2023年4月16日日曜日

20230416 継続による慣れと、その先にある目標達成の身体化の程度の違いについて

ここしばらく、新規での記事作成を行ってきませんでした。とはいえ文章作成については、いくつか作成していました。そのため、今回のブログ記事作成においても、ごく自然に進めています。くわえて、ここ数日間ノートにメモを取る機会が何度かあったことから、久しぶりの万年筆での筆記が少し楽しく感じられてきて、ノートに短文や語句を書き、それらを繋いだり、囲む線を書くといった筆記作業によって恐らくは文章作成に関与する何らかの身体性が刺戟を受けて、それを司る神経が活性化しているのではないかと思われるほどに、ごく自然に、ここまで書き進めることが出来ています。

さきの、ここ最近作成したいくつかの文章は、それぞれ想定される主な読み手の方々が異なるため、私なりに、それぞれに合わせた書き方(文体)にしているつもりではあるのですが、実際、客観的に異なった文体になっているかどうかは、かなり怪しいのではないかと思われます・・(苦笑)。

くわえて、こうした作業をしていますと、これまであまり意識して用いる機会がなかった神経を用いるためであるのか、あるいは、他の要因もあるのかもしれませんが、普段と比べて疲労感が強いように感じられます。とはいえ、こうしたこともまた「慣れ」であるとも思われますので、今しばらく慣れるまで継続してみたいと思います。

この「慣れ」について思い返してみますと、最近の出来事としては、ここ1年以上、今なお続く(第二次)宇露戦争の動向を出来るだけ早く知るために、海外報道番組の動画を緩急はありつつも視聴し続けたことにより、実際、海外の地でにおいて、以前よりも英語の聞き取りの上達を実感出来たことが印象的でした。

これもまた、まさに「慣れ」であり、その意味においても「習慣付ける」ということは、重要であると考えます。そして、さきに述べた事情から新規でのブログ記事作成は行ってきませんでしたが、習慣としたい「文章の作成」は行い、また読み進めている書籍も、それなりに頁は進み、その中でも興味深い記述が散見されたことから、少なくとも「デプレッション」といえるほどの状態ではないと云えます。

私の場合、しばらく記事作成を休んでいますと、罪悪感ではないのでしょうが、どうしたものか、徐々に気分が滅入ってきます。そして、これはこの先もし2000記事まで到達することが出来れば、その後になっても、この「気分の滅入り」はなおも続くのであるか検証してみたいと考えています・・(苦笑)。

そして、この場合もある意味での「慣れ」が関与しており「この「慣れ」は、目標到達のために続けている、ある活動が達成され、その活動を続けなくてよくなってもなお、その活動を促す何らかのサインが発せられるのか?」といった、いわば「「慣れ」と「目標到達」では、どちらが強く身体化されているのか?」という疑問に集約されると考えますが、そのように考えますと、さきの海外報道番組動画の視聴には特に大きな目標はなかったことから、おそらく、私にとっては、もう一方の「習慣」の方が強いのではないかと推察されます・・。

また、こうした一種の精神の回路のようなものは、人によっても異なるようにも思われますが、これも実際はどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。








2023年4月10日月曜日

20230409 職業教育の延長としての英語と、文学としての英語はいずれ繋がると・・

直近の4月6日投稿分の記事が思いのほか多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありあとうございます。そこでは英語の小説を読む効果を述べましたが、これにつきまして、私は歯系の大学院生になるまでは、英語の小説を進んで読もうと考えたことがありませんでした。他方で、そこでは自分の研究分野についての英論文は概ね読んでおく必要があり、くわえて当時はgoogle翻訳の精度も現在ほど良くはなかったことから、仕方なく辞書を引いて、それらを訳しつつ読んでいました。

そして、そうした期間がしばらく続いてからのある日、書店に行き、不図目に入った洋書コーナーの背表紙の英語の題名が気になり眺めていますと、それらの邦訳名が自然と思い出されてきたのです・・。そして、その一冊を棚から取り出し読んでみますと「あら不思議!」大体は読めるようになっていました・・。

この時に感じた驚きと高揚はそれなりに大きなものであり、その後しばらくアマゾンの古書で英語小説を購入していたほどです・・(苦笑)。また、こうした時期は勢いがあるためであるのか、その他にも、さまざまな英語の著作に手を伸ばしましたが、やがて落ち着いたのが、和訳で既に読んでいた何人かの作家による作品と、同じく文明論や近現代史を扱った著作となりました。

これらの読書は鹿児島在住当時の私としては一種娯楽のようなものでもあり、何一つ憚らずに読むことが出来たのは土・日曜日といった感じでした。そこで土・日には鹿児島市街に市電で繰り出し、喫茶店にて研究分野の英論文も交えて、これら作品や著作を読んでいましたが、現在になり、当時のことを思い出しますと「たしかにあの当時はどん底であったかもしれないが、それは現在でもあまり大きくは変わりないのではないか・・。ただ、当時から現在に至るまでの過程には、それなりに面白い経験もあったことから、それはそれで良かったのかもしれない。」とも思われてきます。しかしながら、昨今の我が国をめぐる世界情勢も、あまり安心出来る方向へは進まず、そしてまた、この先の情勢も平和・安定といった方向への見通しはしばらくは困難であろうと思われることから、期せずして、また、いくつかの変った経験をしてしまうのではないかとも思われるのです・・。

ともあれ、鹿児島在住期後半は、そのような感じにて色々と手を出して読んでみましたが、私の場合、その原動力となる「必要性」が強く認識されるようになったのは、在住してしばらく経ってからでした。そこである程度、英語論文を読み込み、自分なりに理解を深めようとしていますと、いつしか偶然のように、その他の小説などの文章も、大体は読むことが出来るようになっていたことに気が付いたのです。

そして、ここで重要であると私が考えることは、職業的な教育であっても、それを扱った英語の書籍を教科書・テキストとして用いることにより、もう一方で、ある程度の専門性を持つ分野への興味を持ち続けていれば、やがてそれらが自分のなかで結び付いて、そしてまた、新たな種類の興味が創造されるのではないかということです。

そう、何かしら複数のことに対して能動的な興味を持ち続けていますと、やがて、それらが渾然一体としたものに、いわば「昇華」されるのではないかと思われ、そして、こうした現象が彼方此方で増えることにより、その地域や国は、さらに創造性に富み、強力なものになっていくのではないかと思われるのですが、さて、こちらも、実際のところどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。






2023年4月6日木曜日

20230406 異郷に赴く際の読書の持つ効果について

過日訪独時の一日毎での徒歩による移動距離が気になり、久しぶりにスマホの万歩計を開いて確かめたところ、滞在期間は毎日ほぼ15km程度は歩いていたことが分かりました。現地に入ると、当初は昂奮のためであるのか、あまり疲れを感じることなく動き続けることが出来ていたと思われますが、滞在後半になってきますと、漸う疲れが出てくるのか、足や荷物が重く感じられてきました。また、おそらくこれは同行の先生方についても同様であったと思われます。それでも40・50歳過ぎ、そして一人は70歳過ぎの一団としては、数日間連続して比較的よく動き回ったものと思われます・・。

思い返してみますと、こちらの成員での行動は、国内外での学会や、あるいは登山の際にも度々あったことから、私にとっては何と云いますか安心感のようなものがあり、また、そのおかげもあり、初めて参加する海外での世界最大規模の展示会であっても、あまり萎縮することはなかったと記憶しています。また、私なりの、そうした異文化の地で萎縮せずに平常心を保つための工夫として、かねてより読み続けている書籍を持参して、空いた時間に頁を読み進める努力をするということがあります。

さきの訪独に際しても、何冊か持参し、飛行機の座席で読書灯を点けつつ、あるいは滞在ホテルのベッドの上で寝転びつつ読んでいましたが、今回については、おそらく(かなり久しぶりに)口語での英語を多く使うことになるであろうと考え、英語の小説も一冊持参しました。その小説は、口語・文語の何れであっても、あるいは我が国での文系・理系の何れに対しても伝わり易いと、かねてより考えていたジョージ・オーウェルによる著作としましたが、結果的にこの選択は少なくとも間違いではなかったものと思われます。

ともあれ、如上のように、私にとって異文化の地に赴く際、運河の水門に挟まれた閘室のような役割を果たしたのが、英語小説の読書であったと思われます。あるいはこれは、国際線機内で観る映画を英語字幕にて観ることにより、同様の効果を持つのではないかとも思われましたが、私見としては、たしかに映画を英語字幕で視聴することにより、異文化の地に行くマインド・セットのようなものは得ることが出来るのかもしれませんが、しかし、より具体的に異文化の地でのリングワ・フランカを用いたやり取りが想定される場合においては、より言語に意識を集中させる小説の読書の方が良いのではないかと思われました。

また、他の持参した著作の読書で印象に残っていることは、ハノイ発フランクフルト便に乗り、かなり時間が経った機内にてミネルヴァ書房刊岩間陽子・君塚直隆・細谷雄一編著による「ハンドブックヨーロッパ外交史」36p~の「クリミア戦争」の項を読んでいる際、座席正面の個人モニターに表示される地図上の現在位置が黒海の南部上空であったことから、座席右側の窓から真暗な北の空の向うにあり、現在も渦中にあるクリミア半島、そしてそのさきのウクライナについて、しばし思いを馳せたことです。

翌朝、無事にドイツ、フランクフルト空港に着き、ケルンにて開催のIDS2023に参加して、デュッセルドルフのホテルに帰着して室内でテレビを点けて視ていますと、件の黒海上空にて米軍の無人偵察機がロシア軍によって撃墜されたこと、また、フランスのパリでは年金受給資格年齢の延長を巡って抗議デモが激化していることなどが報じられていました。滞在ホテルで私が視聴出来ていたのは英語版のFrance24の報道番組であり、そのキャスターの方は、国内にて同番組の報道動画を視聴する際にも度々見て憶えていたことから、どうしたわけか少し不思議な感じを受けました。あるいは、この現象には、先述した異文化の地に赴く際の閘室のような効果を持つ英語小説の読書とも類似した何かがあるのではないかとも思われましたが、さて、実際のところはどうなのでしょうか・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。








2023年4月5日水曜日

20230404 中央公論社刊 岡本柳之助著 平井晩村編「風雲回顧録」 pp.9-10より抜粋

中央公論社刊 岡本柳之助著 平井晩村編「風雲回顧録」
pp.9-10より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122016916
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122016910 

凡そ人類は生まれながらにして、平和を好愛する共通の美質を有す。けれども世間往々ことを好み乱を欲するの士なきに非ず。このほとんど対立両存なすべからざる二大傾向の同一個人を支配するは、矛盾するが如しと雖も、それこれあるがために個人はますます自我を拡大し、社会は愈々発展するを得べし、そもそも建設と破壊とは、相俟って社会万般の事象を更新し、展開せしむる二大勢力にして、破壊なきところに建設なし。ここに於いて、吾人は天地に磅礴せる自然の好機を悟了すべきなり。
 しかれども、破壊には必ずその基底たり得べき確乎たる理由存在せざるべからず、したがって漫然たる破壊は、継起し来るところの建設になんら益なきのみならず、かえってその障碍となることすくなからず。所謂徒に乱を好む者の所為の如き即ちこれなり。
 岡本柳之助君の一生は、恐らく破壊を以て終始せるものと謂うも、必ずしも不可なきに似たり。しかしその基くところは、衷心渝ることなき憂国の至誠にして、更に一点利己の観念を交えず。これ君の破壊がしばしば策せられて、成否相半するに係らず、国士としての面目依然として存する所以たらずんばあらず。
 君は故陸奥宗光伯とその郷関を同じうす。福堂は身元老院議官たりしに係らず、当時遥かに大西郷と通じ、東西呼応してことを挙げんと策せるほどに謀反好きなりき、予は茲に郷党の気風を云為して、二人者の性格に論及するものに非ず。けれども社会が久しく同一状態を維持して、進転の跡を示さず、永く沈滞停止の状に在るに於いては、自然の要求は必ずや破壊思想の勃興を促進し、以て新たなる建設を誘致するの理を断言せんと欲す。我邦の現状果して破壊すべきか、我これを知らず焉。
 ただ破壊の士健闘の士たる岡本柳之助君が、近く隣邦の客舎に長逝せるを聞き、感慨禁ぜず、茲に破壊必ずしも単に破壊に終らざる所以を述べて、聊か世の惑を解かんと欲するのみ。

伯爵 大隈重信

2023年4月3日月曜日

20230402 あまり実感を伴わない上達の感覚について

ここ数日間はブログ記事の作成はしていませんでしたが、他でブログではありませんが、文章は作成しており、また書籍も相変わらずに読み続けていました。しかしながら当ブログの記事作成を休むことについては、多少気が咎めるものがあり、また、現在目標としている2000記事までは出来るだけ速やかに到達したいとも考えていることから、本日ここに記事作成が出来ることは、わずかながら解放された感があると云えます・・。

つまり、普段とは異なり、初手からブログ記事作成に前傾姿勢にて取組むことが出来ていると云えます。

また、こうしたことは、先月19日に帰国してから、はじめてのブログ記事作成(3月20日)の際にも感じられなかったことであり我が事ながら多少不思議にも感じられます。

同時に、今回の投稿記事により、総投稿記事数が1970に到達します。そして、あと30記事の新規投稿により目標としている2000記事に到達出来るのですが、それまで、さきに述べた前傾姿勢にて続けることが出来ればと願うところですが、それは、これまでの経験からは難しいように思われます・・。

そうしたことを書いていますと、当ブログ開始当初の頃を思い出します。その際は、当ブロガーに直接、ある程度の量の文章を入力することは難しく、下書きのノートを常に持参して、そこに書いたものを夜になり、いわば清書のように当ブロガーに入力し、記事作成をしていました。

そしてそこから一年を経ずに、PCでの直接入力にて作成するようになりましたが、これについては、あまり上達があるようには感じられずに「何となく出来るようになっていた。」といった感じであると云えます。

現在考えてみますと、手書きの文章で作成しようが、PC入力での作成であろうが、あまり違いはないと感じられるのですが、当時はどうしたわけか、PCへの直接入力にて、斯様な独白形式の文章を作成することが難しく、対話形式のブログ記事をノートに手書きで下書きを作成していました。

そこから、ブログ記事を手書きの下書きにて作成していた時期(2015年後半)と、PCへの直接入力をはじめた当初(2016年初旬)の頃のブログ記事をいくつか読んでみますと、面白いことに、さらに以前、2012・2013年の鹿児島在住時後期に、実験ノートの延長といった感じでノートに(ほぼ)毎日何かしら書き綴っていた時期があったことが実感を伴い思い出されてきました。そこで書いたノート数冊は、その後の何度かの転居の際に、なくなったものもありますが半分以上は現存していると思われ、おそらく、いくつかの本箱に書籍と一緒に分散して収納されているものと思われます。

鹿児島在住時は、このノートへの記入は当時住んでいたアパートでは行わずに、喫茶店などで行っていたと記憶しています。そして思い返してみますと、当時はこのノートへの書きものを概ね楽しんで行っていました。

天文館の照国神社表参道沿いのドトールコーヒー二階の喫煙コーナーでコーヒーを啜り、煙草を喫いながら英論文や英語の小説を辞書を引きつつ読んだり、あるいは書きものするのは、当時、絶望的な状況の中にはありましたが、前述のようにそれなりに楽しいものがあり、あるいは状況が絶望的であると、こうした行為も楽しく感じられるようになり、そして、それが中毒あるいは慢性化されるのではないかとも思われます・・(苦笑)。

また、それ以前にも何度かノートに文章を色々と書く習慣があった時期があったことも思い出されましたが、鹿児島在住時でのそれが、深く身体に刻まれたといった感覚があります。それ故、以降、紆余曲折がありながらも、何か文章を書いて伝えることが習慣となり、現在に至っているのではないかと思われるのです・・。

そして、これを為さしめているものが私にとって、ある種「源泉の感情」であると思われるのですが、今現在、これを如何なる文体であれ、ある程度明晰に文章化することは未だ出来ていません。しかし同時に、以前よりも、それに「にじり寄ってはいる」感覚はありますので、また今しばらく記事作成を継続していますと、徐々に明瞭になってくるのではないかと思われますが、さて、実際のところどうなのでしょうか・・?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。






2023年3月28日火曜日

20230327 カルチャー・ショックと身体性と学びについて【現代は過渡期?】③

去る19日に帰国してから、徐々に普段の生活に戻りつつありますが、それでも、向うでの見聞をまとめる為に出展していた企業さまにメールにて問い合わせなどを行っていますと、自然とその時の様子が想起されてきます。

そこから、おそらく私を含めて多くの方々は、海外といった自分にとって非日常である場所にしばらく滞在しますと、そこで、否応なく自らの母国での対応する事柄が思い出され、そして、そこにある「相違」について考えることになります。それは、即物的な物事であったり、あるいは不図した時に感じられる、その奥にある抽象的なことであったりします。

現代の日本であれば、それなりに発展していることから、西欧諸国とのさまざまな相違から大きな挫折感を抱かないで済むのだと思われますが、これが所謂「普請中」であった明治時代ならば、かなり大きなカルチャー・ショックを受けたのではないかと思われます。そして、そうした様子を描いたものが夏目漱石の「倫敦消息」であったり、あるいは映画であれば、時代は少し遡った幕末期を舞台としていますが、五十嵐匠監督による「長州ファイブ」が挙げられると考えます。

ともあれ、今回の私の訪独は(世界最大規模の)歯科医療の見本市への参加という目的があり、そこで見て、感じたことは、さきの日常的な事柄にも劣らないほどのカルチャー・ショックであり、それをどうにか自分なりに言語化して、その構造を知るために、さきに述べた帰国してからの資料の整理や海外企業さまへの問合せなどに繋がっていると云えます。

そして、そうした活動を通じて、どうにか自分なりに、その様相や構造への知見を得たと実感すると、多少は落ち着いてくるのではないかと思われます。また見方に拠れば、それも「勉強」の一種であるのかもしれませんが、それは、異言しますと「自らの実体験を言語化する行為」であると云え、テキストなどが先にある種類の勉強ではありません。またそれは、身体性を通じて得たものを言語化している行為であり、これと類似していると思われるのが、実験や実習などであると思われます。また、我々の多くは、勉強としては、こちらの身体性を駆動させる種類の勉強と云える実験や実習の方が面白く、興味深く感じられるのではないかと思われます。

あるいは、こうしたところは国民性や地域性のようなものがあるのではないかとも思われますが、この身体性を用いた勉強も今後、VRなどに替わっていく可能性があるのだと考えますと、話はやや抽象的になり「では身体を通じた経験によって得られる感覚の主体とは脳であるのか、あるいは肉体であるのか?」と思い至るのですが、おそらく、このあたりに関しては、ある程度観察して、あるいは関連する著作や資料などを読んでいくと、その概要のようなものが見えてくるようにも思われます。

しかし、それは観察主体が、そこに至るまでに、それらを比較検討できるほどの実体験と学びを積んでいることが前提としてあるものと考えます。そして、そこから論語の「学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆ふし。」が思い出されてくるわけですが、ともあれ、そこから実際のところ、それらには通底するものがあるのか?そしてまた、こうした考えは時代を通じて普遍的なものであるのか?といった疑問が生じてくるのですが、その意味においても、現代もまた「過渡期」(「普請中」?)であると云えるのかもしれません・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。




2023年3月24日金曜日

20230323 今回の訪独によって一つ気が付いたこと②

去る19日に帰国しましたが、その後からおそらく時差ボケではなくて、体調の変化が少し感じられました。いや、より精確には体調というよりも、海外のさまざまな事情を目の当たりにして、それまでの常識に変化が生じたことによる、いわば、心の持ち様の変化に付随したものであるのではないかと思われます。ともあれ、こうした経験は初めてであるか、あるいは、かなり久しぶりであると云えます。また、今回の訪独は、当ブログ開設後初の海外渡航となりますので、それまでに習慣化した、ブログ記事作成に対しても何らかの影響があったとしてもおかしくありません。

また、訪独中は異文化の中にいるため、半ば無意識ながらも常時緊張しており、そして、その防御の姿勢によるものであるのか、若干躁気味になります。あるいは、普段とは異なる言語を用いる必要性があることから、その言語に合わせた精神状態、心の持ち様が、さきの「躁気味」となるのかもしれません。

たしかに多くの我々日本人は、普段日本語で話している時と、英語を含む外国語で話している時のテンションには違いがあるように見受けられます。そして、実感に基づく私見として、他の言語を口語として扱いますと、テンションが上がるためであるのか、その後の反動として、疲労の程度が比較的大きくなるのではないかと思われます。

また、今回の訪独に至るまでの経緯には、昨2022年2月末から始まったロシアによるウクライナ侵攻に関する情報を入手するために、海外の報道機関による英語のニュース動画を1年以上視聴してきたという背景があり、これが役立つのであるか不安でしたが、現地に行ってみますと、思いのほか意思疎通は出来ていたように思われました。もちろん、師匠や、研究室の諸先輩方は、私などよりも日本を含む世界の歯科医療事情に通じており、さらに英語の読み書きなども堪能であるのですが、それでも、以前と比較しますと、私も英語での意思疎通に関しては、いくらかは上達したのではないかと思われました。

そうしますと、宇露戦争に関しての情報収集のために、この一年間、(チンタラ)継続して英語での報道動画を視聴してきたことが、前述の上達に寄与したものと考えられます。そこから振り返ってみますと、私はもの心がついた後での留学経験はなく、一般的な我が国の学校制度での英語教育を受けてきました。そして、そこでの勉強が本当に必要になったのはホテルのフロント勤務になってからでした。この時は、私がホテルを代表して宿泊に関することを説明しなければならなず、それなりに苦労もしましたが、使い慣れた辞書と電子辞書があれば概ね、どうにか対応出来ていたものと記憶しています。また、慣れてきますと、それだけではちょっと格好が悪いと思ったのか、仕事に使えそうな言い回しが多いと思われる映画作品を近くのレンタル店で物色するようにもなりました・・。そして、これもまたさきと同様、どちらかと云うとチンタラとした勉強と云えます。なかでも英語字幕に目を通して、そこで気になった単語を辞書で調べるなどということは、当時としては、一種の遊びに近い感覚があったのではないかと思われます。そして、この遊びとしての娯楽の要素があったことから、その時も継続することが出来、そして、その伝で考えますと、今回の英語の報道動画視聴による英語の(期せずしての)上達もまた、かねてより近現代史や国際関係論に興味を持ち、また、時には関連する書籍を読むといった習慣があったことから為されたのではないかと思われるのです。そしてまた、多少不遜ではあるかもしれませんが、また人にもよるのかもしれませんが、社会に出てからの勉強とは、どちらかというとチンタラとしている方が継続することが出来るのではないかと思われました。

今回の訪独により気が付いたことの中には以上のようなこともありました・・。

そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。