2023年7月2日日曜日

20230702 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について②

活力の反応には、活力節約と活力消耗の二つの性質があります。活力節約は、主に義務を果たす刺激によって起こります。義務を果たすことは社会的に望ましいとされており、また組織の発展に重要な役割を果たします。他方の自由な活力発現は、趣味や娯楽などで重要です。釣りや読書、運動など多様な活動がこれに当たります。また、文学や科学、哲学などもこの自由な活力発現の一環と云えます。活力の発現や進化、持続は開化においてとても重要であり、外部からの刺激によって我々の活力の反応が理解することができます。

さて、以上の活力の二つの性質は、現代の我々の社会においても、さきの義務に対しての消極的な活力節約と、道楽に対しての積極的な活力消耗の双方が相互作用を起こして、そこから進歩的な変化が生じるのではないかと考えます。

これを具体的に述べますと、活力節約においては、少ない時間でより多くの仕事を効率的に処理出来る様に努力がされます。それにより自動車や列車や艦船そして飛行機や電話やインターネットなどの便利なものが生まれましたが、これらは本質的には手間を省くための、いわば活力節約を目的とするものであり、端的には、より多く体力を使いたくないがために生みだされたものであると云えます。

他方で、上述のような便利な道具があるにもかかわらず、自らの体を使い、積極的に体力を消耗して疲れを求めるような時もまたしばしばあります。我々が趣味で行っている運動などは概ね、これにあたると云えます。

しかしながら、こうした積極的に体力を消耗したい時ばかりに、その機会があるわけではありません。むしろ逆に、あまり動きたくない時にそうした機会があることの方が多いと云えるのではないでしょうか?

そして、実際にそうであったからこそ、訪問から郵便そして電報から電話やメールへと、進化とも云える変化を遂げてきたのではないかと考えます。これは要するに、あまりやりたくない仕事は避けて快適に生きたいというわがままな要求や、あるいは働いても報われないといった不満から、さきの活力節約の側の力が大きくなり、やがて事態の変化・発展をもたらす力へと成長するのではないかと思われるのです。

以上が、さきに述べた「義務に対しての消極的な活力節約と、道楽に対しての積極的な活力消耗の双方が相互作用」を具体的に述べたものですが、これら性質の相互作用とは、往々にして同時代での道徳観と合致するものではなく、あるいは非難されることもあるのでしょうが、しかし実際のところ、こうしたダイナミズム(相互作用の過程)を経ることなしに、事物とは進化的に発展することは難しいのではないかと思われます。

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20230701 中央公論新社刊 米原謙著「徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡」pp.118‐121より抜粋

中央公論新社刊 米原謙著「徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡」pp.118‐121より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121017110
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121017116

一般に、人間は自分の存在を世界のなかに位置づけ、それに意味を与えることなしに生きていくことはできない。それは自分が何者であるかを社会的に確定することである。カナダの政治理論家チャールズ・テイラー(Charles Taylor1931‐)は、アイデンティティの根拠が社会との関わりによって自己の存在の意味を確認することによって形成されると指摘している。テイラーは個人のレヴェルを想定しているが、集団の場合も同じことがいえるだろう。個人にせよ、国家にせよ、自分にとって重要な他者から十分に認められることが、何より肝要なのである。個人も国家も、自分が他者から認知されていることを確認することによってのみ、自己の存在を意義づけることができる。

 日本にとって重要な他者とは欧米である。子供が両親から、生徒が先生から認められることを切望するように、後進国の知識人は自国が欧米諸国から敬意のある認知を受けることを切望する。この時期の最大の思想家といってよい福澤諭吉は、この点でも第一級だった。かれは欧米からのまなざしをつねに意識し、どのようにすれば欧米からの評価を高めることができるかに腐心した。たとえば明治十七年の論説「宗教もまた西洋風に従わざるを得ず」では、欧米からの差別的なまなざしを避けるために、動植物の保護色のように「文明の色相」を身につけるべきだと説いている。風俗や宗教が違えば「外道国」とみなされる現状がある以上、欧米と同じ「色相」をまとうことで疎外の原因を絶たねばならないと考えたのである。「脱亜流論」などの論説で、アジア諸国との差異を強調し、日本は十分西欧化していると主張しているのも、「尋常東洋の一列国」とみなされることを恐れたものである。いかにも卑屈な態度だが、中国と朝鮮と同一視されることは、日本の国際的地位の上昇にとって決定的にマイナスだと考えられた。ここに福澤の冷徹な合理主義を読みとることができる。

 蘇峰も他者のまなざしをつねに意識した言論人だった。多くの知識人が日清戦争を欧米からの認知を獲得する絶好のチャンスと捉えたが、蘇峰はそれをみごとに表現している。「大日本膨張論」に収録された論説をいくつかとりあげてみよう。日清戦争勃発直前に書かれた「好機」では、イタリアの政治家カブール(Camillo Benso conte di Cavour 1810‐61)を例に挙げる。カブールは「狂気の沙汰」と非難されながらクリミア戦争に参戦し、それによってイタリアは「欧州列国に識認」され、国家の「利益と光栄と拡充」した、と。「世界における日本の位地」では、日本人は欧米を知りすぎるほど知っているのに、日本は欧米からまともに評価されていないと嘆いている。日本は「美人国」、もっと率直にいえば「売淫国」として紹介されているにすぎない。日本人は「否」といわない「軽快にして与しやすき伴侶」とみなされている(100年後に「ノーと言える日本」という本が話題になったことを想起せよ)。欧米人は日本を自分たちと対等とみなしていないばかりか、清国とすら対等と考えていない。こうした状況下で迎えた日清戦争が、日本にとって名誉回復の絶好のチャンスと意識されたのは当然だった。それは汚辱にまみれた評価を書き換える決戦だった。「吾人は暗室に格闘するにあらずして、世界の前に立って、決戦することを忘るべからず」。

 日本軍が旅順口の占領に成功して、事実上、勝利が確定したとき、蘇峰はこの戦争の意味を問い直して、「国家自衛」と「国民雄飛」のためのステップだったと答えている。このふたつの目的を達成するには、維新以前の汚辱に満ちた歴史的経験を払拭せねばならなかった。「吉田松陰」で語られたことは、もっと激しい言葉で表現される。「開国は正理なり、しかれども我の外国の強迫によりて、開国せしめられたるは、屈辱なり。容易に拭うべからざる、我が国史の汚点なり。而して今日に至るまで、世界諸強国と対立して、我が膝の直からざるは、この汚点のためなり。例せば、合意の結婚は、人の大倫なり。しかれども不合意の結婚は、むしろ強姦に近しといわざるを得ず」。

 ペリーによる強制的開国を堪えがたい屈辱とする考えは、当時広くみられた。儒学者大橋訥庵(1816‐62)は、その屈辱を、他人の屋敷に無断で入り「樹木を折り庭石を動かし(後略)」と形容している。幕末のナショナリズムには、それに対する雪辱の意味が込められていた(佐藤誠三郎「死の跳躍」を越えて」を参照)。蘇峰が使った「強姦」は最上級の比喩だが、読者の側にも、開国を「強姦」と感じる自意識があったと想定して誤りない。

 ペリー来航以後の政治過程は屈辱に満ちたものであり、不平等条約の改正は困難をきわめた。日清開戦の直前に、治外法権廃止を規定した日英通商航海条約がやっと調印されたばかりである。蘇峰はその怨念をつぎのような言葉に吐き出している。日本は人類として正当な待遇を受けておらず、まるで猿にもっとも近い人類か、人類にもっとも近い猿のように、「一種の風変りなる」見せ物として遇されてきた、と。戦勝はこうした偏見を打ち破り、欧米に対して否応なく正当な認知を迫るものだった。「吾人は清国に勝つと同時に、世界にも打ち勝てり。吾人は知られたり。ゆえに敬せられたりゆえに畏れられたり、ゆえに適当の待遇を享けんとしつつあるなり」。戦勝は文字どおり溜飲を下げるものだった。それは清国に対するものではなく、むしろ欧米の偏見に対するものだった。戦争は朝鮮の支配権の獲得だけではなく、何よりも欧米に対する雪辱と名誉回復をめざしたものだったのである。

2023年6月29日木曜日

20230628 和歌山大学の学生・教職員による書評『Ritornello (リトルネロ)Books & Media Review』第45号 阿部秀二郎著「いま、考えておきたいこと」pp.10‐11より抜粋

和歌山大学の学生・教職員による書評『Ritornello (リトルネロ)Books & Media Review』第45号 阿部秀二郎著「いま、考えておきたいこと」pp.10‐11より抜粋

カサルスは、バイオリニストのティボー、ピアニストのコルトーとともにトリオを組み数々の名演を残して来たとされる。個性豊かで好みも異なる世界的演奏家たちがトリオを組み、長く活動を行うことができた理由は、それぞれの音楽性に対する尊敬の念があったからである。しかし信条において、カサルスはティボーやコルトーとは一線を画していた。のみならず信条を誓約するために、カサルスは画した一線を隠そうとはせずに、実際に行動したのである。

カサルスは家庭でも、カタロニアの地域的特質という面でも共和制に共感を抱いていた。カサルスは10代のころ、精神の危機に落ちる。感性の成長が著しく妨げられることにより危機に陥ったJ.S.ミルとは異なり、カサルスの場合には様々な書物を読み漁ることで、音楽のもたらず「美」や「善」ばかりではなく、世の中には貧困や本性的に問題のある人間などの「悪」が存在することに気づく。「悪」が存在する悲しき社会において生きるべき価値や意味は何か問ううちに、音楽が続けられない状態になってしまう。カサルスは宗教や共産主義思想にも救いを求めるのであるが、前者は何も回答を与えず、後者は欺瞞に満ちたものと感じられた。結局、カサルスは自らの良心に立ち返ることになる。そしてその経験により、信条への誓約はより強固なものとなった。

 ヒトラーが勢力を伸ばした時に、ワーグナーなどの楽曲が利用されたのは有名である。共産主義思想のみならず、ナチス労働党の思想もカサルスにとっては人間的価値を尊重するものには到底思えなかった。そうすると、ナチスに利用されるワーグナーの楽曲も、またその楽曲を当時ベルリンなどで演奏する演奏家もすべて、尊重されるべき人間的価値とは一致しないものになる。受け入れるわけにはいかないのである。ティボーやコルトーはこの点でカサルスよりも柔軟であった。ティボーはヒトラーの前での高額な待遇の演奏を受け入れることはなかったが、コルトーはフルトベングラーとナチス支配下のドイツで共演することもあった。

 そしてティボーやコルトーはカサルスとは異なるチェリスト(フルニエ)とトリオを組み活躍している中で、カサルスは活動を停止したのである。

 経済学において利己心が経済活動の中心であるとする考え方はアダム・スミスが提示したが、スミスが提示した当時は、道徳哲学がテーマになっており、人間は利己的存在か利他的かという問題に対する議論が展開されていた。スミスは、両面が存在するが、利己的側面が社会的利益をもたらす可能性もあると指摘する文脈において、便宜の理論を説明し、市場経済の利益にも言及したのである。こうして当時は社会生活において、利己は消極的に容認し得るものであった。しかし長い時を経て、利己が幅を利かせる時代になってきた。利己を前進させるための制度やインセンティブの研究が進み、それを妨害する存在は効率性を損なうという理由で排除されるようになっていく。

 カサルスたちが生きる時代もその途上に存在した。報酬がどの程度であったかは調査していないが、自己顕示欲を掻き立てるインセンティブという点で、コルトーにとってフルトベングラーとともに、ナチスを鼓舞する演奏会での拍手喝采は魅力的であったのかもしれない。

 そのような中で、コルトーはカサルスの態度をどう見ていたのか。コルトーは第二次大戦終了前にパリがナチスから解放されたときに、フランス軍に拘束されることになる。そして今度はコルトーが活動を停止することになる。そしてコルトーは良心の呵責を感じていたのである。

 ではカサルスの時代からさらに進んだ現代においても良心は存在するか。このことはサミュエル・ボウルズらのラディカル・エコノミストによる分析(「モラル・エコノミー」)によって明らかにされている。彼らは利己的な金銭的インセンティブと良心などのモラルが本来不可分なもの(スミスもミルも分かっていた)なのに、現代の経済学では可分とされてきたこと、しかし実験に基づく人間行動は良心を有し、インセンティブが適切に利用されないと、良心の作用が弱まり、結果的にマクロ的に社会に不利益をもたらすこと、を説明する。

 旧キエフ公国で起こっていることに対して、その戦争や破壊が日本にもたらすコスト・ベネフィットを分析し、対策を論じることは重要なことであろうが、その考え方だけでは狭隘であろう。ケインズが感覚的に良心に従い、世論または既存の経済思想とは異なる考え方を展開したように、ひとまずじっくりと、内に存在する声と向き合い、そこから何を考えるべきか探りたい。

2023年6月28日水曜日

20230627 8年間のブログ継続と「理解についての感覚の変化」

そういえば、去る6月22日に当ブログ開始から丁度丸8年となりました。そして、そのことをブログ記事題材としてしていなかったことに先ほど気が付き驚きましたが、あるいは見方を変えると、その程度まで当ブログの作成が日常化していたのかもしれません・・。

ともあれ、これまで8年間ブログを(どうにか)継続してきましたが、開始当初の記事を読んでみますと、これまでの間に変化したもの、しないものが理解出来るような感覚を覚えます。私見として、この「理解出来るような感覚」の先にいくつかの段階があるのでしょうが、おそらく、本当の理解があるのではないかと考えています。そして、これまた感覚的ではあるのですが、私にとって、これまで当ブログを継続したこことの一つの大きな意味は、この「理解についての感覚が変化」したことです。これまで8年間、自分の興味や、専攻分野およびその周辺について、いくらかは専門知識を反映させたブログ記事を作成してきましたが、こうした行為の継続は、全くの自主性・内発性に依拠していることから、さきに述べたような「理解についての感覚の変化」が感じられたのではないかと思われるのです。

そしてまた、この「理解についての感覚の変化」に付随して嗜好の変化もまたごく自然に生じると思われます。それは食べ物であったり、あるいは読む書籍であったりします。私の場合、いくつかの地域・時代区分の歴史について扱った書籍は、比較的長期間にわたり継続的に読んでいると云えますが、その他の時事問題およびその背景について扱った著作は、これまで継続してきた読書と、何らかのカタチで結び付けることにより、大抵は読了にまで至ることが出来ます。このようにして、これまで未知であった異分野の書籍を読むことは、やはり年を追うごとに困難になってはきていますが、他方で、軸となる、ある程度勝手知ったる分野があれば、それに結び付けて、また新たな分野を学び、知ることは、その行為が自主性・内発性に依拠していれば、そこまで困難なことではないようにも思われます。

そして、こうした気付きの基層にあるものも、当ブログの継続であったと考えます。おそらく、口語においてもそうした傾向があるとは思われますが、ある程度の期間継続して文章を作成していますと、作成文章の中から、自らの文章のクセあるいは個性のようなものが観念的ではあるのですが、対自的なものとして認識出来るようになり、そしてその蓄積によって、さきの「理解についての感覚の変化」へと至るのではないかと思われるのです。

とはいえ、そのある程度の期間は人によって異なると思われますが、おそらく、短くとも1年以上は要するのではないかと思われます。そして、1年以上にわたりブログ記事作成を継続するためには、先述のように継続出来る、いわば軸となる分野を見出すことが重要と云えます。私にとってそれは、さきの「いくつかの地域・時代区分の歴史」であったと云えます。そして、それら分野にて、これまでに作成してきた文章などを切り取り、改編などをして、当初はブログ記事として投稿してきましたが、この手法に拠りますと、読書を続けていれば、自らによる文章だけでなく、引用記事の作成なども可能となり具合が良かったのだと云えます。そして、その継続のさきに、さきの「理解についての感覚が変化」が生じるのだとすれば、それはやはり、今しばらく継続した方が、「より面白い変化が生じるのではないか・・」と考えるのは妥当であると私には思われます。それでも、今しばらくは休みますが・・。

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2023年6月26日月曜日

20230625 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について①

現代の日本で生きる我々の生活は、19世紀後半の明治維新そして文明開化からの影響を強く受けたものであると云えます。しかしながら、このことは、私を含めた社会全般において、あまり深くまでは理解、そして共有されていないのではないかと思われます。そのため、現代の我が国社会を考えるうえで、我が国近代の「文明開化」さらに「開化」についての理解を深めておくことは有意義であると考えます。

そこで、はじめに一般的な「開化」の概念を検討します。この検討に際しては、対象となる事物の要素に定義を付与する必要がありますが、この「定義を与える」という行為には注意が必要です。なぜならば、定義は事物を制約してしまうからです。その意味において我々は、複雑な事物に定義を付与して明解な説明を可能にする研究者の方々の知見と能力には敬意を払いつつも、その付与する定義には注意を払い、慎重になる必要があります。なぜなら、定義は先述のように、対象となる事物に不要あるいは不自然な制約を加えることがあるからです。

たとえば、幾何学では円は「中心から円周上の任意の点までの距離が等しい図形」といった定義が付与されますが、これはあくまでも理想的な円を想定したものであり、現実にある円を完全に説明し得るものではありません。また、現実にある物体やその形は絶えず変化しています。それ故、さまざまな事物を説明する際に用いる定義は、現実の変化に対して柔軟に対応出来るものが望ましいと云えます。

あるいは、これを説明するための具体例として、化石化した樹脂である琥珀が挙げられます。しばしば、こうした琥珀の中に蠅などが閉じ込められていることが見受けられます。これを透かして見ますと、たしかに蠅の姿が確認できますが、それは実在はするものの、死んでいる蠅です。それゆえ研究者の方々がくだす定義には、この琥珀の中の蠅のように実際には生物ではなく、死んでいると評価され得るものもあります。そして、こうした事例からも分かるように、現実での運用においては、厳密な定義よりも、変化に対応可能な柔軟な定義が有用であると云い得ます。

そして次に、先述しました「文明開化」そして「開化」の要点について考えてみますと、それは端的に、我々の活力の発現の仕方であると云えます。これを詳述して、活力の発現の仕方について考えてみますと、それは大きく積極的なものと消極的なものに分類出来ます。

我々の存在は解釈の仕方によって多様な意味を持ち得ますが、それらの意味を検討するためには、活力の発現の仕方、そしてその持続や進化などが大事な要素となります。

もう少し具体的に述べますと、外部からの刺激に対する我々の反応の仕方は多岐に渡り、刺激があるたびに活力の発現を制限して、できるだけ活力の節約を好むといった性質や、反対に刺激を求めて活力を消耗させることを好むような性質もまたあります。

こうした外部からの刺戟に対する反応の仕方は、活力節約と、その逆の活力消耗の二つの性質として認識されます。活力節約の性質は、概ね義務を果たすための刺激に対して起こります。我々の社会では一般的に義務を果たすことが好ましいとされていますが、これは人間の活力発現の様子を観察して、さらなる組織の発展を促進するうえで重要な役割を持っています。一方、活力を自由に発現する方の意欲は、趣味や娯楽などの活動においてきわめて重要なものであると云えます。具体的には釣り、読書、運動、など多様な活動がこれに当たります。そしてまた、文学、科学、哲学なども、本質的にはこの意欲の発現と云えます。つまり、開化においては、活力の発現やその進化、持続といった要素以外には適切な説明は存在しないと云えます。そして我々の生活状態とは、外部の刺激によって活力が、どのように反応するかを観察することによってほぼ理解できるものと考えます。

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2023年6月24日土曜日

20230623 これまでのブログ記事作成の基層にあるもの②

昨日より本日にかけて、所用のため和歌山市に訪問しました。今回の和歌山訪問は滞在期間が短く、市内を巡るほどの余裕はありませんでしたが、所用の方はどうにか達したと思われます。

先日投稿のブログにて書きました通り、やはり移動をしていますと、ブログ記事の題材となる、さまざまな想念などが、比較的よく生じるようであり、今回の記事作成に関しても、身体的に少し疲れ気味でありつつも、何かしら書いておこうと、先ほどから作成を始めた次第です。また、当記事の作成後に、いくつかのメッセージや文章を作成する必要がありますが、本日に関しては、どうしたわけか、この夜半を過ぎた時刻であっても、あまり気落ちせずに記事作成が出来ています。

あるいは、昨日からの和歌山への訪問によって多少活力が戻ったのかもしれません・・。そういえば2012年以来、概ね半年毎に和歌山市を訪問させて頂いていますが、市内の閑散とした様子は、総じて年を追う毎に強くなり、今回の短い滞在であっても、やはりそれを感じました。

しかし他方で、和歌山市は、その南の紀三井寺・海南方面や、東の紀ノ川上流(吉野川)方面からの自然豊かな環境の大気が流入する地域であるためか、何と云いますか、大気に自然の薫りが濃厚であり、まさしく「空気が美味しい」と感じられる場所であると私見ながら思います。

そして、その大気の薫りは、南紀のそれとも相通じるものがありますが、南紀の方がより野性的で、自然の薫りが濃厚であるように思われます。そして、そうした環境の中でしばらく在住していますと、コンラッドの「闇の奥」にもあったように、こちらの内面の方に何か変化が生じるのではないかと思われるのです。

私の場合、そうした環境にて、読書や勉強の延長のような活動を何となく続けていたことが、その後に意外と大きな影響を及ぼしたのではないかと思われるのです。そして、その後の和歌山市に在住した人文系の院生時代では、それまでではないほどに書籍を読み、それは、たしかに面倒なこともあり、また辛いと感じることも度々ありはしましたが、それでも全体としての和歌山市での人文系の院生生活は、読書や議論など体感を通じて学ぶことが出来た、大変有益で充実した期間であったと云えます。

あまり人から聞くことはありませんが、人文系での大学院修士課程で自分が扱ったテーマ、およびその周辺領域については、かなり強く記憶に残るものであると思われます。

実際に私も、当ブログ開始当初の頃「何をテーマにブログ記事を作成すれば良いか・・。」と考えて、修士論文の一部に加筆した文章を幾つかに分けて複数のブログ記事として投稿していました。

これは、以前に書籍や資料をあたって調べた情報を、脈絡とまとまりのある文章(修士論文)にしたものに、あらためて加筆をしてブログ記事にしたということになりますが、ここで大事であると思われるのは、以前に、自らの手で、ある程度精魂を込めて作成した文章がデジタル情報として、比較的気軽に読むことが出来るようになっていたことであると思われます。

そして、そうした気軽に閲覧可能な自らのの作成した文字情報(ブログ記事)が、ある程度蓄積しますと、それらの蓄積したブログ記事が、自らの記憶を参照する際の補助機能(データベース?)を持つようになるのではないかと思われるのです。これは先日の2000記事到達以前から度々思っていたことですが、これについては未だ明文化出来る状態ではありませんが、また以降、こうしたことも考えて、ブログ記事を作成出来ればと考えています。

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2023年6月21日水曜日

20230620 これまでのブログ記事作成の基層にあるもの

先月5月27日(土)当ブログの総投稿記事が2000記事に到達して以来、本日にいたるまで、新規の自らによる独白形式のブログ記事を作成してきませんでした。

その間、やはり「自らの文章によるブログ記事を作成したい・・。」と思うことは度々ありましたが、特に強いものではなく、またそれは、徒歩や電車での移動時に訪れることが多かったです。

以前、当ブログ開始当初の頃(2015~2016前半)であれば、そうした折に訪れた想念・考えを、手持ちのメモにペンで記録しておき、帰宅後にメモ帳を開き、乱暴に書かれた文章をなかば解読するように思い出し、そして、キーボードでPC上の文章として入力していましたが、この、しばらくの期間継続した習慣は、ブログ記事の作成を強く促す内的衝動の結果、いわば苦肉の策としてはじめられたものでした。

またこれは、それ以前のホテル勤務であった頃から身に着いたものでもあり、再び何らかの目的を設けて実施することはあまり苦にはなりませんでした。やがて、この習慣をしばらく続けた2016年の半ば頃、どうしたものか、昼間に書いたメモを読み返すことなしに、それに該当する昼間の記憶がよみがえり、そして、それをどうにか文章化することができるようになり、他方でブログ記事作成のためにメモとペンを用いることは少なくなりました。

以来、こうした独白形式のブログ記事の文章は、PC前に座り、しばらくしますと、何となく作成し始めて、やがて徐々に興に乗り、集中することが出来るようになりました。

この、ある程度身体化された習慣もまた、さきのメモとペンと同様、それ以前の人文系・歯系の院生時に身に着いた習慣と云え、オンライン辞書を用いてPC前で英論文を翻訳しつつ読み進めたり、さらに以前の経験であれば、映画作品を英語字幕にして観つつ、興味深い、あるいは仕事で使えそうなセリフの場面で一時停止をして、その口語文章を構成している単語を手持ちの辞書や電子辞書を用いて調べつつ(チンタラ)勉強らしきことを遊び半分で行っていた南紀白浜のホテル勤務時の経験もあったのではないかとも思われます。

そして、これらの経験全てが噛み合いつつ駆動して、どうにか総投稿2000記事まで(どうにか)8年近く継続することが出来たのではないかとも思われます。またおそらく、来る6月22日までは当ブログは継続すると思われますが、その後、新規で目標を設定して、さらに当ブログを継続するのかは、考えてもいませんし、また現時点ではあまり考えたくありません・・(苦笑)。

とはいえ、以前の1000記事到達後も、いつのまにか当ブログを再開していましたので、あるいは我がことながら、今回もまた、そのようになってしまうのではないかという危惧があります・・。

また、さきに少し出ましたが1000・2000記事到達後の違いを思い返してみますと、1000記事到達と比べ、2000記事への到達は、私にとってかなり大きな負担となりました。そしてまたこの先、3000記事・・と考えてみますと、さきにも述べましたが現時点では、少なくとも、あまり前向きな気持ちにはなれません・・(苦笑)。

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