2017年12月5日火曜日

20171205 『Sapiens: A Brief History of Humankind』pp.68~69 Written by Yuval Noah Harari  

『Sapiens: A Brief History of Humankind』pp.68~69
Written by Yuval Noah Harari  
ISBN-10: 0099590085

『If the larger picture of ancient forager life is hard to reconstruct, particular events are largely irretrievable. 

When a sapiens band first entered valley inhabited by Neanderthals, the following years might have witnessed a breathtaking historical drama. 

Unfortunately, nothing would have survived from such an encounter except, at best, a few fossilized bones and a handful of stone tools that remain mute under the most intense scholarly inquisitions. 

We may extract from them information about human anatomy, human technology, human diet, and perhaps even human social structure.

 But they reveal nothing about the ivory beads secretly given to the local witch doctor in order to secure the blessing of the spirits.

 This curtain of silence shrouds tens of thousands of years of history. 

These long millennia may well witnessed wars and revolutions, ecstatic religious movements, profound philosophical theories, incomparable artistic masterpieces. 

The foragers may have had their all-conquering Napoleons, who ruled empires half the size of Luxembourg; gifted Beethoven who lacked symphony orchestras but brought people to tears with the sound of their bamboo flutes; and charismatic prophets who revealed the words of a local oak tree rather than those of a universal creator god.

But these are all mere guesses. 

The curtain of silence is so thick that we cannot even be sure such things occurred -let alone describe them in detail.

 Scholars tend to ask only those questions that they can reasonably expect to answer. 

Without the discovery of as yet unavailable research tools, we will probably never know what the ancient foragers believed or what political dramas they experienced. 

Yet it is vital to ask questions for which no answers are available, otherwise we might be tempted to dismiss 60000 of 70000 years of human history with the excuse that the people who lived back then did nothing of importance’.


 The truth is that they did a lot of important things.

 In particular, they shaped the world around us to a much larger degree than most people realize. 

Trekkers visiting the Siberian tundra, the deserts of central Australia and the Amazonian rainforest believe that they have entered pristine landscapes, virtually untouched by human hands. 

But that’s an illusion. 

he foragers were there before us and they brought about dramatic changes even in the densest jungles and the most desolate wilderness. 

The next chapter explains how the foragers completely reshaped the ecology of our planet long before the first agricultural village was built. The wandering bands of storytelling sapiens were the most important and most destructive force the animal kingdom had ever produced. 』

2017年12月4日月曜日

20171204 西欧を手本にした近代化と教育との関係→歴史的感覚への影響?

近代化を目指す明治日本は多くの担い手を必要としていた。
そのため官立の文科、理科の諸学校を各地に設立しその学生に対し能率的な教育を施した。

そしてその結果とは、曲がりなりにも名実ともに近代化を成し遂げた20世紀初頭の我が国の諸様相に顕れていたとも云える。

また、司馬遼太郎の長編小説『坂の上の雲』は、一つのそうした具体的な側面を描いた作品であるとも評し得る。

ともあれ、こうした国家が必要とする近代化の担い手を育成し、組織化する我が国(特有)の仕組みとは明治維新以降、各種学校が設立されて以来、太平洋戦争の敗戦(終戦)に至るまで概ね一貫していたと云える。

つまり我が国の近代化とは、端的に表現すると、おかみ(国家)からの指令に基づくものであり、市民層の台頭、権利の要求などにより古来からの身分制度が打破され変革が生じた結果によるものではなかったと云える。

そして、この我が国における明治維新の解釈とは込み入ったものであると聞いているが、いずれにせよ、この時代の波を上手く乗り切った人々とは、主に、こうした変革に対して柔軟に上手く対応出来た人々であったのだろう。

それは一つあるいはそれ以上の優れた資質ではあると考えるが、しかし同時にその資質とは、必ずしも国の文化発展、あるいはその文化自体に関心を寄せる、寄与するものではなかったとも云える。

これをさらに具体的に述べると、西欧を手本とする近代化を早急に目指す国の造船技師が西洋音楽を聴く必要が何処にあるのか?小説・詩歌を論ずる必要が何処にあるのか?といった、あくまでもその本分・職分(のみ)を守るといった、閉鎖的、タコツボ的とも云える(我が国において見られるとされる)文化の醸成の方に大きく寄与したのではないかと思われる。

ともあれ、そのようにして西欧諸学問を背景としたさまざまな職業の専門化が進むのと随伴し、自国の文化に対する関心とは、度々の発作的な反動を経験しながらも徐々にそして確実に薄れていき、また一方において、新たに生活の中に入ってきた西欧文化(もしくはそれらしきもの)には、そこに自らが実際に感じ取れる歴史的な厚みといったものがなかったと云える・・。

こうした職業、生活の場における変化により生じた自国文化に対する否応なき無関心いや無自覚化さとは、そのまま歴史的感覚の鈍さにも結節する。

そして、当然ではあるが、そのあらゆる自国文化とは、深く歴史的なものである・・。

さて、ここまで書いて思い出したことを以下に記します。

昨日の投稿記事は驚いたことに投稿翌日にして、これまでにないほど多くの閲覧者数(99)を得ることが出来ました。

おそらくこれはこれまでにブログ記事を投稿して以来、最高ではないかと思われます。

これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

それ故、本日は何かしら歯科材料(合金)について書こうと考えておりましたが、急遽予定を変え、また新たに文系的な主題にて記事を作成しました。

閲覧者数が大きく増加する記事を作成した時とは(少なくとも今現在においては)予感も何も出来るものではなく、ただ後になって驚くといったところです・・(笑)。

とはいえ、それでもこうした記事をどうにか書くことが出来たこと自体が喜ぶべきことであり、そして今後も多少は読んでくださる方々が増加することを願いつつ今しばらく書き続けます。

そして
今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに日本列島において発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被災された
地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。

昨今より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。




















2017年12月3日日曜日

20171203 国民性の由来・・歴史が重視される理由?

大筋における歴史の解釈において我が国、日本とは有機的な発展段階を経ずに、急激に新たな時代に入り、それに伴う、新たな精神の形態をも、あまりにも不用意に受け入れなければならなかったと云うことが出来る。

ここに大きな混乱、不整合が生じることは自然であるが、それと同時にこの場面において多くの国民の活力を注ぐべき大きく有意義な目標(近代化・西欧化・富国強兵・・)もまた存在していた。

そして、その目標がある程度達成されたと広汎に実感された後から、徐々に我が国とは新たな悲境への道を知らずに歩んでいったように思われる。

また、そこに見られる歴史の流れの図式、概要とは、太平洋戦争後の現在に至るまでの我が国社会においても、ある程度類似したものを見出すことが出来るのではないかと考える。

何故ならば、国のあり方が変わっても、人はなかなか変わらないものであると考えるからだ。

かつて飛行機に爆弾を積み、敵艦船に捨身の攻撃を行った性質とは、戦後に至り、モーレツに働くサラリーマンへと転化し、そしてそれは昨今においてはブラック企業的とされる諸要素、性質とも決して偶然とはいえない親和性いや連続性を見出すことが出来るのではないかと思われる・・。

こうしたことを考えてみると、不意に『では一体我々はどのような人間なのであろうか?』といった疑問が生じ、また同時に『個性のある人間は、その生涯のあいだに、よく似た体験をくりかえす』というコトバがあるが、その意味から『では我々は如何なる個性を持ち、どのような体験を繰り返すのであろうか?』といった疑問へとさらに深化していく・・。

どの国の人々においても、それを最大公約数化したような性質があることを私は疑わない。

しかしながら同時に、こうした国民性といったものは、往々にして人間において普遍的なものとも交錯しており、そこに固有、特殊なものとの見分けをすることは困難であると云える。

では、何故そうでありながらも、国民性といったものが比較的広汎に認識され得るのか、そして、それは一体何処から顕れ出ているのかといった疑問へと至るのであるが、それは宗教、風土、経済的状況などといったさまざまな要素が複合的に作用し、顕現しているのであろうが、何れにせよそこには固定化し得る、容易に図式化可能な論理、公式といったものはないように思われる。

とはいえ、そうでありながらも、国々によっては歴史が(外交問題に関係なく)重要視される大きな要因とは、こうした断片としての過去の要素を忘れないように保持し、更なる検討を加えること、あるいはそれらの中から新たな発見が為され、現在の自国あるいは他国の何かとの関連性などを見出すことが出来るかもしれないということは、タイムマシンなどで未来・過去に対しての知見を即物的に得るよりも、少なくともそれに関心を持ち続ける当事者達からすれば、大きな価値を持つ【と信じられている】ところにあるのではないかと思われる。

とはいえ今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに列島各地にて生じた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った
諸地域のインフラの復旧・回復そして力強い復興を祈念しています。

昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。















2017年12月2日土曜日

20171202 兵器の射程距離の延伸がもたらすことについて

昨今の極東情勢においても多少関与することであるかもしれないが、軍事技術の進化もしくは端的に兵器の進化とは『その射程距離の延伸』と評しても不可ではないと考える。

実際にそれら兵器を扱う人間に対して『その射程距離の延伸』が如何なる効果を及ぼすのかと考えた場合、一つにそれは全ての兵器の『目的』とも云える『人を殺す』という行為に対する認識の希薄化、あるいはこれを別言すると『人を殺す』行為の際に(おそらく自然に生じる)心理的な葛藤・迷い・躊躇いなどの著しい減少ではないかと考える。

太古、我々の先祖が石製の斧あるいは槍などを持ち戦闘に参加した場合、それら兵器を用いた接近戦にて敵を殺害する際に否応なくその感覚を認識・実感しなければならない。

おそらくそれは、料理にて魚を捌いたり、肉を切る行為と明確に異なる感覚ではないかと思われる。

また、そうした感覚が太古より我々人類の精神に存在していたことから、後世に至りさまざまな宗教における基本的な道徳律にて『人を殺してはいけない』といった文言が記されたのではないかと考える。

しかしながら、こうした道徳律とは、あくまでも自身の属する共同体内において相応しい行為態度であり、敵に対する戦闘の場面においては、むしろ積極的に敵を殺害する行為態度の方が共同体(の勝利)に貢献するものとして賞賛された。

それら双方の行為態度をさまざまな場面において(心底から)適宜使い分けることが可能であるならば特に問題はないのかもしれない。

しかし一方において、我々人間の精神とは、おそらく自身が(価値のあるものとして)受容した道徳律をも含む何らかの価値観をその精神内部において普遍化する(したがる)傾向があるのではないかと考える。

そして、それ故に葛藤が精神内部において生じ、さまざまな思索が為され思想・哲学といったものが生じるのではないかと考える。

また、そのようにして進化発展を遂げた思想・哲学において培った『思考という力』が同時にさまざまな科学技術の進化発展の原動力ともなったと云える(おそらく我が国の場合、この経緯の詳細が若干西欧文化と異なるのではないかと考える)。

そして、それら共同の精神的土壌にあるものとは『実証の精神』ではないかと考える。

とはいえ、そのようにして進化発展を遂げた科学技術に随伴するものが兵器の進化でもあるのだが、その進化の方向とは『自己兵力が出来る限り損害を被らず、より多くの敵兵力に対し損害を与える』ことに(当然であるのかもしれないが)重点が置かれ、そして結果的に冒頭に述べた『人を殺す』という行為に対する認識の希薄化もまた生じたのではないかと思われる。

おそらくこれはジレンマと評しても良いのではないかと考えるが如何であろうか・・?

ともあれ、今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに日本列島において発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。

昨今より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。













20171201 ブログ記事作成における『継続は力なり』の解釈について

本日もまた帰宅が遅くなったことから、ブログの更新は止めておこうと考えていましたが、一旦ページを開いてしまいますと何かしら書かないことには落ち着かず、現在このように新たに記事を作成している次第です・・(苦笑)。

そういえば、これまで作成した殆どの記事とは何度も書き直しを加えたものではなく、書き始めたその場にて書き終えたものであり、日が経ち多少の加筆修正などを行うこともありますが、基本的には投稿時のままであると云えます。

そして、文章作成技術の上達とは、そのようにして書き続けることにより、おそらく直線状ではないものの、徐々に為されていくのではないかと思われます。

少なくとも、2015年の自身とは、いかなるものであれ継続的に文章を作成することは困難であったように思われます。

また、これら一連の記事を読んで頂いている方々がどのように評価されるかは分かりませんが、自身としては対話形式にはじまり独白形式に変遷し、そして現在に至るまでで、最も文章として洗練されているのは、最近のものであると思われるのです・・。

それは、単純に自身の書きたい内容がある程度スムーズに文章化されているという実感から、そのように思うところではあるのですが、しかしながら一方において、書かれた文章を読む側からしますと、あるいはまた別の視点、評価基準といったものがあるのではなかかと思われるのです。

具体的にそれは、自身としては良い出来ではないと思われた記事が、その自身のくだした評価に反し、継続的に読まれているといった現象などから認識され得ます。

そして、そこから自身の作成したその記事を改めて読み直し、そして『一体この記事のどこが良かったのであろうか?』と考えてみることは、その後に作成する記事に対して何らかの影響を与えているのではないかとも思われるのです(それ故、投稿された記事に対してあまり手を加えないのかもしれません)。

そして、そうした背景・経緯にて、ブログ記事の作成を継続することにより、文章の洗練が徐々に為されていくのではないかとも思われるのです・・。

その意味においてたしかに『継続は力なり』ではあるのですが、自分なりにブログ記事作成における、このコトバの意味合いを解釈をしますと以上のようなものとなります。

さて、つい先日これまでの総閲覧者数(PV)が270000人に到達しました。

また、昨今は概ねひと月の閲覧者数が10000人程度ですので今月、来年に入り1月、2月あたりにてどうにか300000人にまで到達することが出来るのではないかと思われます。

そしてまた、さらに正直に述べますと100000人であらうが200000人であらうが、そうした規模の方々に自身の書いた文章が読まれることは、これまでの人生において考えたことがありませんでしたので、これは自身として、やはり驚嘆すべきことであるのです(笑)。

くわえて、ここまで書き続けたにも関わらず、特に炎上などといった事態が生じなかったことは、特に賢明であるわけでもなく、また文章作成におけるバランス感覚に優れているわけでもない自身からしますと、あるいは実のところ、こちらの方が驚嘆すべきことであるのではないかとも思われるのです・・(笑)。

ともあれ、今回もここまで読んで頂きましてどうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに日本列島において生じた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った
諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。

昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。
















2017年12月1日金曜日

20171201『Historical perspective on dental casting alloys』Published by Saunders Written by Kenneth J. Anusavice 『Phillips Science of Dental Materials』Eleventh Edition  pp.564‐565より抜粋引用

『Historical perspective on dental casting alloys』Published by Saunders
Written by Kenneth J. Anusavice
『Phillips Science of Dental Materials』

Eleventh Edition  pp.564‐565より抜粋引用
ISBN-10: 0721693873
ISBN-13: 978-0721693873


Historical perspective on dental casting alloys
The twentieth century generated substantially new changes to dental prosthetic materials. The major factors that are dividing new developments are 
(1)economy-the new material performs the same function as the old material but at a lower cost; 
(2)performance-the new material performs better than the old product in some desirable way, such as ease of processing, improved handling characteristics, or increased fracture resistance; and
(3)aesthetics-the new materials provides a more aesthetic result, such as increased translucency. A brief description of the evolution of the currently marketed alloys is appropriate to understand the rationale for the development of the wide variety of alloy formulations. A summary of the major events in the evolution of dental casting alloys is shown in Table 19-1.


1905-The Lost Wax Process
Taggart’s presentation to the New York Odontological Group in 1907 on the fabrication of cast inlay restoration developed in 1905 often has been acknowledged as the first reported application of the lost-wax technique in dentistry. The inlay technique described by Taggart was an instant success. It soon led to the casting of inlays, onlays, crowns, fixed partial dentures(FPDs), and frameworks for removable partial dentures. Because pure gold did not have the physical properties required for producing durable restorations, existing jewelry alloys were quickly adopted. These gold alloys were further strengthened with addition of copper, silver, or platinum. Gold alloys were chosen because of their biocompatibility and ease of use.


1932-Classification of Gold-Based Casting Alloys
In 1932, the dental materials group at the National Bureau of Standards surveyed the alloys being used and classified them as TypeⅠ(Soft, Vickers hardness number[HV] between 50 and 90), TypeⅡ(Medium, HV between 90 and 120), TypeⅢ(Hard, HV between 120and

150),and TypeⅣ(Extra Hard, HV≧150). This classification became the basis for American National Standards Institute /American Dental Association (ANSI/ADA) Specification No.5 and later, ISO Standards 15592. Because of the multitude of casting alloys of diverse composition and applications, it is extremely difficult to devise a universally acceptable classification system.
During this period, the results of some tarnish tests suggest that alloys with a gold content lower than 65% to75%tarnished too readily for dental use.


In the following years, several patents were issued for alloys containing palladium as substitute for platinum. By 1948, the composition of dental noble alloys for cast metal restorations had become rather diverse. With these formulations, the tarnishing tendency of the original alloys apparently had disappeared. It is now know that, in gold alloys, palladium counteracts the tarnish potential of silver, allowing alloys with a lower gold content to be used successfully.


20171130 今月(11月)最後の記事投稿:記事作成時における脳の活動部位

昨日は帰宅が遅かったことから新たなブログ記事の作成を躊躇し、また作成している段においても時折強い眠気に襲われ記事作成に多少苦労しました。

そして、本日為されるであろう記事投稿により11月が終わり、来る12月中に28記事を新たに作成投稿することにより、どうにか年内に850記事まで到達することが出来ます。

12月の31日の中で28日を記事作成に充てるというのは、この師走においては、なかなか大変であるかもしれませんので、この月に関しては休日などで複数の記事作成が可能であると思われる日は、出来るだけそのようにしてみようと思います・・。

とはいえ、あくまでも目標とするのは年内の投稿記事850への到達であり、出来るだけ無理をしないで、且つ可及的速やかに到達したいものです・・(笑)。

また、それはさて置き、昨今は歯科材料および我が国の古代史などを題材として記事を作成したことが多かったと思われますが、各々を主題として記事、文章を作成しておりますと、その用いる頭の部位が異なることが感覚的ではありますが、比較的明瞭に理解することが出来ます。

おそらく各々主題とする文章の作成時における脳の部位毎の血流量もしくはその微妙な発熱具合などを調べてみますと、それは可視化され得る(具体的な)理解に至ることが出来るのではないかとも思われます。

とはいえ、こうした傾向とは必ずしも普遍的(ある程度の傾向はあるのかもしれないが)なものではなく、人によっては私が歯科材料を主題とする文章を作成する際に最も活発なる働きをしている脳の部位が、異なった何かを主題とする文章を作成する際に活発に動いているのではないかとも思われます(このあたりがおそらく機械(の部品)などと大きく異なるところではないだろうか?)。

また、そのように考えてみますと、多少即物的であるかもしれませんが、こうした活動する脳の働きの傾向などを知ることにより、我々が日常的にある程度の具体性を持ったコトバとして用いている地域性、職業における行為態度、学問分野などにおける志向、嗜好の傾向といったものの正体を多少は理解することが出来るのではないかとも思われるのです。

あるいは、既にそうした研究とはどこかで為されているのかもしれませんが・・。

また、それと同時にここで思うことは、そうした研究によりある程度の傾向らしきものが得られた場合においても、そうした知見とは、あまり早急にそして広汎に現在為されている教育活動の改善などに用いない方が良いのではないかということです。

そしてまた、おそらくこうした部分に宗教、哲学などといった所謂、形而上学的な要素が大きく関与するのと思われるのですが、我が国の場合、面白いことに、こうした部分に対して関心を払うことは極めて少ない一方、ある事物の外観から、その鋭敏な感覚を以って、その事物の本質に迫っていこうといった(かなり強い)傾向があり、そして我が国の場合、それこそが宗教、哲学などに代わり得る視座であるのではないかと思われるのです・・。

そして、その場合PC、スマホの普及などは、さきの視座に対して少なからぬ影響を与えているのではないかとも思われるのです。

また、同時に、そこにはおそらく昨今のマンガ文化とも通底する何かがあるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?

今回もまたここまで読んで頂きまして、どうもありがとうございます。

昨年から現在までに列島各地において発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被災された
諸地域のインフラの復旧・回復および力強い復興を祈念しています。

昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。