2020年11月8日日曜日

20201108 ブログ記事作成の方法の変遷と、今後の抱負

今後、新規にて20記事ほど作成・投稿しますと、年内の目標である総投稿記事数1430には達することから、本日は記事を作成しないで休み、読んでいる書籍の頁を更に先に進めようと思っていましたが、PCの前に座り、SNSでの作業を行っていますと、徐々に前のめりになり、収まりがつかなくなり、そしていよいよ記事作成を行うため、動画など周囲の音を静かにします。自身の場合、記事作成の際は静寂を好み、周囲に何らかの音があると、気が散ってしまい、身を入れての記事作成が困難になる傾向があります。

そうしたことから、自身は、どちらかと云えば、深夜など人の寝静まっている静かな時間帯での記事作成をやり易く感じるのだと思われます。とはいえ、以前、ほぼ毎日記事作成を行っていた頃(2016~2017頃)は、20時過ぎに会社から戻り、夕食を摂ってから、すぐに記事作成を始め、そして、どうにか記事投稿が出来た頃には大体23時は過ぎていました。そこからシャワーを浴びて就寝に至るまでがルーティンでした。その当時、何故、そこまで記事作成の継続に注力していたのか分かりませんが、しかし、それは同時に今現在に至るまで尾を引き、現在、この記事作成にも至っているのだとも云えます・・(苦笑)。

また「その間に何らかの有意な進歩はあったのか?」と考えてみますと、イマイチよく分からず、それは今後、継続的な記事作成を止めた後になって、はじめて体感できるようになるのではないかと考えています・・(笑)。

ただ、こうした雑文的なブログ記事であれば、割合早く書くことが出来るようになったことは事実であり、何か良い記事題材の着想を得ようとして頭を抱えることは以前と変わりませんが、しかし、何かしら得た着想をとりあえず、文章にしてみるという作業は、以前と比べいくらか早くなったと云えます・・。

当ブログを始めた2015年当初、喫茶店にてノートに記事を手書きにて作成し、後刻、その記事文章をPCにて入力・投稿し、ブログを作成していました。この方法での記事作成は2016年半ば頃まで続き、それからも作風について、多少の紆余曲折を経て現在に至っていると云えますが、現在、少し気になっていることは、以前に41話まで作成した【架空の話】であり、この続きを機を見て作成したいと考えていることです。

ここ最近は、半ば惰性のように【架空の話】から離れていますが、心機一転し、このモノガタリを先に進めるためにも、ここでそのことを記しておいた方が良いと考えました。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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2020年11月7日土曜日

20201107 最近、読書の傾向にて気が付いたこと・・記憶の種類

 先日1410記事に到達し、今年中に出来るだけ1440記事の投稿まで近づけたいと考えています。そして今月11月内では、15記事程追加更新すれば、来月師走は、いくらか楽になるのではないかと思われます・・。

ともあれ、そうしますと、今月は概ね2日に1記事の追加更新を要するということになり、それはそれで大変であるように感じられます・・。また、そのように考えてみますと、明らかに現在はブログ開始当初と比べ勢いが鈍化しているとは云えます・・。とはいえ、他方では、当ブログがどうにか5年以上にわたり続いていることの方が本来、強調しても良いと思われるところもありますが、やはり、目標や希望と云うものは、先を示している方が良いと思われますので、さきの記事作成の鈍化もまた、記事を作成する自身を鼓舞するためにも注意しておいた方が良いと思われるのです・・(笑)。

そういえば、先日来の宮地正人著「幕末維新変革史」上巻は、それ以降も読み進んで、また、読んでいてタイムリーであると感じさせられる箇所が随所にあり、あるいは遠からぬ先の我が国もまた再び、こうした変革期に至るのではなかろうかと考えさせられます・・。

また、他方で最近気が付いたことは、我が国の古代史について扱った書籍を以前ほど熱心に読むことが困難になっていることであり、以前であれば、古墳について扱った書籍を読み進めていますと、記述にもよりますが、記述古墳の様子を想像することも出来ていましたが、どうしたわけか、最近はそうした頭の働きもまた、さきと同様、鈍化しているように感じられ、これはおそらく近在に記憶を想起させる元となる古墳の存在がなく、実感として掴めなくなってきているのではないかと思われます・・。

その意味で、自身の初めての西日本在住の経験となった和歌山・南紀在住期では、地域に歴史の積層の様相が自然なカタチで残っており、自然にそれらに対する興味を惹起させ、そして保持するにおいては、大変に良い環境であったと云えます。

あるいは、もっと具体的に書きますと、そうした古墳などの記憶は、それがある自然環境全般や、近在にて祀られている寺社などと近い位置に、書籍での記述があり、評するならば、野趣溢れる、あるいは感性と接続された記憶であると云え、その感性の基礎となる古墳などの存在から長らく離れていると、さきに述べたように、それらについて書かれた書籍も、以前ほど身を入れて読むことが困難になってくると云えるのかもしれません・・。

自身の希望としては、今後、装飾古墳が比較的多く存在する九州地域に、週のうち何日かを滞在出来るようにすれば、またその記憶は新たな要素と結合し、更新されると思われるため、そのようになれば良いと考えています・・。

ともあれ、現在読み進めている書籍上下巻を読了することが出来ましたら、その次は我が国の古代史について書かれたある程度ハードな新たな著作を見つけ、身を入れて読んでみようと思います。

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2020年11月6日金曜日

20201106 「狂言回し」の持つ意味合いについて・・

かねてより、何やら面白そうな場面に私を呼んでくださる方々がいらっしゃることは、大変ありがたいことであり、また、その場での経験を通じ「ははあ、世の中は今、こう動いているのか・・。」といったことが体感を通じて理解出来るようになると云えますが、他方で、おそらく私はビジネスセンスといったものはなく、取柄といえば、こうして自身の感覚にて文章として残すことぐらいではないかと思われます・・(苦笑)。

また、呼んでくださる方々は、それも先刻ご承知であるように思われるのですが、それでも呼んでくださっているのは「あるいは他にも深い意味があるのかもしれない・・?」と私としては少し深読みしてみたくもなります・・。いや、実際、深い意味はないのかもしれませんが・・(苦笑)。

また、私は宮仕えは至極向いていない方であると認識していますが、他面において、何か新しく面白いことを考える、また、それを実現させるような方々は、実際にお目に掛かり、お話しを伺っていると、大体は分かるようにも感じられます・・。

私自身はそうしたイノベーター型の人間ではありませんが、そうした方々が話される内容は、そのビジョンが「ああ、なるほど・・。」といった感じで可視化出来る(腑に落ちやすい)といった共通する特徴があると云えます・・。

それは、コトバの強さや、身振り手振りの派手さといった演技・技巧的なものではなく、ご自身が話される内容の世界観をどれだけ精確に把握しているか、といったことであるように思われます。

つまり、演技でなく「本当に確信がある」ということであると思われますが、それでも、その世界観(ビジョン)が実際に具現化するかどうかは分かりませんが、少なくとも、具現化するビジョンと、その方法についての現実的な筋道を立てておられる方が、そうでないものと比べ、具現化はし易いように思われます。

ともあれ、そのように考えてみますと、自身には何やら「狂言回し」的な「その周囲で何やらコトが進んだり、繋がっていく」といったところがあるようにも思われてきます・・。

また、ここからは多少突飛な意見にはなりますが、諸産業による実社会において、人文社会科学もしくは、そうした教養の持つ重要な意味とは、様々な要素が散らばる中で「何と何が合うか」をまさに「何となく適切に」判断出来ることであり、そうした感覚とは、映画であれ、音楽であれ、あるいは哲学などの思想であっても、その基層には「共通するマトリックスのような感覚」があり、それが所謂「教養」と称されるものであるのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか?

そして、また、こうした「教養」とは、我が国古来からの「巫女的予言」と本質的に対立するものであることから、なかなか社会において認められないのかもしれません・・(笑)。

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2020年11月5日木曜日

20201105 1410記事の到達、記事作成の中で偶然書くことになった経験から

 昨日の投稿記事の続きのようですが、今回の記事投稿により総投稿記事数が1410に至ります。これは特に大きな区切りとは云えませんが、それでも、1500記事到達までの一つの区切りではあるとは云えます。くわえて、昨今の1400記事あたりから、またスランプ気味であるように感じられますので、こうしたことで幾分、自分を鼓舞させた方が良いのだとも云えるのです・・(苦笑)。

また、季節の方も順調に秋から冬に向かっているように感じられ、今年あたりは、新たな上着を購入してみようと考え、先日、書店にて、久しぶりにそうした雑誌を読んでいますと、そうしたことに興味があった以前と比べ、多くの種類が販売されているようであり、予算との兼ね合いなどから迷っていますと、次第に乱暴な気持ちになってきて「ええい、それなら今冬は買わなくても大丈夫だ!」と開き直り、手に持った雑誌を棚に戻して帰ってきてしまいました・・(苦笑)。

おそらく、このまま何も購入しないということはないと思わいますが、こうした服装・衣服のことからも、以前と比べて気を使わなくなってきたように感じられるのですが、後になり、よくよく考えてみますと、これはあまり好い傾向ではなく、セルフ・ネグレクト(自己放任)にも親和性がある行為態度であるようにも感じられます・・。

私は現在に至るまで比較的長期間、独り暮らしをしてきましたが、その期間は概ね、無駄とも云えるほどに暮らし向きに関しては、色々とやってきたように思われます。そして、そこから考えてみますと、たしかに何時の頃からか、そういったことに、あまり興味や関心を持たなくなっていったと云えます・・。

また、私の場合、こうした変化は徐々に進行していったものであり、その淵源についてしばし考えてみますと、それは2011年あたりであったように思われます・・。当時はいわば無我夢中のような状態であり、とりわけ2009年の兄の死と翌2010年の指導教員の退職は、自身にとっては理解出来ないほどの大事件であり、また、これらは今なお理解出来ずにいると云えます。

こういったものをトラウマ(心的外傷)と評するのか分かりませんが、しかし、当時の自身は著しく尊厳(もしも尊厳というものがあるのならば!(笑))を強く毀損されたと感じられたと記憶しています。何故ならば、自身には分からない大きな力により、それまで研究指導をしてくださった方を連れ去って行ってしまったわけですから・・。

そして、その後はこちらには何もありませんでした。ともあれ、さすがにその際は「人生詰んだ。」と感じて、深夜にアパートの部屋で針金のハンガーを用いて首を吊ろうと試みましたが、思いのほかにそれは苦しく、また途中で翌日の用事などを思い出して止めて、そのまま実行することはありませんでした・・(苦笑)。

また、現在、そうした経験を客体化して文章として書くことが出来ましたが、不思議なことに、この経験は、これまでに書こうと思ったことはありませんでした・・。また、それを書くことにより、少しはさきに述べた自己放任の態度も改善されるものなのでしょうか(笑)?

ともあれ、思わぬところから、不意に、こうした過去の少なくとも喜ばしいとは云えない経験を書くことになりましたが、今のところ気分は平静そのものと云えます。しかし、さきの「自身には分からない大きな力によって云々」について、もう少し突き詰めて考えてみますと、毎度のことではありますが、平静でいるのが困難になってくるようです・・(ここまで書いていても、そのように感じられます。)。

しかしまた他方で、そうした記憶や認識があるからこそ、それを文章として著すことが出来るということもまた事実であるのです・・。

そのように考えてみますと、こうした記憶や認識は文章化することにより昇華されていくような性質があるのかもしれません・・。

そして、そうした経験を書く機会が、偶然訪れてるということもまた、ブログ記事作成を行っていく中で興味深く感じられるところであると云えるのかもしれません(笑)。

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2020年11月3日火曜日

20201103 1500記事到達までの大まかな予定、および読んでいる書籍について

 およそ2週間ほど前に1400記事に到達し、今回を含め2回の記事投稿により、一つ目の小区切りとも云える1410記事に達します。そして、さらにこれを何回か積み重ねていきますと1500記事に到達する予定となりますが、今現在そうした想像は出来る状態ではなく、とりあえず目先のこととしては、年内に1440記事程度までは更新してみたいと考えています。

そして来年は2日に1記事の頻度にて記事作成を継続しますと、5月中には1500記事への到達が見込まれ、さらに多少の猶予期間を設けて、当ブログ開始から丸6年を迎える来年2021年の6月22日までには、どうにか1500記事への到達が叶うのではないかと思われます。

先のハナシになり恐縮ではありますが6年間(およそ2190日)で1500記事の投稿をすることになりますと、その期間(6年間)10日のうち7日近くは新規の記事を投稿してきたことになりますので、それなりに「頑張った」とは云えるのではないかと思われます・・。

とはいえ、そこに至るまでは残り90以上の記事更新が必要であり、今なお先行きは不透明であると云えますので、毎回1記事ずつを、出来るだけ大切に積み重ねて行こうと思います。

さて、先日から読み進めています宮地正人著「幕末維新変革史」上巻は250頁過ぎまで至り、無勅許にて開港を断行した幕府に対する尊王思想に基づく批判勢力に対しての一斉取締りと云える「安政の大獄」が始まり、国内政情もいよいよ不安定となってきました。

ともあれ、こうした歴史進行の局面において重要視されることが「勅許」という「朝廷からの事前の許可」が必要であるということは興味深く、何やら現在の政治にも関連があるのではないかと考えさせられます・・。

また、この「安政の大獄」を実施した井伊直弼はもちろん、単純に悪し様には描かれないにしても、批判勢力に大弾圧を加えたことは事実であることから、その先にある「桜田門外の変」での書きぶりが興味深く、また、それと関連して、以前に読んだ野上弥生子著「迷路」にて井伊直弼をモデルとした江島近江守の孫として描かれる江島宗通が述べる祖父の生涯や維新以降の我が国についての見解が気になってきます・・。後日、機会を見つけて当著作を探し出し、該当部分を再読してみたいと思います。

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2020年11月2日月曜日

20201102 中央公論社刊 司馬遼太郎著「歴史の中の日本」内「異常な三島事件に接して」ー文学論的なその死 pp.331-335より抜粋

 中央公論社刊 司馬遼太郎著「歴史の中の日本」内「異常な三島事件に接して」-文学論的なその死 pp.331-335より抜粋

ISBN-13 : 978-4122021037

三島氏のさんたんたる死に接し、それがあまりになまなましいため、じつをいうと、こういう文章を書く気がおこらない。ただ、この死に接して精神異常者が異常を発し、かれの死の薄汚れた模倣をするのではないかということをおそれ、ただそれだけの理由のために書く。

 思想というものは、本来、大虚構であることをわれわれは知るべきである。思想は思想自体として存在し、思想自体にして高度の論理的結晶化を遂げるところに思想の栄光があり、現実とはなんのかかわりもなく、現実とかかわりがないというところに繰りかえしていう思想の栄光がある。

 ところが、思想は現実と結合すべきという不思議な考え方があつねにあり、とくに政治思想においてそれが濃厚であり、たとえば吉田松陰がそれであった。

 松陰は日本人がもった思想家のなかで、もっとも純度の高い人物であろう。松陰は「知行一致」という、中国人が書斎で考えた考え方(朱子学・陽明学)を、日本ふうに純粋にうけとり、自分の思想を現実世界のものにしようという、たとえば神のみがかろうじてできる大作業をやろうとした。虚構を現実化する方法はただひとつしかない。狂気を発することであり、狂気を触媒とする以外にない。要するに大狂気を発して、本来天にあるべきものを現実という大地にたたきつけるばかりか、大地を天に変化させようとする作業をした。当然、この狂気のあげくのはてには死があり、松陰の場合には刑死があった。松陰は自分のゆきつくところが刑死であることを知りぬいてみずからの人生を極度に論理化し(松陰は自己陶酔者ではなかったから美化ではない。しかしその道程と結果は似ている)人生を論理化したあげく、かれ自身が覚悟し予想していたがごとく、異常死へゆきついた。みずからの人生と肉体をもって純粋に思想を現実化させようとした思想家は、その純度の高さにおいて松陰以外の人を私は世界史に見出しにくい。

 われわれの日本史は松陰をもったことで、一種の充実があるが、しかしながら、そういうたぐいの精神は民族のながい歴史のなかで松陰ひとりでたくさんであり、二人以上も出ればその民族の精神体質の課題という別な課題にすりかわってしまうであろう。(ただし、ここでいう思想は、宗教と別個に考えたい。宗教にあってはとくにカトリシズムにあっては、多くの殉教者を出した。ここではカトリシズムのように天に生まれるということを期待することなく、自分の死をもって自分の思想を純粋に表現しようという精神、もしくは発作を考えたい)。ただ、そういう松陰でさえ、自殺はしなかった。刑死させられたが、刑死するまでの幾段階か前までは遠島程度のものであると思っていた。

 かれほどの思想家としての結晶度の高い人でさえ、自殺によって思想を完結しようとは思っていなかった。さらに松陰の門下から多くの血なまぐさい思想的奔走家や政治的奔走家を出したが、かれらの一、二をのぞいては思想と現実が別個なものであることを知っており、現実分析による現実的行動によって歴史を変革することをなしとげた。というより変革期にきている歴史的現実を、現実的にとらえ得た。

 私は松陰という極端な例をここに出したのは、むろん念頭に三島氏を念頭に置いてのことである。三島氏のは、三島氏独自の思想であり、日本人の精神の歴史的系列とは別個のものだということを考えたいがためである。

 三島氏ほどの大きな文学者を、日本史は数少なくしか持っていないし、後世あるいは最大の存在とするかもしれない。

 ただ氏は、ここ数年、政治的発言をしきりにしてきただけに、今度の死の異常死をもって、それを政治的死であると解釈されるかもしれない危険(われわれ同時代人にはその危険性はないが)を私は感じる。三島氏の死は、氏はおそらく不満かもしれないが、文学論のカテゴリーにのみとどめられるべきもので、その点、有島武郎、芥川龍之介、太宰治と同じ系列の、本質的には同じながらただ異常性がもっと高いというだけの、そういう位置に確固として位置づけられるべきもので、松陰の死とは別系列にある。

 三島氏の場合、思想というものを美に置きかえた方が、よりわかりやすい。思想もしくは美は本来密室の中のものであり、他人が踏み込むことのできないものであり、その純度を高めようとすればなおさらのことであるが、三島氏はここ数年、美という天上のものと政治という地上のものとを一つのものにする衝動を間断なくつづけていたために、その美の密室に他人を入りこまさざるを得なくなった。盾の会のひとびとが、その「他人」である。

「ああいうことをしていては、三島さんは殺されるかもしれない」ということを、三島氏に接していた編集者が、私にいったことがある。三島氏の狂気は、天上の美の完成のために必要だったものであり、そのことを文学論的にいえば昭和38年刊行されたかの名作(まことに名作)「午後の曳航」に濃厚に出ている。この小説は他者を殺す。少年たちが精密な観念論理を組み上げ、その観念を「共同」のものにしたあげく、その論理の命ずるところによって、現実的になんのかかわりもない一人のマドロスを殺す。そういう主題である。「共同」がすでにはじまている。

 その「共同」はしかし氏の観念のなかでのみ成立させるべきところを、現実の生活者であるところの氏はその密室に生き身の他人を入れたがために、その「共同」が今度、現実のものになってしまったのである。

 であるがためにあくまでも、氏の死は政治論的死ではなく、文学論的死であり、であるから高貴であるとか、であるからどうであるという計量の問題はさておき、それ以外の余念をここで考えるべきではないように思える。ただ氏と「共同」した他者の悲劇をここで考えざるを得ない。彼らは政治論的死のつもりであったに相違なく、痛ましさはむしろそのあたりにあるといえるのかもしれない。

 いずれにせよ、新聞に報ぜられるところでは、われわれ大衆は自衛隊員をふくめて、きわめて健康であることに、われわれみずからに感謝したい。三島氏の演説をきいていた自衛隊員は、三島氏に憤慨してヤジをとばし、盾の会の人をこづきまわそうとしたといったように、この密室の政治論は大衆の政治感覚の前にはみごとに無力であった。このことはさまざまな不満がわれわれにあるとはいえ、日本社会の健康さと堅牢さをみごとにあらわすものであろう。

 むろん、こういう私の感想は三島氏の美学に対してはきわめて無力であり、それがわれわれの偉大な文学遺産であることをすこしもそこなうものではない。要するに三島氏の「密室」が分裂していたがごとく、この事件をうけとったわれわれも、それを反映して、分裂せざるをえないのである。われわれはそれをむしろくっきりと分裂させ、規定を別々にし、感受性のゆたかな芸術鑑賞者であることと、健康な日本人であることを同意にもちたい。しかしながらわれわれはおそらく二度と出ないかもしれない文学者、三島由紀夫を、このような精神と行動のアクロバットのために突如うしなってしまったという悲しみにどう堪えていいのであろう。

2020年11月1日日曜日

20201101 現在読んでいる著作から思ったこと

 ここ数日間はあえてツイッターをはじめネット環境から遠ざかり、手持ちの書籍を読み進めることに注力してきました。そのおかげもあってか、何冊かの未読であった文庫本は概ね通読に至り、また、かねてからの宮地正人著「幕末維新変革史」上巻は200頁過ぎまで読み進むことが出来ました。

やはり、ツイッター・SNSを行っていない方が、多少は書籍を読み進み易くはなるのでしょうが、しかし、それであれば、以前の自身と変わらないことになりますので、書籍を読み進めつつ記事作成を継続的に出来るようになることが現在では重要であるように思われるのです。ともあれ、こうした数日間程度の休みもまた、適度にとった方が良いとは思われますが・・。

さて、さきの「幕末維新変革史」上巻では、19世紀頃から、我が国に西欧諸国船舶の来訪が相次ぎ、また欧州での国家間戦争(ナポレオン戦争・クリミア戦争)の影響から、それら来訪も極東戦域での戦略上の必要性から、有無を云わせない、強硬な姿勢のものとなり、徳川治世下の日本は、無二念の外国船打払いなどは到底不可能であることを悟った。

また同時に、艦砲などの武力を背景とした強硬姿勢の欧米諸国に対し、港を開き、上陸を許し、そして交易をも許可するといった弱腰とも見られる幕府の対応から、本来、征夷大将軍の府として圧倒的な武力を背景として、国内平和を保ち続けてきた徳川幕府による支配体制にも疑問が持たれるようになり、それに対し幕閣は支配強化のため、公武合体が図られたり、あるいはフランス式陸軍の採用・訓練などが行われたりしたが、それらにより再び国内が徳川支配のもとで安寧に帰することはなく、維新回天期に向かったと云えます・・。

くわえて、当著作にて興味深く思われた点は、19世紀頃からの船の遭難などによる邦人海外漂流者について、比較的多く頁を割いていることです。こうしたことは、今まで新書程の専門書籍をも読んだことがなかったため、大変新鮮であり、また、彼等邦人漂流者に対する幕府など施政者側の対応の変化が、まさしく時代潮流の変化を示しているのだとも云えます。

とはいえ、当著作は未だ上巻の半分(全体の4分の1)にも至っていないことから、今後も引続き出来るだけ積極的に読み進めて行こうと考えています。そして、後日、当著作上下巻を読了することが出来ましたら、次に、以前に読了した岡義武著「明治政治史」上下巻を再度読んでみますと、また新たな発見があるのではないかと思われます。あるいは、今現在、こうした著作を通じて近代の我が国の成り立ち、所以を知ることは、思いのほかに重要であるようにも思われます。

またハナシは変わり、他の読んだ一冊である司馬遼太郎著「歴史の中の日本」では同著最後の方にある「異常な三島事件に接して」(文学論的なその死)が大変印象的であり、私見とはなりますが、当文章の著者である司馬遼太郎氏は、現在まで生を永らえ、そしてまた文章を著すことが出来る状態であったのならば、この文章を改めようとしたのではないかと思われました。

当文章は今後機会を見つけ、抜粋引用してみたいと考えています。

そういえば、昨日用事にて渋谷に行きましたが、あの騒ぎ様は、さきの読んでいる書籍による影響からか幕末期の「ええじゃないか」に通じるものがあるのではないかと思われました(笑)。

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