2020年10月9日金曜日

20201009 「1973年のピンボール」を読み終えて思ったこと

 昨日発表のあったノーベル文学賞の発表とは関係なく、先日読了した村上春樹著「風の歌を聴け」の続編とも云うべき「1973年のピンボール」を一昨日、仕事後に立寄った書店にて購入し読み始めました。当著作は、前作「風の歌を聴け」よりも文量的にも少なく、翌日の夕刻には読了に至りました。

読後の感想としては、あまり深い意味があるようには感じられませんでしたが、前作と同様、イメージ的には印象に残る作品であるということです。また、前作と比べ、曲名や作曲家、歌手あるいは衣服・靴などの名詞・固有名詞がやたら多く出てくるという点も特徴的であるように感じられました。

これは、おそらく初期の泉麻人のエッセイなどにも影響を与えているのではないかと思われました。また、その作品を包括する世界観については、弘兼憲史によるマンガ「課長 島耕作」の初期にも共通するものがあるように感じられました。

ともあれ、当著作は1980年に発表されたとのことであり、この作品を評価することになった、それより上の世代の所謂、戦前・戦中派作家の方々は、これら固有名詞の羅列そして、そこから醸し出される世界観を一体どのように感じたのだろうか・・。あるいは、迂闊なことを述べ、そして評価してしまうと、若い世代から無知いや悪くすると反動扱いされてしまうかもしれないといった恐れなどもあったのではないでしょうか・・。

私見としては、発表当時から40年経た現在においても、当作品(「1973年のピンボール」)に登場する曲名やその作曲家、歌手あるいは衣服・靴などの名詞・固有名詞について、それら全てを文脈を踏まえて正しく理解することは困難であるように思われます。

むしろ、文脈の代替要素として、それらが作中に散りばめられ、ある種の世界観らしきものを構成しているように感じられます。端的には1945年から急速にアメリカナイズされた若者世代の世界観ないし価値観の一種の見取図的なものではないでしょうか?

そしてまた、その文章には、おそらく東京(の主に西南部)に未だ微熱的なものが残っていた1990年代に熱心に読んでいた記憶がある雑誌「ポパイ」や「ホットドッグ」の記事に近いものがあることが不図、思い起こされました・・。

おそらく、その文章はイメージを伝え、そして個々人内面の深層にあるものを活性化あるいは惹起させるには適したものであるのかもしれませんが、しかし、そこには作品自体が持つ伝えたいテーマといったものが不在であるように感じられ、あるいは実際にそうであるのかもしれません・・。そして、それはやはり、欧米社会を基準とした「文学」(多分、哲学・思想を物語形式にして咀嚼し易くしたもの)とは異なるものであると評価されるのかもしれません・・。

さて「1973年のピンボール」の読了後、さきほどから、その続編「羊をめぐる冒険」上下巻を読み進めています・・。他方で以前に何度か取り上げた「山椒魚戦争」の著者カレル・チャペックによる戯曲「白い病」も読みはじめました。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




 

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2020年10月6日火曜日

20201006 ツイッターとの共有を続けていて思ったこと

去る10月4日投稿の「ツイッターにて見たニュースから思ったこと」は、おかげさまで投稿後2日にしては、比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

また、私の場合、この他、鹿児島・和歌山在住時での記憶は、不図した拍子に、まさしく想起されるといった性質があると云えます。他方で「忘れられない記憶」というものもあり、こうした記憶に関しては「あまり軽々しくブログ記事には書けない」と云った思いがかねてより強くあり、おそらく、それらについては、未だにその意味が分からず、考え続けているのではないかと思われます・・。

しかし逆に「ブログ記事として公開した方が、その意味を整理出来て分かるようになるのかもしれない・・。」といった思いも、ここ最近生じてきました。この内面での変化は、何に由来しているのか精確には分かりませんが、おそらくは、去る1月から始めた「ツイッター」からの何らかの影響があったのではないかと考えています。

ともあれ、そうしたことから、今後出来るだけ「書ける」と思った時に、こうした記憶を積極的に書き綴ってみようと考えてはいますが、さて、どうなることでしょうか(笑)?

さて、先日読了した新版の大岡昇平著「俘虜記」の後は、買い溜めしていた何冊かの新書を読み漁ってはいますが、あまり身が入らない状態が続いています。しかし、これも考えてみますと、さきに述べた「ツイッター」からの影響が少なからずあるようで、スマホやPCが周辺にない状態であると、自身の場合、読書に身が入り捗る傾向があると云えます・・(苦笑)。

しかし、この自身にとって公開のための道具であると同時に情報収集のための道具(ツイッター)は、これまでの経緯から今更、簡単に止めることが出来るような代物ではなくなり、まさに「その付き合い方を考えるべきもの」になったと云い得ます。その意味において、自身は未だに少なくとも、ツイッターに対して適度な距離を保ちつつ、適切に付き合うことが出来ているとは云えません・・(苦笑)。

やはり、自身の場合、基軸にあるのはこれまでの経験と、それに関連させることが出来ると思しき書籍などから得た知見であり、それらの関連性を、著すことが出来る文体にて作成することが自身にとっては重要であり、その意味において、ツイッターは、ブログ記事の共有が可能ではあるものの、ブログほど公開の方に重点を置いたものではなく、そこから否応なく得る、目に入る情報にも左右されてしまうといった性質があると云えます。

端的に、これが消耗する要因であり、また読書への没頭を妨げるものであるとも云えるのですが、しかし、よくよく考えてみますと、この程度のことでは読書への没頭を決定的に妨げるということは困難であり、むしろ、それは自身が差配(配分を決定)すべきことではないかとも思われるのです・・。

そのため、今後は、そうしたことをもう少し留意しつつ、記事作成やツイッターでの共有等を進めて行こうと思います。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




 



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2020年10月4日日曜日

20201004 ツイッターにて見たニュースから思ったこと

 今年の1月からツイッターを始めましたが、当初は使い方もよく分からずに闇雲に行い、またそれは現在においても概ね同様と云えます。

そうした中、つい先日、ツイッターの投稿を閲覧していて不図、感動に値するほどのニュースを見つけました。それは某新聞社の記事であり「鹿児島中央駅前にある幕末の薩摩藩から英国への留学生等をモデルにした「若き薩摩の群像」という集団の銅像に、実際に留学生に加わっていた藩外出身者二名の像が新たに追加された。」といったニュースです。

この集団の銅像については、在住期初期(2009年)から知っており、また、さきに述べた藩外出身者二名が像の対象となっていなかったことも知っていました。

とはいえ、こうしたことは地元の方々に述べてみても、実際のところ関心は薄く、もしくは「それは当然であろう。」といった見解が自然であったと記憶しています。その意味で我が国の地方社会とは閉鎖的であることは、古来より変わらず、また、鹿児島の場合は、特に江戸期においても島津藩が藩独自で鎖国主義を採っていたことから、その時代からの文化的残渣とも云える性質は、相対的に濃厚であると云え、当時の自身としては割合早めに「まあ、そのようなものか・・。」と、その地域性を理解していました。

他方で、当時の先輩院生に「おーい!竜馬」という武田鉄矢原作、小山ゆう作画によるマンガを互いに読んでいたことにより、よく話す機会を持つようになった方がいました。この方は鹿児島市のご出身で、実際に部活動にて剣道をされており、私が「やはり鹿児島だけに示現流ですか?」と訊ねてみると「いや、部活では示現流はやらんよ。」との返事でしたが時折、示現流の真似はしてくださいました(笑)。この真似は、さきの「おーい!竜馬」の一場面からのものでしたが、そのセリフを聞いただけで、どの場面か理解出来ていた私も、それなりにこのマンガを読み込んでいたのだと云えます(笑)。

ともあれ、互いに読んでいた「おーい!竜馬」内に、土佐藩参政の吉田東洋の暗殺場面があるのですが「これがおそらく史実とは違う」と私が話し、司馬遼太郎著「幕末」という短編小説集内の「土佐の夜雨」という作品を示しますと、関心を持って頂けたようであり、続いて「おーい!竜馬」に登場する陸奥陽之助こと陸奥宗光による「蹇蹇録」を示しますと、これまた関心を持って頂きましたが、扱う時代が大分後であることから、それよりも、同マンガに脇役として少しだけ登場する田中顕助こと田中光顕による「維新風雲回顧録」を示しますと「これは面白そうだ。」とのことであり、これを休憩室で輪読した記憶があります。また、映像資料につきましては「長州ファイブ」をノートPCを用いてDVDにて観て頂きました。

これら小説「幕末」そして「維新風雲回顧録」に登場する吉田東洋暗殺の実行犯の一人が、さきの「若き薩摩の群像」に新たに追加された一名であることはあまり知られていませんでしたが、この輪読の際、先輩院生に「あの駅前の「若き薩摩の群像」の中にいた一人が吉田東洋暗殺犯の一人なのです。しかし、彼は薩摩藩出身ではないことから、この銅像には入っていませんが。」と話したことを記憶しています。

その時、彼は大いに感心された様子ではありましたが、あるいはまさか、その際に落とした知識のインクが、今回の新規像の追加にわずかではあれ、何らかの関係があったのでしょうか(笑)。

ともあれ、このハナシにつきましても、今後、機会を見つけ、もう少し詳しく書いてみたいと思います。

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2020年10月1日木曜日

20200930 2015年の私にブログ記事作成を勧めてくださった方々へ

昨今の首都圏は、とりわけ朝晩が涼しくなり、既に薄手の上着は必要であるように感じられます。そうした中、当ブログの方は、先日書きました通り、1390記事に至り、余すところ10記事の投稿にて1400記事への到達となります。

とはいえ、1300であろうと1400であろうと、ブログを始めた当初は、この程度まで継続することが出来るとは考えてもいませんでした。他方で、当ブログの作成を飽き、止めてしまうといった状況もまた、考えていませんでした。

おそらく、これら状況の間をフラフラ行き来しながらも辿りつつ、どうにか現在に至っているように思われます。また、現在継続している当ブロガーの前には、ミクシィ、フェイス・ブックなどで数年間、断続的に、こうした記事作成のようなことを続けていたことから、2015年からの当ブロガーでの記事作成には、数年間の助走期間があったのだとも云えます。

そして、今後は何時まで当ブロガーを継続するかについては考えていませんが、それは1500記事に到達した際にまた、あらためて考えようと思います。

思い返してみますと、当ブロガーは、周りの友人・親戚の方数人(人文社会科学系研究者2・大学病院勤務が長かった歯科医師1)に偶然、同時期に勧められたことから始めたわけですが、1500記事や6年間の継続に至れば、とりあえずは「ある程度までは続けた」と云えるのではないかと考えます。

また、ハナシを少し大きくしますと、近年の継続的な情報通信技術の進化発展により、こうした公開されるネット上での文章は大いに増大したと云えますが、当ブログもまた、まさにその一つであり、そして、そこでの文章が、5年数カ月にわたり、50万人弱(も)の方々に閲覧して頂いたということは、それ自体は実に些細なことであると云えますが、しかし同時に、そうしたものが数万、数十万程度併存するのであれば、それはそれで一つの効果・影響を齎す装置、道具立てにはなるのではないかとも思われるのです・・。

そして、そうした事態はおそらく、それ(情報通信技術の進化発展)以前にはなかったと云えますので、自明ではあるのでしょうが、それはそれで革命的な出来事であり、また個人として、その中の微小なりとはいえ一要素であると認識出来るいうことは、少なくとも、あまり悪い気がするものではなく、そしてまた、2015年の私にブログ(公開する文章)の作成を勧めてくださった方々にも、多少は顔向け出来るのではないかとも思われるのです・・。

また、これは自身としても全くの苦行的行為ではなく、これまでの経験から、自身は好きなことであれば自然と継続することが出来る性質があると思われることから、こうした文章の作成もまた、もう一つの好きなことと云える「読書」とのイン・プットとアウト・プットのような関係に置かれるものであるのかもしれません・・。

とはいえ同時にここに来て、少し疲れが溜まったようですので、休息をとるため、新規の記事作成は数日間止めることにします。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2020年9月28日月曜日

20200928 1390記事の到達:文体の確立・獲得を実感する時?

 おかげさまで、今回の記事投稿により総投稿記事数が1390に到達します。そしてまた、この調子にて記事作成を継続しますと、おそらく来月中には1400記事に達することが見込まれます。

とはいえ、今後近いうちに1400記事までの到達が見込まれても、それ自体、あまりキリの良い数値とは云えないことから、その後も1500記事の到達までは、継続的に記事の更新を行っていきたいと考えています。

さて、先日来から読み進めている大岡昇平著「俘虜記」は、さきほど、ようやく280頁まで至りました。このあたりになりますと、著者の収容所内の描写および洞察は冴えわたり、その抽象の度合いは、昭和20年のフィリピンでの米軍管理下の捕虜収容所のみに留まらず、75年後の我が国社会においても十分当て嵌まるのではないかと思われるものが散見されます。

そして、その具体的内容を知りたいとお考えの方は、読書の秋とも云いますので、是非、当著作を読まれることをおススメいたします。

ともあれ、こうした射程が長い洞察を、抑えた、乾いた筆致にて綴ることの出来る著述家は、果たして現在おられるのでしょうか?

他方で、ここ数日、連日記事作成を行ってきたことからか、この時間に至りますと、どうも眠気が襲ってきます。そうした状態の中で、なおも記事作成を行っていますと、時折は良いと思われる着想が湧き、スムーズな記事作成が出来ることもあり、実際、当ブログ開始当初の2~3年は、そのような感じでほぼ毎日作成を続けていました・・(苦笑)。

しかし、ここ最近になりますと、その「勢い」は減衰してきたようであり、さきに述べた以前のようには行きません。これは年齢によるものなのでしょうか・・(苦笑)?

また同時に、これまで5年以上にわたって記事作成を継続してきましたが、自身の文体を確立したという実感は未だなく「多少文章を書き易くはなったが、それが文体の確立にどのような関連があるのかとは、未だ実感として理解できていません・・。これもまた私の鈍感さによるものなのでしょうか・・(苦笑)?

あるいは、こうしたことは、継続的な記事作成を止めた後になり身体化され、そして、定着したものを実感出来るようになるのかもしれません・・。

そして、そのためにも少なくとも、あと110記事の新規作成が必要であるのだと思われます・・(苦笑)。

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2020年9月27日日曜日

20200927【架空の話】・其の41

とはいえ「他の場所に住むということは、そうしたことも全て含めてのことであり、若いうちは、そうしたことを経験しておいた方が良いのだろう・・」と、ここ最近、頭では考えるようになっていた・・。

また、そのように考えてみると、18歳で地元のKを離れてから6年間、ここ首都圏に住んでいたBに対して「スゴイものだ・・。」とも思われてきた。

さて、Kでの住む場所を探しに行く日も近づいてくると、それと同時に「生まれ育った場所から離れなければいけない。」という「恐れ」らしき感情も大きくなってきたが、しかし、それは自分の選んだ途であることから、そうした不安を両親に披露するのも如何なものかと考え、つとめて平静を装うことにした。

そして、そうした中で引越しの準備も少しづつはじめたわけであるが、今後、Kの専門職大学での専攻内容は、これまでのものとは大きく異なることから、入手した書籍の多くは実家に置いていくことにして、それらを段ボール箱に詰め、現在Wに住んでいて空いている兄の部屋に置かせてもらうことにした。そうして幾日か経つと、自分の部屋は大分スッキリとしてきて、クシャミの音の反響具合も以前と違って聞こえるほどであった。

Kに向かう前日の夜、偶々少し父親と話していると、苗字の話題に転じて「ウチの苗字は、K市街地から少し離れた場所に比較的多くて、あとは大隅半島の方にもいて、どうやらそちらの方が本筋らしいけれども、江戸時代での転勤(?)や西南戦争での混乱によって各地に四散したらしいとのことであった・・。そういえば、専門職大学の面接でも、面接官の一人が私の苗字に興味を示していたが、おそらく、そこにも何らかの事情があったのだろうと思われた。また、ウチの直接のご先祖のお墓は市街地の方にあるとのことであったが、これはまた別の機会に教えるとのことであった。

そして当日、寒い中早起きをして成田空港に向かい、編入試験の際に利用したのと同じLCCの便にて鹿児島に発った。以前と同様、2時間程度のフライトで飛行機は無事に山あいの中を切り拓かれたとみられるK空港に着陸した。預けた荷物はないことから、そのまま、以前降り立った時とは季節が異なる到着ロビーに出てみると、南国とはいうものの、空気はそれなりに冷たかったが、同時にそれは首都圏よりも澄んでいるように感じられた。

さて、到着ロビーにて事前に約束をしていたBを探していると、降車場への出入り口の方から「こっち、こっち!」と耳慣れた声が聞こえたことから、そちらを見ると、紺の厚手のウィンド・ブレーカーの下に白の洗いざらしたボタンダウンシャツを着て、少し色落ちしたジーンズを穿いたBが手を振っていた。私も大きく手を振ってからすぐに荷物である小型ダッフルバッグのショルダー・ストラップを肩に掛けて、Bのいる方に足早に向かった。声が普通に届く程度の距離になるとBは「そこまで車で来ていて、今ハザード出して停まっているから、すぐに移動しよう。」と言い、私は急ぎ気味でBの後をついて行き、停めてある年季の入った商用と思しき白い軽のバンの後部座席にバッグを積み込み、助手席に座った。

Bはすぐに運転席に乗りハザード・ランプを消してから発車した。この間おそらく1分も掛からなかった。なかなか息の合った行動であったように思われる。

助手席のダッシュボードには、電子タバコの吸い殻が入った灰皿が置かれており、また車内は普通の紙巻きたばこの匂いも残っており、また後部座席には、荷物を載せる際にわずかに気を引いたが、釣り道具やクーラーボックスが載せてあり、明らかに家庭用ではないことが看取出来た。

車内の様子を少し訝し気な様子で見ている私に対しBはハンドルを執りつつ「これは父親の釣り用の車でね、仕事の傍らで結構釣りにも行っているんだ・・。それに、最近こっちにも電子タバコが出回ってきて普通のタバコから乗換えたらしいけれども、まだ前のタバコの匂いが残っているんだよ・・。」と運転前方を見ながら話した。

そして車は以前にも乗った覚えのある高速道路に入り、さらにしばらく走ると、左前方に海が見えて来た。天気は良く、わずかに日光が首都圏より強いように感じられたが、気温は決して高いというわけでもなく、それは首都圏であっても冬といった陽気であった。

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20200926 村上春樹著「風の歌を聴け」の読了、およびこれまでの大岡昇平著「俘虜記」から

 一昨日から読み始めた村上春樹著「風の歌を聴け」は昨夜、読了に至りました。読後の感想は「どうも小説らしくない不思議な小説だな・・。」といったところですが、同時に「面白くない」という感覚はありませんでした。してみると、当著作を含め、村上春樹氏による小説の多くは、こうした謂わば「雰囲気を読ませる・感じさせる」物語であるのかもしれません・・。また、その雰囲気について考えてみますと、これまた不思議と、40年以上前に著された作品であるとは自身には感じられませんでした。(もっとも考えてみますと、私は最近の小説を(殆ど)読んだことがありませんが・・(苦笑)。)

ともあれ、そこから多くの批評家の方々が云うように「氏の小説作品は場所性といった概念を出来るだけ捨象している。」のと同様、時代性についても、同様であり、敢えて、あまりそういった要素を深掘りしないといった傾向があるのではないかと思われました。また、それにより、より多くの読者層を得ることが可能になるとも云えることから、これはこれで少なくとも、悪い作風ではないようにも思われます。

また、当著作は「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」との三部作であるとのことから、今後は機会を見つけ、とりあえず両作品を読んでみようと考えています。

他方で、もう一つ読み進めている大岡昇平著「俘虜記」は200頁過ぎまで至りましたが、そこでは、未だ収容所社会様相の描写はそこまで深彫りされておらず、周囲の収容者達、監視米兵の様子が主に描かれていると云えます。そして今後、徐々に収容所社会様相の描写が詳細になっていくのですが、おそらく、それらの描写が、現代の我が国社会との対比によって、憂鬱さ(多分それは司馬遼太郎が晩年「昭和という時代は実に不健康な時代です・・。」と宣っていたのと類似するか同根の感覚であるように思われます。)を生じさせるのだと思われます。しかしまた同時に、当作品の重要性の配分は、これまでの前半部に多く描かれていた「何故、目の前の米兵を撃たなかったか?」という著者自身の内的な問いよりも、後半部分での収容所社会の描写、および、それに対しての洞察に大きく因っているものと私は考えます。

さて、突然ハナシは変わりますが、最近は主にツイッターでのインプレッション数を注視していたため、ここに来て当ブロガーの全期間での総閲覧者数が493000人を超えていることに気が付きました。

そして現在の調子にて書き進めて行きますと、おそらく、本格的に冬に入る前には、以前から目標としていた50万人に到達することが出来るのではないかと思われます。

もとより、所謂アルファ・ブロガーと呼ばれる方々と比較しますと、本当に大したことではないのかもしれませんが、それでも自身としては一つの目途が立ち、区切りになるとは云えます・・。

さらに、これまた現在の調子にて書き進めますと、来月には総投稿記事数が1400に至るとも予測されることから、とりあえずは、これらを目標として、さらに書き続けて行こうと考えています。

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