2020年5月29日金曜日

20200529 1310記事への到達そして【架空の話】の20記事の投稿から

おかげさまで昨日、1300記事に到達してから10記事の更新となりました。そして、この積み重ねを10回続けると100記事になると考えてみますと、それはそれで面倒ではありますが、同時に「出来ないこともないかな・・。」とも思えてきます。さらに具体的には年内のうちに、どうにか1400記事まで到達出来れば良いと考えていますが、とりあえずは、来る6月22日のブログ開始丸5年を迎えるまでに、更に10記事追加して1320記事程度にはしておきたいと思います。

さて、これまでに【架空の話】を20回に亘り投稿してきましたが、こうした【架空の話】は、これまでに何度か作成しようと思いつつも出来なかったことであり、これは以前にも書きましたが、居地の移動と、今なお完全には収束していない新型コロナウィルス感染症による外出自粛により、何らかのスイッチが入って書くことが出来たと云えます。

そして、面白いことに、書いた後になってみますと「何故、これまで書くことが出来なかったのだろうか?」とも思えてくるのですが、一方で、これまでに自身の経験に基づいた対話形式の記事は、ある程度は作成してきたと云えます・・。そして、それら記事(対話形式の)は感覚的ではありますが、実際の記憶と仮想の割合が、およそ7:3程度であり、記憶の方が主であると考えますが、ここから仮想の率を増加させ、そしてストーリーを持たせ、ある程度継続的に記事を作成することが、これまで出来なかったのです・・。



こうして書いてみますと、本当に何でもないことであるのかもしれませんが、自身にとっては、この記憶と仮想の比率の変化(逆転)および、ストーリーを持たせて書き続けることと、これまでに作成した対話形式の記事との間には、越え難い隔たりがあったのだと云えます。そして、それが外的な要因(転居・外出自粛)によって動揺し、何かに突き動かされて出来てしまうということは、自身にとって幸運であったのか、あるいはそうでなかったのか、未だ分かりませんが、こうして【架空の話】を20記事作成出来ましたので、今後も引き続き作成していきたいと考えています。そして、これまで読んで頂いている皆さま、出来ましたら今後ともどうぞよろしくお願いします。

加えて、これまた、おそらくは自意識過剰の所産でしょうが、思いのほかにエライ方々も、一連の【架空の話】を読んでくださっているのではないかと思われることがありました。そして、もしも読んでくださっているのであれば、医師や歯科医師や看護師をはじめ各種医療技術者の大幅な養成人数の増加(大学・学部・学科の新設、定員の増加等)を是非、検討して頂ければと思います。

さて、つい先日(5月25日)私の住む千葉県も、去る4月7日から続いた緊急事態宣言が解除され、昨日、久しぶりに都心部の大型書店に出向くことが出来ました。以前と比べて来客者数は少なかったように見えましたが、私の方はいくつかのコーナーで立ち読みし、また、新たに面白そうな著作をいくつか見つけることが出来、久しぶりに、ある種の高揚感を味わうことが出来ました・・(笑)。

それ故、たしかにオンラインのアマゾンは、大変便利で重宝させて頂いてはいますが、自身としては、現実の書店もまたアマゾンに負けず劣らず重要な意味を持つものであることが、これまた期せずして、今回のコロナ禍によって再認識された次第と云えます・・。



*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!





2020年5月28日木曜日

20200527【架空の話】・其の20

【架空の話】
丁度、城を過ぎたところの交差点で右に曲がり、そのまま直進し、小さな橋を渡ると、さらに右折し、堀川沿いの道を少し走り、左に曲がり、すぐに再度左折すると、右前方の方に、それらしき店が見えてきた。ここで兄は「しめた!一つ空いているぞ。」と店の専用駐車場に駐車することが出来た。その時、時刻は10:50を少し過ぎた頃であった。

開店時間前であるにも関わらず、店の駐車場はこれで一杯になり、また店の前には、既に10人程並んでいた。店の方は、首都圏のラーメン屋とは趣が異なり、またkのラーメン屋Tに近いところもあったが端的には「街の食堂」といった感じが適切であるように思われた。やがて11:00の開店時刻になると、赤い庇の下の出入り口には、紫地に白で屋号の一文字が染め抜きされた暖簾が掛けられ、列を作って待っていた我々は、店の方によって順次座席に案内された。

この時兄は、店の方から尻上がり気味のイントネーションで「あ、どうもー」とあいさつされていたため、兄が常連であることが察せられた。また、兄の方も気さくな感じで「ああ、どうも、またご馳走になります。」と笑顔で云いながら、店内に設置されてる学食などによくあるタイプの自動給茶機で二つ緑茶を淹れて、こちらのテーブルまで持ってきてくれた。私はそうした学生時代では見られなかった兄の自然な振舞いを見て「ははあ、社会人をしばらくやっていると、こんなことが普通に出来るようになるのか・・。」と感じたが、また同時にそれは、兄がやりたくないと云っていた会社での営業の仕事によって、身に着いたものであるようにも思われた。

そして、この店もまた、メニュー(品書き)が古風であり、当初は食堂として出発していたことが、ここからも理解出来た。中でも面白かったのは、品書きにあった「しのだ」とか「けいらん」は、それまで見たことがなかったことから兄に聞いてみると「ああ、「しのだ」は刻んだ油揚げが具のうどんのことで「けいらん」は文字通り具材が玉子のうどんだけれど、出汁が餡かけなんだよ・・。」と、さも当り前のように答えてくれた。そこからも、兄がこの店の常連であることが看取された。また、このお店の客層で面白いと思ったことは、駐車場に停めてある自動車のナンバーから、主に北隣の大阪各地から観光のように、このお店に来ている方々が一定数いて、それと同時に、普段着姿の地元の老若男女と思しき客が多くいることであり、そこから「ラーメンは若い人の食べ物」といった首都圏のいわば、住み分けされた価値観によって成立している食文化とは異なる「地域独自の何か」があるように感じられ、またそれは、運ばれてきたラーメン(中華そば)を食べてみて、さらに強く思った。何となれば、このラーメンはどうちらかと云うとコッテリとして、濃厚な味わいであったからだ。つまり、このようなコッテリとしたラーメンは首都圏では、若者が主たる客層であるが、このお店では、食べ盛りの孫と、その祖父母が皆で同じ中華そばを食べているのである・・。

こうしたことは「単に選択肢が少ないからだろう・・」と構造主義的に考えることは面白くなく、それよりも「何故、この地域では、このお店では、地元の老若男女がやってくるのだろうか?」といった疑問を設定しつつ、地域のさまざまな文化を眺めている方が余程面白いのではないかと思われる・・。くわえて、その後、しばらく経て思ったことは、私のような東の人間からすると、そばやうどんなどの出汁の違いによって象徴されるように、Wを含めた西の方では、全体的に味付けはあっさりしていて、それに対し東の方では、ここぞとばかりに料理に醤油を多用して、味全体が濃くて塩辛いといった先入観らしきものがあるが、こと、味覚の一種とも云える、動物性脂肪の嗜好に関しては、東より西の方が強く、また、その食品としてのこだわりについても、同様ではないだろうかということである。

ともあれ、ここでの中華そばは充分に満喫し、また店の前の列は途切れることなく続いていたことから、我々二人は食べ終えるとすぐに店を出て、駐車場を後にした。運転しつつ兄は「どう、美味しかったでしょ?」と少し自慢気味に聞いてきたが、確かに美味しかったため、肯定すると「うん、ほかにもWラーメンで有名なお店はあるから、それはまた明日にしよう。」と云い、続けて「あ、そうだ、面白いものを見せてあげるよ。」と云ってW市役所すぐ近くの建設現場を指して「ほら、県立医大の薬学部が新たに設置されるから、あそこに、その建物を造っているんだ。」云った。そしてさらに、その道の先にある全国展開のファミリーレストラン横の道を曲がり、道なりに坂道を少し登ると、そこに小学校の校舎らしきものが見えてきた。兄はその校舎を指して「ここはね、もともと小学校だったのだけれど、中心市街地から人々が離れていく、まあ「ドーナツ化現象」によって児童が集まらなくなり廃校になった古くからの小学校で、たしか南方熊楠や松下幸之助が卒業生だって聞いたけれども、この廃校舎を再利用しようと手を挙げたのが、ほら、うちの近くにもキャンパスがあるT医療保健大学でね、ここがWに新たな看護学部をということで設置したのだが、こないだ営業に来たついでに聞いてみると、1学年90名くらいの学生さんのうち、6~7割が県内からの学生さんとのことで、かなり地元にも貢献していると思うよ。だから、おそらく、こないだ**が受けた編入試験もそうかもしれんが、何かしら大きな時流というのが、その基層にあるのではないかと思うなあ・・。まあ、そうしたこともあって、俺も最近は、この先の進路について、もう少し考えてみようと思うようになったんだ・・。」とのことであった。地域は違えど、それぞれでも生じている現象やその傾向には、共通する何かがあるのかもしれない・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!







2020年5月27日水曜日

20200526【架空の話】・其の19

【架空の話】
そこでしばらくコーヒーを飲みつつ読書をして8:30過ぎに兄に電話をかけると、すぐに出てきて「ああ、着いたか、え、駅前のミ*ドにいるのか、分かった。今から準備をして車で迎えに行く、大体30分で着くと思う。」とのことであった。


兄の云った通り、およそ30分程経った頃、店の外に写真で見覚えのある車が停まりハザードランプを出した。私は、書籍をリュックにしまって担ぎ、コーヒーカップとトレイを返却し、そのまま外に出た。私の姿を認めた兄は車から降りて後部トランクを開けてくれた。この車は四角張ったフォルムの四駆軽自動車(深緑)であり、兄の好みにマッチしているように思われた。そして荷物をトランクに積み、私は助手席に座って走り出すと、兄は「1月終わりだけれど、こっちは結構暖かいだろ。もうじき、県の南の方では梅の花が咲き始める頃だよ。しかし、この時期は釣りは厳しくてね・・。まあ、寒いとお魚さんも活性が落ちてしまうんだろうな・・。ああ、それはそうと、まだこっちに着いてからはドーナツくらいしか食べていないんだろ。今日の昼はWラーメン、まあ、地元では「中華そば」って云うんだけれども、これを食べよう。ラーメンは、**も好きだろ?」と云ってきたため、私は「ああ、本場のWラーメンは食べたことがないから、是非食べてみたいな・・。それと兄貴の家はここからどのくらいで着くの?」と聞き返した。すると「ああ、市内の南の方の職場に近いところでアパートを借りて住んでいるのだけれども、こっちのアパートは結構広くてね・・。ここから車で10分かからない程の場所だよ。それで、今日行こうと思っている、そのWラーメン(中華そば)のお店は11:00に開店だから、一先ずウチに荷物を置いて、少し休んでいたら良い時間になるから、そこから、また車で出よう。」とのことであった。また、そのような会話の途中でも運転しつつ兄は、走行している道路の右側にある、時代を感じさせる店構えのお店を指しながら「ほら、あれがWラーメンが全国区になるきっかけになったI商店だよ。ここはたしかに元祖で美味しいけれども、これから行くところとは、またちょっと感じが違うんだなあ。」などと、道路沿いにある店の情報などを説明してくれていた。

ともあれ、そうこうするうちに、9:30前にはW市郊外にある兄のアパートに着いた。このアパートは首都圏の基準であれば充分に広く、家族でも住むことが出来るタイプであったと思われる。兄の部屋は最上階の3階にあり、階段を登り部屋に入ると、そこには兄の趣味が広がっていた。以前ほど、フライト・ジャケットなどには凝らなくなってはきたものの、昔からお気に入りの数着は、まるで絵画かオブジェのように壁際に吊るされていた。また、新しい趣味である釣りに用いるロッドも数本、壁に掛けられていた。そして、私が滞在中の居室として通されたのは、使用していないという、たたみ畳敷きの8畳の和室であり、そこには布団が敷かれていた。そこに荷物を置き、手と顔を洗い、少しサッパリしたところで、リビングルームで兄と雑談をしていると、そのうちに時刻は10:20頃になっていたことから、財布やスマホなどの必要なものだけを持って、再び外にでた。首都圏と比べて温暖とはいえ、1月末のWも十分に寒く、一度家に着いてからの再びの外出が少しだけ面倒に思えた。一方、兄の方はテンションが高めであり、この程度ではあまり寒いとも感じていないようであった。そしてまた、自動車でW市街地にあるという、その中華そばのお店に向かった。市街地に入ると、左手にお城が見えてきたが、兄はそれには関心を示さず、丁度、城を過ぎたところの交差点で右手に曲がり、そこからすぐに小さな橋を渡ると、さらに右折し、堀川沿いの道を少し走ってから、左に曲がり、すぐに再度左折すると、右前方の方に、それらしき店が見えてきた。ここで兄は「しめた!一つ空いているぞ。」と店の専用駐車場に駐車することが出来た。その時、時刻は10:50を少し過ぎた頃であった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!


2020年5月26日火曜日

20200525【架空の話】・其の18

【架空の話】

また、兄の方も「うーん、実のところここ最近は、このまま会社に残っている自分を全く想像できなくなってきているから、何か目標を見つけたら、**のように、その方向に向かって動く方が吉かもしれないな・・。」とのことであった。そして、年末年始休みも終わり兄はWに戻り、私の方はいよいよ修士論文の仕上げに取り掛かった。論文の提出期限は、たしか1月半ばであり、この年末年始の期間は、さきの兄との会話などはあったものの、全体としては、自室に引きこもり、PCの前に座る時間が長かった。指導教員の方も12月後半での年内最後の研究経過報告を聞いてからは、あまり厳しい突っ込みや無茶な注文は云わなくなり、他方こちらは、それで良いのか逡巡したが、とりあえずカタチを整えて提出することが大事であると考え、提出までの3日間は、あまり寝ることなく、その頃盛んに売り出していたエナジー・ドリンクを毎日のように飲んでいたが、そのせいか最後の方は体調がおかしくなり、視界がモノクロのようになったりもしたが、どうにか期日正午に教務課窓口に論文を提出することが出来た・・。

とはいえ、提出出来れば良いと云うわけではなく、その後、主査・副査合わせて3名の教員による論文審査を受けて、これをパスしなければいけないのである・・。しかし、これまでの論文審査では、そこで審査をパス出来ずに1年留年といった前例はなく、どんなに厳しくとも論文の大幅な修正を求められての再提出で、どうにかパス出来ていたことから、そこまで怖くはなかったが、それでも、あの時期の院生研究室のどんよりした雰囲気や複写室(コピー機のある部屋・院生研究室の隣)のよく分からない緊張感は、一度経験してみるのも悪くないように思われる・・。

さて、論文の提出でようやく年が明けたことを実感することが出来るようになったものの、その次には論文審査が控えていて、その想定問答らしきものを自分なりに作成して、いざ本番に臨んだみたが、そこからの質問は出ることなく、意外と、自分の想定したことろよりも、浅い領域と思われるところからの質問が多かったことから、これはどうにか見苦しくなく、対処出来たのではないかと思われる。

学位審査の結果は学内掲示板に張り出されるとのことであり、その日は、そのためだけに大学まで行った。そして既に張り出されていた結果を見ると無事にパスしていて、少し肩の力が抜けた。またBについても、研究科は異なるが、無事に審査をパスしており、これで来年度は少し面白くなりそうな予感を持てるようになった。

その後、指導教員の研究室に行ってみると「会議のため不在」とのことであり、そのまますぐには帰宅せずにアルバイトをしているS駅近くの古着屋に立ち寄り、店長や他のスタッフとしばらく雑談をしていると、夕刻に近づくにつれ、いつも通りにお客さんが増え始めたことから、私はその場を辞することにした。

次にD先生の医院に立ち寄ると、こちらも診療中で、あまり対応出来そうな雰囲気でなかったことから「また後日ご連絡します。」とメモを残して去った。そして、夕刻過ぎ頃、意外に早く帰宅すると、両親は共に不在であり、一人で昨晩の残りを温めなおして食べて、リビングルームで寛いでいると「そうだ!兄に連絡しよう。」と思い立ち、携帯電話で掛けてみると、すぐに出て、審査結果の報告をすると「おお、それは良かったな。それじゃあまだ、Kに行くまでは少し時間があるんだろ。それなら一度こっちに来てみたら面白いぞ。」とのことであった。兄によると、こちらに来るのであれば、土日を完全に休みにして、次の月曜日も出来れば有給休暇を取るとのことであり、さらに宿泊は兄の居宅に泊まれば安上がりで、さらに向うでは自動車で移動出来るとのことであった。

私も一応自動車の免許は取得しているものの、それは多分に身分証明書代わりとしての意味あいが強く、それ以上に、首都圏で普通に学生をしていると、自動車を運転する機会があまりないのである・・。また、兄についても概ね私と同様であったはずが、ここにきて兄弟で自動車に乗るということが、やけに新鮮で面白そうに思えたのである・・。

というわけで、早速日程を調整し、w行きの夜行バスのチケットを予約し、その週末、金曜日の夜には、私は夜行バスの乗客となっていた。しかしながら、この夜行バスは2列ずつの4列シートであり、私の隣席にも乗客がいたことから、緊張してしまい、乗車中あまり睡眠を取ることが出来なかった・・。

それでも、バスは予定通り7:20頃、JRw駅前に到着した。こうした近畿地方の県庁所在地の駅前に一人で降り立った経験がこれまでになかったことから、少しうろたえたが、昨年の夏、編入試験を受けに行ったKでの状況も、大きくは違わないと気を取り直して駅前ロータリー左側にある全国展開のドーナッツ店に入り一休みすることにした。ちなみにこの時の旅には岩波文庫版のコンラッド著「闇の奥」とジョージ・オーウェル著「パリ・ロンドン放浪記」そして同著の原書ペーパーバックを持参していた。そこでしばらくコーヒーを飲みつつ読書をして8:30過ぎに兄に電話をかけると、すぐに出てきて「ああ、着いたか、え、駅前のミ*ドにいるのか、分かった。じゃあ、今から車で迎えに行く、大体30分でそこに着くと思う。」とのことであった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!












2020年5月25日月曜日

20200522 これまで【架空の話】を作成して思ったこと。

おかげさまで一連の【架空の話】は第17話まで続けることが出来ました。これらを読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。そして、今後も続編を作成していこうと考えておりますので、よろしければ、そちらも御読み頂ければと思います。

また、おかげさまで当面の目標としていた5月内での1300記事も達成し、次は出来れば今月内に1310記事程度まで到達したいと考えています。またさらに、来る6月22日には、当ブログを始めてから丸5年となりますが、それまでには、あまり無理をせずに1320記事程度、投稿出来ていればとも考えています。

さて、先日の5月21・22日はどうしたわけか、何時になく閲覧者数が伸び、この2日間は両日各々500人以上の閲覧者数となりました。ここ最近は、この程度の閲覧者数となる日は滅多になく、自分でも驚いていましたが、そうした中、偶然であるのか、続けて、何人かの知人から連絡を頂きました。また面白いことに、それら知人は全て、これまでに作成した【架空の話】の登場人物のモデルとなった方々でもあり、そこに記載されているエピソードを、その方々が読んで頂ければ「これはもしかして・・。」と、ご理解して頂けるほどに、現実の出来事に基づいて書いていると云えます。

とはいえ、【架空の話】の登場人物は全員、ある実在の人をそのままではキャラクターとはせず、一人のキャラクターでも何人かの知人の持つ要素が混合してい描かれていたり、あるいは、実在する私の知るキャラクターと、既存の小説や物語に登場してきたキャラクターを混合していたりと、まさに「好き勝手に」キャラクターの設定を行っています・・。そして、こうした作業の中で、意外であり、あるいは発見したことは、この「キャラクターの設定」を行っている時が、なかなか面白いということです・・(苦笑)。

また、おそらく、これまでに投稿した【架空の話】記事の中で、最もキャラが立っていると多くの方々が感じられたのは、主人公**のA大学大学院での指導教員であるのではないかと考えていますが、如何でしょうか?もちろん、この作中の指導教員には、何人かのモデルがいらっしゃいますが、その基本的なキャラクターについては、かなり多くの部分を一人の人物に帰することが出来ると云えます。また、今後も新たなキャラクターを登場させたいと考えていますが、ここに来て少し面倒であると思われた点は、登場人物の具体的な名称を当初から設定せずに、アルファベット等で識別さえ出来ればと考えて、書き進めてきたことです・・。ともあれ、これは、今後の検討事項としますが、ある日、突然、登場人物に名前が付くこともあるかもしれませんが、その際は、あまり気にすることなく読み進めて頂ければと思います・・(笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!










2020年5月23日土曜日

20200522【架空の話】・其の17

【架空の話】
Bとの会話にて「就職に備えて歯をキレイにしておきたい」との要望を聞き、D先生の医院をBに紹介した。そしてBは定期的にPMTCとホワイトニングを受けることになった。これら行為は主に歯科衛生士の職分であるとのことから、同年代のK出身者同士であるBとCさんの会話は弾んだのではないかと思われる・・。

そういえば、指導教員に対して編入試験の合格を伝えると「ふむ、それは良かった。では、次は修士論文を頑張ってください。今のドラフトでは、まだまだ、詰めが甘いところがありますからね。」とのことであり、そうしたこともあってか、以降しばらく研究経過報告や研究指導では、厳しいダメ出しが続いた。ちなみに、この先生のダメ出しは、たしかに厳しいことは厳しいのだが、そこから落ち込むような精神的ダメージを受けることは少なく、ストレスが溜まらないといった特徴があったが、こうしたものは、人それぞれ相性といったものがあるのではないかと最近は考えている・・。

そして9月の末頃になると、修士論文ドラフトも、どうにかカタチになり、個々の章について、さらに詳説すべきところ、省いても良いところ、といった文章の明暗、メリハリをつける作業や、記述内容について、その文脈、背景の把握そして確認などを行う段階に入った。これら作業はたしかに面倒ではあるが、年内中に、ある程度仕上がった状態にするためには、この程度までは進めておく必要があった・・。

指導教員は、経過報告や研究指導の際は、さきのように厳しくなることもあったが、それ以外については、やや放任気味とも云えるほどに自由で、さらに学内外問わず気軽に話しかけてきた。また、笑いのセンスも独特であり、ローワン・アトキンソンやモンティ・パイソンといったコメディアン、コメディグループを知ったのは、この先生を介してであった。こうした情報は、もちろん会話の中から出てくることもあれば、あるいは、先生の研究室にて報告や指導の後に、雑談をしていると、自然、本棚に並んだ書籍や映像資料で目に入ってくるものを話題にすることがあり、そうしたことを契機として知ったものも少なからずあった。

ともあれ、そこで当時の私がスゴイと感じたのは、書棚に並ぶ、ある著作について質問すると、それについての説明が延々と出来ることである。さらにその中で、別の著作や映画作品などの名前を挙げ「これらも今話した著作と関連があるから、興味があれば、見ると面白いと思うよ・・。」と、またそこから更にハナシを展開出来るようなところであった・・。さまざまな分野での知識の多い人を「引き出しが多い」と評するが、先生の場合、引き出しの中にまた、別の引き出しがあり、さらに、そうしたさまざまな段階での引き出しは、それぞれが、どこかで繋がり、関連し合い、ある種の知識体系を形成しているように思われた。

また、編入試験の報告の際に、不図、ハナシに出たことであるが、この先生の家は、曾祖父の代から東京の所謂、山の手地域に住んでいるが、それ以前については、おそらくヤマト朝廷成立の頃から中国地方に住み、古い記録には県主(あがたぬし)との記載があり、時代がくだってからは在庁官人、西国御家人、国人そして土豪化し、乱世を含めた各時代をどうにか生き延び、江戸期に入ってからは、当地に封じられた大名から、土着の古い家として、郷士の格式を与えられたという。そして現在でも、この先生の苗字を冠した社が地域にあるとのことであったが、それは仏教の普及以前から、この地域に居たことを示す材料にはなるかもしれないが、あまり実感が湧かないと云うか、そうした感覚がイマイチよく分からないとのことであった。

さて、D先生の医院にPMTCとホワイトニングで通うことになったBであるが、そのうちに歯科衛生士のCさんと仲良くなったようであり、修士論文の作成で忙殺されていた12月初旬に少しあらたまった重い調子でBから「実はちょっと前からCさんと付き合っているのだが・・やはり**にはちゃんと伝えておこうと思って。」と云われた。私の方は、Cさんを気にはなっていたものの「恋をする」ではなかったため「ああ、それは良かった。そうすると期せずして私がキューピットになったわけだから、長く続くといいな。」と自然な感じで快活に返事をした。すると、Bの方は少し気になっていたのか、重い調子であったのが、いつもの調子に戻り「Kでの家探しは手伝うよ。来年になって修士論文の提出と審査を終えたら、一度一緒にKに行こう。」とのことであったが、これは後日、実現した。

そして年末にはW県から兄が帰省してきたが、私の方は、この年の年末年始はあまりゆっくりとは過ごせず、論文の推敲やら、調べものなど論文審査の準備をしていた。しかし、久しぶりに会う兄と話すことはやはり面白く、また、その服装は以前と比べてアメカジ色が薄くなったように思われた。そこで、そのことを訊ねてみると「ああ、あっちに住んでいると、服装にお金をかけることが面白くなくなってきて、それよりも釣りとかの方がなんだか面白くなってきてね・・。それと、最近、釣りで知り合った人が県立医大のお医者さんで、親切にも色々な釣りの情報を教えてくれるのだが、そのお医者さんに「君は26・27歳くらいでまだ若いのだから医学部の学士編入試験を受けたらどうか?」って云われたよ。それで、こないだ聞いた**の専門職大学編入の件について、俺の意見としては、このまま文系の院を出て職に就くよりかは、将来の選択肢を増やすことが出来るという意味で、とても良いと思うよ。でも、その歯科技工士って資格は、今まで聞いたことがないけれども、良さそうなのか?」と思わぬ方向に話は行った。私はD先生から耳学問で聞いたことを散りばめながら歯科医療や歯科技工について語った。理工学部出身の兄からすると、歯科技工界では、あまり自動化や機械加工の技術が、他の工業分野と比べて進んでなく、人間の手によって一つ一つ作成されていることがかなり驚きであったようだが、それが今後、変わってくるということで納得したようであった・・。

また、兄の方も「うーん、実のところ、ここ最近は、このまま会社に残っている自分を全く想像できなくなってきているから、何か目標を見つけたら、**のように、その方向に向かって動く方が吉かもしれないな・・。」とのことであった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!












2020年5月20日水曜日

20200520 河出書房新社刊ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」pp.43‐46

河出書房新社刊ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」pp.43‐46
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

「同様に、もし世界医療保健期間(WHO)が新しい疾病を認定したり、研究所が新薬を開発したりしたら、こうした進展を世界中の人間の医師全員に知らせることは不可能に近い。

それに対して、たとえ世界中に100億のAI医師が存在し、それぞれが一人の人間の健康状態をモニターしていたとしても、そのすべてを瞬く間にアップデートでき、それらAI医師はみな、新しい疾病や薬についての自分のフィードバックを伝い合える。

このような接続性と更新可能性の潜在的な恩恵はあまりに大きいので、少なくとも一部の職種では、すべての人間をコンピューターに取って代わらせることが理に適っているかもしれないーたとえ個別には、機械よりも腕の良い人間がいくらかいたとしても。

個々の人間をコンピューターネットワークに切り替えたら、個別性の利点が失われるとして、異論を唱える人がいるかもしれない。たとえば、一人の人間の医師が判断を誤まっても、世界中の患者を殺すこともなければ、すべての新薬の開発を妨げることもない。それに対して、もし医師全員が本当は単一のシステムにすぎず、そのシステムが間違いを犯せば、大惨事になりかねない。とはいえ実際には、統合されたコンピューターシステムは、個別性の恩恵を失わずに接続性の利点を最大化しうる。同じネットワークで多くの代替アルゴリズムを作動させることが可能だ。だから、辺鄙な密林の中の村にいる患者は、自分のスマートフォンを使って、単一の権威ある医師ではなく、実際には100の異なるAI医師にアクセスできる。それらのAI医師の相対的な実績は、絶えず比較されている。IBMの医師に言われたことが気に入らなかった?大丈夫。たとえあなたがキリマンジャロの斜面のどこかで立ち往生していたとしても、いとも簡単に百度(バイドゥ)の医師と連絡を取って、セカンドオピニオンが聞けるから。

 おそらく、人間社会が受ける恩恵は計り知れない。AI医師は何十億もの人に、これまでよりもはるかに優れた医療をはるかに安く提供できるだろう。とくに、現在は何の医療も受けていない人々には。学習アルゴリズムと生体センサーのおかげで、発展途上国の貧しい村人さえもが、現在、世界で最も裕福な人が最も進んだ都会の病院で得るものよりもはるかに優れた医療を、スマートフォンを通して享受できるようになるかもしれない。

 同様に、自動運転車はこれまでのものをはるかに凌ぐ輸送サービスを人々に提供できるのではないか。とくに、交通事故の死亡率を下げられるだろう。現在、交通事故で毎年125万人近くが亡くなっている(訳注 世界保健機関によると、2016年の交通事故の死者数は135万人)(これは、戦争と犯罪とテロで死亡する人の合計を上回る)。これら事故の九割以上は、いかにも人間らしい過失が原因だ)。飲酒運転をする人もいれば、運転しながら電子メールを送っている人や、居眠り運転する人、道路に注意を向ける代わりにぼんやりと空想に耽っている人もいる。31パーセントにアルコール濫用、30パーセントにスピードの出し過ぎ、21パーセントに運転者の注意散漫が絡んでいたという。自動運転車なら、こういうことはいっさいない。もちろん自動運転車特有の問題や制約はあるし、避けられない事故もあるが、人間の運転者をすべてコンピューターに替えれば、交通事故による死者数の数がおよそ九割減ることが見込まれている。言い換えると、自動運転車に切り替えれば、おそらく毎年100万人の命が救われる。

 したがって、人間の仕事を守るためだけに、交通や医療のような分野での自動化を妨げるのは愚行だろう。なにしろ、最終的に守るべきなのは、職ではなく人間なのだから。余剰になった運転者や医師は、何か他にすることを見つけるしかない。

モーツァルトと機械
 少なくとも短期的には、AIとロボット工学がさまざまな産業をそっくり排除することはなさそうだ。狭い範囲での定型化された業務を専門とする職は、自動化されるだろう。だが、幅広い技能を必要とし、予期できない筋書きに対処するような、あまり定型化されていない職で、機械が人間に取って代わるのは、はるかにむつかしい。医療を例に取ろう。多くの医師は、情報の処理にほぼ専念している。医療データを取り込み、分析し、診断を下す。それに対して看護師は、痛みを伴なう注射を打ったり、包帯を取り換えたり、暴れる患者を拘束するために、優れた運動技能や情動的な技能をも必要とする。したがってAIの家庭医をスマートフォンで持てるようになってからも、信頼できる看護ロボットが手に入るまでには何十年もかかるだろう。病人や幼児や高齢者などの世話をする対人ケア産業は、ずっと先まで人間の独擅場であり続ける可能性が強い。それどころか、人間の寿命が延び、少子化が進むにつれ、高齢者の介護は人間の雇用のうちでも、著しい成長を見せる部門の一つとなるだろう。」