2020年5月27日水曜日

20200526【架空の話】・其の19

【架空の話】
そこでしばらくコーヒーを飲みつつ読書をして8:30過ぎに兄に電話をかけると、すぐに出てきて「ああ、着いたか、え、駅前のミ*ドにいるのか、分かった。今から準備をして車で迎えに行く、大体30分で着くと思う。」とのことであった。


兄の云った通り、およそ30分程経った頃、店の外に写真で見覚えのある車が停まりハザードランプを出した。私は、書籍をリュックにしまって担ぎ、コーヒーカップとトレイを返却し、そのまま外に出た。私の姿を認めた兄は車から降りて後部トランクを開けてくれた。この車は四角張ったフォルムの四駆軽自動車(深緑)であり、兄の好みにマッチしているように思われた。そして荷物をトランクに積み、私は助手席に座って走り出すと、兄は「1月終わりだけれど、こっちは結構暖かいだろ。もうじき、県の南の方では梅の花が咲き始める頃だよ。しかし、この時期は釣りは厳しくてね・・。まあ、寒いとお魚さんも活性が落ちてしまうんだろうな・・。ああ、それはそうと、まだこっちに着いてからはドーナツくらいしか食べていないんだろ。今日の昼はWラーメン、まあ、地元では「中華そば」って云うんだけれども、これを食べよう。ラーメンは、**も好きだろ?」と云ってきたため、私は「ああ、本場のWラーメンは食べたことがないから、是非食べてみたいな・・。それと兄貴の家はここからどのくらいで着くの?」と聞き返した。すると「ああ、市内の南の方の職場に近いところでアパートを借りて住んでいるのだけれども、こっちのアパートは結構広くてね・・。ここから車で10分かからない程の場所だよ。それで、今日行こうと思っている、そのWラーメン(中華そば)のお店は11:00に開店だから、一先ずウチに荷物を置いて、少し休んでいたら良い時間になるから、そこから、また車で出よう。」とのことであった。また、そのような会話の途中でも運転しつつ兄は、走行している道路の右側にある、時代を感じさせる店構えのお店を指しながら「ほら、あれがWラーメンが全国区になるきっかけになったI商店だよ。ここはたしかに元祖で美味しいけれども、これから行くところとは、またちょっと感じが違うんだなあ。」などと、道路沿いにある店の情報などを説明してくれていた。

ともあれ、そうこうするうちに、9:30前にはW市郊外にある兄のアパートに着いた。このアパートは首都圏の基準であれば充分に広く、家族でも住むことが出来るタイプであったと思われる。兄の部屋は最上階の3階にあり、階段を登り部屋に入ると、そこには兄の趣味が広がっていた。以前ほど、フライト・ジャケットなどには凝らなくなってはきたものの、昔からお気に入りの数着は、まるで絵画かオブジェのように壁際に吊るされていた。また、新しい趣味である釣りに用いるロッドも数本、壁に掛けられていた。そして、私が滞在中の居室として通されたのは、使用していないという、たたみ畳敷きの8畳の和室であり、そこには布団が敷かれていた。そこに荷物を置き、手と顔を洗い、少しサッパリしたところで、リビングルームで兄と雑談をしていると、そのうちに時刻は10:20頃になっていたことから、財布やスマホなどの必要なものだけを持って、再び外にでた。首都圏と比べて温暖とはいえ、1月末のWも十分に寒く、一度家に着いてからの再びの外出が少しだけ面倒に思えた。一方、兄の方はテンションが高めであり、この程度ではあまり寒いとも感じていないようであった。そしてまた、自動車でW市街地にあるという、その中華そばのお店に向かった。市街地に入ると、左手にお城が見えてきたが、兄はそれには関心を示さず、丁度、城を過ぎたところの交差点で右手に曲がり、そこからすぐに小さな橋を渡ると、さらに右折し、堀川沿いの道を少し走ってから、左に曲がり、すぐに再度左折すると、右前方の方に、それらしき店が見えてきた。ここで兄は「しめた!一つ空いているぞ。」と店の専用駐車場に駐車することが出来た。その時、時刻は10:50を少し過ぎた頃であった。

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2020年5月26日火曜日

20200525【架空の話】・其の18

【架空の話】

また、兄の方も「うーん、実のところここ最近は、このまま会社に残っている自分を全く想像できなくなってきているから、何か目標を見つけたら、**のように、その方向に向かって動く方が吉かもしれないな・・。」とのことであった。そして、年末年始休みも終わり兄はWに戻り、私の方はいよいよ修士論文の仕上げに取り掛かった。論文の提出期限は、たしか1月半ばであり、この年末年始の期間は、さきの兄との会話などはあったものの、全体としては、自室に引きこもり、PCの前に座る時間が長かった。指導教員の方も12月後半での年内最後の研究経過報告を聞いてからは、あまり厳しい突っ込みや無茶な注文は云わなくなり、他方こちらは、それで良いのか逡巡したが、とりあえずカタチを整えて提出することが大事であると考え、提出までの3日間は、あまり寝ることなく、その頃盛んに売り出していたエナジー・ドリンクを毎日のように飲んでいたが、そのせいか最後の方は体調がおかしくなり、視界がモノクロのようになったりもしたが、どうにか期日正午に教務課窓口に論文を提出することが出来た・・。

とはいえ、提出出来れば良いと云うわけではなく、その後、主査・副査合わせて3名の教員による論文審査を受けて、これをパスしなければいけないのである・・。しかし、これまでの論文審査では、そこで審査をパス出来ずに1年留年といった前例はなく、どんなに厳しくとも論文の大幅な修正を求められての再提出で、どうにかパス出来ていたことから、そこまで怖くはなかったが、それでも、あの時期の院生研究室のどんよりした雰囲気や複写室(コピー機のある部屋・院生研究室の隣)のよく分からない緊張感は、一度経験してみるのも悪くないように思われる・・。

さて、論文の提出でようやく年が明けたことを実感することが出来るようになったものの、その次には論文審査が控えていて、その想定問答らしきものを自分なりに作成して、いざ本番に臨んだみたが、そこからの質問は出ることなく、意外と、自分の想定したことろよりも、浅い領域と思われるところからの質問が多かったことから、これはどうにか見苦しくなく、対処出来たのではないかと思われる。

学位審査の結果は学内掲示板に張り出されるとのことであり、その日は、そのためだけに大学まで行った。そして既に張り出されていた結果を見ると無事にパスしていて、少し肩の力が抜けた。またBについても、研究科は異なるが、無事に審査をパスしており、これで来年度は少し面白くなりそうな予感を持てるようになった。

その後、指導教員の研究室に行ってみると「会議のため不在」とのことであり、そのまますぐには帰宅せずにアルバイトをしているS駅近くの古着屋に立ち寄り、店長や他のスタッフとしばらく雑談をしていると、夕刻に近づくにつれ、いつも通りにお客さんが増え始めたことから、私はその場を辞することにした。

次にD先生の医院に立ち寄ると、こちらも診療中で、あまり対応出来そうな雰囲気でなかったことから「また後日ご連絡します。」とメモを残して去った。そして、夕刻過ぎ頃、意外に早く帰宅すると、両親は共に不在であり、一人で昨晩の残りを温めなおして食べて、リビングルームで寛いでいると「そうだ!兄に連絡しよう。」と思い立ち、携帯電話で掛けてみると、すぐに出て、審査結果の報告をすると「おお、それは良かったな。それじゃあまだ、Kに行くまでは少し時間があるんだろ。それなら一度こっちに来てみたら面白いぞ。」とのことであった。兄によると、こちらに来るのであれば、土日を完全に休みにして、次の月曜日も出来れば有給休暇を取るとのことであり、さらに宿泊は兄の居宅に泊まれば安上がりで、さらに向うでは自動車で移動出来るとのことであった。

私も一応自動車の免許は取得しているものの、それは多分に身分証明書代わりとしての意味あいが強く、それ以上に、首都圏で普通に学生をしていると、自動車を運転する機会があまりないのである・・。また、兄についても概ね私と同様であったはずが、ここにきて兄弟で自動車に乗るということが、やけに新鮮で面白そうに思えたのである・・。

というわけで、早速日程を調整し、w行きの夜行バスのチケットを予約し、その週末、金曜日の夜には、私は夜行バスの乗客となっていた。しかしながら、この夜行バスは2列ずつの4列シートであり、私の隣席にも乗客がいたことから、緊張してしまい、乗車中あまり睡眠を取ることが出来なかった・・。

それでも、バスは予定通り7:20頃、JRw駅前に到着した。こうした近畿地方の県庁所在地の駅前に一人で降り立った経験がこれまでになかったことから、少しうろたえたが、昨年の夏、編入試験を受けに行ったKでの状況も、大きくは違わないと気を取り直して駅前ロータリー左側にある全国展開のドーナッツ店に入り一休みすることにした。ちなみにこの時の旅には岩波文庫版のコンラッド著「闇の奥」とジョージ・オーウェル著「パリ・ロンドン放浪記」そして同著の原書ペーパーバックを持参していた。そこでしばらくコーヒーを飲みつつ読書をして8:30過ぎに兄に電話をかけると、すぐに出てきて「ああ、着いたか、え、駅前のミ*ドにいるのか、分かった。じゃあ、今から車で迎えに行く、大体30分でそこに着くと思う。」とのことであった。

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2020年5月25日月曜日

20200522 これまで【架空の話】を作成して思ったこと。

おかげさまで一連の【架空の話】は第17話まで続けることが出来ました。これらを読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。そして、今後も続編を作成していこうと考えておりますので、よろしければ、そちらも御読み頂ければと思います。

また、おかげさまで当面の目標としていた5月内での1300記事も達成し、次は出来れば今月内に1310記事程度まで到達したいと考えています。またさらに、来る6月22日には、当ブログを始めてから丸5年となりますが、それまでには、あまり無理をせずに1320記事程度、投稿出来ていればとも考えています。

さて、先日の5月21・22日はどうしたわけか、何時になく閲覧者数が伸び、この2日間は両日各々500人以上の閲覧者数となりました。ここ最近は、この程度の閲覧者数となる日は滅多になく、自分でも驚いていましたが、そうした中、偶然であるのか、続けて、何人かの知人から連絡を頂きました。また面白いことに、それら知人は全て、これまでに作成した【架空の話】の登場人物のモデルとなった方々でもあり、そこに記載されているエピソードを、その方々が読んで頂ければ「これはもしかして・・。」と、ご理解して頂けるほどに、現実の出来事に基づいて書いていると云えます。

とはいえ、【架空の話】の登場人物は全員、ある実在の人をそのままではキャラクターとはせず、一人のキャラクターでも何人かの知人の持つ要素が混合してい描かれていたり、あるいは、実在する私の知るキャラクターと、既存の小説や物語に登場してきたキャラクターを混合していたりと、まさに「好き勝手に」キャラクターの設定を行っています・・。そして、こうした作業の中で、意外であり、あるいは発見したことは、この「キャラクターの設定」を行っている時が、なかなか面白いということです・・(苦笑)。

また、おそらく、これまでに投稿した【架空の話】記事の中で、最もキャラが立っていると多くの方々が感じられたのは、主人公**のA大学大学院での指導教員であるのではないかと考えていますが、如何でしょうか?もちろん、この作中の指導教員には、何人かのモデルがいらっしゃいますが、その基本的なキャラクターについては、かなり多くの部分を一人の人物に帰することが出来ると云えます。また、今後も新たなキャラクターを登場させたいと考えていますが、ここに来て少し面倒であると思われた点は、登場人物の具体的な名称を当初から設定せずに、アルファベット等で識別さえ出来ればと考えて、書き進めてきたことです・・。ともあれ、これは、今後の検討事項としますが、ある日、突然、登場人物に名前が付くこともあるかもしれませんが、その際は、あまり気にすることなく読み進めて頂ければと思います・・(笑)。

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2020年5月23日土曜日

20200522【架空の話】・其の17

【架空の話】
Bとの会話にて「就職に備えて歯をキレイにしておきたい」との要望を聞き、D先生の医院をBに紹介した。そしてBは定期的にPMTCとホワイトニングを受けることになった。これら行為は主に歯科衛生士の職分であるとのことから、同年代のK出身者同士であるBとCさんの会話は弾んだのではないかと思われる・・。

そういえば、指導教員に対して編入試験の合格を伝えると「ふむ、それは良かった。では、次は修士論文を頑張ってください。今のドラフトでは、まだまだ、詰めが甘いところがありますからね。」とのことであり、そうしたこともあってか、以降しばらく研究経過報告や研究指導では、厳しいダメ出しが続いた。ちなみに、この先生のダメ出しは、たしかに厳しいことは厳しいのだが、そこから落ち込むような精神的ダメージを受けることは少なく、ストレスが溜まらないといった特徴があったが、こうしたものは、人それぞれ相性といったものがあるのではないかと最近は考えている・・。

そして9月の末頃になると、修士論文ドラフトも、どうにかカタチになり、個々の章について、さらに詳説すべきところ、省いても良いところ、といった文章の明暗、メリハリをつける作業や、記述内容について、その文脈、背景の把握そして確認などを行う段階に入った。これら作業はたしかに面倒ではあるが、年内中に、ある程度仕上がった状態にするためには、この程度までは進めておく必要があった・・。

指導教員は、経過報告や研究指導の際は、さきのように厳しくなることもあったが、それ以外については、やや放任気味とも云えるほどに自由で、さらに学内外問わず気軽に話しかけてきた。また、笑いのセンスも独特であり、ローワン・アトキンソンやモンティ・パイソンといったコメディアン、コメディグループを知ったのは、この先生を介してであった。こうした情報は、もちろん会話の中から出てくることもあれば、あるいは、先生の研究室にて報告や指導の後に、雑談をしていると、自然、本棚に並んだ書籍や映像資料で目に入ってくるものを話題にすることがあり、そうしたことを契機として知ったものも少なからずあった。

ともあれ、そこで当時の私がスゴイと感じたのは、書棚に並ぶ、ある著作について質問すると、それについての説明が延々と出来ることである。さらにその中で、別の著作や映画作品などの名前を挙げ「これらも今話した著作と関連があるから、興味があれば、見ると面白いと思うよ・・。」と、またそこから更にハナシを展開出来るようなところであった・・。さまざまな分野での知識の多い人を「引き出しが多い」と評するが、先生の場合、引き出しの中にまた、別の引き出しがあり、さらに、そうしたさまざまな段階での引き出しは、それぞれが、どこかで繋がり、関連し合い、ある種の知識体系を形成しているように思われた。

また、編入試験の報告の際に、不図、ハナシに出たことであるが、この先生の家は、曾祖父の代から東京の所謂、山の手地域に住んでいるが、それ以前については、おそらくヤマト朝廷成立の頃から中国地方に住み、古い記録には県主(あがたぬし)との記載があり、時代がくだってからは在庁官人、西国御家人、国人そして土豪化し、乱世を含めた各時代をどうにか生き延び、江戸期に入ってからは、当地に封じられた大名から、土着の古い家として、郷士の格式を与えられたという。そして現在でも、この先生の苗字を冠した社が地域にあるとのことであったが、それは仏教の普及以前から、この地域に居たことを示す材料にはなるかもしれないが、あまり実感が湧かないと云うか、そうした感覚がイマイチよく分からないとのことであった。

さて、D先生の医院にPMTCとホワイトニングで通うことになったBであるが、そのうちに歯科衛生士のCさんと仲良くなったようであり、修士論文の作成で忙殺されていた12月初旬に少しあらたまった重い調子でBから「実はちょっと前からCさんと付き合っているのだが・・やはり**にはちゃんと伝えておこうと思って。」と云われた。私の方は、Cさんを気にはなっていたものの「恋をする」ではなかったため「ああ、それは良かった。そうすると期せずして私がキューピットになったわけだから、長く続くといいな。」と自然な感じで快活に返事をした。すると、Bの方は少し気になっていたのか、重い調子であったのが、いつもの調子に戻り「Kでの家探しは手伝うよ。来年になって修士論文の提出と審査を終えたら、一度一緒にKに行こう。」とのことであったが、これは後日、実現した。

そして年末にはW県から兄が帰省してきたが、私の方は、この年の年末年始はあまりゆっくりとは過ごせず、論文の推敲やら、調べものなど論文審査の準備をしていた。しかし、久しぶりに会う兄と話すことはやはり面白く、また、その服装は以前と比べてアメカジ色が薄くなったように思われた。そこで、そのことを訊ねてみると「ああ、あっちに住んでいると、服装にお金をかけることが面白くなくなってきて、それよりも釣りとかの方がなんだか面白くなってきてね・・。それと、最近、釣りで知り合った人が県立医大のお医者さんで、親切にも色々な釣りの情報を教えてくれるのだが、そのお医者さんに「君は26・27歳くらいでまだ若いのだから医学部の学士編入試験を受けたらどうか?」って云われたよ。それで、こないだ聞いた**の専門職大学編入の件について、俺の意見としては、このまま文系の院を出て職に就くよりかは、将来の選択肢を増やすことが出来るという意味で、とても良いと思うよ。でも、その歯科技工士って資格は、今まで聞いたことがないけれども、良さそうなのか?」と思わぬ方向に話は行った。私はD先生から耳学問で聞いたことを散りばめながら歯科医療や歯科技工について語った。理工学部出身の兄からすると、歯科技工界では、あまり自動化や機械加工の技術が、他の工業分野と比べて進んでなく、人間の手によって一つ一つ作成されていることがかなり驚きであったようだが、それが今後、変わってくるということで納得したようであった・・。

また、兄の方も「うーん、実のところ、ここ最近は、このまま会社に残っている自分を全く想像できなくなってきているから、何か目標を見つけたら、**のように、その方向に向かって動く方が吉かもしれないな・・。」とのことであった。

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2020年5月20日水曜日

20200520 河出書房新社刊ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」pp.43‐46

河出書房新社刊ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」pp.43‐46
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

「同様に、もし世界医療保健期間(WHO)が新しい疾病を認定したり、研究所が新薬を開発したりしたら、こうした進展を世界中の人間の医師全員に知らせることは不可能に近い。

それに対して、たとえ世界中に100億のAI医師が存在し、それぞれが一人の人間の健康状態をモニターしていたとしても、そのすべてを瞬く間にアップデートでき、それらAI医師はみな、新しい疾病や薬についての自分のフィードバックを伝い合える。

このような接続性と更新可能性の潜在的な恩恵はあまりに大きいので、少なくとも一部の職種では、すべての人間をコンピューターに取って代わらせることが理に適っているかもしれないーたとえ個別には、機械よりも腕の良い人間がいくらかいたとしても。

個々の人間をコンピューターネットワークに切り替えたら、個別性の利点が失われるとして、異論を唱える人がいるかもしれない。たとえば、一人の人間の医師が判断を誤まっても、世界中の患者を殺すこともなければ、すべての新薬の開発を妨げることもない。それに対して、もし医師全員が本当は単一のシステムにすぎず、そのシステムが間違いを犯せば、大惨事になりかねない。とはいえ実際には、統合されたコンピューターシステムは、個別性の恩恵を失わずに接続性の利点を最大化しうる。同じネットワークで多くの代替アルゴリズムを作動させることが可能だ。だから、辺鄙な密林の中の村にいる患者は、自分のスマートフォンを使って、単一の権威ある医師ではなく、実際には100の異なるAI医師にアクセスできる。それらのAI医師の相対的な実績は、絶えず比較されている。IBMの医師に言われたことが気に入らなかった?大丈夫。たとえあなたがキリマンジャロの斜面のどこかで立ち往生していたとしても、いとも簡単に百度(バイドゥ)の医師と連絡を取って、セカンドオピニオンが聞けるから。

 おそらく、人間社会が受ける恩恵は計り知れない。AI医師は何十億もの人に、これまでよりもはるかに優れた医療をはるかに安く提供できるだろう。とくに、現在は何の医療も受けていない人々には。学習アルゴリズムと生体センサーのおかげで、発展途上国の貧しい村人さえもが、現在、世界で最も裕福な人が最も進んだ都会の病院で得るものよりもはるかに優れた医療を、スマートフォンを通して享受できるようになるかもしれない。

 同様に、自動運転車はこれまでのものをはるかに凌ぐ輸送サービスを人々に提供できるのではないか。とくに、交通事故の死亡率を下げられるだろう。現在、交通事故で毎年125万人近くが亡くなっている(訳注 世界保健機関によると、2016年の交通事故の死者数は135万人)(これは、戦争と犯罪とテロで死亡する人の合計を上回る)。これら事故の九割以上は、いかにも人間らしい過失が原因だ)。飲酒運転をする人もいれば、運転しながら電子メールを送っている人や、居眠り運転する人、道路に注意を向ける代わりにぼんやりと空想に耽っている人もいる。31パーセントにアルコール濫用、30パーセントにスピードの出し過ぎ、21パーセントに運転者の注意散漫が絡んでいたという。自動運転車なら、こういうことはいっさいない。もちろん自動運転車特有の問題や制約はあるし、避けられない事故もあるが、人間の運転者をすべてコンピューターに替えれば、交通事故による死者数の数がおよそ九割減ることが見込まれている。言い換えると、自動運転車に切り替えれば、おそらく毎年100万人の命が救われる。

 したがって、人間の仕事を守るためだけに、交通や医療のような分野での自動化を妨げるのは愚行だろう。なにしろ、最終的に守るべきなのは、職ではなく人間なのだから。余剰になった運転者や医師は、何か他にすることを見つけるしかない。

モーツァルトと機械
 少なくとも短期的には、AIとロボット工学がさまざまな産業をそっくり排除することはなさそうだ。狭い範囲での定型化された業務を専門とする職は、自動化されるだろう。だが、幅広い技能を必要とし、予期できない筋書きに対処するような、あまり定型化されていない職で、機械が人間に取って代わるのは、はるかにむつかしい。医療を例に取ろう。多くの医師は、情報の処理にほぼ専念している。医療データを取り込み、分析し、診断を下す。それに対して看護師は、痛みを伴なう注射を打ったり、包帯を取り換えたり、暴れる患者を拘束するために、優れた運動技能や情動的な技能をも必要とする。したがってAIの家庭医をスマートフォンで持てるようになってからも、信頼できる看護ロボットが手に入るまでには何十年もかかるだろう。病人や幼児や高齢者などの世話をする対人ケア産業は、ずっと先まで人間の独擅場であり続ける可能性が強い。それどころか、人間の寿命が延び、少子化が進むにつれ、高齢者の介護は人間の雇用のうちでも、著しい成長を見せる部門の一つとなるだろう。」

2020年5月18日月曜日

20200518【架空の話】・其の16

【架空の話】
ほかにも、これに似たハナシはいくつもあるが、現在の兄は、洋服よりもバス釣りや自動車の方に興味が向いているようであり、私がK県に行く前に一度、訪問してみようと思った。この訪問については、また別の機会に書きたいと思う。

さて、初夏に編入試験の合格発表があり、そこから続く盛夏、晩夏は、論文作成のための調べもの、指導教員への研究経過報告、ドラフト執筆、そしてアルバイトに多くを費やし、季節を感じる余裕はなかった。

また、ドラフト執筆時にあらためて気が付いたことは、以前も述べたが、私の修士課程の研究テーマは、ジョセフ・コンラッドというポーランドに出自を持つ英国作家の著作から、当時の西欧文化、また時代精神の認識を試みることであるが、それら著作の中で、我が国で比較的知られているのが「闇の奥」(Heart Of Darkness)と云えるが、この「闇の奥」のテーマの一つが「居地の移動に付随する精神の変化」であり、まさに「今後の私の身に生じることにも相通じる部分があるかもしれない」のである。

この「闇の奥」は、これまで数度にわたり映画化され、それらの中で最も有名であるのがフランシス・フォード・コッポラ監督による「地獄の黙示録」(Apocalypse Now)であり、むしろ、我が国では、当映画作品の原作がコンラッドの「闇の奥」と云った方が通りが良いのではないかと思われる。もっとも、双方、時代や舞台背景は異なり、「闇の奥」は19世紀末のアフリカ中央部であり、「地獄の黙示録」は1960~70年代の東南アジア(ベトナムとその周辺)である。そして、これらから、さきにも述べたある種普遍的とも云える、居地の移動から生じる人間精神変容のメカニズムについて考えてみると「そうすると私の場合は今後一体どうなっていくのだろうか・・。」と思い至り、突如として不安になり、落ち着かなくなってくる・・。つまり、当時の私は、居地の移動の経験がないにも関わらず、精神の変化や、あるいは、それらが蓄積したものとも云える歴史や文化について、何やら知っている気でいたのだ・・。また、そのような状態を指して、おそらく「観念的」と云うのだろう・・。

他方、こうしたことはBに知らせても、あまり興味を持つことはなく、それよりも映画内で出てきたビル・キルゴア中佐のキャラの立ち振り・無双振りに甚く感心して「いやあ、実際ああいう人が上にいたら従ってしまうだろうね・・。」とのことであった。たしかに、それはわかるが、しかし、この著作・映画の一つの大きなテーマは「優れた資質を持っている人であっても(あるいは、であるからこそ)野蛮にして原初的な創造性を行使できる環境に身を置くことは、抗しがたい誘惑となるのか、あるいは、それとは反対に、優れた資質を持っていればこそ、徹底的に管理された社会・組織の中で自身の内面からの能動性を押し殺し、平穏無事に暮らすことが正しいのか。」といったところであると思われるのだが、おそらく、こうした大きな問いのようなものは、19世紀末から20世紀初頭の西欧社会全体を通じ、ある程度共有されていたのではないかと思われる。またそれは、対外的な帝国主義と、ある程度成熟した大規模市民社会の結合の所産であるとも評し得る。そして、さらにそこから少し時代がくだると、初の世界の国家同士による、大規模総力戦である第一次世界大戦がはじまるといった構図になるわけだ・・。
【その意味において、エルンスト・ユンガーの人生は象徴的であるように思われる・・。】

また、ハナシは少し変わるが、この「対外的な帝国主義と、ある程度成熟した大規模市民社会」が併存している時代の社会一側面を描いた著作がトーマス・マンによる「魔の山」であり、また同時に、それはジャン・ルノワール監督による映画「大いなる幻影」の舞台背景とも少なからず共通するものがあると思われるのだが、如何だろうか?

ともあれ、そうこうするうちに秋となり、本格的に論文を書き始めた次第であるが、それと同時に、引越しの準備なども少しずつ始めた。また、編入試験の合格以降、治療がなくともD先生の医院には週一程度で訪問し、色々と歯科にまつわる耳学問を仕入れている。Cさんとは、以前よりかは話せるようにはなり、Kでの出身地も聞くことが出来たが、生憎、私の方がKの地理感覚が乏しいため、あまり話しを展開することが出来なかった。くわえて、それとも関係するが、忘れてはいけないことは、Bが最終面接に通り、希望通りの地銀に入行することが出来たことと、同じK出身者であるからとBにCさんを引き合わせたことである。このハナシは単純であり、Bと話しをしていたら「就職後のために歯をキレイにしておきたい」とのことから、D先生の医院にBを連れて行ったからである。そして、そこでBは定期的にPMTCとホワイトニングを受けることになった。これらは主に歯科衛生士の職分であるとのことから、同年代のK出身者同士であるBとCさんの会話は弾んだのではないかと思われる・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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20200517【架空の話】・其の15

【架空の話】
「先日受けた説明によると13:00からHPにて掲示とのことであり、時刻を過ぎ、更進ボタンを押してみると、学科毎の合格者の受験番号が掲示されており、口腔保健工学科の欄を見てみると、果たして、そこには一つだけ番号が掲示されており、それは私の受験番号であった・・。

とはいうものの、いざ合格してみると、その実感らしきものはなく「そうすると、生まれて初めての引越しを経験することになるが、どうしたものか・・。」といったことの方が気がかりになり、そこで、すぐさまBにメールを送り、合格したことを伝えた。すると「良かったな。今後忙しくなると思うけれど、Kでの家探しでは協力できるかもしれない。」といった返事が来て、くわえて「最終面接まで行った。こちらは結果が出るまでもう少し時間がかかりそうだ。」とも記されていた。

次いでD先生の医院に電話を掛けると、ごく短時間ではあるるが、電話口に出てきてくれて「ああ、それは良かった。また今度夕食にでも行って、そこで話そう。」とのことであった。しかし、丁度あの時、歯が痛くなり、D先生の医院に行かなければ、このような事態には至らなかったと思われることから「偶然とはスゴイものである。」と同時に「あるいは、これは必然であるのかもしれない。」とも思い、そこから、偶然と必然の違いというものが、イマイチよく分からなくなった・・。

また、自宅に電話をかけて編入試験合格を伝えると、電話口に出た母親は「そお、受かったの・・それじゃあ、まあ頑張りなさい。」と、あまり気のない返事であった。おそらく、母親としては、二つ年上の兄も就職で既に家を出て、そのうえ私も遠いk県まで行くというのは、少なくとも手放しで歓迎出来る事態ではなかったのかもしれない・・。

そういえば、ここで兄がハナシに出てきたが、私には兄がいる。父親と同様、理工学部に進み、その分野での通例通り修士課程を修了し、某家電メーカーに就職し、現在は、近畿地方W県の事業所にて勤務している。仕事が忙しいのか、ここ最近は、あまり連絡がないが、以前に愚痴っていたのは「理系出身だから研究所に配属されると思っていたら、どうしたわけか、営業部署の配属になって大変だ。」といったことであった。しかし一方、W県での生活は、それなりに楽しんでいるらしく、向こうでバス釣りをはじめたことや、中古の自動車を購入したことを幾分誇らしげに伝えてきたこともあった。

また、私もそうした兄の様子を見て「何処か他の場所に行くのも悪くないのでは・・。」と思うようになっていたのかもしれない・・。

くわえて、兄からの他の影響と思われることは、古着も含めて洋服好きであるということである。傾向として兄は、所謂アメカジが好きであり、とりわけ第二次世界大戦頃の米陸軍航空隊のフライトジャケットを好み、各メーカーが製造しているレプリカのフライトジャケットは、片手では数えきれない程持っていた。おそらく、アルバイトで得た収入の多くを、そちらの方に費やしていたのではないかと思われる・・。

さらに、この趣味に拍車が掛かり、レプリカのあまり高価ではない布製フライトジャケット(たしかB‐10という型であった。)を購入し、サンドペーパーや洗濯機などを用いて布地にアタリや退色感が出るように加工し、背中に何やら絵を描いたりし、さらにジッパーを部品取りするために比較的安価な、状態の良くない1940年代のジャケットを購入し、ジッパーを外して加工したフライトジャケットの方に取り付け、いかにも本物のヴィンテージらしく見えるような加工をしていた。兄から聞いたハナシによると、このジャケットを都内のヴィンテージ古着を多く扱っていることで有名な店に、買取希望として持込み、店員によるチェックで本物のヴィンテージであると認められ、かなり高額での買取を申し出て来たという・・。

しかし、ここまでやると多少やり過ぎの感もあると云えるが、単純に兄は、自分の加工したジャケットをプロに評価してもらいたかったのだと思う。その証左として、兄はそのジャケットを店に売却せず、そのまま大学での作業着として愛用していた。

ほかにも、これに類したハナシはいくつもあるが、現在の兄は、洋服よりもバス釣りや自動車の方に興味が向いているようであり、私がK県に行く前に一度、訪問してみようと思った。この訪問については、また別の機会に書きたいと思う。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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