2023年4月23日日曜日

20230422 株式会社角川書店刊 横溝正史著「獄門島」 pp.238-240より抜粋

株式会社角川書店刊 横溝正史著「獄門島」
pp.238-240より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4041304032
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4041304037

いえね、旦那のこってさ。はじめはね、みんな旦那が臭いっていってたんですぜ。そういっちゃなんだが、島のもんにとっちゃ、旦那はどこの馬の骨か、牛の骨かわからねえ風来坊ですからね。疑われたってしかたがありませんや。金田一耕助って野郎が怪しいって、みんないきましていたんですぜ」

「おやおや、しかし、なんだってぼくが花ちゃんや雪枝さんを殺すのだろう?」

「そりゃあなんでさ。本鬼頭の財産を横領するためでさ。怒っちゃいけませんぜ、旦那、これは話なんだから。なあに、今じゃもうだれもそんなバカげたこと、考えてるもんはありませんから御安心なさいまし、だが驚いたな、どうも、旦那が日本一の名探偵だなんて、・・・島の連中も肝をつぶしてびっくりしゃあがった。だから、あっしゃいってやったんだ。野郎、見損なうな。旦那はああ見えても江戸っ子だい。・・・」

「いや、ありがとう。それはそれでいいがね。ぼくが本鬼頭の財産を横領するというのはどういうことだね。花ちゃんや雪枝さんを殺したからって、本鬼頭の財産がぼくのものになるわけがないじゃないか」

「なあに、それにゃちゃんと筋書きができてるんだ、と、こう吐かしゃがるんです。つまりですな。月雪花の三人娘を殺したあげくが、早苗さんをたぶらかし、夫婦になって本鬼頭に入りこむ・・と、こういう筋書きだと、もっともらしく吐かしゃアがるんだ。そんとき、あっしゃいってやった。馬鹿なことをいうな。かりにも旦那は江戸っ子だ。そんなまわりくどいことをなさるもんか。金がほしけりゃパンパンと、ピストルかなんかぶっぱなして、強盗でもなんでもなさらあ。だいいち、江戸のものがいつまでも、島の麦飯なんか食ってくらせるかッて、・・・旦那、あっしゃはなから旦那のヒイキですねぜ」

 たいへんヒイキもあったもので、どっちにしても自分がそんな物騒な人間と見られていたかと思うと、耕助はおかしいような、空恐ろしいような感じだった。

「親方、それじゃまるで芝居の筋書きだね。昔のお家騒動みたいじゃないか。さしずめぼくの役回りは悪家老というところか」

「その代わり、色男にできてまさあ。お部屋さまなんかに想われてね。加賀騒動の大月内蔵之助、黒田騒動の倉橋十太夫、芝居ですと、みんな水の垂れるような男ぶりだ」

「親方」

耕助の声音が急にかわった。いくらか呼吸がはずむ感じで、

「島の住人というやつは、みんなそんなふうに、芝居がかりにものを考えるのかね」

いつかの清水さんの話もある。耕助はなんとなく、現実ばなれのした、講壇まがいの島の人々の考えかたに興味をそそられたのである。

「いえ、いつもそうだってわけじゃありませんがね。芝居はみんな好きですね。なにしろ死んだ嘉右衛門さんてひとが、大の芝居好きときていた。旦那は御存じかどうかしりませんが、讃岐のこんぴら様に、古い芝居小屋が残っている。なんでも天保か嘉永かに建った小屋だとかで、大阪の大西の芝居、それをそっくりそのまままねて建てたやつが、いまだに、残っているでさ。日本でもいちばん小さい芝居小屋だそうで、由緒ある古式やなんかも、ま、いろいろ残っている。だから、上方役者なんかでも、相当なのがやってくるんです。嘉右衛門さんはこの芝居がごひいきでね。よい芝居がかかると、八艇艪をとばして見物にいったもんです。なんしろ豪勢なもんでしたね。桟敷やなんか買い切りで、自分の手につく漁師なんかに大盤ぶるまいでさあ。あっしなんかも、清公清公とかわいがられまして、いつもお供を仰せつかったもんだが、いや、夢だね、まったく。あんな全盛はもう二度と来ますまいよ」

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