2023年4月24日月曜日

20230424 ChatGPTを用いたブログ記事の作成について・・【記載情報の精確さの希求から】

ここ最近、ChatGPTを操作しています。これを用いて、何らかのオーダーを出しますと瞬時に「それらしい」文章が生成されます。これはたしかに驚くべきことではありますが、現時点では、生成された文章の内容は、オーダーの内容にもよるのでしょうが、あまり精確であるとは云えません。そのため、出来上がった文章を読み、記載情報についての加筆修正をしつつ、文章全体を精確なものとする作業をして、どうにか読める文章にしていくといった、自分としては新たな経験をしていると云えます。

とはいえ、たしかにChatGPTによって生成された文章は、その記載情報の精確さについては現時点では不充分であるかもしれませんが、ある程度の文章が瞬時に生成されることは、やはり驚異的であると云えます。しかも、それはおそらく、出来合いの文章ではなく、こちらのオーダーに反応して作成されたものなのです。

また、このような新たな驚異的とも云えるソフトが出現したことにより、こうしたブログ記事の作成は無意味に近いものになるのかと考えてみますと、さきに述べた記載情報の精確さにおいては、現時点では、そこまで脅威ではないと思われますが、おそらく今後も、そうした生成文章についてのファクト・チェック機能などは、随時改良されていくと思われますので、こちらとしても、当ブログを今しばらく継続するのであれば、何らかの対策を検討しておいた方が良いのではないかとも思われます。

そしてそれはもちろん、ChatGPTを用いた手法であっても良いと考えます。具体的には、これまでの当ブログでの投稿記事の中で、折々の機会にて気になった記事をChatGPTを用いて簡潔な要旨を作成して、その要旨内容と関連がありそうな記事を、あらためて、また当ブログから見出して、それもまたChatGPTを用いて要旨を作成し、そうして出来上がったいくつかの要旨をつなげて一文としてから、そのつなげた要旨から、またChatGPTを用いて要旨を生成して、記載情報についてのファクト・チェックや言い回しなどに加筆修正を加えて、それらしい文章にすることは、おそらく、そこまで困難ではなく、また私としては興味深い試みであると思われますので行ってみたいと考えています。

また、そうしたブログ記事などの文章作成の仕方が私のなかで一般化してきますと、これまでに培ってきた文章作成のノウハウが消失してしまうのではないかと思われますが、それは今後もどちらか一辺倒にはならずに継続していれば、あるいは手を用いる筆記での作業を継続していれば、双方の感覚は、並行して活きたものとして残るのではないかとも思われるのです。もちろん、それをさらに大きな視座から眺めてみますと、一種の賭け・博打のようなものと云えますが、それもまた、ある程度の継続によって、次なる新たなブログ記事作成についての手法や見解得ることが出来るようになるのではないかと思われるのです。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです☟
最近、ChatGPTを使用しています。オーダーを出すと瞬時にそれらしい文章が生成されますが、その記載内容の精度は、オーダーの内容に依存します。そのため、生成された文章に加筆修正を加え、文章としての精度を上げることが必要であると云える。とはいえChatGPTで文章を瞬時に生成できることはやはり驚異的であると云える。またChatGPTの登場により、ブログ記事作成が無意味になるとも考えられますが、現時点では記載情報へのファクト・チェックなどの加筆修正が必須であることから大きな脅威にはならないと考えます。逆にブログ記事作成にChatGPTを応用することは有効であると考えます。例えば、気になる既投稿記事の要旨をChatGPTを用いて生成し、それと関連性のある別の記事を探し、これもまたChatGPTにて要旨を作成し、そして、それらをつなげてファクト・チェックや文章全体の流れを整えてブログ記事を作成することも充分に可能であると考えます。他方で、これにより文章作成の方法が変わることが懸念されますが、これは手書きにて文章作成を行うことにより、両方の感覚を維持することができるものと思われます。もちろん、これは賭けでもありますが私にとっては次なる興味深い挑戦となることでしょう。

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ISBN978-4-263-46420-5

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2023年4月23日日曜日

20230423 中央公論新社刊 小川原正道著「小泉信三―天皇の師として、自由主義者として」 pp.66-69より抜粋

中央公論新社刊 小川原正道著「小泉信三―天皇の師として、自由主義者として」
pp.66-69より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121025156
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121025159

小泉は留学から帰国後、鎌倉に住居を構え、その後関東大震災を契機に東京に引きあげ、麻布の高台に住んだ。引っ越し後に学生たちが家へ遊びにくる機会が多くなってきた。小泉は毎月第一木曜の晩を空けて彼らを迎えることになる。それは木曜会と呼ばれた。 

 1925年に北品川の御殿山に引っ越し、木曜会の開催のため増築したが、1933年に塾長になると人数が増加し、毎月60名に及んだという。会では自然と肩の凝らない話をして笑うことが多かったという。

 木曜会は長男・信吉が戦死する1942年に解散してしまったという。

 戦後になるが、1946年にはかつての研究会(経済学部のサークル)の面々によって白水会という集まりもはじまり、各方面の専門家が招かれた。

 小泉の塾長在任時に体育会は二三あったが、それぞれ対早稲田の試合になると必ず塾長を招待した。小泉も面白がって観に行く。「当時の日本の大学総長で、私ほど運動場に姿を現すものはなかったであろう」(「大学と私」)と自負する。スリルという点では、野球とアイス・ホッケーは格別、美しさという点では、水泳競技、ボートや山岳も好きであった。小泉は、学業や運動のコンテストで頭角を現した者が出るたびに、彼らを交詢社の午餐に招いて話を聞くのを常とした。

 運動競技の利益はどこにあるか。学生生活の大きな部分を占め、対校競技の勝敗が当時のもっとも大きい喜憂の一であったと小泉はいう。かつては学問も運動も官学が席捲していたが、いまでは私学の学問も発達し、運動競技も官学の独占物ではなくなった。

「兎に角一校の学問と運動とが相背馳しないで寧ろ平行することは間違いない事実である」(「学問とスポオツ」「鐡塔」1932年12月)と小泉は確信していた。

 晩年になっても、小泉はスポーツの重要性を語った。

スポーツには三つの宝があるという。

第一に、練習、また練磨の体験。不可能を可能にするのが練習であるという体験を持つこと。

第二に、フェアプレーの精神。正しく、潔く、礼節をもって勝負を争うこと。

第三に、友。我が信ずる友、我を信じてくれる友、何でも語ることのできる友、何をいっても誤解しない友、これらを持った者は、人生のもっとも大きい幸福を得た者だという。(「スポーツが与える三つの宝」「産経新聞」1962年7月2日)。

木曜会以外の集まりとして、テニス選手たちによる泉会があった。小泉が慶應の庭球部長をしていた1922年から32までの選手による集まりだったが、のちに庭球部の卒業生が順次入るようになる。

 中学から大学予科まで、テニスが得意だった小泉は、全国各地で教えて回り、テニスばかりしているように思い出されるという。大学本科に入って学問に熱心になると、テニスの実力は低下し、惰性で続けるようになっていた。

 ところが、庭球部長になってテニス熱が再燃する。特に対早稲田戦には勝つ気満々であったという。小泉は、「私はテニスの練習によって、すべて練習というものが、不可能を可能にするという体験を得た」(「大学と私」)という。部長として部員を率いているとき、自分に教育的傾向のあることを発見するなど、テニスを抜きにしては自分の過去は語れないと小泉は回顧している。

20230422 株式会社角川書店刊 横溝正史著「獄門島」 pp.238-240より抜粋

株式会社角川書店刊 横溝正史著「獄門島」
pp.238-240より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4041304032
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4041304037

いえね、旦那のこってさ。はじめはね、みんな旦那が臭いっていってたんですぜ。そういっちゃなんだが、島のもんにとっちゃ、旦那はどこの馬の骨か、牛の骨かわからねえ風来坊ですからね。疑われたってしかたがありませんや。金田一耕助って野郎が怪しいって、みんないきましていたんですぜ」

「おやおや、しかし、なんだってぼくが花ちゃんや雪枝さんを殺すのだろう?」

「そりゃあなんでさ。本鬼頭の財産を横領するためでさ。怒っちゃいけませんぜ、旦那、これは話なんだから。なあに、今じゃもうだれもそんなバカげたこと、考えてるもんはありませんから御安心なさいまし、だが驚いたな、どうも、旦那が日本一の名探偵だなんて、・・・島の連中も肝をつぶしてびっくりしゃあがった。だから、あっしゃいってやったんだ。野郎、見損なうな。旦那はああ見えても江戸っ子だい。・・・」

「いや、ありがとう。それはそれでいいがね。ぼくが本鬼頭の財産を横領するというのはどういうことだね。花ちゃんや雪枝さんを殺したからって、本鬼頭の財産がぼくのものになるわけがないじゃないか」

「なあに、それにゃちゃんと筋書きができてるんだ、と、こう吐かしゃがるんです。つまりですな。月雪花の三人娘を殺したあげくが、早苗さんをたぶらかし、夫婦になって本鬼頭に入りこむ・・と、こういう筋書きだと、もっともらしく吐かしゃアがるんだ。そんとき、あっしゃいってやった。馬鹿なことをいうな。かりにも旦那は江戸っ子だ。そんなまわりくどいことをなさるもんか。金がほしけりゃパンパンと、ピストルかなんかぶっぱなして、強盗でもなんでもなさらあ。だいいち、江戸のものがいつまでも、島の麦飯なんか食ってくらせるかッて、・・・旦那、あっしゃはなから旦那のヒイキですねぜ」

 たいへんヒイキもあったもので、どっちにしても自分がそんな物騒な人間と見られていたかと思うと、耕助はおかしいような、空恐ろしいような感じだった。

「親方、それじゃまるで芝居の筋書きだね。昔のお家騒動みたいじゃないか。さしずめぼくの役回りは悪家老というところか」

「その代わり、色男にできてまさあ。お部屋さまなんかに想われてね。加賀騒動の大月内蔵之助、黒田騒動の倉橋十太夫、芝居ですと、みんな水の垂れるような男ぶりだ」

「親方」

耕助の声音が急にかわった。いくらか呼吸がはずむ感じで、

「島の住人というやつは、みんなそんなふうに、芝居がかりにものを考えるのかね」

いつかの清水さんの話もある。耕助はなんとなく、現実ばなれのした、講壇まがいの島の人々の考えかたに興味をそそられたのである。

「いえ、いつもそうだってわけじゃありませんがね。芝居はみんな好きですね。なにしろ死んだ嘉右衛門さんてひとが、大の芝居好きときていた。旦那は御存じかどうかしりませんが、讃岐のこんぴら様に、古い芝居小屋が残っている。なんでも天保か嘉永かに建った小屋だとかで、大阪の大西の芝居、それをそっくりそのまままねて建てたやつが、いまだに、残っているでさ。日本でもいちばん小さい芝居小屋だそうで、由緒ある古式やなんかも、ま、いろいろ残っている。だから、上方役者なんかでも、相当なのがやってくるんです。嘉右衛門さんはこの芝居がごひいきでね。よい芝居がかかると、八艇艪をとばして見物にいったもんです。なんしろ豪勢なもんでしたね。桟敷やなんか買い切りで、自分の手につく漁師なんかに大盤ぶるまいでさあ。あっしなんかも、清公清公とかわいがられまして、いつもお供を仰せつかったもんだが、いや、夢だね、まったく。あんな全盛はもう二度と来ますまいよ」

2023年4月21日金曜日

20230420 身体化に至るまでの活動の継続・反復と創造との関係について

ここ最近は、あまり投稿記事数を気にしていませんでしたが、さきほど見たところ総投稿記事数は1976となっていました。つまり、あと20数記事の投稿により、目標としている2000記事に到達出来ることになります。

これをもう少し卑近に述べますと、今月中に1980記事まで到達し、さらにいくつかの新規投稿が出来れば良いということになります。

当ブログは去る2015年の6月頃より始めて、既に8年近く(どうにか)続けていますが、幸か不幸かあまり大きくバズることもなくここに至っており、そして、そうしたこともあってか、これまで自らを「ブロガー」であると意識したことはありません。

ただ、その期間での日々に思ったことや、思い出したこと、そして書籍からの抜粋などを記事として投稿してきただけと云えます。

やがて、これを継続して徐々に記事数が蓄積してきますと、過日に投稿した記事と、最近に投稿した記事との間にある関連のようなものが認識出来るようになり、そしてまた、そのことをブログ記事にするといった一つの流れも生じました。

この認識は私としては新鮮なものであり、その後、2020年1月から本格的に始めたツイッターにおいても、さきのような認識をツイッター上で示したり、あるいは興味深いと思われたツイートに対しても、そのようなことを度々してきました。

そして、そこでも幸か不幸か、あまり大きくバズることはありませんでした。それでも、これまでの当ブロガーのみでの提示と比較しますと、閲覧者数は桁違いに増加したと云えます。それまでのブロガーのみでの一日の平均的な閲覧者数は多くても300人程であり、時折突発的に1000人を越えることがありましたが、それは1年に1回程度のことでした。

しかし前述のブログとツイッターとの連携によって、ツイッターでの1日の閲覧数(オーガニック・インプレッション)は、比較的容易に1000人を超えるようになり、最も多い日では80000人に達したこともありましたが、ここまで桁違いになりますと、感覚としては1000人とあまり違わなくなってきます・・(苦笑)。

とはいえ、そうは述べても、記事作成に対するプレッシャーは、やはり多少大きくなるようであり、またそれが原因であるのかスランプに陥ることもありましたが、そうした際は、あまり深く考えずに、書籍からの引用記事を数日間作成していますと、その後は割合自然とオリジナルの記事作成が出来るようになることが分かりました。

また、本日に関しても、その伝にて記事作成をしていると云えます・・(苦笑)。そして、この認識をあらためて、ここで文章化してみますと、あるいは私にとっての当ブログ記事の作成とは、書籍からの引用記事の作成を自然に行えるようになったことから(どうにか)継続することが出来ているのではないかとも思われるのです。

つまり「それもまた一種の身体化である。」となりますが、同時に、この身体化に至るまでの行為の反復と継続が地味ながら重要であると思われるのです。そして、その視座からしますと、昨今、急速に進化を遂げつつある我々の思考を補助する各種仕組みは、さきのような反復と継続を不要なものとする可能性が少なからずあることから、それら仕組み対しての評価などは、否定的になり易いのかもしれませんが、これもまた、接点を持ちつつ当ブログを(どうにか)続けることにより、また新たな見解が見えてくるのではないかと思われるのです・・。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです①☟
当ブログは 8 年近く運営されて、これまでに1976の記事投稿をしている。そしてあと20数記事の投稿によって目標とする 2,000 記事への達成できるが、その作者は自らをブロガーであるとは認識せず、日々の考えや思い出、そして書籍の抜粋などを記事として投稿しています。他方でこれを継続していると、投稿記事間にある関連性などに気づき始め、それを題材として新たな記事も作成出来るようになった。くわえて、2020年にはTwitterをはじめて、同様の関連性などをTwitter上で紹介し始めたものの、あまり注目されませんでした。しかしTwitterとブログの統合によって閲覧者数が増加しました。また閲覧者数の増加によってオリジナルコンテンツを書くプレッシャーは増したが、著者は、本からの抜粋を含む投稿を作成することで、ライターズ ブロックを克服できることを発見しました。全体として著者は、ブログ記事の作成は身体化に至るまでの行為の反復と継続が成功に不可欠と考えている。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです②☟
当ブログは8年近く運営され、1976の記事が投稿されている。作者は自分をブロガーとは考えておらず、日々の考えや思い出、書籍の抜粋などを記事にして投稿している。しかし、継続の中で投稿記事間の関連性に気付き、また、それを題材として新しい記事を作成することができるようになった。さらに2020年以降はTwitterで同様の関連性を紹介し始めたがあまり注目されなかったが覧者数は増加した。そして増加した閲覧者数によってオリジナルコンテンツを書くプレッシャーが増したが、著者は本からの抜粋を含む投稿を作成することでライターズブロックを克服できることを発見した。全体として、ブログ記事の作成には継続が重要であると考えている。目標とする2000記事まであと20数記事である。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです③☟
8年近く運営されたブログには1976の記事があり、作者はブロガーではないが、日々の考えや思い出、書籍の抜粋を投稿している。しかし、継続するうちに投稿記事の関連性に気付き、新しい記事を作成するようになった。2020年以降はTwitterでも同様の内容を紹介したもののあまり注目されなかったが、閲覧者数は増加し、オリジナルコンテンツを書くプレッシャーが増したが、著者は投稿記事に本からの抜粋を含めることでライターズブロックを克服した。全体として、ブログ記事の作成には継続が重要であり、目標の2000記事まであと20数記事である。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです④☟
8年近くで1976件の記事を投稿しているブログの作者は、自らをブロガーとは見なしておらず、日々の考えや思い出、書籍の引用などを記事にしている。しかし、継続的に投稿するうちに、記事間の関連性に気付き、新たな記事の制作につながった。2020年以降はTwitterでも同様の試みを行っているがいまだ注目は得られていない。しかし閲覧者数は増加して、オリジナルコンテンツの制作に対するプレッシャーが増したが、投稿記事に本からの引用を含めることでライターズブロックを克服している。作者は、ブログ記事の作成には継続が重要であり、2000記事まであと20数記事とのこと。

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2023年4月20日木曜日

20230419 朝日新聞出版刊 小川洋著「地方大学再生 生き残る大学の条件」pp.210-213より抜粋

朝日新聞出版刊 小川洋著「地方大学再生 生き残る大学の条件」pp.210-213より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4022950137
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4022950130

定員管理厳格化の目的は、表面上は「地方創生」政策の一環とされ、大都市圏への学生の集中を防ぎ、地方に分散させることとされている。しかし「入学志望動向」を視る限り、上位大学から弾かれた受験生が地方まで流れている様子は見られない。地方の受験生が地元に留まる傾向と、大都市圏の受験生が通学可能範囲の中下位の私大に流れる傾向が見られる程度である。

 定員充足率を地域別に見ると、東北各県、関東周辺部(茨城・栃木群馬)、関西周辺部(滋賀・奈良・和歌山)のほか、四国の各地域で改善が見られた。関東圏と関西圏では、それぞれの都市の中心部にある有力私大を敬遠した受験生が地元に留まる傾向が生じたと考えられる。また四国では本四架橋が建設されてから関西圏や中国地方への進学者が増えていたが、難化した有力私大を敬遠して地元に留まる受験生が増えたと考えられる。

 逆に充足率が下がったのは、大規模大学が集中し定員管理厳格化の影響を真面に受けた東京都と京都府である。これらの周辺地域では定員未充足校が減った。経営破綻の危機に瀕していた弱小私大にとっては干天の慈雨になっている。

弱小私大の猶予期間
 文科省は16年4月、省内に「私立大学等の振興に関する検討会議」を設置し、翌18年に報告を受けた。そのなかで、「経営困難な状況に陥る学校法人が生ずることは避けられない」として、「合併や撤退」を促すことが必要になるとの認識を示し、いくつかの閉校のスキームも示した。その後、文科省は「教育の質」によって補助金を増減額する、あるいは地域社会と良好な関係を作っている大学に補助金を優遇するなどの方針を示し、残す大学と閉校やむなしの大学を選別する姿勢を示している。そのためには慎重かつ迅速な情報収集が必要だが、全国に500校以上ある中小規模私大の評価を1、2年で完了させることは不可能だ。定員管理厳格化は、そのための時間的猶予期間を与えることになっている。

 しかし相当数の弱小私大が破綻するのは時間の問題である。その場合、文科省が何よりも避けたいのは突然の閉校である。短大と異なり、四大の閉校には少なくとも四年かかる。それまでに運営資金が底をつけば、学生を抱えたまま閉校することになり、在学生の扱いについての厄介な問題が生ずる。卒業生の学籍簿の引き受け先も確保しなければならない。文科省としては、そのような混乱が各地で発生し、社会的な批判を受けることのない環境を用意する必要がある。

 大規模大学も含めて、いたずらに拡大を続けてきた大学の膨らみ過ぎた部分が整理されるのは、いずれにしても避けられない。では、どのように整理されていくのか、次章で検討する。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです☟
定員管理厳格化により、地方では受験生が地元に留まる傾向が生じたが、都市部の上位大学から弾かれた受験生が地方に流れる傾向は見られなかった。特に東京都、京都府の都市では、大規模大学が集中しており、定員管理厳格化の影響を真面に受けたが、その周辺地域では定員未充足校が減少した。これにより、地方の中小規模の私大に時間的猶予期間を与えることになった。しかし、これらはいずれ破綻するのは時間の問題であり、突然の閉校を避けるために、文科省は慎重かつ迅速な情報収集が必要だ。

2023年4月17日月曜日

20230417 到着当日夜の和歌山市で思ったこと

先月3月は、中旬にドイツにて開催のIDS2023に参加させて頂き、続いて下旬に所用のため久しぶりに和歌山を訪問しました。その際は仕事を終えてから出発しましたが、若干時間が押していたこともあり、これまた久しぶりに、京成本線の成田空港第二ターミナル駅からLCCの搭乗口がある第三ターミナルまで走ることになりました・・(苦笑)。ともあれ、無事に搭乗手続きを済ませて18時過ぎに離陸して関西国際空港に着陸したのは20時頃でした。そこから、南海線にて泉佐野まで行き、そこで乗り換えて目的である和歌山市駅に到着したのは21時を過ぎた頃でした。そこから徒歩で、今回も予約しておいた和歌山での定宿としているビジネスホテルに向かおうとしたところ、その日は夕飯はもちろん、まともに食事を摂っていなかったことが思い出されました。そこで和歌山市駅前の孝子越街道を進み、国道26号線に合流して、さらに和歌山城方面に歩き、市堀川に架かる城北橋の手前左側に中華そば屋さんがあったことから、そこに入りました。時刻は21時過ぎでしたが、店内は満員ではなかったものの、半分程の席は埋まり、また、その客層は総じて若く、大学生であるように見受けられました。

席に着き、中華そばとばらずしを注文して待っていますと、左隣の席の女の子二人組が会話をしていましたが、そこでアルバイトでの話や「実習があるから・・」や「看護学科は・・・だから」などの声がこちらに聞こえてきました。また一つ空いて右側に座っていた男子三人のグループの会話も、それと似たようなものであったことから、おそらく彼等彼女等は、以前、当ブログにて何度か述べた、近年和歌山市に設置された、いくつかの医療系大学の学生さんであると推察されました。また、そのほかにも店入口に近いテーブル席には、会話の内容までは聞こえませんでしたが、さきと同年代と思しき三、四人組のグループが座って何やら楽しそうに話していました。

他方で、かねてより和歌山市は過疎化が進んでおり、かつては賑わっていた古くからの商店街である「ぶらくり丁」も、現在はまさに「シャッター商店街」と化しています。そして、そうした状態となった中心市街地の一角にある、21時過ぎの中華そば屋さんが、これだけの賑わいを見せていたことは正直驚きでした。

おそらく、その時間で、ほかに営業している近隣の飲食店がなかったことから、こちらの中華そば屋さんは賑わっていたのかもしれませんが、いずれにしても、半年毎に訪問して定点観測の様に市内観察を続けている私にとって、この店内の賑わい、光景は前述のように驚くに値することであり、翌日お目に掛かった先生方に、このことをお話したところ、何やら考えるところがあったのか、以前、中心市街地にて行った取り組みのことを話されました。あるいはまた、さきの新来の医療系大学と連携して、学生さん達にとって学びとなり、そして同じ地域の大学として意義のある取り組みが出来るかもしれないと考えていたようにも見受けられました。

今後、大学、特に地方の大学は生き残りのためにも、さまざまな施策を行うと思われます。あるいは既に、こうした取り組みを行っている地域・大学もあるかもしれませんが、こうした取り組みは、今後さらに充実、進展していくものと思われます。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです☟
午後9時頃、和歌山市内の中華そば店を訪れた。そこは、過疎化が進んでいる中心市街地にも関わらず、かなりの賑わいを見せていた。客層は若い人が多く、近年、市内に設置された複数の新たな医療系大学の学生さんが多かったと見受けられた。翌日、このことを話した先生は、思うところがあったのか、それまでの市内で行った取り組みを話された。そしておそらく今後、特に地方都市の大学は互いに連携の取り組みを進めていくことになるのではないかと思われた。

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2023年4月16日日曜日

20230416 継続による慣れと、その先にある目標達成の身体化の程度の違いについて

ここしばらく、新規での記事作成を行ってきませんでした。とはいえ文章作成については、いくつか作成していました。そのため、今回のブログ記事作成においても、ごく自然に進めています。くわえて、ここ数日間ノートにメモを取る機会が何度かあったことから、久しぶりの万年筆での筆記が少し楽しく感じられてきて、ノートに短文や語句を書き、それらを繋いだり、囲む線を書くといった筆記作業によって恐らくは文章作成に関与する何らかの身体性が刺戟を受けて、それを司る神経が活性化しているのではないかと思われるほどに、ごく自然に、ここまで書き進めることが出来ています。

さきの、ここ最近作成したいくつかの文章は、それぞれ想定される主な読み手の方々が異なるため、私なりに、それぞれに合わせた書き方(文体)にしているつもりではあるのですが、実際、客観的に異なった文体になっているかどうかは、かなり怪しいのではないかと思われます・・(苦笑)。

くわえて、こうした作業をしていますと、これまであまり意識して用いる機会がなかった神経を用いるためであるのか、あるいは、他の要因もあるのかもしれませんが、普段と比べて疲労感が強いように感じられます。とはいえ、こうしたこともまた「慣れ」であるとも思われますので、今しばらく慣れるまで継続してみたいと思います。

この「慣れ」について思い返してみますと、最近の出来事としては、ここ1年以上、今なお続く(第二次)宇露戦争の動向を出来るだけ早く知るために、海外報道番組の動画を緩急はありつつも視聴し続けたことにより、実際、海外の地でにおいて、以前よりも英語の聞き取りの上達を実感出来たことが印象的でした。

これもまた、まさに「慣れ」であり、その意味においても「習慣付ける」ということは、重要であると考えます。そして、さきに述べた事情から新規でのブログ記事作成は行ってきませんでしたが、習慣としたい「文章の作成」は行い、また読み進めている書籍も、それなりに頁は進み、その中でも興味深い記述が散見されたことから、少なくとも「デプレッション」といえるほどの状態ではないと云えます。

私の場合、しばらく記事作成を休んでいますと、罪悪感ではないのでしょうが、どうしたものか、徐々に気分が滅入ってきます。そして、これはこの先もし2000記事まで到達することが出来れば、その後になっても、この「気分の滅入り」はなおも続くのであるか検証してみたいと考えています・・(苦笑)。

そして、この場合もある意味での「慣れ」が関与しており「この「慣れ」は、目標到達のために続けている、ある活動が達成され、その活動を続けなくてよくなってもなお、その活動を促す何らかのサインが発せられるのか?」といった、いわば「「慣れ」と「目標到達」では、どちらが強く身体化されているのか?」という疑問に集約されると考えますが、そのように考えますと、さきの海外報道番組動画の視聴には特に大きな目標はなかったことから、おそらく、私にとっては、もう一方の「習慣」の方が強いのではないかと推察されます・・。

また、こうした一種の精神の回路のようなものは、人によっても異なるようにも思われますが、これも実際はどうなのでしょうか?

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