昨日投稿した記事(主に書籍からの抜粋引用)と関連しているのではないかと思われる記述を以下に示します。
そして、ここまで記していて、昨日の抜粋引用部の著者である丸山眞男と本日のそれの著者である橋川文三とは師弟関係であるこが想起され、これは必然であるのかもしれませんが、なかなか面白く思われました・・(笑)。
さて、以下、抜粋引用部です。
岩波書店刊 橋川文三著 中島岳志編 「橋川文三セレクション」pp.2ー5より抜粋引用
『われわれ日本人の生活意識もしくは文化形成契機として、「歴史意識」とよばれるものの作用はむしろ希薄であるというのが「通説」のようになっている。そのことは、卑近な日常の思考・行動様式においても、理論形成の内面的契機の問題としても、あるいは芸術的な様式活動の領域においても、同様に指摘しうるものとされている(たとえば上原専禄・加藤周一の対談「歴史感覚・歴史意識と歴史学」を参照―「思想」昭和三十二年五月号)。しばしば一種の通俗的な文化類型学的思想として、日本人の意識形態を古代ギリシャ人のそれに類推することが行われるが、その場合にも、芸術的感性の優越ということとならべて、「歴史」に対する無感覚ということが共通性の一つとされるのが普通である。ともあれ、「歴史意識」の欠如を説き、それを「持たなばならぬ」とするたぐいの発現は、われわれがしばしば耳にするところでもあり、そこにはさまざまな政治的評価もからんで、複雑な思想問題があらわれている。しかし、他方、「日本人は歴史観の上に生きることの強い国民である」(折口信夫「民俗学」-「歴史教育」昭和七年十一月、臨時増刊号)というような発言も、ごく当然のこととしてうけいれられるような状態があることも否定できないであろう。とくに戦前の教育をうけた世代にとっては、その内容がいかなる意味をもったにせよ、「歴史」からはなれて、思考や行動の意味をとらえるということはなかったともいえるのである。(そのもっとも極端な例をいえば、「八紘一宇」といった古代的イデオロギーが、少なくともたてまえとして、国民の行動原理として機能しえたのは、つい昨日のことである。)ここには明らかに概念規定における矛盾ないし困難がある。
日本人に「歴史意識」が薄いというのが真理であるならば、他方で歴史観における強さをいうことは虚偽でなければならない。(あらかじめいえば、私はそのとおりだと考える。)
そして、私は、折口のいう意味での歴史観を、コリングウッドにならって、擬歴史意識(Quasi-history)として区別することにしたい。
それなら、いわゆる「歴史意識」とは何か、このことを、予備的に検討しておくことがやはり必要であろう。まず明らかなことは、それは歴史という学問のことでもなく、歴史の知識ということでもないということである。
わが国においてもっともさかんな学問の一つが「歴史学」であることはこれまた「通説」であるから、そこに「歴史意識」が欠如しているということはありえないことになる。
また、当然のことながら、それはあくまで「意識」のことであって「歴史過程」そのものではない。
どこの国、いつの時代にも、それが存在したことは明らかである。三木清の用語にしたがえば、学問としての歴史は「ロゴスとしての歴史」、即自的な歴史過程は「存在としての歴史」ということになるが(「歴史哲学」参照、「歴史意識」はそのいずれのことでもない。
それは「歴史感覚」というか、あるいは歴史経験というか、直接感じ方の問題として、現象の背後にある歴史的厚みを感じる実感」「その実感があるから、物事の歴史的発展が論理的にとらえられ・・・専門化して歴史学にもなる」(加藤周一、前掲対談)という、そういう性質のものにほかならない。つまりそれは「歴史学」はもとより、「歴史的認識」「歴史的思考」「歴史的態度」「歴史的立場」等々とよばれるすべてのものの根底にあって、それらと関連しながらも、基本的にはそれらと異なる『一種の精神的能力』のことである。それは、あたかも感性のアプリオリな諸形式が、人間認識の前提として与えられているのと同じように、意識に内在する、ある基本的な様式として考えられるものであろう。
したがって、心理的実質に即していえば、それは「感覚」のある作用とも考えることができる。たとえば、マイネッケがその著作の一つにVom geschichtlichen Sinn und vom sinn der Geschichte(「歴史感覚と歴史の意味について」―邦訳名「歴史主義の立場」)と題した場合などは、そこにいわれる「歴史感覚」は「歴史の意味(ジン)を感覚しうる精神作用のことであり、そのまま「歴史意識」と同じ意味で用いられたものである。それなら、本来の「歴史意識」とは何か?われわれはここで、端的にトレルチュが、それに与えた美しい規定を見ることにしよう。「・・・そういう気持(歴史的関心」もしくは歴史意識―引用者)は、人類の歴史的生活を出来る限り広く観察しようとする気持ちであり、またなんら一定の実践的目的を立てることなしに、ただ、人間存在の豊富・充溢・活発さを眺めて感激するような気持であるのです。この多種多様なる歴史的世界に現れて居るもの、またその多種多様な姿を現すことによって歴史的世界を観察する人の心に神の如き広さと大きさを注ぎ込んでくれるもの、それは尽くる所なき神の生命であり、働きである、という風に私共には見えるのです。」(歴史主義とその克服」邦訳一〇四頁)
マイネッケが歴史主義の根底にある歴史的感覚(=歴史意識)について「この新しい感覚のもっとも生命ある根元」は『人間および人間の形成物における個性的なものへの帰依』であると表現した場合にも、およそ「歴史意識」についていだかれている観念は、ほぼ同様といえるであろう。つまり、そこに共通していわれていることは、マイネッケがその名著「歴史主義の成立」の巻頭に掲げたゲーテの言葉に示されるあの個体的なるもの(Individuum est ineffabile―個体的なるものは語りつくせぬ)への意識、それが歴史意識であり、歴史主義の母胎だということである。』
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
2016年9月29日木曜日
20160928 主に電車内にて読んでいた書籍からの抜粋引用 丸山眞男著『忠誠と反逆』より
本日、電車内で読んでいた著作内での記述にて、昨今投稿したいくつかのブログ記事内容に対しての異なった視点ともなるのではないかと思われた部分を見つけましたので、以下それを抜粋引用します。
筑摩書房刊 丸山眞男著「忠誠と反逆」pp.422-423より抜粋引用
『歴史的認識は、たんに時間を超越した永遠者の観念からも、また、たんに自然的な時間の継起の知覚からも生まれない。それはいつでもどこでも、永遠と時間との交わりを通じて自覚される。日本の歴史意識の「古層」において、そうした永遠者の位置を占めて来たのは、系譜的連続における無窮性であり、そこに日本型の「永遠の今」が構成されたこと、さきに見たとおりである。この無窮性は時間にたいする超越者ではなくて、時間の無限の線的な延長のうえに観念される点では、どこまでも真の永遠性とは異なっている。けれども、漢意、仏意、洋意に由来する永遠像に触発されるとき、それとの摩擦やきしみを通じて、こうした「古層」は、歴史的因果の認識や変動の力学を発育させる恰好の土壌となった。ところで家系(イエ)の無窮な連続ということが、われわれの生活意識のなかで占める比重は、現代ではもはや到底昔日の談ではない。しかも経験的な人間行動・社会関係を律する見えざる「道理の感覚」が拘束力を著しく喪失したとき、もともと歴史的相対主義の繁茂に有利なわれわれの土壌は、「なりゆき」の流動性と「つぎつぎ」の推移との底知れない泥沼に化するかもしれない。現に、「いま」の感覚はあらゆる「理念」への錨づけから放たれて、うつろい行く瞬間の享受としてだけ、宣命のいう「中今」への賛歌がひびきつづけているかに見える。すべてが歴史主義化された世界認識―ますます短縮する「世代」観はその一つの現れにすぎない―は、かえって非歴史的な、現在の、そのつどの絶対化をよびおこさずにはいないであろう。
しかも眼を「西欧的」世界に転ずると、「神は死んだ」とニーチェがくちばしってから一世紀たって、そこでの様相はどうやら右のような日本の情景にますます似て来ているように見える。
もしかすると、われわれの歴史意識を特徴づける「変化の持続」は、その側面においても、現代日本を世界の最先進国に位置づける要因になっているかもしれない。このパラドックスを世界史における「理性の狡知」のもう一つの現れとみるべきか、それとも、それは急速に終幕に向かっているコメディアなのか。―だが、文明論は所詮、この小稿の場ではない。』
これはなかなか深いことを述べているのではないかと思われますが、読んで頂いた皆様は如何お考えになるでしょうか?
ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。
筑摩書房刊 丸山眞男著「忠誠と反逆」pp.422-423より抜粋引用
『歴史的認識は、たんに時間を超越した永遠者の観念からも、また、たんに自然的な時間の継起の知覚からも生まれない。それはいつでもどこでも、永遠と時間との交わりを通じて自覚される。日本の歴史意識の「古層」において、そうした永遠者の位置を占めて来たのは、系譜的連続における無窮性であり、そこに日本型の「永遠の今」が構成されたこと、さきに見たとおりである。この無窮性は時間にたいする超越者ではなくて、時間の無限の線的な延長のうえに観念される点では、どこまでも真の永遠性とは異なっている。けれども、漢意、仏意、洋意に由来する永遠像に触発されるとき、それとの摩擦やきしみを通じて、こうした「古層」は、歴史的因果の認識や変動の力学を発育させる恰好の土壌となった。ところで家系(イエ)の無窮な連続ということが、われわれの生活意識のなかで占める比重は、現代ではもはや到底昔日の談ではない。しかも経験的な人間行動・社会関係を律する見えざる「道理の感覚」が拘束力を著しく喪失したとき、もともと歴史的相対主義の繁茂に有利なわれわれの土壌は、「なりゆき」の流動性と「つぎつぎ」の推移との底知れない泥沼に化するかもしれない。現に、「いま」の感覚はあらゆる「理念」への錨づけから放たれて、うつろい行く瞬間の享受としてだけ、宣命のいう「中今」への賛歌がひびきつづけているかに見える。すべてが歴史主義化された世界認識―ますます短縮する「世代」観はその一つの現れにすぎない―は、かえって非歴史的な、現在の、そのつどの絶対化をよびおこさずにはいないであろう。
しかも眼を「西欧的」世界に転ずると、「神は死んだ」とニーチェがくちばしってから一世紀たって、そこでの様相はどうやら右のような日本の情景にますます似て来ているように見える。
もしかすると、われわれの歴史意識を特徴づける「変化の持続」は、その側面においても、現代日本を世界の最先進国に位置づける要因になっているかもしれない。このパラドックスを世界史における「理性の狡知」のもう一つの現れとみるべきか、それとも、それは急速に終幕に向かっているコメディアなのか。―だが、文明論は所詮、この小稿の場ではない。』
これはなかなか深いことを述べているのではないかと思われますが、読んで頂いた皆様は如何お考えになるでしょうか?
ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。
2016年9月28日水曜日
20160927 最近公開されたアニメ映画から勝手に思ったこと・・
さる八月に公開された地方と東京を舞台とするアニメ映画が大きな反響を呼んでいるとのことです・・。
この映画はストーリーの面白さもさることながら映像が大変キレイとのことであり、予告編を動画サイトにて視聴しますと「ウワサ通りたしかにキレイである。」と感じました・・。
しかし、実際の東京都心部の光景・景色とは概ね、このアニメ映画に描かれているような透明感のあるようななものではないと思いますが・・。
とはいえ、こうした描き方とは、アニメならではの創造的作業であり、やはり素晴らしいものであると思います・・。
また、一方の舞台である地方の光景、景色に関しては、自身の在住経験がないため、判断をすることができません・・。
もとい、こうした人格の入れ替わり、都市と地方との対比などを扱った物語とは、新しくとも日本霊異記の時代(~9世紀初頭)から我が国に存在しておりますので、現在の我が国にて、こうした主題、テーマが選ばれ、そして、それが人気を博しているということに対し「一体どのような背景となる世相、時代精神といったものが存在するのであろうか?」と考えさせられます・・。
こうしたものは、おそらく映像のキレイさといった要素のみにて人気を博することは少ないと思われますので・・。
また、都市と地方(文化)の対比そして融合、調和といったことを一つのテーマとして扱ったアニメ映画として一連のジブリ映画ほど有名ではないようですが高樹のぶ子原作の「マイマイ新子と千年の魔法」が挙げられるのではないかと思います。
この映画は鹿児島在住時に観ましたが、鑑賞の際、三十路過ぎであるにもかかわらず、不覚にも泣いてしまいました・・(笑)。
おそらく当時の私とは、この映画のテーマに対し甚く共感したのであろうと思われます・・。
興味を持たれた方は、よろしければ一度ご覧ください・・。
また、さきの映画のもう一つのテーマである人格の入れ替わりに関しては、アニメ化はされておりませんが、安彦良和のマンガ「天の血脈」が大変面白く、このマンガを読みますと、和歌山在住時にフィールド・ワークにて古社、古墳などに訪れた際の感覚が思い起こされます・・。
(あとになり手塚治虫の「火の鳥」(太陽編)もそうしたテーマであることを思い出しました。)
そして、その感覚の原因は判然としませんが、その感覚とは、こうした場所(古墳、古社など)を訪れると、以前ブログ記事にても記した「瞬時に様々な感覚の波が押し寄せる」といったものであるといえます・・。
このような感覚・精神現象?とは、なかなか面白いものです(そういえばラフカディオ・ハーンこと小泉八雲もどこかでそうしたことを述べていたと思います・・)。
もしかすると、我々とは、大概ある程度年齢を重ねると(多分30歳くらいでしょうか? そしてそのように考えると孔子の「論語」内の「三十にして立つ」とは、なかなか深い含蓄があるのかもしれません・・。)何かに対して、そうした感覚、現象が生じるように出来ているのではないでしょうか・・?
明確にはわかりませんが・・(笑)。
しかし、ハナシをもとに戻し、こうした都市と地方との対比、人格の入れ替わりをテーマとして扱ったアニメ映画を鑑賞する場合、それを鑑賞する人間が「どこで観るか」(都市、都会あるいは地方)によっても、おそらく鑑賞後の感想とは、大分異なるのではないかと思われます・・。
その意味において、このアニメ映画とは、(おそらく)一方において地方を舞台としながらも、その地方と東京の関係とは、我が国においてステレオタイプ化、無害化されたものから進化、変化していないのではないかと思われます・・
(対極にあるものが映画であれば野村芳太郎監督の「八つ墓村」あたりではなかろうか・・)。
また同時にそこから現今進行中の東京オリンピックへの一連の準備から看取される(東京における)時代精神らしきものを感じさせますが、さて如何でしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本における大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
この映画はストーリーの面白さもさることながら映像が大変キレイとのことであり、予告編を動画サイトにて視聴しますと「ウワサ通りたしかにキレイである。」と感じました・・。
しかし、実際の東京都心部の光景・景色とは概ね、このアニメ映画に描かれているような透明感のあるようななものではないと思いますが・・。
とはいえ、こうした描き方とは、アニメならではの創造的作業であり、やはり素晴らしいものであると思います・・。
また、一方の舞台である地方の光景、景色に関しては、自身の在住経験がないため、判断をすることができません・・。
もとい、こうした人格の入れ替わり、都市と地方との対比などを扱った物語とは、新しくとも日本霊異記の時代(~9世紀初頭)から我が国に存在しておりますので、現在の我が国にて、こうした主題、テーマが選ばれ、そして、それが人気を博しているということに対し「一体どのような背景となる世相、時代精神といったものが存在するのであろうか?」と考えさせられます・・。
こうしたものは、おそらく映像のキレイさといった要素のみにて人気を博することは少ないと思われますので・・。
また、都市と地方(文化)の対比そして融合、調和といったことを一つのテーマとして扱ったアニメ映画として一連のジブリ映画ほど有名ではないようですが高樹のぶ子原作の「マイマイ新子と千年の魔法」が挙げられるのではないかと思います。
この映画は鹿児島在住時に観ましたが、鑑賞の際、三十路過ぎであるにもかかわらず、不覚にも泣いてしまいました・・(笑)。
おそらく当時の私とは、この映画のテーマに対し甚く共感したのであろうと思われます・・。
興味を持たれた方は、よろしければ一度ご覧ください・・。
また、さきの映画のもう一つのテーマである人格の入れ替わりに関しては、アニメ化はされておりませんが、安彦良和のマンガ「天の血脈」が大変面白く、このマンガを読みますと、和歌山在住時にフィールド・ワークにて古社、古墳などに訪れた際の感覚が思い起こされます・・。
(あとになり手塚治虫の「火の鳥」(太陽編)もそうしたテーマであることを思い出しました。)
そして、その感覚の原因は判然としませんが、その感覚とは、こうした場所(古墳、古社など)を訪れると、以前ブログ記事にても記した「瞬時に様々な感覚の波が押し寄せる」といったものであるといえます・・。
このような感覚・精神現象?とは、なかなか面白いものです(そういえばラフカディオ・ハーンこと小泉八雲もどこかでそうしたことを述べていたと思います・・)。
もしかすると、我々とは、大概ある程度年齢を重ねると(多分30歳くらいでしょうか? そしてそのように考えると孔子の「論語」内の「三十にして立つ」とは、なかなか深い含蓄があるのかもしれません・・。)何かに対して、そうした感覚、現象が生じるように出来ているのではないでしょうか・・?
明確にはわかりませんが・・(笑)。
しかし、ハナシをもとに戻し、こうした都市と地方との対比、人格の入れ替わりをテーマとして扱ったアニメ映画を鑑賞する場合、それを鑑賞する人間が「どこで観るか」(都市、都会あるいは地方)によっても、おそらく鑑賞後の感想とは、大分異なるのではないかと思われます・・。
その意味において、このアニメ映画とは、(おそらく)一方において地方を舞台としながらも、その地方と東京の関係とは、我が国においてステレオタイプ化、無害化されたものから進化、変化していないのではないかと思われます・・
(対極にあるものが映画であれば野村芳太郎監督の「八つ墓村」あたりではなかろうか・・)。
また同時にそこから現今進行中の東京オリンピックへの一連の準備から看取される(東京における)時代精神らしきものを感じさせますが、さて如何でしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本における大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2016年9月27日火曜日
20160926 自己について・・
A「本日は日中気温が上昇し、多少暑くも感じました・・。
さて、先日電話口にて久しぶりに文系院時代の知人と話す機会を得ましたが、どうにか文系学問特有の世界、会話について行けたのではないかと思います・・。
しかし同時に、以前に比べ、色々と忘れている部分もあり、自身としては口惜しい部分もまた(少なからず)ありました・・・(苦笑)。
そして本日は、何人かの歯科医師の先生と話す機会を得ましたが、ここでもいくつかの歯科分野の会話にどうにかついて行けたのではないかと思います・・。
また、ここにおいてもさきと同様、少なからず忘れている部分があり、自身の勉強不足、記憶力の悪さが悔やまれました・・。
しかしながら、自身のことを誇るのわけではありませんが、こうしたいくつかの学問分野での(ある程度専門的な)会話について行ける私とは、一体何者であるのかと時折考えてしまいます・・(苦笑)。
ともあれ何れにせよ、その根本、基層には、いくつかの結節点を持つ文系学問の多少オカシイ(極めて個人的な)体系らしきものが存在するのではないかと思われます・・。
そして、このオカシイ学問体系とは、主に和歌山、東京そして鹿児島にて形成されました・・。
また、これは一応学位の分野としては「歯学」となっておりますが、取得後の経緯などを踏まえますと、私個人の意見として時折「こうなってしまった以上、分野などは別に何でもいいのではないだろうか?」と考えてしまうことがあります・・(苦笑)。
果たしてこうした意見とは(私の場合)傲慢不遜なものなのでしょうか・・?
しかし、それはともかくとして、現在ここまでブログ記事を継続して作成することが出来ている背景とは、さきに述べた三つの地域にて形成された学問体系らしきものに因ることは、たしかであると思われます・・。
あるいは異言すると、それら何れかの経験が欠けていても、それは出来なかった、出来ないと表することが出来ます。
そしてもちろん、投稿した一連の記事を読んで頂いた方々がいらっしゃったからという大前提が存在しますが・・。
とはいえ、こうしたブログ記事の作成に対して「のみ」それらの経験が生かされると考えるのもいささか悲しいものであり、そのため今後も自身の望む大学職種(主に教養課程の教員、研究支援専門職員など)に応募するつもりです。
・・色々と考えてみましたが、どうやら私とは教育の過程によりそうなったのではなく、どちらかというと生まれつき(生来)に近い部分より多少オカシイところがあり、そのために様々な必ずしも必要でない面倒に遭遇することになりましたが、また、それと同じ理由により、さきに述べたようなオカシイ体系を持った私となり、また、それをどうにか認めてくれる方々にも出会うことができたのではないかと考えております・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの速やかな復旧、そしてその後の復興、またそれに加え、昨晩に鹿児島県奄美地方において発生した地震による被害が出来るだけ軽微であることを祈念します。」
さて、先日電話口にて久しぶりに文系院時代の知人と話す機会を得ましたが、どうにか文系学問特有の世界、会話について行けたのではないかと思います・・。
しかし同時に、以前に比べ、色々と忘れている部分もあり、自身としては口惜しい部分もまた(少なからず)ありました・・・(苦笑)。
そして本日は、何人かの歯科医師の先生と話す機会を得ましたが、ここでもいくつかの歯科分野の会話にどうにかついて行けたのではないかと思います・・。
また、ここにおいてもさきと同様、少なからず忘れている部分があり、自身の勉強不足、記憶力の悪さが悔やまれました・・。
しかしながら、自身のことを誇るのわけではありませんが、こうしたいくつかの学問分野での(ある程度専門的な)会話について行ける私とは、一体何者であるのかと時折考えてしまいます・・(苦笑)。
ともあれ何れにせよ、その根本、基層には、いくつかの結節点を持つ文系学問の多少オカシイ(極めて個人的な)体系らしきものが存在するのではないかと思われます・・。
そして、このオカシイ学問体系とは、主に和歌山、東京そして鹿児島にて形成されました・・。
また、これは一応学位の分野としては「歯学」となっておりますが、取得後の経緯などを踏まえますと、私個人の意見として時折「こうなってしまった以上、分野などは別に何でもいいのではないだろうか?」と考えてしまうことがあります・・(苦笑)。
果たしてこうした意見とは(私の場合)傲慢不遜なものなのでしょうか・・?
しかし、それはともかくとして、現在ここまでブログ記事を継続して作成することが出来ている背景とは、さきに述べた三つの地域にて形成された学問体系らしきものに因ることは、たしかであると思われます・・。
あるいは異言すると、それら何れかの経験が欠けていても、それは出来なかった、出来ないと表することが出来ます。
そしてもちろん、投稿した一連の記事を読んで頂いた方々がいらっしゃったからという大前提が存在しますが・・。
とはいえ、こうしたブログ記事の作成に対して「のみ」それらの経験が生かされると考えるのもいささか悲しいものであり、そのため今後も自身の望む大学職種(主に教養課程の教員、研究支援専門職員など)に応募するつもりです。
・・色々と考えてみましたが、どうやら私とは教育の過程によりそうなったのではなく、どちらかというと生まれつき(生来)に近い部分より多少オカシイところがあり、そのために様々な必ずしも必要でない面倒に遭遇することになりましたが、また、それと同じ理由により、さきに述べたようなオカシイ体系を持った私となり、また、それをどうにか認めてくれる方々にも出会うことができたのではないかと考えております・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの速やかな復旧、そしてその後の復興、またそれに加え、昨晩に鹿児島県奄美地方において発生した地震による被害が出来るだけ軽微であることを祈念します。」
2016年9月26日月曜日
20160925 波、流れとそれを認識する何か・・
A「本日は特に降雨もなく、また気温も例年のこの時期並みに上昇したのではないかと思います。
また、ブログ記事の作成も今回の投稿によって430記事となります。
つい先日400記事に到達したものと記憶しておりますので、そこからここに至るまでの記事の増加とは、感覚的には、なかなか早いものであったと思います・・。
しかし、その増加する一つ一つの記事作成においては、決して「楽なものである。」と表現することはできません・・(苦笑)。
いえ、時によっては比較的スムーズに記事を記すことが出来たと思うこともありますが、ここ最近は季節の変わり目であるためか、どうもスムーズに記事を記すことが困難であるといえます・・。
とはいえ、こうしたことは以前にも幾度かありましたので、書き続けていくうちに再度スムーズに記事を記すことが出来る時期が訪れるのではないかとも思いますが、さて如何でしょうか・・(笑)?
何れにせよ、こうしたことにはおそらく他の様々なことと同様に波、流れのようなものがあるのではないかと思われますが、ただ、それが如何なる要因により、惹起、駆動しはじめるのかとは、未だに判然としないことです・・。
それに加え、こうしたものは個人、個別的な要素が強いものではあるのでしょうが・・(万人に共通ではない、普遍性がない)。
とはいえ、こうしたことを精密に考え、そしてある程度通用する普遍性を持った(応用し得る)見解を見出せるのであれば、それはそれでかなり有益なことではないかとも思いますが・・。
また、そうしたことの価値とは、現今流行している実践的な心理学、ハウツー本などと比して、少なくとも遜色のないものであるとも思いますが、如何でしょうか・・?
ともあれ、そうした波、流れのような目に見えなく、また分析機器などによっても測定できないものを説明する場合において極めて重要なことは、その説明の仕方つまり、表現、たとえ、文体、コトバなどではないかと思われます。
さらにそれに加えて図、イラストなどを併用し説明することにより、その理解はより一層浸透するのではないかとも思われます・・。
しかしながら、その一方、図、イラストを多く用いることにより、その記述様式とは徐々にマンガ様式に近づいていくのでしょうが、明らかにマンガとして分類される様式にまで行きますと、今度はどうもハナシが異なってくる、おかしな方向に行ってしまうのではないかとも思われます・・。
私は我が国の世界に誇る文化であるマンガに対し敬意を持っており、特に敵意を持っているわけではありません。
しかし、現今の「世界に認められた日本文化であるマンガ、アニメであるから、そのお家芸に則り、何でもマンガ様式にするのは良いことだ。」といったような風潮に対してはどうも賛同することができません・・。
こうした昨今見受けられる風潮とは「案外マズイことなのではないだろうか・・」と思っております・・。
そして、実際、様々なマンガによる知識、思想とインターネット検索に用いる種々装備を合理的、利便性の高いものとして装備した人々と、そうでない昔ながらの実際の様々な書籍の読書により知識、思想を獲得、練磨してきた人々の間では『何か』が違うのでしょうか?
あるいは、違いと云えるような違い(有意差)は見いだせないのでしょうか?
こうしたことはしばらく先にならないと、その答えは見出せないのかもしれませんが、私個人としては、その間には何かしらの違いが存在するのではないかと仮定します。
そして、その違いとは、さきほど述べた「様々な事象において存在すると思われる波、流れ」といったものに対する認識の仕方、深さ(おそらく想像力の一種)といったところにあらわれるのではないかと思います。
それ故、現今の我々よりさらに機械文化に接することの少なかった古の人々とは、それこそ妖怪などを現代を生きる我々が波、流れといったものを認識するように認識していたのではないかと思われるのです。
また、それと同時に、そうしたことは廻り回って、ある大きな思想、考えを紡ぎ出すという行為を為す能力、つまり歴史意識の祖型とも云うべきある種の観念の生成に対し(少なからぬ)影響を及ぼすのではないかと漠然とではありますが、考えております。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
また、ブログ記事の作成も今回の投稿によって430記事となります。
つい先日400記事に到達したものと記憶しておりますので、そこからここに至るまでの記事の増加とは、感覚的には、なかなか早いものであったと思います・・。
しかし、その増加する一つ一つの記事作成においては、決して「楽なものである。」と表現することはできません・・(苦笑)。
いえ、時によっては比較的スムーズに記事を記すことが出来たと思うこともありますが、ここ最近は季節の変わり目であるためか、どうもスムーズに記事を記すことが困難であるといえます・・。
とはいえ、こうしたことは以前にも幾度かありましたので、書き続けていくうちに再度スムーズに記事を記すことが出来る時期が訪れるのではないかとも思いますが、さて如何でしょうか・・(笑)?
何れにせよ、こうしたことにはおそらく他の様々なことと同様に波、流れのようなものがあるのではないかと思われますが、ただ、それが如何なる要因により、惹起、駆動しはじめるのかとは、未だに判然としないことです・・。
それに加え、こうしたものは個人、個別的な要素が強いものではあるのでしょうが・・(万人に共通ではない、普遍性がない)。
とはいえ、こうしたことを精密に考え、そしてある程度通用する普遍性を持った(応用し得る)見解を見出せるのであれば、それはそれでかなり有益なことではないかとも思いますが・・。
また、そうしたことの価値とは、現今流行している実践的な心理学、ハウツー本などと比して、少なくとも遜色のないものであるとも思いますが、如何でしょうか・・?
ともあれ、そうした波、流れのような目に見えなく、また分析機器などによっても測定できないものを説明する場合において極めて重要なことは、その説明の仕方つまり、表現、たとえ、文体、コトバなどではないかと思われます。
さらにそれに加えて図、イラストなどを併用し説明することにより、その理解はより一層浸透するのではないかとも思われます・・。
しかしながら、その一方、図、イラストを多く用いることにより、その記述様式とは徐々にマンガ様式に近づいていくのでしょうが、明らかにマンガとして分類される様式にまで行きますと、今度はどうもハナシが異なってくる、おかしな方向に行ってしまうのではないかとも思われます・・。
私は我が国の世界に誇る文化であるマンガに対し敬意を持っており、特に敵意を持っているわけではありません。
しかし、現今の「世界に認められた日本文化であるマンガ、アニメであるから、そのお家芸に則り、何でもマンガ様式にするのは良いことだ。」といったような風潮に対してはどうも賛同することができません・・。
こうした昨今見受けられる風潮とは「案外マズイことなのではないだろうか・・」と思っております・・。
そして、実際、様々なマンガによる知識、思想とインターネット検索に用いる種々装備を合理的、利便性の高いものとして装備した人々と、そうでない昔ながらの実際の様々な書籍の読書により知識、思想を獲得、練磨してきた人々の間では『何か』が違うのでしょうか?
あるいは、違いと云えるような違い(有意差)は見いだせないのでしょうか?
こうしたことはしばらく先にならないと、その答えは見出せないのかもしれませんが、私個人としては、その間には何かしらの違いが存在するのではないかと仮定します。
そして、その違いとは、さきほど述べた「様々な事象において存在すると思われる波、流れ」といったものに対する認識の仕方、深さ(おそらく想像力の一種)といったところにあらわれるのではないかと思います。
それ故、現今の我々よりさらに機械文化に接することの少なかった古の人々とは、それこそ妖怪などを現代を生きる我々が波、流れといったものを認識するように認識していたのではないかと思われるのです。
また、それと同時に、そうしたことは廻り回って、ある大きな思想、考えを紡ぎ出すという行為を為す能力、つまり歴史意識の祖型とも云うべきある種の観念の生成に対し(少なからぬ)影響を及ぼすのではないかと漠然とではありますが、考えております。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
20160924 書籍からの抜粋引用および昨今の出来事 岩波書店刊 クロード・ベルナール著 「実験医学序説」
A「おかげさまで昨日のブログ閲覧者数は1000に到達しました。
どうもありがとうございます。
本日の首都圏の天候は始終小雨が降り、グズついたものでした。
また、先日お目に掛かった歯科医師の先生との会話においても「ひょっとして私のブログ記事を読まれている(た)のではないか?」と思うところがありました・・。
こうしたことは気にしはじめますと、結果的に萎縮、緊張してしまい文章の作成がスムーズに行かなくなってしまうのではないかと思われます・・。
加えて、本日は私の文系学問分野の師匠のお一人から久々に連絡がありました。
この師匠からは主に欧米の歴史、文化についてかなり多くのことを教えて頂きました。
しかし、それは教えるというよりも、どちらかというと日常的な会話の中で、そういったことを学んでいたという方が適切であったと思います。
また、その会話、説明の中に出てくる様々な著作、映画などを出来るだけ読むように、観るように心がけ、それを続けた結果、北海道、南紀での会社員時代を通じ書籍を読む習慣が保持され、結果的に「やはり院に行こう・・。」ということになったのではないかと思われます・・。
それ故、この師匠からの影響により、会社員となっていた私が研究という方面に自身の人生の舵を切った(切りなおした)のではないかともいうことが出来ます・・。
もちろん、その他の要因もまたありますが・・。
そうしたことから、紆余曲折を経て現在に至っている次第ではあるのですが「果たしてこれで良かったのであろうか・・?」と時折思うこともあります・・(笑)。
しかしながら、同時に私のような人間が寄与することが出来る大学の職種とは多くはありませんが、あるとは思いますので、それに巡り合うことが出来るよう願い、そしてゆっくりと探し続けてみようと思います・・。
「天網恢恢疎にして漏らさず」とはいいますが、実際のところどうなのでしょうか・・(笑)?
さて、ハナシは大分変りますが、昨日記したブログ記事と関連するのではないかと思われる記述を見つけましたので、それを下に示します。
岩波書店刊 クロード・ベルナール著 「実験医学序説」ISBN-10: 4003391616
ISBN-13: 978-4003391617
PP.305ー307より抜粋引用
「人間の精神は本来体系(哲学)を好む傾向を持っている。
人々が事実よりもむしろ言葉について一致しようと努めているのもこれがためである。
しかしながらこれは、実験的批判における誤った方向であって、事実の存在またはその真価を考えさせる代わりに、いたずらに問題を紛糾させ、また容易に暴論と信じさせる弊害がある。
ところが大抵の場合この異論なるものは、人が現象を解釈する仕方にのみ存在していて、実際には存在していないのである。
予期しない事実、或いは新奇な思想を科学の中に導き入れる幸運をになったすべての人と同様に、私もまた数多の批判の対象となっていた。
現在もまたそうである。
私が今までこれらの反対者に答えなかった理由は、いつも仕事に追われて時間と機会がなかったからである。
しかし本書の続きにおいて、この吟味をなすべき機会がおのずと出てくるであろう。
また我々が前節において指摘した実験的批判の原理を応用することによって、これら一切の批判を判断することも容易であろう。その前にまずここでは単に、実験的批判においては本質的に区別すべき事柄が二つあるということを言っておこう。
実験の事実とその解釈がこれである。
科学は何をおいてもまず事実について一致することを要求する。事実こそは、我々がその上に立って考慮をめぐらすべき基礎であるからである。
その解釈、またはその思想に至っては、各自違っていてもさしつかえない。それどころか討論されるということはむしろよいことである。
なぜならば、このような討論はさらに他の研究を刺激し、また新しい実験をくわだてるように導くからである。
したがって生理学においても、真の科学的批判の原則をどこまでも忘れないで、個人的感情や策略などに決して混同しないように心がけなければならない。
批判の技巧の中には、すでに科学の領域外にあるという点で、我々がこれを論じることをいさぎよしとしないようなものも沢山ある。
しかしその中で、どうしてもここに述べなければならないことが一つある。
それは、他人の研究の中から、すぐれている点や重要な点を無視したり、かくしたりして、ただ弱点や欠点だけを指摘するやり方である。
この方法は誤った批判法である。
科学においては批判という文字と中傷という文字とは同一語ではない。
批判するとは、正しいことを誤っていることから分離しつつ、またよい点を悪い点から区別しつつ、真理を探究することを意味している。
このような批判は学者にとって正当であると同時に、学問にとっても有益な唯一の批判法である。
このことは我々が引き続き陳述しようとする特殊の実例を見れば容易にわかるのである。」
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における諸インフラの早期の復旧と、その回復を祈念しております。
どうもありがとうございます。
本日の首都圏の天候は始終小雨が降り、グズついたものでした。
また、先日お目に掛かった歯科医師の先生との会話においても「ひょっとして私のブログ記事を読まれている(た)のではないか?」と思うところがありました・・。
こうしたことは気にしはじめますと、結果的に萎縮、緊張してしまい文章の作成がスムーズに行かなくなってしまうのではないかと思われます・・。
加えて、本日は私の文系学問分野の師匠のお一人から久々に連絡がありました。
この師匠からは主に欧米の歴史、文化についてかなり多くのことを教えて頂きました。
しかし、それは教えるというよりも、どちらかというと日常的な会話の中で、そういったことを学んでいたという方が適切であったと思います。
また、その会話、説明の中に出てくる様々な著作、映画などを出来るだけ読むように、観るように心がけ、それを続けた結果、北海道、南紀での会社員時代を通じ書籍を読む習慣が保持され、結果的に「やはり院に行こう・・。」ということになったのではないかと思われます・・。
それ故、この師匠からの影響により、会社員となっていた私が研究という方面に自身の人生の舵を切った(切りなおした)のではないかともいうことが出来ます・・。
もちろん、その他の要因もまたありますが・・。
そうしたことから、紆余曲折を経て現在に至っている次第ではあるのですが「果たしてこれで良かったのであろうか・・?」と時折思うこともあります・・(笑)。
しかしながら、同時に私のような人間が寄与することが出来る大学の職種とは多くはありませんが、あるとは思いますので、それに巡り合うことが出来るよう願い、そしてゆっくりと探し続けてみようと思います・・。
「天網恢恢疎にして漏らさず」とはいいますが、実際のところどうなのでしょうか・・(笑)?
さて、ハナシは大分変りますが、昨日記したブログ記事と関連するのではないかと思われる記述を見つけましたので、それを下に示します。
岩波書店刊 クロード・ベルナール著 「実験医学序説」ISBN-10: 4003391616
ISBN-13: 978-4003391617
PP.305ー307より抜粋引用
「人間の精神は本来体系(哲学)を好む傾向を持っている。
人々が事実よりもむしろ言葉について一致しようと努めているのもこれがためである。
しかしながらこれは、実験的批判における誤った方向であって、事実の存在またはその真価を考えさせる代わりに、いたずらに問題を紛糾させ、また容易に暴論と信じさせる弊害がある。
ところが大抵の場合この異論なるものは、人が現象を解釈する仕方にのみ存在していて、実際には存在していないのである。
予期しない事実、或いは新奇な思想を科学の中に導き入れる幸運をになったすべての人と同様に、私もまた数多の批判の対象となっていた。
現在もまたそうである。
私が今までこれらの反対者に答えなかった理由は、いつも仕事に追われて時間と機会がなかったからである。
しかし本書の続きにおいて、この吟味をなすべき機会がおのずと出てくるであろう。
また我々が前節において指摘した実験的批判の原理を応用することによって、これら一切の批判を判断することも容易であろう。その前にまずここでは単に、実験的批判においては本質的に区別すべき事柄が二つあるということを言っておこう。
実験の事実とその解釈がこれである。
科学は何をおいてもまず事実について一致することを要求する。事実こそは、我々がその上に立って考慮をめぐらすべき基礎であるからである。
その解釈、またはその思想に至っては、各自違っていてもさしつかえない。それどころか討論されるということはむしろよいことである。
なぜならば、このような討論はさらに他の研究を刺激し、また新しい実験をくわだてるように導くからである。
したがって生理学においても、真の科学的批判の原則をどこまでも忘れないで、個人的感情や策略などに決して混同しないように心がけなければならない。
批判の技巧の中には、すでに科学の領域外にあるという点で、我々がこれを論じることをいさぎよしとしないようなものも沢山ある。
しかしその中で、どうしてもここに述べなければならないことが一つある。
それは、他人の研究の中から、すぐれている点や重要な点を無視したり、かくしたりして、ただ弱点や欠点だけを指摘するやり方である。
この方法は誤った批判法である。
科学においては批判という文字と中傷という文字とは同一語ではない。
批判するとは、正しいことを誤っていることから分離しつつ、またよい点を悪い点から区別しつつ、真理を探究することを意味している。
このような批判は学者にとって正当であると同時に、学問にとっても有益な唯一の批判法である。
このことは我々が引き続き陳述しようとする特殊の実例を見れば容易にわかるのである。」
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における諸インフラの早期の復旧と、その回復を祈念しております。
2016年9月24日土曜日
20160923 最近のドラマ・著作の広告・ポスターを見て思ったこと・・【日本人とは】
A「本日首都圏は終日小雨が降り、ぐずついた天候でした。
そういえば、ここ最近都心部の電車内の吊り広告、駅の壁に貼られている広告ポスターなどを複数見ておりますと、どうも近代日本(主に明治以降)を時代背景としたドラマ、書籍等が流行しているように見受けられます・・。
こうした流行とは一体どのような現代社会の風潮により生じているのでしょうか・・?
ともあれ、これらの広告を見て思うことは「こうした近代を舞台としたドラマ、書籍とは、果たしてどの程度まで史実を考証して制作されているのであろうか?」ということです・・。
といいますのは、特に昨今の我が国における、こうしたいわゆる「歴史もの」とは、史実、時代考証に関しては出来る限り省略した流行に便乗したと思われるものが少なくないからです・・。
私はこれまで投稿したブログ記事にて記しているように、かねてより「歴史もの」全般が好きであり、そうした良い作品を観る、読むことが好きです。
その上で、昨今の我が国の「歴史もの」全般に認められる、こうした傾向(史実、時代考証の省略、簡略化)とは、その浅薄さに対し否応なく腹立たしく思い、同時に悲しくなります・・。
そして、それらは物語の背景を借景的に過去の時代を当て嵌めているだけではないかと考えさせられるのです。
しかしながら、こうした時代の借景現象とは、江戸時代の歌舞伎などにおいても見受けられ、その起源もまた、おそらくかなりの歴史的背景、伝統があるのではないかとも思われます。
つまり、こうしたことは、以前何度かブログ記事にて述べたような何も戦後、太平洋戦争の敗戦による歴史意識の挫折によるものではないということです。
そうしますと、では、なぜ学校などで学習する歴史と、それら「歴史もの」にて語られる歴史とは乖離していくのでしょうか・・?
おそらくそれは「歴史もの」一般とは、学校にて学ぶ歴史の勉強と根本的に異なる次元にあり、(創作者あるいは観客、読者が)好き勝手にその背景および内容をいじっても特に問題ないと考えられている、受け取られているからではないでしょうか・・?(日本のアニメ全般とは、概ねその延長であり、典型であると思われる。)
しかし、この点に関しては多少意固地になりますが、歴史とは見方、解釈においてはいくつもありますしょうが、本質的に史実は一つであると考えております(当たり前のハナシではありますが)。
ヴィトゲンシュタイン著「論理哲学論考」
そして、そうした前提が根本において存在するがゆえに、歴史を扱う学問が人文社会科学の一分野として存立するのではないでしょうか?
とはいえ、こうした意見とは、社会全般においては圧倒的に少数派であり、どちらかというと肩身が狭いといっても良いと云えます。
それに対する圧倒的な多数派とは、その表面的な評価のコトバ(建前)はさておき、本音においては歴史、史実に対し日常生活にあまり影響を及ぼさない、取るに足らないものとして、あるいは、そこまで厳粛に受け取ることなく、単に短期的なネタとして楽しむことが出来れば良いものとして考えているのではないかと思われます・・。
あるいはこれに対し何か他の表現、表記方法があるのでしょうか・・?
もとい、それ故、結果的に時代毎にその時代の風潮(時代精神)に適応した歴史観といったものが流布、流行し、それが社会を染め上げていくのではないでしょうか・・?
そして、それもまた歴史ではあるのですが・・(苦笑)。
・・そのように考えてみますと、こうした歴史観とは、和辻哲郎著の「風土」に述べられているモンスーン地帯(我が国も含む)において特徴的な精神的傾向、思考様式に親和性があるのではないかと考えさせられます・・。
あるいはこうしたモンスーン地帯における特徴的な精神的傾向、思考様式とは会田雄次もまた、そのいくつかの著作において類似したことを述べていたように思います。
しかし、何れにせよ、私はこうした我が国の歴史観、そしてそれに基づいてさらに再生産される(浅薄、軽薄な)国民感情、世論といったものは、どのようなものであれ好きにはなれません・・。
そして、こうした意見を述べると、日本的でないとして「日本がキライならば出て行けば良い。」といった意見などをマジメにいうのを聞きますと、何ともいえない絶望感をおぼえます・・・。
なぜならば、少なくとも近代以降の我が国とは、おそらくこうした意見を持つ方々により国民感情、世論が形成されてきたということもまた、史実であると考えるがためです・・・。
しかし、そうであるからといって、それに対し迎合、付和雷同するのはダメであると思います・・。
私は日本がキライではないと思います。
日本がキライであれば、その歴史などに興味を持ちません。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
そういえば、ここ最近都心部の電車内の吊り広告、駅の壁に貼られている広告ポスターなどを複数見ておりますと、どうも近代日本(主に明治以降)を時代背景としたドラマ、書籍等が流行しているように見受けられます・・。
こうした流行とは一体どのような現代社会の風潮により生じているのでしょうか・・?
ともあれ、これらの広告を見て思うことは「こうした近代を舞台としたドラマ、書籍とは、果たしてどの程度まで史実を考証して制作されているのであろうか?」ということです・・。
といいますのは、特に昨今の我が国における、こうしたいわゆる「歴史もの」とは、史実、時代考証に関しては出来る限り省略した流行に便乗したと思われるものが少なくないからです・・。
私はこれまで投稿したブログ記事にて記しているように、かねてより「歴史もの」全般が好きであり、そうした良い作品を観る、読むことが好きです。
その上で、昨今の我が国の「歴史もの」全般に認められる、こうした傾向(史実、時代考証の省略、簡略化)とは、その浅薄さに対し否応なく腹立たしく思い、同時に悲しくなります・・。
そして、それらは物語の背景を借景的に過去の時代を当て嵌めているだけではないかと考えさせられるのです。
しかしながら、こうした時代の借景現象とは、江戸時代の歌舞伎などにおいても見受けられ、その起源もまた、おそらくかなりの歴史的背景、伝統があるのではないかとも思われます。
つまり、こうしたことは、以前何度かブログ記事にて述べたような何も戦後、太平洋戦争の敗戦による歴史意識の挫折によるものではないということです。
そうしますと、では、なぜ学校などで学習する歴史と、それら「歴史もの」にて語られる歴史とは乖離していくのでしょうか・・?
おそらくそれは「歴史もの」一般とは、学校にて学ぶ歴史の勉強と根本的に異なる次元にあり、(創作者あるいは観客、読者が)好き勝手にその背景および内容をいじっても特に問題ないと考えられている、受け取られているからではないでしょうか・・?(日本のアニメ全般とは、概ねその延長であり、典型であると思われる。)
しかし、この点に関しては多少意固地になりますが、歴史とは見方、解釈においてはいくつもありますしょうが、本質的に史実は一つであると考えております(当たり前のハナシではありますが)。
ヴィトゲンシュタイン著「論理哲学論考」
そして、そうした前提が根本において存在するがゆえに、歴史を扱う学問が人文社会科学の一分野として存立するのではないでしょうか?
とはいえ、こうした意見とは、社会全般においては圧倒的に少数派であり、どちらかというと肩身が狭いといっても良いと云えます。
それに対する圧倒的な多数派とは、その表面的な評価のコトバ(建前)はさておき、本音においては歴史、史実に対し日常生活にあまり影響を及ぼさない、取るに足らないものとして、あるいは、そこまで厳粛に受け取ることなく、単に短期的なネタとして楽しむことが出来れば良いものとして考えているのではないかと思われます・・。
あるいはこれに対し何か他の表現、表記方法があるのでしょうか・・?
もとい、それ故、結果的に時代毎にその時代の風潮(時代精神)に適応した歴史観といったものが流布、流行し、それが社会を染め上げていくのではないでしょうか・・?
そして、それもまた歴史ではあるのですが・・(苦笑)。
・・そのように考えてみますと、こうした歴史観とは、和辻哲郎著の「風土」に述べられているモンスーン地帯(我が国も含む)において特徴的な精神的傾向、思考様式に親和性があるのではないかと考えさせられます・・。
あるいはこうしたモンスーン地帯における特徴的な精神的傾向、思考様式とは会田雄次もまた、そのいくつかの著作において類似したことを述べていたように思います。
しかし、何れにせよ、私はこうした我が国の歴史観、そしてそれに基づいてさらに再生産される(浅薄、軽薄な)国民感情、世論といったものは、どのようなものであれ好きにはなれません・・。
そして、こうした意見を述べると、日本的でないとして「日本がキライならば出て行けば良い。」といった意見などをマジメにいうのを聞きますと、何ともいえない絶望感をおぼえます・・・。
なぜならば、少なくとも近代以降の我が国とは、おそらくこうした意見を持つ方々により国民感情、世論が形成されてきたということもまた、史実であると考えるがためです・・・。
しかし、そうであるからといって、それに対し迎合、付和雷同するのはダメであると思います・・。
私は日本がキライではないと思います。
日本がキライであれば、その歴史などに興味を持ちません。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
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