2021年9月29日水曜日

20210928 既投稿記事をいくつかまとめたもの⑥

一般的に金属製品は鍛造・圧延・切削などの方法によって加工・成形されるが、材料である金属の本質である優れた機械的強度により、その加工等には、かなり多くの労力が必要とされる。また、金属加工開始当初の時代にあっては、複雑な形状を持つものを作成することは、極めて困難であったと思われる。

そして、この機械的強度が優れた金属を材料として所望の形状を付与することを可能にする技術が鋳造であり、鋳造においては金、銀、銅、鉄、亜鉛、錫、アルミニウムなどの金属を単独にて、あるいは、それら複数を合金化して用いる。人類が鋳造に用いた金属、合金として最も古いと考えられているのが銅、そして銅と錫の合金である青銅である。

鋳造の起源は紀元前3500~4000年の頃のメソポタミア(両河地方)にあると考えられている。青銅を加熱し、液相状態となったものを鋳型に鋳込むこの方法は、我々人類のモノづくりの歴史のなかでも、かなり古いものであり、また、その当時にあっては画期的な方法であったと云える。

そこから鋳造技術は時間をかけて東西へ伝播していった。西に位置する古代エジプトにおいては、紀元前2000年頃には定着しており、そして、東に位置する古代中国においては、殷、周の時代、紀元前1500年頃以降が青銅器時代とされている。

他方、世界史の区分にて青銅の次にくる「鉄」については、その融点・液相点が銅、青銅よりも相当に高いことから、精錬や加工に用いる炎を制御する技術が、その水準に発展するまでに時間を要し、さきの銅・青銅での鋳造発祥の地であるメソポタミア(両河地方)においては、紀元前1200年頃、またエジプトでは紀元前1100年頃、そして中国においては紀元前600年頃に鉄器時代へと移行したものと考えられている。

そして、さきの金属加工技術の発祥の地とされるメソポタミア(両河地方)やエジプトからすると、東の果てとも云える当時の日本列島では、国外最新の事物は、主に中国や朝鮮半島を経由して齎され、さきの青銅、鉄などの金属加工技術もまた、中国や朝鮮半島から、あるいは戦乱を避けるためであったのか、ともあれ波状的に我が国に齎されたものと思われる。

また、我が国での青銅や鉄による金属器文化の受容の様相も、さきに述べた我が国の地理的な事情から特徴的であり、遥か西域のメソポタミア(両河地方)において、かなりの時間差があり始まった青銅、鉄器文明が伝播し、そして我が国に齎されたのは、青銅と鉄、双方が、ほぼ時を同じくした紀元前400年頃であった。

すなわち、メソポタミア(両河地方)から日本列島まで青銅器文化が伝播するのに3000年ほどかかったが、鉄器文化の方は約1000年で同じ路程を踏破したのだと云える。
あるいは異言すると、鉄器文化のメソポタミア(両河地方)からの伝播が、青銅器文化のそれよりも2000年ほど遅かったことから、我が国においては青銅、鉄器文化の双方が、ほぼ同時代(紀元前400年頃)に齎されたのだとも云える。

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2021年9月28日火曜日

20210928 記事作成のための「意欲」を支えるもの・・

徐々に季節も秋めいてきていますが、未だ私の記事作成意欲は湧いてきません。そこから、やはり今年中は当ブログのことをキレイに忘れた方が良いのではないかとも思われましたが、他方でSNS(ツイッター)の方をしばらく眺めていますと、どうしたわけか、半ば惰性のように、新たなブログ記事の作成をはじめているのです・・(苦笑)。

作成するのであれば作成する、しないのであればしないと、ハッキリと決めてしまえばよいのでしょうが、PC前に座り、記事作成に至るまでには、何やら、グダグダとはしつつも、どこかで記事作成を意識しており、やがて、機が熟してか、満を持してか、記事作成をはじめることが多いため、そう簡単に短時間で「作成する・しない」を決めてしまうのは、ある意味、勿体ないようにも思われるのです・・。

とはいえ、実際に、短時間で決めたり、あるいは、予めスケジュールを定め、それに沿って日々の記事作成「する・しない」を決めるのも効率的で良いと思われ、また実際に、以前はそのようにして作成していましたが、ある程度の期間、記事作成を続けて多少疲れているとも云える私からしますと、そうした過去を振り返り、現状、あるいは将来の記事作成に役立つ「何か」を見出そうとすることは、それなりに大事なことであるようにも思われるのです。

そう、はじめに、ある種の意欲のようなものがあってこそ、記憶は自然に想起されるのだと思われますが、その「はじめの意欲」がなかなか湧かないのです・・。あるいは、この意欲枯渇気味の状況とは、1000記事到達以降より徐々に減衰していった結果であるのかもしれませんが、そうであっても今後しばらくは記事作成を続け、1700記事まではどうにか到達したいと考えていますが、現時点では、未だ遠くに感じられます・・。

つまり、現在の私としては1700記事へもまだ遠く、さらに2000記事への到達などは、実感どころか想像すら出来ません・・。しかしまた一方で「2000記事まで作成すると何かが明確に以前と比べて変わるのかもない・・」といった興味もあり、これに関しては、以前に述べた「青臭い功名心」とは異なり、未だ、いくらかの好奇心が働くことが、こうして文章を作成しているさ中に気が付きました・・。とはいえ、これはあくまでも仮説であり、後刻、更に検証の必要がありますが・・。

また、そのように考えてみますと、ある程度の期間での継続的な活動の背景にある「意欲」もまた「青臭い功名心」や「自分の変化に対する興味」といった、単一ではなく複数の要素によって支えられているのではないかとも思われてきましたが、案外と、このあたりから考え直し、記事作成のための最適な自分を検討してみるのも悪くないのかもしれません・・。

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2021年9月25日土曜日

20210925 記憶を支える身体性?

 おかげさまで昨日投稿の記事は、思いのほか多くの方々に読んで頂きました。そして、そうした経緯もあって、本日もまた記事作成を始めた次第ではありますが、その主題となるものが未だ見出されず難儀しています・・。

そして、そうした際に最適な題材は当ブログについて何かしら書くことであると思われたため、ここ最近の当ブログに関する統計情報を見てみますと、先月の27日に投稿した「 既投稿記事をいくつかまとめたもの①」が投稿後一カ月程度としては、かなり多くの方々に読んで頂いており、過去半年間での閲覧者数は3位、そして過去1年間での閲覧者数は10位となっていました。さて、この記事の特徴と思われることを述べますと、それは「私がこれまでに作成したブログ記事と比べ、過分に文量が多い」ということが云えます。

一般的に、ブログ記事は「短すぎず長すぎず」が良いと云われ、適当な文字数としては1000~2000字程度が良いと見聞きしたことが何度かありましたが、当記事は、敢えてそれに反する書きぶりをしたにも関わらず、比較的多くの方々に読んで頂いたことから、その内容に「何か」があるのではないかと考え、あらためて読んでみますと、当記事は、話題が色々と飛びつつも、奇妙に共通するところなどもあり、さらに、引用した書籍は何れもハッキリとしたものであることから、あるいはその視点から、さらにピントを合わせてみると「何か見えてくるものがあるのかもしれない」と思わせたところが良かったのではないかと思われますが、また、こうしたことを実際に研究してみますと、意外に興味深い発見などがあるのではないかと思われます・・。

ともあれ、こうした我が国の古代を題材とした記事作成に際しては、その多くに「匂い」の記憶が伴います。それは、未だ肌寒い土地の大気に里山の梅林からの風が混ざり合い、独特の陶然とするようなものであったり、川端での野焼きの匂いであったり、あるいは海岸付近の松林の匂いであったり、あるいはまた、地域の古刹での線香の匂いであったりします。

そしてまた、そうした「匂い」の記憶が伴う知識については、それに伴う視覚的な情報もまた判然としている傾向があり、あるいは知識といったものは、五感もしくは六感を通じて能動的に為される行為の記憶によって、より記憶として強化され、さらには、それら知識を効果的に用いて活性の高い情報交換が出来るのではないかと思われましたが、ここにきて、それはもはや「身体性」というコトバの方が適切ではないかなと思われてきました。

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20210924 作成意欲があまり湧かない中で作成した記事

 1600記事到達後から、あまり変わらず、新たな記事作成に対する意欲は湧いてきません。また、この意欲があるからこそ、毎回の記事作成が出来ていたと云えることから、当記事を作成している現在の私からしますと、当記事は、意欲によって作成されておらず、これまでの記事作成期間を通じて徐々に上達した、いわば作文技術のようなもので作成していると云えます・・。

去る8月初旬に1600記事に到達してから、すでに2カ月近く経とうとしていますが、こうした状態が続くというのは、あるいは「燃え尽き症候群」と呼ばれるもののためかもしれませんが、それでも、これまでに記事作成をどうにか継続してきた6年数カ月という期間があるため、あるいは今年中は、無理に乏しい意欲を奮って新規の記事作成をしなくても良いのではないかとも思われるのです・・。

そして現在もまた、基本的にはそのように考えていますが、他方で「記事を作成出来る時は作成しておこう。」という指針を設けており、これもある程度重視していることから、現在作成している当記事を含めて丁度1625記事に到達することが出来ます。これはまた次の目標としている1700記事までの四分の一の区切りとも云えることから、私としては、そこまで悪くない進行具合であると思われ、今後もまた「作成出来そうな時は、作成してみよう。」は重視していきたいと考えています。とはいえ、基本的には、今年中は、休むことの方を優先して行きたいとは考えているのですが・・。

いや、あるいは、ここで休息を設け過ぎず、更なる記事作成を行うことにより、文章作成についての新たな境地のようなものを見出すことも出来るのかもしれません・・。しかし、今現在となっては、そうした何と云いますか「青臭い功名心」のようなものは、あまり湧いてきません。しかし、当ブログ開始の頃は、おそらく、そうではなかったと記憶していますが、こうした視点から、自分の変化を感じ取り、そして、そこからゲンナリとしてくるのですが、しかし、そのゲンナリするは、まだマシな方であり、本当に意欲が減退している時には、そのことに落胆して、ゲンナリするほどの驚きの感情すらないと思われますので、それはそれで、受け止めて考えるのが良いのではないかと思われます・・。

ともあれ、私の方は依然として、文章作成についての境地を得られることもないなかで、どうにかブログ記事の作成を続けていますが、そのうちに何かしら面白い変化でも生じるのでしょうか・・?また、そうしたことを出来るだけ精確に書く事が出来れば、それはそれで面白いのではないかと思われます。

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2021年9月24日金曜日

20210923 知識等の記憶に付随するものについて・・

先日投稿の記事にて述べた『通史的な記述を作成することの難しさ』ですが、これに関して私の場合、「その通史となる文章を組み立てる際に、どのような記憶を参照しているのか」ということが時代区分によって異なると云えます。

ここ最近が、何かに関する通史的な文章作成した記憶はなく、直近のもので、修士論文に「我が国における水稲耕作の伝播経路や起源などの歴史」についての文章を作成した時であったと思われます。

この文章を作成した背景には、ある地域の特徴を考察する際に、その地域をも包括する西日本における水稲耕作の伝播の様子などを概説的に述べる必要があり、その際に参照する記憶には、書籍に記述がある遺跡や遺物の出土地に赴いた時の、いわば身体感覚を伴ったものが多く、また、そのうちの多くには、嗅覚のはたらきと云える「匂い」の記憶があります。

その点において紀伊国、和歌山は、やはり古くは「木の国」であったことから、その山がちな地形を覆う森林から発する大気もまた、樹々や植物などの香気に少なからず由来しており、その大気が、吹き下ろす風により、低地にある現代の市街地にまで運ばれてくるという状態が、古くから現在まで続く当地のある種の「雰囲気」を規定しているものと云えます。

また、私がはじめに在住した和歌山県西牟婁郡白浜町は、古くからの有名な温泉地であることから、町中で見受けられる温泉からの湯気と、さきに述べた当地周辺樹々や植物などの香気が混淆し、何と云いますか「南方的な野趣に富む特徴的な大気」と感じられ、これは首都圏育ちの寒冷地である北海道から渡って来たの私としては、かなり新鮮なものであり、また、そうした経験がある程度積み重なった結果、自分の人生が変わったのだとも云えます・・。

他方で、近現代史に関する通史的な文章を作成する際に参照する記憶の場合、さきに述べた「匂い」の記憶が付随することは稀であり、概ねそれらは書籍の記述や、写真や記録映像あるいは映画等にて見知った当時の様相といった、主に視覚のはたらきに基づく記憶が参照され、そこには、さきに述べました通り「嗅覚のはたらきである「匂い」の記憶」は、「ない」とは云えないまでも、かなり少ないと云えます。

こうした、違った種類の記憶が参照されている状態にて、違った時代区分での「通史的文章」を作成していますと、我が事ながら少し面白いのですが、文章作成の仕方も変わってくるように思われるのです。

つまり、具体的には「匂い」といった嗅覚の記憶が、ある時代区分での通史的文章を作成する際に思い出されると、そこから、さらに別の「匂い」が想起せられて、その「匂い」による繋がりに、ある種の繋がりや文脈を見出し、それをアドリブ的に文章として作成し、追加することなども度々あると云えます。それに対し、近現代史を舞台とした通史的文章を作成する場合、そうした「匂い」に基づく記憶はなく、参照する記憶が少なくて済むことから、ある種、単純であると云えるのかもしれませんが、同時に、文章を作成しつつ、そこに更にアドリブ的に文章を追加するといったことは困難であるように思われます。

そしてまた、どちらが作成し易いといったことは、現時点においてはよく分かりませんが、こうしたことも、今しばらく記事作成を継続していきますと、徐々に分かってくるのかもしれません・・。

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2021年9月22日水曜日

20210921 「既投稿記事をいくつかまとめたもの」について

おかげさまで、昨日の投稿記事もまた、比較的多くの方々に読んで頂きました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また、本日は新規の記事作成を考えていませんでしたが、先ほどより投稿記事閲覧の様子を見ていますと「今日も何か作っておいた方が・・」となり、つい先ほど意を決して作成を始めました・・(苦笑)。

さて、昨日、一昨日の投稿記事は、主題を我が国近現代史として作成したことから、あまり多くの方々には読まれない、いわば、習作のような記事になるものと予想していましたが、冒頭に述べたように、思いのほか、多くの方々に読んで頂いておりました。これは、自身からすれば嬉しい誤算であったと云えますが、また、それと同時に『通史的な記述を作成することの難しさ』のようなものを味わいました。たしかに、その材料となる書籍や自身ブログの記述などは、比較的記憶していると考えていますが、それらを各々いくつかの要素に分け、さらに、分けたものを適宜組み合わせて、ある程度の文量となるように並べて、一連のモノガタリとすべく、内容的に互いに関連付けるようにして、そしてまた、全体の流れなどの調整を行い、一つの記事としていくことは、以前の記事作成に対する意欲が盛んであった時期には、あまり有効ではなかったのかもしれませんが、以前に述べた1600記事到達による『燃え尽き症候群』によるものか、現時点においては意欲が枯渇していることから、この作成手法に依存してであっても記事作成が出来るのであれば、特に問題はないものと考えました。

そして後日、再び意欲が湧いてきましたら、その時はその時で、この時期での記事作成は、少なからず、何らかの役に立つものと思われます。

また、さらに以前に投稿した「既投稿記事をいくつかまとめたもの①」は、その文量が比較的多かったにも関わらず、ここ最近一カ月の中で最も多くの方々に閲覧して頂き、また、さきに述べた手法にて作成した記事としても、最も多くの閲覧数を得ていますが、その主題が古くからの事物の名称や、それに関連する習俗などについてであったことは大変興味深く、今後も機会を見つけて、こうした主題の記事を新たに作成したいと考えています。

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2021年9月21日火曜日

20210920 既投稿記事をいくつかまとめたもの⑤

こうして勝利を得た日清戦争によって、我が国は台湾等の領土を清国より割譲し、多額の賠償金を手に入れた。また、西欧諸国は日本の近代化の早さに驚き、他方で、更なる清国での権益の拡張をはかるに至った。我が国は、この勝利により、西欧諸国を手本とした近代化への確信を強め、より富国強兵政策の方へと傾斜していくのであった。

また、この勝利によって、多くの日本国民は自らが東アジアの一国の国民であることを忘れ、徒に清国を蔑み、自らを白人と擬するような傾向もまた強くなっていった。(現在においても、その影響は、良し悪しを抜きに、色濃く我々の社会に残っているのではないだろうか。)

日清戦争後の下関条約によって日本が清国から割譲した領土のうち、遼東半島は、その後の露・独・仏による三国干渉により、すぐに清国に返還されたが、その地にはロシア帝国が侵入し、実質的に自らの領土とすべく、軍港や軍事基地などの建設を行うに至った。

こうして、状況は好ましくない方へと進展し、さらに1900年には義和団の乱(北清事変)が生じ、その鎮圧にあたった西欧諸国や日本の軍隊によって構成される連合軍の中で、ロシア帝国軍の現地での暴虐が目立ち、そうした行動は、当時、朝鮮半島に権益を有し、また、新参の西欧流帝国主義国となっていた日本としては看過し得ないものであった。


さらに、こうした東アジアでの状況は、同地域に植民地などの権益を有する西欧諸国においてもまた好ましくないものであったことから、日本に同情的な国も少なからずあり、また1902年には当時の国際社会において、ワーテルローの戦い以来、最強と目されていた英国(大英帝国)との軍事同盟を締結するに至った。

その後もロシア帝国の極東地域での暴虐振りは止まらずに、1904年の日露戦争開戦へと至るのであるが、この戦争は、さきの日清戦争と比べると軍事・財政共に苦心惨憺たるものがあり、アメリカ合衆国からの調停によって、どうにか自国領土は保全され、さらに幾何かの新たな領土をも獲得することが出来、対外的には「日本国の勝利」と云えるものであったが、そこに至るまでの経緯は、当時の日本国からすると、薄氷を踏みつつ川を渡るようなものであったと云える。

また、他方において、この日本国の勝利により、ユーラシア大陸東西でのロシア帝国の南下政策によって、自国権益の保全が懸念される西欧諸国の権益を益々安泰とさせることになった。見方によれば、この日露戦争において日本は、終始、西欧諸国の権益・国益に奉仕させられたのだとも評し得る。

さきの日英同盟を結んだ英国もまた、日本に対して、極東における、そうした役回りを期待しており、あるいは端的に、それは、主人と従僕のような関係であったとも云えるが、その従僕は、後年に至り、極東にて西欧諸国から期待される役回りに飽き足らず、更なる権益の拡張をはかるようになり、面倒な状態へと陥った。さらに1920年代以降からは、欧州においては自国国益のためには、既存の国際社会に反することをも辞さないファシズム(全体主義)国家がいくつか誕生しており、この勢力と日本との同盟によって、国際社会における国々の対立がさらに先鋭化され、そして第二次世界大戦、太平洋戦争の開戦へと至る。

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