弁財天が竜女であったことは、「太平記」の時政榎島参籠のくだりで有名だ。
シッポは消失しても、宗像神をまつる部族は、家紋に蛇の鱗をのこすものが多い。
宗像は古くは胸形で、胸形とは胸に鱗形のあったことだ、と私はみている。
三角形、つまり鱗形のいれずみだったと思う。」
各々著された年代は大きく異なる(前1870・後1975)ものの、それらを統合する風習、観念が何かしら存在するのではないかと考えられるのですが、さて、如何でしょうか・・?
また、世界各地の民俗風習記録の集大成とも云える「金枝篇」は「海底二万里」刊行から20年後の1890年に刊行されました。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年、熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年2月19日日曜日
20170219 自然風土と精神の関係について・・躁と鬱およびハレとケガレ
おかげさまで昨日投稿した記事の閲覧者数は投稿翌日にしては増加しました・・。
読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
また、昨日も関連する既投稿記事の大変興味深いご指摘がありましたが、これも早速活用させて頂きました。
『ご指摘どうもありがとうございます!』
さて、昨日投稿記事の題材とは主に「躁状態」についてでしたが、これは作家の北杜夫によると季節と関連があるとのことでした・・。
たしかに自身の場合も気温の上昇に伴い徐徐にテンションが上がっていくような実感があります・・(笑)。
また、おそらくこのことは季節毎の既投稿記事を比較して読んで頂けますと多少は納得して頂けるのではないかと思われます・・。
さらに、こうしたことは居住地の移動などによっても大きな影響を受け、精神を含む身体が移住先に落ち着くまで、ある程度の期間を要し、また同様に心身に対しても負担を強いるのではないかとも思います・・。
それ故「ある程度の高齢になった場合、移住はしない方が良い」と一般に云われているのではないでしょうか・・?
そして自身に関しても、やはり鹿児島在住初年目、二年目はじめとは、あまり調子が上がらず、元気も出ず、また、その気候、暑さのためか茫然とすることが多く、日に何度も実験室の流し場で顔を洗っていたことが思い出されます・・。
そうした経験から、私見ではありますが、鹿児島の自然風土(人間は少し違うかもしれない・・)とは、はじめて訪れ在住する人々に対しあまり歓迎的ではないと思われます・・。
これは和歌山、南紀、福岡市などと比べてですが、その(鹿児島の)自然風土とは、九州最南端の南国的といっても良い立地にありながら、大昔の周辺火山噴火・降灰の影響により、その地味は決して豊かではなく、全般的に南国特有の植生の横溢、旺盛さなどは、本州南端の南紀と比較した場合、むしろ南紀の方に軍配が上がるのではないかと思われます。
一方、日射量に関しては、やはり南紀以上に南国的であり、さらに鹿児島市内では降灰も同時期にあることから、その自然風土とは、やはり、はじめて住む人々にとっては、少なくとも歓迎的であるとはいえないと考えます・・。
とはいえ、そこで数年過ごし、ある程度適応出来たと思われる状態になりますと、今度は変に元気になってしまい、特に2012年秋頃はピークといってもよく、和歌山市某所にて開催された勉強会において、修士課程の頃は詳細については分からなかった銅鐸(紀州全土に出土例が多く、また、その分布も興味深い)についてを鋳造技術(歯科理工学においては必須)と関連させ、さらにトーマス・マン著「魔の山」からの抜粋引用をそのイントロに用いた至極奇怪な報告を行っていました・・(苦笑)。
ああした報告は現在では出来ないのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、その報告の評判とは、そこまで悪いものでもなかったとも記憶しておりますが・・。
しかし、それを記憶として、現在、そういった(至極奇怪・現在では出来ない・そこまで悪いものではない)判断を下せるだけ、まだマシであるのかもしれません・・(笑)。
とはいえ、あの当時の『勢い』とは、現在になり考えますと、また訪れて欲しいと思わないこともありません・・(笑)。
いや、むしろ、その後の反動さえなければ積極的に来て欲しいと思います・・(笑)。
そして、ここまで書いておりますと、今度は民俗学で、特に谷川健一が述べていた『ハレ・ケガレ』などについてを想起してしまうのです・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
また、昨日も関連する既投稿記事の大変興味深いご指摘がありましたが、これも早速活用させて頂きました。
『ご指摘どうもありがとうございます!』
さて、昨日投稿記事の題材とは主に「躁状態」についてでしたが、これは作家の北杜夫によると季節と関連があるとのことでした・・。
たしかに自身の場合も気温の上昇に伴い徐徐にテンションが上がっていくような実感があります・・(笑)。
また、おそらくこのことは季節毎の既投稿記事を比較して読んで頂けますと多少は納得して頂けるのではないかと思われます・・。
さらに、こうしたことは居住地の移動などによっても大きな影響を受け、精神を含む身体が移住先に落ち着くまで、ある程度の期間を要し、また同様に心身に対しても負担を強いるのではないかとも思います・・。
それ故「ある程度の高齢になった場合、移住はしない方が良い」と一般に云われているのではないでしょうか・・?
そして自身に関しても、やはり鹿児島在住初年目、二年目はじめとは、あまり調子が上がらず、元気も出ず、また、その気候、暑さのためか茫然とすることが多く、日に何度も実験室の流し場で顔を洗っていたことが思い出されます・・。
そうした経験から、私見ではありますが、鹿児島の自然風土(人間は少し違うかもしれない・・)とは、はじめて訪れ在住する人々に対しあまり歓迎的ではないと思われます・・。
これは和歌山、南紀、福岡市などと比べてですが、その(鹿児島の)自然風土とは、九州最南端の南国的といっても良い立地にありながら、大昔の周辺火山噴火・降灰の影響により、その地味は決して豊かではなく、全般的に南国特有の植生の横溢、旺盛さなどは、本州南端の南紀と比較した場合、むしろ南紀の方に軍配が上がるのではないかと思われます。
一方、日射量に関しては、やはり南紀以上に南国的であり、さらに鹿児島市内では降灰も同時期にあることから、その自然風土とは、やはり、はじめて住む人々にとっては、少なくとも歓迎的であるとはいえないと考えます・・。
とはいえ、そこで数年過ごし、ある程度適応出来たと思われる状態になりますと、今度は変に元気になってしまい、特に2012年秋頃はピークといってもよく、和歌山市某所にて開催された勉強会において、修士課程の頃は詳細については分からなかった銅鐸(紀州全土に出土例が多く、また、その分布も興味深い)についてを鋳造技術(歯科理工学においては必須)と関連させ、さらにトーマス・マン著「魔の山」からの抜粋引用をそのイントロに用いた至極奇怪な報告を行っていました・・(苦笑)。
ああした報告は現在では出来ないのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、その報告の評判とは、そこまで悪いものでもなかったとも記憶しておりますが・・。
しかし、それを記憶として、現在、そういった(至極奇怪・現在では出来ない・そこまで悪いものではない)判断を下せるだけ、まだマシであるのかもしれません・・(笑)。
とはいえ、あの当時の『勢い』とは、現在になり考えますと、また訪れて欲しいと思わないこともありません・・(笑)。
いや、むしろ、その後の反動さえなければ積極的に来て欲しいと思います・・(笑)。
そして、ここまで書いておりますと、今度は民俗学で、特に谷川健一が述べていた『ハレ・ケガレ』などについてを想起してしまうのです・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
20170218 文章作成と躁状態について・・
「ヒトは自身が何かを創造、創作している状態を客観視することは出来ない。」と云われますが、それは一般的な創造、創作行為全てにも適用することができるのではないかと思われます・・。
そして、その意味において昨日投稿した記事内容に創造的な要素は見受けられないと考えます。
しかしながら、その主題であった「口語→文語の変換そして文体の獲得」には、ある程度の妥当性、事実が認められるのではないかとも考えます。
一方、我々とは、あまり深刻にこうしたことを認め合うことはしませんが「文体の獲得」とは、誰であれ、それなりの困難を伴うものなのではないでしょうか・・?
いや、それ以上に、そうしたこと(文体の獲得)とは日常生活を送る上において積極的に必要でもないことから、それは日常的な話題にもならないのかもしれませんが・・。
無論、自身もまた「文体の獲得」に対し未だ半知半解でありますので、あまり知ったようなことは書けませんが、そうであっても上記に述べたことは大体、事実に即していると考えます。
また、文章を書く際においては日常と多少異なった心的状態にある方が自然であるといったことを書きましたが、これは換言すると一種の『躁状態』に近いのではないかと思われます・・。
そもそも、ある程度の躁状態でなければ、公表を前提とするような文章など書くことはできないのではないでしょうか・・(笑)。
いや、もう少し表現を和らげますと「公表を前提とする文章を書く際においては躁状態である方が都合が良いのではないか?」といった感じになりましょう・・(笑)。
また、かつての文筆家で、ある種の薬品摂取を日常としていた方々とは、一面において、薬品を摂取することにより、いわば人工的に躁状態となり、その「勢い」を用いて文章を作成していたのではないかとも思われるのです・・。
さて、2012~2013年の自身を振り返ると、薬品云々はさて置き、躁と鬱の間を不安定に行き来していたのではないかと思われます・・。
そして、後知恵にはなりますが、異郷の地にて不安定な精神状態であったにしては、どうにかそれをまさしく『生きて』脱することが出来たのは、ひとえに周囲の方々のお蔭であったのではないかと思われるのです・・。
また、現在こうしてブログ記事作成を継続することが出来ていますが、今後、その内容の更なる向上、洗練をはかるため躁状態になれたら良いのでは・・?と正直、時折思うこともありますが、その後に何らかの反動つまり虚脱、慢性疲労、知力・精力の減退といった状態にならなければ、それもまた良いのではないかと思います・・(笑)【この反動は生命力を大きく摩滅させる力があります。】
そして何より、客観的に見て、書かれた文章の向上、洗練が認められるのであれば・・(笑)。
しかし、そもそも我々の社会には、躁状態になっている人間に対し特に水を差すことはなく、その行状、言動の成り行きを見て、機に応じ、それを流行、時代精神の源泉としたり、あるいはまた非難の対象ともするような傾向があるのではないでしょうか・・(笑)。【社会での凝集性の核となる心理的な要素とは、ある種、躁的なものではないだろうか?】
それは大昔の狩人から族長、王、預言者、予言者、巫女、宗教家、殉教者、将軍、騎士、冒険家、芸術家、資本家、技術者、革命家、文筆家、フェミニスト、政治家、軍人、神がかり参謀、医学者、科学者に至るまで・・。
たしかにそれは人工知能AIには真似出来ない仕業であるようには思われますが・・・。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
そして、その意味において昨日投稿した記事内容に創造的な要素は見受けられないと考えます。
しかしながら、その主題であった「口語→文語の変換そして文体の獲得」には、ある程度の妥当性、事実が認められるのではないかとも考えます。
一方、我々とは、あまり深刻にこうしたことを認め合うことはしませんが「文体の獲得」とは、誰であれ、それなりの困難を伴うものなのではないでしょうか・・?
いや、それ以上に、そうしたこと(文体の獲得)とは日常生活を送る上において積極的に必要でもないことから、それは日常的な話題にもならないのかもしれませんが・・。
無論、自身もまた「文体の獲得」に対し未だ半知半解でありますので、あまり知ったようなことは書けませんが、そうであっても上記に述べたことは大体、事実に即していると考えます。
また、文章を書く際においては日常と多少異なった心的状態にある方が自然であるといったことを書きましたが、これは換言すると一種の『躁状態』に近いのではないかと思われます・・。
そもそも、ある程度の躁状態でなければ、公表を前提とするような文章など書くことはできないのではないでしょうか・・(笑)。
いや、もう少し表現を和らげますと「公表を前提とする文章を書く際においては躁状態である方が都合が良いのではないか?」といった感じになりましょう・・(笑)。
また、かつての文筆家で、ある種の薬品摂取を日常としていた方々とは、一面において、薬品を摂取することにより、いわば人工的に躁状態となり、その「勢い」を用いて文章を作成していたのではないかとも思われるのです・・。
さて、2012~2013年の自身を振り返ると、薬品云々はさて置き、躁と鬱の間を不安定に行き来していたのではないかと思われます・・。
そして、後知恵にはなりますが、異郷の地にて不安定な精神状態であったにしては、どうにかそれをまさしく『生きて』脱することが出来たのは、ひとえに周囲の方々のお蔭であったのではないかと思われるのです・・。
また、現在こうしてブログ記事作成を継続することが出来ていますが、今後、その内容の更なる向上、洗練をはかるため躁状態になれたら良いのでは・・?と正直、時折思うこともありますが、その後に何らかの反動つまり虚脱、慢性疲労、知力・精力の減退といった状態にならなければ、それもまた良いのではないかと思います・・(笑)【この反動は生命力を大きく摩滅させる力があります。】
そして何より、客観的に見て、書かれた文章の向上、洗練が認められるのであれば・・(笑)。
しかし、そもそも我々の社会には、躁状態になっている人間に対し特に水を差すことはなく、その行状、言動の成り行きを見て、機に応じ、それを流行、時代精神の源泉としたり、あるいはまた非難の対象ともするような傾向があるのではないでしょうか・・(笑)。【社会での凝集性の核となる心理的な要素とは、ある種、躁的なものではないだろうか?】
それは大昔の狩人から族長、王、預言者、予言者、巫女、宗教家、殉教者、将軍、騎士、冒険家、芸術家、資本家、技術者、革命家、文筆家、フェミニスト、政治家、軍人、神がかり参謀、医学者、科学者に至るまで・・。
たしかにそれは人工知能AIには真似出来ない仕業であるようには思われますが・・・。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
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