2020年5月2日土曜日

20200501 架空の話・其の5

【架空の話】
「ともあれ、話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」するとBは「うん、まあこっちは相変わらず色々と動いているよ。昨日、電話で話したと思うけれども今度、面接で一度K県に戻らなければいけなくなって飛行機代がかかってしまうのが嬉しいけれども予想外に大きい出費だね・・。それで、例の専門職大学のハナシだけれど、丁度良い機会だったので実家に問合せてみたら、その歯科技工士学科は、たしかにあまり人気がないみたいだね・・。あと、もしかすると、実家にいる高校生の妹が、そこの看護学科を来年受験するかもしれないということだったよ。しかし、そこに入って歯科技工士になっても、あまり給料はよくないのじゃないかな・・?それだったら他の資格を取った方がいいのじゃないかな・・実家の父親に聞いてみたら「作業療法士や理学療法士の方が今後は良いのではないか。」という返事だったよ・・。あと、この大学の学士編入試験をネットで調べてみると入試科目は英語と小論文だったから、バリバリ文系の**でも大丈夫じゃないかと思うけれど、しかし、問題はさっきも言ったように入った後、いや出た後だね・・。だって、修士修了の24歳で2年生に学士編入すると、27歳で卒業でしょ。そうすると、普通に比べて5年遅れっていうことになるから、色々と大変だと思うよ・・。」とのことであった。それに対して私は「いやあ、たしかにBの云う通りなんだけれども、このまま、あまり金にもならない分野で修士を取っても、歯科技工士になるのと比べると、手に職をつけるという意味では、歯科技工士になっておいた方が良いと思うのだけれども・・。まあ、もっとも編入試験に合格すればのハナシだけれどもね・・。いや、ともかく、色々と情報をどうもありがとう。また、家族と相談してみるよ。それで、そっちの面接の方は上手くいきそうなの?」と聞いてみたところ「うん、こっちも全く油断は出来ないね・・。昔から知っている実家近くの薬局の息子さんが今、この銀行に勤めているので、電話で聞いてみたところ「景気があまりよくないから、新卒を採る人数も渋ってくるだろうから難しいのではないか。」といった返事でね・・。面接までは行ったけれども、全く安心は出来ないよ・・。」とのことであった。その後、現在のさまざまな社会情勢などを、そこまで確かではない知識でしばらく話し「また互いに何か進展があったら会おう。」ということで別れた。時間は未だ夕方少し前であったことから、そのまま歯科医院に寄って院長と話せたら話してみようと思い立ち、そちらに足を向けた。
歯科医院に着き、ドアを開くと、待合室に二人ほど座ってスマホを操作したり雑誌を読んでいた。そこで窓口に行き「すいません**ですが、先生はいらっしゃいますでしょうか?」と尋ねてみた。すると診療室の方から足音が近づいてきて、先日サポートに立っていた女性がマスクを着けたまま窓口から「現在、先生は診療中ですので、あと一時間少しほどお待ちください。昨日治療した場所がまた痛むのですか?」と訊ねてきたので「・・いや、治療して頂いたところはおかげさまで痛みはないのですが、それとは別のことで、少し先生とお話ししたいことがありまして・・。」と少し申し訳なさそうに返答すると、その女性は「分かりました。じゃあ、今の患者さんと次の患者さんが終わったら本日の診察は終わりますので、その後でしたら・・。」と、何やらPCの画面とノートを見ながら答えて、そのまま戻って行った。そこで云われた通り、一時間程待つことにしてリュックの中に入れておいた、読みかけのウンベルト・エーコによる「永遠のファシズム」文庫本を取り出して読み始めた。エーコによる、このファシズムに対するさまざまな考えは、ジョルジュ・バタイユの考えにも相通じるものがあるのではないかと読みつつ思ったが、ともあれ、思いのほかに頁は進み、気が付いたら、待合室は私だけになり、そしてドアを挟んだ診療室から物音がわずかにこちらに聞こえている状態であった。やがて、診療室から、さきほど待合室に居た患者さんが出てきて、精算と次の約束をして「お大事に」という声を背に医院から出て行った。これでようやく先生に会えると思い、本をリュックにしまい、少し背を伸ばして待っていると、三分程度経ってから、さきほどの女性が「**さんどうぞ。」と言って、まるで患者さんを案内するかのように診療室に通された。診療室に入ると先生は「一仕事終えた」といった様子で、マスクを下にずらし、手術帽を外したばかりで、少し汗でふやけたような髪型でカルテらしきものを見ていた。
そして、「やあ、昨日の歯の方は、多分もう少し先の治療で良いと思うけれど、例の大学のハナシかい?」と、少しの疲労感を見せつつも、悪戯っぽくこちらを見て口元が笑った。「ええ、そうなのです・・。家族や友人と話しましたが、その学科はやはりあまり人気がないそうですね・・。あと、そこを卒業して歯科技工士になったとしても、良い仕事に就けるのでしょうか?」と、これまでの経緯を織り交ぜつつ話すと「・・まあ、それはたしかに嘘ではないね。だからこそ遠く離れた私にそういったハナシが来たのだと思うし・・。でもね、言い忘れていたのだが、この歯科技工業界は、今後、かなりの人手不足になると思うから、今のうちになっておけば、将来、仕事に困ることはかなり少なくなるし、あと、ここ最近の歯科業界全体の傾向として女性が増えているので、働く環境としても、そこまで悪くないと思うよ・・。そうそう、あと、今うちで働いてもらっている歯科衛生士のCさんも、去年、その専門職大学を出て、地元の歯科医院で勤務していたけれども「都会の治療を経験してみたい」と、そこの院長に相談して、まあ国内留学みたいな感じで、今年の春からうちで働いてもらっているのだが・・」と話し、後片付けをしている、さきの女性(Cさん)に「おおい、仕事中悪いけれども、ちょっといいかな。」と、こちらに来てもらった。そして「ええと「はじめまして」ではないと思うけれども、彼は**と云って今、A大学の院生なんだけど、例の口腔保健工学科の学士編入を検討しているんだ。それで、もし良かったら先輩になるかもしれない身として、少し彼の話を聞いてもらいたいのだが・・。」と歯科衛生士のCさんに丁重に訊ねた。すると「ええ、私も口腔保健工学科については、よくは分かりませんが、何かお手伝いできるかもしれませんので、お話し伺わせて頂きます。」と年頃の割にテキパキと返答していたので、少し驚き「医療職に就くとこういった振舞いも自然と出来るようになるものなのか?」と不図、思った。すると先生が「Cさん、どうもありがとう。じゃあ今日は私も嫁が出かけていて一人なので、**君と三人で夕食にでも行って話そう。」と明るく云ってきたので、そのまま家の母親に連絡し「今日は先生と一緒に夕飯を食べて帰るから、自分の分は用意しなくて大丈夫です。」と伝えた。その後、二人が医院内を片付け、出掛ける準備が整うのを待ち、医院を出て商店街を少し歩き、先生の行きつけの中華料理店に入った。このお店のウリは、本場四川風の麻婆豆腐とのことであり、全員その定食を注文し、さらに先生は生ビールを注文した。」

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2020年5月1日金曜日

20200430 架空の話・其の4

【架空の話】
[久しぶりに会ったBはなるほど、金融系を志望する学生らしく、整った小ぎれいな服装をしていたが、しかし、ここで少し力を入れて話さなければならないことは、この目の前にいるBの服装についてである・・。
いや、Bの現在の服装について力を入れて話すのであれば、それは私がBと出会った時にまで遡らねばなるまい・・。
Bとはじめて出会ったのは、大学に入学してしばらく経ったGWの少し前頃であったと記憶している。
ある履修した科目の二度目の講義の開始時間少し前に講義室入口に一人のあまり背の高くない男がやって来て、そこから教室内全体に聞こえるような声で「すいません。この教室に**ちゅうのはいますか!」と云った。それまで、いくつかのグループに分かれて雑談をしていたり、講義の準備などしていた講義室内の全員は、この声の主に目をやった後、私のことを知っている数人が、こちらの方を少し見て、ゆっくりとまた、それぞれの雑談などに戻っていった。この講義室内で**という苗字は私のみであり、且つ、入口に立つ人物には面識がない。そのため、多少訝しみつつ、席を立ち、この入口にいる男性のもとに行った。そうすると「おお、お前が**か。俺はBと言って経済学部の経営学科の一年生だ。それで出身は何高校か?」と唐突に訪ねてきた。私の方は少しためらい気味に「僕は文芸学部ヨーロッパ文化学科の**です。出身高校はこの近所の**高校ですが、それが何か?」と精一杯の強気で訊ね返した。すると目の前のBは「・・そうか、お前は元々こっちの人間なのか・・。それでも、多分親か何かはK県の出身じゃないのか?」と少し声色を落ち着かせて更に問い質してきた。そこで私は「僕は元々こっちの人間だが、たしか・・ひいひいお爺さん、だから・・高祖父がK県の出身だと聞いているけれども、それがどうかしたのか?」とさらに訊ね返した。そうするとBの態度がさらに落ち着いたものになり、また目のあたりも少し柔和な感じとなり「ああ、そうか・・。分かった。どうもありがとう。この講義が終わったら学食に行くから、そこで、もう少し話したいのだがどうか?」と、先ほどのトーンと比べると大分丁寧に云ってきたことから「うん、分かった。」と一言だけ返事をして席に戻った。この席に戻る途中で教員が少しアタフタしながら講義室に入ってきて周りが少し静かになった。

 そして講義の後、学食に行ってみると、入口近くのベンチに座り、イヤホンを耳に挿しつつ、文庫本サイズの何かを読んでいるさきほどの男が居たため、近寄り声を掛けてみた。すると「顔を文庫本から上げてこちらを見て、そしてイヤホンを外し「おお、来てくれたか。ありがとう。それじゃ中に入ろうか。」と云いつつ、イヤホンをポケットに入れ、文庫本を持参のリュックに入れて立ち上がった。このA大学の学食は、あまり大きくはないものの、屋外にテラス席があり、そこは開放的で雰囲気が良いことから、現在でもよく使わせてもらっている・・。
 中で食券を買い、列に並び自分の昼食を持ちつつ、食堂内で席を探していると、まさに昼食の時間帯であることから大変混雑し、空いている席が見当たらなかったが、同じく席を探していたBが「外の席が少し空いているみたいだから、そちらに行こう。」と提案し、外に出た。なるほど、外のテラス席も混んではいたが、食堂内ほどではなく、二人分の座席はすぐに探し出すことが出来た。そこで昼食を食べながら、Bは自分の出身地であるK県のことを話し、また「同期で、K県出身者が同じ学部で見つからないので、入学式の際に配布された学部毎の新入学生名簿を見て**という苗字を見つけ、それで、さきほど声を掛けた。」とのことであった。そこで、私も自分の知るk県とのつながりを話してみたところ、時には感心し、そして、全体としては面白がって話を聞いてくれたように記憶している。また、このように少し話しをしてみると、さきほどまで、全くの赤の他人であったBという目の前の男の服装に、どうしたわけか注意が向き始めた・・。記憶によると、その時Bは、オーバーサイズ気味の黒のオープンカラ―シャツ(長袖)をボタンを多めに外し、若干太めの黒の綿パンを穿き、そして靴は結構使い込んだ、これまた黒のキャンバス オールスターを履いていた。髪型は短髪のツンツンヘアと云うのだろうか、そういった髪型をしていた。
その恰好には、ある種のポリシーや服装に気を使っていることは感じ取られたが、しかしながら同時に「もっとセンス良くなるのでは?」とも強く感じられた。
 ともあれ、その後もBとは定期的に会うようになり、また、休日に私の家に来たこともあったが、はじめて会った私の両親に対する、その四角張ったとも云える礼儀正しさには少し驚き、後になって「今の日本人じゃないみたいね・・。」と母親が云っていたが、この指摘は必ずしも誇張ではないと私にも感じられた・・。
 Bは大学近くのアパートが多く建つ地域で一人暮らしをしており、機会があり部屋を訪ねてみると、男の一人暮らしの割にはキレイに片付ており、驚いたことには、急須で淹れたお茶を出してくれた・・。こういうのは、やはり生まれ育った地域の日常性に染み着いた文化と云えるのではないだろうか。また、そのお茶が今までに飲んできたお茶と異なり、味が濃く美味しかったことから、まさに茶飲み話で「このお茶は美味しいけれど、どこのお茶なの?」と聞いてみたところ「ああ、それは実家から送ってきた食料に入っていたもので、こっちではなかなか手に入らないK県産のお茶だよ。それが美味しいと感じるのであれば**の舌もそれなりのものなのだろう・・。」とのことであった。こうした、時には強気過ぎるとも感じられるBの出身県に対する思い入れのような、ある種の自意識は、これまでにあまり感じることがなかったことから、新鮮であったが、それが良いものであるか、あるいはそうではないのかは、今もって分からない。
 また、Bとの話題では、あまり専攻分野についてのことになることはなく、読んでいる本や、映画、音楽そしてファッションのことが多かった。ファッションについては、やはり最初の観察通り、ある種のこだわりのようなものがあったが、それは未だ美意識によってまとめられたものではなく、いくつかのポリシーと云っても良かった。そのため、休日や講義が早く終わった日に、渋谷、代官山、原宿、表参道、下北沢、高円寺、吉祥寺、アメ横などに一緒に足を運んだ。そして、そうしたことをしばらく続けているうちにBの方は、自分のお気に入りを幾つか見つけたようであり、私と一緒でなくとも、一人でも、そうした場所に出向くようになった。また、私がさきに述べた古着屋でのアルバイトをするようになると、時々、突然店に現れて、若干困惑している私に、普通の見知らぬ客のように平然と、ある商品について訊ねてくることがあった・・。
 そうした経緯にてBの洋服のセンスは、年を重ねる毎に洗練されていき、あまり金銭に余裕のない学生にしては、それなりにセンスの良い小ぎれいなものになっていったのではないかと思われる。
 さて、ハナシを戻し、Bに電話を掛けた翌日、待ち合わせをした行きつけの喫茶店に着くと既にBは席に着き、その前にはコーヒーカップと水の入ったグラスが置かれ、Bは何やらスマートホンを操作していた。そして店内に入ってきた私に気が付くと、Bは手を挙げて場所を知らせてくれた。席に着き、対座にて座るBは、地銀の面接の件か、少しうれし気に見えた。また、その恰好は、綿製、濃紺のジャストサイズで着たベッドフォードジャケットのボタンを外し、その下には台襟が高く、クラシックな胸にフラップポケットがあるタイプのボタンダウンシャツの第一ボタンのみを外して着て、下の方は、若干のストレッチ素材が入り、セルビッチのある生地を用いた、国内大型衣料品店の細身のジーンズをわずかに折り返して穿き、靴は濃いブラウンスエードのクラークスワラビーを履き、髪型は全体的に刈上げ、その上は寝るか寝ないか程度の髪を、光沢の出る整髪料で七三気味でラフに分けていた。話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」
 
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2020年4月29日水曜日

20200429 中央公論社刊 トム・ホランド著 小林朋則訳 本村凌二監修 「ルビコン」 共和政ローマ崩壊への物語 pp.17‐23より抜粋

中央公論社刊 トム・ホランド著 小林朋則訳 本村凌二監修
「ルビコン」 共和政ローマ崩壊への物語 pp.17‐23より抜粋
SBN-10: 4120037649
ISBN-13: 978-4120037641

『昔々、共和政になるまで、ローマは代々国王が治める国であった。そうした王様の一人で尊大な暴君だったタルクィニウス王のころの出来事として、こんな不思議な話が伝えられている。ある日、王の宮殿に一人の老婆が訪ねてきた。この老婆、両手いっぱいに九冊の本を抱えていて、国王の前に出ると、この本をお買いになりませんかと切り出した。ところが値段があまりにも高く、王は笑って相手にしなかった。すると老婆は、値引きする気はまったく見せず、何も言わずに立ち去ると、九冊のうち三冊を火にくべた。そして戻ってくると、残った六冊をお買いになりませんかと言う。値段は最初の九冊からびた一文も引かれていない。王は、ちょっと迷ったけれど、それでもやっぱり断ると、老婆は再び立ち去って、さらに三冊火にくべる。タルクィニウスは、自分が要らないと言った本に何が書いてあったのか、もう気になって仕方がない。老婆が三冊だけになった本を持って、みたび王宮にやってくると、王は九冊分の値段で即座に三冊を買い取った。老婆はお金を受け取ると、煙のように姿を消した。それから二度と現れることはなかった。
 この不思議な老婆は、いったいぜんたい何者なのだ?さっそく三冊の本を開いてみると、そこには驚くべき予言がびっしりと書かれている。これでだれもがピンときた。これほどの予言が書ける女は一人しかいない。アポロン神の巫女シビュラだ。これで名前は分かったけれど、実際この巫女については分からないことの方が多い。何しろシビュラにまつわる言い伝えは、どれもこれも不思議なものばかりだったからだ。トロイ戦争を予言したと伝えられていて、そのため人々の間では、シビュラは十人の女預言者の総称なのだとか、不死身の女性なのだとか、千年も生き続けるよう宿命づけられているとか、言われていた。中には、特に知識人を中心に、シビュラなんて巫女はそもそも存在しないんだと言う者もいた。いずれにしても、確実に言えることは二つだけ。シビュラの予言書が確かに目の前にあることと、その予言書には、角張った古いギリシャ文字で、これからおこるはずの出来事が記されているということだ。予言書が全部灰になる前にタルクィニウスが買い取ってくらたおかげで、ローマ人は未来をのぞける窓を手にしたのである。
 もっともタルクィニウスは、この窓をちゃんと生かすことができなかった。前五〇九年、無血クーデターが起きて追放されたのだ。建国以来二〇〇年以上も王が統治してきたローマも、この第七代タルクィニウスが最後の王となった。追放と同時に王政そのものも廃止され、代わって自由な共和政が採用された。これ以降、ローマ人は「王」の称号を異常なまでに毛嫌いするようになる。何しろ「王」という言葉が聞こえただけで、震え上がって耳をふさいだというくらいだ。反タルクィニウスのクーデターが目指したのは、自由の実現だった。君主のいない都市だけが持つ自由。自由こそ、あらゆる市民が生まれながらにして持っている権利である、市民の市民たる証なのだ。でも、将来だれかが独裁者になろうと野望を抱き、この神聖不可侵な自由を踏みにじるかもしれない。そんな事態を未然に防ぐため、共和政を築いた人々は、これまでにないまったく新しいシステムを作り出した。任期一年の政務官を二人選出し、この二人に、追放された王が持っていた権限を均等に分け与えたのである。この政務官を執政官(コンスル)という。ローマ市民のトップに立つ執政官を二人にすることで、危険な野心を抱かぬよう互いに監視させようとというわけだ。これを見ても分かるように、共和政は、ローマを二度とたった一人の最高権力者に支配させたりはしないということを第一に考えていた。執政官を二人にするとは、一見するとずいぶん思い切った手だけれど、実際は、ローマ人が過去から完全に切り離すような抜本的な大改革じゃなかった。王がいなくなっただけで、それ以外はほとんど何も変わらなかったからだ。新たに始まった共和政は、根っこの部分で過去とつながっていて、しかもその根をたどっていくと、はるか遠くの過去に行き着くことさえ少なくなかった。例えば、執政官は特権として平服(トーガ)に王を象徴する紫色の縁取りを付けていたし、鳥占いを行う際の儀式はローマ建国のずっと前から受け継がれてきたものだ。中でも過去とのつながりをはっきり示しているのは、何と言っても例の予言書だろう。不死と思えるほど長寿のシビュラが書き記し、タルクィニウス王が追放されるときに残していった、あの三巻の予言書だ。
 その内容は国家機密として厳重に保管され、見ることのできる人間も厳しく制限されていた。もし写し取ったりすれば、袋に詰め込まれて口を縫い閉じられ、海に放り込まれて殺される。予言を見ることができるのは。異変が迫っていることを示す前兆が現れ、国家の一大事に直面しているときだけだ。万策尽きると、特別に任命された政務官が名を受け、ユピテル神殿へ登る。この神殿に、予言書は厳重に保管されているのだ。巻物を開き、消えかかったギリシャ文字に指を走らせる。そして予言を解読し、神々の怒りを鎮めるのに一番いい方法は何か、助言を探し出すのである。
 助言は必ず見つかった。もっとも、ローマ人は信心深い半面、現実的なところもあって、宿命論にはかなりの抵抗感を抱いていた。そんなローマ人が未来を知りたいと思った理由はただ一つ、知っていれば破滅をうまく食い止めることが出来ると考えたからだ。空から血の雨が降り、大地の亀裂から火が噴き出し、ネズミが黄金を食べる。こうした恐ろしい前兆は、言ってみれば神々からの督促状で、自分たちが神々への義務を果たしていない警告と見なされた。神々の信頼を取り戻すため、ときにはローマに異国の祭儀を取り入れたり、それまで知られていなかった神を崇拝したりすることもあった。でもたいていは、こしたものを排除するのが普通で、政務官たちは、おろそかにされている伝統がないか懸命に探し回った。過去の姿を取り戻し、今までと同じやり方を守ることで、国家は守られていると考えていたのである。
 こうした思いを、ローマ人なら誰もが心の奥底に秘めていた。それは、社会が大きく揺らいでも変わりはない。現に共和政になってから、ローマは一〇〇年にわたって次々と試練が訪れた。社会は激しく動揺し、多くの市民が声高に権利の拡大を求め、制度改革がひっきりなしに行われた。でも、こんな激動の時代にあっても、目新しいことイコール好ましくないことなのだ。もっとも、使えるものなら何でも使うのがローマ人。新たな事柄も、神々の意志だとか古代の習慣だとか、とにかくうまく言い繕って取り入れることもある。でも単に新しいということだけで受け入れることは絶対になかった。ローマ人の気質には、保守性と柔軟性がうまい具合に同居している。何でも役にたっている限りはそのまま使い続け、具合が悪くなったら手直しして使い、とうとう役に立たなくなっても捨てずに大事にとっておくのが常だ。言ってみれば、共和政ローマは建築現場とガラクタ置き場が一つになったような状況だったのだ。ローマの未来は、ごちゃごちゃした過去の遺物に囲まれながら築かれたのである。』

2020年4月28日火曜日

20200428 架空の話・其の3

【架空の話】
「「あと、現在も大学での数少ない友人はこのK県の出身者でして・・」と話しているうちに、その数少ないというよりも、唯一と云っても良い友人であるBのことを思い出していた・・。このBと云う友人は、同じ大学の経済学研究科の修士院生であり会計学を専攻している。そして、さきにも触れたがK県の出身であり、聞いたところによると、その父親は公立病院にて院内薬剤師として勤務しているとのことであった。そのため、時折、医療系の話題が出たが、歯科関連について話題になったことはこれまでになかった。しかし、B自身は、銀行などの金融系への就職を希望しており、当時活発に就職活動を行っていた。ともあれ、そのようなことを思い出し先生の会話に意識が戻り「ええ、それは少し面白そうですね。しかし、その歯科技工士はどのような仕事なのですか?と素人丸出しの質問をすると、先生は「うん、歯科技工士は平たく云うと入れ歯や銀歯などを作る職人さんと云えるのだが、現在、さまざまな工作機械や材料自体も進歩してきて、その職務内容も大きく変化しつつあるのだ。そうした、まあ不安定な過渡期とも云える時期であるから、あまり成り手が少ないのかもしれないけれども、この仕事は、この先もなくてはならない重要な仕事なのだ・・。それだからこそ、最近は色々なところでこれまでの専門学校から大学に替わってきつつあるのだ。だから、このハナシはちょっと検討してみても良いと思うよ・・。」とのことであった。
そこで単純な私は少し高揚して、帰宅したその日の夜に早速Bに電話を掛け、この歯科医院で聞いたK県の専門職大学のハナシを伝えたところ「うん、その専門職大学新設のハナシは前に親から聞いたことがあったが、これが出来たのは大学2年の時であり、受験するには時既に遅しだったのだ・・。それよりも最近、地元K県の地銀の面接に呼ばれた。」と嬉しそうに話し、そして「明日は時間があるから少し話そう。」とのことであった。また同様に、家族に先生から聞いた専門職大学のハナシをすると「学費が安ければ、どうにかなるかもしれないが向こうに行ったら生活はどうするのだ?」とのことであったが、それでもエンジニアの父親の性格からすると、手に職をつけることは、少なくとも現在の非生産的な文系院生よりかは大分マシなことであると考えているフシがあったように感じられた・・。また、K県のハナシでは、K県の県庁所在地に今なお先祖の墓があるとのことであり「もし本当に受験して受かれば一度、そこも見てくると良い。」とのことであった。その墓は現在も遠い親戚が管理してくれているとのことであり、少し気の遠くなるハナシではあるが、私の先祖がこちらに移住してきたのは、明治10年の西南戦争の前であり、当時の親戚の多くは、この西南戦争に西郷軍側に従軍し、亡くなったとのことであった・・。私の先祖の方はその後、東京の学校を出て役人になり、最終的には国策で設立した会社で、ある程度の地位に就き、引退後は故郷のK県を思わせる温暖な静岡県沼津市に小さな家を買い、年の大半をそこで過ごしていたとのことであった。この沼津の家は現在も親戚が住んでいる。とはいうものの、ズボラな私は、そうしたことばかりに意識が向き、当日、歯科技工士がどういった職であるかなど調べずに、翌日の昼過ぎに大学近くにある行きつけの喫茶店で、数週間ぶりにBと会った。
久しぶりに会ったBはなるほど、金融系を志望する学生らしく、整った小ぎれいな服装をしていたが、しかし、ここで少し力を入れて話さなければならないことは、この目の前にいるBの服装についてである・・。」



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20200428 事実に立脚した想像(創造)について

A「ここ数回は物語のような記事を投稿していますが、あれは大体ご自身の経験がもとになっているのですか?」

B「・・ええ、読んでくださっているのですね。どうもありがとうございます。直近2回の投稿記事は、たしかに自分の経験に基づいていますが、投稿してみますと思いのほか多くの方々に読んで頂き、少し驚きました。そこで、この調子にて、もうしばらく記事作成をしようと思いましたが、一方で、そのまま書き続けるのも少し芸がないと思ったことから、その間に対話形式などの記事を挟んでみようと思っています・・。」

A「いえ、別に他のそうした記事を挟まなくても、読んで頂いている方々がそれなりにいたのであれば、そのまま続ける方がむしろ、良いのではないでしょうか?」

B「ああ、たしかにそうかもしれませんが、さきほどのコトバをより精確にしますと「芸がない」と云うよりも、そのまま戯曲的あるいは直線的に書き続けますと、やはり、その分早く終わってしまいますから、そうした物語作成の背景のようなものを記事として挿入した方が、いくらか全体の幅が広がり、面白味も増すのではないかとも思ったのです。また、現在の新型コロナウィルス感染症による外出自粛によってストレスが溜まり、あのような自身としては珍しい架空の物語を、半ば勢いで作成したとも云えるのですが、面白いことに、そのような背景で作成した記事がそれなりに読んで頂いているのです。」

A「ふーん、そうしますと、今回の外出自粛のによって、あのような記事が出来たということになるのですね・・。まあ、それはそれで期せずして新たな創造の転機になったということになるのでしょうか。」

B「ええ、そうです。まさに新たな創造の転機として今回の外出自粛が作用したと云えますし、また、現在もなお、割合悶々とした状態で記事を作成しているのですが、そうした状態では、論理によって構築するような記事よりも、客観的に認識し得る現実の世界と、そうでない自分のイメージした世界が混淆したような世界を描きますと、それなりに気が晴れるものなのです・・(苦笑)。」

A「うん、まあ、逆に現実が晴れ晴れとした状態では、あまり理想を述べるような必要性や衝動も生じないのかもしれませんね・・。しかし、それでも一応、事実と思われるところに立脚して文章を書いているところが重要であるのかもしれませんね・・。つまり、そうしてイメージされた世界は、事実と近過ぎて事実そのものを述べるような文章である必要はないのかもしれませんが、他方で、事実から遠のきすぎても、読む人々からすると、あまり理解できず、共感することも難しくなるのではないかと思います。その事実からの遠近の匙加減が重要なのだと思います・・。」

B「なるほど、それはたしかにそうかもしれませんね・・。しかし、その意味では現在の我が国のさまざまな文物は特にアニメを中心として、日常的な現実から離れようとする衝動がとても強いのではないかと思われます。あるいは、そうした事実によって象徴される硬質と思われるコトバを散りばめて、そうしたことを敢えて曲解しようとしているようにも思われます。これはかねてからの伝統であるのか、近年はじまったことであるのかイマイチよく分かりませんが、我が国の文化全般を考えるうえで、一つの特筆すべき事柄であるように思われますね・・。」

A「・・たしかに最近の我が国は特に、何であれ雰囲気重視のところがあるように思われますね・・。これは、より多くの受けを狙った結果であるのか、あるいは本当に能動的にそのようなものを創作しているのかは分かりませんが、時々怖いと思うことがありますね・・。最近の外出自粛で、どうもテレビを観る機会が増えてきますと、そのように感じられますね・・。」

B「ええ、しかし、こうしたことをテレビ側から云わすと「お前らこそ事実をよく見ろ!」といった反論が出てきそうなところが、より一層怖いのです・・。と、まあそのような感じでナチス党政権下でトーマス・マンはドイツに居辛くなったのだと思いますし、丸山眞男氏は当時の若者たちに吊し上げられたのではないでしょうか・・。その意味において、我々はあまり前世紀から進歩していないのかもしれませんね・・。」

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2020年4月26日日曜日

20200426 架空の話・其の2

【架空の話】
「そして、その5分後には、私は診療チェアーの上にいた。
早速、診療がはじまり、痛む歯の部分だけをくり抜いたゴム製の布のようなものを被せられている時、以前の診療時にはいなかった女性スタッフが先生のサポートにあたっていることに気が向いた。見たところ、私と同年代か少し上であるように見えたが、次第に治療が本格的になってくると、そのようなことも意識が向けられない状態となり、細い鋸のようなものが、歯の真中でギシギシ云いながら歯髄の方に迫ってくる感覚には久しぶりの冷汗が流れた。とはいえ、その治療自体は、そこまでの苦痛はでなかった。そして、治療後の先生の言葉は「右下臼歯の一つで、以前に根っこの治療をした場所に再度膿が溜まって、それで痛かったのだと思う。とりあえず、穴を空け、排膿してから洗浄して仮に封をしておいたから、また近いうちに来てください。」とのことであった。

私の方は、その説明をただ頷いて聞いていたが、しばらくすると先生の方から「そういえば**君は今、A大の大学院生でしたっけ・・。それで、何を専攻しているのかな?」と聞いてきたため「ええ、文学研究科のヨーロッパ文化専攻です・・。」と少し遠慮気味に答えた。すると「それはまた何だか面白そうですね・・。それで、具体的な研究テーマは何ですか?」とさらに踏み込んで聞いてきたことから「ええ、近現代イギリスにおける帰化した作家の役割、もしくは特徴のようなものをジョゼフ・コンラッドという作家を中心として研究しています。」と、これは割合具体的に答えたが、先生の方は「ふーん、それはノーベル文学賞のカズオ・イシグロ氏も範疇に含まれそうですが、同時に何だか難しそうなテーマですね・・。それで院の修了後はどうするつもりなのですか?」と、あまり思っていなかった方向に質問が行ったことから「・・はあ、順調に行けば来春には修士課程を修了して、どこかに就職したいとは考えていますが、正直なところ就職については今現在あまり考えていません・・。」と今度は尻すぼみ気味に返事をした。すると、先生はしばらく天井を見てから意を決したようにこちらを向いて言った「少し前に僕が出たK大学のあるK県に、公立と私立の中間のような、まあ第三セクターによって運営される医療介護系の大学が設置されてね、そこでは私の仕事とも大いに関係がある歯科衛生士と歯科技工士を養成する学科が設置されているのですがね・・。それで歯科衛生士の方の学科、まあ、口腔保健学科と云うのだけれど、こちらは割合人気があって心配無用の態なのですが、もう一つの歯科技工士を養成する学科、これは口腔保健工学科と云うのですが、こちらの方はどうしたわけかあまり人気がないのです・・。まあ、それが理由かどうか分かりませんが、今年の夏に学士編入試験を行うという連絡が来て、それで「誰か良い学生さんを知りませんか?」と、現在その大学で教鞭を執っている同期の友人に尋ねられたのですが、そこで少し唐突ですが**君はこういった話には興味はありますか・・?」とのことであった。これを聞いた私は、歯科技工士云々よりも、とある理由から、その大学があるK県の方に興味を持った。そこで先生に「先生はK大学のご出身だったのですね・・。それで元々はどちらのご出身なのですか?」と、本題からは少し外れた質問をした。すると「・・ああ、知らなかったっけ、たしか君のお父さんはよく知っていると思ったのだが・・。まあ、それはいいけれども、私は元々こちらの出身ですが、学生時代からしばらくはK県に住んでいたのです。そういえば、だいぶ前に君のお父さんに聞いたことがあったけれども、君の家は元々はK県の出身だそうですね・・。」先生のこの返事で、少し先回りをされた感があったが、私は「ええ、そうなのです。だいぶ前、それこそ明治時代にご先祖がk県から上京して、こちらの学校に通い、仕事に就き、居着いてから3世代ほど経っているのですが、如何せん、あちらの苗字は変わったものが多くて、私も根っから、こちらの人間であるはずなのに、苗字からK県出身者と間違われることが度々あるのです・・。あと、現在も大学での数少ない友人はこのK県の出身者でして・・」と話しているうちに、その数少ないというよりも、唯一と云っても良い友人であるBのことを思い出していた・・。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
日本福祉大学
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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2020年4月25日土曜日

20200425 架空の話・其の1

【架空の話】
「今世紀に入り、今後さらに進行するであろう社会の高齢化に対応すべく、国内各地に医療・介護系の大学が新設され、既存の大学も、そうした学部・学科を設置する方向で動き、そしてまた、医療介護系専門学校も新たに専門職大学として改組を試みるものが増えてきた。それに伴い、人文社会科学系を専攻する学生数は徐々に減少していった。

私は、もともと文系の大学に進みたいと考え、A大学のヨーロッパ文化専攻に進んだが、この専攻では、あまり良い就職口に就けそうにないことに3年生になってはじめて気が付き、そこで「毒を食らわば皿まで」と、同じ専攻の大学院修士課程に進むことにした。修士課程まで進めば「これまでとは違うビジョンで物事が見え、そして、より良い選択肢を見つけることが出来るのではないか」と考えたわけであるが、他方で、そうした面倒にして困難な選択をなるべく先延ばしして「出来る限り安逸に生きていたい」といった願望が全くなかったとは言い切れない・・(苦笑)。また、この専攻分野であれば、自分は多少のセンスはあるのではないかとも、現実を知らないまま思い込んでいたフシもあったと云える・・(苦笑)。

ともあれ、そのようにしてA大学大学院の修士課程に進んだわけであるが、そこでの生活は、学部生時代の延長のような部分も少なからずあり、他方、研究のための書籍を読む時間については、学部生時代と比べて履修科目が圧倒的に減ったため、かなり増やすことが出来た。また、以前からアルバイトをしていた実家自宅とA大学の通学路の途中にあるS駅近くの古着屋で週3日程度働いていたが、この店は、店長のこだわりか、なかなかシブイ、古い映画作品に出てくるような品が度々並ぶことがあった。ここでのアルバイト勤務は、常連客が店長との会話を通じ、なんとなく働くようになったという背景がある。

しかし、時々、店内で物色している客に対して長いウンチクを語ってしまうこともあり、これについては、時々やんわりと後で店長から注意を受けることがあった・・。それでも店長自体が、そうしたウンチク自体は好きであることから、その注意は「そういうことを人に説明したいのはわかるけれども、多くのお客さんは、そこまでマニアックなハナシを聞きたいとは思っていないから、あまりしなくても大丈夫だよ・・。」といったものであった。とはいえ、自分が良いと思った品を手に取っているのを見かけると、ハナシかけたくなってしまうのは、ごく普通の人情であるように思われるのだが・・。

さて、アルバイトと参考資料・著作の読み込みや、調べものと履修科目の対応、そして少しの遊びにて修士課程1年目を終え、次の2年目では、通常であれば、本格的な就職活動を行うことになるわけであるが、それでも私はどうしたわけか、就職活動に身を入れることは出来ず、バイトは相変わらず続けながら、割合とダラダラした日々を過ごしていた。周囲の院生やゼミの学部生などはリクルート・スーツを着て大学でも就職支援センターなどに頻繁に出入りしていた中、私といえばジーンズにヨレヨレのシャツで図書館と院生研究室ばかりに出入りし、教員の方々から「君はこの先どうするつもりなのかね?」と、あまり興味なさげに訊ねてくることも幾度かあった・・(苦笑)。

当時、傍から見ると私はどのように見えていたのだろうか?いや、そのようなことは今となってはどうでも良い。それよりも、ここからが、少し重要なくだりになってくるのだが、GWが終わり梅雨に入る少し前の時期、どうしたわけか、突然、右下の歯が痛くなり、シフトで入っていたバイトも早退して、一端自宅に戻り保険証を持ってから、近所の歯科医院に、かなり久しぶりに訪問した。その院長は、かつて、どこかの歯科大学で講師あたりまで勤めたていたとのことであり時折、商店街など駅の近くで見かけることがあったが、気安く話しかけるには纏っている緊張感が強すぎるように当時は感じられた・・。しかしながら腕は確かであると近所では評判であり、私の家族も皆、そこでお世話になっていた。

ともあれ、そうした経緯で歯科医院に入ると、丁度、院長が開封したての学会誌のような雑誌を院内入ってすぐの待合室で立ち読みしていたようであり、雑誌を持ちつつ、こちらに目を向け「おお、**君じゃないか・・。久しぶり、どこか歯でも痛くなったのかね?」と聞いてきたので「ええ、どうもお世話になっています。実は右下の歯が少し痛みますので先生に診て頂きたいのですが・・。」といった感じで、右顎に手を触れさすりつつ少し自嘲気味で答えた。」すると「ほお、そうですか・・。丁度今、予約していた患者さんがキャンセルになったところなので、すぐに診てあげれるよ。」とのことであり、普段、あまり運の良し悪しについて考えない私も、これには少し「運が良い」と感じ、また、それが外出先にて腹痛を起こし、飛び込んだ先の施設で清潔なウオッシュレット付きトイレが空いていた時の感覚によく似ていることに気が付いた・・。

そして、その5分後には、私は診療チェアーの上にいた。」


*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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ISBN978-4-263-46420-5

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