2022年11月1日火曜日

20221101 新型コロナウィリスに罹患後、回復しつつある味覚と嗅覚のなかで思ったこと【大地の薫りによる影響?】

先日かかった新型コロナウィルス感染症からどうにか回復し、また日常に戻ってはいますが、以前に述べた味覚と嗅覚の変化は徐々に戻って来ている感じがあります。具体的には、食事を摂っていると、突然その匂いが戻ってくるような感覚がこれまでに何度かありましたし、またそうしたことは、食物のみならず、地域の大気からも、何やらそうした「思い出すような感覚」をおぼえることがあります。

このことは、これまでに何度か当ブログにおいても述べてきましたが、私の場合、強くそうしたことを感じたのは2001年に北海道から南紀白浜へ転勤になった時のことでした。4月の南紀白浜は、翌月初旬には海開きを控え、もう既に陽光は眩しく温暖な陽気となっています。また、街の所々には温泉の湯気が立ち上り、そして海と空が何とも蒼いのです。

しかしながら、コトバでは上記のように表現しましたが、そうした情景には、あくまでも、大気の匂い、薫りのようなものが付随しており、それが我々の精神に対して何らかの作用を及ぼすのではないかと思われるのです・・。

そして、そうした精神への作用が、若いうちであれば、我々の価値観の変化に及ぶことも度々あるのではないかとも思われます。

私は首都圏にて育ちましたが、その後、さきに述べたように北海道、南紀白浜そして和歌山市、市川市、鹿児島市と住んできましたが、やはり西日本いや西南日本はじめての経験が和歌山、南紀白浜であったことは、大変大きかったように思われます。彼の地の四季を通じて変化する大気の薫りやら、目に触れる南方的な植生の樹々植物は、河東碧梧桐ではないが、本当に「木蓮が蘇鉄の側に咲く所」であり、そうした環境の中でしばらく暮らしていますと、それまでの首都圏の文化全般が最先端で正しいと半ば無意識にて考えていたことが、本当であるのか、よくわからなくなってくるのです。

おそらく、こうした感覚はしばらく住んでいると生じてくるもの思われますが、そのままの状態でしたら、やはり落ち着かないことから、苦しいものもあるのでしょうが、とはいえ、勝手ではあれ、その地域に対して、そうした思いを抱くこと自体は特に問題ではなく、むしろ、良いことであると思われます。そして、その在住の過程で、自然に、自分なりの落ち着くための言説といったものを編んでいくのではないかと思われるのです・・。

つまり、本来、人が生まれ育った場所とは異なった地域に住み、そしてその地域からの影響を受けるということは、総じて短い期間による変化ではなく、本当に漸進的なものであり、その効果とは、数日、一週間程度滞在の観光によるものとは、本質的に異なるのではないかと思われるのですが、さて、実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。












2022年10月31日月曜日

20221030【架空の話】・其の98 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑭】

とはいえ、以前にもCH先生による独白として当ブログ【架空の話】にて述べたことではあるが、院長のCH先生は、某医科系大学付属校の御出身とのことであり、当時の友人には、医師や薬剤師や看護師などの医療系の進路を進んだり、あるいは理工学部といった主に自然科学系分野に進んだ方々も多かったことから、卒業後も、それら友人等と話す機会が度々あれば、本質を掴みつつ、大雑把には大学理工学部教員の述べる内容も理解出来て判断出来るようになるのではないかということであるが、ここまで述べるには、今しばらくの観察と検討が必要であるかもしれない・・。ともあれ、さきに述べた周囲の環境が現在のCH先生の性格を育んだことは、少なくとも間違いではないように思われる・・。

医院見学に来たK医専大の我々を案内されていたCH先生は途中、何度か中座したが、やがて戻って来られた。また、あまり忙しい素振りも見せなく、あるいは気を使って、そのように振舞っていたのかもしれないが、我々の方はスーツ姿のままにて院内を一通り見学させて頂いていた。

その途中で驚いたのは、小型ながらも走査型電子顕微鏡や嚥下造影(VF)検査の機器が院内の検査室らしきところに設置されていたことである。また電子顕微鏡は、その時、ケーシーを着用した若手の歯科医師らしき人物が操作しており、その背後には白衣を着て腕組みをした、これまた歯科医師らしき少し年配の人物が立っており、観察画像を見つつ二人で何やら会話をしていた。そして、その様子をしばし見ていたE先生の様子が突然変わり、スマートフォンで何やら調べはじめた。そして、その斜め後ろの位置から見ていた私は、どうやらE先生は人物を検索をしていることが分かった。そして、おもむろに私の方を向くと、検索した画面を私の方に静かに向けた。そこに映っていたのは、先ほどCH院長から説明を受けた現在、こちらのクリニックの医員兼顧問をされているKA先生であり、それはまた、我々の目の前に腕を組んで立っている人物でもあった。

さきほどの院長からの説明では本日、KA先生は休日とのことであったが、何らかの理由によって出勤されていたのであろう。そこに、中座していたCH先生が戻って来て、我々に向って「いやあ、お待たせして申し訳ない。今、少し大事な電話がありましてね・・。そう、この検査室には走査型電子顕微鏡や嚥下造影(VF)検査の機器が置いてあるのですけれど・・。あれ、顧問、本日はお休みであると聞いていましたが・・。」と丁度、我々が抱いていた疑問を口に出された。

すると顧問と呼ばれた(おそらくは)KA先生は、身体の向きを変えずに顔をCH院長の方に向けて「いや、たしかに今日は休みだけれど、こいつが自分の患者さんの義歯が破折したから、その破断面を見て何故、どのようなメカニズムで破折に至ったのかを調べて、どこかの学会で発表したいって云うから、つきあってやっているんだ。それに、ここのSEM(走査型電子顕微鏡)も高倍率でも結構キレイな画像が見えるからな・・。」とのことであり、SEMを操作している若い人物は操作をしつつ、しきりに頭を下げておられた。

それを聞いてCH院長は「ああ、そうですか。分かりました・・。あッそうだKA先生、本日はKからの来客です。」といって我々を紹介してくださった。E先生は明らかに緊張されていたが、たしかに比較的規模が大きい歯科の臨床系学会の学会長も務められた先生と挨拶を交わす機会は、若手のE先生でもあまりなく、そして私に至っては、そうした機会は皆無であったから、分からなかったが、これはやはり緊張する場面であったのかもしれない。

ともあれ、E先生は緊張しつつも手堅く挨拶をされてから名刺交換をしたが、KA先生の方はフランクな口調で、来院の目的や、知っていそうな先生のことを尋ねられ、その中にS教授やD先生の名前も入っていた。そこでE先生は「はい、そのD先生から、こちらの医院をご紹介頂きましたが、D先生のことについては、そちらの**君の方がよく知っています。」と私の方に話を振って来られた。私の方もそれまでに名刺を準備しておいたため、ぎこちなかったかもしれないが、ご挨拶をさせて頂いた。するとKA先生は私が差し出した名刺を見てから「あれ、この苗字はK特有だと思うけれど、何でこっちで開業しているD先生のことを知っているの?」と尋ねてこられた。そこで私は地元はこちらであり、その際にD先生の歯科治療を受けたことがきっかけでKの医専大に進んだ経緯を手短に述べた。

すると「はあ、なるほどねえ・・。そういう人もいるんだ。まあ頑張んなさい。」とのお返事であったが、その云い方はフランクな調子であったが、同時に人を逸らさない真情のある言葉でもあった。

一通りの挨拶を終えると、今度はCH院長が「よし!K医専大の先生方、今日はこの後に続く**大学理工学部との共同研究打合せの後に、皆で夕食を摂ることになっているのですが、よろしければ先生方もご一緒に参加されますか?」と尋ねてこられた。私とE先生は一瞬顔を合わせてからE先生がCH院長に向い「はい、出来ればご一緒させて頂ければと思います。」と返事をされて、私の方はその横で頷いていた。

それを聞いてCH院長は「よし、分かりました。それと顧問は本日は少し遅れてのご参加でよろしいでしょうか?」とKA先生への確認も行った。

そうすると、我々は医院見学の後、共同研究の打合せが終わるまで、何処かで時間を潰す必要性が生じたが、E先生はノートPC持参であり、そこで、いくつかの報告やメールの返信などをすれば良いと思ったのだろうか、困った様子は全くなかった。

そして、しばらく経つとクリニック事務局の方が本日の夕食会会場を知らせて来てくださった。その会場はクリニックの近くであると思われたが、東京R科大学近くの西洋料理店であった。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。










2022年10月29日土曜日

20221029 97記事まで【架空の話】を作成して思ったこと

【架空の話】も昨日の投稿によって97記事となりました。これまでに私は文章にて物語を作成した経験はありませんでした。作成しない期間が続き、時間は掛かってしまいましたが、どうにかこのあたりまでは作成することが出来ました。また、この【架空の話】は作成しようと思えば、現在までに作成した文量以上にて作成することが出来ると思われることから、今後も積極的に、その続きを作成したいと思いますので、引続きどうぞよろしくお願いいたします。

また、本日に関しても、先ほどまでは【架空の話】の続きを作成しようと考えていましたが、こうした独白形式の記事を間に挟むことも悪くはないと思われ、本日はこの調子にて進めて行きたいと思います。

とはいえ、これまでの記事作成から分かったことですが、一連の私のブログ記事では、現在作成しているこの独白形式よりも、【架空の話】の方が明らかに多くの方々に読んで頂けている傾向があります。その原因は今もって不明ではありますが、それでも自らが作成した文章が多くの方々に読んで頂けているという事態自体は、作成者側からしますと嬉しいものであり、その文章の種類(独白・【架空の話】)などは、現在のところ、あまり論っても、仕方がないのかもしれません。

また、そうした経緯から「なぜ【架空の話】を当ブログにて作成するようになったのか?」と考えてみますと、コロナ禍により、あまり外出も出来なかった2年前(2020)の4月頃に緊急事態宣言が発令され、屋内に居なければいけないという状況から生じるストレスによって【架空の話】の作成は始まったのですが、その後紆余曲折を経て、今度は自らが新型コロナウィルスに感染してからの回復後に、再度それに取組むようになったということには、あるいは示唆的な何かがあるのかもしれないと考えさせられます・・。

つまり、一連の【架空の話】は、まさに「コロナ禍」によって作成に至ったということです。またこれは、さきに述べましたように自らによる初めての文章による物語でもあり、その文字数は現時点で20万字は下らないように思われます。

どのような人でも、その生きた時代からさまざまな影響を受けるとは云いますが、私の【架空の話】などは、その意味での典型例とも云え、そしてまた、そこでの作成内容から2009~2013年の記憶が励起されることになりましたが、当時の記憶は【架空の話】の作成以前から、たびたびブログ記事としていました。何故ならば、その頃の記憶が最も印象的であったからと思われるのですが、しかし、当時の記憶を題材として、公表するブログ記事(【架空の話】)の作成までを行おうとは、あまり考えないのではないかと思われます・・。

その意味で、やはりこの一連のブログ、そしてまた、その中で【架空の話】の作成に至るまでには、何らかの偶然による幾度かの転機や背中を押されるような出来事があったのだと思われます・・。その意味では、これまで100記事近く【架空の話】を作成出来たことは、未だ到底満足出来るものではありませんが、少なくとも、悪いことではなかったようにも思われますので、今後も引続き【架空の話】の続きを作成したいと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。





20221028【架空の話】・其の97 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑬】

こうして人文社会科学系の研究者であるIM大学のST教授が一旦職を退き、岡山県にある医専大の管理栄養学科へ学士編入することを知り、自分の将来についても、少し考えを巡らせたところ慄然としたが、しかし、であるからと云って、具体的に何かしらの恐怖の念を持ったというわけではない。

そしてまた同時に、当時はたしかに時代も大きく動いていたと云える。何しろ、継続的に進行する少子化と、社会・経済状況の停滞によって、少なからずの大学が続々と閉学していく中で、突然というか、あまり大々的な告知もナシで国内に同じ母体が運営する13の専門職大学が新設されたのであるから・・。そして、私はその中の一つに飛び込み、現在に至っているわけであるが、ともあれ、そうした経緯にて実家からは遠い、そしてまた父祖の地でもあるKに移り住み、どうしたわけか、そこで地元大学大学院の博士課程に進むことになったのである。

そして現在は、指導教員からの指示により、Kにある医療専門職大学口腔保健工学科の実務家教員選定の下準備のため、同大学の助教であるE先生と共に、比較的実家からは近いとも云える、CH先生が運営する歯科医院に訪問・見学させて頂いているところだ。

CH先生は歯科医師でありながらも、その活動領域は広く、我々の対応後には、都内某大学理工学部の研究室と共同研究の打合せに入る予定とのことであった。しかし、少し考えば分かることであるが、自分の専門分野以外の研究領域での大学教員・研究者といった専門家と、議論を交わしながら共同研究の方向性を定めつつ、そして、ある新機能を持つ機器の開発を行うことなどは、そこまで簡単なことでもない。

とはいえ、このCH先生は、その他にも、こうしたプロジェクトを幾つか抱えているとのことであり、さらにまた、CH院長同様、その他の何人かの当クリニック勤務の歯科医師もまた、こうした案件を複数抱えているとのことであった。

通常、歯科医院を運営する歯科医師は、臨床能力の向上に注力する傾向があるが、その点、院長を含めた当クリニックの何人かの歯科医師は、臨床活動への熱意と同様に、前職が大学での研究者であったことからか、前述のように各々、いくつかの共同研究案件を持っていたが、これは我々からすれば驚くべきことであった・・。

後刻、CH院長と共同研究を行っている都内某大学理工学部研究室の教授の先生とお話をさせて頂く機会があったが、その際に「私の述べるところを概ね理解されて、それに対しても大体は適切な判断をすると思われるCH先生だから、この共同研究は続いているのです。」とのことであり、これはたしかに自らの人文社会科学系分野での研究経験からも同様のことが云えると直感的に思った。

とはいえ、さらに後になり思ったことは、以前にもCH先生の独白として当ブログにて述べたことではあるが、院長のCH先生は、医科系大学の付属校の御出身とのことであり、当時の友人には、医師や薬剤師や看護師などの医療系の進路を進んだり、あるいは理工学部といった主に自然科学系分野に進んだ方々も多かったことから、卒業後も、それら友人等と話す機会が度々あれば、本質を掴みつつ、大雑把には大学理工学部教員の述べる内容も理解出来て判断出来るようになるのではないかということであるが、ここまで述べるには、今しばらくの観察と検討が必要であるかもしれない・・。しかし、さきに述べたような周囲の環境が現在のCH先生の個性を育んだことは、少なくとも間違いではないように思われる・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。




2022年10月26日水曜日

20221026 コロナ罹患後の感覚の変化について

当記事も含めて、あと30記事の新規投稿により、総投稿記事数が当面の目標としている1900に達します。今年はまだ60日以上残っていますので、2日に1記事程度の投稿であっても、年内に到達出来ることが見込まれますが、さらに先にある2000記事への到達のことを考え、出来るだけ毎日作成していくことを心掛けていきたいと思います。

以前にも述べましたが、過日、新型コロナウィルスに感染して臥せっていた当初の2日間は、始終意識が朦朧とした状態であり、まさに寝込んでいましたが、その後になり徐々に回復して、現在に至っているのですが、これまでの数日で、コロナ感染以前と明らかに違っていると感じられたのが味覚と嗅覚です。とはいえ、全てが分からなくなったわけではなく、そしてまた、それらの感覚も、今後徐々に戻ってくるのではないかと思われます。

そしてまた、これは書籍、読書についても同様であり、新型コロナウィルスに感染して臥せっている当初は読書など出来る状態ではありませんでしたが、そこからさらに数日経ってある程度回復しますと、また書籍に手をのばして読むようになりましたが、しかし、この際に、読んでいて面白いと思う書籍の傾向が、感染以前と比べて異なっていることが自覚されました。

過日、感染が自覚される数日前に丁度、ジョン・ト―ランドによる「大日本帝国の興亡」全五巻を読了していました。こちらの著作は、最後の二巻あたりが、読んでいますと、暗澹たる気持ちになってきます。とはいえ、当著作の記述は、著者による、念入りな当時の当事者達へのインタビューや、同じく文献資料なども念入りにあたって執筆され、その文章の多くには、独特の臨場感があり、また、しばしば挿話などもあって、そこから「史実」とされるものへの理解がより深まるようにも思われるのですが、ともあれ、やがて1944~1945年の太平洋戦争末期の様相を扱った4・5巻にまで巻が進みますと、深まった理解によって、当時の戦地・内地での、さまざまな悲惨な状況の背後にあると思しき、そして現在にも繋がる、我が国の社会においてのみ特有な、心のメカニズムのようなものがあるのではないかと思われて、暗澹たる気持ちになってくるわけです・・。そしてまた、その様相についても、このあたりまで書き進めますと、そうした記述があると思われる、これまでに投稿した、いくつかのブログ記事が想起されてきますが、ここで私事になりますが、当ブログをはじめるまでは、外への発信行為などは、殆ど行ってこなかった私ですが、当ブログを始めてから、これまでに、少なからぬ書籍からの引用記事を作成・投稿してきましたが、面白いことに、そうして引用記事に用いた記述、そして、それらの背景にある文脈なども、比較的記憶に深く残るようであり、そうした経緯から、近年ではツイッターなどで連携投稿しますと、ある種、知見の棚卸的な作業をしているように感じに襲われます。とはいえ、作業と云いますと、なにやら単純なものと感じられるかもしれませんが、私見としましては、ツイッターにて流れてくる知見と、自らの手持ちの知見のあらわれともいえる、一連の投稿記事などを、機に応じて連携投稿するというのは、他の方々のツイートなどを拝見してみましても、それなりにセンスが問われるものであるように認識されましたが、如何でしょうか?

本日もまた【架空の話】の先を進めようと考えていましたが、参考となる情報がなかったことから、一端止めておき、そして近日中に情報を得て、さらに先に進めたいと考えています。

くわえて、過日の新型コロナで臥せっていた際に、さきに述べた味覚・嗅覚への感覚や読む書籍の嗜好性が変ったこと以外にも、そうした感覚の変化があったように思われますが、これはこれで、私としては多少新鮮なものとして感じられますので、死なない程度の風邪などの病気は、時折は罹患しておいても良いのかもしれません。

いや、実は単純に睡眠時間の多寡が影響しているようにも感じられますので、本日は早めに記事を作成・投稿し、そしてまた、早めに休もうと思います。体調はほぼ回復したように思われますが、後遺症であるのか、未だ体のダルさのようなものが少しあります。ともあれ、それもまた睡眠時間によるものであるのかもしれません・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。







20221025 【架空の話】講義篇と実習篇の続きを作成して思ったこと 【東京訪問篇】の続きも作成してみたいです・・。

昨日の記事投稿により、総投稿記事数が1870に到達しました。今後年内、この調子にて記事作成を継続することにより、おそらく1900記事までは達することが出来ると見込まれますが、それでも、あくまでも先のことは不明であることから、適度に休息を入れつつ、また続けて行こうと思います。

ここ最近もまた、何人かの先生方が作成された文章を拝読させて頂き、そしてまた、今後の進め方についての打合せをさせて頂きましたが、それらもそれらで、聞いていて大変勉強になるものであり、あるいはこれを換言しますと、それら文章に対する私の読み方の浅さにに気が付かされたということになります・・(苦笑)。

しかし、言い訳とはなりますが、それは私の専門ではない、歯科医療の臨床分野についての文章であり、ある程度ハナシを細かく砕いて説明して頂き、ようやく理解できるといったところであるのですが、それでも理解出来ますと、それなりに嬉しく感じるものであり、こうした感覚は出来るだけ維持したいと考えていますが、これもまた、以前の投稿記事で述べたように、内発的な読書や、さまざまな経験によって、どうにか維持、そして発展することができるのではないかと思われるのです。

また、ここ最近は久しぶりに【架空の話】講義篇と実習篇にて、それぞれの続きを作成しましたが、これもまた(かなり)久しぶりであったにも関わらず、そこまでの苦労をしないで作成することが出来、そしてまた、これらの記事は、私の作成記事としては、比較的多くの閲覧者数を得ることも出来ました。やはり【架空の話】は自身による作成記事のジャンルとしては、多く読んで頂けておりますので、こちらも引続き作成して行きたいと思います。

さて、この【架空の話】講義篇と実習篇ともう一つ、K医専大口腔保健工学科の実務家教員選定の下準備のため、医専大の教員であるS先生と東京・首都圏の歯科医院を巡る【東京訪問篇】の筋もあるのですが、こちらについては、当記事冒頭付近にて述べた「何人かの先生方が作成された文章を拝読させて頂き」に繋がり、またそれらも、今後の【架空の話】作成の一つの題材となり得るのではないかとも思われるのです。

この、いわば【東京訪問篇】の先の展開については、比較的内発的に作成したいと考えており、本日もまた、そうしたいと考えていましたが、過日、臥せっていた新型コロナウィルスから未だ完全な回復にまでは至らずに、少し気になることから、本日は【架空の話】の【東京訪問篇】の続きは作成せずに、こうした現状報告的な記事とさせて頂きました。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。






2022年10月25日火曜日

20221024 株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー②「私の中の日本軍」pp.361‐362より抜粋

株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー②「私の中の日本軍」pp.361‐362より抜粋
ISBN-10 : 4163646205
ISBN-13 : 978-4163646206

確かにピカソの傑作に比すべき名刀というものも存在するであろう。しかし、「絵」のすべてがピカソの傑作でないのと同様、日本刀のすべてが名刀というわけではない。そして名作とか名刀といわれるものは、いずれもそれぞれの部門で、「例外」なのである。そして数からいえば、「例外」でないものが圧倒的に多いことは、言うまでもない。

 従って、徳川期の小身の小物、旗本小普請などという無名の多数人がもった日本刀というのは、その実態は、みなそれぞれの身分・収入に相応したものであったのが実情であろう。「日本刀神話」は結局、「使用しないから」生きつづけて来たのが実態であろう。従って、本当に使用するかもしれぬとなれば、製品の刃物としての質が必ず一定の水準以上のもの、いわば、メイド・イン・USAの「スプリング刀」を選ぶということになるのが当然であった。

 第三に、R氏も指摘された構造上の欠陥である。日本刀もいろいろな面で評価すれば、確かに立派な鉄器であったであろう。しかし構造的に見て、中国の大刀と果たしてどちらが合理的かといわれれば、確かに疑問を感ぜざるを得ない。というのは、もっと極端な例をあげると、構造的には中国の大刀よりさらに徹底的に彎曲したもの、すなわち砲車についている円匙が、白兵戦では最もよい武器であることは、あくまでも事実だからである。

 この円匙は普通のシャベルとは違って、長いまっすぐな木の柄の先に、小型で平たく分厚いスペードがついている。これをやすりでとぎあげると実によく切れる。この丸い部分をまともに顔にでも受ければ、それこそ顔半分がざっくりとえぐり取られでしまうであろう。

 人間、いざとなればみなやることは同じらしく、「西部戦線異状なし」でも、戦場ズレした兵士が、正規の武器を持たず、円匙と手榴弾を持って突撃する記述がある。ジャングル戦でも、生きのびようと思えば、軍刀は捨てても、円匙と手榴弾をもっていた方がよい。穴も掘れるし、武器にもなるし、ヤシの実もわれるし、ヤシの新芽もむけるし、木の根も掘れるし、水牛もさばけるし、フライパンにもなる。しかも絶対に故障は生じなりから、修理師の必要もないし、また手入れの必要もないのである。本当に「刀」というものを実用品として使っていた民族の「刀」の使い方は、どうも、こういった使い方ではなかったかと思う。いわば刀身を平気で焼き串にも使うという使い方である。美術品としてはともかく、こういう使い方をしようとすれば、日本刀はまず、あらゆる面から欠陥製品であったといえる。