2023年4月5日水曜日

20230404 中央公論社刊 岡本柳之助著 平井晩村編「風雲回顧録」 pp.9-10より抜粋

中央公論社刊 岡本柳之助著 平井晩村編「風雲回顧録」
pp.9-10より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122016916
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122016910 

凡そ人類は生まれながらにして、平和を好愛する共通の美質を有す。けれども世間往々ことを好み乱を欲するの士なきに非ず。このほとんど対立両存なすべからざる二大傾向の同一個人を支配するは、矛盾するが如しと雖も、それこれあるがために個人はますます自我を拡大し、社会は愈々発展するを得べし、そもそも建設と破壊とは、相俟って社会万般の事象を更新し、展開せしむる二大勢力にして、破壊なきところに建設なし。ここに於いて、吾人は天地に磅礴せる自然の好機を悟了すべきなり。
 しかれども、破壊には必ずその基底たり得べき確乎たる理由存在せざるべからず、したがって漫然たる破壊は、継起し来るところの建設になんら益なきのみならず、かえってその障碍となることすくなからず。所謂徒に乱を好む者の所為の如き即ちこれなり。
 岡本柳之助君の一生は、恐らく破壊を以て終始せるものと謂うも、必ずしも不可なきに似たり。しかしその基くところは、衷心渝ることなき憂国の至誠にして、更に一点利己の観念を交えず。これ君の破壊がしばしば策せられて、成否相半するに係らず、国士としての面目依然として存する所以たらずんばあらず。
 君は故陸奥宗光伯とその郷関を同じうす。福堂は身元老院議官たりしに係らず、当時遥かに大西郷と通じ、東西呼応してことを挙げんと策せるほどに謀反好きなりき、予は茲に郷党の気風を云為して、二人者の性格に論及するものに非ず。けれども社会が久しく同一状態を維持して、進転の跡を示さず、永く沈滞停止の状に在るに於いては、自然の要求は必ずや破壊思想の勃興を促進し、以て新たなる建設を誘致するの理を断言せんと欲す。我邦の現状果して破壊すべきか、我これを知らず焉。
 ただ破壊の士健闘の士たる岡本柳之助君が、近く隣邦の客舎に長逝せるを聞き、感慨禁ぜず、茲に破壊必ずしも単に破壊に終らざる所以を述べて、聊か世の惑を解かんと欲するのみ。

伯爵 大隈重信

2023年4月3日月曜日

20230402 あまり実感を伴わない上達の感覚について

ここ数日間はブログ記事の作成はしていませんでしたが、他でブログではありませんが、文章は作成しており、また書籍も相変わらずに読み続けていました。しかしながら当ブログの記事作成を休むことについては、多少気が咎めるものがあり、また、現在目標としている2000記事までは出来るだけ速やかに到達したいとも考えていることから、本日ここに記事作成が出来ることは、わずかながら解放された感があると云えます・・。

つまり、普段とは異なり、初手からブログ記事作成に前傾姿勢にて取組むことが出来ていると云えます。

また、こうしたことは、先月19日に帰国してから、はじめてのブログ記事作成(3月20日)の際にも感じられなかったことであり我が事ながら多少不思議にも感じられます。

同時に、今回の投稿記事により、総投稿記事数が1970に到達します。そして、あと30記事の新規投稿により目標としている2000記事に到達出来るのですが、それまで、さきに述べた前傾姿勢にて続けることが出来ればと願うところですが、それは、これまでの経験からは難しいように思われます・・。

そうしたことを書いていますと、当ブログ開始当初の頃を思い出します。その際は、当ブロガーに直接、ある程度の量の文章を入力することは難しく、下書きのノートを常に持参して、そこに書いたものを夜になり、いわば清書のように当ブロガーに入力し、記事作成をしていました。

そしてそこから一年を経ずに、PCでの直接入力にて作成するようになりましたが、これについては、あまり上達があるようには感じられずに「何となく出来るようになっていた。」といった感じであると云えます。

現在考えてみますと、手書きの文章で作成しようが、PC入力での作成であろうが、あまり違いはないと感じられるのですが、当時はどうしたわけか、PCへの直接入力にて、斯様な独白形式の文章を作成することが難しく、対話形式のブログ記事をノートに手書きで下書きを作成していました。

そこから、ブログ記事を手書きの下書きにて作成していた時期(2015年後半)と、PCへの直接入力をはじめた当初(2016年初旬)の頃のブログ記事をいくつか読んでみますと、面白いことに、さらに以前、2012・2013年の鹿児島在住時後期に、実験ノートの延長といった感じでノートに(ほぼ)毎日何かしら書き綴っていた時期があったことが実感を伴い思い出されてきました。そこで書いたノート数冊は、その後の何度かの転居の際に、なくなったものもありますが半分以上は現存していると思われ、おそらく、いくつかの本箱に書籍と一緒に分散して収納されているものと思われます。

鹿児島在住時は、このノートへの記入は当時住んでいたアパートでは行わずに、喫茶店などで行っていたと記憶しています。そして思い返してみますと、当時はこのノートへの書きものを概ね楽しんで行っていました。

天文館の照国神社表参道沿いのドトールコーヒー二階の喫煙コーナーでコーヒーを啜り、煙草を喫いながら英論文や英語の小説を辞書を引きつつ読んだり、あるいは書きものするのは、当時、絶望的な状況の中にはありましたが、前述のようにそれなりに楽しいものがあり、あるいは状況が絶望的であると、こうした行為も楽しく感じられるようになり、そして、それが中毒あるいは慢性化されるのではないかとも思われます・・(苦笑)。

また、それ以前にも何度かノートに文章を色々と書く習慣があった時期があったことも思い出されましたが、鹿児島在住時でのそれが、深く身体に刻まれたといった感覚があります。それ故、以降、紆余曲折がありながらも、何か文章を書いて伝えることが習慣となり、現在に至っているのではないかと思われるのです・・。

そして、これを為さしめているものが私にとって、ある種「源泉の感情」であると思われるのですが、今現在、これを如何なる文体であれ、ある程度明晰に文章化することは未だ出来ていません。しかし同時に、以前よりも、それに「にじり寄ってはいる」感覚はありますので、また今しばらく記事作成を継続していますと、徐々に明瞭になってくるのではないかと思われますが、さて、実際のところどうなのでしょうか・・?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2023年3月28日火曜日

20230327 カルチャー・ショックと身体性と学びについて【現代は過渡期?】③

去る19日に帰国してから、徐々に普段の生活に戻りつつありますが、それでも、向うでの見聞をまとめる為に出展していた企業さまにメールにて問い合わせなどを行っていますと、自然とその時の様子が想起されてきます。

そこから、おそらく私を含めて多くの方々は、海外といった自分にとって非日常である場所にしばらく滞在しますと、そこで、否応なく自らの母国での対応する事柄が思い出され、そして、そこにある「相違」について考えることになります。それは、即物的な物事であったり、あるいは不図した時に感じられる、その奥にある抽象的なことであったりします。

現代の日本であれば、それなりに発展していることから、西欧諸国とのさまざまな相違から大きな挫折感を抱かないで済むのだと思われますが、これが所謂「普請中」であった明治時代ならば、かなり大きなカルチャー・ショックを受けたのではないかと思われます。そして、そうした様子を描いたものが夏目漱石の「倫敦消息」であったり、あるいは映画であれば、時代は少し遡った幕末期を舞台としていますが、五十嵐匠監督による「長州ファイブ」が挙げられると考えます。

ともあれ、今回の私の訪独は(世界最大規模の)歯科医療の見本市への参加という目的があり、そこで見て、感じたことは、さきの日常的な事柄にも劣らないほどのカルチャー・ショックであり、それをどうにか自分なりに言語化して、その構造を知るために、さきに述べた帰国してからの資料の整理や海外企業さまへの問合せなどに繋がっていると云えます。

そして、そうした活動を通じて、どうにか自分なりに、その様相や構造への知見を得たと実感すると、多少は落ち着いてくるのではないかと思われます。また見方に拠れば、それも「勉強」の一種であるのかもしれませんが、それは、異言しますと「自らの実体験を言語化する行為」であると云え、テキストなどが先にある種類の勉強ではありません。またそれは、身体性を通じて得たものを言語化している行為であり、これと類似していると思われるのが、実験や実習などであると思われます。また、我々の多くは、勉強としては、こちらの身体性を駆動させる種類の勉強と云える実験や実習の方が面白く、興味深く感じられるのではないかと思われます。

あるいは、こうしたところは国民性や地域性のようなものがあるのではないかとも思われますが、この身体性を用いた勉強も今後、VRなどに替わっていく可能性があるのだと考えますと、話はやや抽象的になり「では身体を通じた経験によって得られる感覚の主体とは脳であるのか、あるいは肉体であるのか?」と思い至るのですが、おそらく、このあたりに関しては、ある程度観察して、あるいは関連する著作や資料などを読んでいくと、その概要のようなものが見えてくるようにも思われます。

しかし、それは観察主体が、そこに至るまでに、それらを比較検討できるほどの実体験と学びを積んでいることが前提としてあるものと考えます。そして、そこから論語の「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆ふし。」が思い出されてくるわけですが、ともあれ、そこから実際のところ、それらには通底するものがあるのか?そしてまた、こうした考えは時代を通じて普遍的なものであるのか?といった疑問が生じてくるのですが、その意味においても、現代もまた「過渡期」(「普請中」?)であると云えるのかもしれません・・。

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2023年3月24日金曜日

20230323 今回の訪独によって一つ気が付いたこと②

去る19日に帰国しましたが、その後からおそらく時差ボケではなくて、体調の変化が少し感じられました。いや、より精確には体調というよりも、海外のさまざまな事情を目の当たりにして、それまでの常識に変化が生じたことによる、いわば、心の持ち様の変化に付随したものであるのではないかと思われます。ともあれ、こうした経験は初めてであるか、あるいは、かなり久しぶりであると云えます。また、今回の訪独は、当ブログ開設後初の海外渡航となりますので、それまでに習慣化した、ブログ記事作成に対しても何らかの影響があったとしてもおかしくありません。

また、訪独中は異文化の中にいるため、半ば無意識ながらも常時緊張しており、そして、その防御の姿勢によるものであるのか、若干躁気味になります。あるいは、普段とは異なる言語を用いる必要性があることから、その言語に合わせた精神状態、心の持ち様が、さきの「躁気味」となるのかもしれません。

たしかに多くの我々日本人は、普段日本語で話している時と、英語を含む外国語で話している時のテンションには違いがあるように見受けられます。そして、実感に基づく私見として、他の言語を口語として扱いますと、テンションが上がるためであるのか、その後の反動として、疲労の程度が比較的大きくなるのではないかと思われます。

また、今回の訪独に至るまでの経緯には、昨2022年2月末から始まったロシアによるウクライナ侵攻に関する情報を入手するために、海外の報道機関による英語のニュース動画を1年以上視聴してきたという背景があり、これが役立つのであるか不安でしたが、現地に行ってみますと、思いのほか意思疎通は出来ていたように思われました。もちろん、師匠や、研究室の諸先輩方は、私などよりも日本を含む世界の歯科医療事情に通じており、さらに英語の読み書きなども堪能であるのですが、それでも、以前と比較しますと、私も英語での意思疎通に関しては、いくらかは上達したのではないかと思われました。

そうしますと、宇露戦争に関しての情報収集のために、この一年間、(チンタラ)継続して英語での報道動画を視聴してきたことが、前述の上達に寄与したものと考えられます。そこから振り返ってみますと、私はもの心がついた後での留学経験はなく、一般的な我が国の学校制度での英語教育を受けてきました。そして、そこでの勉強が本当に必要になったのはホテルのフロント勤務になってからでした。この時は、私がホテルを代表して宿泊に関することを説明しなければならなず、それなりに苦労もしましたが、使い慣れた辞書と電子辞書があれば概ね、どうにか対応出来ていたものと記憶しています。また、慣れてきますと、それだけではちょっと格好が悪いと思ったのか、仕事に使えそうな言い回しが多いと思われる映画作品を近くのレンタル店で物色するようにもなりました・・。そして、これもまたさきと同様、どちらかと云うとチンタラとした勉強と云えます。なかでも英語字幕に目を通して、そこで気になった単語を辞書で調べるなどということは、当時としては、一種の遊びに近い感覚があったのではないかと思われます。そして、この遊びとしての娯楽の要素があったことから、その時も継続することが出来、そして、その伝で考えますと、今回の英語の報道動画視聴による英語の(期せずしての)上達もまた、かねてより近現代史や国際関係論に興味を持ち、また、時には関連する書籍を読むといった習慣があったことから為されたのではないかと思われるのです。そしてまた、多少不遜ではあるかもしれませんが、また人にもよるのかもしれませんが、社会に出てからの勉強とは、どちらかというとチンタラとしている方が継続することが出来るのではないかと思われました。

今回の訪独により気が付いたことの中には以上のようなこともありました・・。

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2023年3月23日木曜日

20230322 先日参加のIDS2023から思ったこと①

過日の投稿記事にて扱ったドイツ、ケルン開催の「国際デンタルショー」(IDS2023)に参加させて頂き、去る19日の夕刻前に帰国しました。

帰国翌日は時差ボケのためであるのか日中眠く、怠かったですが、そこからは持ち直しつつ現在に至っています。そして参加したIDS2023のことについてはまた後日述べようと思います。

ともあれ、今回の訪独は、私にとって10年以上振りの海外渡航となりました。過日投稿の記事にて述べた通り、やはり私はそこで度肝を抜かれました。これを異言しますと「カルチャー・ショック」となるのでしょうが、実際に自分が異文化の中にしばらくいますと、これを実感させられます。

また、帰国後数日経っていますが、未だ、この衝撃の余波が体内に残響しているようであり、そして、それを利用して訪問企業ブースで頂いた資料や製品パンフレットなどを眺めていますと、そこで新たな疑問が生じたり、あるいは、現地で入手した他の情報についての見解なども伺ってみたくなり、さきの残響を利用して、その旨を記したメールを作成して、いくつかの企業さま宛てに送信しました。

それが、一昨日、つまり帰国翌日です。この動きは私としては、比較的速やかであると云えますが、帰国前に研究室の先輩が「帰ったら忘れないうちに資料をまとめておこう」と云われていたことが思い出され、自分なりに実行しました。

企業さまへの問合せのメールの返事は、時差があることからすぐにではなく翌日に届くこともあります。これまで数社メールにて問合せましたが、そのうち、今日までに返信があったのは2件でした。

そしてまた、しばらく経つと返信があると思われますが、これまでの感触としては、思いのほか丁寧な返信であり、また、当然であるのかもしれませんが、この先の歯科医療や、その市場の動向などについても、明瞭な見解を持たれていました。そして、こうした欧米を基準とする近現代の歯科治療のど真ん中にいる企業さまの考えや動向は、如何なる形であるか分かりませんが、今後、我が国の歯科医療にも、そしてそれに関連する企業や市場の動向にも、少なからぬ影響を及ぼすものと思われます。

とはいえ、それが何時頃になるか、そしてまた如何なるカタチになるかといった具体的なことは、未だ結像までは至りません。

しかしまたそれは、近年の新型コロナ禍や宇露戦争などにより、否応なく変化せざるを得なかった欧米諸国の社会から生まれたものであり、今後の旧西側世界あるいは自由主義陣営においては徐々に、さきの見解に基づいた考えが規則のようになっていくのではないかと思われます。

他方で、今度はそれを旧西側世界以外の国々においても応用可能であるのかと考えてみますと、それはおそらく困難であると思われます。

我が国の場合であれば、現地に法人や支社がある企業さまであれば、おそらく、こうした事情は既に御存知であり、その対策も検討済みであると思われますが、それが実際のところ、我が国の企業や社会に対してどのような効果を持つのであるか、引続き、経過を注視していきたいところです。

今後もしばらく、このIDSを題材として記事作成をするつもりですので、今回も含めて引続き、どうぞよろしくお願いいたします!
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2023年3月21日火曜日

20230320 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 『サピエンス全史』上巻 pp.27-31より抜粋引用

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳
『サピエンス全史』上巻pp.27-31より抜粋引用
ISBN-10: 430922671X
ISBN-13: 978-4309226712

ホモ・サピエンスに分類されうる動物が、それ以前の人類種から厳密にいつどこで最初に進化したかはわからないが、十五万年前までには、私たちにそっくりのサピエンスが東アフリカに住んでいたということで、ほとんどの学者の意見が一致している、もしその一人の遺体が安置所に運び込まれたとしても、そこの病理学者には現代人のものと見分けがつかないだろう。火の恩恵を享受していた彼らは祖先よりも歯と顎が小さく、一方、脳は巨大で、私たちのものと同じぐらいの大きさがあった。

 東アフリカのサピエンスは、およそ七万年前にアラビア半島に拡がり、短期間でそこからユーラシア大陸全土を席捲したという点でも、学者の意見は一致している。

 ホモ・サピエンスがラビア半島に行き着いたときには、ユーラシア大陸の大半にはすでに他の人類が定住していた。では、彼らはどうなったのか?それについては、二つの相反する説がある。「交雑説」によると、ホモ・サピエンスと他の人類種は互いに惹かれ合い、交わり、一体化したという。アフリカ大陸からの移住者は世界中に拡がる過程で、他のさまざまな人類種の集団と交雑し、現代の人々はこの交雑の産物である、というわけだ。

 たとえば、サピエンスは中東とヨーロッパに達したとき、ネアンデルタール人と遭遇した。ネアンデルタール人はサピエンスと比べると、筋肉が発達し、大きな脳を持っており、寒冷な気候にもうまく適応していた。道具と火を使い、狩りが上手で、明らかに病人や虚弱な仲間の面倒を見た(思い身体的障害を抱えながら何年も生き長らえたネアンデルタール人の骨が考古学者によって発見されている。(これは身内に面倒を見てもらった証拠だ)。ネアンデルタール人は凶暴で愚かな「穴居人」の典型として風刺画に描かれることが多いが、最近得られた証拠によって、そのイメージが変わった。

 交雑説によれば、サピエンスはネアンデルタール人の土地に拡がったとき、彼らと交雑し、ついには一体化したという。もしそれが正しければ、今日のユーラシア人は純粋なサピエンスではなく、サピエンスとネアンデルタール人の混血だ。同様に、サピエンスは東アジアに到達したとき、現地のホモ・エレクトスと交雑したので、中国や朝鮮半島に住む人は、サピエンスとホモ・エレクトスの混血ということになる。

 これと対立する、いわゆる「交代説」は、それとは大きく異なる筋書きを提示する。ホモ・サピエンスは他の人類種と相容れず、彼らを忌み嫌い、大量殺戮さえしたかもしれないというのだ。この説によると、サピエンスと他の人類種は異なる解剖学的構造を持ち、交合の習性はもとより、体臭さえも違っていた可能性が非常に高いという。彼らは互いにほとんど性的関心を抱かなかったはずだ。そして、仮にネアンデルタール人のロミオとサピエンスのジュリエットが恋に落ちても、繁殖力のある子供たちは残せなかった。両者を隔てる遺伝的な溝は、すでに埋めようがなくなっていたからだ。この二つの人類種は完全に別個のままであり続け、ネアンデルタール人が死に絶えたとき、あるいは殺し尽されたとき、その遺伝子も同じ運命をたどった。この見方に従えば、サピエンスは、自らより先に誕生していた他の人類種と混じり合うことはなく、彼らすべてに取って代わったことになるそれが正しければ、現代の人類種と混じり合うことはなく、彼らはすべてに取って代ったことになる。それが正しければ、現代の人類全員の血統は、七万年前の東アフリカまで、純粋にたどれる。私たちはみな、「生粋のサピエンス」というわけだ。

 二つの説をめぐる論争には、多くがかかっている、進化の観点に立つと、七万年というのは比較的短い期間だ。もし交代説が正しければ、今生きている人類は全員ほぼ同じ遺伝子コードを持っており、人種的な違いは無視できるほどにすぎない。だが、もし交雑説が正しいと、何十万年も前までさかのぼる遺伝的な違いがアフリカ人とヨーロッパ人とアジア人の間にあるかもしれない。

これはいわば人種差別的なダイナマイトで、一触即発の人種説の材料を提供しかねない。

 ここ数十年は、交代説がこの分野では広く受け入れられてきた。こちらのほうが堅固な考古学的裏付けがあり、人種差別的でなく穏当だった(現生人類の間に重大な遺伝的多様性があると主張して、人種差別というパンドラの箱を開けることを、学者は望んでいなかった)。だが2010年、ネアンデルタール人のゲノムを解析する四年に及ぶ試みの結果が発表され、この論争に終止符が打たれた。遺伝学者たちは、化石から保存状態の良いネアンデルタール人のDNAを十分な量だけ集め、現代人のDNA全般的に比較てきた。その結果は科学界に大きな衝撃を与えた。

 中東とヨーロッパの現代人に特有のDNAのうち、一~四パーセントがネアンデルタール人のDNAだったのだ。これはたいした量ではないが、それでも重大なことに変わりはない。その数か月後、第二の衝撃が走った。デニソワ人(ホモ・デニソワ)の化石化した指から抽出したDNAを解読すると、現代のメラネシア人とオーストラリア先住民のDNAのうち、最大六パーセントが、デニソワ人のDNAであることが立証されたのだ。

 もしこうした結果が確かであれば(さらなる研究が進行中で、これらの結論は補強あるいは修正されるかもしれないことは、ぜひ留意しておいてほしい)、交雑説の支持者は、少なくとも部分的には正しかったわけだ。とはいえ、交代説が完全に間違っていたことにはならない。ネアンデルタール人は、今日の私たちのゲノムにほんのわずかのDNAしか与えていないので、サピエンスと他の人類種が「一体化」したとは、とても言えない。両者の間の違いは、交合して子孫を残すのを完全に妨げるほど大きくなかったとはいえ、そのような交合はやはり非常に稀だったはずだ。

 それではサピエンスとネアンデルタール人とデニソワ人の間で見られる生物学的なつながりは、どう理解すたらいいのか?彼らは明らかに、馬やロバのように、完全に異なる種ではなかった。その一方で、ブルドッグとスパニエルのように、たんに同じ種の別の集団でもなかった。生物学的な現実は、白と黒というふうに、はっきり二分されてはいない。重要なグレーゾーンもあるのだ。馬とロバのような、共通の祖先から進化した二つの種はみな、しばらくの間は、ブルドッグとスパニエルのように、同一の種の二つの集団だった。そしてその後、両集団の個体がすでに互いにかなり異なりはしたものの、稀に交合して繁殖力のある子孫を残すことができる時期があったに違いない。やがて新たな突然変異が起こって、両者を結びつける最後の絆が断ち切られ、両者はそれぞれ別の道をたどり始めた。

2023年3月12日日曜日

20230311 やる気や情熱を減衰させるものについて

当ブログをはじめてから、およそ7.75年となり、またその間での総投稿記事数は1960程度であることから、その間、10日のうち7日は1記事ずつ投稿してきたことになります。そして今後は40に満たない新規記事投稿により、目標とする2000記事に到達出来るわけですが、昨今、それが現実味を帯びてきたことからか、あるいは他の理由によるものか、記事作成への「やる気」や「情熱」がさらに減衰したように感じられます。端的には「ここでわざわざ記事作成などしなくても良いのではないか・・」といった思いが強くなったということです。しかし以前であれば、こうした怠け心を起こす思いを除去する他の思いがいくつかありましたが、ここ最近は「若さ」が失われたことよるのか「反発心」のようなものが減衰したように感じられるのです。

たしかに当ブログ開始から1000記事到達までの3年間ほどは、さきの「反発心」あるいは「勝手な義務感」によるものであるのか、自分なりにではありますが、頻繁に新規での記事投稿をしてきました。そしてまた、この時期は現在とは異なり、そこまで労せずに記事作成に集中することが出来ていたと記憶しています。つまり、当時は「やる気や情熱」によって記事作成を行っていました。その点において、昨今は、これまでにも当ブログにて述べているように気力が減衰した代わりに、それまでのブログ記事作成を通じて培った技術のようなもので、どうにか継続しているといった状況であると云えます。

この気力の減衰は、ある程度巨視的に眺めれば、仕方のないことであるのかもしれませんが、未だ目標とする2000記事を目指している私としては、出来ればまた回復したいところです。しかしブログ記事の作成のような個人的な活動には、回復に繋がるような参照し得る過去の自らの事例といったものがなく、そこから闇雲あるいは泥縄式に、どうにか現在に至るまで続けてきました。そして、そのうちに「やる気や情熱」が再起してくるのではないかと期待していますが、残念ながら現在に至るまで、その気配のようなものはありません・・(苦笑)。

くわえて、さきの「気力の減衰」に関連して、数日前にネット上の報道動画で知った某芸能事務所に関連した一連の報道、そして、それらに対する国内各テレビ局の反応を見て、近年では珍しいほどの嫌悪感あるいは絶望感とも云えるような、ネガティブな感情をおぼえました。

未だに先が見通せないコロナ禍、そして1年以上続く宇露戦争によって心が荒みがちと云えることから、そうした嫌悪感などの悪感情を抱き易くなってしまっているのかもしれませんが、しかし、この事件(事件であるかどうかが問題であるのかもしれません)に対する国内外での反応を、既にここ1年以上続いている宇露戦争に関しての報道サイト・動画などを閲覧・視聴する習慣を転用して眺めたところ、何と云いますか、我が国のことがほんの一刹那、あたかも別の国のように感じられたのです。そして、この感じを受けてから「あ、これは我が国日本のことを報道しているのだ・・」とすぐに気が付いて我に返った時に、さきのネガティブな感情が生じるのです・・。

また、こうしたことはおそらく、個人レベルでの会話においても見受けられ、こうしたことを巧みに、あるいは半ば無意識であるのか分かりませんが、会話に織り交ぜて他者を攻撃することは、我々の社会全般においてもしばしば見受けられることです。

こうした、いわば相手に攻撃を悟らせつつも、その実名を用いないことにより、その相手からの攻撃な反応を免れようとすることは、おそらく、世界各地で見られる、それなりに普遍化された、ある種の技術であるのかもしれません。しかし同時に、こうした行為に対し「良心の呵責」のような、抑制的に働く情動が惹起されずに、そして、それが常態化するようになりますと、さきに述べた「やる気や情熱」といったものが徐々に減衰し、そして枯死してしまうのではないかと思われるのです。

その意味において、当記事は、まさに前述の「相手に攻撃を悟らせつつも、その実名を用いないことにより、その相手からの攻撃な反応を免れようとすること」とも云えることから、こうした記事はあまり作成しない方が良いのかもしれません・・(苦笑)。

しかしそれでも、そうしたことを承知のうえで、ネガティブな内容とも云える当記事を投稿する背景には「さきの嫌悪感や絶望感は、この先に癒され、寛解するものか分かりませんが、何れにしても忘れない方が良い」といった思いがあるからです。そしてまた私見としては、それが、歴史などの事実による過去の記録が、たとえ、それが悲惨なものであったとしても重視される理由とも繋がるのではないかと考えますが、さて、これもまた実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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