2016年10月16日日曜日

20161016 450記事到達、および先日のノーベル文学賞に関連して思ったこと

A「本日の記事投稿により投稿記事数が450となります。

これは一つの区切りとなるのではないかと思われますが、しかし同時にこれは次の500記事への一区切りといった認識の方が適切ではないかと思われます・・。

そして、このようなことを記しますと、否応なく500記事までは記事を書き続けなければならないという認識(強迫観念?)が生じてきます(苦笑)が、これを異なった視点より考えてみますと500記事を全体として考えた場合、現在450記事にて、残りの50記事とは、これまでのブログ記事作成に費やした労力の9分の1程度にて到達可能であるということになります。

その場合、これを継続し500記事まで到達した方が自身の内心、精神にとっては良いとも思われますので、これまで以上にあまり無理をせず、途中休みも設けつつ継続するのが上策ではないかと思われます。

そして具体的には年内に500記事に到達すれば、とりあえず良いということにします・・(笑)。

しかし一方において面白いと思うことは、ブログ記事作成とは継続して行うことにより、それこそ継続することが出来ているのではないかということです。

これはよく分からない禅問答のようですが、おそらく実際に文字通りの意味です。

つまり、何か文章の主題となるものを胸中に持っているのであれば、即座にそれを適当な形式にて文章化することが出来るというわけではなく、むしろ我々とは一般的に、常時そうした主題をどのようなものであれ持っており、それを発信、発表する形式の方に関しての方がむしろ不慣れであり、そのため、常時ともいえる、ある程度の発信、発表の練習、修練の方が「より」必要ではないかということです・・。

そして、その一つの方法、形式がブログであるといえます。

少なくとも、現在の私の場合はそうであると考えております。

また、それに加え、ブログという不特定多数に対する発信、発表により、当初思っていた以上の閲覧してくださる方々がいることにより一層トルクが強まり、記事数増加(新たな記事作成)の推進力が増したものとも考えております。

人間のこうした精神、心情とは単純且つなかなか面白いものであり、もしこれ(ある程度の閲覧者数およびその経時的増加)がなければ、記事作成の継続を途中にて断念していたものと考えます。

それ故、450記事という一応区切りでありますので、これまで興味を持って読んでくださっていただいる皆様、どうもありとうございます。おかげさまで、450記事まで到達することが出来ました。

また、ここまで記していして不図思い起こしたことは、先日のノーベル文学賞の受賞者発表にてアメリカ合衆国のミュージシャンの方が受賞されたことです。

ちなみにこの方の有名な一曲は、以前(約半年前)、私のブログにてその演奏動画(モノクロ)が共有されておりました・・(笑)。

またミュージシャンが文学賞を受賞されるのは特に問題ではなく、それでしたら、たしかイギリスの高名な政治家が同じ賞を受賞されておりました。

これは当時のイギリスでは面白いハナシのネタになっていたそうです。

その内容は「この政治家がノーベル平和賞ではなくて文学賞を受賞したということはなかなかアジなことをする。」といった感じではなかったかと思われます・・。

とはいえ、ハナシを戻し、さきに示した楽曲の歌詞とは、もしかすると、私のこれまでのブログ記事作成においても多少は類似した要素があるのではないかと思われました・・。

ちなみに、この楽曲とは、大分前に観た映画「フォレスト・ガンプ」にて知り、また師匠(歯科理工学)が好んでいたものでもあります。

たしか学会にどこか(東京であったように思われる)へ出向いた際、師匠が私を含め弟子共数人と昼食にて学会場近くのレストランに入った折、どのような経緯であったか忘れてしまいましたが、この音楽家のハナシとなり、突然、師匠がこの楽曲の一節を英語にて歌い出されたことが大変印象的であり憶えております。

そして、このことを記しますと、今度は福岡在住時、地下鉄博多駅のホームにて電車待ちの際、その時話していた大学院生(留学生)の方がハナシの流れにて出てきた日本のある楽曲(童謡)を突然歌い出されたことをも思い起こされます・・。

おそらく場合にもよると思われますが、それらの場合に関して、私は特に不自然、不愉快なものであるとはまったく感じませんでした。

ハナシの流れ次第では、こうしたこともまた、あるのではないかということです・・(笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本を中心として発生した地震によって被災された地域での諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」


Blowing in the wind



2016年10月15日土曜日

20161015 はじめての鹿児島訪問2008

「2008年夏過ぎに院試のために鹿児島を訪れた私は、修士課程での友人であり、実家が鹿児島であるBとも久しぶりに会うことになった。
Bは地元の企業に就職し、当時はたしか国分、隼人方面に住んでいたにも関わらずわざわざ出向いて来てくれた。
当日の昼過ぎ頃には既に院試を終えていた為、その時は特に緊張する要素はなかった。
待ち合わせの場所は天文館の電停交差点であり、この時は多少私が早く着いていた。
市電が電停に着きBが下車してくるのが見えたので、声をかけ、手を振ったところ、Bの方もすぐに気づいた。
Bと会うのはさきのAと同様、修士課程修了後以来であるので、かれこれ1年半ぶりであった。
そして天文館にある霧島方面にて本店を構える地元で有名な焼き鳥屋(関東のそれとはニュアンスが異なる、どちらかというと鶏肉に特化した焼肉屋と考えた方が良い。)に入り、美味しい鳥を十分に御馳走になった。
Bは食べながらさかんに「どうです、美味しいでしょう?」と聞いてきたが実際、それは大変美味しいものであり、且つ面白いことに、このお店の霧島にある本店にはその後何度も足を運ぶことになり、後に鹿児島に訪れたAを案内したのもこの霧島のお店であった。
それらの起因とは、このはじめての鹿児島訪問時にあったことをこれを記していて気付いた。
その後、同じく天文館にある鹿児島名物「白くま」を食べさせてくれるお店に入り、これもBから御馳走になった。
この本家本元の「白くま」とは具材(主にフルーツ)のたくさん入った巨大なかき氷のようなものであり、たしかに夏場にこれを食べれば涼しくなること請け合いであろうと思われる。
また具材が種々入っていることより、比較的量が多かったにもかかわらず最後まで飽きが来ないで完食することが出来た。
とはいえ、食後のデザートとしてはかなりの量であったことをも思い出される。
あるいは通常これはカップルが二人して食べるようなものではないだろうか・・?
ともあれ、このお店には閉店までいて、ここでも色々と近況や思ったことを駄弁っていた・・。
久しぶりに知人に会い話すことになると、私はどうも勢いに任せて色々と語ってしまう傾向があるように思われる。
しかし、それはおそらく何も私のみならず、さきに出たAなどは、私などよりかなりいい線を行っているのではないかと思われるのだが・・。
そして夜半過ぎにBと別れ翌日帰郷した。
その後の技工学校では相変わらず講義、実習に追われる毎日であり、且つ秋を過ぎると国家試験の準備などで更に忙しくなっていった。
とはいえ、この当時は分からないことがあると周囲の歯科関係者に容易に聞くことが出来たため、環境的にはかなり恵まれていたのではないかと思われる。
修士院生の頃は分からないことの調べ方も分からず、またインターネットからの情報をあまり信用せず、専ら実地調査、図書館、書店などに拠って、分からないことの意味を泥縄式に調べていた・・。
しかし、この分からないことを足を使い、体を動かし調べるといったことが案外大事であったのではないかと現在になっては思われる。
とはいえ、それはある明確な調べたい目標の情報を直線的に得るといった性質のものではなく、得られた情報が当初企図していた意味、傾向を持っていなくとも、それが「確からしい」ということにより、その次の思考段階に移行してゆくといった計画性が立てにくい性質のものであり、おそらく総じて科学とは、本質的には、そういったものではないかと思われる。

たとえ最終的には大きな企図する目標があったとしても・・・。

その意味において現在世間に流布している様々な事物、利器とは、こうした科学の成果に基づいたものが多いと思われる一方、さきに記した「自らの足を使い、体を動かし調べる」といった要素が昨今の情報機器の進化発展によって、その本来の価値、意味が軽視せられているのではないかとも思われる。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」



2016年10月12日水曜日

20161012 2008での出来事を思い起こして・・

これまで仕事にて何人もの歯科医師の先生からお話しを伺っておりますと、時折それらをベースとして不図「何かモノガタリでも書いてみようか・・」と思うことがあります・・。

私はこれまでに創作部分が多いモノガタリ的なものを作成したことがないため、特に自信といったものはありませんが、一方、伺ったお話し、自身が経験したことを統合、整理することにより、何かしらモノガタリに近いものは創作することが出来るのではないかとも思います・・。

そして、モノガタリの題材とは基本的に2009~2013の自身の経験が適当であるのではないかと思われます・・。

「2008年4月、私は**歯科技工専門学校の2年生に進級していた。
そして同月の後半、大学院博士課程(経済学)に進学し、同じく2年生となっていたAが学会にて東京に訪れたことを電話にて知らされ***で約1年ぶりで会うことになった。

その日は幸いなことに実習が比較的早く終わり、急ぎ待ち合わせをしていた***駅に向かった。

***駅に着くとAは既に待ち合わせ場所に到着しており、連れ立って近くの喫茶店に入った。

Aと会って話をするのは修士課程修了以来はじめてのことであり、現在彼が行っている研究、勉強、読んでいる書籍のことなどで大分ハナシが盛り上がった。

この時、修士院生当時と変わらずに手振りを交え話していたAの手がテーブルの上に置かれていた水の入ったコップにあたり、水がテーブル一杯に広がるほどにこぼれたが、Aは途切れることなく話し続け、また私もそのことに特に気を向けることなく話しを聞き続けていた・・・。

この時話していた内容とは、彼の専攻としている経済学者についての新しい発見、知見のタネとなりそうなことであり、また、同時にそれはAの修士院生当時の研究からの継続、発展したものであったため、ほぼ1年振りであったにもかかわらず、特に理解できないということはなかった。

また、私の方も修士課程修了後も継続的に文系学問の著作を読んでいたことによってか、どうにかAの話しについてゆくことが出来たのかもしれない・・。

とはいえ、この時、Aの研究内容の話しよりも、私が大きく興味を示したのは、現在Aが在籍している大学院博士課程での具体的な研究生活のことであり、これは当時歯科技工学校にて手を用いるさまざまな実習に明け暮れていた私にとって、かなり好奇心を抱くに値するものであり、別れ際に近い頃、私はAに向かい「私は現在歯科技工学校に通っていますけれども、ここを出たらいずれ博士課程に行きます!」と宣言したことを覚えている・・。

今回もまた、ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。


さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。

2016年10月11日火曜日

20161011 言語、語彙体系の相異から感じること・・

A「本日も比較的長距離を歩いて移動したと思います・・。

また気温もこれまでに比べ若干涼しくなり、日中の気温も以前の夏日(30℃超え)ほどはこたえなくなりました。

さて、本日投稿分のブログ記事に関しましても、これまで通り今現在に至るまで、特に主題、テーマを定めておりません・・(苦笑)。

そういえば、昨日投稿の記事において北杜夫著「楡家の人びと」に関して少し記しましたが、その後調べてみますと、この著作に関しては英訳版が存在するようです。

これは原書(日本語)を読了の後、機会があれば是非読んでみたいと思います。

とはいえ、北杜夫といえば個人的な見解として以前もブログ記事にて記しましたが「どくとるマンボウ」シリーズを英訳にて刊行してみましたら、なかなか破天荒な試みであり、面白いのではないかと思われます・・(笑)。

ただし、それに対し(ある程度多くの)読者がいるかどうかはまた少しハナシが異なってくるのかもしれません・・(苦笑)。

その点やはり「楡家の人びと」とは、様々な視点から英訳版を刊行するのに相応しい著作(文学作品)であったようです。

また、英訳版の文学作品といえば、先日より大岡昇平著の「俘虜記」を読んでおりますが、それら(主に英論文)を比較的多く読んでいた時期と比べますと、やはり読むスピード、読解力が落ちていることが明らかに感じられます・・(苦笑)。

とはいえ、この著作もある程度時間をかけても、どうにか読了に至りたいものです・・。

また、英語にて書かれた小説で私が面白く感じた著作の一つとしてジョージ・オーウェル著の「パリ・ロンドン放浪記」が挙げられます。

これは岩波文庫から邦訳が刊行されておりますが、双方共に大変面白く、且つ読み易いと思われます。

加えて、この著作の内容とは、どちらかというと若い時分に読むのに適しているとも思われますので、これにより少しでも興味を持たれた方々、もしよろしければ、一度書店にて手に取り読んでみてはいかがでしょうか?

また、個人的なハナシではありますが、英語にて書かれた小説に関してここ最近思うことは、こうした著作を読んでいる間とは、不思議なことに、あまり日本語の文章が浮かんでこないということです・・。

あるいはこうしたことは、私の能力の現時点のある面での限界を示しているのかもしれません・・(笑)。

こうしたことも、今後継続的に訓練(どのような訓練であろうか?)を行うことにより、徐徐に改善されていくのでしょうか・・?

これに関しては若干興味があり、また今後行ってみる価値があるのではないかと思われます・・。

しかし、考えてみますと、こうしたことは実は言語間(日本語、英語)においてのみ見られる傾向といったものではなく、学問分野間においてもまた存在するのかもしれません・・。

このことに関しては、先日投稿のブログ記事での荒俣宏著「理科系の文学誌」の抜粋引用部から不図思うに至りました・・。

また、それと関連して我が国における様々な学問分野の進化発展に伴う分化により生じるセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化などは、あるいはこうしたこととも関連があるのではないかとも考えさせられます・・。

とはいえ、学問がより進化、専門化していくことにより、こうしたセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が生じることは、実際問題として、ある程度は仕方がないことであるとは思います・・。

そうしますと、その一方においてセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が進行するのと同時に、それを包括する考えを随時考案、検討していくことが必要になるのではないかと思われます。

そして、感覚的ではありますが、おそらく我が国とは、この作業に関して、これまでのところあまりその価値を見出せずにいるのではないかと思われます・・。

さて、これを読まれた皆様はどのようにお考えになるでしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念します。」


2016年10月10日月曜日

20161010 立ち読みにて思ったこと・・

A「ここ最近はどうしたわけか、あまりブログ記事の題材が思うように浮かんできません・・。

とはいえ、毎日、何かしら記しておかないと、どうも落ち着かないため、ほぼ惰性のような感じにて、記事を書き、書籍からの抜粋引用等を行っております・・。

このうち書籍からの抜粋引用に関しては、常時何かしらの書籍を読んでいるため、特に題材に困るといったことはないのですが、書籍からの抜粋引用を行った場合と、たとえ惰性であったとしても自身の文章にて記事を作成した場合では、後者の方が何といいますか、より多くの達成感らしきものがあり、そこからまた次に繋がる力、意欲といったものになるのではないかと思われます・・。

それ故、本日の記事投稿とは、ここ最近比較的多かった書籍からの抜粋引用を以って充てようと考えたのですが、とりあえず何かしら自身の文章にて記しておいた方が、次に訪れる「文章が湧く時期の波」にスムーズに入れるのではないかと考え、こうして記している次第です(こうした考えとは案外普遍的ではなかろうか・・?)。

本日は特にどこかへ出かけるということもなく、おとなしく過ごし、近くの書店に行く程度でした。

そして行った先の書店にて先日作成したブログ記事にて記しました北杜夫著「楡家の人びと」を見つけ、しばし立ち読みしましたが、大変読み易く、おそらく次に読む長編小説は、この著作になるのではないかと思います・・(笑)。

そういえば、以前は長編小説などをたて続けに数作品読んでいた時期もありましたが、現在では年齢、あるいは環境のためか、あまりそうした無理(?)がきかないようになりました・・(苦笑)。

しかし同時に、現在は、こうした長編小説をはじめ様々な著作を読むにあたり、以前よりも精読をすることが出来るようにはなったのではないかと思われます・・。

そして、そのお蔭で何かの契機により、それら著作での記述、内容をほぼ無意識に思い起こす、取り出すことが出来るようになったのではないかと思われます・・。

また、現在このように書いておりますが、もう少し若い頃とは、こうした頭の回路が現在ほど発達していなかったのではないかと思われます(無論現在でも発展途上ですが・・(苦笑))。

そして『何時頃』こうした回路による思考(?)を行うようになった、あるいは、明瞭にそのような思考を言語化、文章化するようになったかと考えてみますと、おそらくそれは、和歌山在住時の頃ではないかと思われます・・。

また、この時期がおそらくそれまでの私の人生において最も書籍、文献を読み、多くの議論を交わした時期であると思われます・・。

そして、この時期がなければおそらく、その次に在住した鹿児島において、果たしてどうなっていたか分かりません・・。

また、和歌山以前より、ある程度学術的な書籍(分野は特定されますが)などは読むことが出来、また、そうしたことを好んでいたとは思います。

つまり、この和歌山在住時での経験がなければ、何といいますか、読んだ複数書籍内容を統合、あるいはそれらを比較した内容を言語化して人に説明し、そしてその内容を(異なる研究分野の方々に)理解、納得してもらうといった作業とは、出来なかったのではないかと考えます。

そして、この時の経験が、現在このようにブログ記事という形にて何とか継続的な発信が出来る基礎になっているともいえます・・。

また、現在継続的に作成している一連のブログ記事に関しては特に、それらを読んで頂いている方々により支えられておりますので、いわば、これは必然といえば必然、偶然といえば偶然の積み重ねにより成り立っているものといえます。

今回もまた興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。

そして、今後どの程度まで継続するか分かりませんが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の今後における諸インフラの出来るだけ早急な復旧そしてその後の復興を祈念しております。」


2016年10月9日日曜日

20161009 445記事 偽らざる内心との調和、融和

A「おかげさまで昨日のブログ記事閲覧者数もまた1000人に到達しました。

また投稿記事数も本日の記事投稿により445記事となり、とりあえずの一区切りともいえる450記事まで、あともう一歩となります・・。
そして、現在、目標とする投稿記事数は500と設定しておりますが、450記事に到達しますと、以前よりも、この目標が一層現実味を帯びてきます・・。

これまで一連の記事を興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。

とはいえ、実際のところ、500記事に到達したならば、何か良い出来事が生じるというわけでもなさそうです・・(苦笑)。

そうしますと「これまで(何となく)目標を定め、それに向かい、一つ一つ記事を作成し投稿してゆくといった作業、行為とは一体どのような影響を私に及ぼしているのであろうか?」という疑問が不図、頭をよぎることがあります・・。

そしてまた、その影響とは、果たして500記事という具体的な目標とする数値に到達した場合においてのみ、発揮、及ぼされるのであろうか?とも思うに至ります。

他方、ブログ記事の作成、投稿という作業、行為によって生じる何らかの影響とは、これまでに投稿した400記事程度により(十分)得られているのであるとすれば、今後のそれはいわば蛇足というものであり、必要ないものとして認識することも出来るのかもしれません・・。

しかしながら、感覚的なことではありますが、こうしたものは、ある数値目標を達成、到達することにより、何かが生じるというものでも、ある一定の適当な量をこなしたから何かが生じるというものでもないと思われます・・。

それは、ただ偽らざる自らの内心(無意識に近いものであろうか?)との調和、融和によって内面において何かが生じるのではないかと思われます・・。

そして、それ(内面での変化)が自身の行動、言動に変化をもたらし、結果的に外部からの要因により、何かしらの出来事が生じたように思われる、感じられるのではないでしょうか・・?
(あるいはそうしたものとして認識した時点で何かが大きく変わるのかもしれない・・。)

もちろん断言はできませんが、これまでブログ記事の作成投稿を行っておりますと、少なくとも私の場合、そうではなかろうかと思われるということです・・(あくまでも一つの仮説です・・。)。

その意味において、容易に自らの内心との調和、融和を図ることが出来る方の方が相対的にこの世間を生きていく上においては有利であるのかもしれません・・(結局それはコトバ、そしてコトバの定義の問題なのであろうか・・?)。

また、それと同時に、この主題、テーマとは以前作成投稿したブログ記事「なかなか大事なことであるかもしれませんが・・」と関連があるのではないかとも思われます・・。

そして、それをさらに長期間、数世代にわたるモノガタリとして考えてみますと、今度は「素戔嗚から菅原道真まで・・」と題した以前に投稿したブログ記事の主題、テーマとも関連が見出せるのかもしれません・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

先日来の熊本、阿蘇山の噴火による、四月に同地域を中心として発生した大地震での被災された地域の復旧、復興作業に支障がないことを祈念します。」


20161009 最近の東京にて思ったこと

A「これまでに投稿された一連のブログ記事を読んで頂いている方々は理解してくださっているとは思いますが、私は特に自信を持って一連のブログ記事を作成しているわけではありません・・。

むしろ私はこれまでに自信を持って何かにあたったということはないと思います・・(苦笑)。

しかし一方、世間一般において「何かを行うにあたり自信を持っていないとダメである。」とはよくいわれることです。

そして、他者による自信の認識とは具体的には、表面的な態度、挙措動作であったりするのですが、私が考えるに、そうした表面上の態度、挙措動作から感じ取ることの出来る自信とは、往々にして(全てではないにしても)ニセモノ(練達した虚勢)ではないかと思われます・・。

そして、特に昨今の我が国の社会においては著しく表面的な見た目が重視される傾向が存在すると思われるのですが、これは実のところ大変マズイことなのではないかと思われます・・。

そして、さらに誤解、非難を恐れずに記しますと、それは主に女性的な感性に基づいているのではないかと思われます。

そして、それに反応、対応するようなカタチで男性側に、さきに述べたような傾向(著しく表面的な見た目が重視される)が社会にて惹起され(無駄に)強化、強調されるに至るのではないかと思われます・・。

とはいえ、これは主に首都圏において看取し得る傾向であり、おそらく国内他地域、地方においては、そうした傾向とは、あたり前のように、むしろ「良からぬもの」として認識されているのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・?

また、そのことと少しハナシが異なりますが、先日朝の通勤電車にて車内に設置してあるモニター(様々なニュース、広告等が流れている)を意識せずに見ておりますと、流れていた百貨店の紳士服売り場の広告映像にて外国人(コーカソイド)のモデルが様々なスーツ、コートを着てポーズを決め、ダンスを踊るものがありましたが、その最後に百貨店の名前と共に「This is Japan」と表示されておりました・・。

それを観て「さすがにそれは違うのでは・・」と思いましたが、私が思うに、昨今の首都圏、東京には、何かしらこうした(欧米的な外装の洗練を誇示する楽屋落ち的な)傾向が存在するのではないかと思います・・(昨今のテレビ番組自体、視聴率の低迷により開き直ったのか、こうした傾向が著しく見受けられるように思います。)

そして、この傾向とは、おそらく主に首都圏、東京のある程度若い年齢層の新住民の見当違いな積極性により惹起せられたのではないかと思われます(明らかではありませんが・・)。

また、こうした現象を認識し、同時に考えることは、こうしたものは明治初期の「東京」において見られた一連の流行(牛鍋、ザンギリ頭、洋服、舞踏会、建築・・)とも類似しているのではないかということです・・。

また当時(明治初期)のこうした傾向とは、たとえ軽薄であっても一国の首府として地方に対し圧倒的に大きな波及力、影響力(同調圧力?)を持っていたのかもしれませんが、様々な情報、傾向が様々な地域、地方で当時よりも容易に入手することが可能になった現代においては、そうした首府における傾向とは、ある地方においては特に参考とするべきものではなく、むしろ反面教師的なものとしてとらえられるのかもしれません・・。

それは、おそらく昨今一連の東京オリンピック開催準備に付随する出来事、築地市場移転に伴い浮上した出来事などと併せ、より強く、そのよう(反面教師)に認識せられるのではなかろうかと思います・・。

そして、こうした一連の首府機能、文化、感性の劣化ともとらえられる出来事、傾向とは一体どのような事情、状況によりもたらされたのでしょうか・・?

また、史家が指摘する江戸末期における徳川幕閣とは、その統治能力を失っていたということは、あるいは、さきに挙げた傾向、出来事とも何かしら関連があるのではないでしょうか・・?

しかし今度は、ハナシを卑近なところに引き戻し、その観察者である人間(私)が(再度)地方に移り住んだ場合、今度はまた他のことでこうした思い、考えをその地方に持つに至り、結句、首都圏を懐かしく思うことになるのでしょうか・・?

「ないものねだり」と「冷静客観的な観察の結果」とは本質的に異なるものなのでしょうか・・(笑)。

あるいは単なる「コトバのあや」であるのでしょうか・・?

とはいえ、多少飛躍するかもしれませんが、私はスマホ、マンガなどは一国の文化の成長、発展といった創造性に関しては、あまり良い効果を持たないのではないかと先日東急東横線渋谷駅の発車メロディを聞きながら不図、思いました・・(笑)。


今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震により被災された地域の諸インフラの早急の復旧およびその後の復興を祈念しております。」