2021年7月15日木曜日

20210715 ブログ記事作成の背後にある読書習慣について・・(現在に至っては)

ここ最近の不規則な生活によるものか、あるいは、半分は書籍からの引用ではあれ、3日間連続にて、2記事ずつの新規投稿を行ってきたことからか、昨日は新規のブログ記事を作成することなく休んでしまいました。

とはいえ、現時点までの総投稿時数は1578であり、当初の予定と比べますと、特に進行の遅れはなく、また、今後も出来るだけ毎日2記事ずつの投稿を続けることにより、今月中での1600記事到達の目途は未だ立ちます。

当ブログを始めてから6年以上経過しましたが、この直近の1年半は、去る2020年初頭から始めたツイッターにより、少なからず影響を受けたと云えます。具体的には、そこで得た情報により書籍を選んだり、また休日での行動パターンの変化などであると云えます。

またこれは「ブログ記事の作成」という、それ以前から続いている一定の行動パターンがあったからこそ、ある程度明確に認識出来ているように思われます。

そうしますと、では「ブログ記事の作成」のさらに奥にある「一定の行動パターン」とは何かと思い至るわけですが、それは、以前にも書いたことがあったと思われますが、私については「読書の習慣」であると思われます。

私の読書の習慣は、おそらく小学校入学以前より、その傾向があったと云えます。とはいえ、当初、その好みはかなり限定されたものであり、主に戦記や兵器関連の書籍であり、またそれは、実家の専門書以外の本棚にならぶ書籍のジャンルの割合を如実に反映するものであったとも云えます・・(苦笑)。

そこから自分の好みらしきものが徐々に出て来たのが、小学校中学年あたりからであり、そして高学年に至ってからは司馬遼太郎や池波正太郎などを好んで読むようになり、次いで夏目漱石や芥川龍之介などへと推移し、そこからさらに読む作家の時代は下り、阿刀田高や星新一、遠藤周作、北杜夫などへと移行し、そこからは海外作家の小説なども色々織り交ぜて読むようになり、停滞しつつ現在に至るといった感じであると云えますが、その間に、ある程度学術的な著作・論文あるいは原書などにも手を伸ばし、時には通読にも至るといったことが、進化であるとも思われます。

また、現在に至っては、同時にその間に修士号と博士号をどうにか頂くことが出来たとも云えるのかもしれません・・(苦笑)。

しかしながら、これは決して誇大な表現でなく、それらプロセスがあったからこそ、自身の読書習慣も進化を伴いつつ継続され、そしてまたハナシは戻って「ブログ記事の作成」が継続出来ているのだとも云えるのです。

そうしますと「自身のこれまでのさまざまな勤務経験は何であったのか?」とも思われてくるのですが、それにつきましては、あまり認めたくないことではありますが、私には良かれ悪しかれ(多少)常識外れ、あるいは言い換えますと、能力の偏りがあり、そこから、さきのさまざまな勤務経験も当然の帰結とは云わないにしても、自身にとっては良い選択であったのだとも思われるのです。それが一連の当ブログ記事の作成に結び付いているのならば・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 



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ISBN978-4-263-46420-5

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2021年7月14日水曜日

20210713 朝日新聞出版刊 木村誠著「大学大崩壊」 pp.189-193より抜粋

朝日新聞出版刊 木村誠著「大学大崩壊」
pp.189-193より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4022737905
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4022737908

2016年に中央教育審議会(中教審)が答申した「専門職大学」は、2019年からスタートするはずであった。国立大学をリストラし、定員割れの私大に対して助成金を減らし、私立大学を見捨てるという大学崩壊時代に、なぜ専門職大学が必要なのか、まずはそのあたりから説明していこう。

 答申には、こう書かれている。少し長いが引用する。

「産業界からはより実践的な教育へのニーズや、学び直しのニーズへの対応が求められ、変化の激しい社会に対応した人材、すなわち、より高度な「実践力」と新たなモノやサービスを創り出せる「創造力」を有する人材の育成強化が急務となっています。「専門職大学」は、大学制度の中に、実践的な職業教育に重点を置いた仕組みとして制度化するものである」

 要するに、若くて実践力と創造力のある人材が欲しいという産業界の要請に応えたものである。また人材不足が進行する中、中高年の能力再開発のための学び直し(リカレント)教育も視野に入れている。

 もともと専門学校には、学校教育法1条に想定される大学と同列になりたいという長年の願いがあった。両者の願いがマッチングして実現するはずだったのが専門職だいがくなのだ。専門職大学になれば、1条校として私学助成の対象になり、また受験生に広くアピールすることができるメリットは大きい。

 2017年11月6日に文部科学省が開催した専門職大学説明会には、700名余の参加者があり、会場には空席がほとんどないといった状況だった。専門学校や大学や短大などの関係者だけでなく、報道陣も多かった。

 実際の申請は、専門職大学が13校、短大は3校だった。また、名古屋産業大学が専門職大学と同じねらいを持つ専門職学科を申請した。ほとんどの母体は専門学校である。

 当初は2018年8月ごろの正式認可といわれていたが、「1校のみ認可」の審査結果が出たのは10月5日であった。審議が難航したのだろう。申請校と設置審査の結果は図表20の通りである。1校が認可され、1校と1短大が「保留」、残る14校は、申請を取り下げるというかたちになった。

 話を専門職大学新設の要因に戻そう。背景を含め次の3点にまとめられるだろう。

①専門職業人の養成には専門学校の現状では限界がある、という認識はすでに定着していた。実力のある専門学校では、神田外語大学や新潟医療福祉大学、東京工科大学のように、大学を新設した法人もある。ただ、技能習得に特化した多くの専門学校は2年や1年の修学期間といった短いコースが多い。当然、語学など教養教育や研究を行う余裕はない。もともと外国語専門の神田外語大学は、大学を新設しやすい条件下にあった。

②グローバル化が進み、海外で活躍する職業人も増えており、専門学校でも技術やスキルだけでなく、語学も含めたコミュニケーション能力や経営管理能力も要求されるようになった。新たに大学になれば、海外大学との連携協定締結などが期待できる。

③既存の大学に対しては、企業と連携した職業教育が不十分だという産業人の不満があった。もっとも大学サイドとしては、有力企業はそれほど職業連携教育に協力的でないという声もある。

専門職大学と専門職短大は、このように産業界をはじめとする社会の期待を反映している大学を目指すことになっていた。ただ、繰り返しになるが、大学並みの扱いを求める専門学校の長年の願いに応えるという事情もある。

 日本経済が低成長時代に入って、企業は終身雇用制を前提にした正社員の大量採用を続ける余裕がなくなった。一方、大学(4年制)も高卒の52%が進学する時代になった。大学教育や企業内教育だけでなく、職業社会も個々人が一定の職種で経験を積み重ねてプロになるジョブ(仕事・職・任務)型の到来が想定されている。企業内でキャリアを積み上げる今までのような方式ではなく、個々人の働き方がジョブを中心にプロとして自立し、転職も今よりオープンになる職業社会である。

 見方を変えれば、今までのように企業が従業員の経済生活の面倒を見るのでなく、必要に応じて契約解除ができる職業社会と言うこともできる。企業にとって、いつでも雇え、またいつでも契約を打ち切ることができるジョブ型職業社会は望ましい。

 ただその前提として、求職する若者が企業と対等な契約を結べるプロのジョブ能力をつけるような教育制度の設計がしっかりできていなければならない。

 その発想が、今回の専門職大学新設に加え、既存の大学に専門職学部(学科)を設ける制度設計に大きく反映している。しかし、求職する学生サイドの立場を重視しているとは言えない面もあるようだ。

2021年7月13日火曜日

20210713 どうにか継続しているブログの背景にあるものについて

 直近2日間は、2記事ずつ投稿したことから総投稿記事数は今現在1576に至り、あと24記事の投稿にて目標の1600記事に到達します。そして、これも毎日2記事ずつの投稿にて進めると、12日間、つまり、今月内での達成も見込まれるわけですが、おそらく実際のところは、そこまでハナシは上手く運ばずに、かなり良く進んだとして、今月内ギリギリの到達になることが見込まれます。

さて、これまでに何度か書いたことではありますが、私は首都圏を出自としていますが、地方での生活が比較的長く、人生の三分の一程度は地方に住んでいたと云えます。また、これが新卒での就職以降となりますと、さらにその割合は高くなり、半分以上は地方での生活であったと云えます。

また新卒当初は首都圏にて勤務したいと強く望んでいましたが、現在考えてみますと、これは贅沢な望みで、実家からは出たいが首都圏(東京都心部)にて勤めたいといったもので、当時は、ともかく実家から出たかったのだと記憶しています。

その理由は、端的には、実家での居心地があまり良くなかったからであると云えます。当時は特に大げさな表現ではなく、暴力沙汰と云える家庭内でのケンカが多くありました。これは他の兄弟においても概ね同様であったと云えますが、その中で最も多くケンカをしていたのは、おそらく私であったと云えます。そして、それらの原因については、半分程度は私にあったと云えますが、残りの半分については挑発によって生じたものであったと云い得ます。

また、当時の私の実家の様子をご存じである方々は、おそらく、そうした(ケンカの)情景も思い出されるのではないかと推察されますが、それでも見方を変えてみますと、当時の私は「何か」を渇望していたのだと思われるのです。

その「何か」とは「周囲に負けない知性」のようなものであったと思われます。それ故、さらに大学院への進学を望んでいたのだとも云えますが、これは周囲の方々との相談により、諦めないにしても、一先ず先延ばしすることになり、そして、そこから当初は望んでいなかった地方での生活が始めったわけですが、現在考えてみますと、これが自身にとってかなり良かったと思われるのです。そのため、当時相談させて頂いた周囲の方々には、それなりに先見の明があったものと私は考えています。

つまり、新卒当時、そのまま当初の希望通りに首都圏の大学院に進んでいたらならば、収入や経済的状況は別として、さまざまな地域のホンモノの文化風土などを知ることなく年齢を重ねて現在に至ったものと思われますが、現在作成している一連のブログ記事とは、以前にも書きましたが、地方での生活の記憶・経験があるからこそ、今に至るまで、どうにか書き続けることが出来ているのだと云えます。

そして、こうした経験を何やら無駄、コスパの悪いものと考えたがる、いわば「経済合理性」一辺倒の社会とは、やはり何かが不自然であり、このままでは「失われた30年」より継続している社会全体の衰退を止めることは出来ないものと考えます。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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2021年7月12日月曜日

20210712 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」 pp.78-79より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」
pp.78-79より抜粋
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

今日ではオンデマンドのサービスが充実してきたので、無数の作品が提供されている。意見をもとめるのは大仕事になりかねない。あなた自身はSFスリラーが好きだけれど、ジャックはロマンティック・コメディーが好みで、ジルが芸術的なフランス映画に一票を投じる。けっきょく妥協して冴えないB級映画を選び、みんながっかりする羽目になりかねない。

 こんなとき、アルゴリズムがあれば役に立つ。それぞれが、これまで観た映画のうちでどれが本当に気に入ったかを告げれば、そのアルゴリズムは自らの厖大なデータベースに基づいて、全員を満足させるのに打ってつけの作品を見つけることができる。あいにく、そのようなお粗末なアルゴリズムは簡単に欺かれてしまう。周知のとおり、人々の真の好みを判断する上では、自己申告は当てにならないのが最大の理由だ。私たちは大勢の人がある映画を傑作だと褒め称えるのを耳にして、絶対に見逃すわけにはいかないと映画館に出かけたものの、途中で飽きて眠ってしまったときにさえ、美的感覚に欠けていると思われたくないので、すばらしい経験だったと会う人ごとに言うものだ。

 ところがそのような問題は、怪しげな自己申告に頼る代わりに、私たちが実際に映画を観ているときにアルゴリズムがリアルタイムでデータを集めるのを許せば解決できる。第一に、アルゴリズムは私たちがどの映画を最後まで観て、どれを途中までしか観なかったかをモニター出来る。アルゴリズムは、私たちが「風と共に去りぬ」こそ史上最高傑作だと誰彼かまわず言ったとしても、最初の30分で観るのをやめてしまい、アトランタが焼ける場面は本当は目にしなかったことを知っている。

 とはいえ、アルゴリズムはそれよりもずっと深いところまで探れる。技術者たちは現在、目や顔の筋肉の動きに基づいて人間の情動を検知できるソフトウェアを開発している。テレビに高性能のカメラを搭載すれば、そうしたソフトウェアは私たちがどの場面で笑い、どの場面で悲しみ、どの場面で退屈したかを知ることができる。次に、アルゴリズムをバイオメトリックセンサーに接続すれば、アルゴリズムはそれぞれの場面が心拍や血圧や脳活動にどう影響したかを知ることが出来る。たとえば私たちがタランティーノの「パルプ・フィクション」を観ているときに、男性間の性的暴行の場面でほんのかすかな興奮を覚えたことや、ヴィンセントが誤ってマーヴィンの頭部を撃ってしまう場面ではやましそうに笑ったこと、ビッグ・カフナ・バーガーについてのジョークがわからなかったのに、間抜けに思われたくなかったので笑ったことに、アルゴリズムは気づくかもしれない。私たちは無理やり笑うときには、何かが本当に面白くて笑うときとは違う脳海路や筋肉を使う。人間はたいていその違いが感知できない。だがバイオメトリックセンサーならできるだろう。


20210712 新たな記事作成ペースを設定して思ったこと・・1600記事への到達について

昨日はオリジナルの記事と、書籍からの引用記事の二つを投稿しました。これにより総投稿記事は1574に至り、また、本日の記事投稿によって1575記事となります。そして、どうにか来月の前半迄には当面の目標としている1600記事まで到達出来ればと思います。

そしてまた、本日についても当記事を作成した後に書籍からの引用記事を作成しようと考えています。昨日の投稿記事にて述べました通り、引用したい書籍の記述は少なからずありますが、そればかりをしばらく続けていますと、自身の作成する文章に対しての感覚が多少鈍り、自身による記事作成が若干面倒に感じられてくるのです・・。そのため、昨日はオリジナル記事を先に作成、投稿した後に、書籍からの引用による記事を作成、投稿したわけですが、これはこれで、そこまで面倒とは感じられなかったことから、今後しばらく、体力が許す程度まで、この作成手法にて続けてみようと思っています。

また、上記の記事投稿頻度にて今後しばらく続けますと、あるいは今月中に1600記事に到達することも視野に入ってきますので、冒頭にて述べた思いとは異なってきますが、これも一つの挑戦と考えることにします。

しばし先のハナシにはなりますが、今後、もしも首尾よく1600記事に到達出来ましたら「次はどうしようか?」と考えてみますと、未だその明確なビジョンは明確はなく「とりあえず1590記事を過ぎたあたりで、何か考えが浮かんでくるのではないか?」と願っているところですが、何れにしましても、到達出来ましたら、またしばらく記事作成を休息しようかと考えています。かつて1000記事に到達した時と現在の状態とを比較しますと、明らかに記事作成への勢いは減衰していると云え、かつては勢いで作成していた記事を現在は手法にて作成しているといった感があるのです・・。

これ自体、良いことであるのか分かりませんが、ともあれ、かつての自分では出来なかったことであるとは云えますので、今後の何かに資することもあるように思われるのです。そして、もう一つ、先日の投稿記事にて書いた「野心」についてですが、こちらも後日、1600記事に到達出来ましたら、あらためて考えてみようと思います。他方で「今更野心をと云われても・・」という思いもありますが、私としては、これまでの経緯から考え、(おかしいであろう)自分の性質に合った環境を見出したといった実感は全くありませんので、出来れば、当ブログを通じ、そうしたものを探り当てていくことが出来ればとも考えているところです。環境も時期により多少変わりましたがそれでも6年以上にわたりブログ記事の作成を続けるのは、やはり多少はおかしい、変わっている性質を持っているとも云えるようですので、その行為を続ける先にこそ、自分の性質に合った環境といったものがあるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年7月11日日曜日

20210711 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」pp.200-202

株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」
pp.200-202より抜粋
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

従来の人種差別は、生物学の理論にしっかりと根差していた。1890年代や1930年代には、イギリスやオーストラリアやアメリカのような国では、アフリカ人や中国人は何らかの遺伝性の生物学的特性のせいで、知能や進取の気性や道徳の面でヨーロッパ人よりも生まれつき劣っていると広く信じられていた。問題は血統にあった。そのような見方は、政治的に尊ばれ、科学的にも広く支持されていた。今日ではそれとは対照的だ。そのような差別的な主張をする人が相変わらず多いとはいえ、人種差別は科学的な支持をすべて失い、政治的にも真っ当だとはほとんど思われなくなったーただし、文化の観点から言換えた場合には別だが。黒人は標準以下の遺伝子を持っているから罪を犯しがちだ、などと言うのはもう時代後れで、彼らは機能不全のサブカルチャーの出身だから罪を犯しがちなのだ、と言うのがとてもはやっている。

 たとえばアメリカでは、差別的な政策を公然と支持し、しばしばアフリカ系アメリカ人やラテンアメリカ系住民やイスラム教徒を侮辱するような発言をする政党や指導者が見られるが、彼らのDNAに何か問題があるとは、まず言わない。問題は彼らの文化にあるという。たとえば、トランプ大統領がハイチやエルサルバドルやアフリカ諸国の一部を「肥溜めのような国々」と呼んだとき、彼は明らかに、これらの国々の人の遺伝子構造ではなく文化についての意見を国民に提供しているのだ。トランプは別の折に、メキシコからアメリカにやって来た移民について、「メキシコが同国の人を送り込むときには、ベストの人は送り込んでこない。たっぷり問題を抱えた人々を送り込むから、彼らはそうした問題を持ってくる。彼らは麻薬も持ってくれば、犯罪も持ってくる。彼らは性的暴行者だが、まあ、なかには善良な人もいるんだろう」。これはひどく侮辱的な主張だが、生物学的ではなく、社会学的に侮辱的な主張だ。トランプは、メキシコ人の血統が善良さへの障害だとは言っていない。ただ、善良なメキシコ人はリオグランデ[訳注テキサス州とメキシコとの境を流れる川]の南側にとどまる傾向にあると言っているのだ。

 人間の体(ラテンアメリカ系住民の体、アフリカ人の体、中国人の体)が依然として議論の中心にある。肌の色は重要だ。肌にメラニン色素がたくさんある人がニューヨークの通りを歩いていれば、どちらに向っていようと、警察は特別に疑い深い目で眺めるかもしれない。だが、トランプ大統領とオバマ前大統領のどちらに属する人も、肌の色の重要性を文化や歴史の観点から説明するだろう。警察が濃い肌の色を疑わしい目で見るのは、生物学的な理由からではなく、歴史のせいなのだ。たぶんオバマの陣営は、警察の偏見は奴隷制度のような歴史的犯罪の不幸な遺産だと説明し、一方、トランプの陣営は、黒人の犯罪は白人の自由主義者と黒人のコミュニティが犯した歴史的な過ちの不幸な遺産と説明するだろう。いずれにしても、仮にあなたが、じつはアメリカの歴史について何も知らないデリーからの観光客だったとしても、その歴史の結果に対処せざるをえないだろう。

 生物学から文化への移り変わりは、専門用語の無意味な変更にすぎないわけではない。それは、良いものも悪いものも含め、広く影響の及ぶ実際的な結果を伴う、根本的な変化だ。まず、文化は生物学よりも順応性がある。つまり、一方では今日の文化差別主義者は従来の人種差別主義者よりも寛容かもしれない。「他の人々」が私たちの文化を採用しさえすれば、対等の人間として受け容れる、というわけだ。その一方で、同化するようにという、はるかに強い圧力を「他の人々」にかける結果や、もし同化できなければ彼らに対して、はるかに厳しい批判を浴びせるという結果にもなりうる。


20210711 昨日投稿記事の閲覧者数から、今後の記事投稿頻度について思ったこと

おかげさまで昨日投稿の記事も、投稿翌日としては多くの方々に読んで頂けました。 読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。そして本日については一昨日と同様、書籍からの引用を以て記事に充てようと考えていましたが、さきに述べたように、昨日投稿の自身オリジナルの記事が、多くの方々に読んで頂いていたことから、ここで記事作成の良い流れを作りたいと思い、本日についてもオリジナルでの記事作成を試みることにした次第です。そして、もしも、投稿記事も昨日と同様に多くの方々に読んで頂けましたら「二度あることは三度ある」ということになるのではないかとも思われるのです・・(笑)。

さて、昨年のこの時季と同様、今年も国内各地が大雨に見舞われていますが、特に九州、中国、四国地域においては、この度の大雨による被害が出来るだけ軽微であること、また、被災された方々の日常生活の速やかな復旧を願っております。

そういえば、ここ最近はあまり言及しませんでしたが、昨日の記事投稿によって総投稿時数が1572に到達していました。そして今後、当記事を含めて28記事の投稿により、当面の目標と定めている1600記事に到達しますが、これは早くとも来月初旬・前半頃になることが予測されます。あるいは、少しでも早く到達するため、1日に複数の記事投稿、たとえばオリジナルの記事と、書籍から引用記事を投稿することも検討しており、また引用したい書籍の方については、栞を挟んだものが10冊以上は、当ブログを作成しているPCの横に積んであります・・(苦笑)。

とはいえ、この書籍からの引用記事もまた、ブログ開始当初の頃と比べますと、何やら変に考えるようになったのか、躊躇なく作成することが困難になってきました。それは自身の運営しているブログに対する慎重さ、配慮であるのかもしれませんが、あるいは単なる怠け心によるものであるのかもしれません・・(苦笑)。しかし他方で、丁度1年程前の2020年7月12日に1340記事へ到達したとのことでしたので、そこから現在に至るまでの1年間365日程で、新規に230記事を投稿したことになります。そして、その間、10日のうち6日は新たな記事投稿を行ってきたことになります。とはいえ、これも、それまでの投稿頻度と比較しますと決して高い頻度ではありませんが、どうにか有意に記事数は増加しているとは云えますので、この調子を維持するか、あるいは、少しだけ投稿頻度を上げる努力をして、出来るだけ早期にて1600記事に到達してみたいと考えています。

そして、こうした目標もまた実際にブログ記事として表明しますと、実行せざるを得なくなりますので、それはそれで意味はあると云えるのかもしれません・・。

それ故、今回の記事はこの程度として、この後すぐに、新たな書籍からの引用記事の作成に取り掛かろうと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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