2022年10月25日火曜日

20221024 株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー②「私の中の日本軍」pp.361‐362より抜粋

株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー②「私の中の日本軍」pp.361‐362より抜粋
ISBN-10 : 4163646205
ISBN-13 : 978-4163646206

確かにピカソの傑作に比すべき名刀というものも存在するであろう。しかし、「絵」のすべてがピカソの傑作でないのと同様、日本刀のすべてが名刀というわけではない。そして名作とか名刀といわれるものは、いずれもそれぞれの部門で、「例外」なのである。そして数からいえば、「例外」でないものが圧倒的に多いことは、言うまでもない。

 従って、徳川期の小身の小物、旗本小普請などという無名の多数人がもった日本刀というのは、その実態は、みなそれぞれの身分・収入に相応したものであったのが実情であろう。「日本刀神話」は結局、「使用しないから」生きつづけて来たのが実態であろう。従って、本当に使用するかもしれぬとなれば、製品の刃物としての質が必ず一定の水準以上のもの、いわば、メイド・イン・USAの「スプリング刀」を選ぶということになるのが当然であった。

 第三に、R氏も指摘された構造上の欠陥である。日本刀もいろいろな面で評価すれば、確かに立派な鉄器であったであろう。しかし構造的に見て、中国の大刀と果たしてどちらが合理的かといわれれば、確かに疑問を感ぜざるを得ない。というのは、もっと極端な例をあげると、構造的には中国の大刀よりさらに徹底的に彎曲したもの、すなわち砲車についている円匙が、白兵戦では最もよい武器であることは、あくまでも事実だからである。

 この円匙は普通のシャベルとは違って、長いまっすぐな木の柄の先に、小型で平たく分厚いスペードがついている。これをやすりでとぎあげると実によく切れる。この丸い部分をまともに顔にでも受ければ、それこそ顔半分がざっくりとえぐり取られでしまうであろう。

 人間、いざとなればみなやることは同じらしく、「西部戦線異状なし」でも、戦場ズレした兵士が、正規の武器を持たず、円匙と手榴弾を持って突撃する記述がある。ジャングル戦でも、生きのびようと思えば、軍刀は捨てても、円匙と手榴弾をもっていた方がよい。穴も掘れるし、武器にもなるし、ヤシの実もわれるし、ヤシの新芽もむけるし、木の根も掘れるし、水牛もさばけるし、フライパンにもなる。しかも絶対に故障は生じなりから、修理師の必要もないし、また手入れの必要もないのである。本当に「刀」というものを実用品として使っていた民族の「刀」の使い方は、どうも、こういった使い方ではなかったかと思う。いわば刀身を平気で焼き串にも使うという使い方である。美術品としてはともかく、こういう使い方をしようとすれば、日本刀はまず、あらゆる面から欠陥製品であったといえる。

2022年10月24日月曜日

20221023【架空の話】・其の96 【モザイクのピースとなるもの】【実習篇②】

では、はじめにそれぞれの試料作製に用いる二枚の金属板を選び、そちらの器具を用いて両方共に屈曲してください。

ええと、今回の班員は10人ですが、それに対して、双方金属板の屈曲に用いる器具は、二つのみとなっていますので、効率よく交代して、スムーズに実習を進めて行きましょう。では、ここまでの説明で分からない、不明な点などがありましたら、どうぞご遠慮なく仰ってください。

・・うーん、いらっしゃいませんか・・。やはり実際に行動する前ですと、実感も湧きにくいから質問も出ないのかもしれませんね・・。では、とりあえず、さきの器具を用いて速やかに金属板を屈曲してください。屈曲の角度は90°程度にしますと、後の工程が進め易くなると思いますので、それを意識してください。

ああ、それと、銅板はそうでもないかもしれませんが、ステンレスの方は、屈曲後に金属特有の弾性による「戻り」があると思いますので、そうした性質も加味し意識して作業を行うと良いと思います・・。

ええ、双方種類の金属板の鑞付け部位は、先日、こちらで比較的高番手のペーパー・コーン(ハンド・ピースに装着するコーン状に巻いた紙ヤスリ)で少し研削して酸化膜は除去おきましたが、この鑞付けする部位を手指で触れてしまいますと、手の脂が天然のアンチ・フラックスとして作用して、折角、正しい位置に金属板を設置させることが出来たとしても、鑞が流れ難くなってしまいますので、そうしたことも留意して作業を進めてください・・。

あ、屈曲が終わりましたか・・ちょっと拝見します。こちらはステンレスですが、適切に両方共90°の直角に近い様に加工されていますので良いと思います。そして、この屈曲の工程があと何名か終わりましたら、次の工程を実地にて説明させて頂きます。

・・おっ。これで金属板の屈曲を終えたのが4~5名ほどになりましたね・・。では、次の工程を説明します。お手持ちの実習指示書では6頁になりますのでご覧ください。そこに記載の「鑞付け位置の固定」という項目ですが、このイラストにて示されているように、屈曲した2枚の金属板をガラス練板の上で、さきほど云いました通り、概ね0.05~0.2㎜程度、あるいは即物的に表現しますと、髪の毛1、2本程度の間隔をあけて置いて、そして、そこから少しも動かさずに、先ほど皆さんに手に取って頂いたスティッキー・ワックスで、バーナーの炎とインスツルメンツとを用いて、位置決めした2枚の金属板を固定します。

ええと・・・では、もう7~8名ほど屈曲作業を終えたようですので、次の工程の実地説明をさせて頂きます。ええと、こちらの席を少し使用させてください。まず、金属板を2枚、ガラス練板の上で位置決めを、このような感じで行い、そしてインスツルメンツをバーナーで軽く熱してからスティッキー・ワックスに少し触れて溶かし、その溶けたワックスをインスツルメンツ先端につけたままで、素早く、ワックスが硬化しないうちに、さきの位置決めした間隔に流し込み、位置の固定を行います。この時に、たとえばインスツルメンツの先端が金属に触れて、少しでも位置が動いてしまったら、また、ガラス練板での位置決めからやり直しになります。ですので、この作業では、出来るだけ、近くの方々と距離を取って、互いに干渉や邪魔をしない環境を心がけてください。

はい、こうしてスティッキー・ワックスを間隙に流し込み、位置の固定を行った屈曲した2枚の金属板とは別に、次に、こちらの鑞付け用埋没材を練和して、そちらに置いてある紙製の型枠を再びこのガラス練板の上に置いて、泥状の埋没材を型枠内に流し込み、それが硬化する前に、さきのスティッキー・ワックスで固定した2枚の金属板の屈曲部を素早く植立し硬化まで待ちます。

やがて、埋没材が硬化しますと、植立した2枚の金属板は、さきのワックスを用いた位置関係を変えることなく、さらに強固に「鑞付け位置の固定」が出来ることになります。また、ここまでの状態は、奥のテーブルに置いてある見本試料が示していますので、ご覧になったり、あるいは丁寧に扱いつつ、触れてみてください。

バーナーとインスツルメンツとワックスは、皆さんの人数分ありますので、先ずはスティッキー・ワックスを用いた金属板の位置固定を行ってください。もちろん、これまでの説明や実習書の記述からもお分かりの通り、この間隔が狭すぎると、鑞が流れ難くなり、他方で、間隔が広すぎると、たとえ鑞が流れ込んでも間隔を充たすことが出来ずに、鑞付けの目的である金属の接合自体が出来なくなってしまいます・・。

ですので、この工程も大事なものと云えますので、緊張感を持って取り組んでください。それと、また室内でバーナーを使いますので、ご承知とは思いますが、火はくれぐれも注意して取扱い、そしてまた、水分の補給は各自適宜行ってください。では、はじめましょう。

この工程で、何か不明な点などがありましたら、随時お声掛けください。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年10月22日土曜日

20221022【架空の話】・其の95 【モザイクのピースとなるもの】【講義篇②】

では、今日のテキストを用いた講義はこのあたりにしましょう・・。今回は比較的多く、歯科材料や臨床にて日常的に用いる器具などの英語での名称が出てきましたが、このあたりはテスト作成者側からしますと、問題として出し易いと云えますので・・いや、それ以上に皆さんがここを卒業されて歯科衛生士さんや技工士さんとして海外で仕事をすることになったり、あるいは、外国人が多く在住している国内地域の病院や歯科医院などで勤務するようになりましたら、かなりの高確率で、これらのコトバを用いることになると思いますので、皆さん、出来るだけ多くのこれらコトバを憶えていた方が良いと思います。

たとえば、このテキストの26頁に出てくるスパチュラ(Spatula)という言葉は、そのイラストが示すように細長い先端の形状を持つ金属製の箆のようなものを指していますが、皆さんご承知の通り、これらは私たちのいる歯科医療分野では、数種類あって石膏スパチュラ、アルギンスパチュラ、そしてカヤックのパドルにも似ている両頭のセメントスパチュラなどがありますが、このスパチュラ(Spatula)は和訳すると「箆」になるのですが、また他方で、トランプの絵柄の一つであるスペード(Spade)も、文字にしますと、さきほどのスパチュラ(Spatula)と近くなり、スペードの方は元来、農具の鋤の意味とのことですが、よく知られたトランプのスペード(Spade)の形状に最も近いのは、軍隊で個人装備として広く使われている、先端がラウンド状になった円匙(えんぴ)と呼ばれる小型シャベルではないかと思います。これなどは先端部をヤスリなどで磨ぐと、大変鋭利な武器にもなって、第一次世界大戦を描いた「西部戦線異状なし」というモノクロの名作においても、先端を研いで武器に改造した円匙(えんぴ)を持った兵士が出て来るとのことです。さらに武器として考えてみますと、さきのスパチュラ(Spatula)やスペード(Spade)にも言語的類縁性が認められるのが、古代ローマ帝国から見て北方の蛮族にあたるケルト(ゴール)やゲルマンの戦士達が用いていた長剣シュパータ(Spatha)であり、これは改造を施さなくても武器であり、またおそらく、こちらもさきの二つの「Spa」からはじまるコトバと語義的な類縁性がおあるように思われますが、こうしたことは、面白いもので、実際に辞書を引きつつ、辞書に書かれた文字の字面と、それぞれの意味をボンヤリと眺めつつ考えていますと、何だか突然思い付くといったことがありますので、皆さんもおそらく今後、そうした経験をされることになるのではないかと思います。

では、さきに挙げた映画作品「西部戦線異状なし」の時代背景である第一次世界大戦についてですが、講義の冒頭で述べましたジョージ・オーウェルによる「パリ・ロンドン放浪記」(Down and out in Paris and London)の時代背景が丁度、第一次世界大戦後のおそらく1920年代であり、この作品に、帝政ロシアが革命によって倒されて国外に亡命した、かつての帝政ロシア陸軍の士官、たしか大尉でしたっけ・・のボリスという人物が登場しますが、おそらく1920年代当時の世界では、かたや戦禍も欧州各国と比べては浅く、そして戦勝国となって富が溢れていたスコット・フィッツジェラルドによる「グレート・ギャッツビー」に描かれているようなアメリカ合衆国の社会がある一方で、ファシスト政権誕生の培地ともなった、敗戦によって高額な賠償金が課されて急激なインフレが進行してしまい経済が破綻状態であったワイマール・ドイツのような社会状況もありました・・。

フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」は皆さんご存知ですか・・?ちょっとお手数ですが、ご存知の方は挙手をお願いします・・。

おお!皆さん結構ご存知のようですね。さすがです・・。え、そうです。この作品は映画化もされていますよね・・。それでも皆さんが御存知であるのは、おそらくレオナルド・ディカプリオが主演で、バズ・ラーマン監督の作品であると思うのですが、それ以前にも往年の名優ロバート・レッドフォードが主演で、後に「地獄の黙示録」の監督となるフランシス・フォード・コッポラが脚本を担当して、さらに洋服ブランドの「ポロ」で有名なラルフ・ローレンが、映画衣装を担当してアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞した、1970年代の映画作品もあるのですが、私としては後者の方が、より当時の時代精神に迫っている印象があるのですが、まあDVDもおそらくツタヤに置いてあると思いますので、両方の作品を英語字幕にして英語の勉強をしながら観るのも面白いかもしれませんよ・・。

え、ああ作家の村上春樹氏がこの「グレート・ギャッツビー」を和訳しているのですか・・。はあ、それは知りませんでした・・。私が読んだのは、たしか新潮文庫の版で訳者は村上氏ではありませんでした。それで村上氏はどちらの出版社から出されているのですか?
へえ中央公論新社ですか・・。分かりました。どうもありがとうございます。今度機会を見つけて少し読んでみます。

ああ、では早速、ジョージ・オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」(Down and out in Paris and London)を読んでいきましょうか? まず私が音読して、その部分を和訳して行きますので、とりあえず聞いていてください。そして、その次から私が指名させて頂きますので、その続きを音読して、そしてその和訳をしてください。それで、これは高校までの英語の講義とはちょっと違いますので、出来れば演劇のように文章に入り込んで楽しみつつ音読をしてください。いや、私も含めて英語が母国語ではありませんので、発音などもそこまで神経質にならなくて大丈夫です。むしろ、こうして音読していくうちに、自然に上達していくのではないでしょうか・・。

では行きます・・。おお!いきなり何やらフランス語らしき記述がありますね・・まあ、いいや、じゃあ行きますよ。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2022年10月21日金曜日

20221020 【架空の話】の背景の詳細について

おかげさまで昨日の投稿記事は、投稿翌日としては比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。また、そこでの内容から、本日の投稿記事については【架空の話】の続きを・・といった流れになると思われるところですが、過日の新型コロナ感染下での朦朧とした中で生じた、意識の変化は、前述の通り【架空の話】続編の作成を促すものであったのと同時に、その背景・文脈となる出来事の記憶や考えについてもまた、文章として著してみたいというものでもあり、そこから、本日についても昨日と同様、続編の作成はせずに、その周辺にあることについて述べて行きたいと思います。

 先ず、一連の【架空の話】では、設定として「医療専門職大学運営機構」という組織が存在し、その運営は、主に民間のシンクタンクが担っており、さらに、その資金の出所は、医師会・歯科医師会や民間運営の大手医療機関、あるいは製薬会社や医療機器メーカー、そして大学といった研究機関となっています。これらの組織から、それぞれ「医療専門職大学運営機構」へスタッフが出向・派遣されて、その中で、さまざまなデータに基づき、各地域毎に設置される専門職大学の立地や学科編制などが、さきのシンクタンク・スタッフ等と検討され、その結果が各地域自治体等の既存組織に報告され、今度は、その中で、ある程度具体的な設置の方向性について検討されるのですが、ここで、スムーズに、ほぼ運営機構側から提出された原案のままで通る地域があったり、あるいはまた、議論が難航し、差し戻しの再検討が繰り返された地域もありましたが、しかし、その骨子である「地域に学費が安価な医療系大学の新設を」自体は、どの地域であっても共通する要望であったことから、最終的には、概ね一年程度の交渉にて、運営機構側と自治体等の既存の地域組織との間に合意が成立し、比較的スムーズな設置合意に至り、用地の選定や地域毎の運営側組織の選定へと至ったのですが、ここでの在地運営組織の選定も思いのほかに難航して、二転三転することもありましたが、地域の医師会・歯科医師会、そして民間大手医療機関や在地志向の研究所などが入ることは、概ね当初からの読み通りであったと云えますが、ここで、さきに述べた「製薬会社や医療機器メーカー、そして大学」といった在地志向性が比較的乏しい組織からの意向が強くなると、話が難航することが多かったとのことですが、これに関しては、これまでに既に国内複数地域に、いくつもの看護大学を擁している学校法人日本赤十字学園や青葉学園(東京医療保健大学の運営元)などが運営機構に属し、スタッフも出向していたことから、それまでの在地各組織との交渉経験が活かされたと聞いているが、しかし、運営機構に属している大学組織は、これら二つのみではなく、その他には、首都圏の老舗私立歯科大学や医学部の新設を狙う老舗私立大学や、医歯薬看護などを網羅した地方の国立大学法人といった大学が加盟していましたが、具体的には【架空の話】内に登場するK医療専門職大学の場合では、これまでの【架空の話】での文脈から、在地の国立大学法人が加盟している可能性が濃厚と云え、そうした事情のあらわれが、登場するS教授のように、設立当初の医専大各学科の教授職は、在地国立大学法人の教授が兼任するといった様相になっていると云えます。

【架空の話】を作成している側としましても、背景組織などについても少しは考えているつもりではありましたが、こうしてあらためて文章として書いてみますと、これはこれで自分なりにまた考えさせられました。しかし、ともかく、私見としましては、こうした学費が安価な医療系の専門職大学が国内に多数新設されることは、国の力を先細りさせることのない、比較的妥当とも云える未来への投資であるように思われるのですが、実際のところはどうなのでしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年10月20日木曜日

20221019 【架空の話】への思いの変化について

先週の水曜日(10/12)に体調の悪化を自覚し、同日に検査を受けて新型コロナウィルス感染症に感染していることが判明してから、当初の2日ほどは、立って歩くことも儘ならず、頭が重く、咽喉も痛く、そして体の節々が痛むといった状態でした。それでも発熱はそこまで高くなく39℃まで届くことはありませんでした。やがて発症から3日ほど経つと、さきに挙げた症状も大分おさまりを見せ、書籍を読むことも出来るようになりました。とはいえ、ここでの読書はあまり頭に入らず、とりあえず字面を追うといった感覚が強かったと云えます。しかし、この字面を追い、文章を読むという行為自体も継続しておかないと、後の回復の際、大変になってしまう恐れがあることから、とりあえず、手に取ってはしばらく読み、そして次の書籍に換えてまた読む、といったことを意図などは気にせずに繰り返していました。しかし、こうした読書方法は、これまであまり行ったことがなかったことから、それなりに新鮮に感じられるものがありました。

そして、その「新鮮に感じられる」の内容とは何であったのかと考えてみますと、それは、奇しくも当ブログの作成についてであったと云えます。とりわけ、その中でも、これまでに90話以上作成してきました【架空の話】の続きをあらためて作成したいと思うようになりました。

しかしながら、さきに述べた比較的短時間での取っ替え引っ替えの読書が、どのような経緯により、新たな【架空の話】の作成意欲に結び付いたのかと考えてみますと、それは不明であり、あるいは、さきの読書方法に因らなくとも、病床に臥してから、少し回復に向かってきますと、これまで少しは留意していたものの、手をつけるまでには至っていなかったことに意識が向くものであるのか、さらに「では、次はどのようにして【架空の話】の続きを作成するか?」と考え、そして現時点までに作成した【架空の話】の内容の整理をはじめました。現在までに展開している【架空の話】では、K医専大口腔保健工学科での実務家教員選定の下準備として、医専大にて兼任教授も務めているK大学大学院医歯学総合研究科のS教授からの依頼により、かつてのS教授門下であり、現在は医専大口腔保健工学科にて助教として勤務しているE先生と、人文系(英文学)での背景を持ち、医専大OBであり、現在はK大学大学院医歯学総合研究科の博士課程に在籍している主人公「私」の二人が、東京・首都圏を訪問し、知己である地元の開業歯科医師から得た情報に基づき、はじめの歯科医院へ訪問したところになりますが、こちらの歯科医院での情報が比較的多いことから、ここで一度止まってしまい、そのままであり、他方では、主人公が、医専大の口腔保健学科・口腔保健工学科の1年生を対象とした教養科目の講義を担当することとなり、その1日目の様子と、K大学歯学部の3年生を対象とした歯科理工学実習「鑞付け」の様子を描いたものを【架空の話】として作成しましたが、これらも個人的には、それなりに思い入れのある、印象深い記憶ではあるのですが、どうも先が進まず、そのままにしてしまいました。

また、この【架空の話】に関しては、この1年間にて、何人かの方々から「あれはその先どうなっているの?」や「【架空の話】に登場する医専大は実在するの?」といったご質問などを何度か頂いていたことから「これはいつか続きを作成しなくては・・」と考えていましたが、これまでは、何かに制御されていたのか、どうも先を書き進めることが出来ませんでしたが、今回、さきに述べた新型コロナウィルスの感染による病臥の期間での読書により意識に変化が生じて【架空の話】の先を作成したいと思うようになりました。ああしたものは、同じブログ記事ではありながら「勢い」が重要であると思われることから、また勢いのあるうちの現在のストーリーの展開具合を整理して、さらに、そのことをブログ記事として公表することにより、否応なく先に進むようにと今回の当記事を作成した次第となります。

作成してみましたら、意外と長い文章となってしまいましたが、また今後も、とりあえず1900までは作成したいと考えておりますので、引続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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2022年10月18日火曜日

20221018 中央公論社刊 司馬遼太郎著「歴史の中の日本」内「歴史を動かすもの」pp.113-115より抜粋

中央公論社刊 司馬遼太郎著「歴史の中の日本」内「歴史を動かすもの」pp.113-115より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122021030
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122021037

私は戦後日本が好きである。ひょっとすると、これを守らねばならぬというなら死んでも(というとイデオロギーめくが)いいと思っているほどに好きである。江戸体制の惰力がすっかり消え、明治国家の重さが消滅し、昭和軍閥のデモーニッシュなイデオロギーも去り、可憐な日本人たちは数百年の深海生活から浅海に浮き上がってきた小魚のむれのように一時は水圧の変化に適応できずとまどいはしたが(あるいは、なおもとまどっているともいえるが)とにかく、有史以来、日本人がやっと自由になる、しかも近年にいたって日本人が有史以来、はじめて食える社会を持った(この食えて自由であるという事実を直視しなければならない。この事実に虚構のフィルターをかぶせることだけはやめてもらわねばならない)。

 活動家の学生諸子は権力ということばをつかいたがるが、過去との比較において、こんにちのこの国に「権力」らしい権力が存在すると考えることじたい、幻想である。政治はせいぜい調整的機能を果たしているにすぎず、今後、権力どころか政治そのものまでがその分野を小さくしてゆき、ついにはゲームになるかもしれず、あるいはいますでになりつつある。機動隊と学生活動家との間の表面的もしくは本質的光景がその一例であろう。

 しかしこまったことに、権力というこの魔神的な存在をめぐらなければ、酩酊的体質の人間は酩酊できないということである。虚構を実在たらしめるには大権力の存在が必要であり、ときには権力が敵方のものであっても、それが大きければ大きいほど、それを攻撃する側の虚構はいきいきとした現実感をもち、酩酊の度は深くなる。学生が、たかが調整機能でしかないいまの政府に対し「権力、権力」とお題目のようにさわぎたてるという心理の深層のなかに権力の大成長をのぞむ願望が当然秘められており、また政府を支援する重国家願望の酩酊体質者たちもまた学生さわぎを誇大に幻想し、重国家の到来を願望している。いずれにしてもひどい目にあうのは、普通のひとー非酩酊体質である。非酩酊体質としてはもうええかげんにせい、と叫びたいが、残念ながら叫ぶには酩酊を必要とする。酔ってもおらぬのに馬鹿元気を出して叫ぶわけにもゆかず、なんとなくテレビの騒動ニュースをみてむっつりしている。

 こういう非酩酊体質はカトリックでも日本の古念仏でも、古来地獄にも極楽にもゆけないとされておどされてきたが、しかし人間のうちの大部分を占めるこの種の人間どもを救ったのが、イデオロギーが支配権をうしなった近代的市民社会であった。日本史でいえば戦後二十数年の社会であったであろう。ただしここに、タダの人間のためのこの社会が、変な酩酊者によってゆるぎそうな危険な季節にそろそろきている。どうかそういう国が二度と日本にやってこないよう、タダの人間としては空念仏でもとなえているしか仕方がないようでもある。

 歴史はときに酩酊者に勝利を得さしめるが、ながい目でみれば歴史はこの空念仏群の強靭さの前に屈しつづけてきたようである。歴史を動かし社会に黙々と衣食を供給してきたのはこの層であるとむしろ自信をもって思ってやりたいが、どういうものであろう。

2022年10月8日土曜日

20221008 株式会社文藝春秋刊 大岡昇平著「対談 戦争と文学と」pp.108-111より抜粋

株式会社文藝春秋刊 大岡昇平著「対談 戦争と文学と」pp.108-111より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4168130509
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4168130502

いいだ 私は過去の日本の戦争というものを考えてみて、相変わらず全面的否定の立場ですけれども、ただこういうことがあるのですね。戦後の通念の一つに、ああいう戦争というものは、いわば日本の近代化とか西欧化というものと正反対のものであって、だから近代化して西欧化するということが、戦後の平和の出発であるという問題の立て方がありますね。私はそれにもまったく反対なんです。ある意味では、明治以来百年の、日本の近代化、西欧化というものの帰結が、ああいう戦争なんだと。兵隊を一銭五厘の赤紙で引っぱり出して、ぶったり蹴ったりして戦わせる、そういう、いわば暴虐な、前近代的な野蛮みたいなものも、私に言わせれば、やはり日本の近代化、西欧化、つまり追いつこう追いつこうということの避けがたい結果なんだ。私たちは特攻隊の世代ですから、学校で特攻死しているのがいますけれども、だから普通の世の中の通説と違うものを、僕ら特攻隊にも感じますけれども、無謀な玉砕であり、犬死であるという見方があるけれども、それを支えた特攻隊自身は、かなり、どうやってぶっつけるかということについての、精密な、数学グラフ的な処理もやっているわけですね。それから、彼らは一種の心情だけではないわけですね。自分は死ぬんだ、パッと散って、桜のようにきれいだということだけであれば、主観的な心情だけれども、彼らはそうではないわけで、自分の死によって、結果として、どういう戦争上のプラスが生れて、そのことは全体の戦局転換にとって、どういう意味があるかというような、自分の死自体をも一つの技術的計量のなかに組み込むという、一種の技術主義の極致みたいなものがあるのですよ、あのときの二十歳の若者のなかには、そういうものを考えてみると、単にあれが、よく言われる意味での玉砕精神で、単なる精神主義なんだということでななく、追いつき追い越そうということで、死にものぐるいにやってきて、しかもいろいろなものが足りない、いわば遅れたものとして、そこのところを追いつくにはどうしたらいいかという、かなり技術的な計量があってやっているのだと思いますね。

大岡 僕は「レイテ戦記」で神風特攻は全部記録しましたが、レイテ戦からリンガエンまでは、そういう技術的な面が主なんですよ。パイロットもまだ少しは訓練を受けた経験がありますからね、突っ込むのにも技術がいるのですから。従って自然に全機特攻となったリンガエンがいちばん効果的なんで、二百機ぐらいでそうとうの効果をあげている。沖縄戦の段階に大本営で全機特攻の方針がきまり、特攻用の若者を召集しはじめる。海軍の天号作戦には七千機が参加している。敵の艦隊と神風との決戦になるわけなんです。こういう戦争の形はこの後歴史でくりかえされることはないでしょうけれど、これには日本が第三世界的なところにいた証拠かもしれませんね。第三世界にいながら近代的な装備を持った国が、一方にいなければ沖縄戦は成り立たなかった。しかしおしまいのほうになると、日本の軍隊構成の欠陥が出て来るんです。「きけわだつみのこえ」というのは、実に痛ましくて、ずっと読めなかったので、こんど必要から読んだのですけれども、特攻という行為と送り出されるまでの兵営の生活に矛盾があるのですね。突っ込む操縦だけ教えられて、生死の問題は自分で論理的に解決する。ところが敗戦間際になると「神風」だと思って大きな顔をするなと言ってなぐられたり、出撃前夜、女にふられたりする。兵営の生活の現実というものが自分の覚悟を支えてくれない。日本の勝利も信じられなくなる。使いものにならない練習機に乗らないとぶんなぐられるというようなことで、沖縄へ行く途中でふらふらと海におっこちてしまうというようなことが起きてくる。結局、日本の軍隊の組織の欠陥、腐敗からだめになる。本土決戦は支配層が暴動をおそれてやめたんですが、どうせ成立しなかった。自分で手段を選びとってやったパイロットはそれぞれ立派で、実際、戦果もあげるのですけれども。