2023年12月24日日曜日

20231223 株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」pp.49-53より抜粋

株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」pp.49-53より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4106039044
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4106039041

当時、西欧で流行った社会的ダーウィン主義について触れておく必要があります。ダーウィンの「種の起源」が1859年に刊行されて以来、それが実際の社会現象を説明するとき、人々の間で「適者生存」の法則として流布します。告白すると私は「種の起源」を読んだことはありません。皆さんも読んだことがない人がほとんどではないでしょうか。問題はまさにそこにあります。ダーウィンの難解な自然選択説は、あらゆる種はだんだんと進化して今に至っているというシンプルな趣旨にまとめられ、それが様々な事例に当て嵌められました。

 19世紀後半、誰もが本を読めるようになり、新聞や雑誌が大量に発行されるようになります。それは大変結構なことですが、「種の起源」を読まなくても、それについての記事の中で辻褄の合わないところ、矛盾点も意識しつつ「自然選択」という仮説を導きました。しかし、そんな考察は全部はしょって、俗流ダーウィニズム的考え方が欧米だけでなく日本でも取り上げられるようになりました。なぜなら、大衆が社会の主役となり始めた19世紀末、「生存競争」と「適者生存」の二つは人々の間で生じる葛藤や軋轢、貧富の拡大をうまく説明しているように感じられる。便利な言葉だったからです。

 当然のことながら、それは国家間の関係にも適用されます。国と国との間の競争も「線存競争」だから、みんな頑張れ、というものですが、国民を一つにまもめるのに都合がいい話です。戦争は、国家間の「適者生存」が行われる究極の「生存競争」ということになります。19世紀末から20世紀初めにイギリスで出版された。「ナィンティーン・センチュリー」という季刊誌がありました。それを紐解くと、100年前の人間が戦争をどのようなイメージで捉えていたかがわかります。

「戦争における勝利は、道徳的美徳を持った者に与えられる王冠である。」

「戦争とは、一国が他国と戦争して、最も物理的に優れた者が生き残る場である」

「現代においては、最も効率を高める者が生き残る」

「戦争は、何か神の意思にかなっているかということを決める、裁きの場である」

最近ではまずお目にかかれない、力みまくった言葉が並んでいます。

フランスやドイツも、似たようなものだったでしょう。こういうのもあります。

「もちろん戦争は犠牲を必要とする。しかし、人間は犠牲を好んでする動物だから、自然界で生き残ってきた。ある世代の人間がどのように犠牲を払うかによって、次世代の運命が決まってくるのだ」

読んでいると、私も子供時分に同じような話を聞きましたから、三分の一くらいそうかもしれないという気分になってきます。それでもさすがにひどいと思うのは、たとえば、1898年にアメリカがフィリピンで戦争したとき、

「殺せ、殺せ、もっと殺せ、そうしたら、もっと良い世の中が現れるだろう。」

「戦争は、その国家の線存競争として、優秀な者が生き残るテストの場所である」

とあります。こういう雰囲気だと、軍人でなくても、戦争に勝たないといけない。という気分になります。ダーウィンに罪がある訳ではありませんが、彼の理論は曲解され、国家側の「適者生存」と「生存競争」に勝ち抜くのが戦争だ、ということになって、結果的に見なひどい目にあったのが、第一次世界大戦なのです。

冷徹な第二次大戦の指導者

 第一次大戦前のかわいらしい政治家の時代から様変わりして、四半世紀後、第二次大戦では権力意志の強い政治家が自ら戦争を指導しました。唯一の例外は日本です。チャーチル、ルーズベルト、スターリンはみな立派な政治家ですが、冷徹な打算で動いているようなタイプの人間です。

 彼らは、戦争を軍人たちにまかせませんでした。その点で、第一次大戦のドイツのように、軍事作成が政治に優越してしまうことはなかった。

 ルーズベルトなんて相当に人が悪い。日本が攻めてくるのを知っていながら、先に手を出させたようなところがあります。それくらい度胸が据わっていないと、世界戦争などできないのかもしれません。チャーチルも軍部を掌握するため、正しい戦略を主張してくる軍人のアドバイスには従うのですが、作成が成功したらあっさり首を切ります、そんなドライで冷淡な感覚が政治をやる上で必要ですが、お友達にはなりたくない。

 第一次大戦と比較して、第二次大戦では防禦能力より、攻撃能力で決着がつきました。簡単に言うと、軍事力に優っていた方が力ずくで相手をねじ伏せたようなところがあります。しかしながら、第二次世界大戦が終わる頃から、それと矛盾するような動きもでてくる。たとえば、ルーズベルトは、政治家として軍事作戦を指導したにもかかわらず、ソ連に対して甘すぎるのです。ソ連がポーランドを支配下に置くのを認めてしまう。あるいは、無条件降伏を求めなければ、日独も態度を軟化したかもしれませんでしたが、最後までそれで押し通した。イギリスはバルカン半島から東ヨーロッパに攻め上がろうと提案しますが、ともかくドイツを負かす方が先だとそれを却下しました。その結果、冷戦期、東欧はソ連の影響下に置かれてしまいますが、このような非合理的な判断の事例をみると、ルーズベルトが、戦後どんな国際秩序を形作るべきか考えていたとは、思えないのです。

 合理性を欠いていたのには、いくつかの理由があります。一つは大衆の時代に大戦争という妙なことをするためには、人々の頭を狂わさなければいけない。ビスマルクのように勢力均衡ばかりしていたら、誰も熱狂しません。「侵略的な黄色い猿は、叩き潰さなければいけない」というような、日本に対する人種的偏見に満ちたアメリカの宣伝を読み返すと、震えがきます。そんな奴らには、無条件降伏でも突きつけるしかないということなのでしょうが、これくらい激しい口調でないと、大衆社会の主役である国民は付いてこなかったのです。

 このように、大衆社会においては戦争を合理的に指導することは不可能になりました。さらに、世界全体を相手にするので、どんなに冷静沈着な指導者でも作戦が立てられません。そして、極め付けが最後に現れた原子爆弾でした。これは人類がコントロールしようがない兵器が誕生したことを示しました。そこから遡ってみると、第一次世界大戦の政治家や軍人の誤りも、やむを得なかったと思わないわけでもない。軍事力が増大する中、政治家が弱気に、軍人が強気になったとしても、人間の過ちとしては十分ありうることではないでしょうか。

 

 



2023年12月21日木曜日

20231221 中央公論新社刊 高坂正堯著「海洋国家日本の構想」 pp.167-170より抜粋

中央公論新社刊 高坂正堯著「海洋国家日本の構想」
pp.167-170より抜粋
ISBN-10 : 4121601017
ISBN-13 : 978-4121601018

たしかに、国際政治において発言力を持つためには国力を持つことが必要である。しかし、いまやその国力の内容が変りつつあるのだ。それは経済力と知的能力を中心としたものに変化しつつある。何故なら、この二つの能力こそ、世界の人々の基本的欲求を満たすものだからである。力とは結局、人間の基本的欲求を満たす能力なのだ。

 軍事力もかつては人々の基本的欲求を満たす重要な手段であった。戦争はどこからともなく起ったから、それに対して安全を保障することはもっとも基本的な欲求であった。より重要でさえあることは、それは自己主張のためのもっとも有効な手段であった。しかし、軍事力が過度に発展した結果、軍事力のこの二つの機能は、きわめて疑わしいものとなってきたのである。

 ただ、われわれは軍事力を抜き去った場合、国際関係をいかにして処理するかをまだ知っていない。われわれは他の力を推進力として外交をおこない、国家利益を守り、自己を主張する方法をまだ十分に発展させていないのだ。しかし、経済力が今後の二十年間において、人間の欲望を満たす基本的な手段である以上、力の核心がそちらの方向に移って行くことは、必然的ということができるであろう。

 そしてこの場合、経済力の核心を構成するものは知的能力という言葉で総称されうるものであることが忘れられてはならない。何故なら、現在われわれが直面しつつある問題はこの知的能力にかかわる問題だからである。知的能力とは、たんに科学技術や基礎科学だけでなく、それを社会のなかで生かすために必要な社会工学を含む複合物であるが、それは現在二重の挑戦を受けているのだ。第一は先進国がすでに持っている知的能力をいかにして低開発諸国に伝えるかということであり、第二は、先進国自身が、高度工業国家に必要な新しい知的能力を発展させることである。現在先進工業国は、第三の産業革命と呼ばれるオートメーションの出現による変化の時代に入りつつあるのだ。

 第一の問題、すなわち低開発諸国開発問題の核心が、いかにして知的能力という伝えがたいものを伝えるかにあるかということは、ようやく最近になって、理解されてきた。資本を投下し、工場を建てるだけでは低開発国の経済は少しも良くならない。しかし、知的能力を他人に押しつけることもできないのである。それはこの仕事にたずさわる人間の献身的態度と、根気のいる説得とを必要とする。ケネディが平和部隊を考えたのは、まさにこの点に注目したからであった。

 第二の問題の重要性は、いまや先進工業国においてより明白に認められている。

 この意味で、もっともしずかな事件であった英国労働党の勝利は、もっとも重要な意味を持っている。ウィルソンはイギリスが世界において次第に発言力を失いつつあることを指摘し、その理由を保守党の科学技術政策の失敗に求めた。保守党はイギリスの伝統的な大学制度にとらわれて科学技術教育をおろそかにしてきた。科学者は優遇されず、アメリカに流出している。ここにこそイギリスが世界政治のおいて発言力を失いつつある基本的な理由がある、とウィルソンは主張した。彼のこの発言がイギリス人の心を捉えたからこそ、労働党は保守党を破って政権を取ることができたのである。

 実際、ウィルソンとケネディは、国民の知的能力を生かすことの重要性を認め、そしてその手がかりを知識人に求めたことにおいていちじるしい共通性を示している。ケネディは大学に集められた知的能力がいかに重要な点火剤となるかを知って、これを尊重した。彼は大学教授の協力を求めるとともに、平和部隊を創設した。それは先進国が受けつつある二重の試練に対するひとつの回答であった。ウィルソンはいま、同じ番組に取り組もうとしている。

 この二重の挑戦に立ち向うことができたとき、そこには大きな変化が起るだろう。異なった国家が生まれ、異なった力が出現し、異なった国際関係が生れるだろう。われわれは今からその変化のすべてを知ることはできないが、この変化に対処するために要求されるのが知的能力であることは疑いない。

 だから、日本の政治家に見られる知的な問題に対する関心の欠如は、実に由々しいことなのである。かれらは、これから起ろうとしている、知的能力を推進力とした変化に対処する用意を持っていないように思われる。われわれは経済復興と建設にめざましい成功を示した。しかし、つねに成功は失敗と同じくらいおそろしい。われわれはこれまでと同じ努力をくり返しておこなうことによって、より豊かな社会を作ることができると思いがちである。しかし、実は要求される努力の質が変化しつつあるのだ。われわれはこの新しい仕事に正面から取り組まなくてはならない。ひとつの時代が終り、新しい時代が始まらなくてはならないのだ。

2023年12月20日水曜日

20231219 2100記事に到達して

本日の記事投稿により総投稿記事数が2100に到達します。 また以前に年内到達目標を2100と述べていたことから、当記事の投稿により、それが達成されます。振り返ると、去る5月末に2000記事に到達して、そこから約7カ月(おおよそ210日)かけて100記事の新規投稿をしたことになります。2000記事到達以前での投稿頻度と比較しますと、鈍ったようにも思われますが、これは2000記事到達後の休止期間が比較的長かったためであり、私見としては「まあ、妥当なところ」であったと考えます。

さて、これまで8年以上にわたり(どうにか)ブログ記事の作成を継続してきましたが、開始当初から現在に至るまでの投稿記事を眺めていますと、開始当初の頃に作成した記事については、やはり恥ずかしいものが少なからずあると云えます・・(苦笑)。

しかし同時に、そこから文章や文体などの変遷の過程もまた感覚的にではあれ、理解することが出来るとも云えます。とはいえ、この理解とは、あくまでも感覚的なものであり、いまだにそれを明晰にすべてを言語化することは困難と云えます。他方で、こうしたことも以前と比べますと、徐々に言語化あるいは表現することが出来るようにはなってきたとも思われますので、この先も今しばらく、具体的には2200記事までは継続するのが良いと考えます。

こうした振り返りから、書籍を読んだり、あるいは自らで文章を作成することの一つの大きな意味とは、自らが知覚したことを文字、文章を用いて表現出来るようになることであると考えます。

そしてまた、その表現は自らの経験や、学び読んだ文章が蓄積することにより徐々に変化して、また何らかの契機によって、精神にある種の相変態的な変化が生じ、その内容全体がそれまでとは異なった相へと至るのではないかと思われるのです。

具体例としては、思想家の持つ思想が生涯を通じて変化することは多々見られることですが、その背景には、おそらく先述の読み書きそして表現による精神の相変態的な変化があるのではないかと考えます。

こうした内面での相変態的な変化は、おそらく多くの方々に生じていると思われますが、同時に、そうした内面での有意な変化とは、さきの「読み書き」といった活動によってスムーズに生じ易くなるのではないかと考えます。また、これを詳説しますと、我々の多くは若い頃は感受性がまだ瑞々しいため、内面での相変態的な変化も生じ易いのでしょうが、ある程度の年齢になると思考や嗜好が固定化されてきて、内面での大きな変化は生じ難くなり、それが所謂「頭が固くなる」ということであると考えますが、これに対してさきの活動を継続していますと、この「頭が固くなる」程度を抑えることが出来るのではないかと思われるのです。

そして、ここで重要と思われることは、その「読み書き」を自然に能動的に自らの行為として行うことであると考えます。つまり無理やり、嫌々ながら同様の行動をしても、あまり効果は見込めないということです。

そこから、より多くの人々の内面に相変態的な変化が生じて、さらに、それらが反応し合ってイノベーションが生じるのであり、そしてその背景には、その社会全般での能動的な「読み書き」の文化があるものと考えます。


*ChatGPTによるブラッシュアップ後☟

本日の記事投稿により、総投稿記事数が2100に達しました。以前に年内での到達目標を2100と述べていましたので、この記事により、その目標が達成されます。さる5月末に2000記事に到達し、その後7カ月(約210日)かけて100記事を新規投稿しましたが、2000記事到達前の投稿頻度と比較すると、鈍ったように感じられますが、これは2000記事到達後の休止期間が比較的長かったためです。私見としては、「まあ、妥当なところ」であったと考えます。

これまで8年以上にわたりブログ記事の作成を続けてきました。初期の記事を見ると、やはり恥ずかしいものがいくつかあります。しかし、同時に文章や文体の変遷も感覚的に理解できます。この理解は感覚的なものであり、まだ明確に言語化するのは難しいですが、以前と比べると徐々に表現できるようになってきたと感じます。今後も2200記事まで継続する予定です。

振り返ると、書籍を読んだり文章を作成することの大きな意味は、自らが経験したことを言葉や文章で表現できるようになることです。表現は経験や学びから変化し、何かの契機で精神的な変化が生じ、全体の内容が異なるものになる可能性があります。例えば、思想家の思想は生涯を通じて変化することがありますが、これには読み書きや表現による精神的な変化が影響していると考えます。

この内面での変化は多くの人に起こるものであり、特に「読み書き」などの活動があるとスムーズに生じやすいと思います。若い頃は感受性が豊かで変化しやすいですが、一定の年齢に達すると思考や嗜好が固定化され、大きな変化が難しくなります。しかし、「読み書き」を続けることで、この固定化を抑えることができると考えます。重要なのは、これを自然で能動的な行為として行うことです。無理に行っても効果は期待できないでしょう。

結局、多くの人々の内面で相変態的な変化が生じ、それが反応し合ってイノベーションが生まれる背景には、社会での能動的な「読み書き」の文化があるのではないかと思います。


*そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。



2023年12月18日月曜日

20231217 引用記事作成の継続から思ったこと

本日は仕事が比較的遅くまでかかったため、新規でのブログ記事の作成は止めておこうと考えていましたが、さきほどエックス(旧ツイッター)でのインプレッション数を確認したところ、思いのほかに伸びていたことから、考えをあらため、さきほどより記事作成に取り組んでいます(笑)。

ここ最近は、独白形式の記事は作成せず、見聞きするさまざまな出来事・状況に対して、自分なりに適していると思われる書籍内の記述を引用記事として作成してきました。

おかげさまで、これらもまた、当初思ったよりも多くの方々に読んで頂きました。これら引用記事を読まれて、原著に興味を持って頂きましたら、自分としては作成した甲斐があり、とても嬉しいです。

おそらく当ブログをはじめてから、これほど集中的に引用記事を作成・投稿した期間はないと思われ、あるいは、これをもうしばらく継続しますと、また新たな、興味深い自分の性質が分かるのではないかとも思われます。

他方で、以前の投稿記事で年内での目標とする総投稿記事数を2100と述べましたが、当記事の投稿により総投稿記事数は2099となりますので、当記事を含めて、2100に達するまでの2記事は、当記事のように独白形式にて作成し、その後、またしばらく引用記事を作成したいと考えています。

引用記事の題材は、以前にも述べましたが、まだしばらくはありますので、その中で、その日に相応しいと思われる記述を選択することが、ここ最近こだわってきたことであり、これを意識的にさらに継続しますと、これまでとは異なった新たな変化もまた、生じるのではないかとも思われます。

最近、引用記事の作成をしていて気が付いたことは、まず、引用記事の題材となる興味深い記述は大抵角折れ(犬耳)をしているのですが、その角折れが比較的多い著作を機会を見つけて、頁を開き少しずつカタログなどを閲覧するようにパラパラと斜め読みしていますと、不図「これはあの出来事に通じる何かがあるのでは?」とひらめき、それが自分なりにではあれ、いくらか評価出来るものであると、夜半にブログ記事とすべく、作成に用いるPC前に置いておくのですが、これが徐々に蓄積しているのが現状と云えます・・(苦笑)。ともあれ、それ故に題材は「まだしばらく」はあると云えるわけです・・。

当ブログ開設当初の時期は、自らの文章を作成することが困難であり、苦肉の策として、書籍からの引用記事を多く作成しましたが、それら引用記事で投稿したばかりの頃は、印象深いものの、その記述の何処が印象深いものであったのかは明瞭なものでなく、それを自分なりに明晰化して理解するために、引用記事にある語句をウィキペディアなどで検索してリンクさせたり、重要であると思われる記述のテキストの色を変えたりしてきましたが、現在になり振り返ってみますと、これらの行為はそれなりに意味があったようにも思われます。

そしてまた、そうした記事を数年後、特にエックス(当時はツイッター)にて連携することを続けていますと、大変面白いもので、その引用記事とした記述の内容が以前よりも、機に応じてスムーズに想起することが出来るようになり、あるいは、その記述内容がより抽象化(この場合、感覚としてはコンパクト化とも云えます。)されて、他の何かとの関連性などを看取し易くなったと云えます。

こうしたことは、文章作成能力の向上とは異なり、自身の感覚としてある程度判然と知覚出来る性質であることから、これまで8年以上、当ブログを継続してきたことは、今のところ自らの市場価値や経済的有用性を増したわけではありませんが、それなりに意味はあったのではないかと思われるのです。そしてまた、こうしたことを継続出来ることが、以前の投稿ブログにて述べました「自分が比較的得意なこと」につながるのではないかと思われますが、こちらにつきましては、また別の機会であらためて述べてみたいと思います。

*そして今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
一般社団法人大学支援機構


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2023年12月17日日曜日

20231216 サイマル出版会刊 村上兵衛著「国家なき日本―戦争と平和の検証」pp.217-220より抜粋

サイマル出版会刊 村上兵衛著「国家なき日本―戦争と平和の検証」pp.217-220より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4377310712
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4377310719


日本海軍の中枢は、むろん陸軍のそれも、この十中十死の攻撃方法を、当然のことながら長くためらっていた。

 そして航空戦の圧倒的な不利に焦燥を感じた大本営(陸軍省・参謀本部)の作戦中枢にあった人びとが、航空総監部を訪ね、「必殺体当たり戦法」の採用についての最初の諮問を行ったのは昭和十九年の春(三月二十四日)とされている。後宮淳航空総監をはじめ、お偉方は何も発言しなかった。末席にいた内藤進少佐は堪りかねて、戦果が挙がらないのは第一線がだらしないのではなく装備と用兵の問題、と激しく反対論を述べた。つづいて同期の石川泰知少佐が立ち「全然同意」と言った。会議は白け「この会議はなかったことにせよ。他言無用」で流れた、という。

 しかし戦局はいっそう悪化し、サイパンが陥落するころ(昭和十九年七月)になると、大本営の中枢では「特攻戦法やむなし」は一般の空気となっていた。それをチェックしていたのは「天皇」であった。むろん天皇じしんの意見というのではなく、大元帥の名による必死必殺の戦法は、天皇の御威徳を汚す、というためらいであった。

 しかし、そこが「官僚の智慧」というものだろう。特攻作戦は、天皇の裁可を得た「大陸令」あるいは参謀総長の指示「大陸指」よりも下のランクの「陸亜密」という、日常業務の通達のような形で出ている。「特殊任務人員」(資材)を第一線兵団に増加配属(装備)の件達」が唯一の根拠となった。

 あの十中十死の特攻命令が、どこできめられ、いかに編成されたかーそれは特攻の生き残りを含めて、私たちが無限の痛恨を懐きつつ疑問としてきたところだが、つい最近になって私は、陸軍における以上の経緯を最近まとめられた「陸士五七期航空誌」によって知った。

 航空士官学校における私たちの同期生は、同校の課程がようやく仕上り、さらに操縦学校や教導隊にいた昭和十九年秋から翌年春にかけて、特攻戦法の説明と志願の意志を問われている。そのアンケートは「①熱烈志願、②志願、③志願せず」の三段階だった、という。

 個人的回想の中には「熱烈志願はしたくないが、さりとて志願せずも恥ずかしい。それで②とした」という記述もまじるが、右の記録の編集者の総括では、陸士出身者の場合は、多くが①であったろう、としている。関大尉が、海軍兵学校出身者の名において、上官の「相談」を断り切れなかったように、陸軍航空士官学校の名誉が、重く彼らを捉えたであろうということは、私にも容易に想像できる。そしてこの志願の「熱意」の厚簿と実際の「編成」の間には、まったく関連が見られない、という

 一度そのタブーが破られると、日本軍のアメリカ艦隊に対する航空攻撃は、急速にカミカゼを主たるものに変化した。第一線の航空部隊でも、随時、特攻隊を編成、突入を命ずるようになった。そしてそれは沖縄に迫った米艦隊に対するものへと連なっていく。

 たしかに日本軍のパイロットの一般的な伎倆はベテランのあいつぐ損耗によって(海軍ではマリアナ海戦における完敗以後)急速に落ちていた。いたずらに海上に撃墜されるより、未熟なパイロットたちに対しても、名誉ある死処を与えるーという「思想」が、大西中将の発想のなかに含まれていたともされる。

 そして、たしかに特別攻撃隊の効果も現実にはなかったわけではない。レイテ沖に現れた最初のカミカゼの三機のうち二機は護衛空母サンティおよびスワニーの甲板に命中し(二時間後、火災は鎮火)、つづく五機のうち関大尉の一番機は、同じく護衛空母セント・ローに命中、大爆発とともに空母は二つに折れて沈没した。護衛空母カリニン・ベイにも二機が命中、しかし素早い消火活動によって沈没を免れている。

 米軍によるレイテ上陸が行われて間もない十月三十日、大型空母ワスプで健康診断が行われた記録が残っているが、そのほとんど全員がカミカゼ・ノイローゼに陥り、三十名を除いて「過労のため休養を要す」と診断された、という。

 明治以後において日本人の創りあげた「文化」として海外、とりわけ西洋社会に広まったものは、何ひとつなかった。禅、茶道、華道、浮世絵、柔道、その他もろもろの武道ーそれらはすべて江戸期以前の日本人が、歴史の中で創りあげてきた文化であった。とりわけ「倫理」に関する文化としては、岡倉天心の「茶の本」、新渡戸稲造の「武士道」を除いて、何があったと世界にむかって言えるだろうか。現代の日本人は、精神世界における「日本人らしさ」として、何を紡ぎ出しただろうか。

 幸か不幸か、あの戦争中の日本人が、精神世界の出来事として世界を驚かせ、今日なお合理主義からくる一種の軽蔑と、そして同時に古代からの人間存在としてのある種の畏怖とをもって、彼らに語られているのは、カミカゼしかないのである。それは武士道ーサムライの末裔が、民族の興亡に遭遇し、あるいは遭遇したと信じて発揮した自己犠牲の極致であった(その「精神」が、ベトナム戦争におけるベトナムの人びとに伝わったことは、すでに触れた)。

 

2023年12月15日金曜日

20231215 株式会社講談社刊 講談社学術文庫 宇野重規著「トクヴィル 平等と不平等の理論家」 pp.87-89より抜粋

株式会社講談社刊 講談社学術文庫 宇野重規著「トクヴィル 平等と不平等の理論家」
pp.87-89より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4065157110
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4065157114

トクヴィルの「個人主義」概念は、同時代文脈においてみても、ある独自性を持っている。十九世紀フランスにおける「個人主義」への問題意識が、抽象的・理論的に個人の独立や解放を説くものではなく、むしろそのことを前提に、そのような個人からなる社会をいかに再組織化し、個人をそこに「埋め込む」ということにあったとすれば、トクヴィルにとっての問題は、それと少しずれていた、というのも、トクヴィルによれば、平等化のダイナミズムは、けっして人々を無秩序へと導くとは限らないからである。

トクヴィルはむしろ、平等化のダイナミズムはむしろ、平等化は人々をいったんバラバラにした上で、むしろかつてないほど強固な秩序を生み出すと考えた。それも、革命を経験したフランスでは、それ以外の場所以上に、その傾向が強いとさえしている。これはどういうことなのだろうか。

 このことを考えるにあたっては、トクヴィルのいう「個人主義」のもつ二面性に着目する必要があるのだろう。トクヴィルの考える個人は、自分の内なる世界においては至上の存在である。この個人は自分が他のいかなる個人とも同等の権利を持つと考え、他の誰にも自分に優る権威を認めず、そのことに強い誇りを持っている。ところが、この個人は、いったん自分を外から見つめるやいなや、まったくの無力に陥る。というのも、他の個人と同等であるということは、逆にいえば、他の人間と同等の存在でしかないということも意味するからである。個人は他の誰にも自分を優越する権利を認めないが、このことは同時に、自分が他の人間に優越すると主張するなんらの権利も持っていないことをも意味する。自分はその他大勢に過ぎない、か弱い存在である。このアンバランスこそが、平等社会における個人の自意識の最大の特徴となるのである。

 そこで問題になるのが、すでに指摘した、権威の問題である。「デモクラシー」社会に生きる個人は、自分の周りの誰にも特別の知的権威を認めない。この個人はすべてを自分で判断したいと思う。しかしながら、トクヴィルに言わせれば、すべてを自分で一から考え直すことなど、人間には不可能である。人はすべてを疑うわけにはいかない。人は自覚的・無自覚的に、つねに一定の事柄を前提に、その権威に頼ってものを考えているからである。自らの哲学の出発点に懐疑を据えたデカルト自身は、このことを十分に承知していた。だからこそ彼は、すべてを懐疑するためにも、実社会生活においてはあえて一定の常識的事柄を懐疑の対象から除外したのである。それらの常識的事柄を確保することで、はじめてそれ以外のことについて会議することも可能になるというのが、彼の確信であった。

 しかしながら、トクヴィルのいう平等社会の個人は、それほど自覚的ではない。彼らは無意識のうちに、何らかのものを権威として仰ぐようになる。それが、すでに触れた、自分の「同等者の総体」であった。一人ひとりの人間は特別な権威を持ちえない。しかしながら、自分と同等の個人が「巨大な全体」としてイメージされたとき、人はその権威に抗うことはできない。トクヴィルは、この「多数者の意見」こそが、平等化社会における最大の知的権威であるとした。「平等の時代には人々はみな同じだから、お互いに誰かを信用するということが決してない。だが、みな同じだからこそ、人々は公衆の判断にほとんど無限の信用をおくことになる。なぜなら、誰もが似たような知識水準である以上、真理が最大多数の側にないとは思えないからである」。トクヴィルは、このような多数者の圧倒的な知的影響力、およびそのことによる少数者への圧迫を指して「多数の暴政」と呼び、「デモクラシー」の社会における最大の問題の一つであると見なしたのである。

2023年12月14日木曜日

20231214 株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「観光客の哲学 増補版」pp.386‐388より抜粋

株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「観光客の哲学 増補版」pp.386‐388より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4907188498
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4907188498

それでも最後にひとつ論点を示しておこう。スクリーンの時代から触視的平面の時代への移行にしたがい、人文系知識人のありかたは大きく変わるはずだと思われる。

 第七章でも紹介したことだが、二〇世紀の学問では「同一化」が熱心に論じられた。ひとは、父(いまとなってはジェンダー的に問題があるが、なぜか当時は父の話ばかりがされていた)やその代理の人物に同一化して大人になるのであり、その過程で失敗するとさまざまな病が生じると考えられた。

 そして奇妙なことに、精神分析が構想した人間の理論と映画批評の言説のあいだには構造的な類似性があった。精神分析の理論によれば、ひとは目のまえの父(見えるもの)に同一化するだけでは不十分で、その背後にある象徴的な価値(見えないもの)に同一化することになっていた。そのような二重化がうまく動かないと、ひとは成熟しない。同じように映画批評においても、観客はスクリーンに登場する俳優(見えるもの)に同一化するだけではなく、それぞれの場面を撮影する監督=カメラの視線(見えないもの)に注目しなければ、作品の価値は十分にわからないということになっていた。「見えるもの」を乗り越え、「見えないもの」に向かうことで、ひとははじめて大人になり、本当の知を手に入れることができる。二〇世紀の知識人は、そのような前提のもとで、ひとは目のまえの「見えるもの」にすぐ騙される、だから「見えないもの」について語ることで世の中をよくしようと行動してきた。そこではスクリーンというメディアの構造と同時代の人間観が深く共振している。

 だとすれば逆に、スクリーンが触視的平面に置き換えられることで、そのような人間観も変わるだろう。それは政治や社会についての言説も変えるはずだ。具体的には、いま記したような「見えるもの」と「見えないもの」の対立に基づく行動原理、すなわち、ひとは「見えるもの」にすぐ騙される、だから「見えないもの」について語ろうという指針そのものの有効性が失われていくのではないか。

 実際、そのような現象はいまやあちこちで観察されるように思われる。たとえば本書初版出版の数カ月まえ、アメリカではドナルド・トランプが大統領になった。トランプはポピュリストで、発言には性差別的で人種差別的なものが多く、政策も場当たり的で批判も多い。にもかかわらず彼は二〇一六年には勝利を収めたし、二〇二〇年の大統領選で敗北したあとも大きな影響力を持っている。

 二〇一六年のトランプ旋風は専門家にとっても予想外の現象だった。リベラルの多くは当初、トランプの支持者はセレブで大金持ちという煌びやかなイメージ(見えるもの)に騙されているだけであり、支離滅裂な実態(見えないもの)を暴けば影響力も下がるだろうと考えた。けれどもそううまくはいかなかった。支持者の多くはいくら真実を示されても嘘のほうを信じ続けたし(フェイクニュース)、リベラルの執拗な批判は、逆に支持者たちの側に悪質な陰謀論の流行を引き起こすことになった。トランプは「にせもの」にすぎず、見えないところにこそ「ほんもの」があるという知識人のキャンペーンは、一方では「にせもの」でなにが悪いという開きなおりを引き出し、他方ではおれたちはおれたちの「ほんもの」があるのだという独自の世界観を生み出す結果にしかならなかったのである。

 触視的平面の時代においては、ひとは「にせもの」の彼方に「ほんもの」があるはずだと考えない。現代は、「にせもの」が「にせもの」として触られ、操作され、加工され、多くのひとがその操作そのものに快楽を覚える時代であり、また「にせもの」を触っているだけでもいつか「ほんもの」に届くはずだと信じられる時代なのだ。すべてが見え、触ることができるはずの時代においては、見えないものについて語る人々はむしろ信頼を失う。そんな時代に知識人がなにを行動原理にすべきなのか、なかなか悩ましい問題だ。