「人間世界は変わるが自然は不変である。自然は永遠であり海もまた同じである。風は太古より西から東へ、東から西へ吹きすさぶ。世代は移りゆくが、海は人智を超えて悠久にして広漠である。
船乗りは幾千年前と同様、今日においてなお戦士である。
船は形を変えたが海は昔と変わらない。白い帆が消えても風は消えない。海岸には標識灯が置かれ、信号も発明された。海はなお相変わらず奔放で力強く、人間のあらゆる発明や技術を嗤い、無数の船を毎年のように浜辺に打ち上げる。それに勝つことはできない。海を渡ろうとする者は闘わねばならない。
歴史が教えるところによれば、陸戦は国家と民族の大変革を引き起こし得る。その影響は数千年を経てなお辿ることが可能である。海は征服というものを知らない。留置や横奪を許さない。海はあらゆる痕跡を消し去り、太初より日々新しく無垢である。
陸戦の本質は常に変わる。海戦の基礎は永久に不変である。海は断固として権利を要求する。今日は友だが明日は敵だ。何をしでかすか分からぬ気分屋で凶暴でもある。せいぜい中立的といったところだが、捉えどころがないことからして敵である。それゆえあらゆる海戦には昔からの共通項がある。武器とその使用法も変わった。だが、基本は変わらない。すなわち、海戦は「海と船、人間、民族の間の相互作用」であるということだ。
海は運命そのものである。
海の恒久的な法と「海の自由」に関する人間の概念が海の状態を決したのである。それが1914年に始まった世界大戦だ。「海の自由」は言論界においては有名な概念であり、それが真実だと本心から信じた者もいただろう。彼らは歴史書を紐解いたことがないのだろうか。海は平時においては自由だが、戦時においては強国にのみ自由である。一民族が自らの存亡を賭けて戦うのなら、自力で海を自由にせねばならない。
だからこそ英国は海上封鎖を宣言したのである。外国からドイツに到着する船はもはや一隻もなくなった。アルゼンチン産小麦もアゾレス諸島産バナナも「禁制品」だったからである。概念や規則に何の価値があろうか。これは戦争だ。そのために拿捕規定があるのだ。それを少しだけ拡張して適切に使用する必要があった。それからじきにドイツは飢餓に苦しんだ。要するに海上封鎖だ。だが、それは海戦法規が規定したほどの効果的な海上封鎖ではなかったため、敵はわれわれの港湾や沿岸を厳に監視し、これを封鎖したのである。これを実施することは危険であり、不可能ではないにせよ困難だった。それで英国は封鎖を宣言するだけで我慢し、ドーバー海峡を通過あるいはスコットランドの北を迂回してドイツに向かおうとする船を全て拿捕したのである。実際に戦時中、西から来る商船は一隻たりともドイツに辿り着けなかった。ドイツにとって状況は絶望的だった。わが国民はいつまでこのような飢餓状態に耐え得るだろうか。それへの効果的対策を知っている者など一人とていなかった。
答えを出したのは戦争自体だった。新兵器の潜水艦(Uボート)が登場したのである。U17は1914年10月20日、ノルウェー沖で英汽船グリトラ号を臨検してからこれを撃沈した。禁制品を運んでいたからである。戦争勃発直前に諸国で議論されてきたこと、つまり潜水艦による通商破壊戦が突如として現実のものとなったのだ。英国の海上封鎖に対抗するドイツ潜水艦!これぞ現実的な対抗措置であり、かくしてUボート戦が始まったのである。
英国が宣戦布告するや、Uボートはただちにフォース湾に潜入した。日中は潜望鏡で敵艦船の動向をうかがい、夜には吸気のため海面に浮上した。ドイツ海軍軍人は度肝を抜かれながらも英軍艦を見つめ、スコットランドの深く切り立った海岸を背にして自らの姿を隠し、無言の影のごとくそのそばを通過したのだった。それ以外の時間は海底に沈座し、乗組員が睡眠と休養を取った。敵地の真っ只中で信じがたいような静寂に包まれる。これは夢か現か?
遠くの物音が鋼鉄の船殻を時たま叩く。艦が海底を静かに擦った。ここなら安全であり、敵に攻撃されることもない。翌朝、磨き込まれた小さな鏡が用心深く海面に上げられ、朝日を捕らえた・・。
少し考えてみれば、Uボートからのこの第一報が故国にいかなる影響を与えたかを想像することはさほど難しくないはずである。大胆な哨戒は今までのほかの戦争でもあった。だが、こんなことがあり得ただろうか。やすやすと敵中に入り込み、敵を丹念に監視し、空気がある限り留まり、再び跡形もなくその場から消え去る。今ではこれら全てが容易で当り前のように聞こえる。だが、当時の我々は驚きのあまり絶句したのだった。Uボートは死をもたらす兵器でありながら、自らは不死身であるように思えた。
かくして初の経験が得られたのである。Uボートの戦果は急上昇した。哨区はドーバー海峡とその北へと拡大された。英国は包囲された。ヘルズィング英巡洋艦パスファインダーを撃沈したが、これはUボートによって破壊された初の英軍艦だった。さらにヴェディゲンは装甲巡洋艦ホーグ、クレッシー及びアブキールを沈めた。ドイツは覚醒し、英国は括目した。乗組員2000人が乗った巨艦を一度に3隻も撃沈したのである。乗組員20人の小さな船がそれを成し遂げたのだった。」
潮書房光人社刊 エルンスト・ハスハーゲン著 並木 均訳
「Uボート、西へ!」
ISBN-10: 4769831390
ISBN-13: 978-4769831396
2020年7月17日金曜日
2020年7月16日木曜日
20200716 対話形式:最近の状況について
A「最近はまた、新型コロナウィルス感染症の感染者数が、非常事態宣言解除後から増えてきているようですね。また、設備の充実によって、PCR検査を受ける人数が以前よりも大分多くなっているとも聞きますので、その陽性率も高くなってきているのではないでしょうか・・?」
B「うーん、先日の非常事態宣言解除によって、この新型コロナ禍も徐々に収束に向かうのではないかと少し楽観的に考えていましたが、現在の東京を中心とする首都圏の状況は、決して楽観視出来ませんね・・。こうして外に出るのも、また控えなければならなくなるかもしれません・・。しかし、そうした状況において、大雨による災害や領海や政界での贈収賄などの問題などが続々と出てくるのは、何だか痛ましい限りですね・・。」
A「ええ、どれも重要な問題であり、国として何らかの姿勢を示すか、あるいは介入しなければならないのでしょうが、その国の中心部が、こうした状況にあることは、たしかに痛ましく、楽観視どころか、暗澹たる気持ちにさせられますね・・。あるいは、この先に、全てを好変させるような「何か」でも生じるのでしょうか・・東京オリンピックも良くて延期ですし、また、こうした状況が来年まで続けば、延期でなくて開催中止になる可能性も十分にありますよね・・。」
B「うん、そうした感染症と共に生きなければならない生活を「withコロナ」と評していますが、イマイチ、それがどういったものであるのかが分かりませんね・・。そうしたコトバや標語も結構ですが、それよりも、明瞭な実地に沿ったビジョンを平易なコトバで提示して頂きたいと思いますね・・。いや、こうしたビジョンも、その文言についての責任問題などで、おいそれとは提示できないのかもしれませんが、それでも現在の特に首都圏では、そういったものが必要であるように思いますね・・。」
A「ええ、少し穿った見方かもしれませんが、最近はマスコミによる報道でも、いわばネタがベタになってしまい、新型コロナ禍についての報道も、メシのタネとして扱っているようにも見えますからね・・。しかし、それでも、たとえ紋切り型のようになってしまっても報道は続けなけれなならないのでしょうが・・。」
B「多分、総合的な視座を得ることが、競争が激しい我が国の社会では、困難であるように思われ、また他方で、そうした総合的な視座を持つと認められるような存在には、実質的な権力を付与されることは少ないのではないでしょうか・・?まあ、おそらく、これは戦前社会からの反動(反省)に由来しているのだと思いますが、それでも、何というのか、社会における伝統的な「父性」のようなものが、戦後以来徐々に減衰してきて、ここにきて完全に欠如に至り、その代用品のようなものとして、欧米人のような髪の色にした、身体の鍛錬を趣味とする大御所お笑い芸人が鎮座しているのではないでしょうか・・(苦笑)?」
A「・・ああ、たしかにそうかもしれませんが、しかし、そのお笑い芸人の方は、以前に日本の伝統的な「父性」のような存在を、ある種の共感できる滑稽さを加味して映画作品を撮っていましたし、また、さきの大戦での合衆国による原爆投下にも憤っていましたよね・・。つまり、根底には、おそらく「そうしたものを大事にしたい!」といった心情はあるのだと思いますが、ここで大事であると思うのは、インカーネーション、血肉化された歴史像であると思います・・。つまり、キレイごとやお為ごかしでない、本当の歴史像です・・。また、これこそが、現代において、多様化してしまい、そのクリアな像を得ることが著しく困難になってしまったものであると云えますが、これが、さきにBさんが仰っていた伝統的な「父性」と密接な関係があるのではないかと思うのです・・。」
B「・・伝統的な「父性」と歴史像ですか・・。ええ、たしかにそれらには関係があるかもしれません・・。いや、それこそが現在、全世界規模で、それらの評価が行われているのかもしれません・・。また、その意味において、近代以降、西欧諸国によって酷い目にあってきた我々の隣国が、明確に権益の拡張をはかっていることには、何らかの深い歴史的な意味あるいは、因果律といったものがあるのでしょうか・・?そして、我々はこの先、どのようにして国際社会にて振舞っていくべきなのでしょうか・・?おそらく、その精錬されていない答えも歴史の中にあるのだと考えます・・。父性的な権威が衰えて、価値観の多様性が広く社会にて許容されると、商品の製造やサービスの提供といった商業・経済活動には諸事都合が良くなるのかもしれませんが、その反面、個人レベルにおいて、自分なりのインカーネーション、血肉化された歴史像を得ることが出来ないままで感性の可塑性がある若い時期を過ごしてしまう方々が多くなっていくのではないでしょうか・・?そして「そうしたものは経済活動にとって有用ではなく、むしろ不要である。」と本音では考える方々が増えると、皮肉なことに、まさに現在のような世界状況になるのではないでしょうか・・?」
A「ううむ、それはたしかに世界規模においても、ある意味、共通しているのかもしれませんが、あるいは、それらの根底にあるものは、スマートフォンの普及による知識やコトバの皮相化であり、その意味で、やはり原始的ではありますが、読書は大事であるのかもしれません・・。」
*その意味で、今後しばらくの間、書籍からの抜粋引用をもって記事としようと思います。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
~勉強会の御案内~
B「うーん、先日の非常事態宣言解除によって、この新型コロナ禍も徐々に収束に向かうのではないかと少し楽観的に考えていましたが、現在の東京を中心とする首都圏の状況は、決して楽観視出来ませんね・・。こうして外に出るのも、また控えなければならなくなるかもしれません・・。しかし、そうした状況において、大雨による災害や領海や政界での贈収賄などの問題などが続々と出てくるのは、何だか痛ましい限りですね・・。」
A「ええ、どれも重要な問題であり、国として何らかの姿勢を示すか、あるいは介入しなければならないのでしょうが、その国の中心部が、こうした状況にあることは、たしかに痛ましく、楽観視どころか、暗澹たる気持ちにさせられますね・・。あるいは、この先に、全てを好変させるような「何か」でも生じるのでしょうか・・東京オリンピックも良くて延期ですし、また、こうした状況が来年まで続けば、延期でなくて開催中止になる可能性も十分にありますよね・・。」
B「うん、そうした感染症と共に生きなければならない生活を「withコロナ」と評していますが、イマイチ、それがどういったものであるのかが分かりませんね・・。そうしたコトバや標語も結構ですが、それよりも、明瞭な実地に沿ったビジョンを平易なコトバで提示して頂きたいと思いますね・・。いや、こうしたビジョンも、その文言についての責任問題などで、おいそれとは提示できないのかもしれませんが、それでも現在の特に首都圏では、そういったものが必要であるように思いますね・・。」
A「ええ、少し穿った見方かもしれませんが、最近はマスコミによる報道でも、いわばネタがベタになってしまい、新型コロナ禍についての報道も、メシのタネとして扱っているようにも見えますからね・・。しかし、それでも、たとえ紋切り型のようになってしまっても報道は続けなけれなならないのでしょうが・・。」
B「多分、総合的な視座を得ることが、競争が激しい我が国の社会では、困難であるように思われ、また他方で、そうした総合的な視座を持つと認められるような存在には、実質的な権力を付与されることは少ないのではないでしょうか・・?まあ、おそらく、これは戦前社会からの反動(反省)に由来しているのだと思いますが、それでも、何というのか、社会における伝統的な「父性」のようなものが、戦後以来徐々に減衰してきて、ここにきて完全に欠如に至り、その代用品のようなものとして、欧米人のような髪の色にした、身体の鍛錬を趣味とする大御所お笑い芸人が鎮座しているのではないでしょうか・・(苦笑)?」
A「・・ああ、たしかにそうかもしれませんが、しかし、そのお笑い芸人の方は、以前に日本の伝統的な「父性」のような存在を、ある種の共感できる滑稽さを加味して映画作品を撮っていましたし、また、さきの大戦での合衆国による原爆投下にも憤っていましたよね・・。つまり、根底には、おそらく「そうしたものを大事にしたい!」といった心情はあるのだと思いますが、ここで大事であると思うのは、インカーネーション、血肉化された歴史像であると思います・・。つまり、キレイごとやお為ごかしでない、本当の歴史像です・・。また、これこそが、現代において、多様化してしまい、そのクリアな像を得ることが著しく困難になってしまったものであると云えますが、これが、さきにBさんが仰っていた伝統的な「父性」と密接な関係があるのではないかと思うのです・・。」
B「・・伝統的な「父性」と歴史像ですか・・。ええ、たしかにそれらには関係があるかもしれません・・。いや、それこそが現在、全世界規模で、それらの評価が行われているのかもしれません・・。また、その意味において、近代以降、西欧諸国によって酷い目にあってきた我々の隣国が、明確に権益の拡張をはかっていることには、何らかの深い歴史的な意味あるいは、因果律といったものがあるのでしょうか・・?そして、我々はこの先、どのようにして国際社会にて振舞っていくべきなのでしょうか・・?おそらく、その精錬されていない答えも歴史の中にあるのだと考えます・・。父性的な権威が衰えて、価値観の多様性が広く社会にて許容されると、商品の製造やサービスの提供といった商業・経済活動には諸事都合が良くなるのかもしれませんが、その反面、個人レベルにおいて、自分なりのインカーネーション、血肉化された歴史像を得ることが出来ないままで感性の可塑性がある若い時期を過ごしてしまう方々が多くなっていくのではないでしょうか・・?そして「そうしたものは経済活動にとって有用ではなく、むしろ不要である。」と本音では考える方々が増えると、皮肉なことに、まさに現在のような世界状況になるのではないでしょうか・・?」
A「ううむ、それはたしかに世界規模においても、ある意味、共通しているのかもしれませんが、あるいは、それらの根底にあるものは、スマートフォンの普及による知識やコトバの皮相化であり、その意味で、やはり原始的ではありますが、読書は大事であるのかもしれません・・。」
*その意味で、今後しばらくの間、書籍からの抜粋引用をもって記事としようと思います。
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祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。
~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
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2020年7月14日火曜日
20200714 内的な力の基底にあるもの・・経験・記憶?
先日来の大雨により、大きな被害を被った九州を主とする諸地域にて被害を受けたインフラの速やかな復旧と、被災された方々が以前の生活に戻られることを願っています。
さて、昨今、再び、首都圏にて新型コロナウィルス感染症の感染者数が増加傾向にあり、一時期は「収束に向かうのでは・・」との見通しもあったことから、その落胆の具合は、自身においても決して小さいものではありません・・。
また、去る6月22日に迎えた、丸5年のブログ継続期間後の安心感からか、ここ最近は、あまり積極的にはブログ記事作成を行いたいと思うこともありません・・。どちらかと云うと、6月22日以降の記事は、義務感のようなものにより作成されたと云えます。しかしまた、その後、10記事以上は作成していますので、さきに述べた内面の状態(安心感)からすれば、決して「不本意」というわけではありません。そして、出来れば、今月中に新たな10記事投稿投稿し、1350にまで到達出来れば良いと考えています・・。
さて、ここ最近、歯系・文系の以前お世話になった先生方からご連絡を頂きましたが、その中で文系の先生から「君が以前に研究した歯のことは、現在の役に立っているのか?」とのご質問を頂きました。
この質問は、現在の自身にとって悩ましいものであり、端的に述べますと「それはその後の現在までの自分にとって、なくてはならないものではありましたが、現時点においては、相対的に、その要素は軽く、希薄であるように思われます・・。」といった感じになります。
しかし「軽く、希薄」ではあるものの、それは同時に、これまで5年間にわたり、当ブログ記事の作成をどうにか継続することが出来た、いわば「内的な力」の基底にあるものとも云えます・・。それ故、その意味においては、少なからず「現在の役に立っている」とは云えるのではないかとも思われるのです・・。
また、去る4月末から作成をはじめた【架空の話】も、現段階ではあまり「歯のこと」に深入りしていませんが、今後の展開にて、ある程度、そうしたことにも触れて行くことが予想されます。くわえて、先の展開にて描くであろう歯科分野での研究については、その具体的な研究のハナシ以上に、さきと同様、そうした生活の「基底」にあった「精神構造」をどうにか描き出すことの方が文章の作成としては面白いのではないかと思われるのです・・。
また、この「精神構造」は、現在になり振り返ってみますと、文系時代においても類似したものがあり、多少、不穏当かもしれない表現にはなりますが「何人かの集団で、ある種の変性意識状態になっていたのではないかと思われるのです・・(苦笑)。」
さらに興味深いことに、こうしたことは、文系・歯系であれ、少し勘の良い方は気が付いていたようであり、そうした自らの変になっている様子を、共通して、マンガ「おーい!竜馬」内の血気盛んな若者たちが色々と無茶苦茶なことをしているシーンと結び付けて話されていたことが思い出されます・・(笑)。(小山ゆう氏作中の変になっている若者達の描写はセンスがあると思います・・。)
ともあれ、そうした「変になっている状態」で、何かしら自分の研究課題を追究してゆく中で、よく分かりませんが、ブログを5年程継続出来るような「何か」がインストールされ、そして内在化していくのではないかと思われるのです・・。また、それは自身のような変則的な経路を辿った人間であるならば、猶更であるようにも思われます・・。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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さて、昨今、再び、首都圏にて新型コロナウィルス感染症の感染者数が増加傾向にあり、一時期は「収束に向かうのでは・・」との見通しもあったことから、その落胆の具合は、自身においても決して小さいものではありません・・。
また、去る6月22日に迎えた、丸5年のブログ継続期間後の安心感からか、ここ最近は、あまり積極的にはブログ記事作成を行いたいと思うこともありません・・。どちらかと云うと、6月22日以降の記事は、義務感のようなものにより作成されたと云えます。しかしまた、その後、10記事以上は作成していますので、さきに述べた内面の状態(安心感)からすれば、決して「不本意」というわけではありません。そして、出来れば、今月中に新たな10記事投稿投稿し、1350にまで到達出来れば良いと考えています・・。
さて、ここ最近、歯系・文系の以前お世話になった先生方からご連絡を頂きましたが、その中で文系の先生から「君が以前に研究した歯のことは、現在の役に立っているのか?」とのご質問を頂きました。
この質問は、現在の自身にとって悩ましいものであり、端的に述べますと「それはその後の現在までの自分にとって、なくてはならないものではありましたが、現時点においては、相対的に、その要素は軽く、希薄であるように思われます・・。」といった感じになります。
しかし「軽く、希薄」ではあるものの、それは同時に、これまで5年間にわたり、当ブログ記事の作成をどうにか継続することが出来た、いわば「内的な力」の基底にあるものとも云えます・・。それ故、その意味においては、少なからず「現在の役に立っている」とは云えるのではないかとも思われるのです・・。
また、去る4月末から作成をはじめた【架空の話】も、現段階ではあまり「歯のこと」に深入りしていませんが、今後の展開にて、ある程度、そうしたことにも触れて行くことが予想されます。くわえて、先の展開にて描くであろう歯科分野での研究については、その具体的な研究のハナシ以上に、さきと同様、そうした生活の「基底」にあった「精神構造」をどうにか描き出すことの方が文章の作成としては面白いのではないかと思われるのです・・。
また、この「精神構造」は、現在になり振り返ってみますと、文系時代においても類似したものがあり、多少、不穏当かもしれない表現にはなりますが「何人かの集団で、ある種の変性意識状態になっていたのではないかと思われるのです・・(苦笑)。」
さらに興味深いことに、こうしたことは、文系・歯系であれ、少し勘の良い方は気が付いていたようであり、そうした自らの変になっている様子を、共通して、マンガ「おーい!竜馬」内の血気盛んな若者たちが色々と無茶苦茶なことをしているシーンと結び付けて話されていたことが思い出されます・・(笑)。(小山ゆう氏作中の変になっている若者達の描写はセンスがあると思います・・。)
ともあれ、そうした「変になっている状態」で、何かしら自分の研究課題を追究してゆく中で、よく分かりませんが、ブログを5年程継続出来るような「何か」がインストールされ、そして内在化していくのではないかと思われるのです・・。また、それは自身のような変則的な経路を辿った人間であるならば、猶更であるようにも思われます・・。
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2020年7月13日月曜日
20200712 ブロガーとツイッターの閲覧者数(インプレッション)について思ったこと
2015年6月から当ブログをはじめて、どうにか5年以上経過しました。この間の総閲覧者数は、丁度47万人程であり、これを1年に均しますと9万人程度になります。そして、それを更に1カ月に均してみますと7500人となり、さらに、それを1日に均しますと250人となります。
とはいえ、これはあくまでも平均値としたハナシであり、実際の1日での閲覧者数は、かなり偏差が大きいと云えます。そしてまた、ブログをはじめて5年で、この程度の閲覧者数というのは、そこまで多いものではありません。
他方、今年の1月あたりから、ツイッターを始めましたが、こちらの方では独自の投稿をすることはあまりなく、リツイート以外の自身からのツイートは、概ね、当ブログ記事からの共有となっています。そして、面白いことに、これまで、当ブログから共有したツイートの閲覧者数(インプレッション)が思いのほかに伸び、そのデータを信用するならば、この28日の期間で5万人の方々に閲覧して頂いたことになります・・。
冒頭にて、当ブログの1年間での平均閲覧者数が9万人程度であることを述べましたが、それと比較してみますと、この数値が現在の自身にとって、どれだけ大きいものとして認識されているかは、理解して頂けるのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、さきの28日の期間においては、いわゆる「バズる」といった出来事もあったことから、今後、同等の閲覧者数(インプレッション)を得られるかどうかは、かなり疑問視されるところですが、他方で、先日の「バズり」後から、わずかではありますが、徐々に全体の閲覧者数(インプレッション)も増加していることから、今後、さらにこの活動を継続することにより、今しばらくの「伸びしろ」はあるのではないかと考えるところです・・。
また、ここ最近は、もう少し、書籍を精読しようと考え、色々と本棚から取り出し、頁を開いていたところ、一種、収拾のつき難い事態となり、そこから「ここから数日間は書籍からの抜粋引用を記事として投稿しようかな・・。」などと考えるに至りましたが、これも案外、原点回帰の良いアイデアであるのかもしれません・・(笑)。また、去る4月末から書き続けています【架空の話】も継続的に読んで頂いておりますので、こちらも折を見て、続きを作成したいと考えています。
おかげさまで本記事の投稿により、総投稿記事数が1340記事になります。そして今後は、今月内での1350記事への到達を目標にしたいと考えています。
とはいえ、これはあくまでも平均値としたハナシであり、実際の1日での閲覧者数は、かなり偏差が大きいと云えます。そしてまた、ブログをはじめて5年で、この程度の閲覧者数というのは、そこまで多いものではありません。
他方、今年の1月あたりから、ツイッターを始めましたが、こちらの方では独自の投稿をすることはあまりなく、リツイート以外の自身からのツイートは、概ね、当ブログ記事からの共有となっています。そして、面白いことに、これまで、当ブログから共有したツイートの閲覧者数(インプレッション)が思いのほかに伸び、そのデータを信用するならば、この28日の期間で5万人の方々に閲覧して頂いたことになります・・。
冒頭にて、当ブログの1年間での平均閲覧者数が9万人程度であることを述べましたが、それと比較してみますと、この数値が現在の自身にとって、どれだけ大きいものとして認識されているかは、理解して頂けるのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、さきの28日の期間においては、いわゆる「バズる」といった出来事もあったことから、今後、同等の閲覧者数(インプレッション)を得られるかどうかは、かなり疑問視されるところですが、他方で、先日の「バズり」後から、わずかではありますが、徐々に全体の閲覧者数(インプレッション)も増加していることから、今後、さらにこの活動を継続することにより、今しばらくの「伸びしろ」はあるのではないかと考えるところです・・。
また、ここ最近は、もう少し、書籍を精読しようと考え、色々と本棚から取り出し、頁を開いていたところ、一種、収拾のつき難い事態となり、そこから「ここから数日間は書籍からの抜粋引用を記事として投稿しようかな・・。」などと考えるに至りましたが、これも案外、原点回帰の良いアイデアであるのかもしれません・・(笑)。また、去る4月末から書き続けています【架空の話】も継続的に読んで頂いておりますので、こちらも折を見て、続きを作成したいと考えています。
おかげさまで本記事の投稿により、総投稿記事数が1340記事になります。そして今後は、今月内での1350記事への到達を目標にしたいと考えています。
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2020年7月10日金曜日
20200710 現在読み進めている著作から思ったこと
ここ数日間は、新たな記事作成を行わずに過ごしました。また、その間に以前から読み進めていた複数著作も大分頁が進みました。
その中の一冊がジャレド・ダイアモンド著「危機と人類」上巻ですが、当著作にて述べられているさまざまな事例は、これまで、あまり知らなかったものが多く、興味深く読みましたが、同時に当著作の全体的なテーマは、同著者が編著にあたった「歴史は実験できるのか」とも通じるものであると思われました。
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766425192/
とりわけ、後著作の第5章にて述べられいる「奴隷貿易はアフリカにどのような影響を与えたか」は、自身として初めて読む歴史上の出来事についての考察であり、また、こうした題材がそこまで学術的とも云えない、一般的な書店にて購入可能な著作にて扱われた意味や反響は思いのほかに大きく、あるいは、現今のコロナ禍最中、主に欧米にて生じている大きな動き、思想的な潮流にも影響を与えたのではないかと思われます・・。
とはいえ、こうした考え自体は決して新しいものではなく、特に同著者は、こうした問題(世界規模における文明の発展段階の地域毎の相違、およびその原因について)を著作の主題として多く扱ってきたと云えます。
それに加えて他の現在読み進めているユヴァル・ノア・ハラリ著「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」もまた、こうした歴史的な事例の考察の上に組み立てられた著作であると云え、その意味で、当著作は、同著者による前著の「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」といった、歴史的事例が少なからず書かれている著作とは毛色が異なり、より抽象的あるいは観念的色彩と強いと云えます。
その中の一冊がジャレド・ダイアモンド著「危機と人類」上巻ですが、当著作にて述べられているさまざまな事例は、これまで、あまり知らなかったものが多く、興味深く読みましたが、同時に当著作の全体的なテーマは、同著者が編著にあたった「歴史は実験できるのか」とも通じるものであると思われました。
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766425192/
とりわけ、後著作の第5章にて述べられいる「奴隷貿易はアフリカにどのような影響を与えたか」は、自身として初めて読む歴史上の出来事についての考察であり、また、こうした題材がそこまで学術的とも云えない、一般的な書店にて購入可能な著作にて扱われた意味や反響は思いのほかに大きく、あるいは、現今のコロナ禍最中、主に欧米にて生じている大きな動き、思想的な潮流にも影響を与えたのではないかと思われます・・。
とはいえ、こうした考え自体は決して新しいものではなく、特に同著者は、こうした問題(世界規模における文明の発展段階の地域毎の相違、およびその原因について)を著作の主題として多く扱ってきたと云えます。
それに加えて他の現在読み進めているユヴァル・ノア・ハラリ著「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」もまた、こうした歴史的な事例の考察の上に組み立てられた著作であると云え、その意味で、当著作は、同著者による前著の「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」といった、歴史的事例が少なからず書かれている著作とは毛色が異なり、より抽象的あるいは観念的色彩と強いと云えます。
それ故、同著は読み進めるのに多少苦労するのでしょうが、また同時に、読書としては面白いと云えるのかもしれません・・。
ともあれ、こうしたことを書いていて、いささか不思議に思うことは「危機と人類」そして「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」などは、まさに現在の我々人類全体に生じている出来事、動きをある意味、予見しているとも考えられる著作でありながら、あまり、そうしたこと、そしてまた、その「意味」を、それぞれの著作を基軸として議論されていないということです。
こうしたことは他の国々においても同様であるのかもしれませんが、我が国においては、言語が違うということもあってか、そうした傾向がいくらか顕著であるように思われ、それが良くも悪くも我が国の通例である「ガラパゴス化」といった現象を生み出しているのかもしれませんが、さきのジャレド・ダイアモンド氏による我が国について扱った記述には「ガラパゴス化」というコトバは我が国に対しては用いられていなかったように記憶しています・・(笑)。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2020年7月7日火曜日
20200707 唯物史観・構造主義と野狐禅の違いとは・・
昨日は、今後の国家の有様(ありよう)、そして新たな大学の姿などについて書かせて頂きましたが、その後、またしばらく「国家」について考えてみました。150年ほど前の我が国には、現在の「国家」は存在せず、武家政権の元締めである「幕府」が実質的にその役目を負っていました。しかし、この「幕府」は1603年以来300年近く我が国を支配してきたものの、ある意味での国際化とも云える欧米列強の海外進出により、その統治体制が時代遅れのものであると内外にて認識され、かねてより「幕府」に対して反感を抱いていた西南諸藩勢力により、その統治権を奪取され、古代以来の形式的な統治機関であった「朝廷」に、それが正式に返還され、そして、それに基づいて我が国近代の国家は設立され、動き出したと云えます。
その後、この我が国初の近代国家は、順調に勢力を伸張し、そして欧米列強とアジア地域での覇権を巡り争うにまで至り、これが第二次世界大戦・太平洋戦争となり、これに大敗を喫してから、紆余曲折を経て現在に至ると云えます。
してみると、我が国の近代国家と云っても、それは一度、第二次世界大戦・太平洋戦争にて敗北するまでのものと、その後では、大きく様相が異なると云えます。
また、それは当然「国家」の性質においても同様であると云えます。第二次世界大戦・太平洋戦争に負けるまでの我が国は、やはり「民主主義国家」であったとは云えません。憲法自体が欽定憲法であり、君主の意思に基づいて定められたものとされ、主権者は国民ではありませんでした・・。
これに対して現在の我が国は、一応、主権在民の「民主主義国家」ということになっていますが、しかし、その実態は、全体主義とまでは行かないのでしょうが、同時に「国家」と「国民」が互いに信頼し合っているとは云えず、他方で、双方が双方、騙しあっているのではないかと思われることが多々あります。
おそらく、以前であれば、こうした「騙しあっている」と思わせるようなさまざまな情報は、広く世に出ることは少なかったのでしょうが、先日投稿の記事において書きましたように、現在は「インターネットと主とする情報技術の進化発展により、生の情報が直ぐに広がり、拡散してしまうような時代であり、それらの背後にある思惑、考えなども比較的容易に看取されてしまうような時代であると云えます・・。
そうした中で「国家」を背景に持つ機関が、良くも悪くも昔ながらの強権的な姿勢、威圧的な態度で「国民」に臨めば、果たしてどうなるのかとは、まあ、火を見るよりも明らかであると云えます・・。
その意味で、現在は戦後社会によって築かれた「国家」の採点が為されているのだと云えます・・。また、さきにも述べましたが、戦後築かれた「国家」は、戦前の天皇主権であった国家と類似している部分も多くあるものの、全体としては、かなり異なると云えます・・。
そして、この特に戦後「国家」の実質的な行動指針になったものが「唯物史観」や「構造主義」ではないかと思われ、さらに、それに基づいて進化発展して行った社会が、絶頂期を過ぎて衰退期に至ると、現在のような社会になるのではないかと思われるのです・・(苦笑)。
*意外なことに、三島由紀夫氏の述べた未来の我が国社会についての発言は、概ね、あたっているのではないかと思われます・・。また、その意味からも、やはり経済学や社会学などと同様、あるいはそれ以上に文学もマジメに検討されるべきものであると云えるのかもしれません・・(笑)。
その後、この我が国初の近代国家は、順調に勢力を伸張し、そして欧米列強とアジア地域での覇権を巡り争うにまで至り、これが第二次世界大戦・太平洋戦争となり、これに大敗を喫してから、紆余曲折を経て現在に至ると云えます。
してみると、我が国の近代国家と云っても、それは一度、第二次世界大戦・太平洋戦争にて敗北するまでのものと、その後では、大きく様相が異なると云えます。
また、それは当然「国家」の性質においても同様であると云えます。第二次世界大戦・太平洋戦争に負けるまでの我が国は、やはり「民主主義国家」であったとは云えません。憲法自体が欽定憲法であり、君主の意思に基づいて定められたものとされ、主権者は国民ではありませんでした・・。
これに対して現在の我が国は、一応、主権在民の「民主主義国家」ということになっていますが、しかし、その実態は、全体主義とまでは行かないのでしょうが、同時に「国家」と「国民」が互いに信頼し合っているとは云えず、他方で、双方が双方、騙しあっているのではないかと思われることが多々あります。
おそらく、以前であれば、こうした「騙しあっている」と思わせるようなさまざまな情報は、広く世に出ることは少なかったのでしょうが、先日投稿の記事において書きましたように、現在は「インターネットと主とする情報技術の進化発展により、生の情報が直ぐに広がり、拡散してしまうような時代であり、それらの背後にある思惑、考えなども比較的容易に看取されてしまうような時代であると云えます・・。
そうした中で「国家」を背景に持つ機関が、良くも悪くも昔ながらの強権的な姿勢、威圧的な態度で「国民」に臨めば、果たしてどうなるのかとは、まあ、火を見るよりも明らかであると云えます・・。
その意味で、現在は戦後社会によって築かれた「国家」の採点が為されているのだと云えます・・。また、さきにも述べましたが、戦後築かれた「国家」は、戦前の天皇主権であった国家と類似している部分も多くあるものの、全体としては、かなり異なると云えます・・。
そして、この特に戦後「国家」の実質的な行動指針になったものが「唯物史観」や「構造主義」ではないかと思われ、さらに、それに基づいて進化発展して行った社会が、絶頂期を過ぎて衰退期に至ると、現在のような社会になるのではないかと思われるのです・・(苦笑)。
*意外なことに、三島由紀夫氏の述べた未来の我が国社会についての発言は、概ね、あたっているのではないかと思われます・・。また、その意味からも、やはり経済学や社会学などと同様、あるいはそれ以上に文学もマジメに検討されるべきものであると云えるのかもしれません・・(笑)。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
~勉強会の御案内~
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。
~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
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どうぞよろしくお願いいたします!
2020年7月6日月曜日
20200706 自分のためから人のためへの変容について・・
引き続き、今回の大雨によって深刻な被害を被った南九州地域にて、行方不明となられた方々の早期の生還・救出そして、負傷された方々の回復、被害を受けたさまざまな生活インフラの早期の復旧を祈念いたします。
さて、先月22日にブログ開始から丸5年を経過し、また、これまでの総投稿記事数も1336記事と区切りの良いものではありませんが、このままのペースにて記事作成を継続すれば、今月中には1350記事程度までは到達することが出来るのではないかと思われます。
また、さらに上手く行けば、涼しくなる前に、1400記事まで到達することが出来るのではないかと思われるところですが、もしも、そこまで、概ね予定通りに進むことが出来たのであれば、その先、来年初旬には1500記事に到達することも、あながち無理ではないようにも思えてきます・・。
そして1500記事まで作成すれば、たとえ、そこで止めても、文句を言われることはないと思われるのですが、ともあれ、踏ん切りがつくとは思いますので、そこまでは、遅くとも2~3日に1記事程度のペースにて継続しようと考えています・・。しかし、ここで不図、原点にかえり「なぜ、私はこのブログを継続しているのだろうか?」と考えてみますと、どうしたものか、すぐには明確な答えは出てきません・・(苦笑)。
他方で、これまで継続的に当ブログを読んで頂いた方々がいなければ、継続出来ていなかった可能性が高いように思われます。そうしますと、当初はそうでなかったのかもしれませんが、自分でも明確には気が付かないある時期から、読んで頂いている方々のために書き続けるようになったとは云えるのかもしれません・・。
また、このことは他の継続的な事業を行う諸組織においても、類似あるいは同様のメカニズムといったものがあるのではないかと思われてきます。
具体的には、大きなものであれば「国家」などにも、そうした性質があるのではないかと思われますが、その意味において、近年のインターネットを基盤とする情報技術の進化発展により、まさに「国家」が、その継続のための真価が問われているのだと云えます。
これと類似した歴史上での時代を検討してみますと、それは、活版印刷の普及により、同じフォントの聖書の大量印刷が可能になり、それまで、有無を言わさぬ権威を以て為されていたカトリック教会の行う諸活動に対し、文脈に基づいて異議申し立てが出来るようになった宗教改革の時代が近いのではないかと思われます。
おそらく、我々が好むと好まざるに関わらず、否応なく、今後、世界は更に大きく変化してゆくと思われます・・。
その中で私が関心を持っているのは、高等教育機関たる大学であり、その成立母体が「国家」(たとえ法人であろうと)といった大学は、特に大きく変化せざるを得ず、おそらく今後は、これまで「国家」に拠らずして、実践的な公共性を保持し続けてきた「国家」以外の諸組織・機関が大きく、これに関与するようになっていくのではないかと思われます。
また、その意味において「医療」分野の高等教育機関は好例になるのではないかと考えています。
具体的には、希望的観測に基づく私見となりますが、未だ50代にも至っていないような、活性の高い方々が、現今の官民を横断する、さまざまな組織と連携・協力して、歯科衛生士・技工士を養成する歯科医療分野の専門職大学が新たに設置されれば、かなり社会にとっても有益であり、また何より、面白いと思われるのですが、さて如何でしょうか?
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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