A「本日久しぶりに焼酎(黒霧島)を飲みました・・。
その酒精あるいは他の何かの影響によるものか、また何かしら記してみようと思い立ち現在こうして記事作成をはじめた次第です・・。
時間も時間ですが、明日(既に本日(20161204)ですが)は休日であるため、大丈夫であると思います。
さて、かねてよりブログ記事にて記したとおり、私はやはり文系の人間であると思います。
それは理系の方々が話す内容をどうにか自身の理解している「歴史の流れ・モデル」に置き換えて理解しようとするところに示されるのではないかと思います・・。
そして、そうである場合、手持ちの運用可能な「歴史の流れ・モデル」が多ければ多いほど理解可能な事象は増加してくるものと考えます。
これに関して私はおそらく、ある程度持っているのではないかと考えますが無論、未だ手持ちのカードが「多い」とは云えません・・(苦笑)。
とはいえ、一応やってきたことはやってきたという自覚もまたありますので、それが私のほんのわずかな自信あるいは自覚の根源であるのでしょうが、これは自身の継続してきた読書、対話の量からすれば、自然と身に着く程度のものであると云えます・・。
そうしますと、そこで大事なことは「それを継続する意志を持ち続けてきたか?」ということになるのではないかと思います・・。
しかし、それも私の場合「それ以外に自身の持つ積極性を活かす術を知らなかった」ということになると思われます・・(苦笑)。
あるいは「それ以外の身の処し様が出来ない」と、ある程度深刻に悩んだことによるものと考えます・・。
おそらく、この自身の積極性(読書、対話そして、それらを統合した研究)の継続が為されていなければ、生きることもツマラナイと思っていたでしょう・・。
それ故、自身の場合(あくまでも)ネガティブ・ケイパビリティー優位の我が国社会において自信を持つことの困難さをおぼえ、また、その価値観からどうにか逃避し、且つあまり他者から非難されない道を選んできたものと考えます・・。
そして、現在継続して作成しているブログ記事もまた、大きく見れば、そうした自身の性質・性状からの発露であると見做すことが出来ます・・。
それ故、この一連のブログ記事においては、たとえ今後500記事に到達した場合といえども、その根源が「発露したい」という積極性によるものである為、繰り返し、このネガティブ・ケイパビリティー優位の我が国社会においては自讃・称揚に値するものではないとも思われるのです・・(苦笑)。
しかしながら、一方において、こうした「変な人間」が、もう少し大学、アカデミアにいれば、それはそれで「創造性」に関しては」面白い効果もまたあるのではなかろうかとも、いささか手前味噌ながら思うのですが、さて如何なものでしょうか・・?
そして、今回もまた興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」
2016年12月4日日曜日
2016年12月3日土曜日
20161203 「史跡の発見に関連する感覚」と「500記事到達間近」の類似性・・
本日は事情により早めに記事を作成、投稿しようと思います。
先日悪石島の「ボゼ祭り」動画を共有しましたが、この動画とは、その内容に加え、周囲の自然の音(鳥、虫など)に興味をおぼえました。
「そういえば、現在、こうした音が聞こえる自然環境にいないなあ・・。」といった感じです。
また、それが影響したものか、つい先日みた夢は、樹々植物が茂り日光の透過もまばらな山道を歩いている光景でした・・。
実際のそうした経験とは、鹿児島在住時の登山において得ています。またそれは、和歌山在住時のフィールド・ワークにて書籍に記載されている史跡を自身で検分するために、現在はほぼ人跡未踏とも思える山道を歩いた経験とも類似しております。
そうした時は「これで本当に道は合っているのだろうか?」と戸惑いながら歩いたものです・・(笑)。
また、実際に間違っていることもありましたが、その道の先に史跡を見つけることが出来ると、それはそれでなかなか嬉しいものでした・・。
そして、それで思い起こしたのは、和歌山県のある古墳のことです。
この古墳は何故か分かりませんが、あまり書籍に載っておらず、その存在を確かめようと、ある初夏の週末に記されている書籍を手に探しに出ますと、如何なる案内もなく、ただ書籍掲載の地図を頼りにしばらく歩くことになりました・・。
そして、これ(古墳)を探す道程の状況とは、さきに記した夢の中でのそれに類似しておりました。
また、こうした案内もなく(幾分昔の)書籍にのみ記された古墳等の史跡を発見した時の感覚とは、さきに記したようになかなか興奮するものです・・。
しかし、そうした経験を他者に話してみても、往々にして、あまり共感されないところが良いのだか悪いのだかよく分からないところです・・(苦笑)。
いや、それ以前に案外こうしたことは大仰に話す必要はないのかもしれません・・(笑)。
さて、そしてハナシが変り、今回の記事投稿により、投稿総記事数が498となり、500記事到達まで残り2記事となります。
そして、こうしたこともまた、あまり大仰に話す必要はないのかもしれません・・(笑)。
また、今現在500記事まで到達しているわけでもありませんので、むしろ、こうしたこと「今」記す必要はなく、ただ、現在のブログ記事を書く上でのネタとしては、さきに記した「史跡の発見に関連する感覚」と類似している可能性を示という意味においては悪くないということです・・(苦笑)。
とはいえ、その一方で、その間(「史跡の発見に関連する感覚」と「500記事到達間近」)に類似性が認められるのであれば、その類似性を知覚するさらに普遍的な意識、自我(ほぼ無意識、超自我に近いものかもしれない)の存在に対し言及することが出来るかもしれません・・。
そして、それは書いている本人にとっては多少なり意味があり、また、これを読んで頂いている方々もまた(ある程度)共感、納得できるのであれば、それなりに意味があるのかもしれませんが、これに関しては、その判断が難しいところです・・(笑)。
ともあれ、こうしてハナシは循環するのです・・(笑)。
何れにしましても、今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
先日悪石島の「ボゼ祭り」動画を共有しましたが、この動画とは、その内容に加え、周囲の自然の音(鳥、虫など)に興味をおぼえました。
「そういえば、現在、こうした音が聞こえる自然環境にいないなあ・・。」といった感じです。
また、それが影響したものか、つい先日みた夢は、樹々植物が茂り日光の透過もまばらな山道を歩いている光景でした・・。
実際のそうした経験とは、鹿児島在住時の登山において得ています。またそれは、和歌山在住時のフィールド・ワークにて書籍に記載されている史跡を自身で検分するために、現在はほぼ人跡未踏とも思える山道を歩いた経験とも類似しております。
そうした時は「これで本当に道は合っているのだろうか?」と戸惑いながら歩いたものです・・(笑)。
また、実際に間違っていることもありましたが、その道の先に史跡を見つけることが出来ると、それはそれでなかなか嬉しいものでした・・。
そして、それで思い起こしたのは、和歌山県のある古墳のことです。
この古墳は何故か分かりませんが、あまり書籍に載っておらず、その存在を確かめようと、ある初夏の週末に記されている書籍を手に探しに出ますと、如何なる案内もなく、ただ書籍掲載の地図を頼りにしばらく歩くことになりました・・。
そして、これ(古墳)を探す道程の状況とは、さきに記した夢の中でのそれに類似しておりました。
また、こうした案内もなく(幾分昔の)書籍にのみ記された古墳等の史跡を発見した時の感覚とは、さきに記したようになかなか興奮するものです・・。
しかし、そうした経験を他者に話してみても、往々にして、あまり共感されないところが良いのだか悪いのだかよく分からないところです・・(苦笑)。
いや、それ以前に案外こうしたことは大仰に話す必要はないのかもしれません・・(笑)。
さて、そしてハナシが変り、今回の記事投稿により、投稿総記事数が498となり、500記事到達まで残り2記事となります。
そして、こうしたこともまた、あまり大仰に話す必要はないのかもしれません・・(笑)。
また、今現在500記事まで到達しているわけでもありませんので、むしろ、こうしたこと「今」記す必要はなく、ただ、現在のブログ記事を書く上でのネタとしては、さきに記した「史跡の発見に関連する感覚」と類似している可能性を示という意味においては悪くないということです・・(苦笑)。
とはいえ、その一方で、その間(「史跡の発見に関連する感覚」と「500記事到達間近」)に類似性が認められるのであれば、その類似性を知覚するさらに普遍的な意識、自我(ほぼ無意識、超自我に近いものかもしれない)の存在に対し言及することが出来るかもしれません・・。
そして、それは書いている本人にとっては多少なり意味があり、また、これを読んで頂いている方々もまた(ある程度)共感、納得できるのであれば、それなりに意味があるのかもしれませんが、これに関しては、その判断が難しいところです・・(笑)。
ともあれ、こうしてハナシは循環するのです・・(笑)。
何れにしましても、今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
20161202 500記事到達後の断筆および自信について・・
A「本日は若干帰宅が遅くなりましたが、それでも時期が時期であるため、本日分のブログ記事を作成しておかねばと思います。
どちらかというと渋々、今現在(23:10)記事作成に取り掛かりました・・(苦笑)。
さて、昨日投稿した記事もまた、思いのほか多くの閲覧者数を得ることが出来ました。
これを読んで頂いた方々、どうもありがとうございます。
また、それに加えて、昨日記事投稿直後の反応もまた大変面白く、考えさせるものでした・・。
そこまで(記している私が思いもよらない程)深く読んで頂けるのでしたら、私も毎回のブログ記事作成の意欲が湧いてくるというものです・・(苦笑)。
しかし、あと数記事投稿して500記事に到達したならば、以前書いた通り、一度、意識的な断筆を試みる所存です・・。
であるからといって、何か大きな変化が起きるとは考えてはおりませんが。
しかし、その一方において、自身の文章作成に対する「思い」といったものは、多少なりとも測ることが出来るのではないかとも思います・・。
そして、その「思い」を自身が認識して、はじめて何かしらの内面における変化といったものは生じるのではないでしょうか・・?
我々は一般に、無意識で「何らかの環境」を当たり前、所与のものとして、その環境の中にいる時は、それが持つ意味、影響力について考えることは困難であるように思います・・。
そして、その環境から抜け出た後、はじめて、その意味、影響力などについて考えることが出来るのではないでしょうか・・?
また、こうしたことを記しておりますと、不図思い起こされることは、以前ブログ記事に書いた煮物などで火をかけている時は具材に出汁はあまり浸透しておらず、より浸透するのは火を止めた後の冷却の過程であるということです・・。
そのように考えてみますと咄嗟に「この時期、季節に冷却というコトバは穏やかではないな・・」と思うのですが「そうであれば記事作成を継続するのか?」ということになりますが、何れにしても、500記事作成の後、一旦ある程度の期間、断筆を試みることは、少なくとも、これまでの人生でなかった面白い試みであるとは思いますので、これは是非行いたいと考えております・・(笑)。
しかし、そのようなことを(笑)で書くことが出来るということは500記事作成においても未だ余裕があるとも推察されますが、たしかに未だ現在、全てを出し切ったという感覚はありません・・。
これは自信過剰からくるものではなく、ごく自然な思いの表出であるといえますので、むしろ、これまでのブログ記事作成が過剰に「偽りの自信」に作用することの方を私はおそれます・・(おそらくそれはないと思われますが・・)。
また、自信というものも本来は内面から涌出するものであると思うのですが、残念ながらこれに関しては未だ「源泉を掘り当てた」といった感覚は得ておりません・・。
とはいえ、その一方で「何か分かった・・」という感覚とは幾つか得てはきているとも考えております・・。
これは私がそうして得た感覚の「取り扱い」を間違ってきたことに由来するのであろうか・・?
しかしながら、私見となりますが、特に夏目漱石の著作の面白さの多くとは、その一種の「自信の無さ」を述べているところに共感できる何かが認められるからではないかと考えます。
そして、それ故にか、彼は近代日本を悲観し、そして結果的に歴史とは、その通りになってしまった・・といって間違いではないように思われます・・。
また、それと同じ意味にて、太平洋戦争の敗戦という大きな痛手を被った世代の多くの著述家が、現代の日本社会を憂慮、危惧しつつ世を去っていったことに対し少なからぬ興味をおぼえるのです・・。
また、彼等世代を目の上のタンコブとし、それが去った後に跳梁跋扈する方々とは、果たして後世から如何なる判断が為されるのであろうか?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
ChatGPTによる加工後
今日は少し帰宅が遅くなりましたが、時期的に考えても、本日分のブログ記事はしっかり書いておきたいところです。とはいえ、正直なところ、渋々ながらも今(23:10)ようやく記事作成に取り掛かりました……(苦笑)。
さて、昨日の記事も予想以上に多くの方に読んでいただけたようです。ご覧いただいた皆様、ありがとうございます。また、投稿直後の反応も非常に興味深く、考えさせられるものでした。私自身が想定していなかったほど深く読んでくださる方がいることを知ると、次の記事への意欲も湧いてきます……(苦笑)。
しかし、あと数記事で500記事に到達することになります。以前も書いた通り、それを一区切りとして、一度「意識的な断筆」を試みるつもりです。だからといって、大きな変化が起こるとは思いませんが、自分の文章作成に対する「思い」を見つめ直す機会になるのではないかとも考えています。そして、その「思い」を自覚することで、初めて内面の変化が生じるのかもしれません。
我々は普段、無意識のうちに環境を所与のものとして受け入れています。その環境の中にいるときは、それが持つ意味や影響について深く考えることは難しいものです。しかし、一度そこから離れることで、ようやくその価値や影響力を認識できるのではないでしょうか。
このことを考えていると、以前ブログで書いた煮物の出汁の話を思い出しました。火にかけている間は具材に出汁が浸透しにくいものの、火を止めて冷ましている間にじっくりと染み込んでいく。文章を書くこともそれと似たところがあり、一定の「冷却期間」を置くことで、新たな視点が得られるのではないかと思うのです。
とはいえ、こんな時期に「冷却」という言葉を使うのも少し気が引けます……。では、記事作成を継続するのか? それともやはり断筆を試みるのか? どちらにしても、500記事という節目の後、しばらく筆を置くという試みは、これまでの人生で経験したことのない面白い挑戦になるでしょう。これはぜひ実行したいと思っています……(笑)。
このように笑いながら書けるうちは、まだ余裕があるとも言えます。実際、500記事を目前にしても、「すべてを出し切った」という感覚はありません。これは単なる自信過剰ではなく、自然な思いの表れです。むしろ、これまでのブログ執筆が「偽りの自信」を生み出すことの方を警戒すべきでしょう(おそらく、その心配はないと思いますが……)。
また、本来「自信」とは内面から湧き出るもののはずですが、残念ながら、今のところ「その源泉を掘り当てた」と感じることはできていません。それでも、「何かをつかんだ」という感覚はいくつか得ている気がします。しかし、それをうまく活かせてこなかったのではないか……そんな思いも頭をよぎります。
こう考えると、夏目漱石の作品が持つ魅力の一端は、彼自身の「自信のなさ」にあるのではないかと思います。漱石は日本の近代化に懐疑的であり、結果的にその懸念は現実のものとなりました。同様に、太平洋戦争の敗戦を経験した世代の多くの作家が、現代社会に対して憂慮や危機感を抱きつつ世を去っていったことにも興味を覚えます。
彼らが去った後、彼らの存在を「目の上のたんこぶ」としていた者たちが跋扈する時代となった今、果たして彼らは後世からどのような評価を受けるのでしょうか? その答えが明らかになるのは、まだもう少し先のことかもしれません。
どちらかというと渋々、今現在(23:10)記事作成に取り掛かりました・・(苦笑)。
さて、昨日投稿した記事もまた、思いのほか多くの閲覧者数を得ることが出来ました。
これを読んで頂いた方々、どうもありがとうございます。
また、それに加えて、昨日記事投稿直後の反応もまた大変面白く、考えさせるものでした・・。
そこまで(記している私が思いもよらない程)深く読んで頂けるのでしたら、私も毎回のブログ記事作成の意欲が湧いてくるというものです・・(苦笑)。
しかし、あと数記事投稿して500記事に到達したならば、以前書いた通り、一度、意識的な断筆を試みる所存です・・。
であるからといって、何か大きな変化が起きるとは考えてはおりませんが。
しかし、その一方において、自身の文章作成に対する「思い」といったものは、多少なりとも測ることが出来るのではないかとも思います・・。
そして、その「思い」を自身が認識して、はじめて何かしらの内面における変化といったものは生じるのではないでしょうか・・?
我々は一般に、無意識で「何らかの環境」を当たり前、所与のものとして、その環境の中にいる時は、それが持つ意味、影響力について考えることは困難であるように思います・・。
そして、その環境から抜け出た後、はじめて、その意味、影響力などについて考えることが出来るのではないでしょうか・・?
また、こうしたことを記しておりますと、不図思い起こされることは、以前ブログ記事に書いた煮物などで火をかけている時は具材に出汁はあまり浸透しておらず、より浸透するのは火を止めた後の冷却の過程であるということです・・。
そのように考えてみますと咄嗟に「この時期、季節に冷却というコトバは穏やかではないな・・」と思うのですが「そうであれば記事作成を継続するのか?」ということになりますが、何れにしても、500記事作成の後、一旦ある程度の期間、断筆を試みることは、少なくとも、これまでの人生でなかった面白い試みであるとは思いますので、これは是非行いたいと考えております・・(笑)。
しかし、そのようなことを(笑)で書くことが出来るということは500記事作成においても未だ余裕があるとも推察されますが、たしかに未だ現在、全てを出し切ったという感覚はありません・・。
これは自信過剰からくるものではなく、ごく自然な思いの表出であるといえますので、むしろ、これまでのブログ記事作成が過剰に「偽りの自信」に作用することの方を私はおそれます・・(おそらくそれはないと思われますが・・)。
また、自信というものも本来は内面から涌出するものであると思うのですが、残念ながらこれに関しては未だ「源泉を掘り当てた」といった感覚は得ておりません・・。
とはいえ、その一方で「何か分かった・・」という感覚とは幾つか得てはきているとも考えております・・。
これは私がそうして得た感覚の「取り扱い」を間違ってきたことに由来するのであろうか・・?
しかしながら、私見となりますが、特に夏目漱石の著作の面白さの多くとは、その一種の「自信の無さ」を述べているところに共感できる何かが認められるからではないかと考えます。
そして、それ故にか、彼は近代日本を悲観し、そして結果的に歴史とは、その通りになってしまった・・といって間違いではないように思われます・・。
また、それと同じ意味にて、太平洋戦争の敗戦という大きな痛手を被った世代の多くの著述家が、現代の日本社会を憂慮、危惧しつつ世を去っていったことに対し少なからぬ興味をおぼえるのです・・。
また、彼等世代を目の上のタンコブとし、それが去った後に跳梁跋扈する方々とは、果たして後世から如何なる判断が為されるのであろうか?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
ChatGPTによる加工後
今日は少し帰宅が遅くなりましたが、時期的に考えても、本日分のブログ記事はしっかり書いておきたいところです。とはいえ、正直なところ、渋々ながらも今(23:10)ようやく記事作成に取り掛かりました……(苦笑)。
さて、昨日の記事も予想以上に多くの方に読んでいただけたようです。ご覧いただいた皆様、ありがとうございます。また、投稿直後の反応も非常に興味深く、考えさせられるものでした。私自身が想定していなかったほど深く読んでくださる方がいることを知ると、次の記事への意欲も湧いてきます……(苦笑)。
しかし、あと数記事で500記事に到達することになります。以前も書いた通り、それを一区切りとして、一度「意識的な断筆」を試みるつもりです。だからといって、大きな変化が起こるとは思いませんが、自分の文章作成に対する「思い」を見つめ直す機会になるのではないかとも考えています。そして、その「思い」を自覚することで、初めて内面の変化が生じるのかもしれません。
我々は普段、無意識のうちに環境を所与のものとして受け入れています。その環境の中にいるときは、それが持つ意味や影響について深く考えることは難しいものです。しかし、一度そこから離れることで、ようやくその価値や影響力を認識できるのではないでしょうか。
このことを考えていると、以前ブログで書いた煮物の出汁の話を思い出しました。火にかけている間は具材に出汁が浸透しにくいものの、火を止めて冷ましている間にじっくりと染み込んでいく。文章を書くこともそれと似たところがあり、一定の「冷却期間」を置くことで、新たな視点が得られるのではないかと思うのです。
とはいえ、こんな時期に「冷却」という言葉を使うのも少し気が引けます……。では、記事作成を継続するのか? それともやはり断筆を試みるのか? どちらにしても、500記事という節目の後、しばらく筆を置くという試みは、これまでの人生で経験したことのない面白い挑戦になるでしょう。これはぜひ実行したいと思っています……(笑)。
このように笑いながら書けるうちは、まだ余裕があるとも言えます。実際、500記事を目前にしても、「すべてを出し切った」という感覚はありません。これは単なる自信過剰ではなく、自然な思いの表れです。むしろ、これまでのブログ執筆が「偽りの自信」を生み出すことの方を警戒すべきでしょう(おそらく、その心配はないと思いますが……)。
また、本来「自信」とは内面から湧き出るもののはずですが、残念ながら、今のところ「その源泉を掘り当てた」と感じることはできていません。それでも、「何かをつかんだ」という感覚はいくつか得ている気がします。しかし、それをうまく活かせてこなかったのではないか……そんな思いも頭をよぎります。
こう考えると、夏目漱石の作品が持つ魅力の一端は、彼自身の「自信のなさ」にあるのではないかと思います。漱石は日本の近代化に懐疑的であり、結果的にその懸念は現実のものとなりました。同様に、太平洋戦争の敗戦を経験した世代の多くの作家が、現代社会に対して憂慮や危機感を抱きつつ世を去っていったことにも興味を覚えます。
彼らが去った後、彼らの存在を「目の上のたんこぶ」としていた者たちが跋扈する時代となった今、果たして彼らは後世からどのような評価を受けるのでしょうか? その答えが明らかになるのは、まだもう少し先のことかもしれません。
2016年12月1日木曜日
20161201 500記事に到達したならば・・昨日の続き主に「邪視」
A「今回の記事投稿にて500記事到達まで残り5記事を切ることになりますが、あまりそういった実感といったものはありません・・(苦笑)。
また、たとえ500記事に到達したとしても、その後自身がどうすれば良いものかとは考えておりません・・。
そうしたことは、実際に500記事目の投稿を終えた後になり、自然と内面から涌出してくるのではないかと考えております・・。
とはいえ、この程度まで継続的な記事の作成を行ってきたのであれば1週間程度の「意識的」な断筆を試みることは、それはそれで面白い実験ではないかとも思われるのです・・。
そして1週間経た後、猛烈に何かを書きたいと思うか、あるいは、そのまま自然に何も書かないで大丈夫であるかとは、自身の性質の一つを知る上において、ある程度有効であると考えます。
これまでに何度かブログ記事において記してきましたが、おそらく私は文章を記すことが、少なくともキライではないと考えます・・・。
しかし一方において、自身が記すことの出来る内容、主題とは、ある程度限定されるということも、これまでの記事作成において知り得ました(あまり知りたくなかったのかもしれないが・・)。
また、それは、記事を投稿した直後において示される反応の一つである、過去に投稿した直近記事と類似した主題、内容を持つ記事の閲覧者数が増加するということにより否応なく知覚されるのです・・(苦笑)。
しかしながら、そうした反応も含めて示される全般的な反応とは、基本的に悪意に基づくものではなく、何といいますか「もっと書け!」と励まされているように思われるのです・・(笑)。
そうしたことの直近の具体例を示しますと、昨日投稿した「シンボル、フィギュア、祖霊像などについて」を投稿した直後、4カ月近く前に投稿した「20160810」の閲覧者数が増加し、そこから、この記事を直近投稿記事のコメントとして追加した次第です・・。
両記事を読んで頂きますと、その関連、類似性に納得できるのではないかと思います。
とはいえ、そうした反応が速やかに為されるのは、少なくとも現在のAI、人工知能では、なかなか難しいのではないかと思われます・・。
こうした文面表層に示されない文脈、コンテクストの関連、類似性などの知覚とは、また、ある種複雑なものであると思いますので・・。
恥ずかしながら、両記事を記した本人が、そうした反応により、その関連、類似性を知り得たくらいです・・(苦笑)。
それ故、この反応とは、ブログ記事を閲覧して頂いている方々によるものであると考え、また同時に、そうした方々とは、文章の読解(自身の悪文も文章と見做して(笑))のセンスが、少なくとも私よりも上等であると思われます・・(苦笑)。
(そうであるからといって何も自慢にはなりませんが・・(笑)。)
そして、ここまでは認めますが、しかしながら・・では、そうした関連、類似する主題、内容を持つ記事をほぼ無意識で4カ月の間隔を空けて記すことは可能であるか?と問うた場合、おそらくそれは意識的には可能なのでしょうが、そうしますと、それは企図されたものとなり、果たして閲覧して頂いた方々が反応を試みるに足るものとなるのでしょうか・・?
・・いささかヤケクソ気味の答弁、抗弁とも聞こえましょうが、しかし我々人間の創造性の原初的な発動とは、こうしたほぼ無意識による「やり当て」に近いものであり、また、そうであるが故にそうしたものに対して、これまた原初的な反応が為され、結果的に、更なる創造性が惹起、発動されるのではないでしょうか・・?
ヤケクソにはじまり、いささか希望的な観測でもありますが「創造のはじまり」とは、そのようなものであると私は考えます・・。
また、昨日投稿の「シンボル、フィギュア、祖霊像などについて」をもう少し考えてみますと、いかめしい顔(笑顔でない)を持つ男性像が現れる大隅の大人弥五郎どん、悪石島のボゼ、東北のねぶた祭り、なまはげ・・の持つ意味とは、その根源においては、おそらく邪視による破邪の効果を狙ったものではないかと思われます・・。
(そういえば南方熊楠の論考で「邪視(Evil eye)について」というのがありました・・。)
また、私見ではありますが、こうした邪視による効果を願った祭祀全般とは、我が国の辺縁地域に比較的多く認められるのではないかと思われます・・。
それは、辺縁であるが故に古い祭祀形態、観念が残存したことによるのか、あるいは当初より、それら地域には、邪視が効果を持つという祭祀、民俗文化が定着、継続し易い文化的土壌がかねてより存在していたことによるものであるかは分かりません。
とはいえ、昨今の首都圏を中心に見られる女性にとって都合の良い笑顔の男性がもてはやされるご時世であるからこそ、一方において、こうした祭祀、民俗文化の持つ意味、価値を再考してみることは、少なくとも、あながち悪いことではないように思われるのです・・。
また、ここまで記して不図思ったことは、これら地域とは、人口の男女比において比較的女性の方が高い比率を示しているということも、あるいは何か関係があるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
また、たとえ500記事に到達したとしても、その後自身がどうすれば良いものかとは考えておりません・・。
そうしたことは、実際に500記事目の投稿を終えた後になり、自然と内面から涌出してくるのではないかと考えております・・。
とはいえ、この程度まで継続的な記事の作成を行ってきたのであれば1週間程度の「意識的」な断筆を試みることは、それはそれで面白い実験ではないかとも思われるのです・・。
そして1週間経た後、猛烈に何かを書きたいと思うか、あるいは、そのまま自然に何も書かないで大丈夫であるかとは、自身の性質の一つを知る上において、ある程度有効であると考えます。
これまでに何度かブログ記事において記してきましたが、おそらく私は文章を記すことが、少なくともキライではないと考えます・・・。
しかし一方において、自身が記すことの出来る内容、主題とは、ある程度限定されるということも、これまでの記事作成において知り得ました(あまり知りたくなかったのかもしれないが・・)。
また、それは、記事を投稿した直後において示される反応の一つである、過去に投稿した直近記事と類似した主題、内容を持つ記事の閲覧者数が増加するということにより否応なく知覚されるのです・・(苦笑)。
しかしながら、そうした反応も含めて示される全般的な反応とは、基本的に悪意に基づくものではなく、何といいますか「もっと書け!」と励まされているように思われるのです・・(笑)。
そうしたことの直近の具体例を示しますと、昨日投稿した「シンボル、フィギュア、祖霊像などについて」を投稿した直後、4カ月近く前に投稿した「20160810」の閲覧者数が増加し、そこから、この記事を直近投稿記事のコメントとして追加した次第です・・。
両記事を読んで頂きますと、その関連、類似性に納得できるのではないかと思います。
とはいえ、そうした反応が速やかに為されるのは、少なくとも現在のAI、人工知能では、なかなか難しいのではないかと思われます・・。
こうした文面表層に示されない文脈、コンテクストの関連、類似性などの知覚とは、また、ある種複雑なものであると思いますので・・。
恥ずかしながら、両記事を記した本人が、そうした反応により、その関連、類似性を知り得たくらいです・・(苦笑)。
それ故、この反応とは、ブログ記事を閲覧して頂いている方々によるものであると考え、また同時に、そうした方々とは、文章の読解(自身の悪文も文章と見做して(笑))のセンスが、少なくとも私よりも上等であると思われます・・(苦笑)。
(そうであるからといって何も自慢にはなりませんが・・(笑)。)
そして、ここまでは認めますが、しかしながら・・では、そうした関連、類似する主題、内容を持つ記事をほぼ無意識で4カ月の間隔を空けて記すことは可能であるか?と問うた場合、おそらくそれは意識的には可能なのでしょうが、そうしますと、それは企図されたものとなり、果たして閲覧して頂いた方々が反応を試みるに足るものとなるのでしょうか・・?
・・いささかヤケクソ気味の答弁、抗弁とも聞こえましょうが、しかし我々人間の創造性の原初的な発動とは、こうしたほぼ無意識による「やり当て」に近いものであり、また、そうであるが故にそうしたものに対して、これまた原初的な反応が為され、結果的に、更なる創造性が惹起、発動されるのではないでしょうか・・?
ヤケクソにはじまり、いささか希望的な観測でもありますが「創造のはじまり」とは、そのようなものであると私は考えます・・。
また、昨日投稿の「シンボル、フィギュア、祖霊像などについて」をもう少し考えてみますと、いかめしい顔(笑顔でない)を持つ男性像が現れる大隅の大人弥五郎どん、悪石島のボゼ、東北のねぶた祭り、なまはげ・・の持つ意味とは、その根源においては、おそらく邪視による破邪の効果を狙ったものではないかと思われます・・。
(そういえば南方熊楠の論考で「邪視(Evil eye)について」というのがありました・・。)
また、私見ではありますが、こうした邪視による効果を願った祭祀全般とは、我が国の辺縁地域に比較的多く認められるのではないかと思われます・・。
それは、辺縁であるが故に古い祭祀形態、観念が残存したことによるのか、あるいは当初より、それら地域には、邪視が効果を持つという祭祀、民俗文化が定着、継続し易い文化的土壌がかねてより存在していたことによるものであるかは分かりません。
とはいえ、昨今の首都圏を中心に見られる女性にとって都合の良い笑顔の男性がもてはやされるご時世であるからこそ、一方において、こうした祭祀、民俗文化の持つ意味、価値を再考してみることは、少なくとも、あながち悪いことではないように思われるのです・・。
また、ここまで記して不図思ったことは、これら地域とは、人口の男女比において比較的女性の方が高い比率を示しているということも、あるいは何か関係があるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
20161130 シンボル、フィギュア、祖霊像などについて・・
先日不図見かけた書籍の頁に木彫の大分ディフォルメされた人物像(木像)らしきものの画像が載っていました。
また、日本におけるこうしたものについては、これまでに幾分か見てきたこともあり、大体の時代および地域の見当をつけることは出来ると考えます。
私見となりますが、それら古の観念に基づき製作された何らかのシンボル、フィギュアとは、現在の我々をも強く惹き付ける何かがあると思います・・。
そして、さらにその中で特に惹き付けられ、心に引っ掛かるものとには、もしかすると、そこには相応の理由があるのかもしれません・・。
そのような理由に基づき、ある古の製作物の来歴等を調べておりますと、その途上において、思いもよらぬ考えが浮かぶ、あるいは現代において見知っている他の何かとの関連を突如、示唆(その多くは明示まで強烈ではない)されることがあります・・。
また、その感じとは夏目漱石著「夢十夜」内の「第三夜」のようであるともいえます・・(そこまで強烈ではないが・・)。
私はこの短編の中に、ある種の人間内面における普遍性を見出します。
ともあれ、ハナシを戻し、そうしたことが自身の内部で、ある程度頻発していた時期に、それら考え、関連性が「何故」浮かんできたのか?とは考えず、ただ、その更なる根源、源泉への遡上を専ら書籍・文献の捕集を通じ試みていたように思われます・・。
こうした作業においては、能動・積極性の方がより有効であると云えます。
とはいえ、これを現在考えてみますと「何故、当時はそうした考え、関連性が頻繁に脳裏に浮かんできたのか?」ということの方が、より不思議、重要なことであるように思われるのです・・。
また、それと同時に、そうした経験の蓄積、複合化により、我々人間とは、何かを『知った』と思い至るのではなかろうかと思います・・。
その意味において、翻って考えてみますと、当初に挙げた古に製作されたシンボル、フィギュアとは、その時代、地域の人びとが「知った・知っていた」考えを具現化したものであるといえます。
そして、それらを現代の我々が見た時に直観的に感じることとは、そこに地域的な繋がりが存在するのであれば、やはり、そこには何らかの意味があり、また言語による概念化を試みる価値(時代を貫く何か)があると云えるのではないでしょうか・・?
そして、特に自国の歴史、文化等においては科学、客観的な認識、概念化と同時に、こうした一種の「同一化」を試みることを通じ、内面から理解する必要性があると思われるのです・・。
また、この「同一化」を生じさせる契機として古来より認識されていたものが「眼」およびその周辺であったのではないかと考えます・・。
ハナシを再び冒頭に戻し、これら古の観念に基づいて製作されたシンボル、フィギュアとは、世界中遍く、両目周辺を強調し、さらにその表情に笑顔が少ないといった特徴があると云える。
多くのそれらは「祖霊像」と認識されているが、たしかに最大公約数的に、その見解とは間違っていないと考えます。
また、我が国における古いその典型とは福田型邪視紋銅鐸であるといえます。
そしてまた、現代においてそれに比定されるものとは「ゴジラ」ではないかと思われますが如何でしょうか・・?
また、その間には「大魔神」といった、より「祖霊像」に近い存在もありましたが、そうしたもの(シンボル、フィギュア、祖霊像)は、往々にして変化なしの直球とは、受け入れられないことが多いのかもしれません・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして先日の福島周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
その木像が何時の時代の、どの地域のものであるかの説明は見ませんでしたが、その作風からして南太平洋の何処ではないかと思われました・・。
また、日本におけるこうしたものについては、これまでに幾分か見てきたこともあり、大体の時代および地域の見当をつけることは出来ると考えます。
私見となりますが、それら古の観念に基づき製作された何らかのシンボル、フィギュアとは、現在の我々をも強く惹き付ける何かがあると思います・・。
そして、さらにその中で特に惹き付けられ、心に引っ掛かるものとには、もしかすると、そこには相応の理由があるのかもしれません・・。
そのような理由に基づき、ある古の製作物の来歴等を調べておりますと、その途上において、思いもよらぬ考えが浮かぶ、あるいは現代において見知っている他の何かとの関連を突如、示唆(その多くは明示まで強烈ではない)されることがあります・・。
また、その感じとは夏目漱石著「夢十夜」内の「第三夜」のようであるともいえます・・(そこまで強烈ではないが・・)。
私はこの短編の中に、ある種の人間内面における普遍性を見出します。
ともあれ、ハナシを戻し、そうしたことが自身の内部で、ある程度頻発していた時期に、それら考え、関連性が「何故」浮かんできたのか?とは考えず、ただ、その更なる根源、源泉への遡上を専ら書籍・文献の捕集を通じ試みていたように思われます・・。
こうした作業においては、能動・積極性の方がより有効であると云えます。
とはいえ、これを現在考えてみますと「何故、当時はそうした考え、関連性が頻繁に脳裏に浮かんできたのか?」ということの方が、より不思議、重要なことであるように思われるのです・・。
また、それと同時に、そうした経験の蓄積、複合化により、我々人間とは、何かを『知った』と思い至るのではなかろうかと思います・・。
その意味において、翻って考えてみますと、当初に挙げた古に製作されたシンボル、フィギュアとは、その時代、地域の人びとが「知った・知っていた」考えを具現化したものであるといえます。
そして、それらを現代の我々が見た時に直観的に感じることとは、そこに地域的な繋がりが存在するのであれば、やはり、そこには何らかの意味があり、また言語による概念化を試みる価値(時代を貫く何か)があると云えるのではないでしょうか・・?
そして、特に自国の歴史、文化等においては科学、客観的な認識、概念化と同時に、こうした一種の「同一化」を試みることを通じ、内面から理解する必要性があると思われるのです・・。
また、この「同一化」を生じさせる契機として古来より認識されていたものが「眼」およびその周辺であったのではないかと考えます・・。
ハナシを再び冒頭に戻し、これら古の観念に基づいて製作されたシンボル、フィギュアとは、世界中遍く、両目周辺を強調し、さらにその表情に笑顔が少ないといった特徴があると云える。
多くのそれらは「祖霊像」と認識されているが、たしかに最大公約数的に、その見解とは間違っていないと考えます。
また、我が国における古いその典型とは福田型邪視紋銅鐸であるといえます。
そしてまた、現代においてそれに比定されるものとは「ゴジラ」ではないかと思われますが如何でしょうか・・?
また、その間には「大魔神」といった、より「祖霊像」に近い存在もありましたが、そうしたもの(シンボル、フィギュア、祖霊像)は、往々にして変化なしの直球とは、受け入れられないことが多いのかもしれません・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして先日の福島周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2016年11月29日火曜日
20161129 「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」の微妙な兼合い、関係
A「ここ最近また一段と気温が冬めいてきました・・。
この時期になりますと、どうも書籍を身を入れて読むことが出来なくなるのかもしれません・・(苦笑)。
そのためか、先日読了した「楡家の人びと」以来、これといった著作に出くわすこともありません。
しかしながら週末には大体書店に出向き、何かしら探しておりますので、今後またしばらくしますと、自然と次に読むべき著作に出くわすのではないかと、前向きに考えております・・(笑)。
しかし、そうしたことを意識的に見ますと、この書籍などを読み「面白い!」と感じる源泉とは、一体何であろうか?と思うに至ります・・。
おそらく、この感覚とは変化し続けるものであるのでしょうが、それと同時に、各々場面の状況においても、ある程度、有意な影響を受けているのではないかと思われます・・。
また、それと同時に、昨今、いや、かねてより「書籍を読むことは大事である」といった意見は巷に流布され、また、そうした傾向が社会において生じ続けております。
しかしながら、さきに記した「書籍を面白いと感じる源泉とは何であるか?」という疑問に即し考えてみますと、同じくさきに記した「書籍を読むことは大事である」という社会傾向とは、各々場面の状況として果たして必要であるのか?と思ってしまうのです・・。
つまり「書籍を読むのが本当に好きであるのならば、わざわざ社会の傾向により読書などを促される必要性はない」ということです・・。
また、それに加え、その時々で、自身が面白いと思う書籍を探すことの方が、より一層能動性に即した行為ではないかとも思われるのです・・。
しかしその一方において「書籍を読むことは大事である」という社会傾向の継続により(本当に)書籍を読むことが好きな人が徐徐に増加していくのかもしれません・・。
これは今現在の自身が、この社会傾向により恩恵を受けているとは感じられないことから、幾分斜に構えて見てしまうのかもしれません・・(苦笑)。
いや、あるいはここにもまた、以前投稿したブログ記事にて記した「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」の微妙な兼合い、関係といったものがあるのかもしれません・・。
そして、ここで思うことは、感覚的な私見とはなりますが、様々な行為・行動をとる上で「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」の双方共に重要であったとしても、特に我が国社会においては全般的に古来より「ネガティブ・ケイパビリティ―」優位ではないかと思われるのです・・。
そして、おそらくそうしたことが、国家間の様々な文化・風習・制度の相違の根源に近い部分に横たわっているのではないでしょうか・・?
しかしながら、こうしたことはかねてより云われており、陳腐なことではあるのかもしれませんが、同時に「書籍の選択」を背景の文脈として思ったこととしては、古今類例があるのでしょうが、それなりに意味があり、また、たとえ、なかったとしても物笑いのタネにはなりますので、それなりの意味はあるものと信じ、書き続けます・・(果たして本当そうであるのか?)(苦笑)。
さて、では何故、国々の間において「ネガティブ・ケイパビリティ―」あるいは「能動・積極性」優位の社会が形成されてきたのかと考えてみますと、その理由とは単純に「その辿ってきた歴史にある」ものと考えられます・・。
そしてハナシがここに至りますと「唯物史観」「構造主義」といったコトバが脳裏に浮かんできて、さらに続いて「下部構造が上部構造を決定する」といったコトバもまた浮かんできます。
しかし果たして、こうしたハナシ(歴史、文化などの比較)とは、そこまで公式化出来るものであろうか?とも考えさせる、あるいは疑問を生じさせる「きっかけ」こそが、能動的な書籍の選択、そしてそれに続く読書の意味ではなかろうかとも考えさせられるのです・・。
とはいえ、そうであるからといって我が国社会が全般的に「ネガティブ・ケイパビリティ―」優位であると考えることに対しては未だ(能動的な)疑問を抱けないのが現状であるといえます・・(笑)。
しかし、それも決して悪いことばかりでもないのですが・・それでも悪いところが以前(昭和時代)に比べ目立つようにはなってきているのかもしれません・・。
そうしますと、これは「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」よりさらに奥、基層にある何かの変化、劣化によるものであるのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んでいただき、どうもありがとうございます。
さきの熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震より被災された地域の諸インフラの早急な復旧、そしてその後の復興を祈念します。」
この時期になりますと、どうも書籍を身を入れて読むことが出来なくなるのかもしれません・・(苦笑)。
そのためか、先日読了した「楡家の人びと」以来、これといった著作に出くわすこともありません。
しかしながら週末には大体書店に出向き、何かしら探しておりますので、今後またしばらくしますと、自然と次に読むべき著作に出くわすのではないかと、前向きに考えております・・(笑)。
しかし、そうしたことを意識的に見ますと、この書籍などを読み「面白い!」と感じる源泉とは、一体何であろうか?と思うに至ります・・。
おそらく、この感覚とは変化し続けるものであるのでしょうが、それと同時に、各々場面の状況においても、ある程度、有意な影響を受けているのではないかと思われます・・。
また、それと同時に、昨今、いや、かねてより「書籍を読むことは大事である」といった意見は巷に流布され、また、そうした傾向が社会において生じ続けております。
しかしながら、さきに記した「書籍を面白いと感じる源泉とは何であるか?」という疑問に即し考えてみますと、同じくさきに記した「書籍を読むことは大事である」という社会傾向とは、各々場面の状況として果たして必要であるのか?と思ってしまうのです・・。
つまり「書籍を読むのが本当に好きであるのならば、わざわざ社会の傾向により読書などを促される必要性はない」ということです・・。
また、それに加え、その時々で、自身が面白いと思う書籍を探すことの方が、より一層能動性に即した行為ではないかとも思われるのです・・。
しかしその一方において「書籍を読むことは大事である」という社会傾向の継続により(本当に)書籍を読むことが好きな人が徐徐に増加していくのかもしれません・・。
これは今現在の自身が、この社会傾向により恩恵を受けているとは感じられないことから、幾分斜に構えて見てしまうのかもしれません・・(苦笑)。
いや、あるいはここにもまた、以前投稿したブログ記事にて記した「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」の微妙な兼合い、関係といったものがあるのかもしれません・・。
そして、ここで思うことは、感覚的な私見とはなりますが、様々な行為・行動をとる上で「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」の双方共に重要であったとしても、特に我が国社会においては全般的に古来より「ネガティブ・ケイパビリティ―」優位ではないかと思われるのです・・。
そして、おそらくそうしたことが、国家間の様々な文化・風習・制度の相違の根源に近い部分に横たわっているのではないでしょうか・・?
しかしながら、こうしたことはかねてより云われており、陳腐なことではあるのかもしれませんが、同時に「書籍の選択」を背景の文脈として思ったこととしては、古今類例があるのでしょうが、それなりに意味があり、また、たとえ、なかったとしても物笑いのタネにはなりますので、それなりの意味はあるものと信じ、書き続けます・・(果たして本当そうであるのか?)(苦笑)。
さて、では何故、国々の間において「ネガティブ・ケイパビリティ―」あるいは「能動・積極性」優位の社会が形成されてきたのかと考えてみますと、その理由とは単純に「その辿ってきた歴史にある」ものと考えられます・・。
そしてハナシがここに至りますと「唯物史観」「構造主義」といったコトバが脳裏に浮かんできて、さらに続いて「下部構造が上部構造を決定する」といったコトバもまた浮かんできます。
しかし果たして、こうしたハナシ(歴史、文化などの比較)とは、そこまで公式化出来るものであろうか?とも考えさせる、あるいは疑問を生じさせる「きっかけ」こそが、能動的な書籍の選択、そしてそれに続く読書の意味ではなかろうかとも考えさせられるのです・・。
とはいえ、そうであるからといって我が国社会が全般的に「ネガティブ・ケイパビリティ―」優位であると考えることに対しては未だ(能動的な)疑問を抱けないのが現状であるといえます・・(笑)。
しかし、それも決して悪いことばかりでもないのですが・・それでも悪いところが以前(昭和時代)に比べ目立つようにはなってきているのかもしれません・・。
そうしますと、これは「ネガティブ・ケイパビリティ―」と「能動・積極性」よりさらに奥、基層にある何かの変化、劣化によるものであるのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んでいただき、どうもありがとうございます。
さきの熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震より被災された地域の諸インフラの早急な復旧、そしてその後の復興を祈念します。」
2016年11月28日月曜日
20161128 色々とハナシは飛びますが・・生命力の「燃焼」の程度
先日投稿したブログ記事にて2013年9月、鹿児島からの帰郷時における原宿付近での出来事を記しました。
そして、現在ではその出来事にある行動を採ることは困難であるように思われます・・。
むしろ、現在となっては、何故、当時(2013年9月)は、そのような行動をスムーズに採ることが出来たのか?の方が不思議に思われるのです・・。
そう思い返してみますと2013年当時の私と、現在2016年の私の間には大きな相違があり、さきのブログ記事に記した状況における対応、反応に限定して云えば別人になってしまったと表してみても決して言い過ぎではないと思います・・。
また、こうしたことをわざわざ(掘り返してまで)言語化、文章化することとは、どこかしら若い頃の悪行を自嘲・自慢半分半分で語るオジサンを連想してしまい、2013年の行為、現在の(そのことを言語化、文章化する)行為、共に我がことながら、あまり感心することは出来ません・・(苦笑)。
では何故、現在私がこの過去の「愚行」を再度ブログ記事の題材としているかのかと考えてみますと、それは、過去の自身(の特に行動)が理解出来ないことは、それが夢や架空の出来事でないのであれば、かねてより当ブログ記事にて歴史(過去の実際の出来事)の重要性を力説、標榜している私としては「灯台下暗し的な盲点」として認識されることにより、もう少し、その意味を考えてみた方が良いと思われるからです・・。
それ故、ハナシは元に戻し、具体的に2013年9月と現在の私の間には如何なる「相違」が認められるのでしょうか・・?
この問いに対し即座に感覚的に思い起こされる、一連のブログ記事にて用いてきたコトバとは「D2病」です・・。
端的に云えば2013年9月の私とはD2病の真っ只中にあり、それに対し現在の私とは、少なくともそこから大分寛解しているのではないかと考えます。
そして、それが両時期の間に見られる顕著な相違であり、また現在では理解不能な程の断層を生じさせる要因であるとも思われるのです・・。
とはいえ、ここで不思議に思うことは、2013年9月の出来事も現在と同様、自身の経験・記憶でありながら、何故、前者に関しては、その行為を行わしめた背景である、当時(2013)の精神、心の現実性を感覚的に内面から理解することが出来ないのであろうか?ということです・・。
そして、そのような状況を異なる視点から考え、さらに説明可能なコトバの抽出を試みますと、そこに「憑き物」「憑依」「Obsession」といったコトバが浮かんできます・・。
また、上に示したこれらコトバも以前投稿したブログ記事にて述べたことがありますが、そうしますと2013年当時の私は何かに「憑かれていた」とも表することが出来るのではないかと思います・・。
では、何に憑かれていたのかと考えてみますと、これもまた以前のブログ記事にて述べたものではありますが「Erdgeist」つまり「地霊」のようなものではなかったのだろうかと思われるのです・・。
また、この考えから更に歩を進めてみますと、この2013年の状態が、これもまた以前ブログ記事に記しましたが、「ハレ」(ハレ・ケガレのハレ)の状態であったのではないかとも思われるのです・・。
さらに加え、それはまた「躁的状態」ともまた、大きな関連性があるのではないかとも思われます。
以上、2013年9月の自身に対し思ったことを述べましたが、この後の反動とはかなり大きなものであり、自身の生命力に少なからぬ危惧を抱く結果となりました・・(苦笑)。
もしも(一定、有限の)生命力の「燃焼」の程度に差があるとすれば、この時の私とは、相対的に見て(著しく)強く燃焼していたのではないかと思われるのです・・。
そして、再びそうした状態になった場合、今度は上手くヒット・ポイントをずらし、持続可能性を維持することが出来るのではないかと、これまでのブログ記事作成での経験を通じ何やら得たような感じがしなくもありません・・(苦笑)。
しかし、実際のところは本当にそうなのであろうか・・?
また、これも畢竟、主観的仮説の積重ねであるといえば、そうであるので・・(苦笑)
とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして先日の福島周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
そして、現在ではその出来事にある行動を採ることは困難であるように思われます・・。
むしろ、現在となっては、何故、当時(2013年9月)は、そのような行動をスムーズに採ることが出来たのか?の方が不思議に思われるのです・・。
そう思い返してみますと2013年当時の私と、現在2016年の私の間には大きな相違があり、さきのブログ記事に記した状況における対応、反応に限定して云えば別人になってしまったと表してみても決して言い過ぎではないと思います・・。
また、こうしたことをわざわざ(掘り返してまで)言語化、文章化することとは、どこかしら若い頃の悪行を自嘲・自慢半分半分で語るオジサンを連想してしまい、2013年の行為、現在の(そのことを言語化、文章化する)行為、共に我がことながら、あまり感心することは出来ません・・(苦笑)。
では何故、現在私がこの過去の「愚行」を再度ブログ記事の題材としているかのかと考えてみますと、それは、過去の自身(の特に行動)が理解出来ないことは、それが夢や架空の出来事でないのであれば、かねてより当ブログ記事にて歴史(過去の実際の出来事)の重要性を力説、標榜している私としては「灯台下暗し的な盲点」として認識されることにより、もう少し、その意味を考えてみた方が良いと思われるからです・・。
それ故、ハナシは元に戻し、具体的に2013年9月と現在の私の間には如何なる「相違」が認められるのでしょうか・・?
この問いに対し即座に感覚的に思い起こされる、一連のブログ記事にて用いてきたコトバとは「D2病」です・・。
端的に云えば2013年9月の私とはD2病の真っ只中にあり、それに対し現在の私とは、少なくともそこから大分寛解しているのではないかと考えます。
そして、それが両時期の間に見られる顕著な相違であり、また現在では理解不能な程の断層を生じさせる要因であるとも思われるのです・・。
とはいえ、ここで不思議に思うことは、2013年9月の出来事も現在と同様、自身の経験・記憶でありながら、何故、前者に関しては、その行為を行わしめた背景である、当時(2013)の精神、心の現実性を感覚的に内面から理解することが出来ないのであろうか?ということです・・。
そして、そのような状況を異なる視点から考え、さらに説明可能なコトバの抽出を試みますと、そこに「憑き物」「憑依」「Obsession」といったコトバが浮かんできます・・。
また、上に示したこれらコトバも以前投稿したブログ記事にて述べたことがありますが、そうしますと2013年当時の私は何かに「憑かれていた」とも表することが出来るのではないかと思います・・。
では、何に憑かれていたのかと考えてみますと、これもまた以前のブログ記事にて述べたものではありますが「Erdgeist」つまり「地霊」のようなものではなかったのだろうかと思われるのです・・。
また、この考えから更に歩を進めてみますと、この2013年の状態が、これもまた以前ブログ記事に記しましたが、「ハレ」(ハレ・ケガレのハレ)の状態であったのではないかとも思われるのです・・。
さらに加え、それはまた「躁的状態」ともまた、大きな関連性があるのではないかとも思われます。
以上、2013年9月の自身に対し思ったことを述べましたが、この後の反動とはかなり大きなものであり、自身の生命力に少なからぬ危惧を抱く結果となりました・・(苦笑)。
もしも(一定、有限の)生命力の「燃焼」の程度に差があるとすれば、この時の私とは、相対的に見て(著しく)強く燃焼していたのではないかと思われるのです・・。
そして、再びそうした状態になった場合、今度は上手くヒット・ポイントをずらし、持続可能性を維持することが出来るのではないかと、これまでのブログ記事作成での経験を通じ何やら得たような感じがしなくもありません・・(苦笑)。
しかし、実際のところは本当にそうなのであろうか・・?
また、これも畢竟、主観的仮説の積重ねであるといえば、そうであるので・・(苦笑)
とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして先日の福島周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
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